「『他の誰かになんてなれやしないよ そんなのわかってるんだ』」
合図もなく歌い出す彩ちゃんだったが、日菜ちゃんが合わせられないはずもなかった。驚く様子もなく即座に完璧なテンポで噛み合う阿吽の呼吸。
日菜ちゃんが得意げににんまり笑う。バッキング、どことなく荒くも心地良い青臭さが漂う表現にゃ素直に脱帽するっきゃねえ。紗夜ちゃんに渡すやつだっつってんのにノリノリで弾いちゃってもー。
「『明日を信じてみたいの 微かな自分を』」
そっとつまむように持っていたマイクをしっかり握り直して、腕を振り前屈みになりながらカメラを射抜く彩ちゃんの横顔はいつになくギラギラしている。アイドルらしい表情作りとかどこ行っちゃったんだよ。一応ここ、パスパレの公式番組なんじゃなかったっけ。
あーあ、まったく──
「『愛せなかったとしても』──さぁ、歌って!」
──ワクワクしちゃうじゃんかよ!
歪みはいつものMyriad Fuzzだけにもどして、ワウを踏み込みながら軽い屈伸と共に振り回すヘッド。笑い飛ばすリフでイントロから青春讃歌に乗り上げる。マイクが衣装にくっついてるのを良いことに、楽器から離れられないイヴちゃん麻弥ちゃんの方に寄って行って向かい合うと賑やかに騒ぎ出すアンサンブル。
観覧席のオーディエンスたちが格好を崩してもうお祭り騒ぎだ。さっきまでので雰囲気で感化されちゃったのか、それとも招待されてたらしい最前列の花音ちゃんから貰っちゃったのか泣いている人もちらほらいて、涙も汗も一緒くたに弾き飛ばすコーラスが巻き起こる。
「ま、泣いたっていいだろ」
思い思いに飛び跳ねたり腕を振り上げたりしながらタイトルのままのコーラスを口ずさむ観客と、煽りが思ったより効いてちょっとびっくりした顔の彩ちゃんについ笑っちまいながら独りごちる。
「晴らせば虹もかかるさ」
千聖ちゃんがからかうように私を見た。マイクに入ってたらしい。恥ずかしいなぁ! ぐぬぬ、と千聖ちゃんを睨むもなんのそのでハイポジションのフィルで流されてAメロに移る。
「『望んだこと全てが叶う訳はないよ そんなのわかってるんだ』」
諦めの悪い彩ちゃんの口から聞くとちょっぴり意外なフレーズだけど、その雲が彼女の晴れやかな声をより青く際立たせてる。祈るように両手で立てるマイクに吹き込む声が
「『深い傷もいずれは 瘡蓋に変わって 剥がれ落ちるだろうか』」
転んだ後みたいに片足でぴょんぴょんする彩ちゃんを見て千聖ちゃんが吹き出す。大袈裟でちょっと自虐っぽいノリなんか今までしなかっただろうに、今日の彩ちゃんはなんだか吹っ切れた感じがある。や、吹っ切れたっつーか……うん、はっちゃけた? どっかで見覚えある顔だ。
杖でも振るみたいに私へマイクを向けてウィンク。おーけい、魔法にかけられたみたいな歌をやったろうじゃん。
「『いつまでも相変わらずつまらない話を つまらない中にどこまでも幸せを探すよ』」
鍛えた体幹と女性らしさを損なわない発声で原曲通りの低さのままいってやると彩ちゃんがギョッとして、そのままおかしそうに破顔した。楽しそうな笑みが、隣の千聖ちゃん、最前席の花音ちゃんと重なる。
……あー、そっかそっか。道理で見覚えあるわけだ。
私の好きなものの話聞いてるときの千聖ちゃんと花音ちゃん、こんな顔してるよな。
「『伝えたい想いは溢れているのに 伝え方がわからなくて 今でも言葉を探しているんだ』」
ジャズで定番のなんてことないドロップ2コードをかき鳴らしながら三度下のハモリで歌う。ああ、心も一歩寄り添って。
今口開いたらドロップ2がなんなのかとか、ワウにMorleyのを採用したのはなんでとか、その魅力をこれでもかってくらい喋れる。もうペラッペラよ。そうやっていつもいつも好きなもんの話ばっかしてるくせにさぁ、友達が居心地悪い顔して離れていきそうになったらなんも言えねえんだもんな。
