12/31 追記
修正しました
ギターを置いた後に1年の教室に顔を出したものの、かすみんは寝坊したらしくまだ来てなかった。彼女にはラインだけ送って、ホームルームまでイヴちゃんとハグしたりりみちゃんを抱き締めてくるくるしたり沙綾ちゃんの手を握って温めあったりおたえを後ろからぎゅーってしたり隣のクラスから遊びに来てた有咲ちゃんに本気の壁ドンをして追い出されたり有料級のサービスをされてから午前の授業を無事消化して、お昼。
「待ってたぞ戸山香澄よ……! ようこそエフェクターを試してみようの会へ……!」
「おぉ……!」
「こんにちは、紗夜さん」
「ええ、こんにちは花園さん」
音楽室の先生に話を通して一角を使わせてもらい、私はエフェクターボードを広げて仁王立ちしていた。自前のランダムスターを抱えて目をキラキラさせるかすみんは今日も猫耳ヘアーがプリティである。どうなってんのそれ。
あとおたえもついてきたらしい。それはいいか。アドバイザーが多くて困ることはねえ。
「どうせ放課後にCiRCLE行くけど、その前にイントロくらいは済ませとこうってわけだ。今のうちにちょっと触ってみようぜ」
「最近はイントロなしでいきなり歌に入る曲多いですよね」
「おたえ? まだアクセル踏まないで?」
真性の天然には勝てねえからマジで少し落ち着いてほしい。
「ギターソロまで飛ばされないためにも勉強させてもらいます」
「お、おぉ……その意気や良し! とりあえずはかすみん、その一番右の白い子にシールド挿して」
「この子ですか?」
「そーうそれそれ。偉い!」
「やったー! 褒められたよおたえ!」
「うん。偉いよ香澄」
「えへへへへ」
「いつもこんなノリなんですか……?」
私の知る限りは大体こんなんだ。
ぺたんとエフェクターの側に女の子座りして観察するおたえは可愛らしい拍手をすると、椅子に座ったかすみんの足下に剥き出しで置かれたエフェクター……ふわキャラっぽいのが描かれた白い筐体をまじまじと見つめる。
「結弦子さん、これあんバターコッペドライブ……というか、Effects Bakeryメインで作ったんですか?」
「おう! 安いし音も良いからな」
やべえぞEffects Bakeryは。「ふーん、この価格にしては音良いじゃん」じゃなくて「へえ音良いじゃん。うわ安っ!?」ってなる。
あんバターコッペドライブはいわゆるBB系。昔アンプメーカーの大御所Marshallが出したBlues Breaker、こいつがローゲインでハイミッドあたりに独特のさっぱりした色付けがされるイカしたペダルだったのだが、このあんバターコッペドライブは更にあっさりした透明感あるキャラクターで、原音に余計な手を加えない通称トランスペアレント系としてかなり有用だ。Jan Rayもトランスペアレント系なんだけど、こっちはTimmy系っつってまた別系統なんだよな……それに回路的にそうってだけで開発意図としてはMagic6サウンド狙いらしいし。
より透き通って明瞭な独特の艶を帯びるTimmy系と少し色が付くことで隠し味的な存在感をほのめかせるBB系、どっちを選ぶかはぶっちゃけ好みで決めていいだろ。
「YAMAHAのTHR10のクリーンとSD-1で基本の音を作って、あんバターでサビとかリフ用にちょい足し、そのオレンジ色のやつ……Bagel Overdriveっつーんだけど、そいつがソロ向けかな。空間系はアンプについてるリバーブ、BOSSのデジタルディレイDD-1、あとたまたまMXRのMicro Chorusってアナログコーラスが中古で良いの入ってたからそれも買ってきた」
「べーぐる……コッペ……」
「そのメーカー、サンドイッチとかクロワッサンとかうぐいす豆パンとか出してるぜ」
「うわあああお腹空いてくるー! 有咲のおばあちゃんの玉子焼き食べたのに!」
