拭き取り損ねて影伸ばす雲が焦げ付いたオレンジの空に、どこからか焼き芋屋さんのアナウンス。ソフト部のバッティング音が遠くに響いては、だぁれもいない屋上を静けさが転がっていく。マフラーでもしてれば温かいくらいだったある冬の放課後、夕凪の真ん中に細い弦の震える音が囁いていた。蘭は、今日もあたしより先にいる。
「ま〜たあたしのパート練習してる〜」
「……いいでしょ。どうせなら弾けるようになりたいし」
屋上でふたりきり、『天ノ弱』の練習をするようになった頃。授業が終わってすぐに屋上へ向かっても決まって蘭が先にいて、そしてイントロのギターリフを一生懸命練習していた。歌もあるからあたしが弾くって言ってるのにー。
むすっとした顔をほんのり緩めて、彼女はぽつりと零した。
「今日はちょっと遅かったね」
「えへへ〜、ピックが見当たらなくて」
嘘なんだけど。
見やすいように大きく印刷したTAB譜を筆箱で留めてピッキングに四苦八苦する蘭に、あたしはいつも後ろから声を掛けていた。いつも姿勢のいいあの子の、ギターにのめり込んで丸くなった背中を見るのが好きだった。後ろでちょっと眺めてたのは気付かれてるかな。どっちでもいいけど。
「調子どう〜?」
「……別に」
「リフのスキッピングできたー? あたしあれ得意かも〜」
「……」
「あはは」
悔しそうな顔でジトッと睨まれて、それでもあたしは嫌な気がしなかった。蘭となにかを競い合うのって、たぶん初めてだったから。
あたしも背中のケースからギターを取り出した。SchecterのEX……じゃなくて、SD。ストラトキャスタータイプの、楽器店で触らせてもらった中で一番しっくり来たやつ。フラッグシップモデルじゃなくてちょっとだけ安いやつを両親の手厚い支援となけなしのお小遣いでどうにか買った。
まだピッカピカなそれといくつかのピックが収まったケースを手に、ちょっと伸ばした体育座りな蘭の隣にお清楚な横座りで寄り添う。今日は……これかな。ティアドロップ。なんか薄めなやつ。
本当は蘭の歌が乗るイントロのリフを、鼻歌とかもなしにどうにか弾いてみる。弦をひとつ以上跨いで弾くスキッピングってやつが最初からあるけど、左手でなんとかミュートして誤魔化しつつジャカジャカ。折り返しの5連符レガートも……よし。
「……ふふ〜、どうよー」
「ちょっと焦ってたでしょ」
「余裕だったもーん」
実は危なかった。5連符のフレーズ、ハンマリングはまだ良いにしてもプリングで他の弦を巻き込みそうになる。もうちょっと正確に鳴らそうと思うと……うーん……筋トレ?
指をぐーぱーさせるあたしをよそに蘭が再チャレンジ。
……オクターブの押さえ方がぎこちない。小指が苦手なのかも。音がプツプツしてる。でも、あたしと違ってピッキングするときに余計な弦までは巻き込んでない。きちんと押さえられてるとこは綺麗に弾けてる。例のレガートも、5連符の最後の開放弦を詰め込み切れてないだけで弾けてはいた。
はじめた頃より、昨日より、着実に上手くなっている。
蘭は悔しそ〜に顔を顰めるけど、小さく溜め息を吐いたらすっぱり切り替えた。
「……モカ、もう一回見せてくれない? できればちょっとゆっくり」
「おっけーぃ、任せて」
特にこういうとき、蘭はすごく素直だ。あたしも茶化さずに応えて、少しだけテンポを落として同じフレーズを弾いてみせる。爪弾く指に注がれる視線で火傷してしまいそうで、ちょっぴりドキドキしながら。
──熾火みたい。