どうでもいいことばっかだ。大事なことを言えなかったら、お喋りなのも無口なのも変わんねえっつーのに。
「『遠く散っていった夢の欠片に めくるめく貴方の煌めきに気づけたらいいんだ』!」
一生懸命で、でもちょっとドジなとこがあって、走って転んでまた立ち上がって……能力とかじゃなくてさ、生き方がかっこいいから大好きなんだ。
私に夢なんかないから、なおさらな。プロギタリストになったのもギターブランドが軌道に乗ったのも趣味の延長だ。焦がれるような夢が私にはない。
──ああ、そっか。
ちょっと舌足らずに間奏のコーラスを歌う彩ちゃんの横顔に目を細める。
──夢を叶えてる最中なのか、彩ちゃんは。
眩しいなぁ、まったく。
「『結局のところ誰も教えちゃくれないんだ 進むべき道なんて』」
2番に入った。跳ねたリズムをあえてタイトに合わせに行きはしないで各々のノリに任せてぶつかり合いに行く、余計なことはしないで歌を生かす構成……なんだけど。でもいい加減みんな原曲通りのままなぞる気は無くなって来たらしい。
イヴちゃんがオルガンの音色でアコギのリズムを真似たコンピングをはじめて、麻弥ちゃんがスネアのロールとゴーストを絡めたらニューオリンズ系ビートでノリを変えていく中、日菜ちゃんがとうとうはじけた。
「『等身大のままで生きていこうぜ 歳を重ねても』」
3連のゴーストを織り交ぜたポップで勢いあるロータリー、プルを二本指にして和音で鳴らすダブルストップと、指をデコピンの要領でじゃららんと動かしてピッキングするアバニコ奏法を組み合わせた華やかなバッキング。フラメンコだのスラップだのいろいろ齧って取り込む感じは紗夜ちゃんと正反対だなぁホント。
「『いつまでも相変わらずつまらない話を つまらない中にどこまでも幸せを探すよ』──」
ワウじゃなくて黒い筐体に赤い文字のフェイザー、Small Stoneでうねらせるカッティング。日菜ちゃんにならって3連ゴーストを取り込みながらクリーンクランチでファンキーに刻んでいくと、挑発的だけどどこか上品さの漂う不敵な笑みの千聖ちゃんがスラップで応えてくれる。麻弥ちゃんともアイコンタクトしてフラムからのフィルに三人でキメを揃えた。
「──『煌めきを探せよ』!」
さあ、もう一回フルボリュームで!
「『散々振り回して、振り回されて 大事なのはあなただってことに気づけないままで』」
千聖ちゃんが「ええ、まったく」って呟くのがイヤモニに小さく届いた。イヴちゃんの可愛らしく吹き出す声も。ぐんぐんと前へ前へ飛び出す無鉄砲なリズムでも、全員揃って、輝きだして走ってく。
「『一体未来はどうなるのかなんて事より』──」
彩ちゃんと今度はユニゾン、ハモリはみんなが合わせてくれる。手数を抑えてロックリズムで押す麻弥ちゃんのギラギラした目にシンプルでタイトなツーフィンガーで千聖ちゃんが微笑み返して、軽くサチュレーションをかけて煌びやかさを増す日菜ちゃんの力強いストロークを、イヴちゃんが楽しそうに小さく頭を振りながらオルガンコードの追い風で飛ばしていく。
重なっていく。繋がっていく。
「──『めくるめく今という煌めきに気づけたらいいんだ』!」
BD-2で中域を落としながらゲインブースト。ワウもフェイザーも盛り込んで、ボックスポジションを崩さないまま小さなフレーズを繰り返して繰り返して繰り返して──嵐を起こす。
青いくるみも吹きとばせ。
すっぱいかりんも吹きとばせ。
こちとら十代の美少女でね。怖いもんなんか、友達と仲直りした今なんにもねえさ!
