ギター自作JK   作:水里露草

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 ライブレポートかなんかで愛美さんのペダルボードにJan Rayあるの見たときに香澄が足下に総額50万くらい広げてるの想像してクソ笑った覚えがある


Vemuramで優勝していくわね

 

 

 

「……って感じで練習していました」

「なるほどー、いいですね! 和気藹々としてて」

 

 そんな一言で片付けていいようなアレだったかしら?

 まあいいか。

 

 CiRCLEに併設された喫茶店でカフェラテを飲みながら、私は一言断ってスマホを覗き見る。ふたりはもう少しで来るらしい。

 カメラが回っているけれど、今の私は半分くらい意図的にオフモードへとスイッチを入れていた。一応ドキュメンタリー風だから、というのもあるにはあるけれど、単にこのスタッフさんをそれなりに信用しているのも大きい。うちではなく結弦子のいる事務所の人なのだが、うちの外注先として付き合いが長いのだ。

 もう一口飲んで長く息をつくと「寒いですねえ」と相槌が入る。テレビスタッフとしてはちょっとのほほんとしているけれど、嫌いじゃない。

 

「どうですか、やっぱりパスパレとはノリも違ってくる感じで?」

「ええまぁ。パスパレだと、ライブで演奏するときは誰も弾いてない他のトラックは裏から流してもらっていますが、今回は三人だけで全部の音を鳴らすので。いつもとは全然違うものを要求されて、よりやり応えのある感じになってます」

 

 結弦子に花音ともども巻き込まれて出ることになったライブはもう一週間後に迫っている。ちょうどいいタイミングだからと、前から言われていた通りうちのチャンネルで動画を出すための取材が付いていた。

 ……Purely Promotionではなく、結弦子の事務所から。

 結弦子のいる事務所は最近ネット番組のクレジットに名前をよく見かける制作だ。ほとんど外注専門で、彼女を含めたスタジオミュージシャン数人と音楽や企画の作家たち、あと映像や音楽などのスタジオスタッフで回していて、世間にわかりやすく顔を出す看板タレントなんかは持っていない。結構いろいろな会社が彼女のところに依頼しているらしく、今回のもそういうことなのだろう。

 

 ……うちのスタッフはひとりもついていない。何かあったときにうちは知りませんとシラを切るためなのだろうが、デビューのときから相変わらずというか。

 

「はぁー……」

「白鷺さんもコーヒーお代わりされます? こっちで持ちますよ!」

「さっきも飲んでませんでしたか? 何杯目ですか」

「まだ三杯目ですけど、いやぁ経費で飲むコーヒー最高ですね!」

「……じゃあ、頂きます」

 

 向こうも向こうで相変わらずだ。変な人しかいない。

 

「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」

「あら、ありがとうございま……」

 

 特に何も持っていない結弦子が満面の笑みでポーズを決めていた。

 

「……可愛いわね。ブーツがメイン?」

「おう! 涼美子(すずみこ)お姉ちゃんが送ってくれてさぁ」

「たしか、下のお姉さんだったかしら、あのスレンダーで、クールな美人で……」

「お尻がメートル単位の方な」

「スレンダーとそれ両立することあります?」

 

 スタッフさんのツッコミを無視してくるりとターンする彼女の足元は、高いヒールの付いたペールブルーのデニムサイハイブーツだった。長い長い足を覆うその口元、細い太腿との隙間に白い裏地が見えるあたり、我慢を強いるタイプの可愛さではないらしい。

 爪先から視線を上げていくと同じくデニム地らしい同じ色のショートパンツ。ハイウエストではあるものの裾がかなり短くて、広めの絶対領域による分離がブーツに包まれた足の長さをとことん強調している。それが自慢なのはわかるけれど、寒くないのかしら。

 上はヘッドホンをつけた女の子のイラストが描かれたサブカル系のTシャツをタックインして、裏地付きのゴツいデニムジャケットを前全開で羽織っている。挙句の果てに頭に水色の大きなサングラス。

 全身頭から爪先まで鮮やかな水色なのは明らかに寒そうだし明らかにダサいはずなんだけど、何故かとびきりお洒落に見えるのはスタイルと顔面の良さで捻じ伏せているからだろうか。

 

「明石さん、なんでいつもそう顔面でファッションを調伏するスタイルなんですか?」

「かっけーじゃん?」

「まあ……」

 

 スタッフさんも苦笑いしているが、私は別の理由で笑いをかみ殺していた。

 今着ている服、前に私と、あと彩ちゃんも捕まえて古着屋巡りをしながら買い集めたやつばかりじゃないの。勝負服で気合を入れるタイプとはいえ花音に散財を叱られた手前、ブランドものを着てくるのは嫌だったらしい。

 ……私も今は全身を無印で固めているけれど。アイボリーのスキニーと黒いロングシャツ、バーガンディのセーターだ。日中は暖かいそうだしこんなものでいい。

 ……おや?

