【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
四月もいよいよ終わりに差し掛かっている。五月に移行するまで、あと数日というところだ。
アカデミー入学と同じ月に決闘するなんて、我ながら忙しないスケジュールだと思う。
「フッ、セイッ!」
約束の土曜日。アリーナの控え室にて、僕は素振りを繰り返していた。
今、手に持っているのは特殊な素材で造られた日本刀。使用者の魔力がスムーズに伝搬するよう設計されたそれは、まさに魔剣と呼ぶに相応しい代物だろう。
(よし、何処にも違和感は無い)
教えられた型を頭の中で反覆しながら、ゆっくりと刀を振るっていく。
最初はぎこちなかった動きも、回数を重ねる毎に滑らかになっていった。握りしめる武器の重量に、身体が慣れてきた証拠である。
この調子であれば気兼ねなく決闘に励めそうだ。身体が十分に解れたところで、腰に差した鞘に刀身を納めた。
「はぇー……今日の決闘まで一週間も無かったはずなのに、随分と様になってるじゃねぇか」
ウォーミングアップを傍から見ていたアキトが感嘆の声を上げる。本来、彼は部外者なのだが、親友の僕を応援するべく控え室まで来たのだという。
「御手洗さんの指導のおかげさ。……自分でも、ここまで剣を振るえる様になるなんて思わなかったよ」
「チクショー羨ましいぜ。こんな事なら、入学初日に話しかければ良かった」
「ハハハ。僕に先見の明があったって事かな」
アキトと会話した後、視線を横へ向ける。そこには普段通りの無表情さで佇んでいる御手洗さんの姿が。
「…………」
否、今の表現は適切では無い。彼女の目に僅かな陰りが宿っているのを、僕は見逃さなかった。
思えば今日の朝、アリーナ前で合流した時から様子がおかしかった気がする。話しかけても反応は鈍いし、心ここにあらずといった状態が続いていた。
何かあったのだろうか。僕は思い切って御手洗さんに尋ねてみる。
「どうしたの、御手洗さん? なんか元気が無いみたいだけど……」
僕を見る彼女の目には、いつもの力強さが感じられなかった。瞳の奥に不安の色が見える。やはり思い過ごしでは無いようだ。
御手洗さんはしばらく視線を彷徨わせた後、思い立ったかのように僕の目を見据えた。
「……トモキ」
その口から飛び出してきたのは、紛れもない僕の名前。初めて、御手洗さんが僕の名を呼んだのだ。
彼女の唇から紡がれる僕の名が、耳に心地よく響いてくる。僕はその事実に感動しつつ、続く言葉を待った。
「私は、貴方に謝らないといけない」
「……?」
謝る? 一体何の事だろうか。戸惑う僕を尻目に、彼女は続ける。
「この決闘、本来なら私が果たすべき役目。けれど、その役回りをトモキに押し付けた」
表情から伺える、御手洗さんの自責の念。淡々としていた声色も、いつの間にか震えを帯びていた。
「御手洗さん……」
改めて僕は、決闘に至る経緯を思い返す。そもそもの原因は、ナナセという少女が御手洗さんを貶めた事にある。決して恵まれてるとは言えない家庭事情を抱える彼女に対し、侮蔑の言葉を投げかけた事が発端だ。
許せなかった。御手洗さんが積み重ねた努力を否定し、ヘラヘラと笑いながら踏み躙る彼女の態度が。
だから僕は、ナナセに決闘を申し込んだのだ。
「私は甘えてしまった。私の為に怒ってくれた貴方の優しさに。自分で成すべき事を放り投げて、安易に他人に解決を委ねた」
合わせる顔が無いと言わんばかりに、御手洗さんは俯いてしまう。彼女の言葉に、僕は胸が締め付けられる想いだった。
自分を責めないで欲しい。そう言いたいのだが、上手く言葉が出てこない。僕はただ、黙って彼女の話を聞く事しか出来なかった。
