尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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読者の皆様方、新年あけましておめでとうございます。なんでさです。

 去年の12月上旬から始動した拙作ですが、作者の予想を遥かに上回って、多くの方々に楽しんでもらえました。未熟な作者にお付き合い頂いた皆様に、改めて感謝の言葉を記させて頂きます。
 拙作をお読み頂き、まことにありがとうございます。

 本当なら、大晦日に最後の投稿をし、そこで改めてお礼申し上げたかったのですが、なかなか締まらずに新年を迎えてしまいました。
 その分と申しますか、かねてより考えていた第一の山場となるUSJ編となっておりますので、作者としましてもなかなかに満足のいく内容となっております。一話で完結にまでは至ってはおりませんので、次回も含めてお楽しみ頂ければ幸いです。

 それでは皆様、今年も拙作をよろしくお願いします。

※追記。
 
 こちらの手違いで、最新話が途中で途切れた状態で投稿されておりました。初見の方には関係ありませんが、もしもう一度ご覧になるお方がいらっしゃれば、もう一度途中からお読み頂ければと思います。


I pray draw blade

――目の前の光景は緑谷出久にとって、悪夢ともいうべきものだった。

 

 当然ではあるが、1-Aの生徒の多くは、まだ力があるだけの学生だ。

 皆、胸に強く願うモノを抱えて雄英へとやって来たが、その多くは実態の無い空想だ。

 見えているものも少なければ、その範囲も狭い。今の彼らは、憧れや願望だけが先行した子供でしかない。

 

――故に、理解していない。

 

 自分達が目指すモノ、やがて成りたいと願う存在。

 それが向き合い、戦っているモノとは如何なるものなのか。

 この社会で真実、“ヴィラン”と称される者達の在り方を、彼らは分かっていなかった。

 

「相澤、先、生・・・・・」

 

 目の前で、自らを指導する教師でありプロヒーローである相澤が、嬲られている。

 猫が鼠を弄ぶより残酷に、子供が蟻を潰すより執拗に。押さえつけ、叩きつけ、潰されていく。

 出血は至る所から、血の海が徐々に広がっていく。

 その惨状が、たった一人の人間が齎すものでしかないのだと、受け入れられない。

 

 手助けができると思っていた。不利な戦いを強いられる担任の負担を、僅かでも減らせないかと考えて来た。

 ワープで飛ばされ、待ち伏せしていた無数の敵を一掃する事に成功してしまったから、自分達も微かながら戦力になれるのだと、根拠の無い無い過信を抱いた。

 

――違った。

 

 生き残れたのは運が良かったから。相手の出方も杜撰であれば、共に飛ばされたクラスメイトの相性も良かったから、うまく制圧できただけの事だった。

 それは紛れもなく彼らの力ではあるが、運という不確定な要素が、多分に混じった結果でもある。

 だからこそ、この事態に何も出来ない。

 助けたい。力にならなければ。そう願う心にしかし、肉体はついてこない。

 仮に動いたところで、いったいどうするというのか。

 

――助けになる?そもそも自分達の存在自体が、彼の足を引っ張ってるのに?

 

――力になる?プロヒーローを一方的に蹂躙する怪物相手に、どう手助けする?

 

 純然たる力の前に、緑谷出久という存在はあまりにも矮小だ。

 コントロールも効かない個性では足を引っ張ることしかできず、練り上げた策は圧倒的な暴力の前には無為と化す。

 たとえここで彼らが出ていったとしても、死体が三つ増えるだけだ。

 相澤は、彼ら生徒を守る為に敢えて苦境に立った。ならばこそ、ここで無謀を冒すは、彼の決意に対する裏切りだ。

 彼らにその選択は出来ず、またすべきでもない。

 

 彼らは無限の可能性を秘めた金の卵ではあるが、未だただの学生だ。

 この窮地を笑って覆せる力など存在しない。

 ヒーローではない彼らでは、決して危難を覆す事はできず――

 

「止めろ、テメェーーーッ!!」

 

 瞬間、咆哮が轟く。

 その音だけで圧せられそうな声。魂の奥底から絞り上げたかのような叫び。

 声の主すらその赫怒で燃やし尽くしてしまいそうな怒号がどこから来たのか、緑谷達が振り返ろうとしたその刹那、視界の端に光条が走り――

 

――剣群が、怪物を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 身体中に流れる血という血が沸騰するような感覚。

 全身が煮えたぎって、抑えようも無い激情がこの身を突き動かす。

 

 ドームを出て、急ぎ早に中央広場を目指した。

 生徒を逃す為に一人残って戦う相澤先生、その手伝いをするだけのつもりだった。

 己は未だ学生で、率先して戦いに身を投じていい道理などないのだと。

 

――そんな思考は、その光景を見た瞬間に消し飛んだ。

 

 全身から血を流し、黒い怪物にその体を少しずつ破壊されていく、凄惨な状況。

 刻一刻と命の灯火を小さくしていく自らの担任の姿に、当初想定していた悠長な考えなど、すぐに捨て去った。

 

「止めろ、テメェーーーッ!!」

 

 叫び上げる声は、全霊で制止を告げる。

 だが、そんなもので止まるはずもなく、敵はひたすらに獲物を痛めつける。

 

・・・・・ッ!!

 

 視界が赤く感じる。

 この行動の結果、その暴威が自身に向けられることなど、まるで意にも介さない。

 こうなるまで間に合わなかった己の不甲斐なさと、ただ他者への害意のみで駆動する生き物に、怒りが際限なく湧き出す。

 理性は残らず焼け落ち、思考はただ敵を排除する術を選出する。

 

・・・・・凍結解除<フリーズアウト>――ッ!!

 

 瞬時のうちに個性を行使、大小無数の剣群を射出する。通常のサイズの物を先生が制圧しきれなかった手下へ、全長2m以上の物を相澤先生を押さえつけるヴィランめがけて射出した。

 周りのチンピラは、碌に反応も出来ず磔にされた。さっきの様な細密なコントロールをしている暇は無かったが、今は行動力を封じられればそれでいい。

 だがあの怪物のような男は、攻撃に対応するどころか未だにこちらを見てすらなく、剣弾に吹き飛ばされる直前まで相澤先生を嬲っていた。

 そうまで彼を殺したいのかと、その残虐性にはらわたが煮えくり返るが、その隙だらけの状態でこちらの攻撃を躱せるはずもない。

 剣群は、狙い違わず命中し、先生とヴィランを引き離した。

 その間隙を縫って、相澤先生を庇う様に、二人のヴィランに立ち塞がる。同時に、

 

「緑谷ーー!!」

 

 しばらく前から様子を窺っていたであろうクラスメイト達に呼びかける。

 緑谷、峰田、蛙吹。広場が見えた時点で、彼らの姿は確認していた。

 おそらく、彼らも相澤先生のサポートをするつもりで来たのだろう。しかし、敵との力量差にただ見ていることしかできなかった。

 その判断は、間違っていない。

 プロのヒーローを一方的に蹂躙するヴィラン相手に立ち向かうなど無謀だ。そんな事、相澤先生も望むまい。

 けど、今この瞬間は、その体に鞭打つ時だ。

 

 ヴィランを前に視線を逸らす事はできず、彼らと目を合わせる事なく、ただその名を呼ぶことしかできなかった。

 どうか、意図を察してくれと願って、力を込めて叫んだだけ。

 だが、彼らはそれで理解してくれたのか、確かにこちらに向かって動く気配を感じた。

 

「いきなり出てきて、これ以上見逃すと思ってんのかよ――“脳無”」

 

 それを咎めた手の男は、串刺されたヴィランに向かって呼びかけた。

 致命に近い傷を受けたはずの人間に、いったい何を――

 

「っ・・・・・!?凍結解除<フリーズアウト>ッ!」

 

 驚愕する間も無く、個性を行使。今度は5m以上の巨大な剣を一本、巨体のヴィランに向かって射出した。

 本来なら、死体に鞭打つような無意味な行動。それが、確かな意味を持ってしまっている。

 

・・・・・どういう事だ・・・・・?