 

「結弦子、あなたギターは?」

「んぁ? まだ時間まであっからギターもボードもまりなちゃんに預けてあるよ」

「あら」

 

 私もそうした方がよかったか。椅子の背に肩紐を引っ掛けているギグバッグは普通に布製で、倒したら当然傷が付くだろうし。

 

「私も預けてくるわね。花音が来たら……」

「お、お待たせ〜……!」

「ありゃ」

 

 向こうからひぃんひぃん言いながら花音が走ってきた。長い紐で斜め掛けしたスネアケースを更に両手でがっしり掴んでいるのは別に良い。

 彼女の格好を見た瞬間に捲られる脳内のファッションカタログが言う。真っ白なスニーカー、コットンデニムのフレアジーンズ、上はボーダー柄の、おそらく背中にはローマのアーティストによる船の絵が描かれているカシミヤ、シルク、モヘヤを混紡したニットセーター。

 

「ぜ、全身ディオール……!?」

「……な、なんでそんな引いた顔してるの!?」

 

 引くでしょうそれはもう。

 

 

 

 

 

 弦巻家の人たちから手ずから届けられて、そのままコーディネートまでされたらしい。こころちゃんと今度お揃いのコーデをしてもらいたいと言われてその予行演習というか着心地の確認のために着せられたそうだが、まさかこころちゃんはいつもこんな総額100万超えファッションなのだろうか。恐ろしくなってきた。

 

「いつもこんな面白い感じなんですか?」

「まあ割と……」

 

 スタッフさんに答えながら花音とアイコンタクト。恐ろしいファッションのまま普通にドラムの準備を終えた彼女はこくりと頷く。スネアとキックとオーバーハンドに合わせて四本のマイク。私の方はTelefunkenのDIとスタジオのAmpegにベースを繋いで、あとはドラムと同じく結弦子とスタッフさんにマイクを立ててもらった。パスパレで活動を始めてそこそこ経つけれど、こういうレコーディング関係の知識はまだ覚束ない。

 結弦子は……ああ、サムズアップが返ってきた。スイッチャーもない簡素なエフェクターボードを足下に、i5をギターアンプへ、Beta58Bを鼻先に。それからうきうきで舌なめずりする。

 

「んじゃ『kaleido proud fiesta』、いっぺん通しまーっす」

「はーい」

「はーい」

 

 花音の真似をしながら返事をすると、結弦子は一瞬だけ朗らかな笑みを深く吸い込んで……太陽の唸る音すら聞こえそうな、灼熱が顔を出す。

 

 彼女の歌い出しから始まった。

 

 ボーカルのワンフレーズから始まるこの曲は、キャッチーなリフやコーラス隊の掛け合い、多彩な部分転調にトップノートの降りていくクリシェなど、様々な技法をこれでもかと注ぎ込んで目まぐるしく移り変わる進行が特徴だ。

 特にメインの三人は手数が要求される。頻繁なコードチェンジの合間にソロやリフまで入るギター、パワーのある歌詞を支えるようにハイスピードで流れを作るドラム、昨今のシーンでリードベースとあだ名されるメロディックな動きでリズムとコードを結ぶベース……どれを取っても高難易度だけれど、正直、私はふたりのことを何も心配していなかった。

 

 ……相変わらず、ちょっと混乱するくらい運指が上手いわね。

 

 ギタリスト明石結弦子の特徴は大きく三つある。ひとつはこの気持ち悪いくらい滑らかな運指だ。

 指それぞれが次のポジションへと最短距離で動くのはもちろんのこと、合間に入る単音のフレーズを小指でこなすときも他の指が全くブレない。頻繁にコードチェンジをする曲にも関わらず無駄がなさすぎてゆったり動いているように見えるし、フレットノイズもほとんどない。余計な力を入れずとも点から点へ移動できるくらい基礎練をやりこんでいるのが伺える。

