物には命が宿るという。
古くは付喪神などと呼ばれ、大切にされたものや長く使われたものには魂が宿るという考えがあったんだ。
物には命が宿るんだよ。
今の時代にそんな事を言ったら、きっと笑われるだろう。いい大人が何を言っているんだと。
けれど、それじゃあロマンが無い。だから私は言うんだよ。
「物には命が宿るんだ」
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腕時計の時間が
8時50分。キッカリ10分遅れているアナログ式の腕時計を目の前に掲げて、僕は首を傾げる。
電池はつい一月前に変えたばかり。手入れはしているものの中身は弄ってはいないし、そもそもの話、これは電波時計。
不思議なこともあるものだ、と再び首を傾げ。そして私はその不思議を、そのままにしておくことにした。
今日は特別な日だ。
なればこそ、この時計が10分遅れの時を刻んでいることにも理由があるはずだ。そう考えた僕は、一日、全ての予定を10分遅らせることにした。
ひとの言葉を借りるなら、そのほうがロマンがあるから。
家から出る時間。駅前で待つ時間。いつものカフェで暇をつぶす時間。公園で。自販機で。コンビニで。本屋で。
全て、10分遅れるように動いた。途中、雪が靴を濡らした。そういえば去年のこの日は雪だったな、と思い起こす。降りしきる白い結晶の中、僕は10分遅れの世界を楽しんだ。
レストランで夕食を楽しんで。絶景の夜景の見える場所に足を運んで。そして、電車を待つ。
さすがに10分キッカリ遅れの電車はなかったか、と苦笑しつつ、ホームで佇む。あと5分で来るはずの電車を待ちながら、薬指をいじる。
雪がだいぶ積もっているな、とぼんやり考えていれば、僕の隣にいた学生グループが驚いた声を上げた。
「えーっ!電車、運転見合わせだって!」
思わず振り返る。どうやら彼らは電車の情報を確認しているらしい。スマートフォンを片手に何やら話している彼らを見て、思わず空を見上げる。
雪だ。確かに、今日はやけに振るな、とは思っていたが。線路の先を覗く。電車は来ない。
腕時計に視線を落とす。
「物には命が宿る。それが口癖だったね。君はそこにいるのかい?」
女性物の腕時計を、人差し指で、優しく叩く。当然、返事は無い。コツコツと爪で硬質な物を叩く音が返ってくるだけだ。
しょうがない。改札を通り、駅を出る。外は一面雪景色で、とてもじゃないがバスやタクシーが走れる路面ではなかった。
なるほど、うつむいて足元ばかり見ていたから気づくはずもなかったのだ。してやられた。素直にそう思わされた。
今日は帰ろう。そう思って眺めた時計は、もう動いていなかった。
「こまったな。これじゃあ次も遅刻だ」
肩に積もった雪を払い、独りごちるように語りかける。当然、返事は無かった。