アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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ネッコアラが両脚にしがみついているみたいに、リーグに向かうアオキの足取りは重かった。

 

変化を好まないアオキにとって、初対面の相手と会い、仕事とはいえ一定期間行動を共にして、ある程度の関係を築かなくてはならないということは心に負荷のかかることだからだ。

 

しかし歩けば進むし、止まっていても時間は進む。

結局アオキは約束の時間の10分前にリーグの応接室に辿り着いていた。悲しいかな、染みついた社会人としてのマナーである。

 

応接室の扉の前に立つと、中からチリの声が聞こえた。アオキが到着するまでの間、客人の相手をしていてくれたのだろう。

相手の声はよく聞こえないが、扉の外まで聞こえるチリの声音から彼女の機嫌がいいことが伺えた。

……入り辛い事この上ない。

盛り上がっている会話の中に途中から入る以上の苦痛がこの世にあるだろうか。

とはいえ、ここで立ち往生しているわけにもいかない。

アオキは溜息をついてから、扉をノックして中へ入った。

 

「お疲れ様です。お待たせいたしました」

「お、アオキさん。待っとりましたよ」

ニコニコといつも通りの笑顔を見せたチリが座るソファの前には1人の女性の姿があった。

その人はアオキが入ってきたことに気がつくと、スッと立ち上がって体をこちらへ向けた。彼女が件の探偵なのだろう。

栗毛色の髪を肩口で揺らした、ベージュのロングコートを着た女性と目が合う。

 

「あ」

「お」

こちらに手を差し出そうとしていた目の前の女性は、アオキの顔を見た途端に目を丸くした。きっとアオキも似たような顔をしているのだろう、中途半端に手を出しかけた体勢のまま揃って固まる。

 

「あなたは……」

「先日の……」

そうポツリと言葉をこぼす2人をチリがキョトンとした顔で見ていた。

 

「なんや、お2人さん知り合いなん?」

「知り合い……というよりは……」

「先日偶然お言葉を交わす機会がありまして……」

知り合いというのには希薄過ぎる一瞬の交流をどう表するべきか困る2人の沈黙を破るように、目の前の女性のコートのポケットからぴょこりと顔を出したパモが「パメェ!」と元気良くアオキに挨拶をした。

 

どんな偶然なのか、アオキと共に密猟調査を行う探偵とやらの正体は、先日の夜に『宝食堂』で出会ったあの健啖家の女性だった。

 

 

「……失礼いたしました。改めまして、パルデア地方ポケモンリーグ所属営業本部営業2課のアオキです」

「アオキさん、今日は四天王としてのお仕事やで」

「……そうでしたね。パルデア地方ポケモンリーグ所属四天王のアオキです。この度は遠方より本地方の犯罪阻止協力のためにありがとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます。私はトキワ探偵事務所所長兼対組織犯罪捜査官のミヤコです。以後お見知りおきを」

名刺を渡し合い、社交辞令的な握手をするアオキとミヤコを側から見ていたチリが「2人ともかったいな〜」と笑いながら言葉を漏らした。ここから万が一にも交友関係が始まるとは思えないほど、ガチガチにただの大人の仕事上の挨拶だった。

 

応接室のテーブルの上には、部長の執務室のホワイトボードに貼られていたものと類似した地図が置かれていた。アオキとミヤコはテーブルを挟んでソファに座り、地図を見下ろして早速仕事の話を始める。

 

やけにアオキに懐くパモは今日も変わらずアオキに懐き、座るアオキの膝に寝転んで腹まで見せてきた。

それを見て慌てて「ボールに戻します」と言ったミヤコだったが、基本的にポケモンのすることに制限をかける気のないアオキが「好きにしてもらって構いません」と受け入れると、渋々ながらボールを仕舞っていた。

 

「すみません、本当に……」

「気にしないでください。始めましょう」

アオキが促すとミヤコは申し訳なさそうに眉を下げてから口火を切った。

 

