鷲は駆ける   作:ボンゴレパスタ

7 / 9
鷲は駆ける7

 

 

「……親善レースですか?」

 

 

フラッシュが選抜レースを終えてから、早数日。自身のトレーナーであるシュトロハイムに呼びつけられたフラッシュは、今しがたシュトロハイムが口にしたセリフをそのまま反芻した。

 

 

「あぁ。オリンピックの開催国であり、我らがドイツと同盟関係を結んでいる大日本帝国と、この度交流を兼ねてレースをする運びとなった。」

 

 

シュトロハイムはそう言うと、顔をフラッシュの方へとじっと向ける。その顔は半分が機械化されているためか、どんな表情を浮かべているのかいまいち彼女には図りかねた。

 

 

大日本帝国。

 

 

1945年にアメリカに敗北し、名称が変わるまで日本はそう呼ばれていた。今自身がいる1940年の時点で、日本はアジアの覇権国家として、中華民国をはじめとした国々を相手取り戦争行為を繰り広げており、大陸にも満州国という傀儡国家を成立させていた。

 

 

しかしその日本は、1941年には遂にアメリカ軍が所有する真珠湾の基地を爆撃したことで、太平洋戦争を引き起こす。そのことは、現代から来たフラッシュのみが知る未来の真実だった。

 

 

今ここにいる時代の日本の情勢を考えれば、不信感はますます募るばかりである。フラッシュは努めてその顔に懸念の表情が浮かばないように直立していた。

 

 

「……」

 

 

シュトロハイムは彼女のそのような様子をじっと見つめていたが、やがてふうっと溜息をつくと言葉を続けた。

 

 

「……フラッシュ。お前と戦うウマ娘のトレーナーは1932年のロサンゼルスオリンピックで担当ウマ娘を金メダルに導いたほどの実力者だ。きっと今回のレースで学ぶことも多いだろう。」

 

 

それにはフラッシュも大いに驚いた。それほどの実力を持つトレーナーと、その指導を受けるウマ娘と、まだ選抜に選ばれたばかりの自身がレースをすることになるとは。

 

 

「……それともう一つ。伝えておくことがある」

 

 

「………?」

 

 

「お前の出走種目が決定した。2400メートル。中距離での出走だ」

 

 

…それは。

 

 

その言葉に、フラッシュの顔は引き締まる。それはあまりにも運命的とも言うべきものだった。現代のレースにおいて、フラッシュが勝利を欲してやまなかったG1レースがあった。

 

 

そのレースの名前は、東京優駿。クラシック期の実力あるウマ娘たちが、鎬を削るそのレースは、その時点において最も運のあるウマ娘が勝つ、と言われている。

 

 

その東京優駿と全く同じ距離…中距離種目での出走。フラッシュはそれを、神様による運命の悪戯と受け取った。そしてその悪戯に翻弄された自身への、せめてもの手向けだとフラッシュは受け取った。

 

 

この時代に飛ばされてしまった以上、最早東京優駿に出場することは叶わないだろう。それなら、今の私にできることは…せめて……

 

 

それならば、その運命に対して少しでも意味を見出すというならば。自身がシュトロハイムに対してするべき返答は一つしかないだろう。

 

 

「わかりました……謹んでお受けいたします」

 

 

フラッシュの返答を聞いたシュトロハイムは、彼女の礼を静かに見つめ、そして口を開いた。

 

 

「……良く言った。それでは俺からもう一つ、伝えておかねばならぬことがある。」

 

 

「……?」

 

 

「今日から他の種目のウマ娘たちとの合同生活になる」

 

 

その言葉に、フラッシュの顔には少々驚きの色が浮かぶ。確かにこの施設は自身とシュトロハイム、そして護衛が使うにはかなり手広な広さだったが、それにしてもいきなり他のウマ娘たちと共同生活が始まるとは、聊か急な話だったからだ。

 

 

「……それは。」

 

 

「……フラッシュ。お前が困惑するのも無理はない。本来はお前に課せられた監視の手前、おめおめと他のウマ娘たちと共同生活をすることは許可できんのだが……」

 

 

「……シュトロハイム大佐も、私のことを疑っていらっしゃるのですか?」

 

 

身元の分からぬ自身に課せられた、敵国からのスパイ容疑。この施設にとどめ置かれ、外出もままならぬ状態でシュトロハイムと共同生活をしているのも、その容疑が晴れていないことに他ならなかった。

 

 

モノクル越しに自身を見つめるその視線は、一体どんな心情を秘めているのか。やがてシュトロハイムは椅子の背もたれにその身を預け、制帽を目深にかぶると、徐に口を開いた。

 

 

「……お前が私に言ったあのセリフ。」

 

 

「……?」

 

 

シュトロハイムの言葉の意図を図りかねてフラッシュが首を傾げる。彼はその様子を見つめると、先程よりも少しだけ増した声量で言葉を続けた。

 

 

「……競技場でお前が言ったあの言葉だ。あの言葉に、嘘はなかった。俺はそう思っている。」

 

 

思い出した。私は確かに、彼に言ったのだ。彼の担当ウマ娘として、勝利を手にすると。

 

 

「個人的な心情はどうであれ、任務である以上は許可は出すつもりはなかったのだが、相手がその……」

 

