「さて、まずは最終目標の確認な」
いろいろ準備をして翌日の放課後、ふたり揃って制服姿でお馴染み羽沢珈琲店にお邪魔している。奥のボックスがなんか指定席みたいになりつつあって来店早々マスターさん、つまりつぐちゃんパパに「やあ、結弦子ちゃん。奥の席を空けてあるよ」と微笑まれてしまった。相変わらずパパの次にイケメンな人だ。
「はいっ、『すろぉもぉしょん』を弾けるようになって、アヤさんの前で披露して元気付けることです!」
「よーしその通り、えらい!」
対面で片手をずびしっと上げて元気いっぱいのイヴちゃん。この笑顔を曇らせたくはないものだ。彼女の前には筆記用具と真新しいノート。やる気もいっぱいで素晴らしい。
ちなみに燐子ちゃんは遅れてくる。来年度から生徒会長になるそうで、ちょこちょこ引き継ぎを進めているとかなんとか。つぐちゃんも今日はアフグロのバンド練があるから後で来るってさ。みんな頑張っててえらい。
私の家はこの商店街にあって結構近いので、一旦取りに帰ってキーボードを持ち込ませて頂いた。つぐちゃんや燐子ちゃんを待つなら家よりここのが美味しいコーヒー飲めて嬉しいし。MacBookを開いてStudio One──作曲ソフトを起動して、32鍵のMIDIキーボードを繋いだり準備を進める。
「で、この曲においては燐子ちゃんとつぐちゃんがバッキングをしてくれるので、無理にコードを弾く必要はありません。なんなら音出す必要もあんまりないけど……リードギターが歌の後ろから合いの手入れるみたいなの、やれたらかっこよくね?」
「イブシギン、三歩後ろにて主人を立てる……ブシドーですね!」
「どっちかっつーと大和撫子じゃねえかな……まあボスを立てる、って意味じゃ武士道かもな」
まあ今回はイヴちゃんが歌うんだけど。
「ともあれだ。とりあえず今回のイヴちゃんの目標としてはそういう、歌いながらでも曲に合わせてちょこちょこっとアドリブ弾けるような便利なもんを覚えちゃおう、って感じだ。
「…………
「あんまし覚えてなくてごめんだけどな! 言葉の意味が掴みにくかったら、なんとかスオミに置き換えてみるよ」
イヴちゃんがぱっちりおめめを真ん丸にして驚いた。
なーんで今回私に白羽の矢が立ったかっつったらこういうわけだ。うちの社長がスウェーデン出身で、社員旅行はエストニア、フィンランド、スウェーデンのバルト海三国巡りである。このへんは事務所のSNSで流してる情報だし、それでまあ言葉もわかるやろって判断されたんだろ。
私自身は別に帰国子女とかではないしフィンランド語もエストニア語も知らないし、なんならスウェーデン語にしたってガイドさん付きの旅行中にひとりでなんとかコンビニで買い物できるくらいのびみょーなもんだけどな。
音楽理論に限らず、なんか小難しいことを教えるに当たって言葉の説明ができないと習熟難易度は跳ね上がる。五度圏とかそうだろ、字義と合わせなきゃピンと来ないだろうなって用語は結構多い。向こうの事務所さんはつまるところ、イヴちゃんに用語の意味を尋ねられたときにわかりやすい日本語で説明する自信がなかったんじゃねえかな。
……じゃなきゃ「そのうちイヴちゃんがなんかライブの話を持ちかけてくると思うので、それに託つけてなんとか勉強会の方向に誘導してもらえませんか」とかふざけたこと言わねえだろ。
別にフィンランドって英語通じないわけじゃないし、最悪英語で教えりゃよかったんじゃねえかとも思ったけど、国全体の傾向はともかくイヴちゃん個人が英語得意なのかはわかんねえし。しゃーないので簡単に勉強してきた。困ったらGoogle先生に頼ろう。
……あれ、なんかイヴちゃんの目が潤んでんだけど。イヴちゃん?
