鷲は駆ける   作:ボンゴレパスタ

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鷲は駆ける8

 

 

1940年 2月

ドイツ領内・シューレスヴィヒ航空基地。

 

 

基地には複数のドイツ空軍が所有している戦闘機や輸送機が、慌ただしく発着を繰り返している。1916年にヤーグ航空基地として設立されて以降、ドイツ空軍の主要の航空基地と使用されてきた。先の話にはなるものの、ドイツが敗戦後、首都のベルリンをソ連が封鎖した際には、ベルリン大空輸の主要拠点として当基地が使用された、という経緯がある。

 

 

基地の脇に1台のドイツ陸軍の兵員輸送車、KFZ-15が停車する。輸送車の運転席のドアを開けると、運転手の兵士は席から降りて扉に寄りかかり、胸ポケットに入ったタバコを一本取り出し、慣れた手つきでマッチの火をつけた。

 

 

自身の吐いた煙が、ドイツの冬空に溶け込んでいく。今日自身に宛がわれた任務は、日本から客人たちを我が国で育成しているウマ娘たちがいる庁舎へ連れていく役割だった。

 

 

同盟国である大日本帝国の客人が、そんな場所に何の用なのか。兵士には全く興味はなかった……戦時中で危険がない内地での勤務というのは幾分か楽でいいものだが、こう張り合いがない任務を割り振られるのも聊か退屈なものだ。

 

 

その時だった。

 

 

横からすっと手が伸び、自身が口にくわえていたタバコの煙が指で押しつぶされる。兵士は突然の出来事に狼狽したが、どこぞの無礼者が自身のタバコの火を消したことを認識すると、無礼者の顔を確認するために顔を向けた。

 

 

「この野郎……って貴方は!」

 

 

そこにいたのは武装親衛隊の制服を身に着けた、一人の士官だった。襟元の階級章から、彼が上級大佐の地位についていることが認められたが、それよりも驚かされたのは、彼の顔半分に装着されている鋼鉄製のコルセットだった。

 

 

噂で聞いたことがある。何処の部隊に所属しているかは知らないが、親衛隊には全身が機械仕掛けとなっている軍人が所属していると。国防軍の所属のためその存在の有無は眉唾ものだったが、本当にいるとは。

 

 

驚いている兵士をよそに、この男……シュトロハイムは兵士に視線を向けると口を開いた。

 

 

「冬の空気は乾いている…こんなところでタバコの火が燃料に引火すれば、洒落にならんだろう?」

 

 

「し、失礼いたしま……」

 

 

「…それにな」

 

 

「……?」

 

 

非礼を詫びようとした兵士だったが、その言葉を言い終えぬうちにシュトロハイムが言葉を続けた。

 

 

「総統は嫌煙家だ。」

 

 

シュトロハイムはそう言って滑走路へ足を向けていると、一人の空軍士官が彼に向かって走り寄っていった。

 

 

「大佐、おまちしておりました」

 

 

ドイツ式敬礼をすませたシュトロハイムは、士官に向かって声をかけた。

 

 

「……して、彼らはいつ到着するんだ?」

 

 

この日、シュトロハイムはある命令を本部から受け、日頃フラッシュたちと練習に勤しむ庁舎から数時間のところにある、この航空基地に赴いていた。胸に今迄授けられた勲章をつけたアースグレー色の勤務服に制帽や外套…いつもよりもやや格式ばった装いのシュトロハイムに与えられた任務とは即ち、日本からやってくるウマ娘選手団とその指導者一行を出迎えるというものだった。

 

 

「……もうすぐであります、大佐……ちょうど、見えてまいりました。」

 

 

士官は冬空の一点を指さす。そこには上空のはるかかなた、ぽつんと黒い粒のような物体が見受けられた。やがて黒点が大きくなってくると、それがドイツ軍所有の大型の輸送機、ユンカースJU52であることがわかった。輸送機の巨体が徐々にこちらに迫り、士官はその姿を見に止めると、滑走路を行き来する兵士たちにテキパキと下知を飛ばし、輸送機が航空基地に着陸するまでの準備をテキパキとすませていった。

