『アオキさん今日飲まん?宝食堂で』
チャンプルジムに顔を出してから帰路に着こうと外へ出た時、アオキのスマホロトムにチリから冒頭のメッセージが来ていることに気がついた。
気がつかなかったフリをして数時間後に「すみません、今連絡を見ました」と送ることで回避しても良かったが、それは先々週に既に使った手だということを思い出す。
どうしようかと考えていると、追加でメッセージが飛ばされてきた。
『ハッサクさんも来んで』
ハッサクがいたらなんだというのだろう。
ハッサクがいたら自分も飲み会に行きたくなると思われているのなら、早急にその考えを改めてほしい。
『残念やけどポピーちゃんは来やんよ。明日お茶会なんやって』
未成年を飲み会に誘うな。
むしろ明日お茶会じゃなかったら来ていたのか?
『あ、トップ呼ぶ?』
絶対に呼ぶな。
ポンポン送られてくるメッセージに内心でツッコんでいたら、とうとうチリからの電話が鳴りだした。
営業マンの悲しい性ゆえに反射的に電話を取ってしまう。
『お、おつかれさ〜ん。宝食堂で予約取っといたから先入っとってや』
「お疲れ様です。まだ行くとは言ってないのですが」
『もう3名で予約してもうたからアオキさん来やんとトップ呼ばなあかんねんけど』
「じゃあそれでいいんじゃないですか。お疲れ様でした」
『冷た。なんやねん。あ!あれか!ミヤコちゃんとご飯行くんかオラ』
「いえ、ミヤコさんとはもう別れました」
『……それほんまに言っとんか?ミヤコちゃんとご飯食べにいかなアオキさん今日出社した意味ないやんけ』
「……チリ、もう酔ってます?」
『タイムカード切ったチリちゃんに怖いもんなんかあらへんで』
「そうですか。自分は明日も仕事なので今日はいいです」
『何ゆうとんねん、こっちもや。あんな、平日の夜に明日も仕事やな〜って思いながらギリギリの時間まで飲む酒がこの世で一番生きとる!って感じあるやんか。な?』
「同意を求められても」
電話口の向こうでチリが「ふん!」という掛け声と共にプシュっと缶を開ける音が聞こえた。十中八九、酒だろう。
何も言ってないのにチリからは「いやこれ食前酒やから」と言い訳された。言い訳とか別にいらないし、タイムカード切ってるなら好きにして欲しい。
『……あんな、アオキさん』
「はい」
『チリちゃんな、ど〜してもみんなと話したいことあんねん』
「そうですか。来週の四天王ミーティングの議題に上げておいてください」
『嘘やん、ここは「わかりました可愛いチリちゃんとお話するために行きます」って来てくれる流れやろ。ポピーちゃんやったら絶対来てくれんで』
「はあ、現実はそう甘くないので……」
『ハアー、ならしゃあないわ。今日はハッサクさんとサシ飲みして、アオキさんの有る事無い事吹き込む遊びしますわ』
「あなたそんなことしてたんですか。……微妙に心当たりがあるのが嫌なんですが」
『ってことで、10分後にアオキさんの名前で予約しとるからよろしくな。ほな!』
「さっきの発言を秒で無かったことにするのやめてくれませんか」
……切られた。
アオキは肺の中が空っぽになりそうなほど深く深く溜息をついた。
身近な人々が基本的にみな人の話を聞かない方ばかりなのでたまにとても疲れる。
会話のキャッチボールがまともにできた試しがない。基本的に一方的に豪速球をぶつけられるばかりなので。
……その点、あまりこういうのは比べるものではないのだろうが、彼女とは話しやすかった。
つい先程まで共にいた女性のことを思い返す。
こちらが投げたボールをキャッチしやすいように投げ返してくれるような人だった。
恐らく職業柄、人と話をしたり人の警戒を解いたりするのが上手いのだろう。そうだとしても、彼女といる時間は穏やかで、心地よかった。
今日変わり映えのないメンツと飲むとわかっていたのなら、彼女を食事に誘っても良かった。
そう思ってから(いや、会ったばかりの仕事だけの付き合いの男から食事に誘われるのは、断るにも断りづらくて困るだろう)と考えが至って、なぜか、少し、落ち込んだ。
「あ、アオキさーん!こっちやで!」
「アオキ!遅いですよ!」
チリに言われた通り、10分後に『宝食堂』へやってきたところ、座敷席に既にチリとハッサクがいた。ちゃんと意味がわからない。
「予約しているから先に入っておいて欲しい」と言われて入ったら既にメンバーが全員中に入っていて、なんならもう飲んでるということがあるのだろうか。
ここにあった。ちゃんと意味がわからなかった。もう帰っていいってことだろうか?
