SPIDER-MAN:No memory 作:その前ロマエ
入学式から帰ってきて、ドアの鍵を開いて部屋へ入る。
ドアの音で気づいただろうが、一応ただいまーと言っておく。僕だってわからなかったら怖がるかもしれない。
玄関からリビングに行くと、その子は今日もきちんと留守番してくれていた。
白い髪に、額から伸びた一本角のある小さな女の子が視界に入って僕は安心する。
「ただいまー壊理ちゃん! ご飯とか今から作るね!」
その女の子、壊理ちゃんは落書き帳から目を離し、こちらを向いてニコニコと笑っている。
僕はこの笑顔を守れたことに、心底安堵した。
僕が壊理ちゃんをこの家に連れてきたのは中学三年生の冬ごろ、つまりはつい最近だ。
あのヤクザの軍勢を突破しながらあの地下迷宮を抜け出し壊理ちゃんを連れ出したのは自分でもよくやったと思う。
所々本気で死ぬかと思った場面もあった。勝因は一重に閉所で戦闘していたことだろうなと思う。
まあ、流石にノーダメージ勝利とはいかなかったけど。左手右足と肋骨数本折るのはダメだよ。
壊理ちゃん誘拐の数時間後には学校だったし、スパイダーマンとの関連性を見出されないように骨折したのを病院にも行かずそのままに、学校に登校し続けた僕をどうか讃えてはくれないだろうか。
「壊理ちゃん、お昼ご飯はなにがいい?」
「えっと、パンを焼いてバター塗ったやつ、食べたい」
「壊理ちゃん、朝もそれだったけど、好きだねえ」
朝と同じように食パンを出して焼いていく。
パンを焼きながら考えるが、壊理ちゃんはこの数か月外に出る機会があまりにも少なかった。
外に出してあげたい気持ちはあるのだが、今頃死穢八斎會の構成員たちは総出で壊理ちゃんを探しているだろうから、迂闊にそうすることができないでいる。
粗方焼けたところでバターを食パンに塗りたくり、皿に乗せて壊理ちゃんの待つテーブルに出す。
ありがとう、と言ってトーストを頬張る壊理ちゃん。
笑顔の壊理ちゃんを見ていて癒されていると、家の呼び鈴が鳴る。
「……大丈夫だよ、壊理ちゃん。僕が守るから」
体を強張らせた彼女を抱き寄せ頭を撫でる。壊理ちゃんは家に僕以外の誰かが来ると決まってこうなる。
強張りが解ける様子がないので仕方なしに、フード付きパーカーを壊理ちゃんに被せてから抱っこで玄関へ向かう。
玄関のドアチェーンが付いていることを確認し、ドアスコープから向こう側を覗く。
ドアの向こう側にはプロヒーロー、サー・ナイトアイがいた。
私は数年前から指定ヴィラン団体死穢八斎會を追い続けていた。
今日におけるヒーロー社会で未だなお活動を続けるいわゆる極道であるその団体。
組長の突然の植物人間化、組長が引き取った壊理という少女の現在の所在。調べれば調べるほど出て来る怪しい点。
水面下で動きを続けていることは分かっていた。しかし、それが表立って事実として出てこない以上拘束、逮捕に臨めず身動きの取れない状況が続いていた。
数か月前のある日、私に報せが入った。
曰く、死穢八斎會にヴィジランテ、スパイダーマンが乗り込んだのだという。
まず出てきたのは疑問である。なぜスパイダーマンは死穢八斎會などという一団体に乗り込んだのか。その疑問は街をうろつき始めた死穢八斎會の構成員を視て得た情報と、スパイダーマンが襲撃して逃げたときの目撃情報から解決することができた。
スパイダーマンはどうやら白い髪の少女、壊理を連れて死穢八斎會から逃げ出したのだという。つまり、スパイダーマンの目的は少女を救い出すことだったのだ。
しかし、次は新たな疑問がやってくる。壊理の存在をどうやってヴィジランテである彼もしくは彼女が知れたのか、どうして壊理を救い出す必要が彼にあったのか。
疑問は絶えなかったが、至極簡単な解決方法に気づく。
スパイダーマンはヴィジランテと言うれっきとした違法行為を行っているのだから、拘束が可能なのだ。
そこからは死穢八斎會に関する捜査に割いていたリソースの多くをスパイダーマンの捜査に割り当てた。
とても個人のヴィジランテとは思えない、何らかの個性が使われているのではないかと思うほどその正体、住居を特定することは難しかったが、遂に特定したこのアパートの一室。
部屋の主の名前は捨石紅蓮。今日から雄英高校に通い始めた女子高生。
両親はどんなに戸籍を調べても、身辺調査を行っても特定することはかなわず。他の親族の有無も同じく。
大家に行った聞き取り調査によると、数か月前から遠い親戚の娘を預かっているという話があった。これもスパイダーマンの死穢八斎會襲撃時期と重なる。
そして、今朝がたこの部屋の窓から飛び立つスパイダーマンをバブルガールが目撃したことで、捨石紅蓮イコールスパイダーマンだという仮説は証明されたと判断し、今日ここに赴いている。
呼び鈴を鳴らしてしばらく、若い女性の声ではーい、と応答が帰ってくる。
プロヒーロー顔負けの戦闘力を持つヴィジランテがこの扉の向こうから出てくるかもしれない。数分が永遠にも思えた。
ガチャリと鍵が開く音がして、ジャラジャラとチェーンロックの鳴る音がしてギィィィィと軋む音を立てながら少し開いたドア。
戦闘態勢を取りかけたバブルガールを抑え、つま先だけドアとドア枠の間に差し込む。
ドアの空いた隙間から顔を覗かせたのは事前の情報通りの捨石紅蓮だった。
「夜分に失礼します。私はプロヒーローサー・ナイトアイ。お話を聞かせていただいても?」
