【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】   作:いんせき

27 / 39
第26話 一時の触れ合い

「はぁぁぁぁぁぁ……」

 

 ロッカールーム。訓練で疲れ切った身体を休めながら、僕は深いため息を吐き出した。

 着替える気力すら湧かない。スーツを脱ぐのも億劫なほどに、全身が疲弊しきっていた。

 当然だ。数時間に亘って御手洗さんの攻撃から逃げ続けていたのだから。

 

「御手洗さんが強いのは、知っていたはずなんだけどな……」

 

 最終的に全ての攻撃を対応する事は出来たが、代償として僕の足腰は悲鳴を上げている。

 スーツの恩恵で外傷こそ無いものの、身体に蓄積された疲労は相当な物だ。今すぐにでも横になって、泥のように眠りたい気分である。

 

「……泥のように、って表現があるけど、アレってどういう意味なんだろ?」

 

 関係ない方向へ思考が傾きかけた時、ガチャリと音を立てて扉が開いた。そちらへ視線を向けると、制服姿の御手洗さんが姿を現す。

 一応、この更衣室は男性用なのだが、彼女は特に気にしていないようだ。まあ、僕しか利用していないのだし、わざわざ意識する必要は無いのかもしれない。

 

「…………」

 

 更衣室に入ってきた御手洗さんは、迷うこと無く僕の元へ歩み寄った。見ると、その手には緑茶のペットボトルが握られている。自販機で買ってきたのだろう。

 御手洗さんは僕の傍に立つと、手に持ったボトルを差し出してきた。

 

「飲んで」

「えっ? あ、うん……ありがとう」

 

 命令形。有無を言わせぬ口調だった。僕は言われるがまま、差し出されたお茶を受け取る。

 ひんやりとした感触が掌に伝わってきた。渇き切っていた喉を潤すべく、蓋を開けると一気に中身を飲み干していく。

 運動した直後の水分補給は、格別に美味しかった。普段は苦く感じる緑茶だけれど、この瞬間だけは別である。

 

「ふぃ~……美味しい」

 

 飲み口から口を離し、ホッと一息。冷たい液体が食道を通り抜け、胃袋を満たしてくれるのを感じる。

 生き返る心地とは、こういう事を指すのかもしれない。僕は身体中に染み渡る、心地の良い冷たさを堪能していた。

 

「…………」

 

 その間、御手洗さんは僕をジッと見つめている。飲み終わるまで待っているのだろうか。少し恥ずかしい気もしたが、今は彼女の厚意に甘えよう。

 再び飲み口へ唇を寄せた僕は、そのまま容器の中を空にした。

 

「お茶をありがとう、御手洗さん。疲れた身体に効くね、コレ」

「そう」

 

 短い返事の後、御手洗さんが喋り出す。

 

「常日頃から訓練を重ねている私とは違い、貴方の身体は戦闘に慣れていない。今日のように激しさを増す特訓を行えば、それだけ身体への負担が大きくなる」

「……そうだね。お茶を飲んだから幾らか和らいでるけど、身体が僕に疲れを訴えてきてるよ」

「土曜までになるべく技術を詰め込まなければいけないとはいえ、その最中に身体を壊してしまったら意味が無い。寮に帰ったら軽いストレッチやぬるめの風呂に浸かるなどして、身体を労わるべき」

「うん、そうするよ。次の日に筋肉痛にでもなったら、特訓どころじゃなくなるからね」

 

 訓練中は厳しいが、御手洗さんの忠告は的確だ。全く感情を出していないが、こちらを気遣ってくれている事がよく分かる。

 無表情の裏に隠された優しさが嬉しくて、自然と僕は笑みを浮かべていた。

 

「…………」

 

 二人の間に訪れる沈黙。普段なら気まずい雰囲気になりそうなものだが、相手が御手洗さんだと不思議と居心地が良い。

 このまま何もせず黙っているのもいいが、もう少し彼女との語らいを楽しみたい。そんな気持ちになった僕は、御手洗さんに頼み事をしてみる事に決めた。

 

「あのさ、御手洗さん」

「なに?」

「……実はストレッチって、あんまりやった事が無いんだ。中学の頃なんて帰宅部だったし」

「……それで?」

 

 続きを促すように首を傾げる御手洗さん。僕は内心ドキドキしながら、言葉を続けた。

 

「もし良かったら、僕にやり方を教えてくれるかな? 御手洗さんに教えてもらえば、良い感じに身体をほぐせると思うんだ。……どうかな?」

 

 言っていて自分でも顔が熱くなるのが分かった。こんな台詞を女の子に言うなんて、入学前は考えもしなかった。緊張で鼓動が早くなる。

 御手洗さんはどう思っているのか。恐る恐る反応を窺うと、彼女は無表情のまま、何かを考え込んでいる様子だった。

 早まりすぎたか。後悔の念に駆られる僕だったが、やがて御手洗さんはコクリと小さく首肯する。

 

「確かに、訓練の後にこなすアフターケアも重要。分かった、協力する」

「本当かい? ありがとう、御手洗さんは頼りになるね」

 

 僕は喜びのあまり、思わず彼女の手を握っていた。その突然のスキンシップに驚いたのか、御手洗さんの顔に僅かな動揺の色が浮かぶ。

 

「……っ!?」

 

 引っ込めようにも掴まれているせいで離れられない。どう行動すれば良いのか分からず、御手洗さんは困ったような顔をしていた。

 

「あっ、ごめん……」

 

 無意識に取った行動に自分でも驚き、急いで手を離す。御手洗さんは解放された右手を左手で包むと、どこか落ち着かない様子でモジモジし始めた。

 その姿は普段のクールな雰囲気から一転、年相応の少女らしさを醸し出している。そのギャップに、僕はしばらくの間見惚れてしまっていた。

 

(……って、何を無邪気に喜んでるんだ僕は!)

 

 自分の馬鹿さ加減を嘆きつつ、ストレッチのレクチャーを受けるのだった。

 

 ちなみに御手洗さんの手は柔らかく、とても温かかったとだけ表しておく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。