君の笑顔が見たいんだ!   作:んがんがん

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第五話 こんな事が……

 彼は行ってしまった。エクシーズ次元に、デュエル戦士として。

 セレナは一人である。またいつもの狭い部屋に取り残され、外界から隔絶されて。

 以前の彼女ならば怒りを覚えていただろう。腹が立ち、虎のように牙を研ぎ貪欲に抜け出す機を窺っていた。

 けれど今はそうではない。それまでのセレナを知る人間であれば、気味が悪いという感想を抱くほどにおとなしい。その原因が暇つぶしとして呼ばれた少年であると認識している者はいないであろう。

 

「ジェットコースター、海賊船、メリーゴーラウンド、お化け屋敷……花火」

 

 一枚ずつカードをめくり、呪文の様に唱える。彼に教えられた事を自分に刻み込もうとする。

 恐らくセレナにとってデュエル以外でこうも熱心に学ぶのは初めての事である。けれどそれをするだけの熱意があった。興味もなかったはずの事柄に、どうしても意欲をくすぐられるのだ。

 

「遊園地、か。くだらん……」

 

 そうひとりごちたが、視線は彼から預かっているデッキから逸らせない。口では拒絶していたが、内心では遊園地に興味は持ってしまっているし、いつか来るであろう彼に園内を案内してもらう日を心の底では期待している。

 どちらかと言えばそれが当たり前なのだ。デュエルばかりが全てではない、人間もっと楽しい事がある。彼はそれをセレナに教えたかったのだ。

 

「……」

 

 自分の声が虚しく部屋に響き、セレナは重苦しくため息をつく。孤独を寂しく思ったのは今日が初めてではないが、今までよりも胸がざわつき不安に駆られてしまう。

 今頃彼は何をしているのだろうか?向こうも、同じ心細さを感じているのだろうか?

 

 

 セレナの元に帰らなばならないのに、俺は今の身分を捨てる事を決めた。アカデミアの人間ではなく、侵略者と戦うデュエリストとなったのだ。

 落ちていたボロ布で身を隠し、少女と共に歩く。彼女の仲間達が潜伏しているアジトに案内してもらうのだ。

 

「部隊の人数、使用するカード……全部把握している。いくらでも情報提供しよう」

「本当に助けてくれるの?どうして?」

 

 少女が不安げに問いかけるのも無理はない。つい先程出会ったばかりの人間が味方になると言い出して信用できるはずはない。同じ立場だったらきっと俺も怪しんでいた。けれども、たとえ信じてもらえないとしても今のままではいけないと思うだけの出来事があったのである。

 

「俺は昨日まで、自分のやってきた事が正しいものだと思っていた。けれど違う、こんな風に何かを壊すために俺はデュエルを学んできたんじゃない……」

「うん、私も。デュエルって皆を笑顔にするものだって、この前会ったおじさんがそう言ってた!」

 

 デュエルで笑顔を。アカデミアでは絶対聞かないような言葉だ。教師陣がそんな事を言っていると想像したら寒気に襲われてしまうくらいだ。

 けれどもしかしたらアカデミアだけなのかもしれない。デュエルをこんな方法に用いて、人の幸せを奪う事が罷り通るような事は本来あり得ないのではないだろうか……?

 瓦礫を歩きながら少女の後ろ姿を見つめる。歳は俺より2〜3個ほど下だが、強気な姿勢がセレナによく似ていた。彼女は今どうしているだろうか?こうしてアカデミアから離れてしまえば、もう二度と会えなくなってしまう。けれどこの場にセレナがいたら、きっと彼女も俺と同じ道を選んだはずだ。

 しばらく歩き続け、破壊された学校らしき建物が見えてくる。なるほど、身を隠すにはうってつけだ。

 

「ほら!あそこ!あそこに皆隠れてるの。来て!」

「いや、待ってくれ。俺は一応アカデミアの人間だった。このまま近付いていったら君の仲間達に警戒されてしまうと思う。だから、君の方から先に説明してもらえるかい。これを持って」

 

 戦うつもりはない、その意思を見せるべくデュエルディスクを少女へと手渡す。カードも一緒に入れてあるので、俺からの危害を及ぼす意思は無いというメッセージになるのだ。

 少女は廃墟へと駆け込んでいき、しばらくして男を一人連れて戻ってくる。恐らく残党達を率いているリーダーだろう。

 一定の距離を設けた上で、俺はまず自分の意志をハッキリと言葉にして男へと投げかける。

 

「俺は敵じゃない。俺は、アカデミアの行いは正しいと聞かされてきたんだ。でも実際は違う。貴方達から何もかも奪ったアカデミアを、俺は許せない!」

「だから裏切るというのか?」

「信じてもらえないとは思う。疑ってくれても構わない。だからディスクやカードを渡し、実際戦って味方であると証明してみせる。

 

 男はしばらくじっと俺の事を見つめる。たとえ彼が信じられなかったとしてもそれはどうしようもない事だろう。

 

「……どちらにせよ、お前がこの場所を知ってしまったならば返す訳にはいかない。情報を持っていると言ったな?中に入れ、話を聞く」

 

