あの後、ゆづちゃんが本当に涙目になりながら追いかけてきたので(千聖ちゃんが言うには)仕方なく捕まってあげたりなんていう、なんだか些細な意地悪して罪悪感を覚える飼い主と純粋な大型犬ペットみたいな一幕もありつつ。
せっかくなので音を確かめよう、とスタジオに入ってみることになった。
「ふぅ……流石に屋内はちょっと暑いわね」
CiRCLEについてすぐ、襟元に黒いティペットのついたダークグレーのロングダウンをするりと脱ぐ千聖ちゃん。腰元に軽い絞りの入ったフェミニンなシルエットのそれは、温かそうなだけじゃなくてどことなく気品を感じる。千聖ちゃんによく似合う大人っぽいアウターだ。
「やっぱり素敵だなぁ千聖ちゃん」
「もう、さっき会ったときも聞いたわよ」
「えへへ……でも、二枚だけで寒くないの?」
「このダウンがすごく温かくて、下は普通のトレーナーだけで十分なのよ」
そう言って、ダックスフンドがモチーフらしい可愛い柄物のトレーナーを軽く引っ張ってみせる千聖ちゃん。
一方、真っ赤なトレンチコートを脱いでもまだ真っ赤(よく見たら足下はヒール付きの赤いショートブーツだった。徹底してるなぁ……)なゆづちゃんは、千聖ちゃんのそのダウンについたスカーフをまじまじ見て引き攣った顔をした。
「……は? 千聖ちゃんそれHERNOか? マジ?」
「なによ」
「いやそれ10万くらいするやんけ」
「じ……」
「あなたのなんか確か30万近いじゃない、さっき食べてる間に調べたけど、それmooRERのでしょ」
「セールで20切ってたからしゃーないんだよ。いつもは流石にWEGOとかだって」
「私だってそうよ」
「ホントかなァ」
「……ふたりとも、お金の使い方危なくない?」
「か、家計簿はつけてるし……」
ゆづちゃんが目を逸らした。千聖ちゃんもアルカイックスマイル。怒ってますよ、と頬を膨らませていかめしくしつつ迫ってみるとふたりとも両手を上げて降参の構えを取るけど、でもゆづちゃんの方は「いやー、でもさぁ」と言い訳を募らせる。
「仕事の相手とかで社会的ステの高い人と会うこと多いから、見た目の格を釣り合わせとかねえと心配なんだよな」
「あら、言い訳するのね? ごめんなさいね花音、私はもう少し節制するわ。結弦子と違って」
「千聖ちゃん私んことはマジで遠慮なく刺してくるねぇ! ずるいぞ! 私も花音ちゃんに好かれたい!」
「打算があるみたいに言わないでもらえるかしら」
「ふたりのことはとっくに大好きだけど……うぅん、格かぁ」
なぜか揃って胸を抑えるふたりを横目に、自分の格好を見下ろしてみる。
煉瓦色のPコートとアイボリーのニットセーター、あとベージュが可愛いなあ、と思ってちょっぴり奮発したコーデュロイスカート、黒いローファー。ぜんぶ合わせてもたぶん3万もしないと思う。お金がファッションの全てではないはずだけど、友達のはずのふたりと住んでる世界が違うような気がしてしまう。
ちょっとしょんぼりしそうになるけど、ゆづちゃんは「や、でもさぁ」と腕組みして真面目な顔で唸る。
「私ら三人の写真並べて誰と付き合いたいかって街頭アンケート取ったら、たぶん7割くらいは花音ちゃん選ぶでしょ」
「そうね、花音が一番可愛いわ」
「ふぇっ!?」
頬がかっと熱くなる。絶対真っ赤だと思うけど、私の顔をまじまじ見ているはずの千聖ちゃんは言葉を止めるどころか捲し立てにかかる。
「まずそもそもスタイルが良いわね。それに、普通に誰でも買えるもので色合い考えて可愛く整えるファッションセンスもある。顔立ちに至ってはアイドルとして活動してる私から見ても文句なしよ?」
「花音ちゃんは庇護欲と嗜虐心を七三くらいで煽ってくる生態してるかんなぁ……十二分に高嶺の花だろうけど、それでも付き合いたいってなるのはたぶん私らより花音ちゃんだよ。バイトで注文取ってると空いてるとこ無視して列出来るってマジ?」
「マジよ。ひまりちゃんたちもだけど」
「あの店やっぱ顔面偏差値の暴力で売り上げ出してるよな」
「ふえぇ……もうゆるして……」
「こーらそこの三人、駄弁ってないで受付しちゃってー! 予約の時間もうすぐだから!」
「にゃはは、すんませーん」