 

 

ほどなくして、輸送機が航空基地の滑走路に着陸する。やがて輸送機が完全に停止し、周囲に轟音ともいえる音をこだませていたプロペラが動きを止めて、準備が整えられると、扉が開き続々と機内にいた人員たちが外へと出てきた。

 

 

彼女たちが……

 

 

遠い極東の地からやってきた客人を迎えようと、シュトロハイムは輸送機へと近づいていく。やがて機内から複数人のウマ娘たちが出てくるのを視認した彼は、まじまじと彼女たちのことを見つめた。一同はカーキ色の軍服を身に着け、自分たちの所属と愛国心を端的に主張していた。

 

 

彼女たちは、強い。

 

 

この数か月、曲がりなりにもウマ娘たちのことを指導してきたシュトロハイムだが、一目で彼女たちの競技者としての練度を確認させられることになった。国内でなんとか寄せ集めた者じゃあない、しかるべき手順により選抜されたエリート集団……彼女たちは上官の指示もなく滑走路に整列すると、最後に軍服と制帽を身に着けた男が機内から姿を現す…その階級章を見るに、彼がウマ娘たちを率いている、例の人物であると考えていいだろう。

 

 

男は朗らかな笑みを浮かべると、シュトロハイムに向けて声をかけた。

 

 

「貴方がシュトロハイム大佐、ですね。初めまして、私は陸軍省、軍ウマ娘補充部少佐、西竹一であります。」

 

 

「遠路はるばるご苦労だった。特殊目的大隊所属、ルドル・フォン・シュトロハイム上級大佐だ。階級こそ違えど、我々は同じウマ娘を指導する、いわば同士……それに友軍であって同じ組織に属しているわけじゃあない。格式ばったやりとりはやめにしないか?」

 

 

シュトロハイムはそう言うと、小さな機械音を立てながら自身の右手を差し出す。今日我々は、彼ら日本のウマ娘たちの胸を借りる立場だ。遠路から遥々やってきた彼らに対して傲岸不遜の態度をとることは、以前のシュトロハイムならいざ知らず、今の彼にはできなかった。

 

 

西はそんな彼の態度を見て、少しの間目をぱちぱちとさせていたが、やがてその口元に再度笑みを浮かべると、言葉を続けた。

 

 

「いやはや、これは驚いた……ドイツの軍人はその辺のところは厳しいと思っていたんだが。貴方がそう言うのだったら、そうしようじゃあないか。シュトロハイム大佐」

 

 

西はそう言うと、差し出されたシュトロハイムの手を握り返す。すると今度は、シュトロハイムがこの男に驚かされることになった。

 

 

こいつ……驚いた。

 

 

シュトロハイムの外見…身体の大半の機械は制服によって覆われて隠されてはいるものの、顔の右半分に装着された鋼鉄製のコルセットは隠しきることはできない。シュトロハイムがやってきた時点で顔のコルセットは西少佐からも見えていただろう。実際に輸送機から降り立った日本軍のウマ娘たちの幾人かは、自身の顔を認めた時にぎょっとしたような表情を浮かべていた。

 

 

それなのにこの男は。西少佐は眉の一つすら動かさず、そして手袋の下の、鋼鉄製の義手の冷たさに触れても尚その笑みを崩さなかった。西は笑みを保ったまま、言葉を続けた。

 

 

「……優に6寸は超えているな。いやはや羨ましい。」

 

 

まるで近所にいるような子供のような無邪気な……しかしそれでいてその奥には、胆力と知性がこの男には宿っている。まるでかつて共に世界を救った、あの男のような……あの忌々しいイギリス男のような。

 

 

記憶の奥底に硬く閉じ込めたはずの鍵が開きかけそうになるのを、シュトロハイムは寸前で抑える。それはもう、今の自分には許されないことだ。彼はもう、生きていない。殺されても死なない、そう思っていたはずの人物が明日にはもういない……そんな経験をした。