 男はそれだけ言うと建物の中へと消えていく。俺は少女と顔を見合わせると、頷き合ってその後を追った。

 廃墟には十数人ほどの人々が身を寄せ合っていた。バラバラに散っているだけでこうした人間はハートランド中に潜んでいるのだろう。

 

「ここにデュエリストはどれくらい……?」

「俺を含めて数人ほどだ。このままでは、いずれ奴らに見つかってしまうだろうな」

 

 案内された部屋は元々教室だったらしく、机や椅子が乱雑に置かれている。ここにいた人間達は皆何処かへ逃げ出して、恐らく攻撃の際にカード化されたと考えるべきか。

 リーダーの男とその仲間達に囲まれながら、俺は持てる全ての情報を明かした。アカデミアの目的、エクシーズ次元にやってきた際の兵力、そして使用するモンスターの効果……これからの戦いにおいて必要不可欠な事は文字通り全てだ。

 

「俺が知っている事は話した。これがどの程度役に立つか分からない。でも俺の命にかけて、アカデミアと戦ってみせる」

「……さっきの言葉を信じよう。味方は多ければありがたい。他の奴らとも合流したいところだったからな」

「だがお前を完全に信用しているわけじゃない。何かあれば……」

「分かってる。行動で俺は貴方達を説得してみせる」

 

 俺がそう言い返すのと、教室に慌てた様子で少女が駆け込んできたのは全く同じタイミングだった。血相を変えて、息を切らして。

 

「て、敵が来たよ!沢山!」

 

 跳ねる様に床を蹴り、俺は教室から廊下へと出るとそのまま窓から地上へと飛び降りる。アカデミアの兵士達が一〇人ほど、校舎へと近付いてきているのが見えた。

 尾行されていないかは道中でちゃんと確認していた。だと言うのに彼らがやってきたという事は、単純に居場所がバレてしまったと考えるべきか。

 ともかく急がねばならない。俺はデュエルディスクを起動して、兵士達の元へと駆け出す。

 

「待て!」

 

 軍団に立ちふさがり、怒号をあげる。たとえ何人来ようが一人残らず撃退してみせる、そう決心していた俺の眼光に彼らは威圧された様に見えたが、すぐにディスクを構える。

 

「どけ、彼に話がある」

 

 軍団の奥から飛んできた声に兵士達は一糸乱れぬ動きで道を開ける。そこから現れたのは隊長、バレットだ。眉間に皺を寄せ、奴は俺を睨み付けてくる。重圧感に足が一歩退こうとするのを根性で耐え抜き、逆に睨み返した。

 

「俺は、アカデミアを抜けた。今日からエクシーズ次元の人間だ!」

「……お前の任務はこれで終わりだ」

「任務……?」

「潜入任務ご苦労だった。残党達の居場所を突き止めるべく、泳がせた甲斐があった」

 

 背後で爆発が起きる。身を翻して見れば、廃墟から火の手が上がっている。襲撃を受けたのは一目瞭然で、俺は炎に照らされながらしばらく言葉に詰まった。

 バレットはまるで文章を読むかの様に淡々と告げる。

 

「お前が襲撃時に攻撃を行わずフラフラとしていたのは報告で知っていた。ベースキャンプでの顔つきから、アカデミアから離反しようとしているのもな。その時点で拘束する事も出来たが、敢えて好きに動かせた私の判断は間違っていなかったようだ」

「で、も……尾行は」

「何の為に全員の装備を統一している?裏切り者の可能性はいつでも見越して、デュエルディスクには発信器が搭載されているのだ」

「じゃあ俺は!」

「何も知らずに、お前は我々を案内していたわけだ」

 

 それでは、俺の行動は全てアカデミアの掌だったというのか。むしろ俺が下手に動いたせいで廃墟の人々をバレット達に獲物として差し出してしまった様なものだ……!

 膝に力が入らない。ガクガクと震えて仕方が無い。俺は一体、何の為に!

 

「本来ならば裏切りには相応の罰が待つものだがお前は優秀なデュエリストだと聞いている。一時の迷いで手放すには惜しい人材だ。ならば……今一度アカデミアへの忠誠を誓ってもらう」

「隊長、連れてきました」

「いやだ、離して!」

 

 兵士の一人があの少女を俺の前に連れてくる。無事であった事を安堵するよりも、俺はこれから何をさせられるのかを理解してバレットの冷たい目に喉を震わせるしかない。

 

「そんな、事は」

「この子をカード化しろ。そうすればお前の行動は不問に処す」

 

 少女へと視線を向ける。彼女はまた俺をキッと睨み付けて、ポロポロと涙を流し始めた。

 

「嘘つき、嘘つき!味方になってくれるって、そう言ってたのに!」

「違う、俺は本当に、君達を助けたくて……!」

「やるのか、やらないのか、どっちだ。まだ敵対するつもりならば、アカデミアへの背信行為としてお前もカードにするぞ」

 

 その時、俺はみっともない事にセレナを思い出していた。今もアカデミアで一人ぼっちのセレナを。

 俺は自分自身の正義を信じて、たとえ彼女に会えなくなっても戦うと決心した。そのはずなのに俺は今、無性にセレナに会いたくて仕方が無い。アカデミアが許せないという怒りを恐怖が覆い尽くしていく。

 ゆっくりと立ち上がる。震えた指がデュエルディスクへと伸びる。

 

「ひっ、お願いやめて、やめてっ!!」

「う、うう……!」

 

 駄目だ、そんな事しちゃいけない。今すぐにバレット達と戦うべきだ。アカデミアを許してはいけない、断固として抵抗して、それで……!

