鷲は駆ける   作:ボンゴレパスタ

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鷲は駆ける4

 

 

 

 

ベルリンから少し離れた郊外にある親衛隊管轄の庁舎の一角にシュトロハイムとフラッシュの姿はあった。

 

 

先の大戦(第1次世界大戦)以前に作られた、ウマ娘の育成機関として名を馳せていた高等学校だったようだが、大戦後の不況により廃校となっていたのを、ドイツ政府が徴収したようだ。

 

 

設備は古いながらも現代の育成機関にも通ずる設備が手つかずの状態で残っていて、オリンピックに備えて、使い道がなく持て余していた本施設を再利用するように、というお達しがきたとのことだ。

 

 

シュトロハイムに連れられたフラッシュは、彼に案内された部屋……これからトレーナー室として利用する予定であるその部屋の様子に息を呑んだ。

 

 

恐らく何年も用途として使用されず、器具の上には分厚い埃が降り積もり、天井の隅には蜘蛛の巣が張っていた。とりあえず滞留しているであろう空気を循環させようと窓を開けると、埃が風によってまるでダイヤモンドダストのように舞い上がり、室内には秋の乾いた風が室内に吹き込んだ。

 

 

これから生活を送るにあたって、これはあまりにも状態としては悪いものだ。窓枠の傍で溜息を一つついたフラッシュは、部屋の入口に立つシュトロハイムに向き直ると徐に口を開いた。

 

 

「こ、これは……はじめに掃除が必要ですね」

 

 

その言葉に、シュトロハイムも首をゆっくりと縦に振る。彼の表情は部屋の暗闇の中に溶け込んで伺うことはできなかった。

 

 

「うむ……部下を呼んで掃除をさせよう」

 

 

「いえ……これから私たちが使う部屋なんですから。私たちで掃除をしましょう」

 

 

フラッシュは部屋の隅にある掃除箱から箒を取り出すと、シュトロハイムにずいと手渡した。困惑する彼をよそに、フラッシュは雑巾とバケツを取り出すとテキパキと準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたりがすっかりと暗くなった頃、ようやく部屋の掃除の目処が立ったフラッシュは少々凝り固まった腰を庇うようにさすりながら今しがた磨き上げていた床から立ち上がると、室内へと目を向けた。

 

 

まだ気になる箇所は少しあるものの、これから生活を送る上でこのくらい掃除をしておけば差しあたりは問題ないだろう。フラッシュがシュトロハイムの方へと目を向けると、彼もようやく掃除に一区切りついた様子だった。

 

 

 

 

意図せず始まった競技者としての生活だが、フラッシュの心の中にはいくつか解せない点があった。

 

 

…どうして身元の分からない、スパイ容疑の掛けられていた私に白羽の矢が立ったのだろうか。

 

 

オリンピックという大舞台。それならば他にドイツ国内にいるウマ娘にその役目を担わせた方が賢明だろう。戸籍にものっていない、そして記憶もないと嘘をついていた怪しさ満点のウマ娘である自分自身に役目を宛がわれた理由が分からない。

 

 

…それにシュトロハイム大佐を取り巻く不可解な視線。

 

 

現代の親衛隊への評価として負の側面が強調されてはいるものの、組織としては上官のいうことには忠実に従い命令を遂行する、そんな実直な組織であるという評価が専らだった。それなのに、親衛隊の大佐という上級階級であるはずの彼が、周囲からはある種蔑みの視線を受けながら、引いては身元の分からない自分を担当に受け持つことは、一体どんな理由があってのことだろうか。

 

 

それに疑問は上げ始めたらきりがない。建物は他のSSの建物と比較しても警備は少なく、玄関口に兵士が在中しているのみである。こんな状態の警備で、重要な国務の一つであるウマ娘の育成をすることができるのだろうか……そんな様々な疑問がふつふつと心の中で生まれたフラッシュは、掃除を終えて椅子に座り、何やら書類仕事をしているシュトロハイムに声を掛けた。

 

 

「あ、あの……質問してもいいでしょうか?」

 

 

「よかろう」

 

 

机から顔を上げることなく、シュトロハイムはそう言葉を返す。彼のそんな様子をじっと見つめながら、フラッシュじゃ今しがた心に沸き上がった疑問を全て、そして順序だてて彼に聞いたのだった。彼女の質問を最後まで聞き届けたシュトロハイムは、ふうっと一つ溜息をつくと、徐に口を開いた。

 

 

「……まず第一だが、本オリンピックは種目に分かれていて、貴様はその脚質に則した種目での出走になる。明日施設にあるトラックでそれぞれの種目に則したコースを走って決定する。」

 

 

「……ドイツはこの数年、先の大戦の影響で経済は大不況に陥った。ウマ娘は勿論のこと、人間もスポーツに現を抜かしている暇などなかった。つまり競技者と呼べるウマ娘も、そのノウハウもないというわけだ。特に先の大戦でウマ娘はその優れた身体能力を駆使して輸送員や通信士、勿論戦闘員として重宝された。つまり……」

 

 

「……いなくなった人数も多かった、そういうことですか。」

 

 

