浮雲流れて   作:麒麟です

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 大きな欠伸が一つ零れる。

 三舟鹿史郎は、窓際の床に座り込みぼんやりと天井を眺めていた。

 ここは自室、ではない。その隣である一輝とステラの部屋だ。

 何故彼がここに居るのかといえば、ぶっ倒れた一輝を部屋へと運び、その後に部屋に戻ろうとしたところでステラに呼び止められたから。

 そのままぼんやりと過ごしてれば、意を決したようにステラが口を開いた。

 

「ねぇ、カシロウ」

「ん?」

「アンタが、伐刀絶技を使わない理由って、なんなの?」

「………いきなり、ぶっこんでくるな」

 

 ()()()()()()()だが、視線を前へと向けた鹿史郎にガーネットの様な瞳が向けられていた。

 その瞳に宿る意思の強さの様なものを読み取り、彼は気まずそうに頭を掻く。

 

「…………単に、面倒ってだけさ」

「使えない訳じゃないのよね?」

「その辺は、キッチリしているさ。何より、使うべき場面なら流石に使う」

「じゃあ、イッキやアタシには使う場面じゃない、の?」

「あー、皇女殿下は兎も角一輝に関してはちょいと違う」

「アタシは兎も角って……あと、その皇女殿下ってのは止めて頂戴。ステラで良いわよ」

「え、だって現状のあー……ステラには明確な弱点があるからな」

「弱点?」

 

 首を傾げるステラ。

 潤沢すぎる魔力。強力な異能と伐刀絶技。あらゆる面が高水準で纏まり、強いて挙げればまだまだ彼女を上回る剣術家が少なくないという点か。少なくとも、一輝と鹿史郎は彼女以上の使い手であるだろう。

 だが、裏を返せばそれ位しかない。そもそも、並みの伐刀者では近付いて切りつける事すら真面に出来ないだろう。

 分かっていない彼女に、鹿史郎はひらりと手を振った。

 

「メンタルさ」

「メ、メンタル?」

「ああ。皇……ステラは、俺がアンタの攻撃を切り裂いた時、動揺しただろ?」

「………そうね」

「そこから、精彩を欠いてた。なまじ強い分、一度崩されると脆いのさ」

 

 胡坐をかいて、その上で頬杖をついた鹿史郎はあっけらかんとそう言った。

 どれだけ剣の腕が上でも、魔導騎士としての強みは魔力の運用なども含まれる。

 模擬戦でも、ステラの動揺が無かったならば、結果は違っていたかもしれない。仮に、行きつく先が変わらなかったとしても、その道筋は違っただろう。

 指摘を受けて、ステラは考える。

 頷けるところはあった。確かに自身は、自分の攻撃を突破された事に動揺していた、と。

 いや、そもそも、

 

「それ以前に、カシロウにアタシの剣は当たらなかったわよね」

「そりゃ、見えてるんだから躱せるだろ?」

 

 これまたあっけらかんと言うが、事はそう簡単な話ではない。

 どれだけ見えていても、躱せると分かっていても自分に向かって武器を振るわれるという恐怖は拭い去れないものだ。心のどこかで、基本的に燻っている。

 単純な防御よりも回避の難易度が高いのは、そう言う面があるからだ。

 だが、鹿史郎は防御よりも回避を優先する。

 受けが出来ない訳では無い。一刀修羅を発動した一輝を捌ける程度にはその辺りも習熟している。

 

「それも、面倒だから?」

「それもある」

「あるのね…………」

「でも、それ以上に鍔迫り合いのメリットが無いからだな」

「メリット?」

「ステラみたいな相手と押し合いになれば、潰されるのが落ちだ。それに魔導騎士なら、固有霊装に触れた事をトリガーにして能力が発動する場合もある」

「成程……ソレは確かに、一理あるわね」

「ま、悪癖でもある。見た目との誤差を起こさせるようなタイプには意味がない。勘である程度は躱せるけど」

「それも、アンタの異能じゃない訳ね?」

「一応……副産物って所か。ただ、日常的に使い勝手が良いモノじゃない。身の回り程度にしか役に立たねぇよ」

 

 ケッ、と顔を顰める鹿史郎は再び天井へと視線を向けてしまった。

 それから、一輝が起きるまで適当な会話が交わされる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて四月。まだまだ肌寒い春の朝。

 破軍学園の正門前には三つの人影があった。

 

「お疲れー」

「ハァ……ハァ……タイムは?」

「最初の遅れを加味しても、昨日と同じだな」

 

