SPIDER-MAN:No memory 作:その前ロマエ
これだけがモチベーションです。
熱出しながら書いてます。俺が令和の太宰治だ。
マンションに戻った僕は、やかんでお湯を沸かし直す。
ぐつぐつと言いながら沸いたお湯コーヒーを淹れ、コップを持ってリビングのソファに座る。
ふぅー、っと息を吹きかけ、湯気を立てるコーヒーを冷まし口に含むと、暖かな苦味を感じる。
齢おそらく15歳のこの捨石紅蓮の身体は、コーヒーをあまり飲んでいなかったはずだが、前世でコーヒーを毎朝飲んでいた男が中に入ってしまったせいで、朝に特に美味しくもないコーヒーを飲まないとなんとなく落ち着かない身体へと変わってしまった。
ゆったりとしながらリビングの時計を見る。八時三十五分。一般的な高校であれば既に登校が完了していなければならない時間帯である。
もちろんそれは僕、捨石紅蓮にも当てはまるはずだったのだが、この通りとゆったりとしているのはなぜか。
それを説明する前にまず、個性についての説明が必要である。
個性とは、その名の通り、人それぞれで違うものである。体を変形させる個性、体から電気を放出する個性など、実に多種多様だ。
個性の中には動物の姿、能力を模したような個性を持つ人がいることがあり、そういった人の中には、冬がどうしても弱く、昼まで起きることができないなどの事情がある場合がある。
社会はそういった人たちをサポートするためにその人の持つ個性によっては遅刻等を許すように変化した。
ここまで説明すれば分かったかもしれないが、僕は個性の関係上朝が弱かったり、昼間も急に体調不良になることがあると学校に嘘をついている。そうじゃないと、いざというときにすぐにスパイダーマンになって学校から抜け出せないからね。
ただ、僕の個性を馬鹿正直に話したって、朝に余裕を持つことはできないので、学校や個性届には『頭脳明晰』という体を動かすエネルギーを脳みそを動かすことに回してしまう個性であり、睡眠時間が人より必要になるのだというふうに嘘をついてある。
去年になってから急にそう言い始めた理由については、個性の成長だということで誤魔化しておいた。個性というのは本当に人それぞれで、どう言ってもバレやしないのだ。
ということで、僕はもう少しゆっくりしてから学校に行っても許される。朝に余裕があるというのは素晴らしい。
モーニングルーティンを過ごして制服に着替える。スーツを洗濯機に入れ、関節部に残ったベビーパウダーをウェットシートで拭きとる。
スカートなんて前世では履いたことはなかったが、一年も履いていれば慣れてしまった。
制服に着替えて家を玄関から出る。この家の出発方法は、捨石紅蓮の出発方法だ。僕はこうした小さいところから、捨石紅蓮とスパイダーマンとを切り替えるようにしている。
捨石紅蓮の日常では絶対に力は使わないし、スパイダーマンの時にもし僕の知り合いに出会っても正体は絶対に明かさない。
ヴィジランテなんて犯罪行為だし、周りの人を巻き込むようなことはしたくないのだ。
そういえば、勘違いさせてしまったかもしれないけれど、僕は15歳は15歳でも早生まれの15歳だ。だから、僕と同学年の人は16歳の人が多い。つまりは、僕は中学三年生ではなく、高校一年生だということだ。
だから……原作主人公の緑谷出久くんたちとは一年上の先輩ということになる。実際、去年までは同じ中学校に通ってて少しだけ話したこともある。
話を戻して、家を出て駅へと向かう。スイングしていけばすぐの最寄り駅も徒歩だとそこそこかかる。
駅のホームで少し待ち、電車がやってくるので乗り込む。
通勤、通学ラッシュのピークは過ぎているのでそこそこ空いていて席に座ることができた。前世じゃ想像もつかないぐらいの快適さだ。
そうして僕は、今日が入学式の雄英高校に思いをはせながら電車の揺れに身を任せる。
駅から出て歩いて少し。雄英高校の校門をくぐり、校舎に入る。
流石に、初登校日から何の連絡もなしに遅刻するのはまずいので事前に学校に個性で遅刻することを伝えておいた。
すると、その時間はちょうど入学式開始ぐらいの時間で、直接ホールの方に来るようにと言われたので、僕は今天井も横幅も大きい廊下をホールに向かって歩いている。
しかし、ホールに行くのはいいんだけれども、僕はどんな風にホール内に入ればいいんだろうか。
入り口の前に誰か先生とかが待機してくれていたら助かるんだけど、そうじゃなかったら、式典中に入らなきゃいけないのかな。
僕、職員室に入るのも億劫なタイプだったわけで、できればそんなことしたくないな。
どんなヴィランにも恐れず立ち向かうスパイダーマンが、たかだか職員室に入るだとかイベント中の室内に入るだとかを恐れているのを見て世のスパイダーマンファンはどう思うだろうか。
