【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
「お氷女さまのお家ってね、結構なお金持ちだったらしいよ。だから生活に何一つ不自由する事なく、恵まれた環境で育ってきたんだって。きっと、何もかも満たされた毎日を過ごしてきたんだろうなぁ。良いなー、アタシもそういうお家に生まれてみたかったわー」
「……?」
突然始まった、志紀の生い立ちに関する話。それが何を意味するのかトモキには分からないが、嫌な予感だけはヒシヒシと感じ取る事ができた。
「でもさ、不思議だと思わない? どうしてお氷女さまのお家には、贅沢できるだけのお金があったんだろ? ねぇねぇ、どうしてだと思うー?」
いきなり距離を詰めてくると、顔を覗き込むようにして尋ねてくるナナセ。楽しげな表情だが、その奥に潜んでいるのは悪意に満ちたもの。
思わず後ずさりしてしまうトモキだが、ナナセは構わず続けた。
「実はねー……お氷女さまのパパはなんと、元政治家だったんだよ! それも汚職とか横領で逮捕された、悪い意味で有名な人!」
得意げな口調で告げられた事実。それを耳にしてから数秒の間、トモキの思考は完全に停止していた。
徐々に脳が活動を再開すると、ナナセの言った内容を咀砕していく。つまり彼女はこう言っているのだ。父親は犯罪者で、志紀はその娘であると。
「ね? 納得でしょ? そりゃあ、お金持ってるはずだよねぇ。犯罪で手に入れた金なんだから。それに、ママの方もヤバかったみたいだよ? お氷女さま放り出してどっかに行っちゃったみたいだし。ホント、どうしようもないぐらいクズ親だよね」
話す内容とは裏腹に、ナナセの口元は笑っていた。嘲りの感情を隠すつもりはないようだ。その証拠に、取り巻き二人もニヤついている。
対するトモキは、ついさっき知らされた情報を飲み込むのに必死だった。
『あなたが私の何を知っているの?』
同時に思い返されたのは、二週間前に交わした会話の内容。
今になって分かる。自分がどれだけ軽薄な発言をしてしまったのか。あの時、志紀が怒った理由が。
「つまり、あのお氷女さまは人間的に終わってる連中の娘なワケ。悪い事は言わないから、さっさと縁を切っちゃいなよ。そうしたらアタシが、キミのガールフレンドになってあげるから……さ?」
志紀を貶す言葉を並べながら、馴れ馴れしく肩に手を置くナナセ。その間、トモキは何も反応を示す事ができなかった。ただ黙って俯き、拳を強く握りしめるだけ。
そんなトモキの様子をどう解釈したのか、ナナセは勝ち誇ったように笑い出す。
「噂じゃ、入学試験で満点を取ったらしいけど……親が親だからね。絶対マトモな手段で入学できたわけじゃないよ。裏でコソコソやったに決まってる」
ナナセの顔が、トモキから志紀へと向けられる。
そして、見下したような視線を向けたまま、吐き捨てるように言い放った。
「ねぇ、お氷女さまー! 試験官に一体、どれだけお金を渡したのかなぁ!?」
瞬間、トモキの中で何かが弾けた。
「なっ!?」
肩に置かれた手を掴んで引き剥がすと、そのまま捻じり上げる。
思いもよらないトモキの反撃に、ナナセは目を丸くして驚いた。
「さっきから聞いていれば……いい加減にしなよ、アンタ!」
怒りを露わにしたトモキは、声を荒げて怒鳴りつけた。
特待生を志していた志紀の努力を完全否定する言葉。それを聞かされて、黙っている訳にはいかない。
「御手洗さんはアンタが思っているような人間じゃない! あの人は目標に向かって真っ直ぐ努力できる、立派な人だ! それを勝手な思い込みで侮辱しないでくれ!」
「っ……へぇ~? 出会ってからニ週間しか経ってない癖に、もう理解者ヅラ? 随分とご執心じゃん?」
怒声を浴びせられながらも、ナナセは余裕たっぷりな態度を保っていた。トモキの腕を振り払うと、挑発的な態度で応戦してくる。
「お氷女さまの事、何も知らなかった癖に。ナイト気取りでお説教とかマジでウケるんだけど」
「取り消しなよ……今、言った事を全部!」
ナナセの挑発には取り合わず、志紀に対する侮辱を撤回するよう要求する。
しかし、ナナセはそれすら鼻で笑って受け流した。
「えー? どうしてかなー? だってアタシ、間違ったコト言ってないんだけど?」
わざとらしく首を傾げるナナセ。その仕草が余計にトモキを苛立たせた。
(この人はどこまで、御手洗さんを貶めれば気が済むんだ……!)
