アオキさん元気ないなと思っていたが、水分を与えたら少し元気になったようだった。草タイプなのかもしれない。じゃあ、ちからずく冷凍ビームだ。
ミヤコはそんなことを考えながら、雨が止んだ後にアオキと共にロースト砂漠を抜けてマリナードタウンへ向かっている。
ロースト砂漠のさらに奥地まで見て回ることも考えていたのだが、体調不良者がいる以上無理はしないほうがいいとミヤコは判断した。
空飛ぶタクシーを使うことを提案したが、それはアオキから固辞されたので、足取りを緩めながら徒歩で進んでいく。
マリナードタウンがロースト砂漠からそう遠くないことが幸いだと思いながら、隣を歩くアオキへ声をかける。
「アオキさん、大丈夫ですか?もう少しですよ」
「ありがとうございます。先ほどはすみませんでした。体調の方は問題ありませんので大丈夫です」
心配そうに見つめられたアオキは、仮病使って休んだ翌日に周囲からものすごく心配されて居た堪れなくなった時のような気持ちになりながら彼女のそばを歩いていく。
それから彼女の発言にびっくりしてパニックを起こした先程までの自分の思考を内心で恥じる。冷静になった今振り返ると本当に恥ずかしい。業務中であることを思い出して心を落ち着かせた。……いや業務中に心が落ち着いたこととか無いな。
「お、アオキさん、また眉間に皺が寄ってますよ」
「……社会人なんてそんなものです」
「暴論……」
死んだ目をするアオキをミヤコは可哀想なものを見る目で見た。
個人事業主のためある程度自分自身でタスクのハンドリングができる立場のミヤコに、社会の歯車の気持ちは理解しきれないのだった。
「あ、ほら!町に着いたらご飯食べましょうよ!もうお昼時は過ぎちゃいましたけど、ランチですよランチ!」
「……そうですね」
ご飯というワードで少し気力を取り戻したアオキは、少し前を歩くミヤコに追いつくように歩く速度を上げた。
いやお前らさっきカラフシティで昼ごはん食べてただろう、という指摘は野暮である。
「カントーのクレープって、本当にこんなふうに食べ歩きしやすいよう巻いてるんですか?」
「そうですよ。むしろカロスで本場のクレープ見た時にびっくりしましたね。ナイフとフォークで食べるんだ!って」
潮の香りが鼻腔を擽る港街、マリナードタウン。
そんな街で2人はクレープを片手に海岸に立っていた。このクレープはさっき港のそばの公園で買ったものだ。
まだ二度目のランチは食べてない。
ランチを食べる前にクレープを食べているのだ。
これでランチを済ませようとかではなく、この後に普通にランチを食べる予定だ。
2人とも二度目のランチを食べる前にまあまあ大きいクレープを食べている自分たちの行動に異常性を感じなかった。
普通の人の「ちょっと小腹が空いたからチョコレートを一粒食べようかな」の感覚でクレープを食べている。
とかく、2人はクレープを食べながら仕事の話を始めた。
マリナードタウンでの目的は、ハンターの逃走経路として海路が使用されることを考えてのこの街の視察だ。
あたりをざっと見渡したミヤコは認識を合わせるように言葉を紡いだ。
「漁港兼コンテナ港という感じですね。パルデアの主要港というだけあってかなり広いです」
「パルデアで港町といえばここですからね」
船着場の近くをさりげなく観察しながら歩く2人。
海が近いためか、風が強い。普段の喋り方で話しかけたところ聞き返されたので、アオキは声が聞こえる距離と仕事仲間に許される距離感のギリギリの鬩ぎ合いを見計らった距離まで彼女のそばによって会話をする。
「あまり考えたくありませんが、密猟・密輸の観点で見ればコンテナが気になります。コンテナは一度入れてしまえば外からは何が入っているのかわからなくなりますから」
そう溢すアオキにミヤコは「そうですね」と軽くうなづいた。
「とはいえコンテナは貨物を想定しているので、生物を入れて長時間航海した場合、高確率で衰弱、もしくは死亡します。過去の事例で見ると、シンオウのミオシティからホウエンのカイナシティまでの長距離をポケモンがコンテナで輸送される事件があったことがあり、その時は内部にいた28匹中全てが……」
「…………」
「……まあそれはさておき、アオキさんのお考えの通り、対象の生死を問わない場合はコンテナを使用することがハンター側の選択に入ると思います」
「……逆に言えば、対象のポケモンが生きていることを受け渡しの絶対条件とするのならコンテナは使えない、ということですね」
「その通りです。そしてGメン側からの依頼時には必ずポケモンの生存を条件として要求しますのでご安心ください」
決してGメン側を疑ってはいないが、改めて明言化されてアオキは少し安堵する。彼が罪もないポケモンが理不尽な目に遭わされて何も感じないような人間なら、四天王はおろかトレーナーにもなっていない。
会話を続けながら、アオキはふと浮かんだ疑問を彼女に伝える。
「ミヤコさん、素人質問になりますが、ハンター側が普通にモンスターボールにポケモンを入れて捕獲して密輸する可能性は考えられますか?」
「無いとは言い切れませんが、可能性は低いかと思います。モンスターボールは使用する際にポケモン捕獲許可資格証との紐付けが必須となりますから確実に足がつきます」
正規にモンスターボールで捕獲されたポケモンには一意のIDが割り振られる。そしてそのIDを見ることでそのポケモンを捕獲した人物である「親」と、そのポケモンが捕まえられた場所を確認することが可能だ。これは一度紐付くと消されることはない。
