Fuzz沼はマリアナ海溝より深いから実質母なる海だし里帰り
私の朝のルーティーンはだいたい決まってる。ファーストフード店で朝メニューのマフィンと野菜ジュースを摂取。セットにするとポテトが付いて来ちまうからどっちも単品。朝はあんましたくさん食えねえんだよな。
で、通い詰める割に全然使わなくて有り余ってるポテトのクーポンを握り締めながら、校門前で遅刻と服装のチェックをやっている風紀委員の友人──氷川紗夜に全力のラブをぶちまける。
「紗夜ちゃ〜〜〜〜ん♡ おはよ♡ 今日も可愛いね♡」
「素行不良につき減点、と。あとギターケースと手提げを……」
「無慈悲なお仕事姿もクール♡ あっこれ今朝もらったクーポン。私普段からポテト食べねえし、全部あげるよ」
「──何も問題ありませんね。ええ、大変結構。おはようございます明石さん」
現金で可愛いね♡ それでええんか?
閻魔帳もといチェックシートの挟まったバインダーをパタンと閉じた紗夜ちゃんの目は、私の校則に真っ向から喧嘩を売ってるチョコレート系の明るく濃いブラウンタイツをガン無視して左手のポテトクーポン(Lサイズ)の束に釘付けだ。左右にゆらゆらすると視線どころか首ごと追従してもうあなたオモチャに釣られるネコちゃんやんけ。
「今日も冬の乾燥に負けないつやつやお肌でえらい♡ 緩めのウェーブ掛かってるロングヘアもキューティクル綺麗で好き♡ 褒められてそわそわすると物持ってる左手が貧乏ゆすりっていうか『LOUDER』イントロの単音リフゆすりし始めて可愛い♡ 指に染み付くレベルで曲やりこんでんのえれーわマジで。てか睫毛ちょっと凍ってね? サミィっしょ、飲みかけで良けりゃこれもあげるよ」
「………毎度毎度、恥ずかしくないの? あと、ココアは大丈夫です」
まっかっかほっぺ可愛い〜〜〜〜♡ 食べちゃいたい♡ 青森ふじりんご。
ちなみに恥ずかしいかって言われると別にそうでもない。
紗夜ちゃんとの初対面である入学初日の教室、隣の席の彼女に仲良しおもしろ明石姉妹デッキを構えたところなーんかデケえ地雷が埋まってんなと勘付いた私は、かれこれ一年ちょっとくらい淫魔像シスターズ式会話テクで熱烈なLoveを込めたコミュを続けているのだった。
お、交代人員が来たかな? よく音楽ネタで話す隣のクラスの友達がとことこやってくる。
「氷川さーん! お疲れ様、寒かったで……アツアツだね?」
「ち、違ッ」
「ゆっこもおはよ! この間のライブやばかったわ、すげえじゃん!」
「天才美少女ギタリストやぞ! 褒めな!」
「アハハハ偉い偉い! ほーら」
「にゃははありがとありがと。あ、これあげるよ。さっきココア買ったら二本も当たっちまってよう」
「サンキュー! いやぁ寒いもんね」
こういう流れのときに褒めろって言いながらしゃがむと大体みんな頭撫でてくれるって知ってんだ私は。気持ち良く褒められながら気持ち良く立ち上がって紗夜ちゃんの手を引く。
「んじゃまた後で」
「うん! ふたりともお幸せにー」
「だから違います!」
「でも手ェ振り払ったりはしねえよな」
「…………ところで、その手提げはなんですか」
話を逸らされた。照れちゃっても〜〜〜〜これからも時間掛けて紗夜ちゃんのことを大好きな人間がこの世にたくさんいることを"""理解"""らせてやらねえとな。心の中の日菜ちゃんもそうだそうだと……え? 独り占めしたい? 心がふたつある〜〜〜。
さておき。私はギターケースと一緒に右肩に掛けてるでっかい手提げ鞄の紐を軽く引っ張ってみせた。
「こりゃアンプとボードだよ。前、かすみんとエフェクターの話してたら初心者向けのペダルを教えてほしいって言われてさぁ。そうするとほら、Myriad Fuzzが核のボードなんか見せたって仕方ねえし」
「あぁ……確かに弾きにくいというか、質が良すぎてピッキングの粗や僅かなミスまで如実に現れるペダルだったわね」
「紗夜ちゃんめちゃくちゃ渋ぅい顔で弾いてたよな」
そうそうその顔その顔。渋ぅい。
左手のフィンガリングに特化して右手にボリューム操作の余裕を作る方向に進化した私とは反対に、紗夜ちゃんは右手のピッキングによるニュアンス表現が上手いギタリストだ。Roseliaの曲どれもムズいし、普通に左手もバカ上手いんだけどな。
