【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
(――近づいてくる!?)
地面を強く足蹴りしたナナセが、こちらに向かって突進してくる。
てっきりライフルで撃ってくるばかりだと思いこんでいた僕は、思考が追いつかずに固まってしまった。
(どうする? 打撃を予想して回避? 駄目だ! あの速さじゃ避けられない!)
僅かに生じた遅れが、行動の幅を狭めてしまう。迫りくる脅威に心を乱されながらも、僕の脳は防御を選んだ。
「フッ!」
予想は大外れ。すぐそこまで接近してきたナナセだが、僕を攻撃するでもなく、軽やかに真上を飛び越えるのだった。
「なっ……!?」
攻撃してこない。彼女が取った行動の意味が分からず、僕の思考は更に混乱してしまう。
そんな僕に構わず、ある程度の距離が空いた地点で着地を決めるナナセ。その場でクルッと身体を回転させ、こちらへ向き直った。
(彼女は一体、何を……?)
困惑も束の間、クスリと微笑むナナセの足元から突如として炎が噴き上がる。両足から噴射されている物だと気付いた時には、彼女は再び接近を始めていた。
(また来る!)
走る、というよりは滑るという表現の方が近いだろう。炎の推進力で前に進むナナセの速度は凄まじかった。
彼女が通った後には炎の軌跡が残るほどで、まるでレールのように真っ直ぐ伸びている。
(今度は何が来るっていうんだ!)
分からない、ナナセの動きが。彼女の思惑が。そして、自分がどうすべきなのかさえも。
あれこれ考えている内に、火炎のレールが僕の横を通過した。綺麗な直線を描いたソレは、狙いを大きく外しているように見える。だけど、どうして。
「ッ!」
レールの伸びる先に視線を追わせる。ナナセの姿をこの目で捉えた時には、既に彼女は炎で加速してきていた。
(何も……出来ない!)
ただ立ちすくむ事しか出来ない僕。その隣に二本目のレールが敷かれていく。
三本目。四本目。五本目。六本目。ナナセの足元から形成される炎のレールは、次々と数を増やしていき、それら全ては僕を取り囲むようにして配置されていった。
(囲まれた……!)
七本目が並べられる。気が付いた時には、僕は四方八方を炎で囲まれていた。
その光景はまるで、炎の壁に閉じ込められたような感覚である。いや、違う。実際にそうなのかもしれない。ナナセは最初から、この状態を作り上げるために動いていたのだ。
炎の檻に囚われ、身動きが取れなくなった僕を見て、彼女はニヤリと笑う。
「さあ皆様、ご注目! 只今、彼を取り囲む七つの恒星! 七芒星を象ったそれらは一つに重なり合い、やがて巨大な太陽へと花開かせます! その名は――」
芝居じみた口調で語るナナセ。その間にも炎の壁は高さを増し、僕の視界を完全に埋め尽くしていった。
たとえ飛んでも脱出できそうもない。そんな絶望的な状況の中、ナナセの言葉が響き渡る。
「シャイニー・ヘプタグラム!」
そのワードは、勝利宣言と同等の意味を孕んだ、彼女のとっておきの名であった。
※
七芒星の形をした火柱が、一瞬にしてトモキを呑み込む。辺り一帯を覆い尽くす程の業火は、まさに太陽の如き輝きを放っていた。
「トモ……キ?」
その光景を、選手入場口で見届ける生徒が二人。親友、
その内、アキトは目の前に広がる決定的な敗北を目の当たりにしてしまい、言葉を失っていた。
「……クソッ、やっぱり駄目だったか!」
呆然とした物から、悔しさを滲ませた物へ。徐々に変化していく表情。わなわなと肩を震わせるアキトは、握り拳を作って歯噛みする。
元々、勝てる試合だとは思っていなかった。ナナセは特待生。癪に障る性格とはいえ、その実力は折り紙付きである。
それを相手に、一ヶ月前まで普通の少年だったトモキが敵う道理はない。その事はアキト自身も、重々承知していた。
(でもよ……奇跡を、親友を信じたって良いじゃねぇか!)
そもそも、トモキが決闘に挑んだ理由は志紀にある。彼女の名誉を守る為。ただそれだけの理由で、ナナセに戦いを申し込んだのだ。その結果がこれでは、あまりにも報われないではないか。
ナナセが勝った時の条件。それはトモキが一生、志紀に関わる事を禁ずるという残酷なものであった。どんな条件を課せられようと、決闘が成立してしまえば文句は言えない。それがアカデミーのルールなのである。
(こんなのって……あんまりだろ!)
これでトモキと志紀は、二度と関わる事が許されない。親友の気持ちを知っているだけに、アキトはやりきれない思いでいっぱいになった。卒業するまでの三年間、トモキは心に深い傷を負い続ける事になるのだから。
ナナセの勝利を確信した観客が沸く中、アキトだけは苦悶の表情を浮かべていた。
「まだ、終わってない」
隣から不意に、声が飛んでくる。ハッと我に返ったアキトが見やると、そこにはアリーナから目を逸らさずにいる志紀の姿があった。
ショックを受けている様子は無い。むしろ、何かを待ち望んでいるようにすら感じられる。恐らくは、トモキの勝利か。
「終わってない、って……アンタが信じたい気持ちは分かるけどよ。いくら何でも、あの状況から逆転なんて……」
「貴方はトモキの親友でしょう? だったら、最後まで彼の事を信じるべき」
ハッキリと言い切る志紀の声色に、一欠片の迷いも感じられない。その強い意志を感じ取ったのか、アキトはそれ以上の反論は出来ずに黙り込んでしまった。
(信じる……信じていいのか?)
自分としても、トモキの事は信じたいと思っている。しかし、今の戦況を打開できる手段はどうしても、アキトには見当たらないのだ。ナナセの大技を直に喰らってしまったなら、間違いなくトモキの敗北で終わるだろう。
もし、その手段が知っている者がいたとしたら。それは一人だけである。
(……御手洗。このピンチを見事にひっくり返せる策を、トモキに教えたのか?)
この一週間、トモキは志紀に特訓をつけてもらっていた。その時に技の一つや二つ、伝授されていてもおかしくはないだろう。
もし本当に、まだ希望が残っているのであれば――
「ッ!」
トモキを包み隠していた火柱が、次第に弱まっていく。
やがて完全に消え去った頃、アリーナの中央ではボロ雑巾のように倒れたまま動かない、無惨な姿のトモキが転がっていた。