「それに密猟したポケモンを他人に譲渡することを前提とする場合、下手にボールで捕まえてしまうと自分がそのポケモンの親になってしまうので譲渡先の人間の言うことを聞かなくなることがあります。なので基本的にボールの使用は避けられることが多いですね」
「なるほど、わかりやすいです。ミヤコさん、先生みたいですね」
「……そ、そうですか?」
褒められたミヤコは照れながらも少し満更でもない顔をした。
2人が食べ終えたクレープのゴミをまとめてアオキが捨てに行って戻ってきた時、ミヤコは海岸で地元の船乗りと思わしき男性と談笑をしていた。
外面笑顔のミヤコを見て(口達者モードだ……)と思いながら、アオキは少し離れたベンチに腰掛けて彼女が戻るの待つことにする。
座りながら眺めた昼下がりの西パルデア海はどこまでも広く晴れ渡っている。
ふとその景色に不釣り合いな生温い風が吹いて少しだけ違和感を感じたが、それ以上気に留めることもなかった。
と、その時船乗りとの話を終えたミヤコがこっちにやってくることに気がつく。
「……アオキさん、これは別に悪口じゃないんですけど、」
「はい?」
アオキのいるベンチにやってきたミヤコは、彼の隣に座ると笑いながらそう前置きをした。
「なんか、港に不釣り合いなスーツ着てるサラリーマンがぼんやり海を見てるのを側から見てると、なんか、不安になりますね」
「……死にたそうに見えますか」
「いや別にアオキさんがそうとは言ってませんが、まあ……はい……」
「はあ、周囲からも視線を感じるなと思ってました」
むしろミヤコがアオキの隣に座った瞬間に、そのやや不安げにこちらを見る周囲の視線が消えたくらいだった。
そのことを口にすると、ミヤコが吹き出すように笑った。笑ってから、否定するみたいに手を振って誤魔化す。
「いやすみません、要らない話をしました。ええっと、そう、さっきあちらの船乗りさんとお話ししたんですが、」
「はい、くちたっ……探偵さんモードになってましたね」
「(くちた……?)あ、はい、港の関係者に話を聞けないかと思いまして、声をかけたんです。あちらの方、ここの港の船舶管理者だそうで、聞いたところ、基本的に港に出入りする船は誰が所有のものでどこから来てどこに行くのか、きちんと登録された船しか出入りできないそうです」
「流石にそこはしっかりしてますね」
「はい、船を出入りする船乗りさんも同様に身分証明が必須らしく、かつ、最近新規に登録や変更があった船や人は無いそうです。それに不審な未登録の船も見ていないとか」
「そうでしたか……となると過去の密猟にこの港が使われた可能性は低そうですね。確かに、犯罪組織が素直に正規の港を使うかと言われたら疑問ではありますから」
「ええ、活気のある街ですから、犯罪者側としてもあまり使いたくはないでしょう。この街が犯罪に利用される可能性は低そうだ、ということがわかっただけでも有益です」
一通り真面目な話をした後、2人は深く息を吐いた。真面目な話をすると疲れる。それならミヤコは思い出したように口を開いた。
「あ、あと船乗りさんが、」
「はい」
「もうすぐ天気が荒れるから気をつけたほうがいいって言ってました」
ミヤコがそう言ってから、2人は同時に空を見上げた。
けれどそこにあるのはどこまでも晴れ渡る青空だけだった。
「…………」
「…………すごい晴れてるけど」
「……いえ、本業の方が言うのならそうなのかもしれません」
「とりあえず屋根のあるところに行きましょうか」
「そうしましょう」
そんなわけで2人が屋根のある市場の中で購入したサンドウィッチを食べ始めた時のことだった。
凄まじい雷鳴と共にパルデア地方西部が黒雲に覆われ、大粒の雨が地面に叩きつけられたのは。
空の下にいた人々が悲鳴じみた歓声と共に市場の屋根の下に飛び込んでくるのを、アオキとミヤコは真顔で見ていた。
「本当に降ってきましたね……」
「……すごいですね、船乗りさんって」
助言通りに避難していて良かったと、うなづきあう2人は、段々と風が強くなっていき、飛行タイプのカイデンさえ市場の屋根の下に逃げ込み、キャモメが吹き飛ばされていくのを呆然と眺めながらも食べる手を止めなかった。腹が減ってはなんとやら、である。
「大変、この嵐、深夜まで続くんですって」
「じゃあ今日はもう早く帰ろうか」
そばを通りがかった夫婦と思わしき男女がそんなことを言いながら歩いていくのを、2人は耳にして顔を見合わせた。
この悪天候の中、広いロースト砂漠を戻るのはまず危険だ。嵐が去った後に帰ろうとしても深夜に砂漠を歩くのも現実的ではない。
かつ、飛行タイプのポケモンさえ飛ばされるほどの雨風となれば当然空飛ぶタクシーも呼べない。
……つまり、帰れない。
「……あの、アオキさん、私たち帰れないんじゃ……」
「……帰れませんね」
アオキの定時帰宅の夢はここで儚く泡と化した。
ミヤコは周囲を見渡すと、それからアオキへ言った。
「となると、今日はこの街で泊まっていくということでしょうか」
「そうですね。となると早めに宿を確保しましょう。我々のような方々と宿の取り合いになってしまうかもしれませんから」
で、取り合いになった結果。
「予約無しの2名様ですね。現在空室がダブル一室となっておりますがよろしいでしょうか?」
マリナードタウンにあるホテルのフロントがそう言って2人ににっこり微笑みかけるのを、アオキは死んだ目で、ミヤコは困ったような顔で受け止めた。
読める展開ではない。王道展開というのだ。
あとR18ではないのでエッチなことは起こらない。悪しからず。
そもそも女性と2人きりになったからといって手を出せるような人じゃないだろアオキさん