まりなさんが助け舟を出してくれた。わざとらしく腰に両手を当てて怒っている彼女は、ゆづちゃんに挑発的な笑みを返す。
「いいのかなぁそんな態度で」
「えっなんすか」
「結弦子ちゃんが探してるって言ってたから、頑張って導入したんだけどなー、アレ」
「……え、まさか」
「そう、Silver Jubilee! リイシューのだけど!」
「ごめんなさい、先週美品ヴィンテージ買っちゃった」
「なんで!?!!?!?」
「いやぁ、街の質屋って侮れねえっすわ」
「結弦子、それってもしかして流星堂のこと? 有咲ちゃんの」
「そうそう」
ふえぇ……よくわからないけど、レア物の話らしい。
イマイチついていけない私に、ゆづちゃんが微笑んで「そうさなぁ、花音ちゃんMarshallはわかる?」と話を振ってくれる。
「う、うん。よくスタジオとかにある、あの金色のアンプだよね」
「それそれ。泣く子も黙る天下の老舗メーカーなんだけど、そこがむかーし出した周年モデルがSilver Jubileeってやつなんだよ。これが100Wと50Wで出力スイッチして歪み方を変えられるって画期的な仕様カマしててなぁ、数多のギターヒーローがこいつで観衆をロックさせた伝説の代物なわけよ!」
ゆづちゃんがキラキラした顔で語ってくれる。背が高いだけじゃなくて割とはっきりした顔立ちだから雰囲気は大人びてるんだけど、こういうところはちょっと子供っぽくて可愛いなあ、と思う。
……あれ、そういえばそのアンプのことでなにか聞いたことがあるような。
えーっと、そう、ハロハピの練習中に薫さんが使ってたのが派手な見た目してて、気になってたら黒服さんが教えてくれて。
「こころちゃんのお屋敷にもあったよ。えーっと、プレキシ? の、真っ赤なやつ、三段重ねの」
「カスタムカラーJMP100!?!!?!?」
「UNIT3!?!!?!!?!?!?」
ゆづちゃんとまりなさんが倒れた!
「弦巻家ってやべーわ」
Silver Jubileeをスタンバイモードにしてチューニングしながら溢した呟きに、慣れない深胴スネアの高さ調整に悪戦苦闘してる花音ちゃんが赤べこかましている。さっき主なロックスターとその年代の機材の相場とか説明したんだけどちょっとビビらせ過ぎたかもしんない。
「いやでも値札がついてるってことは100万でも200万でも円でもドルでも金さえあれば買えるってことだし、実際極まったマニアがそこで躊躇いなく財力バトルするから世に出回らなくて更に高騰していくわけで、つまり悲鳴上げた私は悪くねえ。世界が悪い。レアならいいってもんじゃねえぞ!」
「結弦子、ヴィンテージのSilver Jubileeっていくらしたの?」
「めちゃくちゃ状態良いやつだったし、ホントならASK表示で聞いたら1億提示されるみたいな事実上非売品レベルだと思うけど、まあヘッドだけだし30万で済んだよ」
花音ちゃんが「うわ……」って顔してる!
「ゆづちゃん、レアならなんでもいいの?」
「いや違うんだ花音ちゃん聞いてくれってほら!」
私はスタンバイスイッチをぶっ叩いてオール12時のままストロークをぶっ放す。4弦ルートのBM7って美少女だよな! 響きが!
「ゲインを上げたときに感じる、夜中に甘いもの食べすぎたときの彩ちゃんのほっぺみたいなつっかえ気味のもっちりミドル!」
「やめてあげなさい、今クリスマスの仕事に向けて減量頑張ってるから」
「JCM800系の特徴であると同時にVOXとかFenderとかと比べてイマイチ鼻にかかる嫌いなやつはとことん嫌いなこの図太いミドルだがなぁ!」
「いろんな人に怒られるわよ」
「ヴィンテージ、いやオリジナル版はもっと中音域の粘つきが弱い、それでいて歪ませるほどきめ細かく美しくなっていく極上のスムーストーンなんだぞ! まあなんか今このギターで鳴らしたら家でヴィンテージ使ったときより良い音になっちゃってビビってるけどな!」
「ゆづちゃんすごいね……」
花音ちゃんがおそるおそる拍手する。いや、私も私ってすげえと思ってるけど、違うんだよ。別にリイシューのSilver Jubileeとの相性を追求したかったわけじゃねえんだ。
なんだ? 何が原因だ?
