アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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任務後フィーチャリング!

 

よく晴れた日だった。

テーブルシティの広場では様々な人々やポケモンが笑い合いながら歩いている。

 

病院から脱走したミヤコは、入院着の上に仕事の時に着ているコートを羽織いながらベンチに座ってそんな街を眺めていた。……平和だ、とぼんやり思った。

 

誰に弁解するわけでもないが、脱走ではないとミヤコは脳内で主張する。好きでこんなところにいるわけではないし、用が済んだらちゃんと病室に戻るつもりだ。むしろ入院着は薄くてちょっと肌寒いから、許されるのなら早く帰りたいくらいだった。

 

では何故わざわざこんなところにいるのかといえば、……世界の平和を守るため、だ。

 

……ううん、知られたら叱られそうだ。看護師さんとかに。

溜息をつきながらベンチに腰掛けていると、ふと気配を感じて顔を上げる。

 

ミヤコのすぐそばには、背の高いスラリとした男が立っていた。

空色の髪をした彼の纏っている黒いコートが吹き抜ける風にひらりと揺れる。

 

「こんにちは、ミヤコ」

 

どこか柔和な雰囲気の男は笑顔でそう問いかけると、ミヤコの反応を待たずに彼女の右隣に腰掛けた。

突如自分の右側に座った男にミヤコは不愉快そうに眉間に皺を寄せる。

 

「……座って良いなんて言ってませんけど」

「私もお前の返事など聞いてませんので」

 

男の足元に寄り添うようにしつつ、ヘルガーが2人の間に座り込む。

今は静かな顔つきをしているが、もしもミヤコがこの男へ何かをしようものならきっとこの優秀なヘルガーが即座に飛びかかってくるだろうことは容易く察せられた。警戒するポケモンが自分の間合いにいるのは気分がいいものではない。ミヤコは不機嫌を隠さずに口を開いた。

 

「私を呼びつけて何の用ですか……アポロ」

「大した用ではありませんよ。せっかくパルデアでお前を見かけたものですから挨拶でも、と」

「……白々しい。セルクルから私をつけていたでしょう」

 

厳しい表情でそう口にするミヤコに、男──ロケット団幹部のアポロは人好きのする笑顔を浮かべた。

それからあっさりと肯定するようにうなづいてから、言葉を吐き出す。

 

「ええ。すでに知ってるかと思いますが、アール団と名乗っていた連中は我らロケット団の名を借りて瑣末な悪事を働く偽物でしてね」

「……密猟とかロケット団も同じようなことしてましたけどね」

「ふふ、元々は私の方で直々にあの連中を始末する予定だったのですよ」

「ああそう、邪魔して悪かったですね」

「まさか!お前には感謝していますよ。わざわざ私の手助けをしてくれるのだから。流石は私のホームズです」

 

アポロはひどく嬉しそうな顔でミヤコへ視線を向けた。なお不機嫌そうなミヤコの表情にやはり愉悦を表情をして、それから小首を傾げる。

 

「……しかし、面白い男をワトソンに選びましたね」

 

アポロのその言葉に、僅かに、他の人間だったら気が付かないくらいほんの僅かにミヤコが反応する。

それに気がついたアポロは興味深そうに挑発をした。

 

「ただの草臥れた男だと思っていましたが、とんだ猛禽類です。……セルクルでお前に接触しようとしたのですが、やけにあの男が勘付くもので近づけなかったのですよ」

「…………」

「ふふ、嬉しいですか?他者からの愛に悦ぶとはやはり相応に女ですね。お前が好意を抱くほどの人物ならば、私としても気になりますよ」

 

そう言った瞬間、アポロは隣に座るミヤコから噴き上がるような怒気を感じて目を細める。

ミヤコはアポロを無表情で見つめると静かに口を開いた。

 

「……あの人に何かしたら、刺し違えてでもお前を殺す」

 

彼女が静かに燃やした怒りにアポロは心の底から愉快な気持ちになりながら、口元に軽く折った人差し指を当ててくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「おやおや、怒らせてしまいましたか」

「……お前のことなんか嫌い」

「私はお前が好きですよ。お前は私たちを風化させませんから。踏み荒らされたお前の心の中で我々はいつだって鮮明な悪意でしょう?」

「……いずれ忘れてやります」

「できるものならどうぞ」

 

それだけ言ってアポロは立ち上がった。従順なヘルガーが彼の足元に付き従う。

背を向けて去ろうとするアポロへミヤコは鋭く言った。

 

「このまま私があなたを逃すとでも?」

「Gメンに逮捕権はありませんからね。まして左腕の効かないお前に何ができるのです?」

「現行犯は別です。それに言ったでしょう、刺し違えることくらいはできると」

 

アポロは振り返ると、ベンチに座ったまま右手にモンスターボールを持ったミヤコを瞳に映して口を開く。

その中にいるのはあのニドクインだろう、アポロの口角が上がる。

 

「……テーブルシティ、ここは素敵な街ですね。流石はパルデア有数の大都市。アカデミーもありますから、大人だけでなく子供もポケモンもたくさんいます」

 

アポロは辺りを見回す。

ポケモンを連れて散歩をする夫婦、友人たちとテーブルを囲んで食事をする子供たち、足早に先へ向かう大人、カフェテラスで配膳をする店員、ポケモンと共に戯れる幼子、まだ付くには早い電灯に止まる鳥ポケモン、吹き抜ける風と共に流れていく草ポケモン、それから、それから、たくさんの命の流れがそこにあった。

それを理解した上で彼は微笑む。

 

「……ミヤコ、お前にそんなに怖い顔をされては、私のマタドガスが怖がってうっかり辺り一帯に毒ガスを散布してしまうかもしれませんよ」

 

遠回しな脅しに、ミヤコは歯噛みをする。

苦々しい顔をする彼女にアポロは酷く綺麗に笑ってから手を振って背を向けた。

 

「さらばです、私のホームズ。いつか私と共に滝壷に堕ちてくれる日を待っていますよ」

 

そうして歩き出すアポロ。雑踏に紛れていこうとするその背中を見つめながらミヤコはふと思った。

 

今ならまだ間に合うのではないか、と。

思考がぐらりと暗い方へ傾く。

 

……いずれより大きな悪意がやってくる前に、例えこの街の住人と自分自身を犠牲にしてでも、あの無防備な背中を討つべきではないか。

 

いつか、ではなく、いまここで。

モンスターボールを握る手に力が籠る。

そして、あの憎い背中を見つめながら立ちあがろうとしたその時。

 

……思い出してしまった。

脳の奥から蘇る声は彼女の動きを止めるには十分だった。

 

(「……二度と、自分を犠牲にするような真似はしないでください」)

 

潮騒ばかりが鼓膜を揺らす真夜中、痺れて感覚の無くなっていく左手を取ったまま、そう叱ってくれた人の声を。

 

こちらを見つめる瞳には怒りよりも悲しみの色の方が強くあって……あなたにそんな顔をさせたいわけでは無かったのに。

それを思い出してしまったらもう、できなくなってしまった。

誰かや自分を犠牲にすることも、殺人や暴力で解決してしまおうとする思考もなにもかも。

振り上げた拳がここにいないはずのあの人に優しく止められてしまうから。

 

立ち上がりかけた重心を戻して、ミヤコはベンチに深く腰掛けた。

 

深く目を瞑って、息を吸って、吐く。

それから、目を開く。

 

その時にはもう、雑踏の中にあの水色は見えなかった。

 

 

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