浮雲流れて   作:麒麟です

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 時計の針が戻って現在。入学式が終わって暫く経った頃。

 

「くぁ…………眠ぃ」

 

 大きな欠伸を隠そうともせず、三舟鹿史郎は大きく伸びをする。

 身に纏うのは寝間着の着流し、ではなく黒のサルエルパンツに灰色のシャツというラフな格好だ。

 場所は校門。共に居るのは一輝とステラの二人。

 

「なあ、良かったのか?」

「ん?なにが?」

「いや、折角再会した妹に遊びに誘われたんだろ?俺も、呼ぶ意味あるか?」

「まあ、ステラもついてきてるし…………それに、珠雫も僕がお世話になった人に会いたいって言ってたからさ」

 

 一輝の言葉を受けて、鹿史郎は変な顔をする。

 スタンス的にも、鹿史郎は何かと学園では避けられがちな生徒の一人だ。特段気にしていないが、しかしそれでも好意的に接してくる相手と言うのは邪険にしづらいものがあった。

 バリバリと頭を掻く鹿史郎に、ステラは首を傾げる。

 

「そう言えば、アンタってあんまり剣を振るってる所見ないわよね。イッキのランニングにも付いてこないし」

「まあ、そうだな。ランニングの時にも言ったが、俺にとっちゃスタミナの強化はそこまで旨味が無い。まあ、面倒だってのもあるけどな」

「それでも強いんだから、理不尽だわ」

「お前がそれ言うか?世界屈指の魔力量持ちのお前が?」

「僕からすれば、どっちもどっちだよ」

 

 魔導騎士ランクAと、そんな騎士に勝てる学園最強。

 一応、一輝も後日ステラとの決闘で勝利してはいる。だが、それだけで自身が学園最強(三舟鹿史郎)と同格であるなど考えてはいなかった。

 

(ステラも鹿史郎も、ほぼ確実に代表に選ばれる。というか、二人が負ける所を想像できないよね)

 

 一刀修羅を用いて勝てたステラも、次からはそう簡単にはいかないだろう。鹿史郎に至っては、そもそも伐刀絶技を使って来ないのだから底が知れない。

 自分には無い(才能)を持つ彼らを前に、しかし一輝は項垂れない。

 才能の無さなど今更の話なのだから。

 ポツポツと言葉を交わしながら、しかして待ち人は現れず。

 

「それにしても、遅いわね」

「同じ寮なら同時に出て来れるんだけどね。まあ、もう直ぐじゃないかな」

 

 破軍学園の学生寮の内、第一学生寮が一輝たちの部屋がある。その一方で、彼の妹である黒鉄珠雫の部屋は第二学生寮であり、その位置は校舎を挟んで反対側。

 だからこそ、こうして学園の出入り口である校門の辺りで待ち合わせをする事になっていた。

 

「それにしても、ステラがそこまで映画に興味があるとは思わなかったよ」

「…………だって、あんな薄暗いところに、イッキとシズクを二人きりに何て出来るはずないでしょ。危なすぎるわ」

「え?何が危ないのさ」

「アンタのその、ライオンの隣を歩くみたいな危機感の無さが危ないって言ってるの!初日の事を、もう忘れたの?」

「うっ…………」

「何の話だ?」

「イッキたらシズクに、ちゅ、チューされてまんざらでもない顔してたのよ!?」

「ほほーう」

 

 ステラからの糾弾に加えての、面白いものが好きな鹿史郎からの好奇の目。

 完全に劣勢な一輝だが、彼にだって言い分はあるし、この件に関してはその件の妹からも謝罪をいただいていた。

 

「あ、あれは久しぶりの再会で感極まっただけで反省してるって珠雫も言ってたし…………そもそも、僕は珠雫の兄だよ?そんなパックリ食べられたりしないって」

「…………それって、マジ引きされたから引き下がっただけでしょ」

「なかなか愉快な事になってるじゃねぇのよ、一輝。そこまで見境なしか」

「ステラが何て言ったのかも気になるけど、鹿史郎!君の言い方は、結構な悪意が無いかな!?」

「シスコンって言ったのよ」

「嫌々、そんな事ねぇぜ?うん、ないない」

 

 不名誉な称号と、ニヤニヤ笑いが向けられ一輝は頭を抱えた。

 ステラは不機嫌であるし、鹿史郎はこの状況を面白がって助けてくれないのだから。

 

「はぁ………確かに、珠雫は大切な妹で大好きだけど、それでもやっぱり兄妹だよ。妹をそんな目で見たりしないってば。血縁だってちゃんとつながってるし、そりゃあ四年ぶりで綺麗になったな、とは思ったけど、それでも女の子として意識することは無いから!」

「本当に?もう、シズクに見蕩れたりしない?」

「当然だよッ!」

「どうだかなぁ。存外、一輝も男だしな。案外、コロッと行っちまうかもしれねぇぞ?」

「行かないから!…………そう言う鹿史郎はどうなのさ」

「俺か?…………ねぇな。ぶっちゃけ、どこぞの山で隠居でもしたいところだ」

「カシロウってお爺ちゃんみたいよね」

「ふぉっふぉっふぉ……ワシも歳でなぁ…………」

 

