追記
Helixシリーズの仕様についてご指摘を頂いたので補足になる会話を差し込みました
機材オタクを自認する以上、北欧からは熱視線を外せない。
個人的に特に推せるのはフィンランドだ。みんな大好きSweet Honey Overdriveを生み出した現代の伝説ブランドBJFEや、そのデザイナーが共同で立ち上げたMad Professor、今やロック・ポップスで派手なサウンドを作るには欠かせないモダン系ベーシストの竹馬の友Darkglassもそうだし、ピックアップに真空管を組み込む天才的発想で知られるギターメーカーRuokangusもある。
スウェーデンもかなり推せる。私の大好きなピックアップメーカーLundgrenやヘッドレスギターの雄Strandberg、つぐちゃんの愛用する真っ赤なシンセが代表的なNord、リサちゃんが使ってるベースアンプメーカーEBSも素晴らしい。
またそれぞれのお隣、エストニアには国名を冠する世界唯一のピアノメーカーEstoniaが、デンマークにはHot Drive’n BoostのCarl Martinがあるなど、北欧は新しいものから伝統的なものまで魅力に溢れている土地である。
そんな北欧がまたやった。またやったのだ。
アンププロファイリングとかいうトンデモ技術で界隈を揺らしたKemperやAxe-Fxシリーズで玉座に着くFractal Audio、フロアタイプの利便性高いプロセッサーHelixファミリーで盤石の地位を築くLine6の三社が独禁法ナンボのもんじゃいと占拠し、BOSSやPositive Gridが独自の製品で果敢に挑みかかっていたハイエンド・マルチエフェクター業界の横面を張り飛ばした一撃。
Quad Cortex。Axe-Fxに迫るハイパワーDSPとKemperのようなサウンドプロファイリング機能を持ちながら、Helix Floorの半分ほどまで小型化に成功した、高品質フロア型プロセッサーが現れたのである。
「つまり〜……インフレ漫画のラスボス、って感じでいいんですかね〜?」
「語弊はあるけどまあまあまあ……」
モカちゃんの例えがなかなか秀逸だった。
あれから、外で変なポーズ取りっぱなしだった恥知らずの先輩(まあギターに灰こぼしたことは謝ってきたからいいやもう)を改めて紹介してスタジオに戻ってきた私たちは、大きなガラステーブルの上にずらりと広げたマルチエフェクターをモカちゃんにお試し頂いていた。一応説明はできるように対面に座りつつ、まあぶっちゃけ見物モードである。直感的な操作のしやすさってなんも聞かず適当に触るのが一番実感しやすいから、とりあえず遊んでもらおうというわけだ。
ギターは持ってきてもらってなかったんだけど、幸いスタジオに同じ仕様のがあったので勝手に使ってる。
「実際触った感じはどうよモカちゃん」
「んん〜……ちょっと、そっちの触ってみてもいいですかねー」
「青葉ちゃん、きちんと同時に比べようとすんの偉いな。ほい、POD GO」
「ありがとうございます〜」
自分が使ってるのと色以外はまったく同じらしいシェクターの黒いストラトを膝に載せたまま「んしょ……」と身を乗り出して(あれ、めちゃくちゃ細身な割にスタイル良いな……?)スイッチを押す。前に蘭ちゃんにファズを進めたときに使ったようなあれ、先輩がキチンと使えてんのがなんか釈然としねえ。私より絶対バカなはずなのに。
「なにもにょった顔してんだ。お前アンプの整備とかもできんだし、別に機械系苦手じゃねえだろ」
「いや全然苦手だわ。頑張って勉強してんだい」
「結弦子さん、勉強とかするんですね〜」
「モカちゃん……?」
普通にショックなんだが……?
