浮雲流れて   作:麒麟です

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 朝。時間としては、まだまだ早く加えて今は学生のオアシス長期休暇中。

 この部屋の主もまた、その他の学生の例に漏れる事無く惰眠を貪っていた。

 だが、今日はとんと運が無い。

 

『いやぁあああああああああ!?ケダモノォおおおおおおおおお!!!!』

「ッ!?」

 

 つんざく悲鳴が響き渡る。

 目覚まし時計よりも刺激的な目覚ましに、布団を蹴り上げて起き上がるのはボサボサの白髪頭をした少年だった。

 きょろきょろと部屋を見渡して音の出所を探し、それが隣であると気付くと目元まで覆う前髪に隠された眉間に皺が寄る。

 

「一輝の阿呆め。女連れ込むなら、もっと静かにしろっての」

 

 ボリボリと顎の下を掻きながら、三舟鹿史郎(みふねかしろう)はぼやく。

 隣の部屋は、知り合いだ。ただ、その知り合いは尋常ではないほどにストイックで、呼吸するように努力をする一種の怪物。

 そんな男が、部屋に女性を招いた。それも、修羅場の気配。

 

「…………こいつを見逃す手はねぇよなぁ?」

 

 ニンマリと笑みを浮かべ、寝間着である着流しのままに部屋を出る。

 廊下に出て、向かうのは隣の部屋。拳を握って扉を叩く。

 

「おーい、一輝ぃ。女連れ込むのも良いが、もうちょい静かにしやがれー」

『っ!?か、鹿史郎!?た、助けて!』

「…………何でお前が助けを求めんだよ、一輝」

 

 思わぬ反応に首を傾げながら、鹿史郎はドアノブを捻る。

 開かれた扉、その先にあったのは上半身裸の友人と、それから下着姿の涙目の少女の姿があった。

 気まずい沈黙が流れ、そして鹿史郎は一言。

 

「……事案か?」

「待って、君の中で僕の遭遇した状況との差異があると思う!」

「大丈夫だ、一輝。差し入れ位はしてやらぁな」

「待って、本当に待ってくださいお願いします……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “伐刀者(ブレイザー)”。己の魂を武装である“固有霊操(デバイス)”として顕現、使役して魔力を用いて超常の力を振るう、千人に一人の特異存在。

 古来では、魔法使いや魔女と呼ばれ、排斥を受けた時代も確かに存在していた。

 だが、今日においては違う。その強力に過ぎる力は、例え最低ランクの評価を受けようとも超人のソレ。一般人の力等遠く及ばない存在となる。

 人でありながら、人を超える奇跡の存在。

 第二次世界大戦を経て、伐刀者の地位は更に上がっている。具体的には、彼らが居なければ軍隊も警察も真面に機能できないレベルだ。

 しかし、そんな彼らにも一切の柵が無いのかと問われれば、ソレは否だ。

 彼らを縛る鎖。“魔導騎士制度”もその一つとなる。

 これは、国際機関より認可された学園へと通い、見事卒業を果たした伐刀者たちへと免許という形で資格を与え、社会的立場とその力を振るう事を許可するというもの。

 そしてここ、“破軍学園”もその一つ。東京ドーム十個分という破格の敷地面積にの内側で、生徒たちは日々己の腕を磨くべく、切磋琢磨、自己研鑽へと励んでいた。

 

 時は、春休み。破軍学園の理事長室には、少女の悲鳴を聞いた警備員により連行された黒鉄一輝とそれから面白そうな気配を感じて首を突っ込んだ三舟鹿史郎。それから理事長の、新宮寺黒乃の姿があった。

 

「――――成程、下着を見てしまった事故から相殺しようと無い頭を捻った結果、自身も半裸になって上半身を見せつけた、と」

「まあ、はい……」

「アホだろ、お前」

「フィフティフィフティで紳士的な発想だと思ったんですけどね」

「……まあ、ある意味では紳士的だっただろうな。見ろ、お前のボケのせいで三舟が笑い潰れてしまったぞ」

 

 一通り話を一輝から聞き終えた黒乃は呆れた様なため息を吐き、その隣では鹿史郎が腹を抱えて笑い転げていた。

 裏切者め!とでも言わんばかりの目を向ける一輝だが、しかし話の内容だけ見れば、彼のやった行為は紛れもない変態紳士的なもの。

 改めて自身の行動を顧みて、一輝は後悔のため息を一つ。

 

「はぁ……何で、あんな事しちゃったんだ、僕は…………」

「ゲホッ!エホッ!……んんっ、はぁ……はぁ…………まあ、アレだろ。溜まってたんだろ、な?」

「ふむ、発散できなかった若さが、魅惑的な肢体を見て我慢できなくなった、と」

「「変態だな」」

「分かっちゃいるけど、何度も言わないでくれますかねぇ……」

 

 がっくりと項垂れた一輝。しかし、相手の立場になれば彼のやったことは立派な痴漢行為のソレ。大人しく裁きの沙汰を待つ外ない。

 ヘラヘラとしている鹿史郎は、そう言えば、と指を立てた。

 

「ヴァーミリオンの姫様が入学するってのは、ガセじゃなかったんすね」

「ん?珍しいな、三舟。お前が、他人を気に掛けるとは」

「気に掛けるってか……あそこまで大々的に報道されりゃ気にもなりますわ」

 

 彼の言うヴァーミリオンとは、一輝に痴漢被害を受けた女生徒の事。

 ステラ・ヴァーミリオン。ヴァーミリオン皇国の第二皇女であり、同時に十年に一人の天才と持て囃される既存の才能持ちの中でも取り分け優秀と名高い天才様だ。

 