「はい、では始めさせていただきますね。まず前提のお話として、ポケモン密猟者の調査と捕縛に関して私は知識と経験がありますが、実際に調査を進めるにあたってはその土地や生息ポケモンなどの知識が必要不可欠となります」

彼女は穏やかな声で言葉を紡ぐ。

場違いな感想ながら、アオキはこの声音に不思議と心地の良さを感じた。

 

「どこにどんなポケモンがいるのか、その土地の流通はどうなっているのか、この土地のジムリーダーやリーグと連携を取ることはできるのか。そういった知識や課題に対して外の土地からやってきた私は無知で無力です。そのため私が調査の主導となるというより、私はあくまでもサポートに入り、問題を解決するのはむしろこの土地に住まう方ということになるでしょう」

ミヤコは髪を耳にかけると、言葉を続けた。

 

「つまりはアオキさんのお力が何よりも重要となります。共に頑張りましょうね」

「……承知いたしました」

「あっはっは!アオキさんめっちゃプレッシャー感じとりますやん」

「……あ、いや、あのご安心くださいね!私も全力でアオキさんのサポートしますので!」

「いえ、改めて自身の責任を自覚しただけですのでお気になさらないでください。……それよりチリ」

「おん?」

「何故あなたまで座っているんですか」

ミヤコの隣に当然のように腰をかけ、挙句組んだ足に肘をついてヘラヘラと笑うチリに、アオキは思わず口を出した。どこか面白がるような表情が気になって仕方ない。

 

「今挑戦者もおらんし、2人のお手伝いしよ思いましてね」

「……そうですか」

「それはありがたいです。パルデアに詳しい方にご協力いただけるのはこちらとしても心強いですから」

「せやろー?」

隣のミヤコの肩を抱き、体を寄せてうんうんとうなづくチリは妙に機嫌が良さそうだった。チリが彼女を気に入っているらしい理由についてはわからないが、ミヤコが嫌がっていたり戸惑っていたりするようもないのでスルーを決める。

 

「では、改めてお2人に本任務の概要をご説明させていただきます」

ミヤコはトランクから取り出したタブレットをテーブルに立てて2人に向ける。タブレットには任務概要の記載された資料が映っていた。

 

「ことの始まりはホウエン地方。この地でパルデア地方を主な生息地とするナミイルカを違法所持している人物が国際警察により逮捕されました」

「ほおん、パルデアで密猟されたナミイルカがその逮捕された奴に渡ったってことやな?」

「その通りです。逮捕された人物はナミイルカが密猟されたポケモンであることを理解した上で高額で購入していたようです」

「悪いやっちゃなあ」

「……お金を払ってまでポケモンが欲しい、という感覚が自分にはよくわかりませんね」

呟くようにそう口にしたアオキへ、ミヤコは同意するようにうなづきながらも答えた。

 

「逮捕者の傾向を見るに違法でポケモンを購入する方の理由としては所有欲や自己顕示欲が多いようです。かつ、高額なポケモンの売買が可能ということもあって富裕層の方であることも多いですね」

彼女はそう答えてから、少し逡巡するように目線を上げてから「これは私の主観的な考えですが、」と前置きをした。

 

「彼らは刺激や変化を求めているのかもしれません」

「刺激、ですか」

アオキが繰り返すと、ミヤコはうなづいた。

 

「ええ、特に富裕層は裕福であるがために生活が非常に安定しています。安定した生活は裏返してみれば変わり映えのない日々とも言えるでしょう。そんな生活を退屈に思い、新しい刺激として見たことのないポケモンや持っていないポケモンを求めるのかもしれません」

変化、刺激。

それは普遍や普通を好むアオキにとってはむしろ忌避するようなもので、それゆえにそんな富裕層とやらの思考は彼が理解するには遠くて仕方なかった。

よくわからない……という顔をするアオキにチリは「アオキさんにはわからん感覚やろなあ」とケラケラと笑った。それにつられるようにミヤコも微笑む。

 

「今のはあくまでも私の主観的な考察ですし、理解すべき感覚でもないと思いますよ。アオキさんの精神が健全な証かと」

向けられた優しげな笑顔に少しひるむような心地はありつつもアオキは軽くうなづくことでこのやや脱線した会話を終わらせた。

それを理解してミヤコも再度唇を開く。

 

