尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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prologue

――幼い頃から、何度も同じ夢を見る。

 

 同じと言っても一つだけというわけではなく、何種類かのそれをランダムに繰り返している。

 どれもはっきりとした映像は見えない。

 夢に見る光景はいつもノイズまみれで、明確な状況はほとんど読み取れない。

 一体いつからそんな風になったのか、それとも初めからこうだったのか。

 それら以外の夢を見た記憶はなくて、元からそういう性質だったのかもしれない。

 原因も理由も分からない、不可思議な現象――けれど、ただ一つ確かな事がある。

 

――最初に、その光景を見た。

 

 目に涙を溜めて、心の底から喜ぶ男の姿。

 ひどく窶れきった顔で、ヨレた背広を雨に濡らしながら、何かに感謝するように沈みゆく小さな手を握り取る。

 

――それが、あまりにも嬉しそうだったから。

 

 男が何に喜んでいるのかもわからない俺でさえ、その笑みを羨ましく思った。

 いつか自分もこんな笑みを浮かべられたならと。そう願わずにはいられなかった程に。

 

 それが始まり。

 いつ起こったのか、何を原因にこうなったのかも分からないが。

 この夢こそが、俺――衛宮士郎が初めて見た光景だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「・・・・・久しぶりに見たな」

 

 大きく空気を吸い込み、はっきりと意識を覚醒させる。

 今日は二月二十六日、日本はどこもかしこも冷え込み、都会でも一部地域では雪が降る今日この頃。

 溜め込んだ冬の冷気は芯から体を冷やし、容赦なく眠気の抜けきらない頭を叩き起こす。

 冬場はこういうとき便利だと思う。

 どれだけ寝足りなかろうが、布団に未練があろうが、こうしてほとんど強制的に起きられるんだから。

 

 時刻は午前四時半を少し過ぎたあたり。お天道さんもまだ顔を出さないこの時間、部屋の中はまだ暗くどの“同居人“も目を覚ましていないだろう。

 別の部屋にいる未だ就寝中の面々を起こさない様、出来る限り音を出さずに支度をしなければならない。

 寝巻きから早々に制服に着替え、台所へ向かう。

 普段なら全員の起床に合わせて調理を終えるよう調整するが、今日に限って俺は最後まで手を加えられない。

 なんで、仕上げは後々起きてくる後続にお任せするしかない。

 

「おはよう、士郎くん」

 

 居間に入ったところで、少ししわがれた穏やかな声を耳にする。

 

「おはようございます。今日は随分と早いですね、”院長“」

 

 掛けられた挨拶にこちらもすぐさま相手に返す。

 その見た目に反しまだまだボリュームのある白髪を後ろに流した、歳に見合わず背筋をピンと伸ばした初老の男性。

 自身もお世話になっているこの”児童養護施設“の院長だ。

 テーブルについて湯気の立つ湯呑みを傾けていたあたり、俺よりさらに前に起床していたようだ。

 

「今日に限っていつまでも寝こけてるわけにはいかないよ。それに、君としても私がいた方が楽なんじゃないかと思ってね」

「・・・・・そうですね。俺としても院長がいてくれるなら助かります」

 

 これから朝食の準備に取り掛かっていくわけだが、今日できるのはせいぜい下拵えぐらい。

 だから、その後の仕上げはメモして他の職員さんに伝えるつもりだったが、院長がいるなら伝達その他はお任せできる。

 

「まあ、私はそれほど料理が得意というわけじゃないから、そこまで期待はしないでね」

「そんなに難しいことはしませんよ。おおよそはこっちでやりますし、他の人達もいるんで問題ないと思います」

 

 台所に入り、しっかりと手を洗う。

 冬の気温で冷やされた冷水が身に染みる。何度も炊事をやっていれば慣れはするが、この冷たさは毎度の事ながら辛いものがある。

 かじかむ手に気合を入れ、ささっと米を洗い皆が起きる時間に合わせて炊き上がるようにセットする。

 主菜の鯖の照り焼きは切れ込みを入れ両面に塩を揉み込みそのまま待機。照り焼きに必要なタレはあらかじめ混ぜ合わせておいてラップをしておく。

 それからかぼちゃを使って、シンプルな煮込みにする。

 わたはスプーンでこそぎ落として、実に種が残らないように丁寧に取り除いていく。後は適度なサイズに切り分けて調味料と一緒に煮込む。

 頃合いを見て火を止め、そのまま二、三十分馴染ませれば完成だ。

 