黒い炭の中で煌々と再燃を待つ火種の色。真剣な顔であたしの手元にかぶりつく蘭の赤い一房が、紺色に染まっていく冬の空に浮いて仄かに明るくて。ぼんやり見惚れながら、それでもあたしの手は初心者なりに正確に動いてくれた。
蘭は自分の指を動かしてみて小さく頷く。でもピックを握り締める手はがちがちで、顔もちょっぴり緊張気味。あたしはつい笑いが漏れちゃったけど、それにも気付かないで。
「よし、やってみる」
「……ら〜ん。ちょっと、こっち向いて?」
強張った顔の蘭に、あたしは────
「えいっ」
「ひゃ……なにモカ」
「顔怖いよ〜? モカちゃんパワーで温めてしんぜよう〜」
「いや、モカの方が体温低いしゅむっ……こねるな!」
「蘭のほっぺもちもち〜、赤ちゃんみたい」
「なに面白いことしてんだ」
大体2週間に1度あるCiRCLEの定例ライブ、今年の一回目。トップバッターはポピパだったけどトリはあたしたちだった。『That Is How I Roll!』で始まって『Y.O.L.O!!!!!』で大盛り上がり、『Scarlet Sky』で更に客席をあっちあちにして、一旦袖に引っ込んだところだった。今はアンコール待ち。年末もこんなことしてたっけ。
ひとつ違うとすれば、蘭の顔がちょっと固いこと。
「機材心配〜?」
「……実は、少しだけ」
マルチエフェクターQuad Cortex、一台でギターを四本鳴らせるすごい子。今日のあたしたちはこれを使って『アンプ無しライブ』をしてる……んだけど。
「あれがトんだらおしまいだもんな!」
「やめてよ巴! 言葉にしたら不吉じゃん!」
チューニングと、ついでに直せるわけでもないのにパーツの確認をしてたひーちゃんが悲鳴を上げた。あたしの脳裏にはパスパレのデビューライブに起きた大事件がよぎる……けど、こうも思う。
「Qちゃん自体は、なんだかんだ大丈夫そうだけどね〜。まりなさんやスタッフさんたち、リハのときに総出で色々チェックしてくれたし」
「本体の配線から電源から、すげー気遣ってくれたもんな」
「むしろー、ほかのチェックが必要じゃない〜? 弦が切れそう、ピックが割れそう、ネックが折れそう〜……ない?」
「いや、手入れくらいちゃんとしてるし……………………モカ、グリス持ってる?」
「も〜。……てってれれってって〜んてって〜」
「ありがと」
うん、蘭の顔がいつも通りになってきた。興奮でほこほこ火照ってる頬、ちょっぴり柔らかい表情。ボルテージ上昇中なまんまの熾火の蘭だ。
あたしも大丈夫だったかな、と昨夜のメンテを思い返しているとアンコールが聞こえ始める。手拍子の音、あと名前を呼ぶ声も。一際大きいのは香澄かな? 「蘭ちゃーん!」って。あの人懐っこさは憎めないよね。
「ほーら蘭! 呼ばれてるぞ! いけいけ!」
「レッツゴー! えい、えい、お」
「ふたりで押したら流石に危ないよ!?」
「つ、つぐ……? つぐに遮られた……? 嘘……」
「別に押さなくても歩けるから……」
「さ〜、いくよ〜」
ステージにまた戻りながら、そういえばワイヤレスなんだし、とイントロを擦っていく。最初の1小節だけをちょっと弾いた瞬間に歓声が上がる。なんの曲かわかるよね〜、流石に。
そのまま空白をおいて、4小節目のパワーコードからもう一度1小節目だけを。また2、3小節目を飛ばして、4小節目には適当にチョーキング。
繰り返しながらアイコンタクトを試みる。トモちーん、スローンに座った〜? いける? いけるね〜?