「とまあ、買う側にも問題はありますが、今回の問題は売る側、ひいてはポケモンを捕らえる側ですね」

ミヤコがタブレットをスワイプさせると別の資料を見せた。

内容は現在国際警察やGメン側で把握できている密猟組織の情報のようだ。

 

「ポケモンを購入して逮捕された人々のこれまでの供述を聞いたところ、取引相手はどうやら個人の密猟者ではなくそれなりの規模の組織のようです。さらに調査を進めたところ、最近裏社会に組織的な密猟グループ、通称『アール団』とやらが台頭し始めたことがわかってきました。ここはイコールで結ばれると考えて良いでしょう」

「治安……」

「やり口としては、紹介制でポケモン蒐集家から依頼を受け付けていたらしく、一時的な利用目的で取得したメッセージアプリのアカウント、いわゆる捨て垢というものを使ってやりとりをしていたようです」

「素人考えやけど、そのアカウントが誰のものかとかって調べてもわからんもんなん?」

「技術者が言うには他地方サーバを複数経由しているとかなんとかで、結論から言うと出来なかったそうです」

「あー、そりゃその辺の対策はしとるか」

「個人的にはその紹介制というやり口が気になります。単純に考えると紹介者を辿っていけば、情報を最初に流した人物、つまりは密猟組織『アール団』の関係者に辿り着くのではないでしょうか」

「はい、その通り、なのですが、その、まあ、言ってしまえば、口を噤まれる方が多くて、ですね……」

「……ああ、理解しました」

「ほんま嫌な話やな……」

富裕層にとってコネクションというものは時に金よりも価値のあるものだ。

下手に相手を売れば、それはやがて何倍にも何十倍にもなって返ってくるし、時に命にも関わる。

それがわかっているから、彼らもまた口を噤むしかないのだろう。

 

「結論、密猟者を現行犯で逮捕し、そこから『アール団』を辿って行った方が早い、と言うことですね」

「アオキさんのおっしゃる通りです」

理解が早くて助かると笑みを浮かべたミヤコは、ここからが本題だとばかりに元から良い背筋をさらに真っ直ぐにしてアオキとチリを真っ直ぐに見つめる。

 

「実は現在Gメンでは密猟組織とコンタクトを取ることに成功しています。つまり依頼者を装って『アール団』に依頼を出すことが可能な状況になっているのです」

「それは、ずいぶん進んでいるんですね」

そこまで進んでいるのなら最早Gメンだけで逮捕ができるのではないかとさえ思い始めてきたアオキの表情にミヤコは苦笑しながら話を続けた。

 

「計画としては、『アール団』へ依頼を出し、ハンターが実際にポケモンを捕縛するところを現行犯で逮捕する、という流れを想定しています」

「ええんとちゃう?密猟は現行犯でしか捕まえられんのやろ」

頭の後ろで腕を組んでソファに深く腰掛けたチリの言葉をミヤコはうなづいて肯定した。

 

「そんなわけで、現状一番に考えるべきは『アール団』へどのポケモンを捕まえる依頼を出すべきか、というところですね」

改めて3人はテーブルの上に広げられていた地図に目線を落とす。パルデアの固有種や固有進化を持つポケモンたちの写真が目に映る。

 

「冒頭にもお話ししましたが、他地方から来た私はパルデアにいるポケモンやその生息地に詳しくありません。だからこそ、パルデアに住まう方々のご協力が不可欠です」

よろしくお願いしますと改めて頭を下げるミヤコに、チリは笑ってヒラヒラと手を振り、アオキは首元のネクタイの位置を直した。

 

「こっから本格的に作戦会議っちゅうことやな」

「依頼するポケモンの条件ですが、生息地が限定されていた方がいいと考えて問題ないでしょうか?」

協力的な姿勢を見せてくれた2人にミヤコは安堵の表情を見せると、嬉しそうに「ありがとうございます」と微笑んだ。

 