 

 放った大剣は、目の前で受け止められた。それを成したのは、あの怪物のようなヴィラン。

 信じ難い光景だった。

 全身剣で貫き、確かに行動不能にしたと思った男――それが刃を振り落とし、無傷で動いた。

 こちらの目の錯覚だったのか、剣に貫かれ、そこにあるべき傷跡が欠片も見当たらない。

 それ以前に、初めから通用してなかったとでもいうのか。

 個性の有無も分からず、相澤先生に抵抗すらさせず制圧していた事実も踏まえ、ひどく薄気味の悪いモノに見える。

 

・・・・・ひとまず、相澤先生は保護してくれた。

 

 背後で人の動く音が聞こえ、それが徐々に遠ざかっていく。

 何かしら言われるかもしれないと思ったが、ありがたい事に何も言わずに離れてくれた。

 正直、この得体の知れない二人組から、一瞬たりとも意識を外したくない。

 

「――鬱陶しいなぁ・・・・・ガキがしゃしゃり出んなよ」

 

 こちらの警戒など知らずに、手の男は静かに、しかし癇癪染みた苛立ちを見せる。

 敵が相澤先生の制圧か――もしくは、殺害を狙っていたなら、それを二度も妨害した俺は、さぞ邪魔くさい存在だろう。

 もしそうなら、それは実に――好都合。

 

「でしゃばりはお互い様だろ――人任せで碌に動かない木偶の棒が、イキがるなよ」

 

 挑発というには、あまりに稚拙な罵倒。売り言葉に買い言葉レベルの、程度の低い発言だ。

 それでも、少しでもこいつらの怒りを買わなければいけない。

 さっきみたいに、俺を無視して相澤先生と緑谷達を狙われ続けたら、何度も防げる自信は無い。

 標的を俺のみに絞らせ、この場に釘づけにする。

 彼らを生きてこの場から離脱させるには、それしか方法が無い。

 

「―――ハ」

 

 俺の言葉をどう受け取ったのか。

 手の男は短く、息を吐くように嗤った。

 

「それで煽ってるつもりか?俺たちを引き止めて、アイツらを逃したいのか?」

 

 クツクツと。小さく肩を揺らして男が笑う。

 手の男はこちらの思考を読み、その狙いを把握している。

 ならばこれは嘲りの笑いか――いや。それ以上に感じるのは、シンプルに怒り。

 

「――いいぜ。そんなに死にたいんなら、まずはお前の死に様を、あいつらにみせてやろう!」

 

 喜びとも、憤慨とも取れぬ曖昧な叫びで、俺を殺すと宣言する手の男。

 正しく俺の目的を知りながら、敢えてそれに乗る所業。その真意は、間違いなく“憂さ晴らし”。

 このヴィランは、実益より、己の癇癪を治める事を選んだ。

 とても、緻密な計画を立てられるような、理性的な人間には思えない。だが、

 

・・・・・これで、先生達は逃がせる。

 

 空の両手に使い慣れた双剣を生み出し構える。

 こちらの思惑に乗ってきた以上、ここより衝突は免れない。

 一人が来るのか、それとも同時にか。

 いずれにせよ、プロヒーローを倒せるほどのヴィランを相手取ることになる。

 油断はできない。加減もできない――文字通り、この命を賭して殿を務める。

 

「さあ、お前にコイツが止められるかな、ヒーロー気取り!?」

 

 男は狂喜の声を上げ、俺に怪人の様なヴィランを――脳無と呼んだそれをけしかける。

 ただ一言、やれ、と。

 指示と言うには、あまりに短いその一語を受けた怪人は、緩慢にその身を動かし――瞬間、爆ぜた。

 

「・・・・・っ!?」

 

 無様に、地面を横っ飛びに転がり、飛び込んできたヴィランをやり過ごす。

 姿勢を整えた先で見えたのは、拳を地面に埋め込んだ脳無の姿。

 普通の人間には到底出し得ない超怪力で、奴はアスファルトの地面をひしゃげさせた。

 

 そして膂力も脅威的なら、同時に速度も常軌を逸している。

 驚愕に身を固めなかったのは、運が良かったからか。

 爆発でも起きたかのような踏み込みを認識した瞬間、僅かな間も無く脳無が、拳を振りかぶって迫っていた。

 それを見失わず、あまつさえ回避できたのは、偏に生まれついての目の良さ故。

 動体視力も含め、数キロ先まで鮮明に映す俺の常人離れした視力の良さは、異常なほどの速度を有するヴィランの姿を、確かに捉えていた。だが、

 

・・・・・こうも差があるのかよっ・・・・・!

 

 純粋に、シンプルに、無情なまでに。持ち合わせた身体能力が違い過ぎる。

 目で見えている動きに、こちらの対応が追いつかない。

 敵の一撃が到達するその瀬戸際、辛うじて間に合う程度だ。

 それほどまでに、俺と奴のスペックに差がある。

 

「っ・・・・・!」

「―――――!!」

 

 避けられたとみるや、脳無は再度、襲いかかってくる。

 繰り出されるのは、殴打、殴打、殴打。ひたすらに、こちらを粉砕せんとする拳の連撃だ。

 何一つ技巧は無く、ただ馬鹿の一つ覚えみたいに、力任せな連撃を繰り返すだけ。

 そんな稚拙な戦法が、こちらの命を容易く狩れる脅威を持つ。

 一撃でも受ければ、その時点で致命。

 防御の上からでも容易く崩され、殴り飛ばされる。

 

「っ・・・・・、ぉおッ――!!」

 

 ならば、決して真正面から受け止めるな。

 能力に差があるというのなら、それに合わせた対応をしろ。動きは速くとも、動作は”早く“ない。

 ならば、その無駄だらけの動きを見切れ。

 躱せるものは躱し、避けられない拳は受け流せ――!

 

「――――!!」

「づぅ・・・・・っ!」

 

 全身を侵す疼痛と痺れに、抑えきれず苦悶が漏れる。

 脳無による攻撃への対応は、全て避けるか受け流すかの二択しか選んでいない。

 それが一番確実であり、最も長く時間を稼げる。

 だというのに、まともに受けていないはずの拳によるダメージが、着々と蓄積されていく。

 

・・・・・馬鹿力にも程があるだろっ!