フレーズをそのまんま並行移動させていく強引な上昇気流に乗って12フレットを飛び越える。素早くアームを掬い取って揺らしながら『しゅわりん☆どり〜みん』のメロディを弾くと観覧席からも歓声が爆発して、私はいよいよ高笑いしちまいそうになる。
でも、まだだ。まだ早いぜ。
「『他の誰かになんてなれやしないよ そんなのわかってるんだ』」
囁くように歌う彩ちゃんと目を合わせながらのクリーントーン。哀愁あるコードとオブリを指引きで落としながら、バンドをぐるりと見回してみる。
さりげなく髪を払ってベースをしっかり油断なく握り、余裕綽々の顔をする千聖ちゃん。
音は出してないけど弾き真似するようにゆっくりヘッドを振ってわくわくしてる日菜ちゃん。
シンバルの余韻を止めて完璧な落差を作りながら、スティックを軽く回して握り直す麻弥ちゃん。
次の音の場所を確かめて指を置きながら、口パクで「よかったですね」と優しく微笑むイヴちゃん。
四者四様だけど、共通点がひとつ。
みーんな、まだ、目がギラギラしてんだ。
「『明日を信じてみたいの 微かな自分を愛せなかったとしても』──!」
──ヘッドを、マイクを振ってはっちゃけた。
もう技巧なんざ知るかと言わんばかりの速弾きが日菜ちゃんや千聖ちゃんのそれとぶつかり合う。ピックを取り出してルートでシュレッドなんかやり出すなりふり構わない姿の千聖ちゃんに、ラスゲアードでジャカジャカする日菜ちゃんが堪えきれないとばかりに大声で笑い出して。コードトーンを一応踏みながら高く高くぶっ飛ばす私は、とうとう左手でギターを掲げるように持ち上げてしまった。
「ぷふっ……あははははは!」
あ、彩ちゃん笑ったな!
矢のように、あるいは光のようにあっという間の大暴走は原曲通りに終わって、なんでかツボった彩ちゃんがお腹を抱えて倒れ込んだのでジャーンってやるタイミングを逃してしまった。
「……しまらねぇ〜」
「だ、だって結弦子ちゃ……んふふふっ」
「おい私がそんなにおかしいか! んん!? ほらお顔見せなさい!」
「……ぷ」
「こらー!」
「きゃー! あっははは」
「なにしてるのよ……」
彩ちゃんをわしゃわしゃしていると千聖に頭をぺちんと叩かれた。そのまま白いカラーシャツの襟を掴まれてぐいぐい引き剥がされる。犬扱い……!
「ほら、自己紹介なさいな」
「あ、そっか。……おほん! 音楽事務所『Studio Silk Scott』所属ギタリスト兼、個人制作ギターブランド『AY Guitarworks』ビルダー、そして彩ちゃんの友達の明石結弦子です!」
「えっへへー、友達です!」
身長差あるけどなんとか肩組んでピースしてみせると客席から拍手が起こった。いえーい! 余計なことはまあ言わんでいいだろ。
千聖ちゃんは楽器を持ったまま一歩進み出ると、手をぱんっと打ち合わせて話しはじめた。
「今日の『パスパレのおひる』は初めてのゲスト回ということで、演奏たっぷりの特別編でお送りします! もちろん、恒例のお昼ご飯もあるけれど」
「お! やった楽しみだったんだよあれ。周期的に千聖ちゃんだよな今回!」
「いいえ? 作るのはあなたよ」
「えっ」
「いいじゃないたまには。あなた案外料理上手でしょう?」
「ぼ、傍若無人……!」
「いきなり『kaleido proud fiesta』をやろうって無茶振りされたのを忘れていないのよ私は」
「くっ……仕方ねえ。鮭のムニエルで勘弁してやる……!」
適当に言ったらスタッフさんがサムズアップした。材料あるんだ……そっかぁ……じゃあ頑張るか。
内心でいつもの作り方ができないパターンの材料と手順を再構築していると、日菜ちゃんが「あ、でもさあ」と声を上げた。
「結弦子ちゃん、せっかくだしもう一曲なんかやんない? 『Teenager Forever』は彩ちゃんの発案だったしさ」
「えっいいのか!?」
「時間はあるしね! それにちょっと休憩したいからさ」
日菜ちゃんはそう言うとギターを置いて、キッチンのカウンター前に並べられた椅子にさっさと座ってしまった。
は?