悲鳴を上げながらもすっかり慣れた手つきでコードを押さえるかすみん。ちょっと優しめなストロークとリズム的に『1000回潤んだ空』か? 普段のかすみんっぽくないような、意外とこんな感じなようなって歌詞で印象に残ってんだよな。あとサビの短3度転調。いいよなぁ。個人的には「走り始めたばかりのキミに」の、少しずつ転調を繰り返してBメロからサビに入るときに長3度下に転調するのもかっけえなって思うけど。コード進行がマジで良いんだあの曲。
そのままペダルをかしゃかしゃ踏んで(靴下で滑るらしくて裸足になってんだけどあんよが綺麗だ。シンデレラであらせられる?)あれこれ試すかすみん。うん、細かい解説はあとでじっくりしてやれるから今は遊んでな。女子高生の昼休みは短えんだ。
しばらくじゃきじゃき弾いたかすみんにペダルの説明をしたり紗夜ちゃんと指導計画を練ったりしていると、おたえが「そういえば」と口を開いた。
「香澄、どうして急にエフェクターに興味持ったの?」
「あれ、おたえ的に疑問あり?」
「Jan Rayもらったときは大喜びしてましたけど、エフェクターっていうもの自体に関心湧いた感じじゃなかったので」
「よく見てますね……」
「友達ですから」
えへん、と胸を張って得意気なおたえの可愛さは頭を撫でるだけで一旦流すけど、言われてみりゃ不思議だ。あれあげたのかすみんの誕生日でこの間のライブは12月入った直後、今はもうじきクリスマス。半年くらい経つな。
「実際なんでなん?」
「結弦子先輩たちがやってた『銀河録』のカバー、すごくキラキラドキドキして! 音作りとかどうしてるんだろ、って思ったんです!」
「にゃはは! いやーありが……待った、キラキラ? なんぞ?」
「キラキラドキドキです! あのですね……」
ちょっと深い話が始まった。幼い頃に出かけた先で、家族とはぐれて見上げた夜空いっぱいの星空に感動したエピソード。キラキラドキドキ、星の鼓動と読んでいるその感動体験を追い求めて色々やってみたこと。そのうちに流星堂で有咲ちゃんとランダムスターに出会って、ポピパのみんなと出会って……あー、あのライブもか。
「文化祭、急に紗夜ちゃんから時間稼げって言われたのはそういうことか。一曲だけ引き伸ばせって言われて弾き語りで『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』やったっけ」
「あのときは、他にも頼れる心当たりもなかったもので……苦労をかけましたね」
「いやいや全然。紗夜ちゃんが頼ってくれて嬉しかったよ♡」
「はいはい」
「えへへ……お世話になりました! おかげさまで、さーやともバンドできてます!」
「私の力なんか何パーセントもねえって。まいっか、どういたしまして!」
謙遜でもなんでもなく、Poppin’Partyの今があるのはかすみんたちの努力だろ。私の力添えはその努力にほんの少しの後押しをしたくらいのもんだから、間に合ってラッキーだったなって笑っときゃ良いのだ。当時にもお礼と笑顔をもらってっから報酬は十分だしな。
ともあれ。
「キラキラドキドキねえ……確かに『銀河録』は星の歌だったけど」
「え、胸いっぱいの思い出の歌じゃないんですか?」
………………お?
「……かすみん、あれどういう歌だと思ってんだ?」
「へ? 銀河とか星って同じ星空の中にあっても何光年、何万光年って違う距離から届いてますし、昨日とか十年前とか、誰かとの日々を『思い出』って夜空に一緒くたにして見てる歌なんじゃ……ひょ、ひょっとして違うんですか!?」
「いやいやいや大丈夫大丈夫! 多分合ってる! とりあえず私もそう解釈してっから!」
「香澄ってこういうの得意なんですよ。そのままだと濃厚すぎるからみんなでブラッシュアップしますけど、ポピパの歌詞も大体香澄が書いてるんです」
「繊細な感性を備えているんですね……」
私の腕の中で撫でられるかすみんの不安そうな顔を、紗夜ちゃんが本当に本当に意外そうに見つめててちょっとおもろい。おたえちゃんも意外ってとこは否定しないしな。
けどなんだ、こんだけきちんと考えを持ってるなら「キラキラドキドキ」も深掘りしたら具体的な定義が出てくんのか?
