ギター自作JK   作:水里露草

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今回は香澄視点です。


タイムスリップもテレポートもサイコメトリーも使えるものは存在しない ただし、音楽を除いて

 

 

 

 早稲田のバスと白い息を見送りながらイヤホンの歌を聞く。雲ひとつない、ガラス瓶で塞いだみたいな空が私の手許をどれどれと覗き込んでいた。スマホの画面には音楽のサブスクサイト、昨日教えてもらった素敵な曲のサムネイルが映っている。

『Stella-rium』。どのくらいリピートしたかな。

 息を揃えたリズムから軽やかな単音ブリッジミュート、そしてイントロのキャッチーなメロディ。今にも走り出したくなるような曲がドキドキと体を満たす。コードもわかりやすいから大体覚えちゃった。イントロの最後、ちょっとアンニュイな雰囲気の繋ぎはA♭7だ。ルートはA♭じゃなくてこの7の音、G♭。D♭add9、E♭、Fmって来て、ベースが半音動くのがオシャレ。ブルースコードってやつなんだって。昨日の夜にりみりんと電話しながら確認して、カッコいいね! ってはしゃいだりして。

 通い慣れた通学路を歩きながら手でコードを作る。薬指を2弦の3フレットに置きっぱなしにして、私のパートはCadd9、D、G、Gって動き。明るい感じの曲でよくあるやつ。おたえはチューニングそのままで弾くって言ってたけど、私は半音下げでカポを2フレットに付けることにした。おたえがね、その方がポジションマークがわかりやすいからいいかも、って。コード理論はよくわかんないんだけど……私がそう弾いて、りみりんのベースと有咲のピアノが他の音を鳴らすと、いい感じにコードが移ろうみたい。

 でもこれチューニング戻す時間もったいないし、ライブの2曲目はじゃあ、カポを外すかそのままにしたときに弾きやすいのが良いかなぁ。

 

 あれこれ考えながら、私は鼻歌に身を任せている。

 

「ららーららーら、らー、ら、らー……ここはストロークだけちゃらーんってした方がいいかな……」

「香澄! 危ねえぞ!」

「へ? ひゃわぁ!?」

 

 電柱にぶつかりかけてた……音楽に集中してたし、目も瞑っちゃってた。

 

「有咲おはよう! ごめん!」

「気を付けろよな……」

 

 振り返ると、大好きな友達──有咲が両手を腰に当てて呆れ顔をしてた。ダッフルコートとふわふわのマフラーに包まれて温かそうだけど、耳だけちょっぴり赤かった。もうすぐ冬休みに入る頃で、毎朝お布団から出るのが大変なくらい寒い。もこもこ有咲に私はぎゅーっと抱き着いた。

 

「……温かいと言えば温かいかも!」

「耳元でうるせー……コート越しじゃそんなもんだろ」

 

 有咲が無理に振り解こうとしないから良い季節だと思う。そろそろ嫌がっちゃうかな、もっかい強くぎゅーってしてから離れて「おはよ、有咲!」と笑いかけた。

 

「はぁー……誰の影響だよホント」

「えー、いや?」

「四六時中べたべたされんのは流石に勘弁だっつーの! 限度があんだろ!」

 

 叱られちゃった。えへへ。

 ちょっとズレたギグバッグを背負い直して隣に。結露でほんのり凍ってるアスファルトでさりさりと音を立てながら、小さめの歩幅で爪先を影と突っつき合う。イヤホンを外してスマホごとしまって「ごめんごめん」と手を合わせた。ちょっと呆れた顔だ。でも、うん、怒ってはなさそう! よし!

 

「昨日教わった曲聞いてたのか?」

「うん! もうすっかり気に入っちゃって」

「オモチャに夢中の赤ちゃんみたいなのめり込み方だぞ……」

「あんまりだ!」

 

 わー! と両手を上げて襲い掛かると、有咲は結構本気の顔でびっくりしながら逃げた。追っかけろ!

