「すまん、壊しちまった」
「おま、お前なぁ……!」
それだけはダメだろ!?
思わずそう叫んだのは、風呂から上がった後、ぐだぐだしていたレイが自分の容姿を理解したとしか思えないてへぺろで差し出してきたものが、俺の変身道具だったから。
変身アイテム。そう、変身に使う道具である。ニチアサの花形、主役が用いる変身ヒーローとしての根幹をなす道具といっても過言ではない。
それがなければヒーローとて一般人。怪人との戦いの場に躍り出るための何より必須の道具。
……一応、元から壊れていたから、壊してしまった、というのは正しくはない。正しくはないけど、重要なのは「
もとより壊すつもりだったというなら、壊しておかねばならない理由があったってことだ。変身ヒーローの存在が邪魔だったから、くらいしか壊す理由は俺には思いつかない。
刺し違えてでも。いいや、刺し違えることすら無理かもしれないが、蘇った時に即座に殺しておかなかった責任を取らないと……
「いや、マジですまん……凍ってるやつだけは氷を溶かせばワンチャン使えるんじゃないかって思ったんだが……」
「そいつはレンチンしてもフライパンで焼いても直火に晒しても溶けなかった氷だぞ。そんな簡単に溶けたら苦労しない」
「吾輩の炎をそんなものと比べないでくれるか? これでもその気になれば小型の太陽くらいは作れるんだぞ……?」
そんな不穏な空気を感じ取ったのか、慌てたような弁明。まあ、そういうパターンだとは思った。悪の総帥としての矜持は一緒だった一年に存分に見せてもらったから、可能性としては低いだろうって。
とはいえ、殺意を練って握りしめた拳はどこへやるべきか。戦犯かつ中身ラスボスとはいえさすがに落ち込んでいる見た目少女に下ろすのはなぁ。
怒ったポーズを崩さないまま、しょげているレイからちらりと視線を逸らし、壊れたという変身アイテムを見る。
「見事なまでに壊れてるな……」
正直言って頭を抱えたい。抱えたところでどうなるというわけでもないし、レイがさらに縮こまるだろうからしないだけで、本当は今すぐにでも叫びたい。
リビングのテーブルの上には拳銃と複数の弾倉。DX玩具のような何の力もない偽物ではないけれど、今ではその玩具の方がよほど造形はしっかりとしている代物だった。
銃身はひしゃげ、引き金は砕け散って指をかける場所もない。それ自体はこいつが帰ってくる前からなので見慣れたものだ。
変化があったのは弾倉の方。拳銃がベルトであれば、これはベルトに組み合わせる前提の小物枠。こちらも元から罅割れていたり、燃え滓になっていたりと散々な有様なのだが。
その中に一つだけ、一見すれば使えそうなものがあった。
「これ、氷に見えるだけで氷じゃないんだな。……こんなに冷たいのに」
それが蒼色の弾倉。レイがつついているそれは全体に分厚い氷が張り付いているだけで、目に見える破損もない代物だった。そう、だったのだ。
今テーブルの上に乗っているのは弾倉の形をした氷と、その中にあるレイの魔法による高温で液状化してしまった金属だけ。
変身できないって意味では別に何も変わってないから問題ないといえば問題はないのだが……
「なー、那月。吾輩、これ見てたらアイス食いたくなってきた」
「お前はもう少し反省しろ」
長期休暇、最終日。レイを拾った翌日は、運のいいことに日曜日だった。
なので今日は、一年の間に怪人災害から復興が進んだ街中の案内の時間。犬猫ではないが、拾ってしまった以上は彼女に対する責任も付随してくる。
女性、それも幼女と呼んでも過言ではない年代の子供が着るような服は我が家には置いてないし、買う必要があったのだ。
「吾輩の言うことじゃないと思うんだけど、お前、吾輩に甘すぎない?」
「うるさい、黙って食え」
「はーい……」
ベンチに並んで座り、呆れた視線を向けてくるレイの手には三段重ねのアイス。服装も拘束具とも古着とも違う、女性向けの白いワンピース。ついでの小物に麦わら帽子と肩から斜めにかけたポーチ。選んだ奴のセンスがわかりやすい。
多分、祖父母の実家がある田舎のヒマワリ畑で一年に数回しか会えない幼馴染美少女に憧れがあったんだよな、わかるよ。俺もそんなのにいないのに一瞬幻視したから、レイが美少女なこともあってマジで完成度が高い。
そんな元の造形の良さを当人は知らぬばかり。こっちが幻覚を使って周囲をごまかしてなかったら、多分めちゃくちゃ騒ぎになってたし明日の俺は学校で吊るされてただろう。
「……いや、やっぱお前吾輩に甘いって!」
立ち上がり、ビシッと指差したのは俺の横。指先を追ってみればそこには今日買った数々の物品。
服の一式に加えて、ゲーム数点、ライトノベル十冊ほどに漫画も少々。ついでにもしもの際の連絡用のスマートフォン。
ふむ……?