私には一瞥もくれず、デラリバのモデリングとTS系の音で『True Color』のイントロを弾くモカちゃんはクール系美少女だ。なんか思いついたのかエフェクトを操作しようとPOD GOのフットスイッチを回……そうとして、ちょっと億劫そうに手のひらでガチガチ押してモードを切り替える。
「大きさはー、ペダル付きなことを考えてもこっちの方が良さげですけど〜……Quad Cortexの方が操作は楽ですね〜」
「フットスイッチがそのままツマミになってるもんな」
POD GO、40種類以上のモデリングアンプに加えてプリセットにデフォで入ってるワウとボリューム、トータルEQを除いた多種多様エフェクトを4つまで自由に配置できて7万円弱という、制限はありつつもかなり便利な代物だ。外部のペダルを繋ぐ分にはFXループを一か所にしか置けないくらいしか縛りがないので、ちょっと音楽作るくらいならこれで十分と言っていい。
しかし、こいつと比較したら4倍以上の値段をするQuad Cortex君は、高い料金に見合うサービス精神をお持ちだった。
「POD GOのツマミも、画面の上下分割とリンクしててわかりやすいんですけどー……やっぱりタッチパネルには敵わないですね〜。ぴっ」
「あとモデリングの精度な。マイクの位置までタッチパネルで細かく設定できるとか、Axeにもなかった機能だし」
Quad Cortexの値段は30万、全然手軽に買えるものじゃない。でもとんでもない出来のモデリングデータを処理できる余裕たっぷりのDSPによる音質を考えたら全然許容範囲内だろうな。ボリュームへの追従から音の消え方までリアリティに溢れ、ブライトスイッチみたいな固有のパラメータまで付いてるイカれた再現度のアンプ、ヘッドとキャビをそれぞれ選べるのはまあこの手のもんには標準装備だけど、そこに立てるマイクの位置まで細かく決められるのはたぶん業界初だ。
小さい頃からママにくっついてスタジオに入り浸ってたから、エンジニアの人と話すことがたくさんあった。エンジニアのお姉さん言ってたよ、アンプのキャビのに対してShureの57立てるかAudixのi5か、オーテクのATM23HEなんかもたまにはいいかなとか、同じマイクでもスピーカーコーンど真ん中に向けるかちょっとフチに寄せるか、近付けて近接効果狙うか離してスッキリさせるか、角度つけるかどうか、キャビの後ろ開けるかとかで無限に音が変わるって。そこまでじゃないにしろ、多少はそれに近い調整ができるってのは尋常じゃないよな。
しかも歪みや空間系のエフェクターも同等のクオリティで多種多様に備えている上に、どうしても手元のもんをこの中に組み込みたかったらプロファイリングまでできる。やべえよな。
「POD GOはともかく、Helixファミリーはちょっと前にアプデでできるようになったけどな」
「えっマジ?」
持ってねえ機材のアプデ情報までは流石に把握してねえ……もしかしてAxeもできんじゃね? あっちは種類と多少の段階設定だけ? でもいつかアプデ来そうだな……。
新情報に殴られた私のことはともかく。Quad Cortexに切り替えてから、モカちゃんは迷いなくすいすい音作りしていく。特にマニュアルとか読んでねえんだけど、それでもなんとなくで操作できるのは彼女が聡明だからだけではない。
Mesa/BoogieアンプのクランチにRAT系のディストーションを足したドス黒く鋭い音で『Hey-day
「さっき、Axe-Fxでしたっけ〜? 触らせてもらいましたけどー……音の良さが同じくらいなだけに、操作しやすいこっちの方が、あたしには合ってますね〜」
「バリバリのバンドマンだっけか? じゃあ直感でわかる方がライブでも便利だわな。……にしてもよぉ」
先輩うざい。ニヤニヤ見んじゃない! パイプを取り出すんじゃない! 禁煙するって言ってたでしょーが!
「青葉ちゃんは賢いなぁ、結弦子みたいにとっ散らかった音作んねえもんな」
「ほほ〜う。結弦子さん、こういうの苦手なんですか〜?」
「……なんか、こう、だんだんあれもこれもやりたくなって収拾つかなくなっちゃうんだよな。私のやりたいスタイル以外の、ちょっと興味あった程度のことも出来ちゃうから」
「こいつ結構不器用っつーか、複雑なもん扱えねーからな。エフェクター好きなのに回路わかんねーってキレてたことあったろ」
「うっせー! なんで私の恥を暴露すんのさ! 禁煙も守れなけりゃ身内への気遣いもできねえのか!?」
「ハッカパイプ! ハッカパイプだから! ニコチン絶ちの誓いは守るから見逃してくれマジで!」
「結弦子さん、この誓いって何度目なんですかー?」
「とりあえず覚えてられる数ではねえかな」
駄目だ、お互いに得しねえ。
夏休みの自由研究、あの日の私はつよつよな万能ディストーションを作りたかったんだ……涼美子お姉ちゃんが手伝ってくれたおかげでなんとか形にはなったけど、まあ普通のオーバードライブっぽいもん作るのが関の山だったっけ。ユヅルコドライブ、お姉ちゃんまだ持ってんのかな。
ひとしきり私をからかって満足げな先輩は「とまあ、こいつこんなんだからさ」と続ける。