 

 朝の街にぱたぱた靴音が咲く。火花が散るみたいにふつふつと笑いが込み上げてきて、そのうちかけっこみたいに並んで走り出した。

 

 

 

 

 

 

「えほっ、げほっ……まだ、息が、整わねえ……」

「有咲大丈夫?」

「なんでお前は元気なんだよ……」

 

 学校には着いたけど有咲がよろよろ有咲だ。

 自販機で飲み物を買って、肩を貸してあげながら中庭まで出てきた。どうせまだ教室のヒーターついてねえし、とは有咲談。それなら温かいものでも飲んでようよって言って、日当たりの良いところにふたり並んで座ってる。今ならちょっとだけギター弾けるかも、なんてダサンもありつつ。ギグバッグから取り出されたランダムスターを、有咲は「冷たそー……」と睨む。

 

「ぜってーキンキンに冷えてるって。触ったら手凍っちゃうぞ?」

「あははは、だいじょーぶだいじょーぶ! ほらネックくらいなら全然ンひゃいっ!?」

「そりゃ太ももにボディ置いたらそうなるわ」

「もう半年以上連れ添ったのにこの仕打ちなんて!」

「寒い中放り出されたらギターも怒るだろ」

 

 そうかも。ごめんね。

 星の光るみたいなかっこいいボディをちょっと撫でる。降り注ぐ木漏れ日を弦とピックアップが反射してきらきら返事した。指先で軽く触れる。チューニングしなきゃ。

 

「……なんか、蔵でもCiRCLEでも、ましてや教室でもない場所で見るのは新鮮だな」

「え、そうかなぁ」

「外だからかもな。なんつーか……手慣れたなぁ、お前も」

 

 おたえに教わったチューニングのコツ。5弦だけキチンと合わせたら他は耳でやること。数字で綺麗に揃えるより、コードを鳴らしたときに濁って聞こえないように。5フレットを押さえて隣の弦に合わせながら、Gコードを押さえてストローク。

 ……に、2弦? いや3弦の方かな? ちょっとズレてるような。3弦はルート音だし、そっちに合わせて2弦の方を寄せてみる。もう一度、今度は綺麗に響いた。半音下げチューニング、2フレットにカポを嵌めてもう一度Gコード。キーふたつ上がった和音もきちんと綺麗。よし!

 

「ん、ん……はぁ。これ美味しいな。はちみつリンゴ……生姜? へぇー……」

「ひとくちちょーだい♡」

「えっ、ちょま……いやでも奢ってもらったしな……………………ほら」

「やったー! ありがと!」

 

 本当にひとくちしか貰わないよ。安心してね。

 潤った喉を確かめながらコードを思い出す。

 イントロ、Cadd9のコードから中指を外したCsus2、薬指と小指はそのままにDsus4、裏拍のリズムでEm7、Dを刻んでリフが始まる。こっちはおたえだから、私はジャーン、ジャジャーン、ってストロークだ。

 

「Aメロの最初、私がピアノで弾くよ。折り返しからやってくれ」

「わかったっ」

 

 ちょうどイントロも終わり、Aメロに。有咲の言う通り歌だけで入る。

 どことなく、SPACEのオーディションを思い出す歌詞だと思った。ただ歌が楽しいってだけで挑んで、そういえば私だけ自信満々だったっけ。「一番出来てない」って言われて、すごくショックだった。

 それから、改めて挑むまでに色々あって。

 

「『シラナイ……シリタイ……カンジタイ……なんにもないなら なんにでもなれるはず』──」

 

 Bメロは優しくゆったりとストローク。たぶんおたえが音数少ないアルペジオ、りみりんがメロディっぽいベースで結んでくれる。ここからのブリッジミュートの刻みもおたえかな。最後、サビとの繋ぎをパワーコードで揃えて。

 

「『その時、生まれたときめきが 時空の波サーフしてゆく 不思議だね 今なら怖くない』──!」

 

 軽やかに、きらびやかにコードを!