首を傾げながらチャキチャキカッティングして音を見る私に、千聖ちゃんがちょっと楽しげに声を掛けてきた。
「それが新しいギター? 私に作ってくれたやつに雰囲気が似てるわね」
「んぁ? あー」
スペック喋って振り返ったらなんか気付けっかな。
テレキャスタータイプのボディ。ネックと指板はほんのりと艷やかな紫を帯びて、木目の浮かぶ明るく優しい生色とコントラストを生み出している。ピックアップは普通のテレキャスらしいシルバーのフロントとプレートに埋まった斜めのブリッジだけでなく、その中間にもうひとつ増やした5way方式、いわゆるナッシュビルスタイルってやつだ。
ピックガードはネックと同じ色の木製、トーンノブやプレートは金属製のオーソドックスなスタイル。まあこれチタン製なんだけどな。ハイがクッソ鳴るしローも出る。
「弾けるような軽く締まりのある中高域をもたらす分厚めのブンヤトップに、余計な低域を薄めつつ鋭すぎる音を太く丸く整えるバスウッドバック、ネックはボルトオン、贅沢に指板一体型のパープルハートで立ち上がりとサスティンの良さを保証! 握りやすくヴィブラートも手軽でプレイアビリティもバッチリ!」
「つまり?」
「軽くてうるせえ!」
じゃーん、とコードを鳴らして、そのまま千聖ちゃんに渡してみる。おやっ、って顔がチャーミングだ。この些細な違いでおもしろそうな顔する機材オタクっぽい反応、もしかして私のせいか?
「面白いところにコンター入れてるのね。うっすらヒールカットも入ってるし」
「あー……肘の回転で弾くタイプだから、いつも高めに構えててさぁ。そうするとヘッドが地面に水平か、もしくはちょっと下げ目になんだけど。脇とおっぱいで挟み込む形になって地味に痛えからちょっと整えてあんの」
「そ」
千聖ちゃんの対応が塩になった!
「なにさ! 聞いたのそっちじゃん!」
「やかましいわね。それよりこれ、すごくハイファイというかキラキラした感じの音だけど、狙ってやったの?」
「んにゃろぉ……!」
は? 可愛いんだが。
扱いそのもののぞんざいさはともかく澄まし顔が可愛くてムカついてきた。怒るぞ! 私は自分の顔を全力でビンタした。
「はー……たぶんバスウッドで低域ボケてるのとブンヤの明るいのがイイ感じに作用してんな。天才だわ私」
「ゆづちゃん顔大丈夫……?」
「だいじょぶだいじょぶ、あとブリッジのプレートがチタン製だからちょっと振動に……いや、私のはそろそろよくね? ふたりの試そうよ」
「別に遠慮なく喋っていいわよ」
「うん。もっと話していいよ?」
「あー……」
なんかこれ私が喋りたいだけだと思われてそう(大正解)だけど、そういうことならいいか。
「じゃあ喋るぞ!」
「ええ、好きに語ってちょうだい」
なーんでふたりともこんな嬉しそうなんだろ。ふたりのじゃなくて私の楽器の話なんだけど。
こほん。
このギターは三種類の木材で構成されてる。トップ材にはオーストラリア産の固有の木材でありアコースティックギターによく使われるブンヤを。ネックは直接フレットを打ち込んでいる1ピースで、主に指板だけに使うのが一般的なパープルハートを。そしてバック材にはバスウッドを用いている。
ギターの音色は弦の材質、その振動をダイレクトに受けるナットとブリッジ、それらの直接くっついてる指板とボディ前面であるトップ材、弦の付け根として振動の仕方そのものに関わるネック、全部の振動を受け止めるボディバック材が干渉し合って出来上がるもんを、更にピックアップで拾ってアンプを通してスピーカーから出てマイクで拾って卓から客席へ流して会場の性質や観客の服装なんかの影響も受けてようやく決まるもんだけど、後半のところは一旦割愛するとして。まずは源流になる木材のことからだ。
基本的には木材の密度が低いほど軽くて、弦の振動をめちゃくちゃ吸収する。ちょっと違うけど、建物の免震構造をイメージしてくれりゃ手っ取り早いかな。軽いほど一緒に振動しちまって、弦そのものの振動を相殺しちまうってわけ。
軽いと一番強えアタック音の時点でもう吸い始めてるから丸い音になるしサスティンも浅くなる。密度より影響薄いけど硬さも同じような効果があって、柔らかめだとやっぱ丸くなる。バスウッドなんかその両方だから、そりゃあハイもローも出なくて中域だけ出てくるわけだ。
物理的に同じ音量だと高い音より低い音の方が小さく聞こえて、でも波の大きさとかの都合で少し上の音はマスキングっつって埋もれさせちまう効果があるんだけど、バスウッド材のギターで雑に歪ませたときに音が抜けねえのはたぶんこれだ。弦そのものとそこから伝わったボディの振動が合わさって、バスウッド君は弦やネック、トップ材の個性すら飲んじまうほど震え散らかすって寸法よ。雑魚が。
……まあ逆に言えば、全部硬え重てえメンヘラ地雷女みてえなギターは弦の振動がもろに出てめちゃくちゃ音も伸びるじゃじゃ馬と化すんだけど。
で、ここで先に挙げた三つの木材に話が戻る。
ブンヤ、パープルハート、バスウッド。一般的に使われるメイプルを基準にすると、順に軽めで硬いハキハキしたやつ、硬くてちょい締まったやつ、すっかすかで脆いカスだ。
「あのっ、待って!? 本当にその言い方でいいの!?」
「そういえばバスウッドってあんまり良い評判は聞かないわね……駄目な木材なの?」
「んなわけあるか!!!!!」
「ふえぇ……」
「えぇ……?」
いやまあ軽いわ柔いわ木目も地味だわなんかほんのり酸っぱい匂いがするわで加工のしやすさ以外ほとんど利点のない木材ではある、あるが!