とはいえ帰るわけにもいかず、座敷の方へ近づく。
するとハッサクには時間通りに来たのに「時間厳守は大人のマナーなのですよ!」と言われるし、チリには「どうせとりあえず生やろ」と言って勝手にビールを注文されていた。
これが大人のやることか?と思いながら、アオキは「すみません」「ありがとうございます」と無感情で言って、無表情で座敷に上がった。
「アオキさんも来たし、乾杯しよか!」
「そうですね!」
「あ、いえ、まだ自分のビール来てないです」
「かんぱーい!」
「ドラゴーン!」
「あ、はい、もういいです」
多分この2人、テンション的にもう数時間くらい飲んでるな、とわかった。
「いつから飲んでるんですか?」と聞いたら、チリに何故か「ちゃうねん」と否定された。
「ほんまちゃうねん、な!ハッサクさん!」
「はい!ちゃうねんなのですよ!」
「ああ、はい、そうでしたか」
「なんかな、思った以上に仕事がな、早く終わってな、ハッサクさんも今日の講義昼過ぎで終わっとったって言っとってな、じゃあもうしゃあないやん」
「はあ」
「確かに小生たちはもう何時間も前から飲んでますです!しかしこれは、言わば、そう!時差みたいなものなのですよ!」
「せや!ハッサクさんええこと言った!時差や!」
なにが?と思ったが、酔っ払いの発言にまともに取り合うくらいならネッコアラの寝言に付き合った方が可愛いし有益なので、アオキは「そうですね」とだけ返した。
4人用のテーブルで、ハッサクとチリは向かい合うように座っていたので、アオキはとりあえずハッサクの隣に腰掛けた。
その瞬間、ハッサクには横からガシリと肩を組まれ、正面に座るチリには両肘をテーブルに置いて睨まれる。素直にコワ……と思った。
「……あんな、アオキさん。チリちゃん、恋バナしたいねん」
「助けてください、ハッサクさん」
「はっはっは、これにすでに数時間付き合わされている小生の気持ちも考えてみてください」
「でもなあ、チリちゃんほどになるとな、チリちゃんが「恋バナしよ!」って女の子に言っただけで口説いてることになってまうねん」
「歩くセクシャルハラスメント製造機、ということですか?」
「アオキ、まあまあの暴言やめなさい」
「だからもうポピーちゃんとしか恋バナできんくなっててん」
「いいじゃないですか」
「ちゃうねん!チリちゃんはもっとドロドロした大人のクソのドブ煮込みみたいな恋バナが聞きたいんや!」
「最悪」
「チリは疲れているのですよ」
グッと拳を握ってそんなことをのたまうチリにむしろ男2人のほうが疲れた顔をした。そんなに他人の恋愛話なんか楽しいか?みたいな気持ちになるが、まあ他人事だから楽しいのだろう。
チリはズビシ!とアオキを指差すと「アオキさん!」とでかい声を出した。
「……今日女の子とデートしてどやった?」
「アオキ、今日女の子とデートしたんですか?」
「してません。仕事です」
「なんかずっとニコニコしててかわええねんな。な!」
「同意を求められても」
「可愛いんですか?」
「その質問に答えるとなんらかの何かに接触しそうなのでコメントは控えさせていただきます」
「あーあ!仕事終わりに『宝食堂』でミヤコちゃんとご飯食べるんかなって思っとったからハッサクさんと待機しとったのにこおへんし、ほんまなんなん?」
「あなたがなんなんですか?」
「アオキ、正論はやめなさい」
「誘えや!デートに!」
「ミヤコさんをデートに誘いたいのはチリのほうじゃないんですか?」
「誘いたぁい!」
「なんなんですか?」
「アオキ」
「って、アオキさんビール来とるやん、乾杯しよや」
「あ、はい、もう飲んでますけど」
「かんぱーい!」
「ドラゴーン!」
「……はい、あの、はい」
勢いよく酒を飲んだかと思うとまたすぐに次を注文するハッサクとチリに、自分がそう思い込んでいるだけで明日は本当は休日なのでは?と思い始めてきた。そんなことはない。
「さて、少し話を戻しますですよ」
不意にハッサクがそう前置きしてからアオキへ視線を向けた。
「任務の概要は聞いています。アオキ、あなたから見てそのカントーから来たGメンの方はどうですか?」
やや抽象的な質問ながら、問いかけるハッサクの目には真剣なものがあって、アオキも酒の席ながらこれは本気の質問だなと理解する。
つまり、外から来た人間は信用に足るのか、という問いかけだ。
アオキは軽くネクタイの位置を直しながら「そうですね」と呟いた。
「まだ知り合って初日のようなものですが、対話をしている限り善良な人柄に感じます。バーバル、ノンバーバル問わずコミュニケーションに問題は感じませんし、こちらの助言をただ受け入れるのではなく、理由を確認し納得した上で受容する論理性もあります。トレーナーではないと言っていましたが、彼女の連れているメタモンの変身技術は高く優秀な相棒のように見えました」
「あとむっちゃかわいい」
「……ふむ、なるほど。一緒に仕事をすることに難があるような方ではないのですね」
チリをスルーしながらハッサクは微笑み、再度アオキへ質問を重ねた。
「では、アオキ、あなたの独断と偏見と色眼鏡と直感で見た彼女の印象はどうでしたか?」
アオキは右手でこめかみを抑えた。
……どっちだ?
真面目に率直な印象を聞かれているのか、チリと同様にこちらを揶揄っているのか、判別がつかない。チラリとハッサクを見るが、彼の独特な色の瞳から何かを伺うことはできなかった。仕方なく慎重に答える。
「……基本的には先ほど答えた通りです。まだ彼女としっかりと信頼関係を構築できたわけではありません。ペルソナ越しの交流でしかないとことを前提として、もしも強いてひとつ感じたことを口にするのなら、」
(「……絶対に奴らのこと、捕まえましょうね」)
リーグ本部を出たあの時。
そう言った時の彼女の見えなかった表情を思い出す。
自らのそう深くもない人生経験をもとに、あの時の声音を考察するのならば。
「この任務は彼女にとって何か因縁があるもののようです」
あの時、彼女はかすかに怒りを見せていたように思うのだ。