「……
「……な、なんて? えーと……
私がなんとか返事をすると、彼女はいつもの天真爛漫さとはちょっぴり違う、控えめな微笑みと共に「はい、それで合ってます」と答えた。
やだ、花のほころび……!
「なんかちょっと照れくさいな……うぅんまあいいや! 勉強会を始めまぁす!」
適当にシンセを起動して、ゲーム的な16bitっぽい音色で『MEGALOVANIA』のイントロを弾いてみせるとイヴちゃんの顔がワクワクに満ちていく。これ知ってんだな。
「私の話は長くなりがちだから先に結論からな。覚えてほしいのはこちら、ペンタトニックスケール!」
「ぺんたとにっく……Penta、tonic……? ということは、五つしか音がないですか?」
「お、頭の回転速いねえ! そうそう五つだけ。Cメジャーでいくと
「えっ? ……えーっと……」
イヴちゃんはノートにざっくり鍵盤図を描いて唸り始める。よしよし偉いぞ、きちんと考えようとしてんな。知識は使って覚えるもんだ、目の前の問題にひとまず殴りかかっていく気概がないと身に付かねえのよ。
それに、パスパレの活動で結構な曲数はこなしてきてるから
……という私の予想を超え、なにかに気づいた様子のイヴちゃんは鍵盤図を左右にもっと書き足すと等間隔で区切り始めた。それからしばらく「ふぬぬぬ……」と頭をひねり(かわいい)、数度深呼吸して私に向き直る。
「……まず、抜けるのはファとシです」
「うむ! これでも十分だけど……続けて」
「この白鍵の、Cメジャースケール。1オクターブをドレミファ、ソラシド、って半分に区切ると、12個の音が……えっと、
鍵盤図をもっと簡略化して、方眼に線を引いて12本のバーに色を付けたそれにエッジを伸ばして数字と音名をスラスラ……とは行かずちょっぴりペン先を迷わせながら書き込んでいく。そしてフチの左端には青の、右端にはオレンジの蛍光ペンで色を付ける。
イヴちゃんはそのまま外側へ矢印を引いた。
「これを、ソラシド、レミファ♯ソ、って先に音程を伸ばしてGメジャースケールになるとファが半音上がって、逆にファソラシ♭、ドレミファって下がる方にいくとこれはFメジャースケール、シが半音下がります。……抜け落ちるのがどういう音か、ですけど。このシとファ、ペンタトニックスケールに含まれてない音は、なんのメジャースケールなのかを決定するお仕事をしてるんじゃないですか? これがあるとキーが決まってしまいます。でも、ないなら、CメジャーのペンタトニックはFメジャー、Cメジャー、Gメジャーで使えますから……あ、合ってるでしょうか!」
「…………イヴちゃん、ちょっとこっちに頭出して?」
「え、あ、はい!」
いや、びっくりした。めちゃくちゃびっくりしたよ。
立ち上がってお辞儀するみたいにぺこりと頭を出したイヴちゃんの髪型をなるべく崩さないように気をつけながら、私はこの賢い女の子を両手でわしゃわしゃ撫でる。
「120点だ、すごいぞイヴちゃん!
「……
「んぁ? えーっと……
「い、いえ! あの……もう少し、お願いします」
「おう! よーしよし良い子だ……」
うわっ髪サラサラ。コンディショナーなに使ってんだろ。
しかしイヴちゃん、思ったより頭良いな。この分ならもう少し踏み込んだこと教えても全然問題なさそうだぞ。
「イヴちゃん、音階を伸ばしてったら他のキーになるって気付いたのが特にすげえな。これ教えるのちょっと大変なのに」
「そうなんですか?」
「おう。イヴちゃんが気付いた、オクターブを半分に分けたときにできる全音・全音・半音って間隔のグループを前後につけると他のキーになるってやつ。これな……」
最後にぽんぽん、と頭を撫でて、立ち上がったまま私もペンを取る。CからGメジャー、更にDメジャーになるところまでは音名をメモして、それ以降はA、E、B……と調名だけを円のような形で書いていく。Cの反対側にF♯(G♭)が来て、そこからD♭、A♭、E♭、B♭、Fまで書いたらイヴちゃんが「あっ!」と声を上げた。
「一周しました!」
「
「ゴドケン……ゴド、は角度のドですか?」
「そうそう」
「ケン……けん、わからないです……」
立ったままだったイヴちゃんがしょんぼり着席した。かわいいねえ、宣言通りの教え方してあげるからねえ。
「
「……!
