想いをのせて   作:ナイン

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某会社と同一人物です。


第1話

 ロドス艦内。数々のオペレーターが揃い、時には出て行ったきり帰ってこない者もいる非情な場所。

 

 そんな場所だが、艦内の雰囲気はそこら辺にある感染者組織より余程いい。むしろ良すぎるくらいだ。

 

 死が間近に迫っているのは今に始まったことではない、という客観的事実やアーミヤという少女がこの組織を束ねていることを勘定に入れたとしても、ハッキリ言って異常だ。

 

 さて、話は変わるが。戦いには趣向品が付き物だ。命をかける戦いの場は、思われている以上に神経を擦り減らす。ちょっとした息抜きでもないとやってられない、というのは歴史が証明していることだ。音楽、雑誌、タバコ……。技術が進歩するにつれ、どんどん増えていくそれらは、どれもこれもが一級品だ。

 

 そんな中でも、長い時を超えて愛されているモノがある。

 

「んー、そろそろ良い子ちゃんたちは寝た頃かなぁ……?」

 

 間延びした声が響くのは、艦内にしては珍しい木製用品があたりを埋め尽くしている一室。壁や床すらも木で出来ているため、どうしようもなくカビの気配を感じさせるが……まるで新しく出来たかのように木の匂いが立ち込めている。

 

 その部屋の主は、十九程度に見える男。温かな光に照らされる銀の髪は男にしては長く、毛先が整えられている。白樺の木のように白い肌と赤い瞳は、快活さを表していて近寄りやすい雰囲気を醸していることから、人にどう見せたらよく見えるのか、弁えている様子だ。

 

 服装はこの空間とマッチしているが、この艦にとっては異質だ。カマーベストにキッチリ締められたネクタイ、その上にスラックスと少し堅苦しい印象を受ける。

 

 グラスを拭いていた手を止めて、時計を確認する。ふむ、そろそろ店を空ける時間だ、と独りごとを口にして扉にかかっている看板をひっくり返した。

 

「あとは……あぁ、バーっつったら音楽よな。……やっべ。充電忘れてたわ」

 

 ロドス艦内のエネルギーは発電機でまかなっているが、好き勝手に使っていいわけではない。限られた燃料を突発的に使用するには許可がいる。その仕組みこそ、長期に渡る航行も可能となる秘訣なのだ。それに例外はない。

 

「ま、今は気にしなくてもいっか」

 

 あっさり諦めて、小さな文庫本を取り出す。紙の耐久性とは大したもので、数十年、あるいは数百年経ったとしても、まだ読むことが出来る。言語の違いが多少の差異を生み出すことはあるが……それでも、失われたわけではない。

 

 せっかくのスーツだというのに、そんなことは意に介さないと言わんばかりに足を組んで()は本を読み始めた。

 

 その間、ゆったりと時間が流れていく。人に好かれるというのは様々な要素があるが、黙っていても人を寄せ付ける長寿の木の魅力が今の彼にはあった。

 

 

差別とは生物に元来備わっている欠陥の一つである。自分と異なるものを排他し、卑下するその様は酷く滑稽ではあるが、自分が差別されるとは微塵も思っていないのだ。

 

 

「この書き方、やっぱり妙なんだよなぁ」

 

 まるで外から世界を見たような……その奇妙さにしばらく思案していると、廊下の方から足音が聞こえてくる。彼の耳は、常人のソレよりいい。……女の歩幅だ。

 

 誰だろうか、いつもの彼女なら出すものは決まっているが……。

 

 そんなことを考えていたら、年期を感じさせる甲高い音を鳴らしながら、扉が開かれる。

 

「ども、ケルシーセンセ。今日もいつものでいいっすか?」

「……あぁ」

 

 手入れを怠っているくたびれた銀髪に、寝ていないことが伝わってくるほどくすんだ緑の瞳。気だるさすら感じる白衣の着こなしにカケラも反応する素振りを見せず、静かにカクテルの材料を手に作り始める。

 

 そう、ここは酒場。そして、ロドスに居る人間の多くが知らない場所。戦士であるオペレーターたちは多くが酒を飲める年齢になる前に死ぬ。だから必然、ここを知る者は多くない。加えて、ここを隠れ蓑にする者は少なくない。

 

 エリートオペレーターと呼ばれる戦士たちがロドスでは羨望の的になることがままあるが、現実は戦果を挙げるどころか、生き残ることすらも難しい。そこに騒がしい者が立ち入れば……想像に難くない。

 

 つまりここは、一般的な酒場と違い、静かに酒を楽しむバー、ということになっている。

 

「しばらく来ていなかったけどさ、医療部は忙しいの?」

「私の仕事がなくなるということは、この艦が死ぬときだ。しばらく暇はない」

「うん、それもそっか」

 

 実情を言えば、弱音を吐ける場所。鉱石病(オリパシー)と呼ばれるものに感染した者は幅広い年齢層の人からなる。そして、年下に対して毅然とした振る舞いをしなければならないのは、感染者も非感染者も同じこと。

 

 それが許された場所であるにも関わらず、苦言や弱音を漏らさない人間もいる。その一人が、このケルシーという女性だった。言葉がもたらすモノの重要性というものを、彼女はこの艦の誰よりも知っている。言葉は嘘すらも真実に変えてしまう力がある。時には、誰かを殺すことだって──。

 