「やっぱり、ステラさんだよね……ハァ、この事で日本を嫌いにならないでくれると良いけど」

「黒鉄も、知っていたのか」

「ついさっき思い出しました。鉢合わせした時に気付いていれば…………」

「まあ、いまさら言っても変わらねぇだろ……にしても、十年に一人の天才ねぇ。堅苦しい肩書もあったもんだ」

「それはお前もだろう?」

「何の事やら。俺はただ、平穏無事に学園卒業して、適当にすごせりゃ良いんで」

 

 肩を竦める鹿史郎に、黒乃はじろりと目を向けため息を吐く。

 “遊雲(ゆううん)”の二つ名を持つこの少年は、小学生の頃から知る人ぞ知る実力者でもあった…………のだが、本人の気質が二つ名に影響を受けているかのように、自由人。

 金銭も名誉も勝利も興味が薄く、やる気が無ければ例え試合の場に出たとしてものらりくらりと終了時間まで()()()()()()()

 昨年の七星剣武祭に出場していれば、“七星剣王”の称号を得ていたと言われるほど。

 もっとも、当人が()()である為にその実力を知らなければ単なる物臭太郎にしか見えないが。

 

「やれやれ、昨年度の首席様がこの有様か……もっとも、今年度は話題性で言えばお前の上を行くがな。全ての能力値が平均値を大幅に上回り、加えて伐刀者に重視される“総魔力量”に至っては、新入生平均の約三十倍という破格っぷりだ。正真正銘の“Aランク(バケモノ)”さ……能力値が低すぎて、一年をもう一度やっている“Fランク(落ちこぼれ)”の“落第騎士(ワーストワン)”や、“留年回避(サボり魔)”とはえらい違いだな」

「ほっといてください」

「別に、卒業できりゃあ良いんで」

 

 むすっと返答する一輝と、肩を竦めて口笛を吹く鹿史郎。

 否定の言葉が二人から出ないのは事実だから。

 黒鉄一輝の総魔力量は、平均値の十分の一ほど。魔導騎士として大成する事を目指すぐらいならば、一般人として普通に就職する方がマシなほどイバラの道を歩まねばならない。

 因みに鹿史郎は、単なるサボりだ。だが、その実進級に必要な程度の単位を本当にギリギリで習得して、一年次成績において黒鉄一輝を除いた最下位で進級を果たしていた。

 

「しかし、困った事になった。入学手続き諸々を考えての入学式前の前入りだったんだが……初日からここまでのハプニングに見舞われるとはな。黒鉄に非は無いが、責任は問ってもらうとしよう。下手を打てば国際問題になりかねん」

「…………男って、何でこんな都合よく利用されるんですかね」

「心配するな、黒鉄。そっちの馬鹿笑いしている阿呆も同罪だからね」

「…………へ?」

「お前も、ヴァーミリオンの裸を見たんだろう?黒鉄ほどガッツリではないとはいえ」

「ええー?別に俺は、一輝みたいに興奮して何すけどねぇ?俺としちゃ、年上が好みなんで」

 

 中々に失礼な事を宣う鹿史郎だが、咎められる前に理事長室にノックの音が転がった。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは緋色の髪を揺らし、破軍学園の制服に身を包んだ少女。

 シックな色合いの制服とは対比の関係にありそうなほどに鮮やかな髪だが、それだけではない。

 彼女自身の生まれながらの素養か、それとも育ってきた環境の賜物か、あるいは両方か。彼女の肢体は制服に包まれても、艶めかしい。

 思わず、その豊かに育った胸部へと視線が向きそうになった一輝は慌てて顔を上げ、そしてその表情を見る。

 

「ごめん」

 

 思わず零れた呟き。それは、その恨みがましく見てくる少し腫れた目元を見てしまったからか。

 男が女の子を泣かすものじゃない。そんな、昔からあるような沁みついた心からのものだったかもしれない。

 流石に、この状況で茶化す程黒乃も鹿史郎もふざけてはいない。大人しく動向を見守る。

 

「言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、アレは本当に不幸な事故なんだ。僕自身、ステラさんの着替えを覗こうとした訳じゃない………でも、君があの瞬間感じた恐怖や羞恥の原因は、確かに僕だ。男としてのケジメを付けるために、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「……そう、潔いのね。コレが、日本のサムライの心意気って事かしら」

「単に口下手なだけさ」

 

 キリッと決める一輝に、口笛を吹いて茶化しそうになった鹿史郎だったが、寸前で黒乃に頭を叩かれて未遂に終わる。

 

「イッテェ……」

「ふざけるのも大概にしておけよ。お前の処遇もハッキリとは決まっていないんだ」

「へいへーい」

 

 小声でそんなやり取りをする一方で、ステラと一輝の方にも進展が。

 

「…………確かに、来日した即日に痴漢に遭うなんて、ホント最低な国なのかしらと思ったわ。よっぽど、国際問題にしてやろうか、とも。でも、貴方のお陰で少し気が変わったわ。アタシも皇族の一人として相応の立場ってものを示す必要もあるし」

 

 そこで一度言葉を切り、ステラの目が鹿史郎へと向けられた。

 

「そっちのキモノを着た貴方。貴方は、アタシの悲鳴を聞いて部屋に来ただけみたいだもの。今回は、不問に付します」

「おっ、良いのかい皇女殿下」

「ええ……その態度は宜しくないけど、撤回はしないから安心してくれていいわ」

「そりゃ、光栄なこって」

 

 冗談めかして大袈裟に頭を下げる鹿史郎に眉根を寄せるステラ。

 彼女の本題は、和装の彼ではなく黒髪の彼なのだから。

 

「イッキ、貴方の潔さに免じてこの一件、ハラキリで許してあげるわ」

「…………え゛」

 

 一輝が面食らうと同時に、噴き出す音が理事長室に弾けるのだった。

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