さて、実はモカちゃんの前にもマイクがあるんですな。
「──ドラムス、トモエ・ウダガワ〜」
ブリッジミュートに切り替えてコールした瞬間迸るドラムソロ。あれで結構な技巧派、反動を使って片手で3連符ストロークを繰り返しながら右手でタム回しをする派手なフレーズの下で、ダンス部らしい柔軟な運動能力によるワンバス片足16分連打。徐々にシンバルの連打へと移行してって、あたしのギターもコードストロークでじゃらじゃらすればオープニングは完璧ってわけですよ。
シンコペーションのシンバルストップとあたしのギターが揃う。そして、頭を食って────
「──『僕がずっと前から思ってることを話そうか』」
あの日、ふたりでいつまでも練習したリフに蘭の歌が重なる。蘭がちょっと不満そうだけど、だ〜め。あたしが弾くもんね。
「『友達に戻れたら それ以上はもう望まないさ』」
5連符のレガートもすっかり慣れた。右手をブリッジに軽く触れさせて余計な伸び方をしないようにすること、アンプを通せば結構しっかり鳴ってるからバタバタせずに最小限の力・動きで抑えること。このフレーズのコツを掴むのは蘭のほうが早かったなー。
「『君がそれでいいなら僕だってそれで構わないさ』」
リフをなぞるようなドラムと息を揃えてトモちんと目配せするときっちりリズムキープされたスティック回しが帰ってくる。ひーちゃんは? いいね〜、指をウェーブさせて調子を確かめつつ客席に手を振る余裕もある。つぐは温めるように組んだ指をふんわり解いて花の笑みを。緊張はなし、余裕があって良い表情。
あたしは、言わずもがな。
「『嘘つきの僕が吐いた はんたい言葉の愛のうた』──!」
蘭の隣で絶好調以外あるもんか。
ピックスクラッチからオクターブ奏法。蘭の歯切れの良いザクザクしたパワーコードの上には、あたしのオレンジ色のハイゲインを乗せて鮮やかに。つぐのオルガンが作る奥行きにディレイを残しながら前へ前へと鋭く飛び出していくリフは、大袈裟なスライドも織り交ぜながら歌心たっぷりに弾きこなしてみせよう。蘭の歌にも負けない、あたしの
あたしがすごくなればなるほど、それを超える蘭が際立つから。
Aメロはひーちゃんお得意のスラップが目立つ。ギターのリフをなぞりながら、合間合間にロータリーや3連プルのフィルを織り交ぜるテクニカルフレーズ。あたしたち、弾いてみたばっかり参考にしてたからこういう引き出しだけ豊富なんだよね。おかげで魅せプに困った覚えはない。
ベースの少し派手め、太いっていうより鋭い芯の通る音がバチバチとスパークして、表拍を外してちょっと変則的なところにキックを差し込むトモちんのダンサブルなドラムや、小節の間を縫う蘭の芳醇で分離の良い歪みにも飲まれることなくグルーブを生み出す。折り返しであたしがハーモニクスを涼やかに鳴らせば、ドローバーを押し込んだ優しめな音色でつぐのカウンターメロディが彩って。
かと思えば、Bメロに入ればつぐの表情が変わる。
アンシミュを通して軽く歪んだピアノで荒くもタイトなコードバッキング。右手のコードを平行移動で空へ昇らせて爽やかな浮遊感を演出していくアグレッシブなコードプログレッションのどこが『普通の女の子』なんだろう。事変とかを聴き込むバンギャのそれすら超越して理論オタクの発想じゃない?
