鷲は駆ける   作:ボンゴレパスタ

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鷲は駆ける2

 

 

 

 

私たち……ドイツで生まれた者たちは皆、生まれたその時から罪を背負っているとも言える。それは過去の2度の世界を巻き込んだ大戦と、それに付随した忌むべき戦争犯罪を引き起こしたという事実。1945年にドイツは戦争に敗れたのち、その代償としておよそ45年もの間、国を2つに分けられ、多くの国民がその罪の重さに否応なしに向き合うことになった。

 

 

その2度目の大戦。近代史史上最も凄惨たる戦争として名高い第2次世界大戦は今まさにポーランドへの侵略によって始まった。第1次世界大戦の敗北と世界恐慌が相次ぎ不況のどん底に突き落とされたドイツ国民の前に現れた一人の男、そして彼が率いた政党によってドイツは瞬く間に統一され、国民は民主主義を手放し、彼が思うがままの衆愚へとなれ果てた。

 

 

私も幼い時、学校の行事の一環で戦争の経験者の話を聞いたことがある。椅子に座り、すっかりと濁り切っていた彼女の目が、話を始めたその瞬間に恐怖の色に染めあがっていたことを、今でも鮮明に覚えている。

 

 

今日までその行いは反論のしようがない悪、反省するべき過去として私たちはその痛みを、そしてその痛みを多くの者に与えてしまったことを胸にして生きていた。

 

 

そんな教科書や伝聞でしか見たこと、聞いたことがなかったその景色が現実として目のまえで繰り広げられている。そのあまりにも現実とは乖離した光景にフラッシュはパクパクと口を開閉されるしかなかったが、そんな彼女の気も知らず、隣のベッドに座っていた患者が彼女に声を掛けた。

 

 

「……お嬢ちゃん、目が覚めたのかい。今日目覚めるとは何て運がいいことだ!今日はドイツにとってこれ以上ないってくらいおめでたい日なんだから!」

 

 

…そんなわけがない。夢ならどうか早く覚めて欲しい。フラッシュはしきりに頬を抓ってみるが、その箇所からはここが現実だと告げる痛みが発し、彼女の顔はみるみるうちに蒼ざめていった。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、とある部屋の一室にエイシンフラッシュの姿はあった。部屋は殺風景の一言に尽き、1卓の机と対面に配置された椅子、そして天井からは申し訳程度の明るさを灯す裸電球が吊り下げられていた。

 

 

フラッシュの対面に、一人の男が座っている。彼は神経質そうにその丸眼鏡の奥からフラッシュを睨みつけると、ドスの効いた声で彼女に語りかけた。

 

 

「……一体何者なんだい?」

 

 

不気味な笑みを浮かべたまま、男の顔が彼女に近づいていく。フラッシュの身体は恐怖で収縮し、フラッシュはその涙が目に溢れないように精一杯に努めながら俯くように机の方へと視線を向けていた。

 

 

自身が目覚め、医者からある程度の診察を受け予後が良好であることを勘案されたフラッシュは、数日で退院する運びとなった。しかし退院日当日、看護婦に呼び止められると彼女からはこう言われたのだった。

 

 

「貴方はあちらに乗ってください」

 

 

彼女の案内のまま病院を出ると、そこには一台の車…車はベルリンの昼下がりに似合わず、夜に溶け込むほど真っ黒なボディに如何にもドイツ車らしい意匠の凝られた洗練されたデザインをした車が一台止められていて、その車の前には一人の男…丸眼鏡に黒のスーツにロングコート、そしてフェドーラ帽を被ったその男は、フラッシュの姿を認めるとその口角を醜く引き上げながら言葉を口にした。

 

 

「……やぁ。フロイライン。君が先日ベルリン市街で意識不明で発見されたウマ娘…エイシンフラッシュ、だね?」

 

 

その言葉の中には、明らかにこちらを値踏みするような、そんな不快な雰囲気が含蓄されていた。フラッシュはその顔を引き締めながら彼の問いに答えた。

 

 

「…はい。そのようですね……」

 

 

フラッシュはそう曖昧な答え方に徹した。実際のところ「私は未来から来たウマ娘です」などと答えたところで納得してもらえるはずはないだろうし、それこそ相手に警戒されかねないからだ。医者からの問診で経緯を聞かれた際にも「名前以外は何も覚えていない」と答えるようにして、不用意に相手に自分の素性を悟られないように努めていた。

 

 

……とすればこの男は何者で、私に何の目的があって近づいてきたというのだろうか?