「じゃ、なんかお願いしまーす!」
「マジで言ってる?」
「じゃ、じゃあ……」
「彩ちゃん? 彩ちゃん!? ウソ、孤軍奮闘の流れ……!?」
麻弥ちゃんもイヴちゃんに押されてあっちへ行ってしまったのでドラムはお願いできない。ギターひとりでも全然構わないけどアウェー戦でそれはこう、普通に寂しいからヤダ!
「…………花音ちゃん助けて!」
「ふえっ!?」
観覧席の最前列、ど真ん中で花音ちゃんが泣いて笑って大忙しだったのを見逃してないんだこっちは……! あ、お化粧大丈夫? ノーメイク? ノーメイク!? 可愛すぎんか?
両手を前に差し出しながら深々お辞儀すると、おずおず立ち上がった花音ちゃんがびくびく近づいて来てくれた。私の手を優しく取ってにぎにぎする彼女の顔をお辞儀したまま見上げると、ちょうど振り返ってお伺いの真っ最中。
「え、えーっと……い、いい? 千聖ちゃん……」
「……はぁー、ずるいわよ花音を巻き込むのは」
千聖ちゃんはチューニングをはじめた。花音ちゃんはぱぁっと顔を明るくさせて、麻弥ちゃんに挨拶してスティックを借りながらスローンに向かっていく。メンツ確保ヨシ!
さっき散々アーミングしたのでチューニングを耳で整えながら、私は客席に向き直った。
「ふー……さぁて急遽再結成、YCKです」
「いえーい!」
日菜ちゃんの声に遅れて歓声が湧く。実はこの番組毎回観てんだけどさ、千聖ちゃんたちとのあのライブから私や花音ちゃんの話題を結構たくさんやってるから、なんかこの番組では私たちの知名度ちょい高いみたいなんだよな。
で、MCね。あー、なに喋っかな。
「……実は私、友達が多くてさぁ。みんな優しいんだぜ? 好きなものの話とかしてると楽しそうに聞いてくれて、わかんなかったらその場で軽く調べてくれて。恵まれてんなって思ってんだけど……だからさ、私から離れていく人のことは、嫌われちゃったんならしゃーねえとも思うんだ」
チューニングを確かめがてら、クリーントーンでアルペジオを弾きながら語り出す。
私の側にいてくれることを当たり前だと思わない。愛されてると自覚するからこそ、その重さはわかってるつもりなんだ。
「離れていくからには理由はあってさ。でも私は私の性格とかあんま変える気はねえし。そうして離れていきそうな人と、私のなにかを嫌いになりそうな人と、もう一度友達になれることなんかあんのかなーなんて昨日、思いながらさ、パスパレクリスマス特番の録画観てたわけよ私は」
彩ちゃんが「えっあれを!?」と悲鳴を上げて、客席がどっと笑い出す。
「特番ん中ではさ、もう彩ちゃんがてんやわんや一生懸命で大変なわけよ」
まあそれはいつもか。
「でもさぁ、わかったような顔して『離れてくならしょうがない』なんて良い子ぶるよかずーっとかっけえ姿でさぁ。ここの、あなたたちみんなきっとそうだろ。彩ちゃんのそう言う姿が大好きだろ。なあどうだい──!」
ボリュームを跳ね上げて問い掛ければ歓声が返ってくる。そのまんま彩ちゃんやパスパレへの愛情の大きさだと思えば震えちまうな。
大きな大きな返事に「ありがとよ!」と返してブリッジミュートの8分刻みに移る。彩ちゃんを一瞥してもう一度客席に向き直りながら、私は心の中から溢れ出る言葉を本家へのリスペクトと共に紡いでいった。
「私もそうなんだよ、仲間だな! でもさあ、なかなか『あなたが大好きです』って伝えんの難しいと思うから、ちょっとだけ預けてくんねえかなぁ。そういう歌を知ってんだ。愛と平和の歌を知ってんだ」
私の知る限り、世界一カッコイイバンドはちょっと決められそうにない。素敵な音楽って山ほどあるからさ、一番なんか選べっこねえの。
でも、宇宙一カッコイイバンドなら即答できる。
