【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】   作:いんせき

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第20話 許されざる変化

 今日は土曜。日課のトレーニングは午前中で終わり、午後からは自由に過ごす時間となっている。

 

「…………」

 

 シャワールームで汗を洗い流し、更衣室で制服に着替える。その所作を手早く済ませた志紀は、ベンチの上でボンヤリとしていた。

 今、志紀がいるアリーナは、学園や寮から最も離れた位置にある。その為、ここを利用する生徒は殆どおらず、必然的に一人になれる空間となっていた。

 

(レイバ・トモキ……)

 

 脳裏に浮かぶは、同じクラスに在籍する一人の少年。これといって特徴は無いものの、良くも悪くも、志紀にとって異質と言える存在だ。

 

(何故、私に構ってくる?)

 

 始めは単なる邪魔者に過ぎなかった。馴れ合いなど求めていないというのに、わざわざ向こうから近寄ってくる目障りな存在。エタンとの模擬決闘が行われた日に話しかけられた時は、不快感を通り越して殺意すら覚えたものだ。

 

(それなのに、今は……)

 

 あれからニ週間。未だトモキに絡まれているものの、不思議と嫌だと感じる事はなくなっていた。それどころか、一日の始まりに彼と会える事を楽しみにしている自分がいる。その理由が分からず、モヤモヤとした気持ちだけが心に残った。

 

(人肌恋しい、なんて……そんなはずはない)

 

 心の中で呟き、自分に言い聞かせる。そんな感情を抱く程、自分は弱くないと。あってはならないのだ。こんな、他人を頼るような真似は。

 

(人を信用してはいけない。信じられるのは、自分だけ)

 

 代議士だった父が起こした不祥事。それは志紀の人生を狂わせるには十分過ぎる出来事だった。一家は離散し、親戚からは腫れ物扱い。友達――そう思いこんでいた者達も、掌を返したように態度を変えていった。気がつけば、志紀の傍に味方と呼べる者は誰一人いなくなっていた。

 だからこそ、彼女は孤独を選んだ。誰も信じず、一人で生きていく。ただひたすら己の力を磨き上げ、志紀という人間を世界に認めさせる。

 それが志紀がアカデミーに入学した、たった一つの理由だった。

 

(……11時、55分)

 

 ふと、壁上に設置された時計に目をやる。そろそろ昼食の時間だ。

 決心を新たにした志紀は立ち上がり、更衣室を抜けてアリーナの外に出た。

 

「……ッ」

 

 アリーナの前で、志紀を待っていたかのように佇む影が一つ。見知った人物を前にして、志紀は思わず足を止めてしまった。

 

「やあ、御手洗さん」

 

 微かに不安を滲ませつつ、それでも笑顔で声をかけてきた相手。それは先ほどまで頭の中にいた少年、トモキであった。

 片手を上げて挨拶する姿を見る限り、偶然ここに来た訳ではなさそうだ。恐らく待ち伏せしていたのだろう。

 

「…………」

 

 返事はせず、代わりに睨みつけるような視線を送る。昨日まで、自分はこの男に絆されかかっていた。しかし、今日は違う。そんな気持ちを込めて、目の前にいる相手に鋭い視線をぶつけた。

 すると、トモキは戸惑った様子を見せながらも、意を決するように口を開く。

 

「友達に聞いたんだ。ここで毎日、御手洗さんがトレーニングしているって。だから待ってたんだ。一緒にお昼を食べようと思って」

 

 やはりそういう事か。志紀は表情こそ変えなかったが、内心で舌打ちをしたくなった。一時でも、こんなやり取りを待ち望んでいた自分の弱さに腹が立ち、トモキに対しても苛立ちが募っていく。

 吐きそうだ。こんな奴に気を許しかけていた自分が、本当に憎らしい。他人は信用してはいけないという事を、どうして忘れていたのか。

 

(これ以上、こいつに関わってはいけない)

 

 志紀は決意を固めると、無言のまま歩き出した。トモキの横を通り過ぎ、そのまま食堂へと向かおうとする。

 

「えっ……み、御手洗さん!?」

 

 戸惑いの声を上げるトモキを無視し、志紀は歩を進めた。もう話すことはない。そんな意思を示す為に。

 だが、次の瞬間。

 

「あっれれー? 誰かと思ったら、特待生のお氷女サマじゃーん」

 

 背後から聞こえた声に、再び足を止められてしまう。振り返れば、そこにはニヤニヤと、人を馬鹿にした笑顔を浮かべる三人の少女が立っていた。

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