12/27/1981 日本帝国 【検閲済み】
この事件記録は日本帝国内閣及び城内省の判断により事件発生場所の隠蔽が行われています。その為正確な場所は不明ですが【検閲済み】付近である事が推測されます。
ーーーーーーーーーーーーーーー
12/27/1981 日本帝国皇帝、政威大将軍、内閣総理大臣及び各閣僚、帝国軍閣僚、五摂家一同が【検閲済み】に集まり翌年の各工程を確認する会食の為に集合する。その際『しもべ』による襲撃を受けた事件。尚この事件を最後に日本国内でのしもべの活動の停止を確認
08:00 政威大将軍(これより将軍と表記)と五摂家が会場に入る、護衛の斯衛及び警察が会場の周り500m程を封鎖
08:30 斯衛軍第一警備大隊及び斯衛軍特殊警備小隊が会場に到着、護衛機の起動開始
09:00 帝国軍閣僚が到着
09:50 総理大臣が到着
10:20 随時内閣閣僚が到着する
10:40 付近の道路にて大規模な事故発生、負傷者57名・死者3名。会場の警察からも増派
11:30 日本帝国皇帝が会場入り、付近は完全に封鎖される
11:40 さらに事故が発生、警視庁及び城内省はこの一連の事件が何らかの陽動作戦である事を危惧し警察内の対テロ部隊の移動を開始、城内省は展開中の各部隊に「合戦準備」を発令、斯衛部隊が戦闘体制に
12:00 会食が開始、城内省及び警視庁は警察庁よりテロリストグループ『しもべ』による活動を報告され直ちに会食の中止を皇帝に提言。しかし皇帝は
「ここで中止しては不埒者共に背を向けるも同義、敵に背を向けるは武士の恥ぞ。腰を据えてじっくりと待とうではないか」
と退避を拒否、臣下全員に戦闘準備を命じた
12:30 上空警戒中の警視庁のヘリが対空ミサイルにより撃墜され、残骸が住宅地へ、大規模火災発生
12:31 会食会場外苑部全てに『しもべ』構成員による自爆攻撃、機動隊員複数に死傷者
12:35 会場に接近中だった自爆トラックの集団を警視庁所属の刑事達がカーチェイスの末に確保、ドライバーは全員射殺
12:36 会場内の井戸内部より『しもべ』構成員が120名程出現、防衛線の内側からの襲撃により護衛に多数の被害、城内省内部に内通者がおり会場の情報が漏れていて地下にトンネルを掘ったものと考えられる
12:37 斯衛軍特殊警備小隊に対戦車ミサイル等の攻撃、被害は無かったものの即応出来ず
12:39 会場内の防衛線が崩壊、乱戦状態に
【乱戦中の監視カメラの映像】
甲冑姿の皇帝が両手に防弾盾を携えながら『しもべ』構成員へ突撃し、その後ろに散弾銃を腰に構えた総理大臣と拳銃を手に持つ内閣閣僚達、日本刀を構えながら走り抜ける将軍達の姿や、斯衛の生き残りが手に持つ武器で皇帝を援護する姿が映っている
12:42 警視庁対テログループが会場にヘリボーン、周辺の建物も制圧しながら会場内を掃討していく
12:46 警視庁に『しもべ』構成員による襲撃
12:48 会場内での戦闘終了、皇帝を含む重鎮に死者は無し。
【複数の弾痕が付いた盾を片手に片手を挙げる皇帝の写真と勝鬨を上げる生き残りの姿】
13:10 警視庁にて戦闘中の『しもべ』構成員も壊滅、これを好機と見た皇帝は追撃を指示、自らが先頭に立ち『しもべ』壊滅に向けて動き出すと宣言
13:40 ヘリの墜落によって発生した大規模火災が進行、周辺の県からも消防隊が派遣される
14:21 日本帝国を脱出しようとしていた『しもべ』日本支部の幹部メンバー等を『検閲済み』で発見、皇帝及び将軍、五摂家等による追撃を受け捕縛
17:50 火災鎮火。多数の負傷者を出した大規模火災だったが、奇跡的に死者数は抑えられた
19:30 皇帝及び将軍と護衛の乗っている車列にトラックが突入、護衛車両をトラックの運転席と助手席から降りた2人が自爆により破壊、その後トラックの荷台より鉄パイプや斧で武装した『しもべ』構成員が6名程降車し皇帝と将軍を襲ったが、車内に備え付けられていた刀により全員切り伏せられた
19:34 皇帝と将軍は護衛車両より生存者を1名救助、皇帝が生存者を背負い現場を後にした
19:36 皇帝の車列が襲われたとの一報により付近を警邏中だったパトカーに保護された皇帝達だったが、すぐに江戸城へ避難しようと言う警察官の提案を叱責しすぐに病院へ向かわせた
19:40 報告を受けた斯衛により防備を固められた病院へ入った皇帝一行はここでしばらく過ごすことになる
20:46 皇帝達のいる病院へ『しもべ』構成員が8名程襲撃に来たが、全員射殺、これが日本国内における最後の活動であった