【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
一歩、また一歩。戦場へ続く道を歩み続ける。光が近づくにつれ、今か今かと試合を待ち望む観客の声が耳に届いてきた。
(待っている……大勢の観客が、僕の事を待っている)
心臓が激しく鼓動する。極度の緊張感に襲われた僕の身体が、小刻みに震え始めた。
これが武者震いなのだろうか。恐怖か高揚か、自分でも判別がつかない感情に苛まれながらも、僕は遂にアリーナへと辿り着いた。
「うっ……!」
視界を余すこと無く埋め尽くす眩い光。それに慣れるまで数秒の時間を要した僕の目が捉えたのは、どこまでも広がる真っ白なフィールドだった。
端と端が見えない程の広大な空間。観客席から見た時とは比べものにならないスケール感だ。
(僕は、本当に……ここで戦うのか!)
あまりの光景に絶句する僕だったが、すぐに我を取り戻す。アリーナの中央まで足を運んでいき、今回の対戦相手となる少女と対峙した。
「なーんだ、バカ正直に出てきてくれたんだ? どう転んでも恥にしかならないから、逃げちゃうかと思ってたのに」
相変わらずの嘲笑を浮かべるナナセ。赤いボディスーツに身を包んだ彼女は、ライフル銃のような武器を片手に携えていた。
(あの銃が、ナナセの武器……)
挑発に取り合わず、ナナセが持つ銃に着目する。見るからに遠距離戦を想定した装備だ。接近戦に持ち込まなければ、どうにか日本刀を扱うこちら側が不利になってしまう。
如何に襲撃を凌ぎつつ、相手の懐に飛び込むか。それが戦いの鍵になるのだろう。
「…………」
出来るのだろうか。駆け引きの知識なんて皆無な僕に、果たして。
脳裏を過ぎった一抹の不安。それをすぐに払拭して、再び、視線をナナセへと移した。
「ナナセ……さん。この決闘で僕が課した要求、覚えてるよね」
「よーきゅー? そんなのどーでも良すぎて忘れちゃった」
自らの勝利は決まってるも同然。そういった思考を隠そうともしないナナセは、わざとらしく肩をすくめてみせる。
僕は怒りをグッと堪え、努めて冷静さを装いながら話を続けた。
「一週間前、君が御手洗さんに浴びせた侮辱の数々。それらを取り消した上で謝罪してもらう」
「だーかーらー、あれはタダの事実なんだって。受け入れたくない気持ちは分かるけど、それでアタシに当たるのは筋違いじゃない?」
悪びれる様子もなく、ナナセは言い放つ。素直に謝ってくれるなんて思ってはいなかったが、ここまで開き直られると腹立たしさを通り越して呆れてしまう。
おかげで昂ぶっていた怒りが収まり、僕は落ち着きを取り戻した。
「そんな事より、キミの方こそ覚えてる? アタシに負けたら、お氷女さまに二度と近づかないって約束。この後、観衆の前でボロクソに負けるんだからさ……今のうちにお別れの言葉を考えた方が良いよ?」
嫌味ったらしい口調で告げるナナセ。
反論したい気持ちは山々だが、今日は口喧嘩をしに来たのではない。僕は彼女の煽りを無視し、自分の意思を言葉として発していく。
「ナナセさん。この決闘、僕が勝つよ」
宣戦布告。驕り高ぶっていたナナセの表情が僅かに崩れる。
だが、それも一瞬の事。すぐさま口元を歪ませ、不敵な笑みを取り戻していった。
『これより、玲羽朋稀、対、天住七星による決闘を開始する』
審判のアナウンスを従い、僕とナナセは同時に宣誓する。
『我等は魔を志す新生の雛なり。この身に刻まれた誇りと名誉の為、己が全てを賭して雌雄を決さん』
防護結界、展開。決闘の舞台が構築されたと共に、僕らはそれぞれ戦闘態勢に入った。
僕――
相手――
両者共に、準備は万全。後は開始の合図を待つのみだ。
『
鳴り響くブザーに合わせ、僕は地を蹴って駆け出した。一直線にナナセへ突進し、間合いを詰めていく。
(マトモに撃たせたら分が悪い……一気に距離を詰めて、斬る!)
短期決戦。特待生の実力を発揮させる余裕を与える前に、決着をつける。
射程距離に入ると同時に、僕は居合斬りの如く横薙ぎに刃を振るった。
「フフン♪」
だが、ナナセは怯むどころか楽しげに笑うと、その姿を視界から消失させた。
直後、僕は背後に気配を感じ取る。咄嵯に振り返ると、そこには既に引き金に指をかけたナナセの姿があった。
「ッ!」
刀を逆さに立て、銃撃を受け止める体勢を取る。刹那、激しい衝撃が腕に走った。
「うぐっ……!」
刀身が物語る、銃弾の威力。弾く度にビリビリと振動が伝わり、握りしめる両手が痺れを起こす。一発、ニ発ならまだしも、立て続けに撃ち込まれるのだから堪らない。
それでも僕は歯を食い縛り、懸命に攻撃を受け止めた。
(問題ない……一度に撃てる弾数は限られているはず!)
銃弾が止んだ。防御を解いた僕はすかさず動き出し、狙いを絞らせないように走り回る。
止まったら蜂の巣だ。一方向に止まらず、ジグザグに動きつつナナセとの距離を縮めていく。
「へぇ、思ったよりは動けるじゃん」
一方、ナナセは無動作だった。弾倉の交換は疎か、その場から離れる事すらせず、ただ悠然と佇んでいた。
(どうして……?)
疑問に思いつつも、ナナセとの距離が縮まる。
違和感は拭えないが、攻撃しない手は無い。僕は意を決して踏み込み、上段から刀を振り下ろした。
「ほいっと♪」
とても軽い身のこなしだった。ヒラリと攻撃をかわされ、僕の一撃は不発に終わる。
「……っ!」
すぐに彼女がステップを踏んだ場所を目で追った。そこにいたナナセは既に、弾倉を新しい物に交換しており、得意げな表情を僕に晒している。
「ほら、攻撃してきなよ。観客が退屈しちゃうでしょ?」
まるで遊び相手を見るような目つき。本気で戦っていない事を証明するかのように、ナナセは銃を構えたまま微動だにしなかった。
「くっ!」
あからさまな挑発。それでも乗るしか無い。
焦燥感に駆られながら、僕はナナセに連撃を仕掛ける。
「アッハハ! おっそーい♪」
空を切る太刀筋。軽やかなフットワークを駆使するナナセに対し、僕の剣戟は一向に当たらないでいた。
そればかりか、攻めれば攻めるほどに体力が擦り減り、息切れを起こしてしまう始末である。
(まずい……このままじゃ自滅する!)
ひとまず仕切り直さければ。そう判断した僕はバックステップを踏み、ナナセから大きく距離を取った。
消耗した状態で彼女と対峙するのは危険すぎる。一旦呼吸を整えて、出方を窺おう。そう考えての行動だったが、それが仇となった。
「距離を取れば休憩できる……なんて、銃持ちに通用すると思ってんのぉ?」
この時、僕は思い知らされる。ナナセの得物は、むしろ遠距離戦に特化した代物なのだと。
見当違いな思考で気を抜いた僕を嘲笑うように、彼女は即座にトリガーを引いた。
「しまった……!」
またもや防戦一方に追い込まれる戦況。
ペースは完全に、ナナセに傾いていた。