 

 あまりに膂力が強すぎる。

 受け流そうとして、その衝撃で痺れるのは分かる。そもそも、完全に威力を流しきれない上に、一撃一撃が速すぎて、完全に受け流す前に拳を振り切られている。

 拳を躱そうとし、完全に叶わずダメージを負うというのなら、それも理解できる。こいつの攻撃なら、微かに触れ掠っただけで、十分に痛手になる。

 だが、完全に避けきったのに、拳が通り過ぎた後に体が軋むとは、いったいどういうわけだ。

 ただ衝撃だけで、こちらを削っていっているとでもいうのか。

 それを否定できる材料が、まるで思いつかない。

 

「どうしたヒーロー気取り、動きが鈍ってるぞ。余裕がなくなってきたんじゃないか?」

 

 明確に嘲りの意志を乗せ、こちらを小馬鹿にする手の男。

 こちらが言葉を返せぬ事など分かっているだろうに、そうと理解した上で俺の無様を嘲笑う。

 それに反発するほどの暇も余裕も無く――

 

「しまっ――」

「―――――!!!」

 

 言葉は続かない。

 ほんの僅か手の男に反応した一瞬で、より力の込められた大振りが叩き込まれた。

 

「――――」

 

 苦悶の声すら出ない。

 腹どころか、胴体ごと持っていくかのような一撃。

 呼吸は止まり、口内に鉄の味が充満する。耳に届いた小枝が折れたような音は、聞き間違いであってほしい。

 

「がっ・・・・・」

 

 吹き飛んだ体が、背中から地面に落ち、勢いのまま転がされる。

 およそ人生で経験したことの無い体験に、うまく思考が回らない。

 殴られた。ただそれだけで、人体が宙を滑り飛んだ。

 馬鹿げた筋力の持ち主とは分かっていたが、こうも人間離れしているのか。

 本来なら致命の一撃。それでも死なずに済んだのは、咄嗟に差し込んだ双剣を交差して拳を遮ったから。

 それが間に合ってなければ、この体にはとっくに風穴が開いていた。

 

 もっとも、その守りも最低限の効果しかない。

 突き刺さった拳は、守りに回した双剣を当たり前のように砕いた。

 拮抗は僅かな間だけ。二正面から衝突した結果、剣はガラスでも割れるみたいに呆気なく散った。

 おまけに障害など無かったかのように叩き込まれた拳は、こちらの肋を叩き折っている。

 二本か、三本か。未だかつて肋骨の骨折など経験がないから、どれほどの負傷なのかは分からない。

 ただ少なくとも、折れた骨が内臓に突き刺さってる、なんて事にはなってない。何年も全身串刺しになっていたんだ、それくらいは分かる。

 

「――――ごふ」

 

 ビチャ、と赤い液体を地面に撒き散らす。

 骨が刺さってはおらずとも、大きな痛手である事には変わりない。

 先の拳は、それだけでこちらに損傷を与えている。胃から出血し、殴られた事による吐き気によって、胃液と共に流れ出た血液が逆流した。

 激しく動けば、それだけ傷は広がるだろう。

 

・・・・・どうする・・・・・。

 

 脳無は、今のを有効打と考えてか、その歩みは遅い。

 体はまだ動く。戦闘行為も、不可能ではない。

 だが、あの怪人相手に大立ち回りを演じられるほど、余裕は無い。

 万全の状態ですら徐々に消耗させられていったんだ。今の状態で接近戦など、数合と保たない。

 

・・・・・もっと、強い武器が必要だ。

 

 今の衛宮士郎では、あのヴィランを打倒する術が無い。

 純粋な身体能力で遥かに差をつけられ、それを覆すほどの技量も無い。

 剣群の射出も、さっきの結果から確実じゃなく、そもそもあのスピードの生き物に、正面から放って直撃できると思うほど、俺は自惚れていない。

 この状況を覆すには、スペック差も技量不足も覆す、強靭な武器が要る。

 奴の力に耐えられ、なおかつ決定的な傷を与えられる武器。

 

・・・・・けど、そんな武器は無い。

 

 自分の力は、ある程度は理解してる。今の俺に、やつを打倒できるような武器は無い。

 有効な手札を用意できない以上、このまま続けても待っているのは死だけだ。

・・・・・別に、それは構わない。

 正義の味方を目指した時から――或いは、衛宮士郎として在る時から、とっくにこの命の使い道は決めてあった。

 誰かを守る為に戦いを選択した以上、初めから命を捨てる覚悟はできている。

 

――だから、本当に怖いのは、自分の死なんかじゃなくて。

 

 こいつらは、俺という邪魔者を排除した後、きっと緑谷達を追うだろう。瀕死の相澤先生の目を無理矢理に開け、彼の眼の前で、彼の生徒達を無惨に殺すだろう。残った他の生徒達も見つけ出し、その命を踏み躙るのだろう。

 先生を殺し、クラスメイトを殺し、目に映る平穏を殺し尽くし――オールマイトが来るまで、破壊の限りを尽くす。

 その未来こそが、俺は怖い。

 

 日々を穏やかに生き、ささやかな幸いを享受する人々。その一員であり、またそれを守ろうとして集まった良き人達と、その指導者。

 彼らという平和の形が無意味に壊され、鮮やかな思い出が冷たい鉄の残骸のように朽ちていく。

 そんな光景が実現してしまう事が恐ろしく――それを防げない己は、何より許せない。

 

 自身の生存に然して執着は無い。だが、己の未熟故に他の誰かが傷付き――ましてや命を落とす事など、断じて認められない。

 そうならない様に鍛錬を重ね、その為に生きてきた。

 いまここでその全てを出し尽くし、目の前の困難を覆せねば、これまでの時間は何の価値があったというのか。

 

・・・・・けど、俺に手が無いのは事実だ。

 

 接近戦では倒すどころか、反撃を加える事すら出来ない。

 弓も剣群も、決定打になり得ない――そもそも、そんな隙を晒してくれるかすら分からない。

 確実に無力化できる手段もない以上、俺という障害はあまりに小さい。

 第一、()()()()はずの剣を破壊する敵を相手に、近接でどう対応すると――

 

・・・・・折れない、はず・・・・・?

 

 当然のように胸中で浮かんだ考えに、思わず疑問を抱く。

 何を以って、折れないなどと思ったのか。

 この世の全ては有限で、如何なる存在もやがては朽ちる。許容値以上の負荷に耐えかねて、砕け散るものなどいくらでも存在する。

 脳無という、規格外の筋力を誇るヴィランの力を真っ向から受けて、それでも無事だなどと、それこそありえない。

 だというのに、なぜ俺はあの双剣が折れるはずはないと、そう考えたのか。

 

――事実だからだ。

 

 不思議と、懐疑はすぐに収まった。

 確かに、この世に不滅の剣など存在せず、奴の一撃はそれだけで砲弾染みたものがあった。

 だがそれ以上に、あの双剣はそれにも耐えうる強度がある筈なのだと、そう無意識のうちに信じ込む自分がいる。

 しかし、それなら何故、あの剣は砕けてしまったのか。

 

――()()()()()()からだ。

 

 そう、足りていない。

 記憶が、要素が、年月が。

 本来、あの双剣に宿るべき多くのモノが抜け落ちているからだ。

 だから折れるし、こうも容易く砕けた。

 あの双剣は、もっと頑丈な筈だ。あの剣は、より鋭い筈だ――“干将・莫耶”は、もっと色んな事ができた筈だ。

 

・・・・・足りてないのは、俺が再現しきれていないからだ。

 

 以前から理解していた、存在としての欠落。

 これまでそうと理解していながら、何が掴めていないのかまでは判然としなかった。

 だが今は、その不足分がハッキリと判る。

 今までのような、漠然とした欠落感では無い。明確に、どこが埋まっていないのか、それを把握できる。

 

――後は、その穴を埋めるだけだ。

 

 あの剣は、こんなやつの一撃で砕けるような物じゃない。壊れない筈の剣が壊れたのは、想定に綻びがあったから。

 ならばその想定を、今度こそ完全にしろ。

 記録を探せ。真髄を見つけ出せ。本来の姿を追想<トレース>しろ。

 奥へ、奥へ、奥へ。自分すら認識できていない最奥へと踏み入り、失った過去を覗き込め――!