「そこのあなたも、画面の向こうのあなたも、一斉に大好きだって言えたら嬉しいなって思うわけ! 誰かへ愛を伝え損ねる悲しみなんてなくなっちまえばいいと思うわけ! 世界中の前から後ろから右から左から、あなたたちがさ、誰推しなんだかアンチなんだか知らねえよ、でも歌いたいわけ! 歌ってよろしいかみんなァ────!」
暑苦しいくらい本気で恥ずかしいくらいの本心を叫ぶと、私のギターと共にもう爆発するみたいに立ち上がって誰も彼もが叫び出す。
「歌おうぜ! 歌おうぜ! 歌おうぜッ! なに歌うか、決まってるでしょ──」
さぁ、手元はもう一度最大で。喉も手も温まって120%全力で。
借りもんで悪いけどさぁ、これ以上によく伝わる音楽なんか知らねえんだ。
だからどうか、一緒に歌ってくれ!
「『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』────!」
ピックを、振り下ろす。
白鷺千聖
結弦子の趣味でサンボマスターは聞かされてたし結構好きでもあった
オンエアを見たらなんだか満面の笑みで弾いてて恥ずかしくなるも、まあ本気だったからいいか、と思い直す
松原花音
RIJF2005のサンボのライブ映像をこころに見せられたことがある
今回の仲直り計画のことは聞かされてはいたものの演奏の予定はなかったので、すぐに対応できたのはハロハピで鍛えられたおかげかもしれない
氷川日菜
やっぱり私も一緒に弾けばよかったかなぁと思いつつノリノリで拳振ってた
借りていたギターはこの後きちんと紗夜ちゃんに渡される
若宮イヴ
ストレートな言葉と熱量の奔流でガッツリ食らって泣いている
あとで結弦子から究極ベストを借りてもう一度泣くことになる
大和麻弥
実は彩ちゃんにアンプやマイクを見られても結弦子登場ドッキリがバレないように機材に選定やセッティングを色々考えていた今回のMVPだったりする
あの『パスパレのおひる』は伝説の回としてバズりにバズったらしく、プレゼントになにかくれるというのでギターのボディをねだった。マジでくれるとは思ってなくて「綺麗な色のやつがいいっすねー」「メイプルとか、アコギのトップ材に使うようなやつ?」「最高ー!」なーんて具合で適当に流して、詳しいことを聞かなかったのが私の落ち度だった。
「まさか未加工どころか切り出しもしてねえ木材丸ままで来るとは思わなくてよぉ」
「結弦子ちゃん、3年生になってもヘンなとこ迂闊なまんまだね……」
放課後の3年B組の教室でギターを取り出しながら喋っていると、対面に座る友人──丸山彩はへにゃりと眉を垂らした。彩ちゃんに言われるのはなんだか釈然としねぇ……と思ったけど、バイト先ではときどきリーダー的な仕事なんかも任されるらしいし、最近はあんまドジな感じでもねえのかも。
「ちなみに、なんていうやつなの?」
「パウローニア。まあ、要するに桐だな。普通ギターに使うのはアッシュとかメイプルっつーやつなんだけど、こいつはそれよりすんげー軽いのになかなか良い音がする」
私の大好きなRS GuitarworksのWorkhorseなんかがそれで作られてるから一回欲しかったんだけど、まさかあんな適当な話からピンポイントでツモるとは。
「彩ちゃんがもっと上手くなったらそれで作ったげるよ」
「うーん……何年後になるかなぁ」
珍しく弱気なことを言う彩ちゃんの膝には、ピンクのジャズマスターがあった。
そう、あのとき私がこれでもかとかき鳴らしたやつだ。オール桜材のワンノブ・ワンピックアップ。おおよそ初心者に持たせるべきじゃない仕様なんだけど……まあ、彩ちゃんならエフェクターごちゃごちゃ踏み分けるより向いてんじゃねえかなって思う。
