【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】   作:いんせき

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第31話 赤色に煌めく七芒星

(――近づいてくる!?)

 

 地面を強く足蹴りしたナナセが、こちらに向かって突進してくる。

 てっきりライフルで撃ってくるばかりだと思いこんでいた僕は、思考が追いつかずに固まってしまった。

 

(どうする? 打撃を予想して回避? 駄目だ! あの速さじゃ避けられない!)

 

 僅かに生じた遅れが、行動の幅を狭めてしまう。迫りくる脅威に心を乱されながらも、僕の脳は防御を選んだ。

 

「フッ!」

 

 予想は大外れ。すぐそこまで接近してきたナナセだが、僕を攻撃するでもなく、軽やかに真上を飛び越えるのだった。

 

「なっ……!?」

 

 攻撃してこない。彼女が取った行動の意味が分からず、僕の思考は更に混乱してしまう。

 そんな僕に構わず、ある程度の距離が空いた地点で着地を決めるナナセ。その場でクルッと身体を回転させ、こちらへ向き直った。

 

(彼女は一体、何を……?)

 

 困惑も束の間、クスリと微笑むナナセの足元から突如として炎が噴き上がる。両足から噴射されている物だと気付いた時には、彼女は再び接近を始めていた。

 

(また来る!)

 

 走る、というよりは滑るという表現の方が近いだろう。炎の推進力で前に進むナナセの速度は凄まじかった。

 彼女が通った後には炎の軌跡が残るほどで、まるでレールのように真っ直ぐ伸びている。

 

(今度は何が来るっていうんだ!)

 

 分からない、ナナセの動きが。彼女の思惑が。そして、自分がどうすべきなのかさえも。

 あれこれ考えている内に、火炎のレールが僕の横を通過した。綺麗な直線を描いたソレは、狙いを大きく外しているように見える。だけど、どうして。

 

「ッ!」

 

 レールの伸びる先に視線を追わせる。ナナセの姿をこの目で捉えた時には、既に彼女は炎で加速してきていた。

 

(何も……出来ない!)

 

 ただ立ちすくむ事しか出来ない僕。その隣に二本目のレールが敷かれていく。

 三本目。四本目。五本目。六本目。ナナセの足元から形成される炎のレールは、次々と数を増やしていき、それら全ては僕を取り囲むようにして配置されていった。

 

(囲まれた……!)

 

 七本目が並べられる。気が付いた時には、僕は四方八方を炎で囲まれていた。

 その光景はまるで、炎の壁に閉じ込められたような感覚である。いや、違う。実際にそうなのかもしれない。ナナセは最初から、この状態を作り上げるために動いていたのだ。

 炎の檻に囚われ、身動きが取れなくなった僕を見て、彼女はニヤリと笑う。

 

「さあ皆様、ご注目! 只今、彼を取り囲む七つの恒星! 七芒星を象ったそれらは一つに重なり合い、やがて巨大な太陽へと花開かせます! その名は――」

 

 芝居じみた口調で語るナナセ。その間にも炎の壁は高さを増し、僕の視界を完全に埋め尽くしていった。

 たとえ飛んでも脱出できそうもない。そんな絶望的な状況の中、ナナセの言葉が響き渡る。

 

「シャイニー・ヘプタグラム!」

 

 そのワードは、勝利宣言と同等の意味を孕んだ、彼女のとっておきの名であった。

 

 

 七芒星の形をした火柱が、一瞬にしてトモキを呑み込む。辺り一帯を覆い尽くす程の業火は、まさに太陽の如き輝きを放っていた。

 

「トモ……キ?」

 

 その光景を、選手入場口で見届ける生徒が二人。親友、万城(バンジョウ)明人(アキト)と、特待生、御手洗(ミテライ)志紀(シキ)である。

 その内、アキトは目の前に広がる決定的な敗北を目の当たりにしてしまい、言葉を失っていた。

 

「……クソッ、やっぱり駄目だったか!」

 

 呆然とした物から、悔しさを滲ませた物へ。徐々に変化していく表情。わなわなと肩を震わせるアキトは、握り拳を作って歯噛みする。

 元々、勝てる試合だとは思っていなかった。ナナセは特待生。癪に障る性格とはいえ、その実力は折り紙付きである。

 それを相手に、一ヶ月前まで普通の少年だったトモキが敵う道理はない。その事はアキト自身も、重々承知していた。

 

(でもよ……奇跡を、親友を信じたって良いじゃねぇか!)

 

 そもそも、トモキが決闘に挑んだ理由は志紀にある。彼女の名誉を守る為。ただそれだけの理由で、ナナセに戦いを申し込んだのだ。その結果がこれでは、あまりにも報われないではないか。

 ナナセが勝った時の条件。それはトモキが一生、志紀に関わる事を禁ずるという残酷なものであった。どんな条件を課せられようと、決闘が成立してしまえば文句は言えない。それがアカデミーのルールなのである。

 

(こんなのって……あんまりだろ!)

 

 これでトモキと志紀は、二度と関わる事が許されない。親友の気持ちを知っているだけに、アキトはやりきれない思いでいっぱいになった。卒業するまでの三年間、トモキは心に深い傷を負い続ける事になるのだから。

 ナナセの勝利を確信した観客が沸く中、アキトだけは苦悶の表情を浮かべていた。

 

「まだ、終わってない」

 

 隣から不意に、声が飛んでくる。ハッと我に返ったアキトが見やると、そこにはアリーナから目を逸らさずにいる志紀の姿があった。

 ショックを受けている様子は無い。むしろ、何かを待ち望んでいるようにすら感じられる。恐らくは、トモキの勝利か。

 

「終わってない、って……アンタが信じたい気持ちは分かるけどよ。いくら何でも、あの状況から逆転なんて……」

「貴方はトモキの親友でしょう? だったら、最後まで彼の事を信じるべき」

 

 ハッキリと言い切る志紀の声色に、一欠片の迷いも感じられない。その強い意志を感じ取ったのか、アキトはそれ以上の反論は出来ずに黙り込んでしまった。

 

(信じる……信じていいのか?)

 

 自分としても、トモキの事は信じたいと思っている。しかし、今の戦況を打開できる手段はどうしても、アキトには見当たらないのだ。ナナセの大技を直に喰らってしまったなら、間違いなくトモキの敗北で終わるだろう。

 もし、その手段が知っている者がいたとしたら。それは一人だけである。

 

(……御手洗。このピンチを見事にひっくり返せる策を、トモキに教えたのか?)

 

 この一週間、トモキは志紀に特訓をつけてもらっていた。その時に技の一つや二つ、伝授されていてもおかしくはないだろう。

 もし本当に、まだ希望が残っているのであれば――

 

「ッ!」

 

 トモキを包み隠していた火柱が、次第に弱まっていく。

 やがて完全に消え去った頃、アリーナの中央ではボロ雑巾のように倒れたまま動かない、無惨な姿のトモキが転がっていた。

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