「なぜヒーローが私のもとへ? 少し手が離せないのでお断りします!」
「本当に少しだけ、お時間は取らせませんから」
「いえ、お断りします!」
ドアを勢いよくしめようとした捨石紅蓮。しかし既に。
答えは出た。
バキィ、という音と共に引きちぎれるチェーンロック。こじ開けられたドア。
壊理ちゃんを抱えて後ろに飛び退く。
「ちょい! ヒーローなのにそんなことしていいの!?」
「ヴィジランテであることは既に分かった。私の個性でな。貴様の攫った少女は……その抱えている子か?」
壊理ちゃんが体をびくっと震わせる。大丈夫、大丈夫だと囁く。
「……あぁ、うん。そうだよ」
被っていたフードを取ってあげる。白い髪を見ると情報通りだとでも思ったのかサー・ナイトアイは若干表情を緩めた……ような気がする。
「すぐにその子を解放しろ、スパイダーマン。そうすれば最低限の身の安全は保障してやる」
「……そこら辺の事も一回話さない? 未来を視れるあなたなら、僕が戦う意思がないってこと、分かってくれると思うんだけど」
こちらを見ながら後ろ手にドアを閉めて、靴を脱ぐサー。
ちゃんと脱いでくれるんだ。
「壊理ちゃんは……いや、ここにいたほうが安心かな。トースト食べてて」
壊理ちゃんを膝に乗せて抱えながら、座布団に座る。
そして同じく対面の座布団に座っているサー。真面目な場面ではあるが、なんだかシュールで笑いが出る。
「……それではスパイダーマン、いくつか質問をさせてもらうぞ。いいな?」
「もちろんだよ。拒否権はないんだろうしね」
「まず、前提として捨石紅蓮はスパイダーマンで合っているか?」
「うん、一年前に活動し始めたよ」
「なぜ、活動は始めた?」
「ファンからの質問コーナーみたいな質問するね。もしかしてサーって僕のファン? サイン書いたげよか?」
「答えろ」
「ちょっと、壊理ちゃんもいるんだから怖がらせないでよね。それに、サーも言ってなかった? ユーモア、大事でしょ?」
眉をぴく、と微動させるサー。
「で、なんで活動をー、だっけ……。うーん、なぜって言われてもね。まー、強いて言うなら……僕が力を持っていたからかな。あとは、そう、義務感があったというか」
「ふむ……そうか。次の質問だ。死穢八斎會のアジトに貴様は襲撃を掛けたか?」
「うん、その時に壊理ちゃんを攫ってきた。お姫様を救った王子様みたいなお話でしょ? きゃー!」
トーストを頬張る壊理ちゃんの頬をぷにぷにと手のひらで軽く押す。かわいい。
「あそこは……プロヒーローでも相当な戦力を用意しないと勝てないと踏んでいる場所だ。貴様は無事に帰って来たのか?」
「無事ではなかったよ、流石に。骨は何本も折れてたしね。病院も行かなかったからなあ」
「……次だ。どうして襲撃を掛けた」
う、と言葉に詰まる。転生して原作知識があるから! なんて言っても仕方ないと思うし。
えーとまあ、それはあれかな。
「僕の個性がね、あそこの近くを通るたびに誰かの助けを求めるような声を聴いてたんだよ。あと、危ないって本能もめちゃくちゃに働いてた。そしたら、まあ行くしかないでしょ?」
「何がどうして行くしかない、になるのかが分からない。ヒーローにそのことを伝えて助けを求めようとは思わなかったのか?」
「サーほど聡明なら、あそこに何かがあるのは分かってたはずだよね。個性もあるなら簡単に証拠も分かるはず。けど、それが通用しないぐらいそこは手厚い秘密主義な組織だった。捜査は停滞して公の身分であるヒーローは手出しできない状況だろうと思ったんだけど。違った?」
「概ね合っている。しかし……」
「前提が違うんだよサー。サーのそれは正論だけど、僕は正論じゃ納得ができないワルガキなんだ。このままならいつまでもこの話は平行線だよ。もっと、そう、これからについてとかを話したほうがまだましだ」
変わらない真顔でこちらを見つめて来るプロヒーロー、というよりは一人の大人、だろうか。
彼はとても優しく、正義感にあふれるヒーローにふさわしい人なのだなと思う。
彼の今回ここですべきことは僕を捕縛して壊理ちゃんを連れて事務所に帰ることのはずだし、それについての情報を集めるだけでいいはずなのだが……。
僕のことについてとか、僕のやったことを諭そうとして本題から逸れて行ったりとか、ヴィジランテの僕のことでさえも気にかけてくれているようだ。
「……これからのこと、か。私はお前を捕らえてその少女、壊理ちゃんを保護するだけだ」
「僕は捕まった後どうなるの? 死刑とか?」
腕の中の壊理ちゃんが震える。
「だ、だめ! お姉ちゃんは、私を助けてくれたのに、死んじゃ、だめ!」
「おーごめんごめん、死刑は冗談だって。裁判にかけられたりとか……そんなもん?」
「ああ、お前は肉親もいないようだから裁判にかけられて少年院、上手くいけば執行猶予でもついて養護施設に入るような形に落ち着くだろう」
なんだ、気づいてたんだね。それ。
リセットだ。
「お姉ちゃん、きょう、よるごはんはおにくがたべたい」
「おー、いいね。贅沢しちゃおうぜ」
サイドキック、その他職員から上がってくる書類の確認に勤しむ日課。
死穢八斎會に関する動きはスパイダーマンの一件以外特にない。
スパイダーマンの正体に関しては未だに掴むことができない。
white river様の文字化け風フォントを使用させていただきました。