 ストリングスがやるような高音域のカウンターメロディを右手でタッピングするのも迷いがないあたり、コードチェンジがどうというよりとにかく弦を押さえるのが上手いというべきだろう。

 

 一番が終わって再びAメロ。長い小指でギターのボリュームノブをぐっと絞って派手なディストーションからクリーンクランチまで落としてのゆったりとしたコードストローク。特徴的な頭抜き六連符を全員で揃える瞬間だけまた小指でボリュームを跳ね上げて歪ませて、次の瞬間にはまたクランチに戻している。ふたつめの特徴は、彼女はゲインのレベルをペダルではなくボリュームで調節するスタイルであるところ。

 

 あ、鏡越しにドヤ顔してるわね。わざとらしく鼻で笑ってやるとちょっと不貞腐れた顔をして、それに花音が噴き出した。ちょっとだけキックがヨレたけどまあ良し。

 

 最後の特徴はフォーム。ボディを鳩尾のあたりまで上げ、地面に対して水平か僅かに下がったヘッドを少し前に出すように構える。そして弦と平行になった肘から先の回転で弾くのだ。

 手首のスナップや肩の上下による力の伝導でダイナミクスを繊細に調整できるしボリュームノブも近いし……と本人は力説していたが、私は知っている。座って足を組みながらギターを構えるとボディが胸元近くまで来るから、その姿勢に慣れてしまっただけなのだと。あとKing Gnuの真似。

 

 2番のBメロに入った。1番にあったコーラスは無く、少しだけ展開が変わる。結弦子の流し目を受ける花音に日頃のおどおどした様子は欠片も伺えない。ぴしゃりと自信が通る背筋。

 歌の後ろでアンサンブルにタメを作るスネアのロールが原曲と違って加速させるようなシャッフルリズムになっている。左手をペンのように持つレギュラーグリップと熱意がキラキラ光る瞳。ハロハピの無茶振りに次ぐ無茶振りで磨かれた表現力が結弦子謹製の明るく火花の散るようなスネアを完璧に使いこなしている。

 

 ぐっとしゃがむ休符をみんなで揃えて、飛び立つようにサビへ。

 

 花音のドラムは力強い推進力と共にバンドを支えるだけでなく、手数を増やしてスリーピースバンド故の足りない音圧を補ってくれている。結弦子の持ってきたデモだともう少しシンプルだったはずだけれど、作った本人は歌詞の合間に花音にウィンクしていた。嬉しそうに微笑んで、花音はまた仕事に徹する。テンションにつられて余計に増やしていくのではなく、あくまでも屋台骨として。

 私も、応えよう。

 

 ……まあ、上手くなったものだと自分でも思う。

 

 ほとんどメロディに近いような、複雑な進行をルート以外のコードトーンや経過音で縫い合わせながら紡ぐベースライン。花音と声を揃えるコーラス。コード進行の流れを把握するための音楽理論の類は結弦子からも麻弥ちゃんからも叩き込まれているけれど、パスパレできちんとベースを弾き始めた当初はもっと……ええ、上手くなったわね私。

 

 最後のフレーズも軽やかに歌い上げてアウトロ、手元のボリュームを跳ね上げて鮮やかにリフを弾き切った結弦子は、両手のピースサインを突き出しながらくるくるとはしゃいだ。

 

「ひょーっ! 天才! 完璧! 上手い! 私パーフェクト!」

「ゆづちゃんゆづちゃん、私たちは?」

「かわいい! 最高! ちょいちょい三連符挟んでたのすごいスピード感あって良かった!」

「えへへ……良かったぁ上手くできて」

「千聖ちゃんも途中でアドリブというかメロっぽい動きしてたの超カッコよかった! グッジョブ!」

「我ながら良いと思ってたのよ。ありがとう」

 

 結弦子の自尊心というか自己肯定感の高い振る舞いを見ていると、なんだか自分を素直に褒めてあげようと思えるから不思議だ。それはたぶん花音もそうで、だから私たちは結弦子に付き合っている。

 

「んー、こんならもう一曲増やせっかな。はるまきごはんの『銀河録』とかやりてえ」

「ちょっと、これだけでも結構大変なのよ?」

「だーいじょぶだいじょぶ! 千聖ちゃんと花音ちゃんができないわけねえって!」

 

 結弦子が子供みたいにきらきら笑う。本当に一片の疑いもない真っ直ぐな目が、昔はどこか苦手だった気がするけれど。

 

「はぁー……仕方ないわね」

「ゆづちゃん、どんな曲?」

「んーとね……」

 