 ジャカジャカと気持ちよく弾くくらいでちょうどいいかな。明るい曲だから。シンコペーションで弾いたら、おたえの拍子に合わせたカッティングがリズムを刻んでくれる。

 

「『未完成なまま飛び込もう 約束の(ドア)を開けて』──」

 

 目を閉じて、木漏れ日の透けたオレンジを瞼越しに感じながらリズムのキメに身を任せて。

 

「──『まぶしい笑顔になれ!』」

 

 ストロークの刻みから下るようなアルペジオで繋いで、そのまま今朝はもうおしまい。アウトロに向かって、リフのリズムとコードを重ねたエンディング。

 

「イエーイッ!」

「いえーい」

「あれ?」

 

 おたえの声が降ってきた。見上げると、さーやとりみりんも一緒になって窓から手を振っている。真ん中のおたえはギターを抱えていた。

 

「おはよう香澄!」

「おはよう香澄ちゃん、もうコード覚えられたんだね」

「香澄、今の感じでアレンジ考えとくね」

「おはよーみんな!」

「おたえは挨拶しろよ……おはよー」

 

 私と有咲の挨拶に微笑んださーやは、窓の枠に両腕を重ねて乗り出しながら「なんでそんなとこにいるのー」と聞いてくる。

 

「朝走ってたの! それで、楽しくなっちゃった!」

「私は疲れたっつーの!」

「窓の外からはしゃいでる声がするなーと思ったら、急に歌まで聞こえてくるんだもん。びっくりしたよ」

「スルーか!」

「早く教室おいで、もうヒーター付いてるから! 有咲もこっちでお喋りしてようよ!」

「うん! すぐ行くー!」

 

 ギターをギグバッグのポケットに入れてたクロスで軽く拭いてからしまって、ファスナーもきちんと締めて……うん、大丈夫!

 

「ほら有咲もっ」

「もう走るのはやだぞ……」

 

 眉を顰めながら、それでも有咲は私の手を振り解かなかった。

 

 

 

 

 

 朝のうちに終わってなかった宿題をさーやに教わりながらなんとか片付けて。休み時間にりみりんと一緒に自販機で買ったココアを飲んでほっとして。お昼に有咲とお弁当のおかずを交換して食べさせあって。放課後におたえと貸してもらったエフェクターをどう使おうって相談して。蔵での練習も終えて、私は心地良い疲労感と共に帰宅した。先に帰ってたあっちゃんに寒かったねーって抱きつくのもそこそこに、私は部屋でまたイヤホンを付ける。

 

 借りてきたエフェクターボードは、持ち主である先輩が私のペダルも組み込んで使いやすくしてくれた。ゴージャスな色してるJan Rayと黄色いSD-1で音作りして、ブースターに白いあんバターコッペドライブ。アンプの音を基準にするんだぞー、ってセッティングの虎の巻までもらっちゃった。お陰で蔵練でもみんな、特におたえがすごーく褒めてくれたからやる気いっぱい。ご飯まで……いや、食べた後もお風呂入るまでは練習しよっかな。

 また何度かリピートしながら通しで弾いて、みんなならどうするかなーってメッセージで聞いたりしながら何度かさらった後。ふと、この作者の人のことが気になった。

 他にはどんな曲作ってるんだろう。

 どんなキラキラした曲を書いてるんだろう。

 今は、どんな音楽をしてるんだろう。

 

「──え」

 

 調べて、愕然とした。

 

「……もう、亡くなってるの?」

 

 聞いたことのある曲名がたくさん、たっくさん並んでいる。サイサイのアルバムは大好きでよく聞いていた。あいみょんのデビューシングルもおたえが持ってて聞かせてもらったことがある。今も活躍してるアーティストたちの円盤名がずらりと続いているのに、数年前でそれはふつりと切れていた。

 最後に関わったプロジェクト、ある女性シンガーのアルバムに収録された曲のリンクを見つけた。

 

「……『プリマステラ』」

 

 私は、初めて。

 誰かの遺作を聞く。




次回はライブ回です。
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