「はい、アオキさんのおっしゃる通り、生息地が限定されていることが条件です。今回の作戦では現行犯逮捕が絶対になりますから」

「とある地点を見張っていたら別の地点でポケモンを捕まえられてそのままハンターに逃げられてしまった、では話になりませんからね」

「グルトンとかヒラヒナとか、そういう分布が広い子らはあかんってことやな」

そう呟いたチリは足を組み直してから思いついたように口を開いた。

 

「あ、アルクジラとかセビエはどや?ナッペ山にしかおらんから分布が固定されとるって点ではええんとちゃう?」

「……チリ、ハンターが来るまで現場に長時間張り込むのは自分とミヤコさんですよ」

「……あかんな、凍えてまう」

アオキにじとりとした目で見つめられて、チリは思わず自分の額をぺちりと叩いた。反省反省。そんな2人を見てミヤコは笑う。

 

「あはは、でもありがたい視点です。生息地が固定されているところ、張り込みがしやすいところ、……あと、私は実際のところポケモン所持資格があるだけでちゃんとしたトレーナーではないので、野生のポケモンがあまり強くないところだと助かりますね」

「お、アオキさん出番やで」

「ああ、はい、一応バトルは人並みにはできるかと」

「ジムリーダー兼四天王がなんか言うとるな」

「謙虚な方なんですね」

「謙虚っちゅーか……まあええか」

それから3人、地図や生息地資料をもとにどのポケモンを指定するかについて話し合いを続けた。

 

 

「シガロコ、というポケモンはロースト砂漠にしかいないようなのですが、ここの砂漠ってどんなところですか?ゴーゴーゴーグルとか必要でしょうか?」

「ホウエンの砂漠ほどやないけど、風強うて視界はかなり悪いなあ」

「それに遺跡や岩壁もあって死角が多いので、張り込みにはあまり向いていないかもしれません」

「そうでしたか……」

 

 

「オージャの湖のシャリタツ……と思ったんやけど、お2人さん、ライドポケモンとか波乗りできるポケモンっておったっけ?」

「私は連れていないです……」

「自分もです。それにオージャの湖付近は野生ポケモンのレベルが高いので長時間の張り込みは負担が大きいかと」

「せやなあ……」

 

 

「アオキさん、何か気になることでもありましたか?」

「……いえ、大した事ではないのですが、ノコッチの生息地がパルデア全土であることに驚いていました」

「へえー、滅多に見かけんけどいろんなとこにおるんやな」

「こちらの資料提供はアカデミーの生物講師の方からだそうです。かなり調査されたんでしょうね」

「生息地が限定的ならばノコッチを依頼のポケモンにしても良かったかと思ったのですが」

「……?あれ、でもノコッチって他の地方でも目撃例ありますよね?」

「でも進化するノコッチはパルデアでしか例がないんやなかったっけ」

「え、ノコッチ進化するんですか!?」

 

初めて大きな声を出したミヤコに、アオキの膝の上ですっかり眠っていたパモが耳を立てて眠たげに体を起こした。

ミヤコは慌てて口を掌で押さえて、小さな声で「すみません、おっきな声出しちゃって……」と声を潜めた。

 

それまで穏やかで落ち着いた様子だったミヤコが初めて見せた驚愕の表情に、チリとアオキはちらりと視線を合わせて(アオキさん出番やで)(ああ、はい……)とアイコンタクトを取る。

 

「……ミヤコさん」

「は、はい」

「見ますか?」

「え」

「ノコッチの進化です」

「み、みみ、み!?い、いいんですか!?」

喜色ばんだ声を出したミヤコの様子にアオキはジャケットの内ポケットからモンスターボールを出した。それを床に向かって軽く転がせると、中からポケモンが飛び出す。

 

「……わ、わ、わあ〜!」

ボールの中から現れたノコッチの進化系ポケモンであるノココッチの姿にミヤコは両掌を口に当てて歓声を上げた。

座っていたソファから降りて、ノココッチのそばにしゃがみ込む。

そんな彼女を前後の流れを知らないノココッチは「ノノココ?」と小さく鳴き声をあげて見上げた。

 