前半の2小節だけで楽器隊のイイとこぜ〜んぶ持ってったつぐのこなれた滑らかなグリッサンドと、なんともぎこちないウィンクのギャップ萌えで黄色い悲鳴が木霊する。大学生くらいのお姉さんたちから支持が厚いんだよね。
あたしも便乗しちゃお。ファルセットで上ハモを重ねながら歌メロにセブンスコードを乗せると蘭がニヤリと笑う。いいでしょ〜。
Bメロはあっという間だ、スネアの3連符ロールが仕掛けた爆弾を、ウォーキングベースからのゴーストノートを織り交ぜたスラップが起爆する。
「『僕の頭ん中はもうグルグルさ』」
──さぁ、『かっこいい』をしよう。
「『この両手から零れそうなほど 君に貰った愛はどこに捨てよう?』」
サビに入れば、み〜んな息が揃う。
余計な装飾は極力省いたドンパンの四つ打ちだけど、ハットの開閉をハキハキと、そしてほんの少しだけスネアが食い気味に入るトモちんの力強いドラム。
トーンを上げつつブリッジ寄りのところをツーフィンガーで弾いて存在感は出しながらも、フレットに当てるようなアクセントはほぼほぼ押さえた角のないピッキングでギターの居場所を開けるひーちゃんのいぶし銀なベース。
テンションノートを駆使した最低限の音程移動を心掛けながらも右手では合いの手のメロディや軽いグリッサンドを織り交ぜて、アンシミュを通した歪んだオルガンで奥行きと飾り付けを豪華にしてくれる気立てのいいつぐ。
艶のある声を割れそうなくらい張り上げながら6弦全部押さえるフルコードで掻き鳴らして、ときどき低音リフで引き締めに行くかっこいい蘭。
……それと、みんなが褒めてくれた、あたしの作った音。
「『限りのある消耗品なんて僕はいらないよ』──!」
噛み合って、ときどきちょっとぶつかって、それでも確かに重なって。
いつも通りの『Afterglow』が響鳴する。
頬を伝う汗すらはっきりわかる。指先は油を差したからくりみたいにするする動く。えー、東京の1月14日ってこんなにアツいものなんでしょうかねえ? な〜んてね。
……うん、機材も、蘭も、みんなも。全部順調だ。
2番に入ると、また歌のバックでちょっかいを掛け合うみたいなフレーズの応酬が始まる。ひーちゃんが20フレット近くの高音域で弾くマイナーペンタに手癖を読んでカウンターメロディを合わせながら、頭の奥で冷静なあたしがみんなを見る。
ひーちゃん、さっき心配してチューニングを上擦り気味にしたおかげかまだ安定してる。指も腕もバテてないからまだまだえいえいおーモードだ。疲れてヨレるなら最悪ギタースラップでもしてフォローに回ろうかと思ったけど大丈夫そうだね。
つぐ、ちょっと疲れてきたかな? でも音の切り替えやコードチェンジは全然キレの良いまま。アドリブやオカズが少なくなった分はあたしが弾けばいい。
トモちん、うーん超元気。ダンス部だけあって足下のリズムは完璧だけど、スネアがちょ〜っぴり走り気味になってきた。ひーちゃんがちょっと後ノリになってきたし、そっちに寄せてブレーキかけに行こっかな。
……あたしは、蘭みたいな情熱全開のソロなんて弾いたことがない。
まず考えて、みんなに寄せて、残った空白に少し遊びを挟む。彩りがあたしの仕事だ。みんなの素敵な音をラッピングする最後のリボン。プレゼントの最初に捨てるもの。あたしの練習はそのための準備。
それでも、『天ノ弱』だけは秘密にしなかったんだ。
蘭の丸くなった背中を見るのが好きだった。凛とした横顔を見るのが好きだった。煌々と光る瞳を見るのが好きだった。隣で、その熱い感性も冷たい不安も、あたしがすべて汲み取れたらよかった。この歌詞を受け取る蘭の心に、あたしも寄り添えたらよかった、のに。
「『待つくらいならいいじゃないか』────」
コーラスが僅かにブレる。
ふたりでギターを弾いていた、あの夕日の照る屋上で、アマノジャクはどっちだったんだろう。
蘭があたしを一瞥して、すぐに前を向く。あたしより一歩分前にあるマイクを通して、歌声を解き放ちながら。
「『進む君と止まった僕の 縮まらない隙を何で埋めよう?』」
頬を伝った汗がティアドロップのピックに落ちる。ガラスのようなクリーントーンががらんと響くアルペジオは、あたしのパートだ。リバーブで伸ばして溶かす単音フレーズから少しずつコードのストロークへ切り替えて、
大丈夫。
「『まだ素直に、言葉にできない僕は』────」
さぁさぁさぁ、これからラスサビで最高潮。年末みたいにまた跳んじゃおっか。ひーちゃんやつぐと視線を交して、トモちんのスティック回しを横目にヘッドを振り上げ──
──ピックが空振った。
「……え」
ブリッジに触れさせていた右手が宙ぶらりん。
左手はCm7を押さえようと浮きかかってて、その向こう、客席へとギターが流れていこうとしてて。
ボディの下から尾を引くみたいに、黒い、帯──
──ストラップピンが、取れ……!?