「そんなに甘くないだろ。お前が万が一にも外に出ないようにするには必要経費だ」
「いや、どう考えても甘いわ! 服とスマートフォンはわかるが、それ以外は家にあるもんでどうにかするって!」
「失礼だな、これだけだと思ってるのか? ついでにサブスクもついてくるぞ」
「だーかーらー!」
一年の同居生活でサブカルに染まった実績のあるやつなのだ。これくらいは必要だろう。
そんな優しさのつもりだったのだが。うむむ、乙女心というのは難しい。いや、女性歴二日目の相手に乙女心が搭載されているかは知らないけど。
「お前は問題ないっていうけどな、俺からすれば問題だと思うんだよ」
「はぁ? お前何言ってんだよ那月?」
なるほど、こいつは舐めているらしい。
生意気なガキには分からせが必要だというし、誰が家主なのかは理解させておいてもいいか。
「俺の家の本もゲームも、一年前からそんなに増えてないぞ」
「ん? 買わなかったのか?」
「一緒にやる相手もいなけりゃ、感想で殴りあう相手も消えたからな」
「むぐっ」
さすがにこれが誰のことを言っているのかはわかったらしい。
言葉に詰まったレイに畳み掛ける。
「で、ほとんど増えてないとはいえ、続き自体は出てるわけだな。お前、家にあるやつ最後まで読んだらどうするよ」
「そりゃ買いに行く……って、ああ、そう言うことか」
「そういうことだ」
一瞬辟易した表情になった彼女も、きっと俺と同じものを思い出しているだろう。
「この服買った時みたいなテンションのやつがたくさん出てくるってことだな」
「多分、な」
『きゃー! なんですかこの子かわいー!』
『え、この子に似合う服を選んでいいんですか!? やったー!』
『は? まだまだ似合いそうな服はたくさんありますよ! 元がいいからなんでも似合っちゃうんです!』
『店長! 店長もやりましょう! え、なんでそんな怒ってるんですか? え、あ、ああー!?』
だいたい一時間近くこのテンションを保持して、最終的に夜叉を背負った店長に裏に連れて行かれた店員さん。
仕事自体は優秀だったのだが、一人にかかりきりだとそれはそうなるとしか言いようがなかった。
アイスを奢ったのは正直、あれに付き合わせてしまった詫びもある。だからトリプル。そうじゃなきゃシングルだった。
「まあ、それだと文句があるっていうなら、こっちは勝者特権を使用させてもらおう」
「こんなことに勝者特権使うのかお前……いや、確かに吾輩があの組織作ったの、勝ってボコって部下にしてって流れだけどさぁ……こんなしょうもないことに使わせたことはないぞ?」
「こっちの世界だとこれくらいしかやることなくね?」
「いや、もっとこう……吾輩の魔法を有効活用しようとか思われないのもちょっと、なぁ……? お前と違って触媒なしでも魔法使えるんだから、銃を持ち歩かないといけないお前よりは多分便利だと思うぞ?」
こんなことだってできる、と言った直後にふっと姿が搔き消える。
いわゆる、転移魔法。本人は結構高難度と語っていたはずだけど、当人は平然と使うから難易度の高さがよく分からない魔法の一つ。
俺も触媒……いわゆる魔法の杖の代わりにもなる変身アイテムがあればできるから余計に分からん。
分からんのだが……いや、さすがにこれは想像してなかったんだが!?
