【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
「はぁ……」
ホームルームが始まる前だというのに、身体が既に疲労を訴えている。
決闘に備えた特訓は放課後だけに留まらない。朝の七時にも御手洗さんと顔を合わせ、戦闘訓練を行う予定になっているのだ。
今日も朝早くから、彼女の指南を受けてきたばかりである。
(疲れた……。授業中に寝ないようにしないと)
ぼんやりとした頭で考えながら、机に突っ伏す。
何とはなしに視線を彷徨わせると、親友のアキトが数名のクラスメイトと談笑している姿が目に入ってきた。今日は話しかけてこないようだ。見るからに疲れ果てている僕を見て、気を遣っているのだろう。
寂しい気持ちが無いと言えば嘘になるが、正直ありがたかった。今の僕にとって一番大切なのは、土曜の決闘で勝つ事。その為に、御手洗さんとの特訓に集中しなければならないのだから。
「……よし!」
くたびれている場合じゃない。自分に喝を入れるべく、頬を両手で叩いてみせる。
痛い。じんわりと広がる痛みが眠気を吹き飛ばしてくれた。後は授業を乗り切り、特訓に励むだけだ。
気合いを入れ直したところで、先生が教室に入ってくる。授業中、何度か睡魔に襲われかけたものの、僕はどうにか乗り切ってみせた。
※
「ハッ!」
御手洗さんの模擬刀が煌めく。一閃、二閃、三閃。次々と繰り出される剣戟に対し、僕は危なげなく対処していった。
特訓二日目。ひたすら回避に徹する特訓を続けてきたおかげか、彼女の攻撃にも慣れてきている。
身体が自然に反応してくれるのだ。一つ一つを避けるのに必死だった昨日とは違い、今は御手洗さんがどんな動きをするのかを予測できている。
(分かる……御手洗さんの動きが読める!)
次は足元を狙った下段斬り。すかさず飛び跳ねて空振りに終わらせる。
着地を狙って放たれた突きも、身を屈めて回避。この時、視界には必ず御手洗さんの姿が入るようにする。一瞬でも相手を見失う事は、敗北に直結すると教えられたからだ。
相手の姿を捉え、その呼吸のリズムや筋肉の動きを観察する。それが出来てこそ、勝利が見えてくる。それを教えられた時はイマイチ理解できなかったけれど、実際にやってみるとよく分かった。戦いに必要な情報は目の前に、それも無数に転がっているのだ。
「……最低限の体力はついたようね」
十分な距離を取った後、御手洗さんは模擬刀を下ろした。
彼女の言う通り、一日目と比べて随分と動けるようになったと思う。回避する際に余裕を持てるようになり、息切れする事も無くなった。
間違いなく僕は成長している。
「特別コーチの指導のおかげだよ」
素直に感謝の言葉を口にした後、僕は御手洗さんと向き合った。
彼女から教えられた事は、確実に血肉となっている。このまま続けていけば、土曜までにある程度の実力は身に付くはずだ。
「そう。ならこちらも本気を出していく」
模擬刀を構え直す御手洗さん。
その瞬間、空気が変わる。肌がピリつく感覚。先程の攻防はお遊びだったと言わんばかりのプレッシャーだ。
(来る……!)
確信めいたものを感じた僕は、咄嵯に身構えた。
直後、御手洗さんの身体が一気に加速する。疾風の如く駆け出した彼女は、一瞬にして僕の懐へと潜り込んだ。
(はや、い……!?)
僕と御手洗さんの距離は、目算でおよそ二十メートル。それを数秒足らずで詰めてきたというのか。
驚愕に目を剥く僕だったが、すぐに意識を引き締める。水平に振るわれた模擬刀が、僕の首元に迫っていた。
「っ!」
ギリギリで避けたところで、今度は突きが襲ってくる。恐怖に駆られながらも首を傾けると、模擬刀の鋒が頬を掠めた。
速い。先程までの比ではない。御手洗さんの攻撃は、速度も鋭さも増していた。
(これが、御手洗さんの本気……!)
予め分かってはいた事だった。御手洗さんが今まで手を抜いてくれていたという事実は。でなければ素人の僕が、彼女に狙われて無傷で済むはずがない。
だが、それでも驚きは隠せなかった。ギアを一段上げただけで、ここまで変わるものなのか。
息をつく暇も無く繰り出される剣撃の数々に、僕は翻弄されるばかりだ。
「足元がガラ空き!」
鋭い声が耳を叩く。同時に視界が大きく傾き、天空と地面が逆転していった。
「マズっ……!?」
足元を崩された。それを認識した時にはもう遅い。
身体を一回転させて放たれた刃が、すぐそこまで迫ってきたのだから。