【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】   作:いんせき

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第27話 決闘当日の想い

 四月もいよいよ終わりに差し掛かっている。五月に移行するまで、あと数日というところだ。

 アカデミー入学と同じ月に決闘するなんて、我ながら忙しないスケジュールだと思う。

 

「フッ、セイッ!」

 

 約束の土曜日。アリーナの控え室にて、僕は素振りを繰り返していた。

 今、手に持っているのは特殊な素材で造られた日本刀。使用者の魔力がスムーズに伝搬するよう設計されたそれは、まさに魔剣と呼ぶに相応しい代物だろう。

 

(よし、何処にも違和感は無い)

 

 教えられた型を頭の中で反覆しながら、ゆっくりと刀を振るっていく。

 最初はぎこちなかった動きも、回数を重ねる毎に滑らかになっていった。握りしめる武器の重量に、身体が慣れてきた証拠である。

 この調子であれば気兼ねなく決闘に励めそうだ。身体が十分に解れたところで、腰に差した鞘に刀身を納めた。

 

「はぇー……今日の決闘まで一週間も無かったはずなのに、随分と様になってるじゃねぇか」

 

 ウォーミングアップを傍から見ていたアキトが感嘆の声を上げる。本来、彼は部外者なのだが、親友の僕を応援するべく控え室まで来たのだという。

 

「御手洗さんの指導のおかげさ。……自分でも、ここまで剣を振るえる様になるなんて思わなかったよ」

「チクショー羨ましいぜ。こんな事なら、入学初日に話しかければ良かった」

「ハハハ。僕に先見の明があったって事かな」

 

 アキトと会話した後、視線を横へ向ける。そこには普段通りの無表情さで佇んでいる御手洗さんの姿が。

 

「…………」

 

 否、今の表現は適切では無い。彼女の目に僅かな陰りが宿っているのを、僕は見逃さなかった。

 思えば今日の朝、アリーナ前で合流した時から様子がおかしかった気がする。話しかけても反応は鈍いし、心ここにあらずといった状態が続いていた。

 何かあったのだろうか。僕は思い切って御手洗さんに尋ねてみる。

 

「どうしたの、御手洗さん? なんか元気が無いみたいだけど……」

 

 僕を見る彼女の目には、いつもの力強さが感じられなかった。瞳の奥に不安の色が見える。やはり思い過ごしでは無いようだ。

 御手洗さんはしばらく視線を彷徨わせた後、思い立ったかのように僕の目を見据えた。

 

「……トモキ」

 

 その口から飛び出してきたのは、紛れもない僕の名前。初めて、御手洗さんが僕の名を呼んだのだ。

 彼女の唇から紡がれる僕の名が、耳に心地よく響いてくる。僕はその事実に感動しつつ、続く言葉を待った。

 

「私は、貴方に謝らないといけない」

「……?」

 

 謝る? 一体何の事だろうか。戸惑う僕を尻目に、彼女は続ける。

 

「この決闘、本来なら私が果たすべき役目。けれど、その役回りをトモキに押し付けた」

 

 表情から伺える、御手洗さんの自責の念。淡々としていた声色も、いつの間にか震えを帯びていた。

 

「御手洗さん……」

 

 改めて僕は、決闘に至る経緯を思い返す。そもそもの原因は、ナナセという少女が御手洗さんを貶めた事にある。決して恵まれてるとは言えない家庭事情を抱える彼女に対し、侮蔑の言葉を投げかけた事が発端だ。

 許せなかった。御手洗さんが積み重ねた努力を否定し、ヘラヘラと笑いながら踏み躙る彼女の態度が。

 だから僕は、ナナセに決闘を申し込んだのだ。

 

「私は甘えてしまった。私の為に怒ってくれた貴方の優しさに。自分で成すべき事を放り投げて、安易に他人に解決を委ねた」

 

 合わせる顔が無いと言わんばかりに、御手洗さんは俯いてしまう。彼女の言葉に、僕は胸が締め付けられる想いだった。

 自分を責めないで欲しい。そう言いたいのだが、上手く言葉が出てこない。僕はただ、黙って彼女の話を聞く事しか出来なかった。

 

