【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
(いよいよ発動する……御手洗さんの魔法が!)
御手洗志紀という少女が、広大なアリーナの中心部で本気を出そうとしている。それを肌で感じ取ったトモキは、胸の高鳴りを抑えられないでいた。
今、彼女が対峙しているエタンは、観客をも凍えさせかねない冷気を放つ氷の使い手だった。それならば、彼と同じ特待生である志紀は一体、どういった魔法を繰り出すのか。
トモキを含め、興味津々の視線が集まる中、遂にその瞬間が訪れる。
「天駆けの
詠唱が終わった時、志紀の姿はそこに存在しなかった。まるで初めから居なかったかのように、跡形も無く消え去っていたのだ。
視認しようとアリーナを凝視しても無駄。どこを見渡そうと、観客の目には志紀の影すら映らなかった。
(消えた……一瞬だけじゃない! ずっと姿が見えないままだ!)
当然、トモキに捉えられるはずが無い。認識できるのはエタンの姿のみ。それ以外は只々、白い霧だけが漂っているに過ぎない。
「ぐうっ!」
突如、エタンが苦悶の声を上げた。
見ればレイピアを持つ手が跳ね上がり、怯むように後退する姿が目に入る。何処からともなく飛来した斬撃が、エタンの防御を崩したのだ。
――――バリバリッ。
冷気が漂う霧の中を稲妻が駆ける。その輝きを観客が捉えた直後、またもエタンの身体が大きく揺らいだ。
「がっ……!」
防御を試みる暇さえ与えられず、今度は脇腹に衝撃が走る。バトルスーツの防護機能により致命に至る事は無いのだが、斬撃による痛みと痺れは身体に蓄積していく。相手の姿を捉えられない中、エタンは一方的な攻撃に晒されていた。
(攻撃が全く見えない……これが御手洗さんの本気!)
志紀がどんな魔法を使っているか、トモキは理解できない。それでも、凄まじい速度で繰り出される技の数々が、エタンを追い詰めている事は確かであった。
このまま押し勝っても不思議ではない。そう思わせる程に、志紀の攻撃は苛烈を極めていた。
「ああ、よく分かったよ……お前の魔法は十分な程にな」
しかし、このまま黙って敗北するほどエタンは甘くない。
彼は既に捉えていた。霧の中を縦横無尽に飛び回る少女の姿を。
そして、その刃が自分に迫り来るタイミングを。
「そこだぁ!」
双方の得物が交差する。レイピアと日本刀の鍔迫り合いによって生じた衝撃は、観客席にまで伝わった。
「なっ……!?」
瞬間、ようやく観客の目に志紀の姿が映し出される。全身を纏っていたであろう青白い雷光が弾け飛び、彼女の周りに浮遊していた。
見切られた。そう悟った志紀は即座に後方へ跳び、消耗した気力を回復させる為に呼吸を整える。
一方のエタンも対処したとはいえ、先程の連撃でかなり疲弊しているようだった。笑みを浮かべて余裕を装っていても、肩で息をしている様子は隠し切れない。
状況は一進一退。十分な間を取った二人は、互いに体力の回復を図りながら睨み合った。
「試合終了まで、あと一分……よく見とけよトモキ。アイツら、次の攻防で決着をつけるつもりだ」
隣に座るアキトが囁く。彼の言う通り、志紀もエタンも魔法を発動させる準備を終えていた。志紀の周囲には蒼白の雷光が、エタンの周囲には濃密な冷気が渦を巻いている。
タイムアップなど待ってはいられない。そう言わんばかりに、両者は同時に動き出した。
「ハァッ!」
「フンッ!」
衝突する刃。互いの武器が触れた箇所から、激しいスパークが散る。
だが、それも束の間。二人の身体が交差し、またもや距離が開く結果となった。
「ッ!」
先に振り向いたのは志紀。剣を片手に素早く反転し、再びエタンへと駆け出した。
対するエタンも志紀に向き直り、周囲に漂わせた霧から氷柱を射出する。
「無駄!」
駆ける足を緩めず、志紀は軽々と氷柱を斬り捨てる。そしてエタンを間合いに捉えると、横薙ぎの一閃を放たんとする。
「どうかな?」
志紀の頭上に巨大な何かが落下してきた。氷塊である。先程と同じく氷柱を囮に、エタンは上空からの奇襲を試みたのだ。
――――ドォン!