インマーラン……えーと、なんだ、『なるほどね』だっけ?
「ふふ、ありがとうございますユヅルコさん! 理解できました!」
「あー……そんならまあよかった」
なんとか辞書と文法書とツイッターやらインスタやらにいるフィンランド人の人たちの投稿から詰め込んだ言葉で喋ってんだけど、ぜーんぶ裏目に出ちゃいないかと気が気じゃない。
「転調とかするとき、この五度圏で近くにあるキーに飛ぶことが多いから覚えとくといいよ」
「はい! 覚えておきます!」
「私もフィンランド語、ちゃんと勉強しとかねえとなぁ……」
「お出かけされるんですか?」
「え? いや、イヴちゃんと喋りたいしさ」
「…………ユヅルコさん、嬉しいです。嬉しいですけど……」
イヴちゃんはそう言いながら、ほんのり困ったような顔で躊躇い躊躇いして、胸元できゅっと手を握ると私の目をまっすぐ見る。
「やっぱり、ユヅルコさんとは日本語でお話したいです」
「そう? そうかー? スウェーデン語で絡んできたりしない?」
「それは……えーっと……」
目を逸らした!
「こらーっ!」
「きゃーっ、あっ、ふふふふユヅルコさん、くすぐったいです!」
「このままわしゃわしゃしまくって髪型くちゃくちゃにしてくれるわ! そしたらふたりでヘアメイクしようねえ! オラッ、ポニテか三つ編みどっちがいい!」
「あははは、え、選べないです!」
「ほーん生意気だなぁ、私の好き放題にしてやるからな!」
「なにやってるんですかふたりとも」
「お、お待たせしました……」
「あっ、つぐちゃん燐子ちゃん! お疲れさま!」
キーボードを肩に下げて困り眉なつぐちゃんと、流石に手ぶらの燐子ちゃんが並んで現れた。燐子ちゃんはともかく、つぐちゃんは早かったな。
……あれ、なんか目が険しいままだな?
「……あの、本当にどういう状況なんですか?」
「え?」
どういうって、いや、ちょっと立ち上がってイヴちゃんの頭をわしゃわしゃ撫で回してるだけなんだが……? 頭の中の千聖ちゃんもアイドル相手になんてことをって呆れ顔を……あれ? ダメじゃない?
「……どうか出禁だけはご勘弁を」
「どっ土下座はやめてください! 大丈夫です! ちょっとなにしてるんだろって思っただけですから!」
「仲良しなんですね、若宮さんと明石さん……」
「んーまあ、旅行先で道聞いた人と日本で再会って運命的なアレした仲だから、初期好感度は高めだったかも……」
土下座をやめながら思い出す。社員旅行にくっついてヘルシンキに行ったとき、ガイドさんからはぐれちゃってなんとかホテルに帰ろうとしたときに道を聞いたのがイヴちゃんだった。中2だったから3年前かな?
