アオキ「……というのが妻との出会いです」   作:ホネホネ

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「広いですねえ」

「広いですね」

「でもなんか、先にオージャの湖を見てしまうと、どうにかなりそうな気がしますねえ」

 

『ハイダイ倶楽部』で早めのランチを終えた2人は、カラフシティの広場からロースト砂漠を見下ろしながらそんなことを話していた。

 

「砂漠とはいえ周囲は高い岩壁に囲まれているので、そこから張り込みがしやすそうです」

「そうですね。強いて言えば、天候によっては砂嵐で見えづらくなるところが懸念点ですが、それはハンター側もですからね」

「ですねえ」

「それに砂漠の出口がカラフシティかマリナードタウンへ続く道だけというのもいいんじゃないでしょうか。結論その2箇所を抑えればいいので」

「……そんなアオキさんに悲報です」

「なんですか?」

「ハンターが他地方の人間なら、所持ポケモンがロッククライムを覚えている可能性があります」

「……地方によってポケモンの覚えられる技に差異があるの法律で禁止しませんか?」

「私が為政者だったらそうしてたんですけどね」

 

軽口を叩きながら、昇降機で一段下、カラフシティの最下階に降りる。

ミヤコはこの街に来た時から昇降機に乗りたそうにしていたので、実際に乗ったらどんな反応をするのかと思っていたが、乗る前から「上りはともかく下りは怖すぎません!?」と腰が引けていた。

「大丈夫ですか?」と支えるために軽く手を出したところ即座にガシリと両手で掴まれて、むしろビビる。

 

「……え、怖。怖すぎませんかこれ……」

同意を求めるような目で見つめられたが、よくわからなかったので「ちょっとよくわからないです」と答えた。

とはいえ縋り付く彼女を振り払うわけにもいかず、手を掴まれながら昇降機で降りる。自分の手汗とか大丈夫だろうかと少し不安に思ったが、ミヤコのほうはそれどころではなさそうだった。

 

「……すみませんでした。私の手汗とかすごかったかも」

「いえ、気にしないでください」

昇降機から降りれば自然手は離れた。

なんとなくそれを惜しむような気持ちはあったが、惜しむ気持ちを抱く自分こそが一番気持ち悪いのではないのか?と思い、自己嫌悪する。

突然グッと眉間に皺を寄せたアオキに、ミヤコはキョトンとした。

 

「え、アオキさん大丈夫ですか……?」

「……いえ、気にしないでください」

「本当はアオキさんも高いところが苦手だったのでは……?」

「それは大丈夫です。本当に大丈夫です」

「はあ、それならいいんですが……」

やや不安げにこちらを見つめる彼女に、話を切り替えるように「マリナードに向かいつつ、ロースト砂漠のほうを実際に歩きましょうか」と言った。

 

 

 

 

「砂で足元が緩いので気をつけてください」

「はい」

革靴のまま砂漠を歩くのは営業でパルデア中をあちこち回ることのあるアオキにとっては慣れたものだったが、ミヤコにとってはそうではないだろう。

いつもより歩調を緩めて、いざという時に利き手で彼女を支えられるようミヤコの左側に立つ。

 

昨日のようにムクホークに警戒を頼むことも考えたが、強風に舞う砂の中で砂漠に紛れるポケモンの警戒をさせるのは目の良い相棒でも難しいだろうと今日は出さないことにする。それにここはオージャの湖ほどポケモンのレベルも高くない。

 

その日のロースト砂漠は普段よりは風が強くなかった。そのために舞っている砂の量も少なく、視野も悪くない。とはいえ、変に喋ると口に砂が入るので街中の時に比べると会話の量は減っていたが。

 

歩く2人のそばをシガロコが泥玉を転がしながら歩いて行く。それを見つけたミヤコが不意に、少しアオキの方へ体を寄せて話しかけた。

 

「アオキさんってポケスロンって知ってます?」

「あまりちゃんと見たことはありませんが、名前くらいは」

「ジョウトの方で流行ってるポケモンスポーツで、スマッシュボールっていう、サッカーみたいなやつがあるんですけど」

「はい」

「シガロコ、参加したら強いんじゃないかなって。ボールのキープ力高そうで」

「……シガロコは持ってる泥玉をとても大事にしているそうなので、ボールを持っても離そうとしなくてダメかもしれません」

「そっか……」

「はい」

「いや、すみません。それだけなんですけど」

 

それで会話は途切れたが、2人ともなんとなく(今の会話ちょっと面白かったな)と思っていた。

 

あまり変わり映えのない景色を歩き続ける。

少し先を歩くミヤコを視界に入れながら、アオキは迷わないよう方向を確かめつつ歩く。

 

その時ふと世界が薄暗くなった気がして空を見上げる。

けれど空の色は吹きすさぶ砂によってよく見えなかった。太陽に雲が陰ったのか、砂嵐が太陽を翳らせたのか、判別がつかない。

 

「アオキさん」

不意に振り返った彼女に呼ばれて、アオキは視線をそちらに合わせる。彼女は空の方を指差すと唇を開いた。

その瞬間、風向きが変わる。それまでとは異なる温度の風が吹いた。

 

「少し強めに雨が降るかもしれません」

「え?」

「あっちの遺跡の下で雨宿りしましょう」

彼女がそう言った時、タイミング良くアオキの鼻先に雨粒が一滴落ちてきた。そのことに少し驚きながらも、先に歩き出したミヤコの背を追ってアオキも歩調を早めて歩き出す。

 

2人が砂に埋もれた物見の塔の下に避難してすぐに雨足は強くなり、砂漠の大地はすっかり色を黒く変えていた。

 

