キーンコーンカーンコーン――
「わあぁぁ〜、まぁ〜にぃ〜あぁ〜えぇ〜!」
窓から春の煌めきが差し込む爽やかな朝。慌ただしく教室へ向かう学生達の喧騒の中を、ぱたぱたと走る一人の少女。
彼女の名前は、天璋院ひめの。この春から晴れて伝統ある学び舎に入学した彼女は、遅刻するか否かの瀬戸際を駆け抜けていた。
「せ〜んせぇ〜!そこで少し止まってぇ〜!」
「ん?なんだ天璋院、先生と競争するか?」
ひめのが廊下の先を行く後姿に待ったの声を掛けると、振り向いた担任教師はにやりと笑みを浮かべながら冗談を返す。
「いやぁ〜ん、だめだってぇ〜!」
「はははっ、仕方ないな。危ないから走るのはやめなさい、待っててあげるから。」
「あははっ、やったぁ〜!せんせー、ありがとぉ〜!」
入学してまだ日も浅いというのに、既に担任教師と打ち解けているのは彼女の裏表のない明るい性格の賜物であろう。
教室の入り口で待ってくれた担任教師に目礼を返しつつ、ひめのはドアの開け放たれた教室へと足を踏み入れた。
「ふふっ、ひめは今日も元気いっぱいね。」
教室の後方、窓際の席から入り口へと視線を送る少女。たった今登校してきた同級生の姿を微笑ましく見つめる姿からは、周囲の学生達と比べてやや大人びた印象を受ける。
彼女の名前は、都みゆり。溢れんばかりの明るい笑顔を振りまくひめのとは対照的に、優等生然とした落ち着いた振る舞いの彼女であったが、ちょうど席が前後ろということもあり、入学式の日からすぐにひめのと打ち解けていた。
「みゆみゆ、おはよ〜!」
「みゆみゆぅ、おはよぉ〜!」
そんなみゆりも気の許せる相手には悪戯心が顔を覗かせ、挨拶しながら席へと向かってきたひめのに、最近のお気に入りである声真似を披露してみせた。
「んえ゛っ!?」
「うふふっ、どう?似てるでしょ?」
「似てない!」
ひめのは唐突に自分の声真似をされたことに驚き、したり顔で笑みを浮かべるみゆりに思わず反発するが、みゆりからすれば思うつぼであった。
「似てる。」
「似てない!」
「似てる。」
「似てなぁ〜い!」
「ふふっ、ふふふっ。」
「あはっ、あははっ!」
「ごめんごめん、おはよう、ひめ。」
「おっはよ〜ぅ!みゆみゆ!あははっ!」
こんな他愛のないやり取りも、今の二人にはとても楽しい一時なのだった。
そう、それが例え朝礼の時間であったとしても――
「天璋院、都、いい加減席につけー!」
「はーい。」
「はぁ〜い!」
キーンコーンカーンコーン――
朝礼を終えて再び騒がしくなった教室内、みゆりが後ろの席に座るひめのの方を振り返ると、先ほどまでの元気はどこへやら、ひめのが机に突っ伏していた。
「ひめ?どうしたの?お腹でも痛いの?」
(一体、どうしたのかしら。さっきまではあんなに元気だったのに……)
心配するみゆりが声を掛けると、ひめのはもぞもぞと動き出す。
「うぅ〜、みゆみゆ〜……」
弱々しく顔を上げたひめのの表情は、今にも泣き出しそう――上目遣いに見つめるその姿に、みゆりの心は激しく揺さぶられた。
「大丈夫?何かあった?」
(ふおぉぉぉぉぉ!なにこのかわいいいきものぉぉぉぉ!ひ、ひめ!?かわいすぎない!?)
「うぅ〜……でもぉ……」
言い出しづらそうにするひめのの様子は、更にみゆりの魂を掻き立てる。
「ひめ、気にせず何でも言って?みゆり達、もう友達でしょう?」
(ひいぃぃぃぃ!かわいいいぃぃぃぃ!はむはむしたぁぁああい!ぺろぺろしたぁああい!)
ぴょんぴょんする精神を必死に抑えながら、みゆりはひめのを気遣い、救いの手を差し伸べる。
「みゆみゆ〜、あのねぇ……」
「うんうん、どうちた……んっ、んんっ!どうしたの?」
(ハァ、ハァ、てぇてぇ、ひめてぇてぇなのぉ!)
みゆりの荒ぶる心など気付くはずもなく、ひめのの告白は続く。
「実はねぇ………数学の小テスト、お勉強してないぃ……」
「小……テスト……?あっ、そう……勉強してなかったの。」
(そっ、そんなことで!?かっ、かわいすぎるうううぅぅ!)
予想外すぎるひめのの告白に、みゆりの耐久力はもう限界を迎えていた。
「ハァ……ハァ……ひ、ひめ?みゆりのノート、貸そうか?」
(も……もうダメよ……これ以上は……)
「えっ、いいの……?」
「も、もちろん!みゆりはちゃんと勉強したから!」
(そうよ、もうノートを渡して……ハァ……ハァ……)
「みゆみゆありがとぉ!だいすき!」
「―――ブハッ!」
(みゆりの人生に、一片の悔い無し………)
みゆりは、朝の教室で鼻血を噴き出し、保健室へ運ばれることになるのだった。
――キーンコーンカーンコーン
「はーい、ペンを置いて。答案用紙は前に回してね。」
数学、小テスト。
みゆりのノートのおかげもあり、ひめのは小テストを満足の行く出来だと感じていた。
「はぁ〜、良かったぁ〜!みゆみゆ、ありがと〜!」
解放感と共に大きく伸びをしたひめのは、前の席に座るみゆりにお礼をしつつ、答案用紙を手渡した。
「お疲れ様、ちゃんとできたみたいで良かったわね。」
ひめのの答案用紙、回答欄がしっかりと埋まっているところを見て、ノートを渡したみゆりも一安心といった様子――
「うんうん、ちゃんとできて……ん?」
「あんまり見ないでよ〜、みゆみゆ〜!」
かと思いきや、最後の最後までひめのはやはりひめのであった。
「ひめ、回答欄ズレてるわよ……」
「あ゛!?」
―続く?―