そんな、人ならざる魔が至上の楽園と謳う
音源は上空。地球より離れた場所にもかかわらず、地球の都市を一つ丸ごとコピーしたような階層に広がる蒼穹を見上げれば、視覚に訴えかけてくるのは、天空が罅割れる光景。一見本物にしか見えない天蓋が砕け散り、中から落ちてくる二つの人影。
より異形に近しい存在が手をかざす。生成される闇を凝縮した無数の弾丸。
それが、目の前に立つ騎士のような鎧を纏った人型へと向けて放たれる。
『Ready?』
応じるように、握った拳銃に炎が刻印された
銃口に収束するエネルギー。紅の魔力光を銃弾にチャージして、一気に撃ち放つ。
『Blaze Shot』
その数、闇弾と同数。炎を纏った弾丸と闇そのものの弾丸が二人の中央でそれらが激突し、莫大な爆発を引き起こして対消滅。
爆風に弾き飛ばされる二人。落下速度を増し、わずかに距離を開けながら互いを見据えたまま着地する。
静寂。直前までの騒音が嘘のような静けさで対峙する戦士と異形。
「ふざけているのか?」
その沈黙を破ったのは、異形だった。
声で言えば男性。けれど雌雄の区別など人間にはつかないほどの人外の形。
あえて人間の言葉で言うならば、悪魔と呼称するのが一番近いか。
鉄をも容易く引き裂く爪、人間の耳では聞き取れない言語から繰り出される魔法の数々。人類では決してたどり着けない
「お前が、あの程度の数しか放てないなんてありえない。手を抜いたなヒーロー」
その殺気を悠然と受け流し、沈黙を保つ純白の騎士。
流麗な曲線を描く鎧は、一見女性的にも見えるが、放つ覇気は雄々しいもの。
顔が見えない以上、男女のどちらであってもおかしくはないが、どちらであろうとその立ち姿がヒーローであることには変わりない。
煙を吐く銃口を異形と重ね、武装との接続を解除されて跳ねるバックルをホルダーに戻しながら新たなバックルへと手を伸ばす。
「どうして、お前と戦わなきゃいけない……!」
騎士の声は悲壮さが混じったものだった。
感情を排そうとして、それでも殺しきれず、見える範囲ですら武装は複数あるのに、使っているのは拳銃一丁のみ。
叩きつけるような言葉に、けれど異形は動じない。
「何を馬鹿なことを言っているんだ? 吾輩は、悪の組織の総帥だぞ? たとえその先に何があろうと、吾輩がいたから地球侵略が始まったと言う起点は変わらない。であれば、いいや過程にこそ価値があったのならば余計に、その罪は禊がねばならんだろう」
むしろ、闇が増幅する。
殺意、怨念、憎悪。負の感情を想起させる、悪の総帥を名乗るに足る闇が、目の前の光を討滅するために蠢きだす。
爪に纏い、四肢に纏い、全身に纏い、闇の繭に身を包み数秒。
割れた中から姿を見せるのは、悪魔のような異形でありながら、人間のような存在だった。
「さあ、始めよう
悪魔の意匠を残しながら、より目前のヒーローに近づいた姿。
それが少しばかりの茶目っ気であることを理解して、ヒーローと呼ばれた騎士が拳銃に新たに装填するのは、聖なる印が記されたバックル。
『Standby?』
「……わかった。始めようか、
『Go!』
「ああ、こい!」
純白の鎧に金の意匠が混じる。至ったのは聖騎士のような姿。
纏う力も増大し、自らに近づいた異形へと、ヒーローからも一歩寄る。
悪魔の意匠はどこにもない。けれど細かな部分に確かな共通点を宿して。
兜の向こう、あるいは闇の向こうの表情を知らぬまま、二人は足を踏み出す。
それが、一年にも及ぶ異世界との侵略戦争。その終焉の始まりだった。
思い返してみれば今日は、朝から嫌な予感が消えてくれない日だった。
例えば、朝起きて。普段使っているマグカップの取っ手が壊れてしまったりとか。
例えば、家を出る時。昨日までは無事だったはずの靴紐がちぎれていたりだとか。
そういう、虫の知らせがいつもよりも働く日。
こういう日は、最後の最後にどでかい爆弾が控えている。
二年前、いわゆる変身ヒーローに初めてなった時もそうだった。
「あ、雨……」
授業が終わり、ヒーローをするために部活に入らなかったから、あとは帰宅するだけの時間帯。
運動部に入ったクラスメイトの大声が、少し離れた体育館の中から聴こえてくる。そんなタイミングのこと。
授業が進むたび、少しずつ空を染めた灰色の雲。少しまずいかもしれない、と思い始めても傘を持って来なかった以上はどうしようもなくて。
ちょうど、先日に壊れてしまった折り畳み傘を買いに行こうと思っていた矢先に、幸先が悪いことこの上ない。
軒先を出た直後に躊躇すれば、すぐに水滴はぽつぽつからざあざあへ。小雨であった時間は数秒で、少し先も見えなくなるようなゲリラ的な豪雨で固定される。