 

「――――」

 

 未だに記憶は戻らず、過去の情景はノイズに塗れて、僅かな途切れも無い。

 かつて記録したはずの無数の刀剣も同じ。どこが埋まっていないのか分かっても、その意味を理解できねば再現できない。

 

・・・・・ならば、想像<イメージ>しろ。

 

 情報の嵐に飛び込み、本当の姿を想起しろ。足りない部分は、他のもので補え。

 あの双剣は、衛宮士郎にとって”使い慣れた“物だった。それならできるはずだ。

 他の物ならいざ知らず、衛宮士郎が多くの剣の中から、愛用とするほど慣れ親しんだ武器なら、その記憶は他より必ず強い。

 

「――――――」

 

 頭が割れるように痛む。

 今の衛宮士郎からは失われているモノを、無理に掘り起こそうとする反動だ。

 それは触れられるモノでは無いのだと、脳が全霊で停止を促している。

 酷くなる頭痛は、その現れだ。

 この行為を続ける限り、痛みは治らず、より強まっていく。

 

――その雑念を、ただ意志のみで捩じ伏せる。

 

「――――――――――」

 

 守りを旨とした剣術。

 二対は、共にあって加護を与える。

 軌跡は曲線を描き。

 重ねる投影。

 

――陰陽は、共に抱く。

 

「――――」

 

 見つけた。

 かつての衛宮士郎が、真に愛剣として用いたその在り方を、今度こそ探し当てた。

 記憶は真っ暗な海で千々になって、未だに思い出せる過去は無い――それでも、この二振りだけは、確かに取り戻した。

 

「――投影<トレース>、開始<オン>」

 

 自らの血肉に等しい言霊を紡ぎ、幻想を確かな実像として結ぶ。

 両の手に感じる確かな重み。長く振るってきた、衛宮士郎が最も重用する双剣――その馴染みが、今は一層深く感じられる。

 

「――――!!」

 

 こちらの個性行使を脅威と受け取ったのか。

 脳無は、直前の鈍重な動きからは想像もできないほど、機敏になって俺に向かってくる。

 一歩毎に地を揺らすようなその疾走は、俺では決して並べない領域にある。

 その差を埋める術は、衛宮士郎には無い。まともにぶつかれば俺が一方的に砕かれるだろう。

 

――故に、この一手でその全てを覆す。

 

「――――ッ!!」

 

 走る怪物めがけ、夫婦剣を投擲する。

 高速で飛翔する刃は、それだけで必殺たりうる。

 常人では躱せぬ、巻き込まれればその時点で両断される必死の回廊だ。

 

「――――!」

 

 だがそれは、突進する片手間に払われた。

 両の腕でこじ開けるように、内から弾かれる双剣。大きく軌道を変更され、二刀はやつの後方へ流れていく。

 投じた死門は力ずくで破られ、俺への道は開け放たれた。

 二秒後、あの巨拳はこの身に届く。だが――

 

「――凍結解除<フリーズアウト>」

 

 待機させていた設計図を展開。空の両手に、再度同じ双剣を生み出し、黒い巨躯を迎え撃つ。

 回避はできない。一秒後に到達する拳を躱すだけの速度は、俺には無い。防御はできない。一振りで命を粉砕しうる拳を防ぐなど、それこそ自滅。

 絶体絶命、絶死の激突。

 

――だからこそ、この一瞬が勝機となる。

 

 もとより、才の無い俺に選択できる術は、これしか無い。

 絶対の勝利。揺るがぬ必殺。

 敵がそう確信したその刹那にこそ、衛宮士郎は、唯一活路を見出せる。

 自ら踏み込み、手にする二刀が狙うは敵の脚部――そして、()()()()が両腕を捉える。

 

・・・・・干将・莫耶、その性質は――

 

「うぉおおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!!」

 

 風切り音が重なり、振るわれる刃と飛来する刃が共鳴する。

 前方と後方、二極より攻める二組は、その拳が届くよりなお速く。

 致死の一撃を打ち崩し――その四肢を斬り飛ばした。

 

――両雄、共ニ命ヲ別ツ<ワレラトモニ、テンヲイダカズ>  

 

 

 

 

 

 

「おい、マジかよ・・・・・?」

 

 小さく漏れ出た呟きに、一緒にいた者が反応することはなかった。

 声が小さかったから、誰も聞き取れなかったわけではない。

 如何に音量が小さいといえ、彼らの距離はせいぜい50cmかそこらしか無い。その距離の音を聞き逃すほど、彼らの耳部は鈍くはない。

 ならば、その発言が煩わしく、意図的に無視したのかといえば、それも違う。

 そんな心持ちの人間だったなら、彼らはヒーロー科には来ていない。

 

 では何故、誰一人として反応しないのか。

 理由は単純――彼らもまた、目にした光景が信じられないからだ。

 

「――――」

 

 傷ついた相澤と彼ら三人を守るため、ただ一人ヴィランに立ち向かった少年。

 その戦況は、あまりに劣勢であった。

 戦い始めた瞬間から、ろくに攻勢にも転じられず、常に防戦を強いられていた。

 

 当然だ。

 余裕が無かったとはいえ、プロヒーローが抵抗らしい抵抗もできずに、叩きのめされた化け物。

 そんなヴィランと真っ向からぶつかり合うなど、自殺行為も甚だしい。

 遠巻きに見るしかない彼らが、傷つく少年の姿に何度、その胸を締め付けられたか。

 ヴィランの拳が叩き込まれた瞬間など、飛び出しそうになったほどだ。

 

 それでも、彼らがその衝動に従わず、こうして離れたままなのは、その背中を見たから。

 血を吐き出し、よろめきながら立ち上がる彼はあまりに痛々しく――それ以上に、赤い背中は不屈を感じさせた。

 絶対に敵うはずなどない強敵を前に、諦めるどころか恐れも見せず、あまつさえ、受けた傷に苦しむ素振りすら見せない。

 力は矮小なまま、絶対に諦めるものかと心だけは決して屈さず、勝機を探して立ち上がる。

 その姿は、言いようもないほど、彼らが目指す理想――正義の味方<ヒーロー>だった。

 

 そうして彼は、勝利した。

 それまで使用していた双剣に、それまで見せていなかった能力を宿して、敵の行動能力を完全に奪い去った。

 初めからそういう機能があったのか、それとも土壇場で新たな力を得たのか。

 真実がどうなのか、その実態は分からない。

 

 だが重要なのはそんな事ではなく。

 彼が決して諦めず、その果てに圧倒的な格上を下し、勝ったという事。

 方法こそ些か過激ではあったものの、その事実こそが重要なのだ。

 

「――緑谷ちゃん。今なら、わたしたちも」

 

