【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】   作:いんせき

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第22話 名誉の為に

「お氷女さまのお家ってね、結構なお金持ちだったらしいよ。だから生活に何一つ不自由する事なく、恵まれた環境で育ってきたんだって。きっと、何もかも満たされた毎日を過ごしてきたんだろうなぁ。良いなー、アタシもそういうお家に生まれてみたかったわー」

「……?」

 

 突然始まった、志紀の生い立ちに関する話。それが何を意味するのかトモキには分からないが、嫌な予感だけはヒシヒシと感じ取る事ができた。

 

「でもさ、不思議だと思わない? どうしてお氷女さまのお家には、贅沢できるだけのお金があったんだろ? ねぇねぇ、どうしてだと思うー?」

 

 いきなり距離を詰めてくると、顔を覗き込むようにして尋ねてくるナナセ。楽しげな表情だが、その奥に潜んでいるのは悪意に満ちたもの。

 思わず後ずさりしてしまうトモキだが、ナナセは構わず続けた。

 

「実はねー……お氷女さまのパパはなんと、元政治家だったんだよ! それも汚職とか横領で逮捕された、悪い意味で有名な人!」

 

 得意げな口調で告げられた事実。それを耳にしてから数秒の間、トモキの思考は完全に停止していた。

 徐々に脳が活動を再開すると、ナナセの言った内容を咀砕していく。つまり彼女はこう言っているのだ。父親は犯罪者で、志紀はその娘であると。

 

「ね? 納得でしょ? そりゃあ、お金持ってるはずだよねぇ。犯罪で手に入れた金なんだから。それに、ママの方もヤバかったみたいだよ? お氷女さま放り出してどっかに行っちゃったみたいだし。ホント、どうしようもないぐらいクズ親だよね」

 

 話す内容とは裏腹に、ナナセの口元は笑っていた。嘲りの感情を隠すつもりはないようだ。その証拠に、取り巻き二人もニヤついている。

 対するトモキは、ついさっき知らされた情報を飲み込むのに必死だった。

 

『あなたが私の何を知っているの?』

 

 同時に思い返されたのは、二週間前に交わした会話の内容。

 今になって分かる。自分がどれだけ軽薄な発言をしてしまったのか。あの時、志紀が怒った理由が。

 

「つまり、あのお氷女さまは人間的に終わってる連中の娘なワケ。悪い事は言わないから、さっさと縁を切っちゃいなよ。そうしたらアタシが、キミのガールフレンドになってあげるから……さ?」

 

 志紀を貶す言葉を並べながら、馴れ馴れしく肩に手を置くナナセ。その間、トモキは何も反応を示す事ができなかった。ただ黙って俯き、拳を強く握りしめるだけ。

 そんなトモキの様子をどう解釈したのか、ナナセは勝ち誇ったように笑い出す。

 

「噂じゃ、入学試験で満点を取ったらしいけど……親が親だからね。絶対マトモな手段で入学できたわけじゃないよ。裏でコソコソやったに決まってる」

 

 ナナセの顔が、トモキから志紀へと向けられる。

 そして、見下したような視線を向けたまま、吐き捨てるように言い放った。

 

「ねぇ、お氷女さまー! 試験官に一体、どれだけお金を渡したのかなぁ!?」

 

 瞬間、トモキの中で何かが弾けた。

 

「なっ!?」

 

 肩に置かれた手を掴んで引き剥がすと、そのまま捻じり上げる。

 思いもよらないトモキの反撃に、ナナセは目を丸くして驚いた。

 

「さっきから聞いていれば……いい加減にしなよ、アンタ!」

 

 怒りを露わにしたトモキは、声を荒げて怒鳴りつけた。

 特待生を志していた志紀の努力を完全否定する言葉。それを聞かされて、黙っている訳にはいかない。

 

「御手洗さんはアンタが思っているような人間じゃない! あの人は目標に向かって真っ直ぐ努力できる、立派な人だ! それを勝手な思い込みで侮辱しないでくれ!」

「っ……へぇ~? 出会ってからニ週間しか経ってない癖に、もう理解者ヅラ? 随分とご執心じゃん?」

 

 怒声を浴びせられながらも、ナナセは余裕たっぷりな態度を保っていた。トモキの腕を振り払うと、挑発的な態度で応戦してくる。

 

「お氷女さまの事、何も知らなかった癖に。ナイト気取りでお説教とかマジでウケるんだけど」

「取り消しなよ……今、言った事を全部!」

 

 ナナセの挑発には取り合わず、志紀に対する侮辱を撤回するよう要求する。

 しかし、ナナセはそれすら鼻で笑って受け流した。

 

「えー? どうしてかなー? だってアタシ、間違ったコト言ってないんだけど?」

 

 わざとらしく首を傾げるナナセ。その仕草が余計にトモキを苛立たせた。

 

(この人はどこまで、御手洗さんを貶めれば気が済むんだ……!)