同じように傘を持ってこなかった生徒たちが、玄関で雨宿りをしたり、あるいは親へと連絡を入れていたり。
「さて」
一体どうするべきか。
一番穏当なのは、多分ここで雨が弱まるまで待つこと。
思い出せる限りでは通学路にビニール傘を売っているようなコンビニはなかったはずだ。雨風に晒されたい気分でもないから、これが一番利口なはず。
親を呼び出す、というのも無理。ドクターストップがかかっているし、例え許可が出ても実家近くで発生したという怪人被害のリハビリに勤しんでいる最中の親を呼び出すなんてしたくはない。
だから悩むまでもなく、正直に言えば待ちの一択しか選択肢はないのだ。
それなのに。
「なーんか嫌な予感がするんだよなぁ……」
これがただの直感ではないことは、身を以て知っている。
生まれ変わって得た死への嗅覚と、一年前に変身ヒーローとしての戦いを終えてなお残ったわずかばかりの力の残滓の複合。
驚異的な第六感が、ここに止まっては後悔することになると囁いてくる。
信じなかった場合、自分で想像できる限界をはるかに超えた事態になって訪れると知って無視できるほど豪胆にはなれない。
「明日は風邪かな」
覚悟を決めて、通学用の鞄を背負い直す。
ここに止まっては不味いと直感がいうのなら、従わない選択肢は存在しない。
周囲のギョッとした視線を背中に浴びて、一気に雨の中に飛び出す。
「はっ、はっ……!」
一年ばかり前であれば、人の目以外は何も気にすることなく走ってもよかった。
大雨の一つや二つで風邪を患うなんてことはなかったし、万が一かかっても備えは十分。
けれど、今はもうただの一般人。風邪だって普通に引くし、誰もいない家で看病なんてされようものなら不法侵入者として通報しなければならない。
「ああ、くそっ……! これで何もなかったらまじで恨むからな!」
雨音にかき消される声。勢いよく地面を叩く足裏で水たまりが跳ね、側を横切った猫が自らを狙う水滴を厭うようにするりと曲がる。
今更水滴の一つや二つ、当たったところでずぶ濡れなことは何も変わらないだろうに。
その神経質さに、つい思わず笑って。横殴りの雨が口の中に侵入してきてついつい咳き込む。
「そういや、今日猫を見たのは初めてだな……」
その猫を置き去りに走って、次の角にたどり着いたあたりでふと気がついた。
二年前、怪人による被害でペットと一緒に住めなくなった人が増えたことで、一気に増えた捨て犬、捨て猫と、それらに傘をさすヤンキー。
怪人との戦いの最中は爆発的に増え、一年前を区切りに少しずつ減ってきてはいるらしいが、増加の仕方に比べれば減少は緩やかな傾向にあると、いつだったかのニュースで見た覚えがある。
ここら一帯でもまだまだ野良の犬猫は多く、昨日だって五匹くらいはいたはずだ。
それが、一日で姿を消している。
「……、っと、何考えてんだか」
犬猫がいない理由なんてわからないし、わかったところで俺にはどうしようもない。
一年前の自分になんとかできるかもしれない力があっても、今はただの学生でしかないという自覚が、時折薄くなる。
それに、それにだ。
「そもそも怪人は全滅してるんだから、普通に保健所が動いたってことだろ」
言い聞かせるようだった、という自覚はある。
保健所がマシというわけではない。人類の都合で命を潰えることになるっていうのは碌な最後ではない。
それでも、怪人によって命の一滴、死骸の一欠片に至るまで利用された挙句、この方がエコだからと嘲笑われるよりはまともだと思っている。
だから、そうであってほしいという気持ち。それでももしかしたらという気持ち。
そのどちらも消しきれずに帰路を走り続けて。
「……ん」
「……?」
何かの、声が聞こえたような気がする。
「……ーん」
声は、少し離れた場所。聞こえてきた方向的に家の近くだと思う。
「……ゃーん」
ああ、なんだ。猫か。ちょっとだけホッとする。
やはり、偶然見なかっただけかと納得して、せっかく走ったのだからこのまま家まで走り抜けるかと気合を入れ直す。
「にゃーん」
そうして走り抜けた先、聞こえてきたその声に、頬が引き攣った自覚はあった。
目の前の光景を受け入れたくない。
そんな気持ちを込めて、もしかしたら何かが変わっているんじゃないかと期待して。何度か瞬きをして、何度目かを擦って、それでも目の前にある光景に変化はなかった。
目が狂っているわけではない。幻覚の気配もない。であれば受け入れるしかない。視界に広がるこの光景は現実である、と。
「誰……?」
それでも、受け入れたくはなくて、ついつい縋るような言葉を漏らしてしまった。
『元ヒーローさん、私を拾ってください』
いや、本当に。マジで何やってんだこの娘……?