 敗北と死を予感させたヴィランは倒れ、動くことすらままならない。

 もう一人のヴィランも危険な存在ではあるが、巨躯の怪物ほどの脅威は無い。取り巻きも、最初に放たれた剣の弾幕で一人残らず制圧された。

 ここで彼に加勢し、一気に畳み掛ければ、主犯格を押さえることも不可能ではない。

 唯一懸念すべきワープのヴィランがこの場にいない今こそ、敵を捕らえる絶好の機会ではないか。

 

「うん。僕たちも衛宮くんと――」

 

 一緒に戦おう。

 そう言おうとした言葉は、不自然に途切れた。

 開いた口は徐々に震え、顔面も少しずつ青褪めていく。

 この場の誰もが似通った反応を見せ、少し前とはまるで性質の違う無言になる。

 

――視線の先に、あり得ないモノを見た。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 頭上を、手足を失って達磨になった脳無が飛んでいく。

 大地を掴む脚部が存在しない以上、それまで維持していた速度を殺せないのは当然だ。

 勢いのまま滑空し、背後に落ちる音が聞こえる。

 それでようやく、自分は勝ったのだと確信できた。

 

「――――――」

 

 掴み取った。切り開いた。勝利した。勝てぬ筈の敵を、間違いなく打倒した。

 さっきの様な、通じているか否かも分からないような状況ではない。

 両腕と両脚、人型である限り、活動に必須である部位を確実に両断した。

 命には至らずとも、その駆動は完全に停止している。やつが如何に化け物染みていようと、四肢が無い限り暴れる事はできない。

 

「――ここまでだ。お前達の本命は、無力化した」

 

 疲労と高揚で逸る心臓を抑えようと努めながら、事の成り行きを見据えていた手の男に、右の莫耶を突きつける。

 プロヒーローを無傷で打倒する力量、正面から相対して感じた力から、あの脳無とやらがこいつらの切り札である事は――オールマイト殺しの要である事は分かった。

 

 奴の膂力、速度、耐久力。いずれも間違いなくオールマイトに並ぶものがある。

 あれだけの身体能力なら、確かに彼の命にも届きうる。

 単独で彼を殺す事も不可能では無いだろうし、靄のヴィランの個性を用いれば、頑強な体躯を強制的に断ち切る事もできるかもしれない。或いは、目の前の男が()()()で彼の存在を崩すのか。

 いずれにせよ、もう実現することのないIFだが。

 

「――驚いたな。脳無が子供に傷をつけられるなんて」

 

 ボリボリと首を掻いてそう漏らす男の声には、本当に驚愕の色が混じっている。

 あの怪人が真実、対オールマイトの切り札であったなら、それを生徒に制圧されるなど、夢にも思わなかっただろう。

 俺とて、その思いは変わらない。

 俺みたいな、傑出した能力も持たないただの学生が、あんな化け物を倒せるはずがない。

 あのまま打ち合いが続いていたなら、俺はとっくの昔に死んでる。

 

・・・・・()()()の真価を引き出せたから、たった一度の勝負に賭けた。

 

 手の男も、脳無も――俺以外の誰も知らぬ、二刀一対の宝剣が宿す力。

 “在る筈の無い機能”を備えた双剣の能力が未知であったからこそ、あの一手を選べた。

 その結果、こうして俺は立っていて、脳無は地面に伏せている。

 もはや、ヴィラン連合を名乗るこの集団に勝機は無い。オールマイト殺しが果たせない以上、彼らの作戦は失敗だ。

 

・・・・・なのに、何でこうも落ち着いてるんだ。

 

 標的は未だ現れず、手の内を晒し、作戦の要を封じられ、更には生徒相手とはいえ、仲間と分かれ敵地のど真ん中で孤立無縁の状態。

 はっきり言って、やつにとって現状は詰みに等しい。

 なのに、そんな様子が見受けられない。

 学生に脳無という切り札を破られた驚きこそ見られるものの、そこには焦りや怒り、さっき見せた子供染みた苛立ちすらない。

 至って自然体。今ここで捕えられ、犯罪者として逮捕されるかもしれないというのに、男はどこまでも落ち着き払った態度のままだ。

 その余裕は、どこから来るというのか。

 

「直に本校の方も異変に気付く。これ以上抵抗したって、逃げられやしないぞ」

 

 不安を悟らせぬよう、努めて平静に投降を促す。

 他にどんな切り札を残しているかは知らないが、形勢はこちらに有利だ。

 脳無という、超絶した能力を有するヴィランがいない以上、残りの二人はいくらか手強いだけの、打倒可能な敵に過ぎない。

 二人によって連携されれば厳しいが、こいつ一人だけなら、あの手にさえ注意すれば、傷を負った俺一人でも抑えられる。

 倒す必要は無い。本校の教員達が異常を察知し、こちらに来るまでの時間を稼げば十分で――

 

「――ヒーロー気取り、お前は一つ、勘違いしてる」

「勘違いだと・・・・・?」

「ああ。俺たちはまだ、ゲームオーバーになってない」

 

 成年とは思えぬ子供のような物言いだが、同時に、こんな作戦を実行できるだけの要領はある人間だ。

 そのチグハグさが、余計にこの男を不気味に思わせていた。そんな男が、未だ勝負は終わっていないのだと告げる。

 出どころのわからない自信に、言い知れぬ不安を感じる。

 奴が言っているのが、オールマイト殺しを指している事は分かる。

 問題は、そのカードがどんなモノなのか、という事だ。

 

「本命は抑えた、か。確かに、脳無は俺たちにとっての切り札さ。対平和の象徴として弄られた“改人”だ――ああ。それは間違っちゃいないさ」

 

 脳無に対する俺の認識は正しいのだと、奴は大袈裟な仕草で語る。

 半ば確信していた事実故、驚きは無い。そんな事より気になるのは、奴こそが対オールマイトのカードと認めながら、それを失った現状に何の痛痒も見せていない事。

 やつにまだ脳無以外の手段があるというのならまだ納得は出来たが、男の言い分は全くの逆。

 事ここに至って、俺は目の前の男が、まるで理解できなくなった。

 これほど大掛かりな奇襲を仕掛けたというのに、その目的を果たせぬ現状に、何も感じないというのか。

 

「脳無が本命なのは事実だ――でも、あいつを抑えたってのは、大きな間違いだぜ?」

「おまえ、いったい何を――」

 

 言っているのか。

 手の男の言葉に、そう疑問を返そうとした時――耳に異音が届く。

 グチュグチュと、生肉を捏ねくり回し、引き延ばしていくような、そんな音。

 それが何の音なのか――理解するより先に、体が動いた。

 

「っ・・・・・!」

 

 最初に脳無の突進を避けた時と同じように、右方へ真横に飛び込んだ。

 受け身も後の体勢も考慮しない、後先考えない回避行動。

 

――それが、命を救った。

 

 コンマ数秒としないうち、今までいた場所に、黒々とした大きな物体が突き刺さった。

 その衝撃だけでこちらを揺らがすほどの、強烈な速度。鼓膜を破りかねないほど破砕音が、耳朶を揺らす。

 その物体によって地面は砕かれ、無数の亀裂が方々に走っている。

 それを為したモノ、その正体を目にし――己が眼を一時、疑った。

 

「――なんで、こいつが」

 