 

 だが、激情に任せて行動するのは良くない。この学園で暴力沙汰を起こせば、即退学処分となってしまう。それは決して、志紀を守る為の行動ではない。むしろ彼女に迷惑をかけてしまう行為だ。そう自分に言い聞かせ、どうにか冷静さを保つトモキ。

 とはいえ、ナナセの暴言を放っておく事はできない。何とか彼女に撤回させなければ。頭の中で解決策を模索していると、ある記憶が蘇った。

 

(……決闘)

 

 それはアキトから教えられた、アカデミーに設けられたのルールの一つ。確か、勝った者は負けた者に対して、要求を一つ通す事ができるのだ。

 これなら、相手の発言を取り消す事も可能なはず。トモキは意を決すると、ナナセに提案を持ちかけた。

 

「決闘だ。もし僕が勝ったら、御手洗さんに浴びせた侮辱を撤回してもらうぞ」

 

 突然の提案にナナセは一瞬、キョトンとした表情を浮かべる。

 それから数秒の間を置いて、盛大な笑い声を上げた。

 

「アッハハハハハ! 何を言い出すかと思ったら、まさかの決闘宣言!? 冗談でしょ? キミ、まだ初級魔法もロクに使えないじゃない!」

「……もう一回言う。僕と決闘するんだ」

 

 ナナセの嘲笑にも動じず、真剣な眼差しを向けるトモキ。

 その様子から本気だと悟ると、ナナセは呆れたようにため息をつく。

 

「気になる女の子が近くにいるからって、舞い上がっちゃって。ホントバカだよねぇ。でもまぁ、良いよ。その決闘、受けてあげる」

 

 ニヤリと笑ったナナセは、制服のポケットからスマホのような機械を取り出した。

 入学直後、クラス全員に支給された専用端末だ。ナナセは慣れた動作でそれを操作していき、口上を述べていった。

 

「我等は魔を志す新生の雛なり。この学堂に定められし規律に従い、己が信念を賭した戦いを汝に望む」

 

 トモキも取り出した端末を操作し、ナナセと同じ口上を紡いでいく。そうすると、二人の周囲を取り囲むようにして光の粒子が現れた。

 決闘の申込みが成立した証だ。委員会の審議が残ってはいるが、これでトモキとナナセの決闘は正式に受理される事になる。

 

『両者、相手への要求を提示してください』

玲羽(レイバ)朋稀(トモキ)。御手洗さんに対する侮辱を撤回、および謝罪を要求する」

天住(アマズミ)七星(ナナセ)。御手洗志紀への接触を一切禁ずる」

 

 電子音声に従い、それぞれの要求を提示する二人。

 集まっていた光の粒が消え去り、周囲は元の光景へと戻っていく。決闘の前準備が終わった事を意味していた。

 

「あーあ、やっちゃったね。よりによってアタシに喧嘩売るなんて。もう後悔しても知らないよ?」

 

 警告とも取れる言葉を残し、ナナセは取り巻きと共に立ち去る。

 残ったのはトモキと志紀の二人。ナナセの背中を見送ったトモキは、志紀に向き直って話しかけた。

 

「御手洗さん。その……勝手な事をしちゃってごめんなさい」

 

 ナナセが去った事で頭が冷えたらしい。先ほどまでの激情が嘘のように、トモキは申し訳なさそうな顔をしていた。

 後で謝られても困ってしまう。志紀は呆れ顔で小さく嘆息した。

 

「どうするつもり? あなた、戦闘訓練を一度も受けた事が無いんでしょう?」

 

 そんな質問を投げかけると、トモキはさっきより更に申し訳無さそうな態度で答えた。

 

「それ、なんだけどさ……非常に図々しいんだけど」

「……?」

 

 首を傾げる志紀の前で、トモキは深々と頭を下げた。

 

「お願いします! 僕に戦い方を教えてください!」

 

 土下座せんばかりの勢いで頼み込むトモキ。

 その姿に志紀は驚き半分、戸惑い半分といった表情を浮かべていた。

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