「ごめんなさい……私の心が弱かったせいで、貴方に必要のない重荷を背負わせてしまった」
か細い声で絞り出される謝罪。
御手洗さんの頬に伝う一筋の涙を見た瞬間、僕は思わず叫んでいた。
「顔を上げてくれ!」
彼女の身体がビクリと震える。俯いていた顔が上げられ、潤んだ両目がこちらに向けられた。
初めて見る、御手洗さんの弱々しい姿。その表情をしっかりと見つめた後、僕は口を開いた。
「御手洗さん……この決闘において、君が負うべき責任なんて一つも無いよ」
そう、全ては僕が勝手にやった事だ。僕が自分で考え、自分から動いて、自分で決めた事だ。
御手洗さんが気に病む事など、何も無い。あるはずが無いのだ。
「重荷なんてとんでもない。そりゃ確かに、特訓はキツかったけど……御手洗さんと一緒にいれて良かったって思うんだ」
「……えっ?」
「強くなれた事は勿論……いや、そんなのはどうだっていい。何よりも、御手洗さんとの思い出が出来た事が嬉しいんだ。これからも沢山、君と楽しい時間を過ごしたい……これは僕の本心だ」
正直な気持ちを伝える。後になって恥ずかしい台詞になるだろう。だが、ここで躊躇してしまっては後悔が残るだけだ。
ならば、思いの丈を全てぶつけるのみ。
「好きだ、御手洗さん。君の事が、ずっと前から好きだったんだ」
そして僕は、今まで秘めていた想いを御手洗さんにぶつけた。
御手洗さんは呆然としたまま、固まってしまっている。その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「え……あ……?」
既に涙は止まっていた。御手洗さんは目を丸くしながら、パクパクと口を開閉させる。突然の告白に、頭が追いついていないのだろう。
「と、トモキ……それは、どういう……?」
動揺しながら何とか言葉を紡ごうとする御手洗さん。
それと重なり、試合開始の予報が控え室に響き渡った。
『試合開始五分前。出場する選手は、それぞれ所定の位置について下さい』
もうすぐ始まる。僕の運命を決める決闘が。
深呼吸を繰り返して心を落ち着かせ、僕は御手洗さんに向き直った。
「それじゃあ、行ってくるよ」
微笑みながら、彼女に別れを告げる。返事は無かったが構わない。決闘が終われば、また一緒に過ごせるはずだ。今はそれだけで十分だった。
(この決闘、絶対に勝つ)
決意を固めると、僕は控え室の出口へ振り返る――
「あっ……」
「…………」
……途中でアキトと目があった。そういえばアキトもここにいたんだった。御手洗さんに気を取られてすっかり忘れてしまっていた。
気まずい空気が流れる中、アキトはニヤリと笑う。
「ヒュー、大胆だねぇトモキ君。まさかこんな場所で愛の告白とは……お熱い事で」
「ちょ、ちょっと! 御手洗さんが聞いているんだぞ!?」
「構うもんか! どうせこの後、存分にイチャつくんだろ? 何も問題ねぇって」
「大アリだよ!」
調子に乗ったアキトを咎めようとしたところに、クスッと笑い声が聞こえてくる。見れば、御手洗さんが小さく笑っているのが見えた。
泣き顔に続き、初めて見る彼女の笑顔。それが嬉しくもあり、同時に少しだけ気恥しい。
「……ああもう、アキトが冷やかすから御手洗さんに笑われたじゃないか」
「いやいや、俺はお前らの仲を祝福したまでだぜ?」
「まだ言うか……僕は行くからね」
ウンザリした言い方とは裏腹に、僕の口元は緩んでいた。アキトと軽口を叩き合った事で、緊張が解れている。良い友人を持ったものだ。
改めてドアノブに手をかけ、アリーナへ繋がる通路に足を踏み入れる。
「……頑張って、トモキ」
背中から掛けられた御手洗さんの声援。
その声色は淡々とした物では無く。悔恨に満ち溢れた暗いものでも無く。
僕の心に温もりを与えてくれる優しい音色であった。