【第一章・完】拝啓、マイネイバー【更新休止】 作:いんせき
「おーい、トーモーキー」
アキトの呼びかける声が、室内に虚しく反響する。
試合終了から数十分。医務室に運ばれたトモキは、治療を受けた後も目を覚ましていなかった。スーツの防護機能は目立った外傷こそ防ぐものの、極度の疲労までは癒せない。
試合の後は勝敗に関わらず、医師の診断を受ける必要があるのだ。
「……駄目だ、ちっとも起きねぇ」
トモキの眠るベッドの傍で、アキトが諦めたように溜息する。
魔法の多用による疲労。被弾による体力の消耗。原因は様々だが、試合の後に気を失う生徒は少なくないという。殆どの場合は後遺症は残らず、安静にしていれば回復する程度なので心配は無用――とは医師の言。
ちなみに、ナナセの方は既に完治しており、アリーナの外に出たとの事。決闘に負けたとはいえ、特待生の肩書きは伊達ではない。
「全く、焦らしてくれるぜ。今こうして、お前の大好きな親友とカノジョさんが心配してるってのによ。なぁ?」
隣に立つ少女へ、アキトは同意を求めるように話しかけた。
しかし、返事は返ってこない。銀髪の少女――志紀はトモキを見守ったまま、一言も声を発しようとしなかった。
「……まぁ、カノジョさんはハッキリ口に出さないけど? きっと心ん中じゃ、オレと同じ気持ちだと思うんだよな~。だからさっさと起きてこい、な?」
「勝手に私の心を決めつけないで」
「へーい……」
一言二言の会話が途絶え、医務室に流れる沈黙。アキトにとって、物事に熱中している訳では無い、ただ黙っているだけの空間というのは苦手な物だった。
「ま、無理もないか……特待生を相手に、あれだけの激戦を繰り広げたんだからなぁ」
故に、独り言になるとしても沈黙を続けさせない。アキトは先程の決闘を思い返し、感慨深げに呟くのだった。
「シャイニー・ヘプタグラム。七芒星の形をした炎で、相手を焼き尽くす
その思いを抱いたのはアキトだけでは無い。アリーナで観戦していた殆どが、トモキの敗北を悟ったはずだ。
しかし、その予想は大きく裏切られる事となった。
「でも、お前は耐え抜いた。もう力なんざ残されちゃいなかったはずなのに、それでも立ち上がりやがった。今でも信じられねぇぜ……あんな状況で逆転勝ちしちまうなんてよ」
それは正しく、奇跡と呼ぶに相応しい。
身体のあちこちに火傷を負い、体力も底を尽きかけていた状態で。
見事、トモキはナナセを打ち破り、観衆の前で勝利を収めてみせたのだ。
「凄ぇ、なんモンじゃねぇ。今年一番の大物だぜ。お前、学園内のパワーバランスをぶっ壊すつもりか?」
アキトが冗談交じりに言ってみせると、小さな笑い声が耳に届いた。
まさか、と隣を見れば、志紀の口端が僅かに吊り上がっているではないか。
「お、笑った。どうやら、俺様のジョークセンスが冴え渡っちまったようだな」
「笑ってない」
「いいや、笑ったね。俺の耳はどんな些細な音も拾っちまうスグレモノなんだぜ」
「その耳は不調のようだから、今すぐ医師の診察を受けてくるといい」
二人で言い合っていると、トモキの物と思わしき唸り声がベッドから届く。アキトと志紀が揃ってそちらに目を向ければ、その瞼が薄らと開かれ始めているところだった。
「うぅ……あれ、ここは……?」
控え室に戻ってきた途端に気絶してしまったため、ここが何処なのか分からない様子のトモキ。
首を動かして辺りを見渡そうとする彼の視線が、二人のそれと合わさった。
「やっと起きやがったな、トモキ。随分と遅いご起床で」
「アキト……それに、御手洗さんも……」
二人の姿を捉えたトモキが笑顔を浮かべる。まだ目覚めたばかりな為か、その表情には若干の疲れが見受けられていた。
「無理に身体を動かさない方が良い。意識を取り戻したと言っても、蓄積した疲労は抜けきっていない筈。もう暫くは、ここで安静にしているべき」
「そうだね。当分は安静に……というか、動かしたくても動かないや」
情けなさそうに苦笑いするトモキ。勝ったはずの彼が未だにベッドから起き上がれず、負けたナナセが今ではピンピンしているのだから、奇妙といえば奇妙な光景だ。
「よう、トモキ。このまま静かに寝る……ってのは退屈極まりねぇだろうし、どうだ? 今から俺ら三人で、今日の反省会と洒落込もうじゃねぇか」
「えぇ……そこは僕の勝利を祝うところじゃないかなぁ」
「私は賛成。貴方の動きには幾つもの改善点があった。今後の試合に活かす為にも、ここでキチンと分析しておくべきだと思う」
「……と、いうワケさ。反論は受け付けないぜ、トモキ君?」
「て、手厳しい……せめて、リンゴぐらいは食べさせてほしいな」
トモキが回復するまでの間。三人は互いに仲を深めると共に、有意義な時間を過ごすのであった。