浮雲流れて 作:麒麟です
「…………ッ、ん……」
意識が覚醒し、目を覚ましたステラ・ヴァーミリオンが最初に見たのは無機質な白い天井だった。
鼻腔を擽る消毒液のニオイ。
なぜ自分は、こんな所で寝ているのか。考え――――
「目が覚めたか、ヴァーミリオン」
「……理事長先生……?ここは………」
「訓練場に設けられた医務室だ。医者やiPS
「私…………ッ!」
頭の中がハッキリし始めた所で、ステラは跳ね起きる。
彼女が寝ていたのは、どこぞの医務室の粗末なベッドだった。その体には、特別傷などは見受けられない。
「そこまで動けるのなら、十分か。気絶に関しても、幻想形態から受けたダメージによるものだが………三舟の加減が上手かったな」
「ッ、やっぱり、手加減されてたのね……」
「アレでも、学園最強だからな」
布団を握る手に力が籠る。
一方的だった。こちらの攻撃は、その悉くが当たらず対する相手の攻撃は直撃こそ最後の一発だけだが、それは相手が本気で攻めて来なかったから。
「………ハァ………負けるって、こんな気分だったのね。あの、理事長先生」
「ん?」
「結局、アイツの伐刀絶技は何だったんですか?それとも、アタシの予想が当たってはぐらかされただけ?」
「ふむ………確かに、お前との戦いで三舟は伐刀絶技を使っていない。魔力放出を用いてはいたが、それだけだな」
「ッ、なら――――ッ!」
「そう猛るな。ちょうど良い、そこまで元気なら表に出るとしようか」
「え?」
「少し整備に手間取ったようだが、三舟と黒鉄が模擬戦を行う。見に行かないか?」
黒乃の提案を受け、ステラは目を見開いて、そして頷いた。
医務室を出て、向かうフィールド。
観客は減ったが、しかしそれでも数人が残り、そして目を剥いていた。
「ハァアアアアッ!!」
「…………」
Fランクの騎士である一輝の、魔導騎士としてのステータスは限りなく低い。適切な数値が出る項目なら、魔力制御がE。それから、身体能力がAであることくらいか。
前者は兎も角、後者は軽視する者も珍しくない項目だ。
というのも、ステラを見れば分かるがフィジカル面の大抵は、魔力で補う事が出来るのだから。
ただ、この身体能力には載らない項目がある。
一つは、技術。もう一つが、身体操作。
片手平突きからの、横薙ぎ。切り上げ、切り返し。そこに関する踏み込みや、回避に至るまで。
その一挙手一投足に隙が無い。
「黒鉄も三舟も、目が良いんだ」
「目、ですか?」
「ああ。黒鉄は、ただ見ただけで相手の剣技を模倣する事が出来る。宛ら照魔鏡のようにな。一方で、三舟の目は、超高性能なハイスピードカメラの様なものだ」
「…………その目で、アタシの剣を見切ったって言うんですか?」
「三舟か。アイツの場合は、優れた目と同時にその視力に対応できる反射神経と加えて天賦の才がある。今もそうだが、あの数ミリを残しての回避はその目の良さと、尋常じゃない勘の良さが合わさり、加えて膝の入り抜きによって為されるものだ」
黒乃が説明する先では、固有霊装をズボンの左側、ベルトに捻じ込む様にして差した鹿史郎が薄皮を辛うじて切らない程度のすり抜ける回避を持って一輝の攻撃を捌いていた。
目の良さと勘の良さ。特に後者に関しては、剣の達人ともいえる一輝でも真似る事のできない、一種の未来予知染みた能力でもあった。
一瞬の隙、刀が抜かれようとしたところで、一輝は大きく距離を取る。
「千日手、だな。終わんねぇよ、このままだと」
「そうだね。なら、今日の分を
元より、一輝は素の状態で鹿史郎に勝ち越せるとは思っていない。
故の奥の手。そして同時に、一輝の全てであり、彼の努力の結晶がそこにはある。
荒れ狂う魔力。全身に収まり切れなくなったそれらが吹き上がる。
その光景に、ステラは目を見開いた。
「な、あ……魔力の増幅…………!?」
「いいや、違う。アレこそが、黒鉄が組み上げた伐刀絶技。そもそも、奴の本来の能力は身体能力の倍加だ」
「それは……」
「ああ、外れだ。伐刀者が持ちうる基本能力が、伐刀絶技など話にならない。ヴァーミリオン含めて、魔力による身体能力の強化は二倍程度の倍率には収まらないからな」
「で、でも、それじゃあアレは何なんですか!?明らかに、二倍なんて――――」
「奴曰く、百メートルを全力で走って余力が残る事はおかしい、ということらしい」
「は?」
「生来人間に備わっている
「――――“一刀修羅”」
黒乃の言葉と共に、一輝の姿が掻き消える。その速度は、ステラの目にも留まらないほどに速い。
縦横無尽とでも言わんばかりにフィールドを駆ける一輝が刃を振るう。
ソレは後方。鹿史郎の斜め後ろからの不意打ち。
だが、
「なっ……!アイツ、見えてるって言うの!?」
いつの間にか鞘より抜かれた白刃が、カラスのように黒い刃と噛み合い火花を散らす。
鍔迫り合いには持ち込ませず、直ぐに離れる一輝。続いて更に別の角度からの攻撃に移る、がコレもまた止められた。
