ポケモンリーグ営業部のアオキは同時にチャンプルタウンのジムリーダーであり、四天王でもある。
兼業ジムリーダーや兼業四天王というのは今どき珍しくもない──むしろ専業の方が少ないくらいだろう──のだが、強いて彼の特異性を上げるのならば、専業でも副業でも結局所属しているのはポケモンリーグという組織であるというところだ。
つまるところ、ポケモンリーグという大きな組織の中で複数の部署に所属しているようなものだ。
そうなるともはや兼業と呼んでよいのかもわからなくなってくる。
結論、何が言いたいのかというと、上司からの指示には従わなくてはならないということだ。
「や、アオキくん。わざわざ来させちゃって悪いわね」
「いえ」
呼び出された執務室の中でアオキはオフィスチェアに座る部長の前に立った。仕事が振られるのだろうということはわかる。
しかしやけに機嫌の良さそうな部長の姿になんとなく面倒ごとを押し付けられる予感がした。
「して、今日はどのようなお話でしょうか」
「うん、今日は営業部としての仕事の指示じゃなくてトップからの依頼でね、アオキくんに特別任務を頼みたいってさ」
「謹んでお断りいたします」
「まあまあ、待ちなさいってば」
アオキの直属の上司は、彼の素っ気ない反応にもニコニコと笑って、まあまあと落ち着かせるように手を振った。
長年の上司である。アオキの業務への向き合い方についてはよく知っていた。つまりは「いつも真面目だがいつも本気ではない」。
部長である彼女はアオキより一回り近く年上なのだが、若々しい見目とパワフルかつ柔軟な仕事の手腕もあって年齢よりずっと若く見られる。見た目の年齢だけならばきっとアオキの方が部長に見られるだろう。
「そんな邪険にしないの。まあ、まずは説明を聞いてもらおうかしら」
部長の笑顔の中に「絶対に逃さないからな」という圧を感じて、アオキは絶対に厄介事だと確信した。
本当のところ、今すぐ逃げたかったが大人なので我慢した。多分逃げられないだろうし。
部長は立ち上がると壁際のホワイトボードに貼り付けられたパルデア地方の地図の前に立った。いくつもの付箋が貼り付けられたそれにアオキも自然、目を向ける。
「その地図は?」
「ポケモンの生息地だそうよ。アカデミーの方からも協力を得たとかなんとか」
確かによく見ると地図のそばには付箋のほかポケモンが写った写真も貼られていた。
ウパーやグルトン、パモ、ミニーブ、ズピカなど、規則性は見られないが強いていえば進化前のポケモンばかりだ。
これに一体なんの意味があるのか、と無言で部長に問いかけると、察した彼女はすぐに答えてくれた。
「ポケモンをね、密売するんですって。随分お金になるそうよ」
ホワイトボードを背に部長はアオキを見つめた。
その言葉でなんとなく察するものがあった。
よくよく見れば、写真に写っているのはパルデア地方を主な生息とするポケモンばかりだ。
「最近特に多いらしいの、パルデアのポケモンを捕まえたり盗んだりして他の地方で売るっていうのがね」
部長はいつも通りの微笑みを湛えていたが、その声音にはかすかに怒りと苛立ちが滲んでいる。
彼女のデスクの上に、彼女の愛娘とパートナーであるバウッツェルの写真が置かれていることは部下たちがみんなが知っていることだった。
「そんなのトレーナーとして許せないわよね。ということで白羽の矢が立ったのが君!アオキくん!密猟者を捕まえて二度とパルデアの地を踏みたいと思わないくらいボコボコにするのが君の新しい案件よ!」
ガシリと勢いよく拳を握った上司に対して、思わず宥めるようにアオキは両の掌を見せた。
「お気持ちは察せなくもありませんが、落ち着いてください。そもそもなぜ自分なんでしょうか」
「そりゃあ君が強いトレーナーだからに決まってるじゃない。パルデアの一大事だもの。お上の方の判断として四天王レベルの強さがあるトレーナーに任せるようにって話になったらしいわよ」
「……四天王は4人いるから四天王なのですが。それに自分よりハッサクさんのほうが強いですし」