スウェーデン語しかわかんねえけどフィンランドは通じるらしいからいけるやろ! って思ってなんとか話しかけたらイヴちゃんもほんのりしかスウェーデン語わかんなかったらしくて、ふたりで辿々しくお喋りしながらホテルに帰り着いたのだ。
「フィンランドで
「だーから会うたび会うたびスウェーデン語で話しかけられてんだよ私は」
「ふふ……でも、もうおしまいです。これからは郷に入っては郷に従え、日本語で話しかけてこそブシドー! です!」
「ブシドーかなぁ」
「袖振り合うも多生の縁、ですね」
燐子ちゃんは流石、良い言葉を知っている。
……と、そうだそうだ。みんな揃ったし一旦ライブの話をしとかなきゃな。
「実はさ、『すろぉもぉしょん』のデモをざっくり作ってきたからちょっと確認してほしいんだけど」
「早いですね!? え、えーと……」
「小さめの音で今パソコンから流そうかと思うんだけど……あ、これコード譜ね。手書きで悪いけど」
「……いろいろ書き込みますから、むしろこれくらいが助かります」
鞄から取り出したファイルから数枚の楽譜をみんなに渡して、確認してもらってる内にラインにもデータを上げておく。
「そうそうふたりとも! イヴちゃんさ、例の問題で五度圏まで自力でたどり着いたよ! すごくない!?」
「えっ! 頭柔らかいですね……」
「……それなら、FメジャーペンタとEメジャーペンタだけ覚えてもらえば弾けますね」
「CもB♭もFメジャーペンタで行けるもんなぁ」
「が、頑張ります!」
むん、とガッツポーズでやる気いっぱいイヴちゃんを微笑ましく思いながら、ふと時計を見る。
「……さぁイヴちゃん、練習前に大事なことがあるぜ」
「は、はい?」
ぐ〜……と重低音。私のお腹から。
「つぐちゃん! 腹ごしらえしたいです!」
「あ、はい! えーと注文票注文票……」
「いや座ってなよ……一緒にご飯食べようよ……」
「あっ……そ、そうですね」
「私は、この、カルボナーラを……」
「私もそれにしよっかなぁ。イヴちゃんは?」
「……え、えっと、いいんでしょうか」
「腹が減っては?」
「……はっ、戦は出来ぬ! きちんとご飯を食べるのもブシドーですね!」
やいのやいのと注文を決めながら、私はテーブルの下でスマホを操作した。
ラインの送り先は、今日も休みだった彩ちゃん。
『体調へいき? さみしくない?』
『ゆづるこちゃん! だいじょぶ げんきだよ!』
『ヨシ! えらいぞ! ごはんはちゃんと食べてる?』
『うん!』
たまごおじやの写真が送られてきた。結構余裕だな?
『いまさ、今度CiECLEでやるライブの準備してんだ イヴちゃんがボーカルやるんだぜ』
『えっすご! みたいみたい!』
『もちろん呼ぶよ だからさ、きちんと元気になって、ライブに来れる体力作ってきてほしいな できる?』
ちょっと間をおいて返信が来る。
『もちろん』
それから、もうひとつ。
『ごめんね ゆづるこちゃん』
……あー。まあ、そっか。
『いいのいいの! また学校来たら遊ぼ!』
『うん! 楽しみにしてる! あのね、なんかアキバにスコーンの美味しいお店があるらしいの! いきたい!』
『なにそれ 教えて教えて』
「結弦子さん? カルボナーラでいいですか?」
「うんにゃ、なんでもない。あ、やっぱこっちのペンネセットで」
「す、少ない……」
「いーのいーのこれで。お願いしまーす」
さぁて。
私も、彩ちゃんになんかできねえかな。
明石結弦子
実は結構勉強家 好奇心あるし努力も苦じゃないので目標のためにいろいろ積み上げていく作業が実は得意 要領が良いとも言う
若宮イヴ
「
フィンランドを出る少し前に背の高い女の子(結弦子)と習いたてのスウェーデン語でお話した経験から日本語の勉強も力を入れ直したし、スウェーデンと英語も頑張って覚えた たぶんアプリ原作より国語の成績良い
羽沢つぐみ
言うまでもなく勉強家だし努力家 すろぉもぉしょんのコードは流れが簡単なのでもう覚えているし簡単にならもう弾ける あとはProphetをどう使っていくか……って考えてるけど君ほんとに高校生?
白金燐子
言うまでもなく天才キーボーディスト もらったコード譜にデモを書き込みながら全体のアレンジをどうしていくかもう組み上げが始まっているサウンドプロデュースお化け Roseliaのデモは湊さんが持ってきてバンド隊はそれに寄り添って弾いてるんだろうけど、全体の音作りは雰囲気作りを担うシンセの音色との兼ね合いもあって燐子さんがやってそうだなぁと思います
丸山彩
風邪で弱ってちょっと暗い部分も出てきてるけどきちんと休めています
結弦子のことは普通に大好き でも相容れない部分だってそりゃある