「いやー、ロドスは大盛況みたいだねぇ。そろそろボクのバーを置いておけるスペースもなくなってきちゃうかな?」

「君のバーがもたらす価値を、私はここに居る誰よりも知っている。それによって救われている人間が居ることも。だからここを無くすことはおそらくないだろう」

 

 回りくどい言い回しだなぁ。とカラカラ笑い、材料を手に取る。要約すれば自分にとって必要な場所だからなくすつもりはないと言っている。なんとも横暴な話だが、彼女だからこそ許される発言でもある。

 

 いつも作っているカクテルだ。そう難しいものでもない。準備だけなら世間話を片手にしても、問題ないだろう。

 

「ケルシー、もう少し難解な言い方を改めた方がいいと思うよ。ほら、誤解だって招いちゃうでしょ? 言葉が持つ力を、既に知っているはずだよ」

「君はその飄々とした物言いを改めろ。その喋り方は君を軽薄な人間に見せる。それは、君にとっても好ましくないことだ」

 

 完全に藪蛇(やぶへび)だった。客にちょっとしたアドバイスをするつもりが、逆に説教をされてしまい苦い顔を浮かべる。ケルシーとはそういう人物だ。冷たいように見られがちだが、彼女は誰よりも世話焼きで、誰よりも他者のことを考えられる。

 

 そのやり方に問題があるというのは彼女をよく知る者たちの共通認識なのだが……それはひとまず置いておいて。

 

「ま、ボクを変えるつもりはないから」

「そうだろうな。君はそういうやつだ。昔から変わらない」

「頑固者しかこの艦には乗っていられないからねぇ。ケルシーだってそうじゃん?」

 

 これまで乗ってきた全ての()()たちを思い出し、懐かしさに笑みを浮かべる。

 

 よく笑う人物だ、と彼を見た者は一様に言う。なにが楽しいのか、どんな話をしようとも。本当に笑ってはいけない話以外は笑顔で聞く。たとえどんなに面白くもない話だろうと。

 

「──ああ、そうだな」

 

 そんな彼をケルシーは気に入っていた。たとえ、中身がなんであれ。目の前の奇怪な人物が自分の息抜き相手として間違いないことを、彼女は経験として知っていた。

 

「それじゃ、そろそろ作ろっかな~」

 

 軽い伸びをしてタンブラーに手をかける。下準備だけは既にしてあったが、作るときだけは話さないのが彼の流儀。笑顔で喋り続ける彼にしては以外なことに、仕事中は黙り、真剣な表情を見せる。

 

 その様子を静かに見ながら、ケルシーは彼がいったい何歳だったのかを思い出していた。なにせ彼は、その表情が完璧すぎる。まるで意図的に作り出しているかのような不自然な挙動は、多くの者か気に留めることすらない。ケルシーのように、多くの者を見ている人間以外。

 

「はい、おまたせ……っと」

 

 僅かな音すら立てることなく置かれたグラスを満たすのは、血のように赤い液体。思っていた以上に考え込んでいたことに驚きながら、グラスを眺める。

 

「ん」

 

 カウンターに置かれたグラスを手にしてみると、人肌で多少なりとも温まるはずなのに冷たい。この感覚がケルシーのお気に入りであることを、彼は知っている。

 

「……」

 

 彼女とある程度付き合わないと分からないが、いいことがあったとき、彼女はかすかに笑顔を浮かべる。その表情を見ながら、自分用にカクテルを作り始める。カクテルは彼にとっても貴重な栄養だ。

 

「じゃ、仕事の話ナシね。くつろぐ時間は互いに必要、でしょ?」

「君はいつもくつろいでいるだろう。少しくらい私の手伝いをしてくれてもいい」

「あー! あー! 聞こえなーい!」

 

 静かなバーに騒がしい声。店主がこのように自由だからこそ、客としても自由に振舞える。

 

 それに、彼女がこうして冗談交じりに──半分程度本気だが──小言を言うのは、リラックスしている証拠でもある。

 

「んじゃまぁ、乾杯といこうか」

「乾杯」

 

 コツン、とグラスとグラスが触れ合う。その様子が自分たちの心と心のように思えて、普段の笑顔の裏に人知れず含みがもたらされる。

 

 そうしてから、グラスに唇が付けられる。カクテルから伝わる冷たさと、酒による熱さに酔いながら横目で彼女を見た。

 

 彼女は頑張りすぎている、と彼は思う。彼女が今生きているのは、果たすべき使命と、遺された者の痛みが分かっているから。それがなくなった瞬間、きっと彼女はいとも簡単に息絶えてしまうのは想像に難くない。

 

 友人がそんな結末を迎えてしまう瞬間を止めようとまでは思わないが、それまでの時間が少しでもマシなものになればいいと思う。

 

 使命に振り回されて自分を保っている、なんてことが出来るのは狂人だけなのだから。

 

 話は変わるが。ケルシーがいつも飲んでいる赤いカクテル。名をエルディアブロ、というが……そのカクテルに含まれる言葉を彼女は知らない。彼女はただ、旧い友人から贈られたカクテルを何年も何年も飲み続けているだけに過ぎない。飲んでいる間は思い出に浸っていられるから。

 

 このカクテルに込められたのは、警鐘だった。

 

 贈った()()はもう居ないが、誰かを案じた想いだけが残されている。




 いつ書いたんだろうこれ。
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