……よし。
「紗夜ちゃん、筆記用具持ってねえ?」
「B5の無罫とフリクションがあります。色もある程度。書くのは私がやりますので明石さんはそこから机を」
「以心伝心だねぇ!」
「カツ丼は出ますか!?」
「おたえ、尋問じゃねえのよ別に」
「え? え? えっ?」
余計なこと言ったせいでかすみんが不安そうにおろおろし始めた。ギターをぎゅっと引き寄せて膝を擦り合わせる。流石に怯えさせんのは本意じゃないからとりあえず、あー、隣でいっか。
彼女の隣にしゃがみ込んで、優しくにっこり笑いかける。友達のことをもっと知りてえだけだしな。
「取材タイムだ。『キラキラドキドキ』したときのこと、ぜーんぶ教えてくれ」
「は、はい! 最初は、さっきもお話しした小さい頃の星空です! 視界いーっぱいに星が溢れてて!」
「香澄、星好きだよね。夜空を見るといつでもキラキラドキドキする?」
「うん! あのときほどじゃないけど、天体観測ツアーとか行くとドキドキする!」
「キラキラドキドキを求めていろんなことしたって言ってたよな。どんなことやってたんだ?」
「部活は入らなかったんですけど、やってる友達にいろいろ教わったりしてました! あと読書もちょっと。銀河鉄道の夜とか、授業で興味持って……」
お、なんか意外な一面だ。でもポピパの歌詞の瑞々しい感性を見るに、言われてみりゃしっくりくるかもな。
「良い趣味してんじゃん! 良いよなぁ宮沢賢治。『やまなし』と『風の又三郎』が好きだったなぁ。特に又三郎、なんか台風の前みたいなワクワク感と一緒に読んでたけど」
「わかる! わかります! クラムボンってなんだろうとか、カワセミがちょっと怖かったりとか、どっどど、どどうど、どどうど、どどう、って口ずさんだり! あ、でもキラキラドキドキとはやっぱり違うかも……」
「ふーん、方向性からして違う感じだな。じゃあやっぱ天文系……?」
頭をひねる私とおたえは割ともうネタ切れっぽかったが、背後でメモを取っていた紗夜ちゃんはなんか思いついたらしい。ボールペンを軽やかにノックすると「戸山さん」と呼びかける。
「程度はともかくとして。もしかして冬の朝の雲ひとつない澄んだ空や、宿泊先に向かう電車の窓から臨む大きな海などにも、近い感覚がありませんか?」
「空と、海ですか? うーん、キラキラじゃないし、うーん……あれ、そうかも!?」
「ホントか? 誘導されてね?」
「いやホントですホントです! こう……ふわーっぐわぁーって吸い込まれてひとつになる感じ!」
「クジラか?」
「怪獣かも。そういえば結弦子さんPEOPLE1って知ってますか?」
「いやまあ『怪獣』も『魔法の歌』も好きだけど待ってくれおたえ、まだ途中だって」
話乗ってくれないからってほっぺプクーってしないの可愛いでしょ! 今晩もいっぱいラインとビデオ通話しような!
おたえを後ろから抱き締めてなんとか宥めすかしている間に紗夜ちゃんが更にいくつか的中させて取材は終了した。
まとめると……なんだ。
「美しく途方もない大きなものとの一体感……と、原体験が星空だからそのイメージでキラキラしたものが基準に加わってる感じか?」
「おそらく」
「そうなの?」
「わかんない……!」
「そっかぁ」
自分のことってわかんねえよな。
紗夜ちゃんのメモは綺麗に整頓されていて、「キラキラドキドキ」と大きく書かれた中心から放射状にリンクを伸ばして、「満天の星空」「山の上の景色」「海」「ライブ」「プラネタリウム」と枠無しのノードが散らばっている。文字の近さが関係性、大きさが推定キラキラドキドキ具合だ。
……あれ、ライブでけえな。全体で2番目くらいか?
「かすみん、前にSPACEでライブしたときってどうだったん?」
私が初めてポピパのライブを見たのは文化祭のときだけど、惚れ込んだのはSPACEで見たときだ。ガールズバンドの聖地最後のライブでトリを務めた、まだ登り切らないカシオペヤ。それこそ「キラキラドキドキ」する演奏だったんだが。
「あれは、たぶん今挙げた中では一番の『キラキラドキドキ』でした! みんなの音と、観客のみんながひとつになったみたいで!」
「だよなだよな! あのライブすげー良かった! よーしよしよし」
「ありがとうございます! わ、えへへ……」
うーん、ライブも含まれるのか。じゃあ「さながら手の届かないような途方もない大きなものの一部になるような壮大な一体感」がキラキラドキドキの鍵かな? あと星をイメージさせるような音色。
……ちょうど、ぴったりな曲を知ってんだよな。
「なあかすみん、今度CiRCLEで定例ライブあるじゃん。出る?」
「はい! ポピパのみんなで! セトリはまだ決まってないんですけど……」
「おっ、ちょうど良かった。それならさ」
私はスマホから曲を流す。ポップな曲調、オーバードライブのギターリフ。バックを鮮やかに彩るシンセ。星の輝きに擬えて勇気を歌う女性ボーカル。
「この『Stella-rium』って曲、やってみない?」
明石結弦子
サブスクでだいたい何でも聞いている オーケストラやノイズミュージックもいける
氷川紗夜
最近プログレッシブメタルやジェントを聞くようになった
戸山香澄
流行ってる曲はだいたい全部知ってるしカラオケで歌いまくるので解釈までしっかり深まってたりする
花園たえ
フランク・ザッパとかジミー・ペイジとか聞いてたり、最近流行ってる曲を聞いてたり、4分33秒をヘッドホンでじっくり聞いたりする