ただ、Diezelアンプと足下で歪ませた音……というかRoseliaのラウドな曲調に完全にチューニングされてるから、普段ならアンプの歪みでわからなくなるような繊細なレベルの調整は慣れてないっぽくて、Myriad踏んで手元絞ったクリーン寄りの音で弾いてるときにすげー嫌そうな顔してた。今でもスタジオにふたりで遊びに行くときは必ずチャレンジタイムが発生する。
ちなみに私は逆にハイゲインのときの右手がちょい苦手なので、良い具合に歪んで聞こえるようにそもそも太い音作りにしている。ズルだ。なので紗夜ちゃんのアンプを借りるとボロが出る。
そんなギターライバル紗夜ちゃんは私の手提げをじろっと睨めつけた。
「そのボード、まさかVemuramが敷き詰められていたりはしないでしょうね」
「いやいやいやまさかまさか。Jan Rayが例外なだけで、他は初心者とか初中級くらいの子に渡しても良い音出せねえだろ。ちゃんと普通のやつ集めたよ」
こういう、向き不向きがあるというか課題が浮き彫りになるやつよりもっと良いやつ使えばいいじゃんと思われるかもだが、むしろこれは良い機材を使ってるからこその悩みだったりする。
良い音が出る機材って色々あるけど大別したら2種類あってな。上手いところも下手なところも際立つから良い音出すために練習がいる「育ててくれる機材」と、下手なところを綺麗に誤魔化してくれるから気持ち良く弾いてられる「甘やかしてくれる機材」だ。私たちは、まあ前者寄りのものを使ってんだけども。
「長い目で見りゃ『育ててくれる機材』の方がタメになんのは確かだけど……結果的に欲しい音が出りゃなんでもいいんだから、技量に左右されにくい出音の使いやすさ重視で選んだ方がいいじゃん? だから、ボードそのまま繋いだら気持ちよく弾けるレベルの初心者用機材Tier1セット決めるくらいでいいかな〜ってことで、マネキン作ってきたってわけ」
ぽんぽん、とミニボードとアンプの入った手提げを叩きながらにっこり笑いかけるが、なんか紗夜ちゃんは違うとこに引っ掛かっていた。
「てぃあわん……?」
「あー、オススメランキング上位、的な?」
「ああ、雫ではなく階層構造のTierですか」
「よくそんなのパッと出てくんな……」
私なんかもう「Tier1? ああゲームね」ってなるぞ。あこちゃんあたりもそうな気がする。大変成績優秀な紗夜ちゃんに対して良くて20位台に滑り込めるかどうかってとこの私じゃ勉強のライバルにはなれそうもない。
「ちなみにだけど、紗夜ちゃん的にオススメは?」
「……初心者向け、かつ戸山さんが使うなら、無難にSD-1やOD-1あたりが良いのでは?」
「っぱBOSSだよなぁ」
「Jan Rayと組み合わせてゲインブーストに使うならTS系もありだと思いますが……明石さんは?」
「概ね同意見だけど、ワンコンのStrawberry Red Overdriveとかも一生使えんじゃねえかって思うんだよな」
「名機ですね。そういえば4Kモデルが最近出てたわね……」
「あー見た見た! ローエンドの調整がトリムじゃなくなってたよな! あれも初心者にはわかりやすいんじゃねえかな。紗夜ちゃんが使うならLingonberryの方か、逆にローゲインモデルのCranberryをブースターとして使うってのもありかも」
「私がKilling Floorでやっているのと同じようなものね」
「冷静に考えたら、紗夜ちゃんってDiezelのHagenにJaw BreakerとKilling Floorまで繋いでんだよな。ブッ飛んでるわ」
「曲に必要なものをもっとブラッシュアップして歪みをアンプで完結できるようになれば、あとは空間系だけで事足りる気もしますが……」
「うーん宿痾」
ボード作る上で一生ついて回るやつなんだよな。何万もするペダルを買ってはなんか違うっつって売り払い、また何万もするやつを買う。ギタリストの習性である。
それはそれとして贅沢な悩みでもある。女子高生なんて基本的にバイタリティ以外カツカツな生き物だろ。足下にBOSSの歪みとリバーブと、あとワウでもくっついてりゃ上等だと思うんだけど……そんなこと言ったらかすみんのために持ってきたこれが無駄になるな。
「……そういえば、前に勧めたthe 805はどうだったの」
紗夜ちゃんが機材ネタ振ってくれて会話に熱入っちゃったから不都合な事実には気づかなかったぜ! うん!