「…………」
鹿史郎は腰を僅かに落として鞘に納めた太刀を構えて居合の構え。
その目は、一輝の動きを追ってはいない。ただ真っすぐに前に向けられており、微動だにしない。
にもかかわらず、文字通り彼は見もせずに一輝の猛攻を防いでいるのだ。
それどころか、僅かにでも隙があれば反撃を返している。
「――――“
神速の抜き。ほとんど同時に対象へと叩き付けられる×印を描いた斬撃を前に、ガードする一輝だが後ろへと弾かれていた。
だが、ただ弾かれただけではない。
切っ先をしたに向け、刀を立てるように受け止めた彼はその勢いのままに縦後方へと向けて右腕を回しながら体ごと回転。
右腕が前へと来たところで、前方へとダッシュ。放つのは渾身の突きだ。
迫る一輝を前に、振り切った刀を戻して鹿史郎はその柄頭を突っ込んでくるその鋭い切っ先へと向けた。
柄頭と切っ先。ぶつかり合うには余りにも小さな互いの的は、しかしその標的を外すことなくど真ん中でぶつかり合う。
ただ、この押し合いで勝ちを拾うのは、一輝の方だ。
今の彼は、身体能力が数十倍にまで引き上げられている。加えて、元の身体能力にしても常人を遥かに上回る。
渾身の突きに押される柄頭での打突。
しかし押される力を逆に利用し、ベルトから抜いた鞘を左手に構えてそのまま納刀。反時計回りに回転して沈み込みながら逆に前へと踏み込む。
狙うは鳩尾、鞘での打突。
硬質な音が響く。
なんと一輝は鞘による一撃を柄で受け、逸らしていたのだ。これによって直撃は無い。が、鹿史郎の攻撃はここで終わりではない。
回転して踏み込んだ左足に力を込めてさらに踏み、その反動で鞘を受け止める一輝の体を上へと持ち上げる。
これによって両足がフィールドから離れた一輝は動けない。
この間に、鹿史郎は右手で刀を鞘より引き抜く。
放つのは、体の捻りをバネにした右手一本による突き。
狙うは、顔面。
これを、体を捩って一輝は躱した。
「…………」
「三舟自身は、黒鉄の動き自体を追っていない。いや、追えるかもしれないがそれをすれば無駄に疲弊すると奴自身がよく知っているのさ。故に、勘だけで見て無い範囲をカバーしている」
「そ、そんな事が可能なんですか?異能でもなく……?」
「ふむ……一応のメカニズムとしては、奴自身の伐刀絶技に由来している部分があるな。滅多に使いはしないが」
「何か理由があるんですか?」
「奴曰く、威力が過剰すぎる、と。まあ、面倒くさいという理由もあるだろうがな」
つくづく、勿体ない。黒乃はため息を吐く。
黒鉄一輝は、ハンデ戦ではあるが元世界三位の“
そんな男を相手に、伐刀絶技を無しに正面から張り合っている。
目や勘の鋭さだけではない。確かな剣士としての実力がそこにはある。
だが、それだけのものを持ちながら、三舟鹿史郎はやる気がない。熱意が無い。今回の件も、黒乃が背を押さなければのらりくらりとステラからの押し込みも無視していた事だろう。
「…………どうして、そこまで」
「さて、な。詳しい事は当人に聞け。もっとも、答えるかどうかは別だがな」
今まさに、一輝の渾身の振り下ろしと鹿史郎の居合がかち合う所。
互いの一秒間に出せるであろう最善手の全てを互いに潰した上で残る、最後の一閃。
「…………ハァ」
「今回は、僕の負け、か……」
鹿史郎の口から息が漏れて、体から力が抜ける。
ふらつくほどの疲労感を覚えながら、一輝は人知れず、自身の左頬を撫でた。
走る一筋の赤い線。血が滲むほどではないが、ソレは確かに鹿史郎から受けた傷だった。
(鳴雲雀……居合にまで限定させても、鹿史郎にはコレがあるから厄介だ……)
一輝と違って、鹿史郎の剣には遠距離攻撃の手段がある。射程距離はどうあれ、剣の間合いの外から攻撃されるというのは、彼にとっては致命的だ。
それらも踏まえた、一刀修羅。
だが、発動すれば絶対に勝てるかと問われれば、ソレは否。今回のような負け方も少なくない。
どれだけ速度を上げても、力を増しても、不意打ちは基本的に彼の勘によって阻まれてしまう。では正攻法で真正面から挑むとしたらどうだろうか。これは、一輝をしてその突破は難しいと言わざるを得ない。
黒乃が現状の学園最強であると称した事には、誤りは無いのだから。というか、一輝は昨年度その場に一応立ち会っている。
「お前とやると疲れるな」
「ははは……伐刀絶技も使ってないのに、そう言われてもね…………」
「それは…………まあ、その内な」
苦笑いしてへたり込む一輝に、鹿史郎は頭を掻いて目を逸らした。
剣士としては、本気で相手している。iPS再生槽のお世話にならない程度には。
だが、異能を扱う魔導騎士として見るならば、今の彼は片手落ちと言わざるを得ないだろう。
面倒くさい、という気持ちも確かにある。疲れたくない、というのも。
ただ同時に、
一輝が、ステラが、その胸の内に抱えているものがある様に、鹿史郎もまた一人の人間であるという事。
彼はまだまだ、成人もしていない子供だった。