 

「……相手が?」

 

 

シュトロハイムらしからず言い淀む彼の様子に、フラッシュが聞き返す。しかしその瞬間、トレーナー室の扉が大きな音を立てて開く。二人が驚いた顔でその方向に首を向けると、そこには3人のウマ娘の姿があった。

 

 

「それは私が願ったからよ、エイシンフラッシュ。」

 

 

先頭に立つウマ娘が、そう言いながら2人の方へと近づいてくる。フラッシュにとって、彼女の顔には見覚えがあった。

 

 

「……貴方は」

 

 

「……忘れてしまったのなら教えてあげるわ。私の名前はシュバルツゴルトよ、エイシンフラッシュ...」

 

 

シュバルツゴルト。先日の選抜レースにてフラッシュと同着だったウマ娘。彼女がフラッシュと共に寝食を共にしたと思った理由は気になるところだが、フラッシュを見つめるその表情を見れば、あまりポジティブな理由から発せられたものはなさそうだ。

 

 

「私がシュバルツ家の力を使って頼んだのよ。シュバルツ家は旧家だけど、政府にも太いパイプがある…それほどのことであれば容易いことよ」

 

 

「……その理由、お伺いしてもよろしいですか?」

 

 

フラッシュがそう彼女に声を掛けると、彼女はその自慢のブロンズの髪を掻き上げながら言葉を続けた。

 

 

「……それは貴方を倒すため。私は貴方を認めていない。それだけのことよ……」

 

 

最早そんな理由一つで一緒に寝食を共にしようと行動を起こすとは。愛憎というものは正に表裏一体なのかもしれない。彼女からの針のような視線から逃れるために俯くと、シュバルツの後ろにいたウマ娘2人が声を発した。

 

 

「はい!私は短距離で選出された、ポロクレです!」

 

 

そう言ったのはウマ娘の体躯としては随分と大柄な、そして非常に快活な様子のウマ娘だった。彼女は丁寧に編み込まれた黒髪を揺らしながら、殺伐とした空気のトレーナー室をものともせず…否、その空気に気が付くことなく挨拶を済ませた。

 

 

「……わ、私はマセット。マイル代表です……」

 

 

そう言ったのはポロクレとは対照的な、小柄なウマ娘だった。彼女はおどおどとした様子で、その身体をポロクレの後ろに隠して顔を隙間から覗かせると、室内の空気をつぶさに視線を移していた。

 

 

「………なにはともあれ、これが我々ドイツ代表選手だ…皆、仲良くするように」

 

 

その場の煩雑とした空気を締めるために発したシュトロハイムの一言も、何の役にも立たない代物と化した。彼の機械の身体よりも凍てついた空気の中、国の威光を賭けたプロジェクトが静かにスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本、東京にて

 

 

ウマ娘たちの訓練の声が運動場に響き渡る。彼女たちがターフの上を駆ける様子を、一人の軍服姿の男が、柵の外に設置された椅子に座ることなく、静かに見つめていた。

 

 

「……少佐殿!」

 

 

その男に、一人の兵士が近づき、今しがた電報によって知らされた命令書を上官である彼に手渡す。彼はその電報に静かに目を通すと、前方にいたウマ娘たちに声を掛けた。

 

 

「集合!」

 

 

すると、ウマ娘たちは一斉に彼のもとへと集まり、彼の口から発せられるであろう命令を聞き漏らすことがないように、直立不動で彼のことを見つめた。

 

 

その瞳には、上官の命令だからという消極的な理由ではない。この男を純粋に尊敬し、その命令を聞き届けんとする強い意思が宿っていた。彼はそんな自身の担当ウマ娘たちを見つめると、徐に口を開いた。

 

「只今、大本営より通達があった。これより陸軍省軍ウマ娘補充部はベルリンに向かう。」

 

 

「……質問よろしいでしょうか、少佐殿」

 

 

一人のウマ娘が手を挙げる。そんな彼女の様子を静かに見つめると、少佐と呼ばれた男は静かに口を開いた。

 

 

「……この任務の突拍子のなさに驚いている、だろう?」

 

 

その言葉に頷きはせずとも、同意の色が部隊に広がる。そんなウマ娘たちの様子をじっと見つめながら、男は言葉を続けた。

 

 

「平たく言えば、練習試合みたいなものだ。我らのウマ娘の練度を、友軍であるドイツ諸君に教えてやるだけさ」

 

 

冗談めかして言ったその言葉には、担当であり、部下でもあるウマ娘たちへの信頼と自信が窺い知れる。そしてその言葉が孕む信頼を受け取ったウマ娘たちは、張られていた胸を更に誇り高く引き延ばした。

 

 

「よし、それでは解散し、30分後にまたここに集合するように。ベルリンに旅行気分で行くのも悪くないじゃあないか」

 

 

男の下知によって、ウマ娘たちはテキパキとその場を後にする。一人残された男は、静かに腰を引き延ばすと、用意されていた椅子に静かに腰を掛けた。

 

 

その男の名前は西竹一。陸軍少佐の地位に就き、また1932年ロサンゼルスオリンピックにて、担当ウマ娘を金メダルに導いた男だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。