 

 

「貴方は…?」

 

 

「……アーノルド。まぁ肩書はこういうものだ」

 

 

彼女の言葉に、男は肩をすくめながら口を開くと、胸ポケットから手帳を開く。そこには「秘密国家警察所属:エージェント」と書かれていた。

 

 

秘密国家警察…その名前を見たフラッシュは懸命にその顔に不快な表情が浮かばないように努めた。国家の治安維持のために特設された、司法から独立した私設に近い組織で、その組織が引き起こした戦争犯罪について、ドイツ国内の人々で知らない人はいない。

 

 

「……一体何の御用でしょうか?」

 

 

「詳細は着いたら話しますとも。さぁ、車に乗るんだ」

 

 

アーノルドはそう言うと、車の後部座席のドアを開ける。するとそこから、そして運転席から彼と同じスーツ姿の2人の男が出てくると、彼の左右にぴたりと並んだ。

 

 

「……あまり手荒な真似はしたくない。ウマ娘相手に1人じゃ分が悪いからねぇ。」

 

 

アーノルドはロングコートのポケットに手を入れると、ポケットから布越しに何か出っ張りが生じ、フラッシュの元にまっすぐと向く。フラッシュは息を呑むと彼のことをじっと見つめた。

 

 

「……さぁ。フロイライン。車に乗る際には足元に気を付けて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男に目隠しをされ、車に乗せられたまま数十分。やがてとある場所へ着いた彼女はそのままある場所へ連れられ目隠しを外されると、そこは殺風景な部屋であり、彼女は椅子に座らされていた。アーノルドはニコニコとした、しかし喜びなど一切感じさせない、相手に不信感と恐怖感を与えるその笑みを張り付かせていた。

 

 

「……さて、何の説明もなくここにお連れして済まなかった………最近のドイツの事情は分かっているだろう?僕たち秘密国家警察は、ドイツのために日々身を粉にして働いているわけだが……」

 

 

「……」

 

 

「……まぁ、つまり。これから欧州に力を示すに当たって、ドイツ国内のスパイや反体制勢力を取り締まるのも僕たちの重要な任務というわけだ」

 

 

「……そ、それが私と何の関係が……」

 

 

「戸籍上に登録がない、そして自分のことを覚えていない。そんな奴がいたとしたら、怪しむなという方が、無理があるというものだろう?スパイが任務中にケガをして、記憶がないと嘘をついている可能性も十分にある」

 

 

この男の言うことは確かに真っ当なものだ。私の戸籍は当然だが1939年のドイツには存在しない。そんな身元不明な人物が、記憶がないとなれば彼らからすれば怪しいと思って当然の帰結だろう。

 

 

「……わ、私スパイなんかじゃあ……」

 

 

フラッシュの言葉をアーノルドは片手で制する。彼は胸ポケットからとある物体を取り出すと、彼女の前にかざして見せた。その物体を見て、フラッシュは思わず息を呑んだ。

 

 

「……そ、それは……」

 

 

それはフラッシュが持っている、スマートフォンだった。そしてそれは自身が現代から来たという紛れもない証左でもある。アーノルドはフラッシュの顔をじっと見つめると、その口角をにやりと引き上げた。

 

 

「現場近くで拾ったものだったが……おやおや……?フロイライン。その顔に動揺が広がっているなぁ。差し詰めそれが僕たちに見つかるとは…というところかい?ということは、君は嘘をついていたということになるねぇ……記憶が失った、という嘘を」

 

 

フラッシュの顔に動揺が広がる。嘘が看破されてしまった以上、最早同じ嘘は通用しないだろう。それどころか「私がスパイです」と言っているようなものだ。

 

 

……しかし、真実を言ったところでどうなるだろうか。「およそ70年以上先の未来からやってきたウマ娘です」といったところでますます疑われてしまうのが関の山だ。

 

 

「……私は嫌いなことがある。最も嫌いなこと…それは嘘をつかれることだ。」

 

 

アーノルドはそうつぶやくと肘を机に付き、両手を組んでその上に顎を載せる。最早その顔に張り付いた笑顔は存在しない。そこにあるのは、底の見えない暗闇だけだった。

 

 

「……」

 

 

「……フロイライン。君は一体何者なんだい?」

 

 

フラッシュは恐怖に包まれ、思わず空を見上げた。神様がいるとするならば、これほど非情なことはない。私が一体何をしたというのだろうか?

 

 

「………私は……」

 

 

恐怖に根負けしたフラッシュは、遂にその真実を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「………そこまでだ」

 

 

自身の背後のドアから、鋭い声が掛けられる。一体何者なのだろうかとフラッシュは思ったが、その疑念を払拭する前にアーノルドは彼女の肩越しにその人物を見据えると、彼は不快そうに口を開いた。

 

 

「……おやおや。貴方がお見えになるとは。意外ですなぁ、大佐殿。」

 

 

「……敬礼はどうした、アーノルド」

 

 

アーノルドは嫌々とした態度を露骨に示しながら椅子から立ち上がると、その人物に向かって右手を引き延ばした。その手を下ろした彼は、その人物を睨みつけながら言葉を続けた。

 

 

「……それで?何の御用ですか?」

 

 

「………用件はシンプルだ。その女は私の預かりとなる」

 

 

その人物が一歩前に踏み出すと、明らかに人間が通常発する靴音とは質感の異なる足音が室内にこだまする。その音を不思議に思ったフラッシュがその人物の方へと向けると、そのあまりにも衝撃的な姿にフラッシュはその目を大きく見開いた。

 

 

その男……185センチは優にあろうかというその男は軍服に制帽を付けていたが、驚いたのは男の右の顔半分に装着された機械製のコルセットと、軍服の裾から覗かせる鋼鉄製の義手だった。

 

 

男はじっとフラッシュのことを見つめると、室内に響き渡る大きな声を発した。

 

 

「ようこそ、エイシンフラッシュ…私はルドル・フォン・シュトロハイムだ!」

 

 

これがお世辞にも良いものとは言えない、彼との……シュトロハイムとの出会いだった。

 

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