セレナと出会い、交流する事となったのは偶然からである。アカデミアへと入学し、厳しい訓練を強いられる苦しい生活はそれはもうつまらなく苦しいものであった。何せ自分ににはあまりにも楽しい遊園地での記憶が刻みつけられていたからである。
数年ほど前、両親に遊園地へと連れて行ってもらった。アカデミアに行く前に、家族で楽しい思い出を作る為に。ライトアップされた観覧車、心揺さぶるジェットコースター、夢の国に迷い込んだかと錯覚するほどの体験に幼い俺は魅了された。文字通り眩い光景は自分の中で決して忘れられない記憶となったのだ。
楽しかった記憶だけを糧に生きていたある夜、俺はアカデミア内をあてもなく彷徨っていた。訓練するかそうでないかという二極化の中でアカデミアを探検する事が唯一の楽しみだったのだ。見つかってしまえば罰せられる事は避けられないであろう明らかに危険な行為なのだが、それは子供に無茶苦茶な訓練を強いる大人達へのささやかな反抗のつもりであった。
警備の人間達の目をくぐり抜け、程々にアカデミア内を練り歩く。そうしていると、それまで入ったことのない部屋へとたどり着いた。
(なんだろうこの部屋……)
嫌な予感がしながらも、興味本位に扉を開けて部屋に足を踏み入れる。アカデミアの闇でも詰まっていたらそれを外にバラして滅茶苦茶にしてやろうかと考えていたが……中にいたのはひとりの少女だった。
深い青の髪、ぱっちりとした瞳。きゅっと結ばれた口元に強い意志が感じられるその少女はこちらに気付くや否や、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「なんだ、お前は」
「えっ?いや、俺はえーと」
口籠るのも無理がないほどに少女は可愛らしい顔立ちをしている。声も芯が通っていて、敵意が篭っていなければもっと美しいものだろう。睨みつけられているのにも関わらず顔を赤くする俺に少女はむっと眉をひそめた。
「もっとハキハキと喋ったらどうだ?ここにいるという事はお前もデュエリストなのだろう?」
「そりゃそうだけどさ……じゃなくて、君は誰?アカデミアの生徒?なんでこんなところに一人でいるのさ」
「好きでいるわけではない。ここに閉じ込められている」
閉じ込められている、なんとも物騒な言葉である。不本意だという表情で腕を組む少女は誰の指示かわからないが、この小さな部屋を居場所としているらしい。
「すぐにでもここから抜け出したいところだ。だが……プロフェッサーがそれを許しはしないだろうな」
「プロフェッサーって……赤馬零王の事!?」
少女を監禁している何者か、それはアカデミアを支配するリーダーだという。そうなると今自分はとんでもない事に手を出してしまっているのではないか、とようやく状況を理解した。
プロフェッサーが故あって監禁している少女のもとに偶然辿り着いてしまった、下手に見つかればタダでは済まない。今すぐにでもこの場から逃げなければなるまい。
「ああ、そうなんだなるほど。じゃあ俺……もう戻るよ」
適当に言い繕ってその場を立ち去ろうとする。物騒なアカデミアでも更に物騒な事態に首を突っ込むなど、流石にそこまで無謀ではないのだ。
が、少女に背を向けたところで別の考えが胸の内に湧き出る。
何故彼女は監禁されているのだろう?何か、とてつもなく悪い事をされているのか?それを自分は巻き込まれたくないからと、見過ごして良いものか?
「あのさ、君はどうしてここに閉じ込められているの?」
扉に手をかけたところで振り返り問いかける。少女は眉間に皺を寄せたまま、かぶりをふる。
「それは私が知りたい。理由も教えてもらえず、ずっとここにいる」
「まさか理由も伝えずに人を閉じ込めるだなんて……怖いところだなここは」
「怖いところ?アカデミアがか?誇り高きデュエル戦士を育てる場所なんだぞ」
こういうタイプかあ、と頬を掻きながら部屋の中心に置かれている椅子へと腰掛ける。君も座りなよ、と促せば少女はテーブルを挟んだ向かい側にどっかと座った。
「あくまで俺の意見だけどさ、ここってば物凄く辛いところだよ。娯楽ないし。君、えーと……」
「セレナ」
「セレナ、デュエルは良いけど他に楽しい事はない?遊ぶとかさ」
「そんなもの、考えた事はない。私にはデュエルが全てだ。物心ついた時からな」
「それ本当?冷たい親もいたもんだな……」
「親は、いない」
ウッと言葉に詰まる。口が滑ってしまったが訂正など出来るはずもない。気まずい空気が流れる中、セレナは目を伏せてしまう。
「ごめん、悪かった。そっか、デュエルだけか。それでここから出してくれもしない……か。しんどいな、いやホント」
「やれるものなら今すぐここを抜け出したい。お前と同じようにアカデミアの戦士に加わりたいんだ」
「うーん……プロフェッサーが相手なのは難しいな。俺、そこらの一般生徒だし」
そう、本来ならば自分はこの場にいるべき人間ではない。ただの一般生徒、アカデミアから抜け出す手段があるわけでもない、デュエリストとして強いわけでもない。
つまり俺がセレナにしてやれる事はないわけである。
「参ったな、俺が出来るのは外の話くらいだし……」
「別に、お前に何かしてもらいたいというわけでもない。一人でいるのも……もう慣れた」
そんな事を言いながら、セレナは扉を顎でしゃくる。その横顔は憂いを帯びていて、慣れたという言葉にどんな感情がこもっているのかをありありと感じられる。
「早く戻れ。バレたらまずいぞ」
「あ、うん……」
自分には何も出来ない。ならばすべき事はここから立ち去るのみなのかもしれない。
と、そこで俺の頭にある光景が浮かび上がる。辛い訓練の中で負けない心を与えてくれた、思い出が。
「セレナ、デュエルが全てと言ってたよね。だったらさ、俺とデュエルしない?」
「なんだ急に」
「いやさ、ここに一人ならデュエルの相手とかどうしているのかなって。もしも同じ人とやっているのなら、飽きてない?」
「……そういうからには、実力はあるんだろうな?」
にやりとセレナは口の端を歪める。どうやら乗り気になってくれたらしく、懐からデュエルディスクを取り出すや否や腕に巻き付け、デッキをセットする。
どうやら相当自信があるらしい。正直なところ俺はデュエリストとして並も良いところなのだが、それでも彼女に新鮮な気持ちを味わわせる事は出来るという別の自信があった。
ディスクにデッキをセットし、互いに構える。不思議といつもの訓練よりも胸が高鳴っている。久方ぶりにワクワクしていると、今この瞬間に俺は気付いた。
「さぁ、行くぞ!」
「お手柔らかに!」
『デュエル!』
「先攻は俺からだ!」
五枚の手札に視線を落とす。勝てるかどうか分からないが、恐らく自分に出来るベストがそこにはあった。
一枚のカードを手に取り、ディスクへとセットすると共に高らかにモンスターの名前を叫んだ。
「行くぞセレナ!
光と共に俺のモンスターが登場する。煌びやかな服装に身を包んだ女性が、セレナへと手を差し伸べる。お客を迎え入れる、ゆったりとした動作にセレナは思わず面食らった顔をしてしまっていた。
「よーしぃ、それじゃあ俺に出来る事のミックスだ。セレナ、君を遊園地に連れて行くよ!」
自分でもどうかと思うが、それでも俺が選んだのは『デュエルでセレナを遊園地に連れて行く』という……本当にどうかと思うが、おかしな挑戦なのだった。