「すげー良かった! TS系にしては中域が強過ぎないっていうか、音作りの幅が結構広いから掛けっぱなしにしたらいい感じかもな! そっちもこないだ貸したファズどうだったよ、
「ラムズ系は初めて触りましたが、以外と用途の幅が広いというか……結構音作りがしやすいのね。もっと、それこそらしい音以外は出せないと思ってたけど」
「前に渡したトーンベンダー系のやつがそういう趣旨のペダルだったからその認識は私のせいだな……ちなみに採用?」
「Roseliaの曲には少し合わないですが、他でなら。それこそ、あなたと組んで何かをするには良いかもしれないわね」
「……え、カップリング成立? お赤飯?」
「調子に乗らない」
「あだっ……にゃはは、照れ隠しィ」
「くっ……」
なんてことを話しながら教室へ向かい、そのままうちではなく紗夜ちゃんのクラスへ足を踏み入れる。
「おはよー!」
「おはよーゆっこ、紗夜ちゃん」
「おはよー明石さん! 紗夜ちゃんもおはよ」
「おはー。あ、紗夜ちゃんもおはよう」
「おはようございます……」
「おはよう結弦子ちゃん紗夜ちゃん!」
みんな挨拶返してくれる。いえーい。ピースサインをぶいぶいしてるとみんなやってくれる。いえーい! たのちい! ひょっとして幼稚園児だと思われている……?
とりあえずピース返してくれた子たちに片っ端から中腰で近付いてって撫でられてる(燐子ちゃんめっちゃ手付き優しいな……)と、鞄を置いた紗夜ちゃんが溜め息付きで言う。
「明石さん、戸山さんとの件ですが……あの、とりあえず荷物くらい置いたらどうですか。腰痛めますよ」
「いや流石によその教室だし……まいっか。ちょっとごめんな?」
「ええ、どうぞ。……なんですかその顔は」
「いやぁ別に」
紗夜ちゃんの机に乗せたりもたれかけたりさせた。優しいなぁ。えへへ。
「で、かすみんがなんて?」
「……差し支えなければ参加させて頂けないかと」
「いーよいーよ全然おっけー!」
「戸山さんにキチンと……いえ、断られる気は確かにしませんが、確認くらいはしなさい……」
「かすみんは諸手挙げて喜ぶだろ! あ、ギター持ってる?」
「ええ、音楽準備室に」
「ヨシ! じゃあ私もギターとか置いてくるから、そのついでにかすみんとこ顔出してくるわ」
ギターを背負おうとして鞄もろとも手を掛ける瞬間、大事なことを忘れてると気付いた。
バッ!
バッ!
シュババッ!
「身長180センチッ! スリーサイズ上から86-67-91! 体重68キロッ! 股下1メートルッ! 勝負だぜ彩ちゃんッ!」
「うわあぁん! 見逃してくれると思ったのにぃ!」
「千聖ちゃんから発破掛けろって頼まれてっから……」
「ゆっこヒップ増えた?」
「筋肉付いたわ」
「相変わらず、すごいスタイルですね……」
「燐子ちゃんセンキューッ!」
ジョジョ立ちのままクラスメイトたちの賛辞(?)に応えていると、彩ちゃんはすっくと立ち上がって私の耳元に寄せてきた。いざ申告タイム……!
「…………」
「…………って、感じ」
「……おめでとう」
「やったぁーーーーー!!!!! 食事制限解除! 甘いもの! 羽沢珈琲店の冬限定オレンジチョコパフェ!」
「あぁ、たくさん食べろ……!」
チートデイは今日だけで明日から千聖ちゃん監視のもと筋トレらしいからな……!
明石結弦子
初めて買ったエフェクターはFuzz Face Mini(ゲルマニウム)
っぱファズだよな!
氷川紗夜
初めて買ったエフェクターはSD-1
店員さんにオススメを聞いて一番無難そうなものを買ってきた もう使ってはいないけどまだ持ってる
丸山彩
まーたイジられてる……
このあと美味しいものたくさん食べたしカラオケで軽く歌ってストレス発散もしたし全部奢ってもらったので明日からは指定されたものをたくさん食ってその分を絞りまくる時間
白金燐子
結弦子が自分に近づいてくるときだけは他の人相手のときより一歩離れてからしゃがんで下から話しかけてきてくれるので嫌いではない でかい犬みたいに思っている