【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
「ほぉら、頑張れ男の子~。応援はしていてあげるからさぁ」
木霊する銃声。先程よりも重く伸し掛かる弾丸の圧力が、剣身を通して身体に伝わってくる。
とんだミスをしてしまったものだ。銃を武器とするナナセを相手に、距離を置いて立て直そうとしていたなんて。冷静になって考えれば、すぐに分かる話だというのに。焦りからか僕の思考は、単純明快な答えでさえ導き出せなくなっていた。
「うっ……!」
脇腹に銃弾が掠る。肉を裂かれそうな鋭い痛みが、じわっと全身を蝕んでいく。
だが、今は悲鳴を上げる訳にはいかない。屈してしまえば、途端に銃弾の餌食となってしまうのだから。
(耐えろ、耐えるんだ……銃撃が途切れた瞬間を狙え!)
銃声が止んだ。弾切れを起こしたか。
チャンスとばかりに防御を解き、攻勢に転じようとする。
「何度も言うけどさぁ――」
この時、両者の間合いはたったの一メートル。ナナセの呟きがハッキリと聞こえる距離だった。
「そんなんじゃ、見てる側が面白くないでしょーが!」
彼女の握るライフルの銃床が、僕の顎を目掛けて振り上げられる。その動きはコマ送りのようにゆっくりと映っていた。
(これって、かなり危険な状態なんじゃ……!?)
人は危機に瀕すると、時間の流れが遅く感じるという。今まさに、僕はそれを体感している最中だった。
この攻撃を受けたら駄目だ。本能的に悟った僕の五体は、脳の指示を待たぬまま勝手に動く。
「あ、れ……?」
攻撃が外れて呆気に取られるナナセ。そこに横合いへ身を滑らせた僕の刀が迫った。
「うっそ……!?」
命中。確かな手応えを感じ取った直後、ナナセの身体が後方へ吹っ飛んでいく。
その光景を目の当たりにした僕も、思わず唖然となってしまった。
(当たった……? 僕の攻撃が、ナナセに……!)
まぐれの一撃。反射的に放った斬撃が、ナナセに直撃したのである。
一体どういう事なのか。考えられるのは一つしか無かった。
(御手洗さんとの特訓が活きたのか……!)
今日に至るまでの一週間、僕は志紀と二人きりで鍛錬に励んできた。その間、彼女から剣の扱い方について教わり、実践で鍛えられたのだ。その時間は極めて短いものの、積み重ねてきた努力は確実に実を結んでいる。
今、この場で発揮された特訓の成果に、僕は心の底から歓喜していた。
「いたた……なんだってのよ、もう」
だが、喜びに浸る暇など無い。予想だにしない反撃を受けたナナセは、受け身を取ってすぐさま立ち上がった。
ダメージはさほど感じられない。やはり決定打には至らなかったようだ。
「一瞬で決めちゃったら可愛そうだから、わざわざ遊んであげてたってのに……あーウザったい! ウザったいよアンタ!」
ナナセの顔から笑顔が消える。代わりに苛立ちが露となり、僕への敵意を剥き出しにしていた。
実際のダメージ以上に、今の一撃は彼女のプライドを傷つけたらしい。こうなった以上、ナナセは全力で僕を倒しに来るのは明白である。
「……ふぅ」
上等だ。本気になったナナセと渡り合う覚悟はとっくに出来ている。御手洗さんの名誉のために、何が何でも彼女に勝たなくてはならないのだ。
(今の時間で、幾許か体力を回復できたはず……勝機はある!)
刀を正眼に構え、ナナセの動きを注視する。
怒りの感情はそのままに、彼女の表情には笑みが戻りつつあった。
「決めた。アンタにはもう手加減してやんない。これ以上ないくらいド派手な技をお見舞いして、無様な負け犬に変えさせてやる」
言葉と共に、片手でライフルを突き上げるナナセ。
翠緑の双眼を徐に閉ざし、静かな声色で言葉を紡ぎ出すのだった。
「我が導は火炎。赫焉たる灯よ。その煌めきを以って千客を魅了し、万来の讃歌を我に授けよ」
詠唱の刹那、ナナセの周囲に炎が巡り始める。渦を巻きながら燃え盛る紅蓮の火柱は、まるでナナセを守護するかのような様相を見せていた。
「……っ!」
熱い。肌が焼けるような熱風が、こちらまで押し寄せてくる。空気を伝う熱気はプレッシャーとなり、僕に息苦しい感覚を与えていた。
閉ざされていたナナセの瞼が、ゆっくりと開かれる。
「ここから先は、ずっとアタシのターン♪」
循環していた炎の渦が、銃口へと吸い込まれていく。