「ごめんなさい……私の心が弱かったせいで、貴方に必要のない重荷を背負わせてしまった」

 

 か細い声で絞り出される謝罪。

 御手洗さんの頬に伝う一筋の涙を見た瞬間、僕は思わず叫んでいた。

 

「顔を上げてくれ!」

 

 彼女の身体がビクリと震える。俯いていた顔が上げられ、潤んだ両目がこちらに向けられた。

 初めて見る、御手洗さんの弱々しい姿。その表情をしっかりと見つめた後、僕は口を開いた。

 

「御手洗さん……この決闘において、君が負うべき責任なんて一つも無いよ」

 

 そう、全ては僕が勝手にやった事だ。僕が自分で考え、自分から動いて、自分で決めた事だ。

 御手洗さんが気に病む事など、何も無い。あるはずが無いのだ。

 

「重荷なんてとんでもない。そりゃ確かに、特訓はキツかったけど……御手洗さんと一緒にいれて良かったって思うんだ」

「……えっ?」

「強くなれた事は勿論……いや、そんなのはどうだっていい。何よりも、御手洗さんとの思い出が出来た事が嬉しいんだ。これからも沢山、君と楽しい時間を過ごしたい……これは僕の本心だ」

 

 正直な気持ちを伝える。後になって恥ずかしい台詞になるだろう。だが、ここで躊躇してしまっては後悔が残るだけだ。

 ならば、思いの丈を全てぶつけるのみ。

 

「好きだ、御手洗さん。君の事が、ずっと前から好きだったんだ」

 

 そして僕は、今まで秘めていた想いを御手洗さんにぶつけた。

 御手洗さんは呆然としたまま、固まってしまっている。その顔には驚愕の色が浮かんでいた。

 

「え……あ……?」

 

 既に涙は止まっていた。御手洗さんは目を丸くしながら、パクパクと口を開閉させる。突然の告白に、頭が追いついていないのだろう。

 

「と、トモキ……それは、どういう……?」

 

 動揺しながら何とか言葉を紡ごうとする御手洗さん。

 それと重なり、試合開始の予報が控え室に響き渡った。

 

『試合開始五分前。出場する選手は、それぞれ所定の位置について下さい』

 

 もうすぐ始まる。僕の運命を決める決闘が。

 深呼吸を繰り返して心を落ち着かせ、僕は御手洗さんに向き直った。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

 

 微笑みながら、彼女に別れを告げる。返事は無かったが構わない。決闘が終われば、また一緒に過ごせるはずだ。今はそれだけで十分だった。

 

(この決闘、絶対に勝つ)

 

 決意を固めると、僕は控え室の出口へ振り返る――

 

「あっ……」

「…………」

 

 ……途中でアキトと目があった。そういえばアキトもここにいたんだった。御手洗さんに気を取られてすっかり忘れてしまっていた。

 気まずい空気が流れる中、アキトはニヤリと笑う。

 

「ヒュー、大胆だねぇトモキ君。まさかこんな場所で愛の告白とは……お熱い事で」

「ちょ、ちょっと! 御手洗さんが聞いているんだぞ!?」

「構うもんか! どうせこの後、存分にイチャつくんだろ? 何も問題ねぇって」

「大アリだよ!」

 

 調子に乗ったアキトを咎めようとしたところに、クスッと笑い声が聞こえてくる。見れば、御手洗さんが小さく笑っているのが見えた。

 泣き顔に続き、初めて見る彼女の笑顔。それが嬉しくもあり、同時に少しだけ気恥しい。

 

「……ああもう、アキトが冷やかすから御手洗さんに笑われたじゃないか」

「いやいや、俺はお前らの仲を祝福したまでだぜ?」

「まだ言うか……僕は行くからね」

 

 ウンザリした言い方とは裏腹に、僕の口元は緩んでいた。アキトと軽口を叩き合った事で、緊張が解れている。良い友人を持ったものだ。

 改めてドアノブに手をかけ、アリーナへ繋がる通路に足を踏み入れる。

 

「……頑張って、トモキ」

 

 背中から掛けられた御手洗さんの声援。

 その声色は淡々とした物では無く。悔恨に満ち溢れた暗いものでも無く。

 僕の心に温もりを与えてくれる優しい音色であった。

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