「か、かわいぃ……!あっ、あっ、あっ、ながい……!まるい……!」

小声ながら興奮した様子で床に転がるノココッチを見つめるミヤコを見て、チリが「えー、ミヤコちゃん、ドオーに興味あらへんかな」と腰元のボールを手に取って揺らした。

ジェラシー……なのだろうか?とアオキはチリの発言をスルーしながら思った。

 

「……ミヤコさんはノコッチがお好きなんですか?」

「ジョウトにいた時たまに見かけてて、洞窟で迷子になった時に助けてくれたことが、あ、あ、ああ〜〜〜!」

足元に擦り寄ったノココッチにミヤコは歓喜の悲鳴を上げた。

「撫でてほしいみたいです」とアオキが伝えると「ひ、ひ、失礼しますぅ……」と震える手で頭を撫でていた。それを見てチリが小首を傾げる。

 

「ノコッチ属ってこんな人に懐くタイプやったっけ」

「いえ、基本恥ずかしがり屋の子が多いですね」

アオキも自身の手持ちであるノココッチが初対面の相手に寄るのを初めて見た。

もしかしたらミヤコはノーマルタイプのポケモンに好かれる質なのかもしれない……と思ったが、彼女の手持ちにパモがいることを思い出してその考えを否定した。

洞窟で道案内してもらったとも言っていたし、単にノコッチ属に異様に好かれるだけかもしれない。

 

「……すみません、話し合いの最中に脱線してしまって……」

ノココッチを散々撫でまくっているミヤコをチリとアオキで微笑ましい目で見守っていたところ、それに気がついたミヤコが赤面しながらソファに座り直した。

 

「いえ、気にしないでください。良かったら膝の上の乗せても構いませんが」

「え!?いいんですか!?……あ、いや、そこまでしてもらうわけには……!」

是非したい!という顔を一瞬した後、すぐに苦渋の決断といった顔で首を横を振るミヤコに、思わずアオキの表情も緩みかけたその時、不意にソファに座るアオキの両腿にぐっと重みがかかった。

 

「?」

咄嗟に自分の膝下に目を向けると、それまでパモがいたはずの場所にノココッチがいた。

ふと、視線を自身の腿から床に移動させれば、そこには変わらずアオキのノココッチがとぼけた顔のままいる。

 

膝の上と床の上。部屋にいる2匹のノココッチ。

代わりにいなくなったパモ。

それでようやくアオキは合点がいった。

なぜ自分があのパモに懐かれていたのかについても。

 

「……ああ、メタモンでしたか」

「わー!メタモン!アオキさんに何をしてるんですか!すみませんすみません!重いですよね!」

「いえ、お気になさらず」

ノーマルタイプジムのアオキは他のタイプのポケモンよりもノーマルタイプを好むし、比較的ノーマルタイプのポケモンに好まれることが多い。

膝に乗るこのポケモンもでんきタイプのパモの姿をしていたものの、実際はノーマルタイプのメタモンだったからアオキに懐いてきたのだろう。

 

そう冷静に考えるアオキの前で、慌てた様子で立ち上がり、メタモンを戻そうとボールを取り出したミヤコ。

それをアオキは「大丈夫です」と両手で制した。

重ねてになるが、アオキは基本的にポケモンのすることに制限をかける気が一切ない。

 

忙しい朝のタイミングでネッコアラに腕をまくら木代わりにされても、ノココッチにテーブルに穴を開けられても、ムクホークの羽ばたきで髪をめちゃくちゃにされても、躾をする事はあっても文句を言う事はない。

だから変身したメタモンに乗っかられても、それがカビゴンのような巨大で重量級のものでなれば特に文句は無かった。

 

ノココッチに変身したメタモンを撫でてやると「メメココ」と鳴いて頭を擦り寄せた。

当然、懐かれることに悪い気はしない。

 