確かに歴史の資料で、ドイツ国内におけるウマ娘の人口、そして競技者数共にWW1の敗戦の影響で激減したことを見たことがあったことを思い出した。そんな状態で……経済は回復していたとしても、その癒えきらぬ傷を抱えた中でドイツは再び戦火の中に身を投じてしまったのだ。

 

 

そんな状態で、ある種の見栄のために、しかし決して尻尾を巻いて逃げることも、おめおめと負けることができないオリンピックにドイツは参加を表明した。この時代の政府の大物であるヒムラーやゲッベルスが主導して動いたのも偏にこのためだろう。

 

 

そんな状態であればウマ娘であり、身体が健康であるならば例え身元の分からない状態でも最早競技者として喉から手が出るほど欲しい人材なのだろう。いうならばドイツはなりふり構っていられない、ということだ。

 

 

「……だが、我が国はあくまで戦時中。ドイツ国防軍はそもそも戦争に集中するべきだとして本作戦には参加もしていない。それに親衛隊の中でも多くの兵士は既に次の作戦のために動員されていて手が付けられる状態じゃあない。そこで私に任務が下ったというわけだ」

 

 

「……そこがいまいち腑に落ちません。そんな中途半端な任務の、更に一介の身元不明のウマ娘の私の担当に、わざわざ貴方をつかせるようなことをするなんて」

 

 

その言葉に、シュトロハイムの顔には…機械化が施されていない残った皮膚に皺が刻まれる。シュトロハイムは一つ溜息をつくと、少し間をおいて言葉を続けた。

 

 

「……皆までは言わないが、俺は去年、総統閣下に内密に拝命していただいた任務を完遂することができなかった。それは我が軍が軍事において他国の優位に立つためにも、そして総統閣下の悲願という意味でも非常に重要な任務だったのだ…その責任を負って私の部隊は他の部隊に吸収され、私はいわば降格人事でこの役目を負っているというわけだ」

 

 

それはあまりにも衝撃的な事実だった。この国のトップから直々に任務を頂戴するほどの信頼を勝ち取りながらも、それに失敗し、彼は今この任務に甘んじているというわけだ。フラッシュは驚きながらもシュトロハイムの言葉に続いた。

 

 

「……それほどの任務って」

 

 

「その仔細を貴様に言うことは毛頭ないが、降格させようにも俺のこの身体には巨額の財を投げうって完成したもの…ドイツの技術の神髄が詰まっている。つまり存在そのものが機密情報ということだ。下手に前線に送って敵に鹵獲でもされれば溜まったものではないし、始末すればその結晶が全て泡沫と化してしまう、ということだろう」

 

 

彼の説明によって、散らばっていたピースが合わさっていくのを感じる。つまり彼はハナから期待もされておらず、かといって処分することもできないため上層部としてはその進退を持て余していたが、オリンピックの選手指導という閑職に据えて、さらにこの身元の分からないウマ娘である自身の監視もこの任務として押し付けられたというわけだ。

 

 

そうだとすればこのお粗末な警備体制にも納得がいく。元々ベルリン郊外で、要人もいることがないため比較的安全だということもあるだろうが、成果として大きく期待もしていないため殊更に警備のための人員を割く必要もない、ということだろう。

 

 

シュトロハイムは無表情で書類に向かったまま言葉をふと漏らした。

 

 

「……だが、それも貴様が選抜レースに残ることができれば、の話だがな」

 

 

その言葉にフラッシュは顔をしかめる。それは一体どういう意味なのだろうか?

 

 

「……言ってはいなかったが、貴様はまだウマ娘のレースの選手として正式に決まったわけじゃあない。来年の明けに行われる選抜レースに勝つことができなければ、貴様はめでたくここから追い出される。良くて前線送り、悪ければ……」

 

 

そこまでは言わなくても彼の言わんとしていることは分かった。フラッシュは彼の言葉を手で制すると静かに溜息をついた。つまり自分自身は、間違いなく崖っぷちにいるというわけだ。来年まではあと数か月しかない。それまでに国内の他の候補に打ち勝ち、自身がその選手として認められなければ自分は……

 

 

そしてそれは彼にも言えることだ。一応にもこの国のトップから直々に拝命した任務を2度も違えるようなことがあれば、さすがのシュトロハイムもその進退については保障されないことだろう。

 

 

仮にもドイツは戦時中だ。史実ではドイツは東部戦線において1942年のスターリングラードの攻防に敗北したことによって防戦一方となり、それからは資源や人員にも枯渇するようになったとされている。そんな状態での戦闘ならば、最早機密などといって兵器である彼を出し惜しみしている余裕などなくなってしまうだろう。

 

 

……つまりここにいる私たち2人は、どちらも追い詰められている者同士というわけだ。

 

 

フラッシュは一つ溜息をついた。Gottheit。私が一体何をしたというのでしょうか。フラッシュはフラフラとその場にへたり込んだが、シュトロハイムはそんな彼女の姿をじっと見つめながらその手を差し伸べた。

 

 

「……はぐれ者同士、仲良くやろうじゃあないか。エイシンフラッシュ。」

 

 

立ち上がるために握った彼のその手は、やけに冷たい。

 

 

こうして時代を隔てた崖っぷちの2人の、奇妙な絆が生まれた。

 

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