それにこれ、パスパレとは関係ないただの趣味みたいだし。
「イントロの終わりのFが難しいよう……」
「私が弾いてあげるからリフでいいって言ってんのに」
「弾き語りできるようになれたら楽しいかなって……」
「まあわからんでもないけど。どれ、ちょっと押さえてみ?」
「うん!」
あんまり太くないネックをたどたどしく握って、なんとか指を立てながら押さえようとする彩ちゃん。人差し指のセーハは一見べたっといけてるように見えるけど……あ、あーあーあー。なるほどね。
「指がぷにぷになんだな」
「えっ」
「形は綺麗にできてるし、今は余計な力も入れてるから関節が指板に押し付けられるくらいこれ以上なく押さえられてんだけど……指の皮がね、弦に押し負けてんね」
「……えっそれどうしたらいいの!?」
「そのうち指が適応してくから今はしゃーないな。一旦こっちの簡単な押さえ方しとこ」
「うぅ……よし! お手本お願いします!」
「おっけおっけ。まず人差し指を1、2弦の1フレットに置いて……」
ぷるぷるしながら頑張って押さえようとする彩ちゃんに指示を出しながら、そういえば自分のときはどうだっけと思った。確か、そもそもセーハ自体まともに出来なくてスケールばっかやってたかも。で、先輩にセッションでボッコボコにされて。いやでも、小学3年の私と先週高3になった彩ちゃんを比較すんのもなぁ。
「じゃ、ストロークしてみ」
「……あ! それっぽいそれっぽい! できたー!」
「おめでとう! なんだかんだ覚え早いし、今日こそ通せるんじゃないか?」
「頑張る! えーと楽譜楽譜……」
窓の外には案外あっという間に散っていく桜と、どこかの運動部の走る声。空はほんのり霞んだ薄い青。締め切ってるのもなんだか勿体無い気がして、まあ教室の真ん中なら大丈夫か、と窓を開けにいく。
「うーん……涼しいな」
「結弦子ちゃんお待たせ! 今日こそ皆伝……!」
「始めると威勢がいいねえ」
むん、と意気込んでピックを握る彩ちゃんと目を合わせて私もテレキャスを握る。リバースヘッドにワンピックアップ、焦げ跡のついたいつものやつ。
「ワン、ツー、スリー」
食いで入っていく私のリフは穏やかで、きっとアンプを通してない今の音だってなんの曲かすぐわかるだろう。彩ちゃんはコード譜を目で追いながら、誰もが一度は耳にする曲にわくわくした顔でストロークに挑む。
手首はまだ硬いし、指先はぎこちないし、コードもビビりがちだけど。
それでも新しい何かを楽しむ横顔は、やっぱり綺麗だった。
「『幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて』──わっ」
「あ」
強い風が吹き込んだ。窓がガタガタ鳴るくらいの勢いで花びらも少し迷い込む。特になんにも押さえてなかったコード譜が巻き上げられて「わ、うわーっ!?」と彩ちゃんがじたばたするのに吹き出しながら、ふたりで散らばったそれを拾い集める。
「で、出鼻を挫かれたぁ」
「にゃはは! まあまあ、肩の力は抜けたんじゃね?」
「それはそうかもだけど……」
「なぁに、なんとかなるさ。彩ちゃんは頑張れる子だし!」
「……うん!」
今度は筆箱で楽譜を押さえて、もう一度リフを弾き始める。たどたどしくもどこか眩しい、春の日差しみたいなギターは今度こそイントロを弾き終えて、Aメロ、Bメロまで乗り越えた。
目をまんまるに開いて嬉しそうな彩ちゃんに頷き返して、心の奥をくすぐられるような切ないときめきと共に。
「『君と出会った奇跡が この胸に溢れてる』」
友達と一緒に歌う。
「『きっと今は 自由に 空も飛べるはず』──」