 態々腰を叩いて老人アピールをする鹿史郎。

 一見ふざけているようにしか見えないし、ステラも少し機嫌が直ったのか噴き出していた。

 だが、一輝は見ていた。その目に過った翳りの様なものを。

 

 黒鉄一輝は、三舟鹿史郎の事をほとんど知らない。気安い間柄ではあるが、ソレは昨年からの付き合いであり、それ以上前の事は良く知らない。

 強いて挙げれば、このやる気のない友人が過去に己の兄と戦った事がある、という事位か。

 鹿史郎自身も語らないし、一輝も尋ねない。

 

 良い機会かもしれない。ちょっとした雑談の延長線上としての話をしようか。そう、一輝が考えていたところで、待ち人来る。

 シリアスは、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破軍学園の近くに展開する大型ショッピングモール。

 ここの四階にある映画館が彼らの目的地、なのだが折角の外出だ。目的地へと向かうための道すがらも楽しんで何ぼというもの。

 

「ん~~!このクレープ美味しぃ~~!」

 

 クリームを食みながら、ステラの声も大きくなるというもの。

 場所は一階フードコート。ここで一行はクレープに舌鼓を打っていた。

 

「女の子って、甘いもの好きだよね」

「全員が全員じゃねぇだろ……まあ、一人男が混じってるけどな」

 

 少し離れてコーヒーを啜る野郎二人。

 甘いものがそこまで好きではない一輝と、元々食欲の低い鹿史郎。

 姦しい会話に入る気も無く、時間を潰す。

 

「今更だけど、意外だったよ」

「あん?何がだ?」

「鹿史郎が僕らの誘いに乗る事が。てっきり、今日は一日寝て過ごすのかと思ってたからさ」

「あー……まあ、一輝の妹にも興味あったからな。まあ、似てるっちゃ似てるが、似てないっちゃ似てないな」

「そうかな?……でも、珠雫は確かに、妹だよ」

「その割には、さっき見蕩れてたけどな」

「そ、それは、その…………」

 

 しどろもどろになる一輝。

 事実、彼は校門で待ち合わせた自身の妹である黒鉄珠雫に見蕩れてしまっていた。

 言い訳をするなら、四年ぶりの妹は実に綺麗に成長していた。その結果、初日の騒動に繋がったのだが、今回はまた別の要因。

 化粧という魔法によるもの。結果、彼の目は珠雫へと向けられ、そしてステラにひっ叩かれていた。

 

「そ、それにしても、鹿史郎はアリスに関してビックリしてなかったよね?」

「ん?まあな。ああいう奴も世の中居るもんだろ。自分と違うからって避ける奴も多いが……気の良い連中のほうが多い印象だ」

「鹿史郎の知り合いにそういう人が?」

「……いや?単純に俺の考えだ」

 

 不自然な間。観察眼に優れる一輝が見逃すはずも無いが、しかし突っ込んで良いモノだろうか。

 先の通り、黒鉄一輝は友人を知っているようで、知らない。もっとも、その友人は学内で親しい相手など一輝とステラ位のもので何かと気に掛けてくる生徒会に関しても逃げる始末。捕まる時は、捕まるが。

 

「鹿史郎は、」

「何だよ」

「好きな子とか、居ない訳?」

 

 姦しいやり取りを見ながらの問い。しかし直ぐには返答は返ってこなかった。

 隣を見ればカップに口元を隠しながら、少し驚いたように目を開いた鹿史郎が見つめてくる。

 

「な、なに?」

「いや、意外だと思ってな。一輝は()()()()()に興味はないもんだと思ってたぜ」

「僕だって、健全な男子高校生だからね?そりゃあ、そう言う事にもその…………うん」

「まあ、ステラの大胸筋見て大興奮してたしな」

「ぶっ!?……い、いいいいきなり何言うのさ!?」

「事実だろ?」

「そ、それは!その……」

「カッカッカ!まあ、健全な男子高校生らしい反応じゃねぇか?それに、あの皇女殿下はスタイル良いしな。血筋もあるだろうが、生育環境も一流なんだろうさ」

 

 そう言って、グイッとコーヒーを飲み干した鹿史郎は立ち上がると、一輝へとポケットティッシュを差し出していた。

 そして視線で示す先では、めかし込んだ珠雫の姿がある。

 その頬に、白いクリームが付いていた。拭ってやれ、という事らしい。

 一瞬呆けていた一輝だが、ポケットティッシュを受け取ると立ち上がって三人の元へと歩いて行く。

 その背を見送り、鹿史郎は一つ息を吐き出した。

 一輝の問いを煙に巻いて、彼はボンヤリと一人佇む。

 

 雲は何処へも行けず、ただそこに立ち止まるばかり。

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