「どうだ、すごいだろう! 超連続の転移! なんか性別変わってから魔力の扱いが上手くなってな! こう、やって、っと。前ならできなかったことも簡単にできるようになったんだ!」
いや、マジですごい。昔にこれをされていたら俺はおしまいだった。
最終決戦でそんなことできてたら、俺のラストバトルは連続転移からのタコ殴りで完封される塩試合になる結末しか見えねえ。
「ま、代わりに肉体はひ弱になったけどな。今では吾輩、見た目通りひ弱な薄幸の美少女だぞ」
「薄幸とは」
「は? そんなこというなら吾輩、お前の荷物持ってやらないぞ。なんなら、吾輩ならお前の持ってる大量の荷物を転移で家に送ることもできるけどやってやらない。自分しか転移できない悲しい人間として最後まで持ち続けるんだな」
「それはもっと早く言えよ」
お前の物なんだから転移させてもいいだろ。いや、お前が買ったんだから最後まで責任持って送り届けろよ。
幻覚を使って騙してるからいいものの、そうじゃなければ絶対に許されなかった声量での会話。
「ちっ、しょうがないなー」
勝利は俺の手に。決め手は、今現在向かっている場所。歩きながら彼女は、俺の手の中にあるものを全て家へ繋がる転移魔法陣へと放り込む。
そこは、部下たちに裏切られ力の九割を封じられたレイが、それでも自分の部下だった連中の過半数を殲滅した上での逃走の末にたどり着いた場所。
彼女の力によって繋がれた、
我が家から最も近い海。海開きはまだ遠いから人の姿は皆無な空間へと到着する直前、拳銃と弾倉を転移魔法陣でこちらの懐から抜き取りあの時と同じ持ち物で挑もうとしている。
「で、なんで吾輩をこんなところまで連れてきたんだ?」
「そんなにやにやして『わかりません』なんて言われても説得力ねえぞ」
「いーじゃんかー。こういうのはちゃんと本人から聞くのがいいんだからさー」
とは言われても、正直言語化が難しい。
別に来る必要はなかった。なかったけれど、もう一度一緒に暮らすなら、以前と同じように、という気持ちがなかったわけではない。
要するに、以前の再現。けど、そんな感傷に付き合わせてもいいものか……
「吾輩はレイ。本名はもっと長いけど、こっちの人間がギリギリ知覚して発声できる部分で名前っぽくすれば、そうなる」
悩んでいると声が聞こえた。
聞き覚えのある内容に顔をあげれば、目の前にはにやにやと浮かんでいた笑みが消えて、真剣な顔。けれど、どこか楽しそうな声音だった。
「で、お前は?」
「那月。
「……やっはり、吾輩を倒せるのに普通の人間はおかしいと思う」
「おい、お前がやり始めたんだから最後まで責任持ってやり遂げろよ」
くっ、と思わず笑みが浮かんだ。まあ、真面目にやるのは似合わないかぁ。
「じゃあ、悪の組織なんてもうないけど、とりあえずお前のところでお世話になるわ」
「悪の組織滅ぼしちゃったもんなぁ……ラストバトルだけ余計だったけど」
「吾輩なりのけじめだったから。あ、それでぶっ壊しちゃったのは悪いと思ってるぞ、もちろん」
「じゃあ、まあ。その辺りの感性ちゃんとしてるなら問題も特にないだろうし」
手を差し出す。手を差し出される。
「これからもよろしく」
差し出された手を握りしめ、差し出した手を握られ。
その瞬間、世界が切り替わった。
・主人公くん
もう変身はできない。
四つあったけど一つはひび割れ、一つは燃え滓、一つは今回ででろでろに融解して、一つは粉々
粉々のやつは破片全部集めるのに苦労した
一年前の戦いにおける幹部の撃破スコアは3
・ラスボスくんちゃん
え、この粉全部まとめたら元の形になるの? こわぁ……
ところでなんでこいつアイス買ってくれたんだ?
一年前の戦いにおける幹部の撃破スコアは9
力を失った状態で幹部撃破したので全戦力の過半数しか削れなかった