 それは、脚だった。

 生き物が持つ、人型に見られる構造の脚部。

 人間らしからぬ真っ黒な肌、子供の胴回りほどもありそうな、太いそれ。

 その持ち主たる存在は、少し前に、この手で確かにその四肢を斬り飛ばした筈のヴィラン――

 

「――脳無」

 

 口から漏れ出た名に、口にした俺自身が動揺する。

 自らが相対し、そして斬り捨てた筈のヴィランが、そこには立っていた。

 その姿は、異様の一言に尽きた。

 奴との交差で落とした筈の四肢――その一部である脚が、何事も無かったかの様に生えている。

 失った腕はそのまま、痛みに悶えることすらなく、ある筈のない脚で、立っている。

 

「”超再生“の個性。オールマイトの100%に耐えられるように与えられた力の一つさ!」

 

 男の言葉をその身で裏付けるかのように、脳無は俺の眼の前で、斬られた腕を再生した。

 体内から太すぎる腕骨と、膨大な肉を生み出し、それがみるみるうちに腕へと変換されていく。

 見ているこっちからすれば、目の前でモンスターパニックが目の前で現実に起こっているかのような思いだ。

 こんな悍ましい光景を直視して平然としてられるほど、俺のメンタルは図太くはない。

 

「こいつをどうにかしたいなら、手足を落とすぐらいじゃ話にならない。肉片一つ残さず消し飛ばすぐらいじゃないとなぁ!」

 

 告げられたのは、俺にとってはあまりに絶望的な事実だった。

 脳無という脅威が皆を傷つけることがないように、その四肢を奪い、動きを封じた。

 だが、やつがその気になれば、俺の妨害など無視して彼らを殺しに行けるというのなら、こいつを抑える術が俺には無い。

 

 殺す事が出来たなら、まだ可能性はあった。俺の個性であれば、他者の殺傷など容易だ。

 その行動を咎められ、結果として雄英から追放されたり、犯罪者として牢に入れられるとしても、ここにいるクラスメイトや先生を残らず殺される可能性を残すよりよっぽどマシだ。

 だが、人間にはあり得ない速度で損傷を回復させる者に、どう致命傷を与えるというのか。

 

・・・・・頭を潰せば、もしかしたら殺せるか・・・・・?

 

 異様な風体の中、さらに目立つ中身が剥き出しになった頭部。

 弱点と考えるにはあまりに安直だが、それ以外に思いつくものはない。

 手の男を信じるなら、心臓や鳩尾、頸動脈みたいな、通常の急所は適用されないだろう。そうでもなければ、さっきみたいな発言をするとは思えない。

 その上で、そうだと思える部位は頭しかなく、その真偽を確かめていられるほど、余裕も無い。

 

 男がただ一度、その指揮棒を振るえば、その瞬間に脳無は俺に、或いは他の誰かに襲いかかる。

 もう俺は、奴を押しとどめていられるほどの力が無い。傷を押して、全力を尽くして挑めば――なんて話じゃない。

 純然たる事実として、俺はもうあいつの身体能力に食い下がれない。

 奴が戦闘機並みの速度を持つ戦車だとしたら、こっちは駆動系のイカれた自走砲だ。

 攻撃手段はあっても相手に当てられず、おまけに与えた損傷は間を置かず修復される。

 敵を防ぐどころか、障害にだってなりやしない。

 

 できることといえば、限界まで装填した剣弾で、奴らの進行を遅らせる事ぐらい。

 数百も剣群があれば、二人を包囲してしばし閉じ込める事はできる。

 脳無はともかく、手の男の能力では防げはしない。脳無の方も、奴を守るためその身を挺さざるを得ないだろう。

 射出間隔を調整し、倒れるまで剣弾を装填し続ければ、おそらく一分以上は保つ筈だ。

 

 だが、力を使い果たした時点で包囲は瓦解する。もしくは、負傷を覚悟して脳無に突っ込まれれば、俺は対処できない。

 その時点で、包囲は瓦解し、奴等を阻むものは無くなる。

 

 この方法ははっきり言って、最終手段だ。

 留めた時間で皆が逃げきれない以上、ただ最悪の未来を先延ばしにするに過ぎない。

 せめて、こいつらと戦える増援が、もうすぐ来るという確信が無ければ――

 

「“死柄木弔”」

「・・・・・っ!」

 

 手の男の横に、唐突に黒い靄が生まれた。

 それは一瞬の間に寄り集まり形を成し、そこにはあのワープのヴィランがいた。

 俺たちを飛ばした後、捉え損ねたクラスメイトと13号と相対していたのは視認したが、やつの能力を考えれば一瞬でこちらに現れてもおかしくはない。しかし――

 

・・・・・ここで合流しちまうのかよっ・・・・・!

 

 現状は、起こり得た可能性の中で最も悪い部類だ。

 あいつがいる限り、こいつらを足止めできる時間は極端に短くなる。

 あの個性であれば、俺の剣群を悉くどこかに飛ばせる。そうなれば包囲は緩み、突破も容易になるだろう。

 リミットは――およそ二十秒。

 それだけあれば、包囲を踏み越え、俺を仕留めるには十分だろう。

 形勢は、完全に逆転した。

 詰みとなり、断崖に立たされたのは、俺になり――

 

「――黒霧。13号は仕留めたのか?」

「行動不能には出来ました・・・・・が、何人かは散らし損ね――生徒に一人、逃げられました」

「――――は?」

 

 聞こえた会話に、顔を跳ね上げる。

 13号に動くことすらできない程の重症を負わせた、その事実も見過ごせないが。

 それ以上に、注視すべき点は、

 

――生徒が一人逃げた。

 

 それが事実だというのなら、離脱したのは間違いなく飯田くんだろう。

 ワープのヴィラン――黒霧と呼ばれた男による分散を躱し、なおかつこいつを振り切って逃げおおせられるのは彼しかいない。

 エンジンという、速度において1-A随一の彼ならそれを成し、かつ短時間で救援を要請できる。

 

 もう少しで、オールマイトやプロヒーローが来る。

 そうなれば、こいつらをここに留めておければ、確実に捕らえられる。

 オールマイト一人なら苦戦は必至だろう。だが、他のプロも加われば、均衡は一気に傾く。おそらく、奴らもそれを理解しているからこそ、このUSJに訪れるタイミングを狙った。

 時間さえ稼げれば、こちらの勝利は確実だ。

 

「・・・・はあー・・・・・黒霧おまえ――お前がワープゲートじゃなきゃ、ここで粉々にしたよっ!」

 

 “死柄木”と呼ばれた男は、仲間の失態に怒気を撒き散らす。

 自身の首を掻きむしる仕草は、癖のように時たまやっていたそれとは違う。込められた力の強さは、そのまま奴の憤慨具合を示している。

 俺に対して抱いた顰蹙など、これに比べれば幼子のそれと大差ない。

 だがいま奴が仲間に向けるそれは、ただひたすらにおどろおどろしい、純然たる殺意だ。気に食わぬモノ全て巻き込んで、残さず壊し尽くすと示すような禍々しさ。

 向けられる黒霧は、生きた心地がしないだろう。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ。()()()ゲームオーバーだ・・・・・帰ろっか」

 

 帰る。

 目的を放棄し、撤退する。それは正しい判断だろう。

 そう遠くないうちに、数十人のプロヒーローを引き連れた、オールマイトがやってくる。

 包囲されれば、連中に勝ち目は無い。

 無駄に長居して、ヒーロー達に捕捉されては元も子もない――しかし、そんな事よりも。

 奴は今、なんて言った。

 

・・・・・今回、だと・・・・・?