正直、言うべき言葉はもっとあった。
なんで俺の家の前で『元ヒーロー』なんてピンポイントな言葉を持ってきたのか、とか。
もしも俺がそうだって知ってるなら、知る人間がいないはずのそれをなんで知ってるのか、とか。
……一応、一人だけ知っている相手がいないでもないが。
そいつはもうとっくに死んでいるし、そもそもこんな姿してなかった。
「いや、吾輩だって吾輩」
「俺にこんな美少女の知り合いはいねえぞ……!」
うん、本当に美少女だ。
紫紺の瞳と、腰ほどまで伸びた紫銀の髪を持つ、世の中の美しさを詰め込んだ後に
問題は、俺の家の目の前。敷地内に入らないギリギリの線を見極めて、ほぼ俺を名指しで拾えと言う文言の書かれたダンボールに入っていたこと。
ちょっと覗き込んでみれば、妙な魔力。あ、これ空間拡張されてるな。ただのダンボールに見せかけて中はめちゃくちゃ豪邸と見た。
にゅっとダンボールから這い出てきた小さな体を包むのは、寒色ばかりをふんだんに織り込んだ、拘束具じみたぶかぶかな服。
よっ、と挙げた手も暗い色の袖から出ることはなく、袖口がぐにゃりと折れ曲がっている。
「いやあ、お前に殺された後、なんかこんな姿になってたんだよね」
にんまりと、綺麗な顔に浮かび上がるいたずらな笑み。
顔のパーツにひとつとして見覚えはないが、全体像で言えば見覚えしかない挙動をする、ダンボールの中で鳴いている少女。
おお、直感よ。どうしてこんなナマモノと引き合わせたのですか……?
もう、認めざるを得ない。これは、きっと、俺の知っているやつだ。
「なあ、何やってんの
答え合わせ。これで「何を言ってるんだお前?」って言われればそっちの方がむしろ嬉しいかもしれない。
けれど、こういう場合に限って俺の直感というのは絶対に外さないというのはわかっていて。
整った顔立ちから想像する声音を数段可愛らしく着飾った、けれど今の俺にとっては地獄の門を開ける声が音になる。
「決まってるだろ。吾輩を拾ってくれるお優しい
這い出るように、最後に足までダンボールから出し終えて、少女の全体像が見える。
勿論、見たことある要素なんてどこにもない。
それでも、豪雨の中にいながら雨の雫の一切を付着させていない姿。
一年前と変わりなく、絶大な魔力をとんでもなくしょぼいけど地味に有用なことに使う感性。
ああ、嬉しいと言えば嬉しいのだが、マジで意味がわからない。
「そういうわけで那月。もう一回吾輩を拾ってくれると嬉しいんだが。とんでも美少女と同棲がデフォで付いてくるぞ」
「……拾わないって言ったらどうなるんだ、レイ?」
「吾輩、元とは言え悪の組織の親玉ぞ? そんなものを野放しにしてどうなるかなんて、ヒーローなら考えるまでもないだろう?」
そう言って一年前、俺のヒーローとしての最後の戦いの相手を飾り、最後にはこの手で心臓を貫いた
・主人公くん
ニチアサ世界の元主役。ラスボスと親友になり、ラスボスと一緒にラスボスの作った組織を壊して、最後にはラスボスもぶっ殺した。
今回、なぜかラスボスくんちゃんになった親友に実はちょっとパニック。
・ラスボスちゃん
ニチアサ主人公の相棒兼親友兼ラスボス。
自分の組織を主人公くんにぶっ壊させて殺されたと思ったらなぜか女の子になった
しょうがないから捨て犬、捨て猫の真似をして拾ってもらった