「ミヤコちゃん気にせんでええよ。アオキさんこういう人やから。それより話戻さんと」

「うっ、そうでしたね……。そしたらアオキさん失礼ながら少しの間メタモンをお願いします……。あの!しんどくなったら言ってくださいね!ボールに戻すので!」

「はい」

絶対にしんどくなっても言わなそうな顔でうなづくアオキと、気にせず彼に甘えるメタモンに何か言いたげな顔をしながらも、ミヤコは咳払いしてから話を戻した。

 

「ええと、失礼しました。改めて、指定するポケモンの選定の話でしたね。シャリタツとシガロコは生息している地域的特徴から除外した方が良いだろう、というあたりまで話していました」

「その話なのですが、」

アオキが口を開くと2人の視線が集まる。

その視線を受けながら、彼は地図のある一点とそのそばに貼られた写真を指した。

 

「ミニーブはどうでしょうか」

「お、その心は?」

「パルデア固有種であり、生息地が限定的。かつ、その生息地も特別野生ポケモンが強い場所ではありません」

アオキが指差した先は南2番エリア、セルクルタウン西側のオリーブ畑。

 

「近くにセルクルタウンもありますからカエデさんの協力も仰げるでしょう」

「オリーブ畑もそんな広ないし、張り込みもしやすそうやな」

「街が近いということは人通りも多いそうですね。ハンターも動きづらくて良いかと思います」

 

そうやってメリットデメリットの洗い出しを行なった上で、結論として第1候補にミニーブ、第2候補としてシガロコ、第3候補としてシャリタツを挙げるということになった。

 

「最終決定権があるのは『アール団』とコンタクトを取るチームですが、基本的に現場の意見をもとにしますから余程のことがなければミニーブで決定と考えて問題ないかと思いますよ」

出し合った意見を短時間でまとめて資料化し、別チームに送付したミヤコは改めてチリとアオキへ頭を下げた。

 

「お2人とも本当にご協力ありがとうございます。まだまだこれからもご助力いただくかと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

「ほんま2人ともかったいな〜」

深々と頭を下げ合う2人を見てチリはケラケラと笑う。

つられるように笑ったミヤコは「さあ、もう帰る時間ですよ」と微笑んでメタモンをボールに戻して立ち上がった。

足元に寄ってきたアオキのノココッチに破顔して、一度だけその頭を撫でてあげる。

 

「ミヤコちゃんはこの後どうするん?」

「オリーブ畑、ロースト砂漠、オージャの湖の視察と、万が一逃げられた場合のハンターの逃走経路の調査を予定しています。チームからの連絡や実際の張り込み調査まではまだ猶予がありますから」

ミヤコはトランクを手に持つと「メタモンと遊んでくださってありがとうございました」とアオキに礼をした。

それから「進展あり次第またご連絡しますね。それでは失礼いたします」と会釈して部屋を出て行く。

その背中をチリとアオキは見送った。

 

「…………」

「…………」

「……いやアオキさんは見送ったらあかんやろ。ミヤコちゃんのお手伝いせな」

「はあ、やっぱりそうですよね」

帰るミヤコをそのまま見送ってしまったアオキにチリは思わず突っ込んだ。

相変わらずのぼんやりとした顔に思わず肩を落とす。

 

「特にオージャの湖はバトルに不慣れな人が行くようなところでもありませんしね」

「せやでほんま。あ、あとチリちゃんの連絡先も教えといてや。この件落ち着いたらデート誘お思っとんねん」

「……まあ、業務外ならいいんじゃないですか」

ソファから立ち上がり、それまでミヤコがいたソファで丸くなるノココッチをボールに戻してからアオキもまたいつものビジネスバッグを手に取って、部屋を出た。

 

 

 

 

「……ミヤコさん」

リーグ本部からテーブルシティに続く道をしゃんとした背筋で歩く彼女の後ろ姿を見つけて、アオキは声をかけた。

 

……多分、声は届かないだろう。

自分の声はどうにも通らない質らしく、自分では張っているつもりなのに相手にまともに届いた試しがないのだ。

よく晴れた昼過ぎの日差しは眩しく、花の咲き乱れる道を吹き抜ける風に一瞬目を細める。

そうしてもう一度彼女の名前を呼ぼうとした、その時。

 