だが、激情に任せて行動するのは良くない。この学園で暴力沙汰を起こせば、即退学処分となってしまう。それは決して、志紀を守る為の行動ではない。むしろ彼女に迷惑をかけてしまう行為だ。そう自分に言い聞かせ、どうにか冷静さを保つトモキ。
とはいえ、ナナセの暴言を放っておく事はできない。何とか彼女に撤回させなければ。頭の中で解決策を模索していると、ある記憶が蘇った。
(……決闘)
それはアキトから教えられた、アカデミーに設けられたのルールの一つ。確か、勝った者は負けた者に対して、要求を一つ通す事ができるのだ。
これなら、相手の発言を取り消す事も可能なはず。トモキは意を決すると、ナナセに提案を持ちかけた。
「決闘だ。もし僕が勝ったら、御手洗さんに浴びせた侮辱を撤回してもらうぞ」
突然の提案にナナセは一瞬、キョトンとした表情を浮かべる。
それから数秒の間を置いて、盛大な笑い声を上げた。
「アッハハハハハ! 何を言い出すかと思ったら、まさかの決闘宣言!? 冗談でしょ? キミ、まだ初級魔法もロクに使えないじゃない!」
「……もう一回言う。僕と決闘するんだ」
ナナセの嘲笑にも動じず、真剣な眼差しを向けるトモキ。
その様子から本気だと悟ると、ナナセは呆れたようにため息をつく。
「気になる女の子が近くにいるからって、舞い上がっちゃって。ホントバカだよねぇ。でもまぁ、良いよ。その決闘、受けてあげる」
ニヤリと笑ったナナセは、制服のポケットからスマホのような機械を取り出した。
入学直後、クラス全員に支給された専用端末だ。ナナセは慣れた動作でそれを操作していき、口上を述べていった。
「我等は魔を志す新生の雛なり。この学堂に定められし規律に従い、己が信念を賭した戦いを汝に望む」
トモキも取り出した端末を操作し、ナナセと同じ口上を紡いでいく。そうすると、二人の周囲を取り囲むようにして光の粒子が現れた。
決闘の申込みが成立した証だ。委員会の審議が残ってはいるが、これでトモキとナナセの決闘は正式に受理される事になる。
『両者、相手への要求を提示してください』
「
「
電子音声に従い、それぞれの要求を提示する二人。
集まっていた光の粒が消え去り、周囲は元の光景へと戻っていく。決闘の前準備が終わった事を意味していた。
「あーあ、やっちゃったね。よりによってアタシに喧嘩売るなんて。もう後悔しても知らないよ?」
警告とも取れる言葉を残し、ナナセは取り巻きと共に立ち去る。
残ったのはトモキと志紀の二人。ナナセの背中を見送ったトモキは、志紀に向き直って話しかけた。
「御手洗さん。その……勝手な事をしちゃってごめんなさい」
ナナセが去った事で頭が冷えたらしい。先ほどまでの激情が嘘のように、トモキは申し訳なさそうな顔をしていた。
後で謝られても困ってしまう。志紀は呆れ顔で小さく嘆息した。
「どうするつもり? あなた、戦闘訓練を一度も受けた事が無いんでしょう?」
そんな質問を投げかけると、トモキはさっきより更に申し訳無さそうな態度で答えた。
「それ、なんだけどさ……非常に図々しいんだけど」
「……?」
首を傾げる志紀の前で、トモキは深々と頭を下げた。
「お願いします! 僕に戦い方を教えてください!」
土下座せんばかりの勢いで頼み込むトモキ。
その姿に志紀は驚き半分、戸惑い半分といった表情を浮かべていた。