「バスウッド君はなぁ、バスウッド君はなぁ! その密度の軽さによって聴感上ほとんどないくせに鳴ってはいる抜け最悪の低音が歪みの邪魔にはなるけどなぁ!」
「だいぶ貶してないかしら」
「どうせ現代のめちゃくちゃトラック数多い曲にバッキングとしてギターをいれるならそのへんの帯域はEQで切っちゃうからそもそもいらねえ! 高域は言うほど悪くもねえからトップ材でなんとかなる! 必要なものだけ掴んで他を潔く投げ捨てつつもそのふくよかさで音に独特の太さ、深みを加えてくれるいぶし銀なんだぞ!」
「落ち着いてゆづちゃん! え、絵に描いたような地団駄……!」
花音ちゃんに腰元に抱き着かれたので大人しく止まる。うーん、マジでスタイル良いな。少なくとも私や千聖ちゃんより明らかにある。へへ。
ちょっと冷静になったので花音ちゃんを無駄に高い高いくるくるーしてからスローンに座らせて、私は私でそこらの椅子にどっかり腰掛けた。
「つーか木材の表面には塗装だってあんだからバスウッドくんひとりの責任じゃねえわ。作り手と弾き手がなんとかしろ!」
「ぼ、暴論……!」
「サウンドチェックに付き合ってくれた麻弥ちゃんレイちゃんも同意してくれてますぅー!」
ふたりともなんか諦めた目してたっつーか、「まあ最終的に良い音が出せるならなんでもいいし……」みたいな感じだったのは腑に落ちないけどもね!
そんな風に続けようとしたところ、どうも千聖ちゃんは違いところに引っ掛かったらしい。
「レイちゃん……?」
「あっごめん同業者ね。スタジオでベースやってる子」
「へぇ……」
レイちゃんベースうんめぇんだよな、というのはスタジオミュージシャンだからそりゃそうなんだけど。全モデルめちゃくちゃ硬え材で出来てて女の子にゃめちゃくちゃ重いWarwickを使ってるってのが個人的にめちゃくちゃ好感触だった。初対面で肩組んじった。ワハハ。
耳元の匂いを思い出していると、いつの間にか千聖ちゃんが立ち上がってベースを掴んでいた。おや?
「ギター返すわね」
「おっ、どもっす……」
「時間も惜しいし、いい加減サウンドチェックしましょうね。きちんとプロに見てもらったなら確かだと思うけど、私のものになるなら自分の耳でも確認したいもの」
「おぉ、お……? そっすね……?」
「花音もそう思うわよね?」
「う、うん……」
Ampegの殺人的な音色でスラップを決めて「あら、鋭くなったわね」と微笑む千聖ちゃん。震えて下がる花音ちゃん。
目前にワイ。
えっyudzruko kill you(ひょっとして細切れ)されるんか……?
明石結弦子
あとで花音ちゃんにドルガバのコートとかあげてみよっかな
白鷺千聖
あとで花音にGUCCIの服とかあげてみようかしら
松原花音
突然送りつけられたハイブランド品にも負けない王族のような気品がそのふえぇ顔には確かに漂っている
弦巻こころ
今着てるお洋服にDiorって書いてあったからディオールさんって人のお洋服を花音にプレゼントするの! お揃いよ!
そっかぁ