「結構強いですね」

「すぐに止むといいんですが」

空を見上げる。

雨足は強いが西の空は明るい。通り雨だろう。

休憩がてら、足を止める。

 

「それにしても、よく気がつきましたね」

「なにがですか?」

「雨が降ると予知してたので」

「いえ、そんな大層なものじゃないですよ」

彼女は笑って、足元へ目を向けた。

 

「地面タイプの子達が砂の下に隠れたり、雨の当たらないところに逃げていってたりしたのでもうすぐ降るのかなって思っただけです」

 

2人が雨宿りしている遺跡の影ではゴマゾウやスナヘビなどの地面タイプのポケモンたちも避難していた。

中には警戒心が薄いのか、ミヤコの足元に長い鼻を押しつけるゴマゾウもいる。そんなゴマゾウへミヤコは「濡れますよ」と奥に入るよう促した。

 

「地面タイプ……気がつきませんでした。よく見ていますね」

「え?あ、はは……そう、ですね」

ミヤコはふと何かを言おうか言うまいか迷っているかのように言葉を止めた。

アオキはそのことに気がついていたが、続きを促すでもなくぼんやりと降り頻る雨を眺めている。

彼らにとっては恵みの雨なのか、サボネアが踊るように雨の中を駆けているのが見えた。

 

降りる沈黙の中、雨音ばかり鮮明だった。

口を開いていいのか迷うようなこの沈黙に、それでも不思議と居心地の悪さを感じないのは鼓膜を揺らす雨音のおかげなのか、それとも自分が彼女を憎からず思っているからなのか、アオキには判別がつかなかった。

 

ただ事実として、アオキは自分の抱いている感情に自覚があった。

そして、それは初めて出会ってから3日しか経っていない相手に向けていいものではないという認識も持ち合わせている。

 

……他人からの優しさを愛と見間違う愚か者にはなりたくなかったのに。

足元のポケモンを避けるふりをして、彼女から一歩距離を取る。

 

普遍、不変、不偏。それらを保つのに努力は不要だ。

手を伸ばしたところで空に触れられないことを知っているから、諦観はもうずっと前にアオキの中にある。彼の心臓に深く深く根付くほどに。

 

「地面タイプ、なんですけど、」

不意に彼女が唇を開いたのはその時だった。

アオキは彼女へ視線を向けないまま、軽くうなづいて相槌を打つ。

 

「……実は私、地面タイプの子を持ってて、その子、水が苦手で、雨が降る前はいつも、普段と様子が違くなるから、気にするようにしてて、」

彼女にしては珍しく、ぽつりぽつりと溢すような話し方だった。

汚れるのも気にせず靴の先で砂をいじって、なんでもないような顔をして、言葉を続けていく。

 

「……その子は、縁のある人から、譲ってもらった子で、大切にしてたから、あなたに「よく見ている」と、言ってもらえて、あの、嬉しかった、です」

 

そう言った彼女がこちらへ笑顔を見せるから、アオキはつられるように彼女のほうへ目を向けてしまう。

そして瞳に彼女の笑みを収めた時、アオキは見なければよかったと心から悔いた。

 

彼女は綺麗に微笑んでいた。

けれどその表情はどこかさみしそうで、何かを諦めたみたいに儚げで……それが悲しかった。

だからその表情だけでアオキには察するものがあった。

 

……ああ、これ絶対元カレだ、と。

 

例の『縁ある人』というのはオブラートに包んでいるが元カレのことだろう。彼女の表情から察するに、かつてポケモンを譲られるほど深い関係で、やがて別れを切り出されて受け入れたはいいものの、彼女自身はまだそのことを引き摺っていて、その人のことを忘れられないのだきっと。つまり彼女の心はまだ過去の人のもので、自分などには一切の可能性も無いということです。今すぐこの感情を可燃ゴミに投げ入れて諦めてください。本当にお疲れ様でした。失恋したので今から長期の有給取ってアローラとか行っていいでしょうか。というか去年の有給がほぼほぼ丸々残っているのですが。総務に有給を取れと怒られたのですが、どう頑張っても有給を取れるタイミングがありません。どうしたらいいでしょうか?『ベストアンサー:それではまずその場で死んでください。死んだ瞬間に有給を取得する義務が消滅するのですべての問題が解決します』……確かに。

 

「……アオキさん?」

「………………はい」

「あの、大丈夫ですか……?」

辛そうな表情が滲み出てきてしまっているアオキを見て、ミヤコが思わず声をかける。

アオキは正直何もかもが大丈夫ではなかったが、絞り出すような声で「大丈夫です」と答えた。自分で発しておきながら、全然大丈夫そうな声音には聞こえなかった。

 

「いや絶対大丈夫じゃないですよね。え、気がつかなくてすみません。だいぶ歩いたので疲れましたよね、少し座りますか?」

「いえ、ほんとに、大丈夫です……」

「私の中にある『社会人の言う大丈夫全然大丈夫じゃない説』がモリモリ有力になってきてますよ。あ、水飲みましょう!」

持っていた鞄から『おいしい水』を取り出した彼女は、アオキが作った一歩分の距離など容易く踏破してペットボトルをグイグイ押し付けた。

 

「ミ、ミヤコさん」

「私の飲みさしで申し訳ないんですけど、絶対水分不足だと思うので!」

 

彼女が言った「飲みさし」という言葉に、アオキはもう本当に絶対に毅然とした態度で断ろうと思った。

『自分の飲み物があるので大丈夫です』

頭の中で練習する。よし、いける。絶対に言う。

 

「ほら!アオキさん!」

「……いえ、自分の、」

「え?なんですか?」

「…………………あ、いや、……有り難くいただきます」

「ええ、どうぞ!」

 

いっそ殺してくれ、と思った。

 

 

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