「いやしかし、いつ見ても凄い手際の良さだねぇ」

「いやいや、こんなのただの慣れですから、数さえこなせればこれぐらいは普通にできますよ」

「まさか。私も自炊出来るぐらいの腕はあるつもりだけど、君が調理してると手伝う暇もないよ。うちの職員にも君ほど腕のいい人はいないしね。それにだ――」

 

 こそばゆい褒め言葉を頂いて気恥ずかしさを感じるが、やはり自身の調理スキルがそれほど優れたものではない事は確かなのだ。

 なので、懲りずに反論しようと相手を見やり、その時に初めて気付いた。

 カウンター越しにたわいない会話をする院長が、どこな懐かしむような目をしている事に。

 

「君は昔っからそうだったんだよ。もう覚えていないかもしれないけど、君がここに来てから初めて料理をしてみたいと言った時だ」

 

 それは思い返すのも一苦労する、大昔の話。

 

「入所してまだ一週間ぐらいの子が初めて包丁を握ったっていうのに、君はすぐに慣れたような手つきで材料を切り分けていったんだよ」

 

 ああ、それは確かに覚えいている。

 慣れない土地、慣れない環境で、そこに適応していくのに四苦八苦していたあの頃。

 何故か無性に料理をしてみたくなって、職員さんにお願いしてなんとか手伝わせてもらった。

 今にして思えば、異様な速度で俺は料理に関する事柄を吸収していった。

 

「それからも同じようなことがあって、包丁さばきどころか、火加減や食材の目利きなんかもできるようになって――あれから、もう十年経つのか」

 

 独り言のように思い返す院長につられ、知らず自分も過去を思い返していた。

 

――曰く、衛宮士郎は孤児である

 

 今からおよそ十年前、当時五歳ほどだった俺はとある事件が発生した場所で見つかったらしい。

 “ある理由”によって街の一角が倒壊し、火の手まで上がっていたという、酷い状況だったようだ。

 そんなところに子供が一人、倒れ込んでいた。

 周りに親兄弟はおらず、金も身分を証明するようなものも持ち合わせていない正体不明の幼児。

 

 更に面倒な事に、そいつには記憶が無かった。

 事件発生前後の記憶はもとより、自分が何者なのか、どこからやってきたのか、どうして事件現場にいたのかも分からない。

 ただ一つ覚えていたのは『衛宮士郎』という自身の名前だけだった。

 他の何も思い出せないその子供は、けれどその名前だけは自分のモノだと、そう確信していたようだ。

 

 ただ、本当に厄介だったのはここからで、その街には衛宮士郎という人間の戸籍情報は存在しなかった。

 名前と背格好、おおよその年齢からすぐに身元は判明するだろうと思われていたが、その期待はあっさりと破られた。

 事件発生当時の被害者との関係を洗ったり、捜査範囲を広げてみたり、行方不明者と照会してみたりと。いろいろ手は打ったらしいのだが、いずれも良い結果は得られなかったようだ。

 その後もしばらくの調査や観察期間を設けられたが、結局進展はなく、そうして俺は現代日本では見つけることも珍しくなった孤児となり、この施設へと入れられた。

 

 当時目覚めた以前の記憶は無い。自分の生まれも故郷も、直前にあった事件とやらの記憶さえ残っていなかった。

 もっとも、それを苦に感じたことはない。

 過去に何があったのかなど知る由もないが、それは既に終わったこと、過ぎ去った事だ。

 家族もおらず、過去という記憶も無くして、それでも衛宮士郎は続いている。

 ならば、そんな自分に出来る事は、ただひたすらに前に進む事だけだろう。

 

「・・・・・さて、こっちはもうあらかたは済みましたよ」

「おっと、もうそんなに経ったか。すまない、どうにも感慨深くなってね」

 

