【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
学園から最も遠いアリーナ。人気を嫌う御手洗さんが普段の訓練に使っている場所で、僕と彼女の他には誰もいない。
授業が終わってから早速、僕はここで戦い方の指南を受ける事になっていた。
「……まさか、四月の内にコレを着る事になるなんて」
頭部を下に傾け、自身の身体を見下ろす。
視界に映るのは、紺色のボディスーツだ。伸縮性に富んだ生地で作られたそれは、僕の身体にピッタリとフィットしている。
「うん、全く苦しくない。身体の一部になっているみたいだ」
着用感を試そうと軽く腕を回したり、屈伸運動をしてみる。違和感を覚える箇所は一切無い。むしろ動きやすいくらいだ。なるほど、コレなら戦いに集中できる。
スーツの具合を確認し終えた僕は、御手洗さんの方に向き直った。
「決闘は今週の土曜。それまでに残された期間は、たったの五日」
真剣な眼差しで告げる御手洗さん。訓練用の模擬刀を手にしながら、淡々と説明を続けていく。
「その内、訓練に割り当てられる時間は合計して一日のみ。あまりに短い時間だけれど、嘆いている暇は無い」
そこで一旦、言葉を区切ると、御手洗さんは模擬刀を構えた。空気が張り詰める。肌に感じる緊張感に身震いしそうになった瞬間、彼女が再び口を開く。
「今から貴方には、肝要な部分を叩き込む。実戦を想定した戦い方を徹底的に」
御手洗さんはそう言うなり、素早く踏み込んできた。
速い。数秒の間に距離を詰めてきた彼女は、上段に構えた模擬刀を一気に振り下ろす。
「ッ!」
縦に描かれた剣筋を、横に身を捻る事で回避する。
続けて第二撃。真下に振り切った状態から、今度は横に薙ぎ払うような一撃が繰り出された。
「ッ……と!」
咄嵯にバックステップで距離を取る。直後、模擬刀の先端が鼻先を掠め、風を切る音を鳴らした。
危なかった。一瞬でも反応が遅れていたら、顔面に強烈な打撃を受けていたところである。
「フッ!」
御手洗さんの攻撃は止まらない。続けざまに放たれた第三、第四の斬撃が僕に襲いかかる。
上から。下から。右から。左から。四方八方から振るわれる刃、その全てを避ける事に意識を傾けた。
「……ふぅ」
攻撃の合間、僅かな隙をついて息を吐きだす。
流石は特待生。連続して繰り出される太刀筋に、乱れというものが一切見られない。一つ一つの動作に無駄がなく、まるで舞を踊っているかのように優雅だ。
「フンッ!」
御手洗さんの姿勢が一気に低まる。狙いは僕の足元。横薙ぎの一閃が地を這うようにして迫りくる。
足を斬られる。反射的に僕はその場で跳躍し、空中へと逃れた。下を見ると、先程まで立っていた場所に綺麗な弧が描かれている。
攻撃を外した御手洗さんだが、その体勢が崩れる気配はない。それどころか、そのまま流れるように次の行動へと移っていた。
「ハァッ!」
一瞬の空旅を終え、着陸した僕の顔面へ模擬刀の鋒が迫ってくる。
恐ろしかった。極限まで殺傷力を抑えられているとはいえ、自分を貫かんとする鋭い先端が目の前にあるのだから。
「ひっ……!」
情けない声を漏らしながらも、すぐに首を傾けて逃れて見せる。
それに釣られて、僕の身体が横転した。地面の上をゴロゴロと転がり、何とか起き上がる。
「はぁ……はぁ……」
さっきのは本当に怖かった。心臓の鼓動が高鳴るのを感じつつ、僕は御手洗さんを見据える。
追撃はしてこないようだ。汗の一つもかいていない彼女は、涼しげな表情で僕に語りかけてきた。
「今の攻撃は、ほんの小手調べ。この程度の攻撃は容易に避けて貰わないと困る」
「……やっぱり厳しいね」
思わず苦笑してしまう僕だったが、同時に彼女の言葉に納得していた。
御手洗さんは手加減している。模擬決闘の時は今よりも速く、鋭く、容赦の無い攻防をエタンと繰り広げていたのだ。それを思えば、小手調べとしか言いようがない攻撃である事は明白だった。
「手始めに、私の動きについていけるようになってもらう。技術を教わる以前に、身体が追いつかなければ話にならないから」
「うん、分かったよ。一週間よろしくお願いします、特別コーチ」
返事をすると、御手洗さんの表情が少しだけ和らいだ気がした。
それから数時間。夕日に浮かんだ太陽が完全に沈むまで、僕は御手洗さんの指導を受け続けた。