 門に繋がる壁に凭れかかって座り込んだ鹿史郎は、そう言ってスポーツドリンクの入った水筒を一輝へと投げ渡す。

 本当ならば、惰眠を貪っていた所の彼だが、既に理事長である黒乃に釘を刺されていた。

 

――――曰く、サボり過ぎれば容赦なく留年させる。寝坊は論外

 

 これが単なる脅しではない事は、抜本的改革として教師陣を大幅解雇&雇用を行った事からも明らか。

 流石に面倒だから、という理由は通る筈なく、鹿史郎自身もその辺りは弁えている。

 一輝が息を整え、のどを潤している頃ふらふらになりながら、汗だくのステラがやって来る。

 

「ご、ゴール……!」

 

 両手を挙げた彼女は、正しく疲労困憊のお手本の様な有様だが、しかし彼女は走り始めて三日ほどしか経っていない。

 一日目、ステラは途中で倒れ、ため息を吐く鹿史郎に担がれて戻ってきた。

 二日目、ステラは吐いた。

 そして三日目、彼女はふらふらになりながらも、それでも一輝が日課にしている二十キロの超高負荷ランニングを走破した。因みに、内容はランニングとダッシュを交互に行う地獄を心肺機能に強いるというもの。

 才能に欠けるからこそ、伸ばせる身体能力の項目。その基礎としてのスタミナ増強並びに心肺機能の強化。

 その面で言えば、彼は学生騎士の誰よりも優れているかもしれない。

 へたり込んで荒く息を吐くステラ。そんな彼女の下に、冷えたスポーツドリンクのボトルが一輝から差し出された。

 

「お疲れ様、ステラ。はいこれ、スポーツドリンク」

「あ、ありがと………ん」

 

 火照った体にスポーツドリンクが染み渡る。

 半分ほど飲み干して、ふと彼女はここ数日よく行動を共にする鹿史郎へと目を向けた。

 

「カシロウも、結構体力あるわよね?」

「ん?何だよ、急に」

「初めて走った時、アタシを回収しに来たでしょ?アレって、アタシを背負って二十キロ走った事と変わらないんじゃないかしら?」

「んー……そもそも、俺と一輝じゃ求めるものが違う」

「そうだね。鹿史郎も確かに鍛えてるけど、多分僕ほど体を鍛える事に執心してる事はないんじゃないかな」

「それって、面倒だから、かしら?」

「これに関しちゃ、ちと違うな。一輝の場合は、伐刀絶技に素の状態のフィジカルがダイレクトに響く。どれだけ高倍率の身体強化も、元の体がヘボじゃ話にならねぇしな」

「逆に、鹿史郎は基本戦術が待ちのカウンターだからね。僕ほど動かなくていいし、そもそも魔力で強化しても良いんだから、寧ろ逆に鍛えすぎると動きに支障が出る可能性があるんだ」

「筋肉の付き過ぎって事?」

「過ぎたるは猶及ばざるが如し、って奴さ。筋肉ってのは重い。あんまり付いても、俺としちゃ荷物が増えるだけなのさ」

「…………アタシも、止めた方が良いかしらね」

「いや、ステラの剣は剛剣だから、筋力の強化は寧ろ攻撃力へのプラスになるよ。気を付けるべきは、強くなった筋力の結果、剣筋が歪まないようにする点じゃないかな」

 

 アスファルトに座り込んだまま、ステラはしきりに頷いていた。

 一輝も鹿史郎も、剣の腕前は自分よりも上なのだ。同時に、彼らからの指摘や指南は自身が強くなるうえでも有用な点が多い。

 特にここ数日、彼女は痛感していた。

 

(最低でも、カシロウに勝てる程度のスタミナは欲しいわね。相手より先にバテたら勝てるものも、勝てない)

 

 異能や魔法に特化する魔導騎士は多いが、しかし本当の強者は近接戦闘にも力を入れている。

 気合い新たに覚悟するステラ。その一方で、一輝は改めて校門、正確にはその脇の壁に設けられた看板へと目を向けた。

 本日、破軍学園は始業式を迎える。

 

「………漸く、かな」

 

 ポツリと呟く一輝。その言葉には、この一年間で積もった思いが籠っている。

 昨年度は、チャンスの一つも与えられなかった。それでも腐らずに剣を振っては来たものの、それでも澱のように燻るものがある。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、しかし鹿史郎は放っておいた。

 熱意に足りない彼だが、それでも一輝がこの一年、いやこれまでの人生でどれ程の不当な扱いを受けてきたのかは昨年一部垣間見たので。その上でかけられる生半可な言葉など無い。

 

 とにかく始まる新年度。その初日は、彼の血縁によって何とも慌ただしく始まる事になる。

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