「青葉ちゃんにこれオススメしてんのは、まあぶっちゃけ誰も使わねえからなんだよ。わたしもAxeのシステムで慣れちまってて変える理由も特にねえし、うちの姫ちゃん……あー、ベースの子もこの手のもんは使わねえしさ。よければPOD GO、なんならHelix Floorでもいいけど、友達が使うなら一緒にあげちゃっていいし」
「えっ……でも、お高いんじゃないですかー……?」
「そこのアホが払うよ。そうだな……おいアホ、お前の足下って今なに使ってんだ?」
「聞き方があんまりだろ! 答えるけどさぁ!」
ファズまみれを少し反省して組み直したボードを思い出してみる。って言ってもシンプルなもんだけど。
「はー……まずメイン歪みのMyriad Fuzzだろ、そこからちょっといなたい感じのブルージーさ欲しいときのためにKarDiaNのSEROTONIN、高域強めの冷たいハイゲインにするためにVivieのCALLION……で、空間系かな。SloとEl Capistan。あと、最近はアンプも使わなくてIridiumでライン録りしてたりするから、それもか。直列で6つだし全然少ないと思うぜ?」
「パワーサプライとケーブルは?」
「パワーサプライはStrymonので、ケーブルはVemuramのやつ。ノイズもないし、心なしか音良いんだよなぁ」
「ボード無しで床に転がしたとしてもQuad Cortexひとつ買うのと費用変わんねえってわかるか?」
「……………………ま、まあ? もちろん?」
「っつーこった。ペダルボード一式プレゼントされるようなもんだと思っときなよ」
そう言って、先輩は白い陶磁器のパイプをすっと取り出し……よしよし、吸っちゃだめだかんな。大人しくしまってくれ。
私としてはモカちゃんに買ってあげるのは吝かじゃねえんだよな。蘭ちゃんとかエフェクターほとんどお客さんからもらってるっぽいし、私もギターあげたし。推しのバンドにプレゼント送るのと一緒一緒。
私としてはアフグロ箱推しなのでこのまま受け取って♡ でも全然よかったんだが、「それにな?」と続ける先輩にはまーだ説得の手札があるらしい。
「これ、処理能力高えから同時に四人まで使えるぜ?」
「……あたしがデラリバ、もうひとりがマーシャルモデリング鳴らして、ベースも、みたいな感じですか〜?」
「ワイヤレスも導入したら、ステージの上にこれだけ置いときゃ自由に歩き回れるかもな」
「……自分たちで言うのはなんですけどー、たかが学生バンドに必要ですかね〜」
「いるいる全然いる! こういうフロアタイプのやつ使うなら、なおさらこうした方がいいと思うぜ。スイッチ踏むときにうっかりケーブル蹴っ飛ばしたりすることも減るし、取り回しが利くし。なによりケーブル無けりゃギターパフォーマンスし放題だしな」
悪徳商法ばりに推しまくる先輩に、真剣な顔でふんふん頷くモカちゃん。Afterglowでシールドが邪魔になるくらいめちゃくちゃファンサパフォーマンスするんか……? 私が死んでしまうが……?
見たいか見たくないかで言ったらめちゃくちゃ見てえから遺書用意しなきゃな、と残されるギターの分配について考えていると、モカちゃんが私をじっと見ていることに気付いた。
「結弦子さん」
「んぁ? なんじゃらほい」
「結弦子さんは、いると思います〜? ワイヤレスシステム」
「そうだな、ありゃかっこいいと思う!」
「……じゃあ、蘭と相談してみますね〜。Quad Cortex、使わせて頂いてもいいですか〜?」
「おっ」
ふんわりと、焼きたてのパンみたいに優しく微笑むモカちゃんは、キラキラの顔をしていた。
落ちたな……! 次はひまりちゃんあたりに勧めてみるか。
「じゃ、返済は最高のライブでよろしくな!」
藍色の空に焦げた雲の浮かぶ夕方、あたしを家まで送ってくれた結弦子さんはそう言って去って行った。結局三人分のワイヤレスシステムのお金まで出してもらって、しかもそんなこと言われたらモカちゃんも思うところがあるわけでしてねー。
高い背中を見送って、道が被らないことを確認してからてくてく歩く。一旦帰って、取ってきたギターケースにQuad Cortexを入れて、片耳に引っ掛けたイヤホンから適当な曲を流す。
向かう先は、蘭の家。
「こんばんは〜」
蘭ママに顔パスで入れてもらって、蘭パパに深々と頭を下げてナイショにしてもらう。年明けにまたライブに出るから、そろそろコソ練してると見た。
部屋のドアをちらっと開けたら……ほーら、大当たり。
「ら〜ん。詰まってる?」
「……え、モカ? どうしたの」
「これ、今度やんない? いま流れてきたんだけど、蘭に似合うかもよ〜?」
「……」
「ふふ、ど〜うぞ」
ギターを構えてムスッとした顔のまま片耳を寄せる蘭に、仕方ないなぁって笑いながら。
「ふたりで練習してみようよ。今日ね、面白い機材もらったんだ〜」
片耳から流れてくるのは『天ノ弱』。
日が落ちきって夜が来る。
明石結弦子
サンドボックスゲーをやったら何したらいいかわかんなくてとりあえず適当に掘って家とか建てる前に飽きる
本編で名前出すの忘れてたわ 口悪いしだらしないけど曲のためにどんな音も作る人 21歳ヤニカス美人
青葉モカ
コソ練習するより一緒にいたい気分だった
美竹蘭
どっかのアホの「代金」を聞いて奮い立っている
上原ひまり
どこかからいちごパフェと抹茶パフェとチョコレートパフェとクロワッサンとメロンパンとBLTサンドのカロリーが送られてきた