 

 それは、いずれオールマイト殺しを、もう一度果たそうとするということか。

 目的が果たせておらず、自らも逃げおおせたなら、それは自然な考えだろう。

 思考としては真っ当で、組織としては常道だ。だが――

 

・・・・・また、誰かを傷つけるのか――?

 

 相澤先生の体を徹底的に壊して、13号に動くこともできない傷を与えて、1-Aの皆の命を脅かそうとして。

 そこにただ、平穏に生きるだけの人々を脅かして、これまで多くの人々を救い上げてきた英雄<ヒーロー>を殺すと、そう言うのか。

 

・・・・・ふざけるな。

 

 そんな事、許せない。そんな暴挙、見逃せない。

 ヒーローが来るまで、じゃない。痛み分けで次の機会に、でもない。そんな悠長な考えじゃ、話にならない。

 ・・・・・こいつらは、いま。ここで。完全に、仕留めなければならない。

 逃せば、また同じ事をする。生かせば、それだけで他者を脅かす。

 決して、生かして帰してはならない。

 

 だが、どうやってそれを果たす。

 今の俺では、こいつらを倒すどころか、足止めする事すらままならないというのに。

 そもそも、ただの剣では、再生する脳無を殺せないのではなかったか。

 

――ナラ、倒セルモノヲ、殺セル武器ヲ、用意スレバイイ。

 

 ・・・・・そうだ。俺の扱う個性とは、そういうモノではなかったか。

 己には無いモノを、己では至れぬ力を、自らの心を以って織りなす。現実には存在しない筈の幻想を紡ぎ、確かなカタチとして結ぶ。

 それこそが、衛宮士郎に許された力の本質ではなかったか。

 

 衛宮士郎に与えられたモノは、あまりに小さい。

 この雄英に、ヒーロー科に来て、それを強く痛感する。

 緑谷のような類い稀な出力は発揮しえず、轟や爆豪のような突出した才は持ちえず、八百万のような並外れた頭脳も無い。

 初めから、衛宮士郎にそんな事はできない。

 

――お前は戦う者ではなく、生み出す者にすぎん。

 

 時たま夢に見るあの紅い騎士は、何と言っていた。俺に向けられたあの言葉は、無意味なものではなかった筈だ。

 途切れ途切れにしか聞き取れないその声を、何度も掴み取ろうとしたのは何故か。

 それは、意識するまでもなく、己にとって必要なものだと、理解していたからではないか――?

 

――忘れるな。イメージするものは常に最強の自分だ。

 

 思い至れば、当たり前の事でしかない。

 力の無い衛宮士郎に唯一許されたのが、生み出す能力だと言うのなら。

 

――イメージしろ。

 

 現実で敵わない敵だというのなら、空想の中で勝て。

 勝てない存在なら、勝てるモノを幻想しろ。

 己の力が信じられないというのなら、あらゆる困難を乗り越える、最強の自分を想像しろ。

 精神を鍛え上げ、心を叩き上げ、信念という炉に火を灯せ。

 敵を騙し、己すら欺き、理想を叶える贋作を創造する。

 衛宮士郎には、それが出来る筈だ。

 

――もとよりこの身は、ただそれだけに特化した――

 

「――投影重装<トレース・フラクタル>」

 

 かつて口にした事もない言霊は、まるで慣れきったように、自然に紡がれた。

 ただの投影では届かない。

 奴らの命にも、これより生み出す“剣”にも、この手を届かせられない。

 故に、自己を記憶の海へ広げる。際限なく拡大し、方々に四散し、果てのない世界の隅々まで蔓延し、自我が曖昧になるほど浸透する。

 記憶を探るのに己が邪魔だというのなら、それを徹底的に廃し希釈しろ。

 意識のイドより、その一手を手繰り寄せ。

 

「――――!!」

 

 どこかで誰かが喚く声が聞こえるが、そんなものはどうでもいい。

 雑念で作業を乱したが最後、この試みは完膚なきまでに叩き潰される。

 凡庸な剣では絶死に至らない。

 脳無も、死柄木も、黒霧も一撃の元に消し去る絶対的な火力と、ワープという障害を撒き散らせる一刀が必要だ。

 

「ぎ―――!」

 

 ぎちり、と体が鳴った。

 これより生み出そうとするのは、本来なら今の衛宮士郎には手が出せないモノだ。それを無理矢理に再現しようとする以上、その代償は自身の肉体を侵す。

 響いた異音は、決して聞き間違いではない。

 必要以上の埋没に釣られ、剣の素となる幻想が、現実となって現れた。金属が擦れ合う音は真実、この体のうちから鳴っている。

 刃が現実なら、この骨身が切り裂かれた感覚も錯覚ではない。

 数は少なくとも、体内で不規則に蠢く刃はそこかしこを無遠慮に切り裂いていく。久しく感じていなかった痛みに、しかしかつてのそれに比べれば穏やかな方だ。

 

「・・・・・っ!」

 

 肉体は、成し得ない暴挙を果たそうとする試みに絶叫を上げている。

 それは、僅かでも生きながらえようとする、生物として当然に有する本能だ。

 目に見えた危機、判りきった異常に、進んで飛び込む生き物はいない。もし、そんな自傷・自死紛いの行動を選んだなら、体が拒絶反応を起こすのは当然だ。

 苦痛を遠のけ、一秒後の生存を望む体は、ここで止まれと停止命令を鳴らす。

 まだ生きていたいのなら立ち止まれ、さもなければ、この命は――そう悲鳴を上げ続ける。

 その煩わしい警告<アラート>を、力ずくで叩き出す。

 零れ落ちそうな弱音を、全力で噛み殺した。

 

「―――――」

 

 意識が、表層へと回帰する。ひどく永い時間を経た様に感じて――実際は、十秒と過ぎていない。

 その短くも引き延ばされた遡行の中、砂嵐に満ちた世界から、その存在を確かに引き上げた。

 黄金の鍔と蒼銀の柄に彩られた、美しい装飾を持ったそれは――しかし何より、その刀身こそが眼を惹いた。

 およそ剣とは思えぬほど、捻れに捻れた螺旋を描く刀身。その様は、刀剣というよりむしろ穿孔機<ドリル>の様だ。

 立ち塞がる者、通り道に立ち入ったモノ全てを抉り穿つ、穿通形状。

 これこそ、衛宮士郎が求めた必殺に他ならない。

 

 だが、それの何と不出来な事か。

 構成する材質は不純物と欠落で満ちている。骨子の想定も粗雑なら、その創造理念すら曖昧。

 当然の結果だ。今の自分から失われているものを、力づくで再現した。

 穴だらけの記憶から、この剣の存在だけを無理やり引き剥がしたなら、そこにあった記録が不完全なのは明白だろう。

 

 本来宿していた筈の性能は悉く欠け落ちて、残ったのはせいぜい二割程度の力だけ。

 ――それでも、そんな粗悪品ですら、奴らを消し飛ばすには、十分にお釣りがくる。

 

「――――――ッッッ!!!」

 