 物思いに耽っている内に作業は終わっていた。

 少々上の空であった気はするが、かといって調理に手抜かりは無いし、後片付けもきっちりと完了している。

 同時並行で自分の朝食も用意した。余り物の冷や飯で作ったおにぎりに、味噌汁と先に自分の分だけ焼いておいた鯖の塩焼き。

 皆の分に比べれば少々貧相だが、俺一人であればこれだけあれば十分だろう。

 後は必要な事を院長にメモを交えて伝えて終わりだ。

 

「院長、冷蔵庫に鯖と合わせダレを仕舞ってるんで時間を見て一緒に火を通してください。大根おろしも用意してます。時間を置いてるから辛味は飛んで小さい子でも食べられると思います。山椒もありますからそれぞれお好みで」

 

 それから、かぼちゃの煮込みは煮汁を馴染ませているから暫くすれば取り出すこと、味噌汁は既に出来ているから温め直せばすぐに出せること、卵焼きは完全にお任せする等々。

 出来る限り細かく伝え、メモを手渡す。

 

「・・・・・うん・・・・・うん・・・・・分かった。後は私と他の人でやっておくよ」

「すみません。本当は俺が最後までやれればいいんですけど・・・・・」

「いやいや、本来ならこういうのは私らの仕事だ。君が希望したこととはいえ、こうまで任せてしまっていたのがおかしいんだから」

 

 確かに、施設によっては入所している調理技術の習得や職員とのコミュニケーションを目的として、児童にいくらか料理させる場所もあるが、俺みたいに出来る日は毎日やっています、なんて奴はそれこそ皆無だろう。

 見方によっては職員の仕事を奪っているとも、ソレを児童に押し付けている、と見えてしまうかもしれない。

 けど、これはあくまで俺個人の希望で無理くりやらせてもらっていることだ。

 

「それこそ言いっこなしですよ。院長達は俺のわがままに付き合ってくれただけなんですから」

「そう言ってくれるとありがたい。子供達も君が作ったご飯が一番おいしいって言っているし、私らとしても助かっているのは事実だよ」

 

 半人前な手前、そう言われるのはいささか畏れ多いが、俺が作ったもので皆が喜んでくれているのなら、それは良いことだ。

 昔から早起きは苦にならなかったし、料理という行為に負い目や苦手意識はなかったから、自身を有用に扱えたならそれは有意義なことだろう。

 

「ああ、すまない。今日は大事な日だというのに引き留めてしまった。もう大丈夫だから、自分の準備をしっかりやってくれ」

「すみません。それじゃ後はお願いします」

 

 残りの工程を院長とそのうち起きてくる職員の方々にバトンタッチし、さっさと朝飯を済ませてしまう。

 とはいえ、急いでかきこまねばならないほど切羽詰まってるわけでもなく、気持ち早めに口に運ぶ程度だが。

 

・・・・・ふむ、咄嗟の思い付きにしてはなかなか。

 

 かつお節とさっき作った照り焼きのタレを少々流用したなんちゃっておかかをおにぎりに仕込んでおいたのだが、存外に悪くない。

 おかかといえば普通は砂糖を入れるものだが、この醤油主軸の味付けが米に合う。

 鯖も時間短縮の為にあえてシンプルな塩焼きなままにしたが、焼き上がりも身がふっくらしてて我ながら上出来だ。

 味噌汁は・・・・・少し味噌が多かったか。少々急いでいたとはいえ、気を付けねば。

 

「・・・・・ごちそうさま、と」

 

 空になった食器を水に浸けておく。

 こうしておくだけで汚れの落ち方が変わってくる。米のぬめりや冷めてカピカピになったデンプン質とか。

 こういった小まめなところで家事の効率化は図っていくものだ。

 

「士郎くんお茶淹れておいたよ」

「ああ、すみません院長、ありがとうございます」

 

 湯気の立ち上る湯呑みを受け取り一口啜る。

 冬の気温に冷えた体に茶の熱さが染みる。

 一口目を飲み込んだところで意図せず、ほぅ、と息を吐く。

 

「――いよいよ、だね」

「・・・・・はい」

 

 何処か落ち着かないた面持ちの院長。俺もまた体が僅かに強張っている。

 