どうこう考えているうちに、ホールのでっかい扉と、その前に並ぶ生徒の大群が見えてきた。よかった、どうやら僕だけ置いてけぼりみたいな事態にはなっていなかったようだ。
……僕のクラスの列はどこだろうか。事前に知らされていたのクラスはH組だが、これだけ人がいるとどこがどこのクラスかなど判断がつかない。
仕方ない、人に話しかけて聞くしかないか。あまり目立つのはスパイダーマンだってバレるかもしれないからいけないんだけど。中学校でそのことを学んだ。
「ごめんなさい、ここってどのクラスか分かる?」
男子生徒は僕を見て数度目を瞬きさせる。どこか変だったろうか。
「ああいや、大丈夫。えっと、ここはH組だけど」
「H組? よかった、ここであってたんだ」
なんという偶然だろうか。どうやらここが僕のクラスらしい。いろんなクラスを巡る羽目にならなくて助かった。
「ああ、僕は捨石紅蓮。僕もH組でクラスメイトになるはずだよ。よろしくね」
「お、おっす! よろしくっす!」
軽く握手をして会話を終了する。並び順はどうやら番号順らしく、僕は前の方に並ぶ。
意外と友達も出来そうで安心したり、入学式にドギマギしたりしていると、先頭にいるショベルカーみたいなヘルメットを被った先生がこちらに振り向く。確か、あの先生はパワーローダー先生と言ったはずだ。
「おーい、まだ捨石は来てないか? 日本人離れした目鼻立ちのやつだからすぐわかると思うんだが」
そう言いながら辺りを見渡して、僕を見てあっ、という風な動きをする先生。そりゃ、遅刻したら先生に連絡入れるよね。緊張して忘れてました。ごめんなさい。
「すみません、先生。今来ました。並び方は聞いたのでここで並んでます」
「来たのはいいんだけど、お前サポート科首席だから前に並んどきなよ。最初に挨拶あるって言われたろ」
挨拶? 挨拶……。
思い出すのは電話を掛けた時の会話。
そういえば、ヒーロー科、普通科、サポート科、経営科の首席が1人ずつ挨拶してもらうから考えるように言われてたな。
ヴィラン退治帰りにスイングしながら電話かけてたら奇襲されたから話半分で聞いてたけど、今になって考えるとそんなことを言われてた気がする。
あれ、やばい?
入学式が始まり、いよいよ我らがサポート科の首席生徒のスピーチが始まる。俺たち教師は生徒たちがパイプ椅子に座っている左側に並んで待機している。
今年はイレイザーヘッドが三年を持っているのでA組が空席になっていることはない。来年はおそらく空席になっていることだろうと思う。
俺は今年のサポート科一年H組を持つことになっている。
光栄なことに、主席もうちのクラスにいるらしいが、正直に言ってしまえば厄介な爆弾を押し付けられたような気分だ。
先ほど主席の挨拶があると言った時に絶望したような顔をしていたが、絶対に忘れていただろう。あの顔は。
そんな彼女も今、壇上に主席の他3人と並んで立っているわけだが、どんな挨拶をしてくれるのだろうか。場合によっては後でフォローもしなければならないかもしれない。
「サポート科、一年H組、捨石紅蓮」
はい、とよく通る声で返事をする。
「私は、ヒーローにはなれない。分かっていたことでした」
「諦めていた。諦めていたつもりだった」
「でも、気づいてしまった」
「誰でも、ヒーローになれることを」
「誰でも、少しの勇気と、決意と、自己犠牲の精神を持てば、ヒーローになれる」
「そのことに、気づいてしまった」
言葉選びに違和感は感じるし、ヒーロー科が話す内容な気もするが、まあ、咄嗟に考えたにしてはそこそこだと思う。
あとでそれとなく大事なことは忘れるなよと言って聞かせればそれで充分だろうと考える。
「私は……僕は、ヒーローになるためにここに来ました」
「僕は、ヒーローのためのヒーローになる」
そう言って目を閉じる捨石。一秒も経たないうちに再び目を開く。
その目に浮かぶのは……
焦り、だった。
頼む、そこそこ今の段階でまとまったスピーチにはなってる。もう何も口を開かなくていい。
それとなくミッドナイトに視線をやり、経営科にバトンを順番を回してもらう。
ああ、なんとなく俺も疲れた。
今になって思えば、あの時のスピーチは、捨石の心の声をそのまま吐き出したのだろうと分かる。
「お前ね、なんでヴィジランテを中学生からやってた上に、サポート科と言えど雄英に主席入学できるほどの成績もあったのにヒーロー科行かないんだよ」
教師人生で一二を争うといっていいほどに手のかかる生徒である。
これが終われば、ちゃんと叱らねばなるまい。
だから…。
「しっかり生き残れよ。スパイダーマン」