アンコール前にあたしだけなんも確認しなかったのがフラグだったかも……いやそんなこと考えてる場合じゃない。
どうしよう、態勢を立て直さないと、ていうかこれからソロなのに、蘭のボルテージ上がってるからあたしバッキングに、ダメだこのままだとシールドも振り回しちゃって危なく──
──蘭が、見てる。
きょとんとした顔で、でも、全然いつも通りの……いや。
仕方ないなぁって顔で、微笑んで。
──あれ?
『こういうフロアタイプのやつ使うなら、なおさらこうした方がいいと思うぜ。スイッチ踏むときにうっかりケーブル蹴っ飛ばしたりすることも減るし、取り回しが利くし。なにより──』
そうじゃん。
「ほっ」
「えっ」
「うわぁ!?」
「へっ!?」
「あっはっはっはっは!」
……あー。
…………お〜〜〜。
全然いけるじゃ〜ん、これ。
Quad Cortexよりはもちろん転がしより高いパイプに突き立てたモカちゃん自慢の御御足、我ながら細い太腿にボディを縦置きするべく勢い良くギターを掲げて……あっ残ったストラップ邪魔かも。えいっ。ぽ〜い!
あ、蘭があたしを見て笑った〜! もう!
……でも、ま、そうだよねぇ。
「──『天性の弱虫さ』」
──仰る通り。
でも今は、蘭の隣だから。
絶好調以外あるもんか────!
トーンも一緒に跳ね上げてギャリギャリのサディスティックトーン。細かいフレーズを何度も何度も繰り返すラン奏法からトップノートをタッピングで刻む全速力フル回転7連符、しまいには左手でリフを擦りながら右手のグリッチタッピングで13フレットを刻みに刻むひとりツインギターまでお披露目して。
吐き捨てる。叫び散らす。掻き鳴らす。
背中を見てばかりじゃ嫌だ、横顔をただ眺めるだけじゃ嫌だ、瞳の熱を燃え上がらせることもできないあたしのままじゃ、嫌だ!
並ぶにしても見守るにしても、こんな諦めみたいな憧れじゃ、友達ですらいられない──!
ラスサビへの転調もしてない、キーだけ合わせてコードもあんまりなぞれてない、曲へのリスペクトが無いって怒られちゃいそうな、今までで一番みっともなくてかっこ悪いソロ。
だけど。
だけど、あぁ。
ソロに入った瞬間から、トモちんがキックとハットだけでリズムを刻んでくれてる。ひーちゃんが珍しくシンプルなルート弾きで支えてくれてる。つぐがオルガンのパワーコードで曲の雰囲気を崩さずにいてくれてる。蘭は……あー、どうしよ。すっごい楽しそうにイントロのリフをなぞる蘭の顔、めちゃくちゃハイテンションだ。
……マイクを通さなくてもわかるよ、蘭のやりたいこと。
最後、迫真の泣きギターから基音のシュレッドをゆっくりゆっくり吊り上げていって────さ、跳んじゃおっか。
「『この両手から零れそうなほど 君に渡す愛を誰に譲ろう?』」
ラスサビへの転調、たくさん練習した運指は染み付いて、ちょーっとギターの位置が変わったくらいじゃものともしない。背面弾きだってお手の物。
だってあたしは、最強フロントマンの相棒だもん。
「『そんなんどこにも 宛てがあるわけないだろ』──!」
爆発する歓声の中、あたしは目配せしてひーちゃんと立ち位置を入れ替えた。ファンサ満点、フレーズを左手で慣らしてすれ違いざまに手まで振ってみせるひーちゃんに感心しつつ。
蘭の右隣りから前に進み出て、背面でギターを弾いたまま右足をまたパイプにかける。
「『まだ、待つよ もういいかい』────!」
最後のロングトーンを力強く吠え尽くした蘭が、ニヤリと笑ってストラップを下ろした。真っ赤なレスポール、煌々と再燃を待つ熾火の色をしたそれを左手に掴んであたしの隣にやってきて──あたしの太腿にひょいと乗せた。
そのまま、押弦のために高く上げたあたしの左腕で抱きしめられそうなほど近く、熱で溶けたみたいにぴったりと、体も頬もくっついちゃうくらい身を寄せ合って。
──いけるよね〜?