「ハッサクさんはアカデミーの講師でしょう?先生しながらこの任務を両立するのは難しいんじゃないかしら」
「……チリさんは」
「彼女はリーグ挑戦者の面接官だし、最初の四天王だし、事務方なんでしょ?何かと忙しいじゃない」
自分も忙しい身なのですが、とは上司の手前言えなかった。
それを口にすると上司へ暗に「お前の仕事の割り振りが下手なせいだ」と喧嘩を売ることになってしまうからだ。
あと言うまでも無いが残り1人の四天王の名前は上げなかった。
子供を犯罪者の前に出すくらいなら自分が犯人だと言って自首した方がマシだ。
「その点アオキくんはジムリーダーで四天王で営業部だけど、ぶっちゃけリーグ所属だから融通が効きやすいもの」
よかったわね、とばかりにニコッと笑みを向けた上司にアオキは目を細めた。
何も良くない。
何も良くないが、そうも言われてしまうともはや他人に押し付けることもできない。
「ま、何か反論があったらそれはオモダカさんにお願いね」
「…………」
デスクに置かれた社内通話用の電話機を指差す部長に、アオキは溜息をついてから首を横に振った。
オモダカに電話をすれば彼女はアオキの話を最後まで聞いてくれるだろう。
聞いた上で笑顔で却下するに決まっている。
そういうタイプの話の通じない人間だ。
必死に話をつけようとしたところで上司権限でスルーされるだけ。
むしろ無用な疲労を得るだけであることは実行せずともわかる。
「営業部の仕事のほうは私の方で調節するから気にしないで。それにアオキくんは抱えてた営業の案件も落ち着いたところだから忙しくないはずよね?」
不意に小首を傾げながら相好を崩してそんなことを言う上司を前に、アオキはそれなりの期間準備をしていた営業案件がつい先日オジャンになったことを思い返して無表情になった。
その準備に部長の力を借りていたことや、営業がうまくいかなかったことを知った部長が「今度別のところでリカバリーしてくれればそれでいいのよ」と元気つけるように言ってくれたことも同時に思い出す。
……思い出してしまったことを見ないふりするわけにはいかない。
どこかでリカバリーをするというのなら、それは多分ここしかないだろう。肩を落としながらも仕方なく腹を括る。
「……バトルはともかく、密猟調査なんて未経験ですよ」
「大丈夫大丈夫!外部から専門家を呼んだらしいから」
「専門家、ですか」
「そう、ポケモンGメンに所属してる探偵さんなんですって」
「はあ………」
ポケモンGメンとはポケモンに関する組織的な犯罪を取り締まる組織のことを指す。
つまり、Gメンまで出張ると言うことは組織的な犯罪である可能性が高いということだ。
アオキは自分が想像以上に厄介な案件を任されたことに気がついて深く深く溜息をついた。
勘弁してほしい。
そう心から思ったが、これは仕事だ。
そもそも拒否するという選択肢がない。
ならば仕方ない。やるしかないのだ。
首元のネクタイを締め直すと、アオキは溜息を呑み込んで少しだけ背筋を伸ばした。
「承知いたしました。謹んでお受けいたします」
「さっすがアオキくん!任せたよ!」
わーい!とばかりにこちらに寄ってきた部長にバシバシと力強く背中を叩かれて思わず猫背になる。
アオキの「やめてください」という表情も気がついていながらスルーされた。
それから、アオキよりずっと背の低い彼女はこちらを見上げながら言葉を続けた。
「その探偵さん、今日の午後にリーグに来てくれるそうよ」
「それはまた、随分急ですね……」
「善は急げだからね」
それはなんか違うんじゃないかと思ったが、わざわざ言おうとは思わなかった。面倒だったからだ。
「よろしくね、アオキくん。君がパルデアのポケモンたちを救うのよ」
がんばれヒーロー、とどこか揶揄うようなそれでいながらどこか本気で祈るような、そんな声音を身に受けてアオキはなんとなく居心地が悪かった。
ヒーローどころか、自分が自分以外の何者にもなれないことをアオキはよく知っていたからだ。