 

 

それに今は戦争中。戦線に加わることさえできない今の身でも、我々は今崇高なドイツ軍人として、国の存亡を懸けてこの身を投じているのだ。シュトロハイムは浸りかけた感傷をすぐに引き上げると、西と握っていた手をぱっと離し、乗り付けていた軍用車を指さした。

 

 

「…長旅のところ悪いが、庁舎はここから数時間のところにある。乗ってくれ」

 

 

西は同意を示すために首を縦に振ると、後方に控えていた配下のウマ娘たちに向けて下知を飛ばした。

 

 

「一同車に分乗!速やかに取り掛かれ!」

 

 

一同は弾かれたようにテキパキと、統率された動きで兵員輸送車に続々と乗り込んでいく。その様子に舌を巻きつつ、シュトロハイムは西を自身が乗ってきた軍用車の後部座席に案内し、その隣に乗り込むと、2両の車は庁舎に向けて出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルリンの郊外の庁舎。

今日は昼過ぎから、日本から視察と練習試合のために遠征にくるウマ娘たちと顔合わせをする予定だった。

 

 

指導者であるシュトロハイムも、今朝からウマ娘たちを出迎えるために出払っている。フラッシュたちは各々、顔合わせまでの時間が来るまでの間自主練をしておくように言伝されていた。

 

 

チームは各々、自分たちがやるべき練習をこなしていたがフラッシュはやがて一息つくために、運動場の隅に設置されているベンチに腰を落とした。

 

 

私がこの世界にタイムスリップしてから、早くも半年が経とうとしている。

 

 

最初はゲシュタポにスパイ容疑をかけられて捕まってしまい、一時期は一体どうなるかと思ったが、紆余曲折を経て未だこの身の安全が完全に保障されているわけではないものの、何とか70年以上も昔のこの世界で、何とか生活をすることができている。

 

 

それでも。

 

 

この世界から元の世界へ帰りたい。そう思わなかった日などない。元の時代からこの時代のドイツにタイムスリップしたということはつまり、その原因が分かればこの世界に来たように元の世界へ帰ることも可能、そういうことに違いない。

 

 

「……お嬢ちゃん」

 

 

突然自身の背後から掛けられた声。フラッシュが声のした方向へ振り向くと、そこには一人の兵士の姿があった。男は見上げるほどの巨躯を有しており、ヘルメットを目深にかぶってその顔をうかがうことはできなかった。

 

 

「……あなたは?」

 

 

男はその問いに答えることはせずに、再びフラッシュに対して質問を投げかけた。

 

 

「……シュトロハイムの野r……大佐はどこに?」

 

 

「………?シュトロハイム大佐ですか?彼は今朝から視察団の出迎えにいってます……しかしなぜそれを……?」

 

 

「……クソッ、入れ違いだったか。……そっか、わりーな、お嬢ちゃん。」

 

 

……?

 

 

そう言うと、兵士はその場をあとにしようとする。フラッシュは立ち去ろうとする兵士の背中に声をかけた。

 

 

「あなた……何者ですか?」

 

 

この兵士何かがおかしい。一応ドイツ語を話してはいるが、言葉の端々に英語訛りが見受けられ、ドイツ人の私からすればネイティブスピーカーのそれとは程遠い。しかも口調があまりにも砕けている。それにシュトロハイムの配下の部下だというのならば、今朝から彼が出払っているということを知らないことはあまりにもおかしい。

 

 

フラッシュの問いかけに兵士はぴたりとその動きを止めたが、その時庁舎のスピーカーが鳴り響いた。

 

 

『エイシンフラッシュ、シュバルツゴルト、ボロクレ、マゼット。シュトロハイム大佐が到着した。運動場中央にて待機するように』

 

 

……!

 

 

フラッシュがアナウンスに気を取られ、また兵士のいた方へと顔を戻す。しかし、既に彼の姿は跡形もなく消えていた。

 

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