あたしの握る青いギターを蘭が。
──誰に言ってるの。
蘭の握る赤いギターを、あたしが弾く。
ふたつのギターでふたつの連弾をする程度、合図はいらない。『天ノ弱』ラスト、半音上がったオクターブリフ。
なんども一緒に弾いたフレーズは双子みたいにそっくりで……他人みたいにちょっぴり違う。膝に乗ったレスポールの方がちょっと荒々しくて、背面で弾いてる方が歌心あって上手いかも。
──蘭の演奏の魅力はド派手なソロ。
それはそうだと思う。力一杯に叫ぶような速弾き、つんざく2音半ビブラート、指板の端から端まで走る剛腕フィンガリング。どれをとってもかっこいい……けど。
蘭のすごさはそこじゃない。
あの通り繊細で、内側ですごくすごくよく考えてて、そのくせ結構こだわりの強い蘭が『がむしゃらに弾いてるだけでかっこいい』とかあるわけないじゃん。かっこよさを支える基礎、努力で培った技術がそこにはある。
要らない音はノイズすら出さず必要な音だけを鮮やかに鳴らして、ちょうどよく切れるよう減衰させるもぴたっと止めるもお手のもの。劇的なまでの歌心を支える蘭の真骨頂────右手でのミュートの上手さ。
みんな知ってるかな。
ひょっとして、あたしだけかな。
もしそうだったら、ちょっぴり、嬉しいなぁ。
最後の最後、蘭はフレーズの合間にぱっとギターを取ると、あたしと同じようにパイプに置いた右足にギターを立てて笑った。なんだか面白くなって、あたしも笑いながらそうする。ふたりで視線とおでこと、
アウトロの残響音もなくなって、いつのまにか閉じていた目を開く。
蘭のあたしへ向ける視線が、なんだかキラキラしてる。
胸がきゅーっと切なくなって、焼きたてのパンが膨らむみたいに熱くなって、あたしは口を開いた。
「────蘭、み〜つけた」
「……なにそれ、へんなの」
微笑み合って……ああ、そうそう。
ライブの締めはやっぱりさ、みんなでジャーン、だよね。
五人でアイコンタクトを交わし合って──いつも通り息ぴったりに、ギターのヘッドを振り上げる。
青葉モカ
このところほんのりナーバスモカちゃんだったけどやり切ったので吹っ切れました
人間関係的にはともかく、いちギタリストとしては追いつけ追い越せだよね〜
美竹蘭
親友がぶっとんだ演奏したので大満足の赤ちゃん 作者は美竹を割とベビちゃんだと思ってます かわいいね
上原ひまり
モカのぶっとんだ演奏にびっくりはしたけど即座に対応して堅牢なツーフィンガーで支えに行ける熟練ベーシスト
Quad Cortexが最後までもったことに安心したけど一台で全員カバーするのは怖いから自分もなんか買おうと思ってる
羽沢つぐみ
色々派生して結構上級のジャズコード知識までツグってる子 お願いだから後期コルトレーンには手を出さないでほしい
今回一度も演奏を崩さずに迫真ギターソロを支えきったMVP
宇田川巴
ソロ弾いてるときのモカ、最高に格好良かったぜ! いや〜、あれは気分が高揚しまして〜 なんて話をこの後してた
どいつもこいつも溜め込みすぎるんだから適度に爆発しとけよな!
明石結弦子
あの……これ……Quad Cortexのお釣りです……(万札を差し出す)