 スマホをミキサーに繋げば早いものを、結弦子はわざわざ手に持ったまま近付いて来る。ドラムを離れた花音にも挟まれておしくらまんじゅうされながら、もう一度溜め息を吐いた。 

 

 

 

 

 

 

 なんか千聖ちゃんがすげー優しい顔してんだけど、私は私の欲望を満たしに行くぜ。

 

「千聖ちゃん、よかったらこれも試してみてくんない?」

「それは……ベース用のプリアンプ?」

「いぇーす。私の仕事用のやつ持ってきたんよ」

 

 いきなりエグい曲をやったせいでちょっと火照った色っぽい顔してる千聖ちゃんに差し出したのは、私がマジで死ぬほど大好きなエフェクターブランドVemuramのプリアンプペダルだ。

 自分でギターを組んでるのもそうだけど、私は基本的にブランドによる統一をしない。いろんなとこから気に入ったもんを掻い摘んでお気に入りのセットを作るのがいっちばん楽しいと思ってる。このブンヤテレキャスだってBare KnuckleだのLundgrenだのごちゃまぜだし。

 でもやっぱ好みってあるよな。今の私のボードには踏みっぱなしで基本の音を作るMyriad Fuzzと味変用のGalea、ブースト用のBudiが並んでいる。

 

 私のセッティングはシンプルだ。アンプはクリーン、MyriadかGaleaのどっちかを曲やそのときの気分に合う方を踏んで手元でクリーンからディストーションまで好きに変えて、ときどきハイゲインまでブチ上げたかったらもう片方を踏むか、質感を大きく変えたくなかったら手元フルにしてBudiでぶっこむ。Budiがなー、歪むか歪まないかギリギリな感じのチリついた濃いブーストがかかるのがまた良いんだよなぁ。

 この三台の踏み分けと手元の調節で無段階に歪みを作れる。神。YOASOBIのサポートギターの人もMyriadとShanksで同じことしてたし。

 

 前はGaleaとBudiのふたつが無くて、代わりにJan Rayを味変兼ブーストに使ってたんだけど、かすみんの誕生日にあげちった。すんげー喜んでガッツリハグしてくれた。夏だったから制汗剤の香りが爽やかでもうボロ儲けよ。

 

 いや、話がめっちゃ反れたな。

 

「これ、私がメインで使ってる歪みペダルと同じメーカーのやつなんだよ。布教用にあげちゃおっかなって」

「……いえ、流石にもらうのはやりすぎよ。気に入ったら勝手に買うから、あとで詳しく教えて?」

「おっけい!」

 

 絶対落ちるな(確信)

 あとはたぶんライブを見に来るであろう紗夜ちゃんと、おたえと……いやもう同じ学校でギターやってる子たち全員に勧めてみるかな。花女の全ギタリストVemuramユーザー化計画ここに開幕……!

 お、千聖ちゃんのセッティング終わったっぽいな。

 

「さぁて『銀河録』やってみんべー。展開はもう覚えれた?」

「私はいいけど……花音は?」

「大丈夫だよ。ぜんぶ完全にコピーは無理だけど、雰囲気を出すのはハロハピで鍛えられたから……!」

 

 え、ハロハピのあれやそれやってぶっつけだったりすんの? マジ?

 ……もっと花音ちゃんに優しくしようかな。

 

 




 明石結弦子
 プロ鍵盤奏者しつつも授業参観とかには何があっても来てくれたママ、木工家具職人しながらギターの作り方とか教えてくれたパパ、会うたび1メートルおっぱいで抱き締めてくれるアンプメーカー勤務のゆるふわ美人長女、会うたびコーヒー淹れて近況をうんうん聞いてくれるエフェクターメーカーインターン中のクール系美人次女にめちゃくちゃ愛されて育った末っ子 割と頭空っぽ

 白鷺千聖
 愛されて育ったやつ特有の人懐っこさと施しの精神に絆されてはっちゃけることを覚えた まあまあ感謝しているけどそいつ何も考えてませんよ

 松原花音
 色々駄目なところはありつつもだからなんだと笑い飛ばして生きてるやつに振り回されてちょっと気楽に生きることを覚えた 結構感謝してるけどそいつ何も考えてませんよ

 氷川紗夜
 入学初日に隣の席になったやたら脚の長い女に丸一年口説かれ続けて友達であることを認めざるを得なくなった 一応感謝してるけどそいつ何も考えてませんよ
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