轟音と共に、氷塊がアリーナの床に突き刺さる。その衝撃は観客席にも伝わり、何人かの生徒達が転げ落ちた様だった。
「……ッ?」
おかしい。対戦相手を押し潰した感触が無い。
エタンが違和感を覚えた時には、既に志紀がその背後を取っていた。その身体に雷光を纏わせて。
「フウッ!」
横薙ぎの一閃。エタンがそれに気づき、レイピアによる防御を試みる。しかし、咄嗟の防御で凌げるほど志紀の剣は軽くない。
防御を崩されたエタンの身体が、後ずさるようにして吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
自ら落とした氷塊に背中をぶつけ、苦悶の声を上げるエタン。
その隙を逃すまいと、志紀が追い打ちの一閃を放った。
「……えっ?」
刀が斬ったのは氷塊の表面だけ。肝心のエタンには傷一つ負わせていない。
一瞬、何が起こったのか理解が追いつかなかった志紀だったが、その答えはすぐに明らかになった。
「氷の……中!?」
エタンは氷塊の中に潜んでいた。比喩表現では無い。文字通り、自らの身体を氷で覆う事で外界と隔絶させたのだ。
「だったら!」
氷ごと斬り伏せてしまえば良い。志紀が判断を下すよりも早く、エタンは反撃に転じていた。
「今度は、お前が凍りつく番だぜ!」
氷の向こう側から抜け出したエタンは、自分が作り出した氷塊を粉々に打ち砕く。
残骸となった氷の破片は、そのまま宙を舞う刃となって志紀に降り注いだ。
「この程度……!」
志紀はそれを全て叩き落とす。
浅はかな攻撃で傷をつけようとしても無駄だ。そう思った矢先の出来事であった。
「ッ!?」
剣を振るっていた腕が動かない。
腕だけでは無い。脚も、胴も、首さえも。まるで自分のもので無くなったかのように、身体の自由がきかない。
(冷たい……まさか!?)
志紀は気づいた。自分の全身が氷塊に覆われている事に。
「中々楽しめたぜ、シキ・ミテライ。まさかここまで追い詰められるとは思ってもみなかった」
氷漬けになった志紀の眼前で、レイピアを振り上げるエタン。
この一撃を以て、勝負は決する。彼はそう確信していた。
「終わりだ」
口角を上げ、勝利を宣言するエタン。だが、志紀は諦めていなかった。
(雷光よ、我を撃て。万象に縛られぬ閃光となりて、氷獄より解き放て!)
唇が動かずとも詠唱は可能である。志紀が脳内で詠唱を完了させると、二人の頭上から一条の雷光が降り注いで来た。
――――バリリッ!
「何っ!?」
驚愕するエタンを巻き込み、雷光が炸裂する。
志紀を覆っていた氷は瞬時に蒸発。その後は双方ともに後方へ跳び、距離を離す形となった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「ぐっ、うぅ……あそこから魔法を発動させるとはな。完全に虚を突かれたぜ」
蓄積したダメージや疲労で受け身を取れず、揃って地面に倒れ込む志紀とエタン。残された気力を総動員し、どうにか二人は立ち上がった。
闘志はまだ潰えていない。痛む身体に鞭を打ち、二人は武器を構え直す。
――――ピィィーーッ!!
その瞬間、決闘の終わりを告げるブザーが鳴り響いた。定められた時間が経過したため、自動的に試合が終了したのだ。
『御手洗志紀』対『エタン・グランベル』。二人の特待生による模擬決闘は、タイムアップによる引き分けで幕を閉じた。