 

『友達、私が友達か」

『俺のデッキ、預かっていて欲しいんだ。エクシーズ次元に行く時は支給されたモノを使うから。俺がいない間、それで遊園地に関して勉強して!』

『大事なデッキなんだろう。私が預かって良いのか?』

『他の人には頼まないよ。セレナだから、友達だからお願いするんだ』

 

 嫌だ、俺は……もう一度、セレナに会いたい。セレナとデュエルしたい。また、二人で。

 

「う、うううう、うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 光が放たれ、少女は瞬く間にカードへと封じ込められてしまった。くすんだ色の地面にカードがひらりひらりと落ちる。そこには街を破壊され、仲間を奪われ、信じていた人間に裏切られた少女の恐怖と絶望に歪んだ表情があった。

 

「よくやった。これでお前の名誉は守られる。潜入任務を達成したという勲章も加えてな」

 

 バレットにデュエルを挑みたい。よくもこんな事をと叫びたい。けれど俺の心はポッキリと折れてしまっている。何をしても無駄なのだ。俺一人が抗ったところで、逆効果でしかない。

 

「くそ、くそ、くそぉ……!」

 

 悔しくて、悲しくてその場にうずくまってしまう。こんなにも自分が憎らしいと思う事は無いだろう。俺は、大馬鹿野郎だった……。

 無力感にどうする事も出来ずに、すすり泣く声だけが誰もいなくなった廃墟に響く。これからもこんな場所が増えていくのだと思うと、俺の涙はますます止まらなかった。

 

 

「セレナ様、エクシーズ次元から部隊が帰還しました」

 

 突然の報せにセレナは座っていた椅子から飛び上がった。ちょうど遊園地の全てを学び終えたところで、まさに絶好のタイミングであったと言えよう。

 かといって外には出してもらえない。なので手近な人間に彼を呼ぶように伝えると、渋々と言った顔で従ってくれた。

 話したい事が沢山ある。デュエル相手がいなくて退屈で仕方なかった事や、お化け屋敷がどういう内容なのかイマイチ理解出来ない事、何よりエクシーズ次元でどんな戦いがあったのか、数え切れないほどにだ。

 しばらくして彼が到着した。けれど、セレナはようやく再会できたというのに絶句してしまった。

 

「やあ、セレナ。久しぶり」

 

 弱々しい声色だった。彼は憔悴しきって、目の下には大きなクマが出来ている。足取りもふらついていて、歩くのもやっとという具合だ。エクシーズ次元での戦いがいかに壮絶であったか、言葉にせずともセレナには察せられた。

 

「……大丈夫か?」

「え?全然元気だよ。ちょっと疲れてるだけさ、ははは」

「そんなにエクシーズ次元での戦いは、大変だったのか?」

 

 ぴたりと彼の動きが止まる。双眸はゆらゆらと動いて、言葉にならない呻きが唇から漏れた。

 

「ああ、うん。大変だったよ、本当に」

「やはり、そうだったか。私もお前についていくべきだった、そうすれば……」

 

 お前をもっと助けてやれただろうに、そう言うつもりだった。けれど彼は目をカッと見開いて、

 

「駄目だッ!」

 

 そう叫んだ。初めて彼が声を荒げた事にセレナは驚いて、思わず後ずさってしまう。よく知る彼ではない、何かがおかしかった。

 彼は自分が大声を出してしまった事に気付くと、申し訳なさそうに顔を背けた。

 

「ごめん、今日はもう帰るよ。へとへとなんだ。また明日、改めて話そう」

「ま、待て。お前に渡したいものがある。預かっていたデッキだ」

 

 慌ててセレナはテーブルに置いてあったデッキを彼に突き出す。帰ってきたらすぐに返すつもりだったソレを、彼はしばらくの間何なのかわからないと言った顔で見つめた。

 

「デッキ、ああ、デッキか。そうだったね、ありがとうセレナ」

「お前が覚えておけと言うから、面倒だが遊園地について勉強しておいたからな」

「それは、嬉しいな。明日が楽しみだよ。それじゃあ」

 

 デッキを受け取り、彼はニッコリと微笑んで部屋を出て行った。

 その背中は旅立つ時よりもずっと小さく、細かった。

 セレナは怒鳴られてしまったのだと後からじわじわと感覚が追いつき、怖くなった。彼に怒られた事が、ものすごくショックだった。 




次回からようやくアークファイブ本編に入ります
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