前を往く彼女が振り返った。

 

十数メートル離れた距離で彼女は確かにアオキを認識して、そしてその瞬間まるで電気が走ったみたいにパチリと目が合う。

もしも2人がどちらもトレーナーだったのなら、きっとこのままポケモンバトルをしていただろうと思うくらい、確かに2人の目と目が合っていた。

 

「……アオキさん?」

振り返った彼女は足を止めて、それから少し驚いたように彼の名前を呟く。

風に揺れたコートの裾。散った花弁が空に向かって飛んでいく。

その瞬間に光の加減なのか、やけに視界が明るく輝いて見えた。

 

立ち止まるミヤコの元へアオキはゆっくりと歩みを進める。

そうしてこちらを見上げる彼女の首に負担がない程度の距離を保ってアオキはミヤコの前で立ち止まる。

キョトンとした顔でこちらを見つめる彼女は「私、忘れ物でもしてしまいましたか?」と呟くようにそう問いかけた。

 

「いえ、そういうわけではなく」

「あ、はい」

「調査のお手伝いを、と思いまして」

「……え?」

「ミヤコさんはパルデアの地理やポケモンにはまだ不慣れかと思いますので、ご迷惑でなければお力になれればと思って追いかけました」

すみません、先程の部屋で話すべきでした、と言うアオキにミヤコは驚いたように目を丸くする。それからふわりと微笑んだ。

それから下ろしていたアオキの右手を掴むとトランクを置いて両手でぎゅっと包むように握った。

強い……と言っても痛みを伴うほどのものではなかったけれど、唐突に強い力で手を握られて、その手の柔らかさや暖かさにアオキはギョッとして心がひるんだ。

そんなアオキの様子に気がつくことなく、ミヤコは嬉しそうな声を上げた。

 

「ありがとうございます!ええ、ええ、それはとても有難いことです!……ですが、よろしいのですか?アオキさんはお忙しい方かと存じますが……」

「……リーグ内で密猟調査の主担当となったので、むしろ今は本業が免除になっています。それに何よりミヤコさんが初めにおっしゃっていた通りです」

「え?」

「この土地の問題はこの土地に住む者が解決すべきだ、と。その通りだと思います。結局自分たちの問題の解決を他人任せにしていては何も変わりませんから」

 

あちらから手を握られたからといって、女性の手を握り返すだけの度胸と甲斐性を持たないアオキはされるがまま彼女の手のぬくみを感じていた。

ミヤコはそんなアオキの顔をぼおっと見つめてから、どこか泣き出しそうにさえ見える笑顔で「……はい」とうなづいた。

 

「……アオキさんは良い人ですね」

「……あまり他人にそう言われた経験はありませんが」

「私はこれでも探偵ですよ?他人を見る目は養ってきたつもりです」

彼女はいたずらげに微笑んで、それからアオキの手を右手で掴んだまま左手でトランクを手に持った。

 

「そうとなれば善は急げです!行きますよ!アオキさん!」

グイグイとアオキの手を引っ張るミヤコにされるがまま、彼は彼女の半歩後ろを歩き出す。

ミヤコはアオキよりおそらくいくらか年下なのだろうが、それにしても元気だ。

自分が彼女くらいの時にこれだけ元気だったかと言われたら悲しい顔で首を振ることしかできない。

アオキがそんなことを考えていると、不意にこちらに背を向けたままミヤコが言葉を発した。

 

「…………絶対に奴らのこと、捕まえましょうね」

そう言った時にミヤコがどんな顔をしていたのか、後ろを歩くアオキには見えなかった。

 

ただその声が、それまで聴かせてくれていた彼女の声音からはかけ離れた酷く温度の無い声に聞こえた、のは、気のせいだったのだろうか。

 

微かな引っ掛かりを感じながらも、アオキは深入りすることなく「……はい」といつも通りのやる気があるのか無いのかわからない声で返事をした。

 

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