「昔から困ってる人は放っておけない性格だったし、君がこういう道に進むとは思っていたけど、いざ当日を迎えるとやっぱり緊張するなぁ」

「院長が緊張したってどうしようもないですよ」

「そう言わないでくれ。これでも私は君の親代わりだ。子供の大事な行事に平然としてられる人間なんていないよ」

 

 それを言われると、俺もあまり咎められない。

 これまで院長や他の職員の方々にはお世話になったし、そういう風に思ってくれるのは素直に嬉しい。

 でもね自身が愛想も無く可愛げの無い子供だったと自覚している分、申し訳なさも感じる。

 

「・・・・・五時四十分か」

 

 気まずさを隠そうと、なんとなしに時計を見る。そろそろ宿直の職員さんも起きてくる頃。

 色々話してるうちに出発の時間が迫ってきた。

 

「――――ふぅ」

 

 フライング気味に逸る鼓動を落ち着かせる。

 自分自身、滅多な事では動揺しないと自負しているが、こと今日に限っては多少の緊張も致し方ない。

 何せ俺にとっては一世一代の大勝負。

 この一年、今日という日のために費やしてきたと言っても過言ではない。

 幼い頃から目指し続けてきたもの。自らが掲げる理想に至るための大きな一歩。

 

――“雄英高校”入学試験日だ。

 

「・・・・・そろそろ時間なんで、支度してきます」

「ああ、うん。確かにもうすぐ出発か。またまた引き留めてしまったみたいだ」

「いえ、気にしないでください。一人で緊張してるより、誰かと話してた方がちょうどいいリラックスになりますし」

「そうか。それならいいんだ」

 

 立ち上がり、軽く会釈をして自室へと足を向ける。

 不安も懸念も今は後回し。

 今はひとまず、遅刻してこれまでの努力を水の泡にしてしまわないように、余裕を持って出発する事に専念しよう。

 

「士郎くん」

 

 不意に呼び止められて、反射的に振り返る。

 その声と同じ、穏やかな眼をした院長は柔らかく微笑んでいて、

 

「出来ることをやりきってきなさい」

 

 そう短く、声援<エール>を送ってくれた。

 頑張れではなく、出来ることをやりきる。

 その言葉は、彼だから言えることだ。今日まで衛宮士郎が費やしてきた時間を見守ってくれた彼だからこそ、『君は既に頑張っている』と。そう思ってくれるから。

 だから俺から返す言葉も、短く、いつも通りでいい。

 

「――行ってきます」

 

 何も特別でもない、ただ出かけてくるという、それだけの挨拶。

 今はそれで終わり

 彼が願ってくれる未来、かけてくれる期待。

 それに応えるのは、思い描いた通りの結果だけで十分だ。

 

 




 初めまして、なんでさと申します。
 
 つい最近、以前から気になっていたヒロアカのアニメを視聴し始めまして、これまた以前から考えていた衛宮士郎とヒロアカのクロスやりてーな、という余りにも単純過ぎる思考で始まりました本作でございます。
 かなり前からヒロアカについては多少小耳に挟んだりしておりましたが、なかなか触れるとこまで行かず、ここ最近まで断片的な情報を見聞きするぐらいで知ったが、実際に称してかなり引き込まれました。
 
 自分Fate/stay nightに出会い、そして衛宮士郎というキャラクターに出会って理想の主人公像が確定した者でして、ヒロアカの世界観及びキャラクターにもかなり魅了されました。
 ヒーロー、あるいは正義の味方という存在が一個の職業として確立した世界において、異なる世界で正義の味方という理想を目指し、しかしその夢を決して叶えられなかった衛宮士郎というファクターがヒロアカ世界においてどう生きていくのか。
 本作はその辺りを主軸に置いて描いていきたいと思っております。

 第一話となるprologueは読み応えも何も無い淡白なものでありましたが、次回以降衛宮士郎という人間をより明確に描写して行きたいと思っております。

 ヒロアカ初心者な作者ではありますが、気楽に気長にお付き合い頂けたら幸いです。
 皆様方、コロナ等々お体にはお気をつけてお過ごしください。
 それではまた次回に。



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