 黒塗りの巨躯が、爆音を轟かせてこちらに向かって来る。奴自身の判断か、残り二人の本能が警鐘を鳴らしたのか。

 いずれにせよ、奴らはこの一振りに脅威を感じ、全霊で俺を叩き潰そうとしている。

 それはどこまでも正しい行動で――ひたすらに、動き始めるのが遅かった。

 

「偽・螺<カラド――」

 

 黒弓に“剣を矢”として番え、最後の一音を唱える。

 その剣が宿した力――その真髄を引き出すための喚起。

 この一節を以って、“貴き幻想”はその真の姿を曝け出す。

 

「黒霧ぃーーーーっ!!」」

「――ボルグ>旋剣」

 

 眼前にワープホールが生まれるが無意味。

 高速で射出された螺旋剣は、立ち塞がる障害の全てを貫き――()()すら穿って突き進む。

 黒い靄は、文字通りのものとなって散り、矢は止まる事なく突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 告げられた銘とその意味を、理解できる者はいない。

 ヴィラン達はおろか、射手たる彼すら、完全な把握には至ってない。

 

――カラドボルグ。

 

 古い古い物語、神話という織物<スクロール>に息づく、実在すら疑わしい御伽噺。

 ケルト神話、その中でも『アルスターサイクル』と呼ばれる物語群に、この剣は登場する。

 アイルランドが誇る英雄の一人、偉大なる戦士フェルグス。

 その彼が担った魔剣として伝わり、伝承においては、振るわれたカラドボルグから放たれた剣光が、三つの丘を斬り裂いたと伝えられている。

 

 その破壊力、土地の地形すら破壊する絶大な威力は、しかして怒りに任せて放って乱雑な一撃にしかすぎなかった。

 本来のカラドボルグとは、島一つの地盤ごと攪拌しうるほどの、広域殲滅兵器だ。

 崩落に巻き込まれれば、残骸はおろか、肉片すら残らない。

 無尽に伸びる螺旋の虹霓。それこそが、カラドボルグの真の姿。

 

 だが、衛宮士郎は、その剣に異なる形を見出した。

 放つ一射は大地を破ること叶わず、地形を変形させること能わず。ただ真っ直ぐに、無駄な破壊をせず、その射線上にある障害全てを穿ち抉る一撃を生み出した。

 それが、空間すら削り取って進む、音すら越える不可避の一矢。

 それ故に、“偽・螺旋剣”。

 硬い稲妻を意味する名を体として表した武装である。

 

 不完全な投影では、威力も速度も本来の基準には到底至らない。

 それでも、彼の放った一撃は、人間三人を死に至らしめるには十分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 過ぎ去った後に、形を保っているものは無い。

 生き物も人工物も等しく失せて、地面はその暴虐の一端を語るかのように、荒々しくも整然と抉り取られた。

 後に残ったのは、ただひたすらに静寂。

 それまでの波乱が嘘だったように、音の無い世界が生まれている。

 

――敵の姿も、同じく消え失せた。

 

「――投影破棄<トレース・カット>」

 

 螺旋剣を、射出から五秒も経たないうちに消し去った。

 あの一射の威力は尋常ではない。たとえ標的を仕留めた後も、変わらず飛んでいく。

 こうして存在を破棄しなければ、ドームを食い破り、山や街までをも薙ぎ払うだろう。

 

「っ・・・・・!」

 

 がくり、と足が崩れかける。

 身の丈を超えた力の行使に、肉体がエンストしかけている。

 敵との衝突によって蓄積されたダメージは大きい。体内で暴れかけた刃による自傷も、決して無視できないものだ。

 何より大きいのは、右腕が完全に使い物にならなくなっている事だ。感覚はあるが、自分の意思じゃピクリ、とも動かない。

 プラン、と括られていないロープみたいに揺れる腕は、盾代わりにすら使えやしない。

 ただの疲労や傷が原因なのか、それとも使えないはずの力を使った代償なのか。

 いずれにせよ、戦力としての俺の価値は大きく下がってる。

 

「・・・・まだ、倒れるな」

 

 たとえそうであったとしても、まだ休むわけにはいかない。

 主犯らしき三人は仕留めたが、未だ敵はこのUSJ内部に残っている。奴ら全員を無力化しない限り、戦いは終わらない。

 脅威度合いから優先順位を決め、真っ先にこちらに来たが、だからといって他の皆を放っておいていい訳がない。

 

 果たすべきを果たしたのなら、できる限り彼らの助けに向かわなければ。

 うちのクラスがそこらのゴロツキに遅れをとるとは思わないが、如何せん多勢に無勢だ。

 体はとっくにガタがきて、まともに動くかも怪しいが、剣群で援護ぐらいはまだできるはず。

 

「衛宮くん・・・・・っ!!」

 

 離れた場所から、誰かが俺を呼んでんいる。

 あれは・・・・・緑谷か。

 酷使し続けた肉体に比例して、意識も常よりふわついてる。

 呼び声の主が誰なのかすら、直ぐに判断できなかった。

 あんなに大きな声で呼ばれたのに気づかないとは、思ってる以上に重傷だ・・・・・いや、それ以前に。

 緑谷は何で――あんなに必死な表情を浮かべているんだ?

 

「――逃げてぇっっ!!」

「緑谷・・・・・?」

 

 告げられた言葉に理解が追いつかず、呆けた声を出す。

 いったい彼が何を言っているのか、まるで分からなくて――

 

「――――え?」

 

 どしゃ、と地面を転がる。

 揺さぶられた後で、視界がはっきりしない。

 さっきまで、フラつきながらも確かに立っていて、こんな無様に倒れ込む事なんてなかったのに。

 なんで、こんな風に地べたに寝っ転がってるんだ・・・・・?

 

「が―――は」

 

 胸が苦しい。

 碌に息が吸えない。

 呼吸器に異常なんて無かったのに、そんな事が嘘だったみたいに呼吸がつっかえてる。

 

「―――ぁ」

 

 視界が赤くなる。

 額から血でも出たのか。眼球がべとりと色付き、目に見えるものが真っ赤に染まる。

 ――その中に。何故か、いるはずもない、黒い、生き物達が、い、て・・・・・

 

「なん、で・・・・・」

「――何でも何も、生きてるからだよ」

 

 見下ろす男は、どこまでも不気味で、悍ましい。

 デフォルメされた手の飾りを顔面に貼り付け、その指の隙間から、赤い目玉が倒れる俺を睨め付けている。

 平坦な声は、平静とも怒りともつかぬ響きを伴っていた。

 

――死柄木弔と、その共犯二人。

 

 確かに殺した筈の三人は、嘘みたいにピンピンして、俺の前に立っている。

 

「危なかったよ。あの攻撃、ワープゲートも崩すんだもん。黒霧が咄嗟に“俺たち”を飛ばしてなきゃ、とっくに死んでた」

 

 それはつまり。

 コイツらは、螺旋剣を転送させるのではなく――自分達そのものを移動させた、という事か。

 

――なんて、間抜け。

 

 黒霧に対する攻撃を、全てワープで飛ばされてたから、そちらにしか意識が向いていなかった。

 何も難しい事はない。飛ばせない攻撃なら、それが届く前に自ら移動してしまえばいい。

 そんな簡単な道理すら抜け落ちていた、己の馬鹿さ加減を呪いたくなる。

 

・・・・・ま、ずい。

 

 先の一撃で、体はまだ動かない。

 脳無が、横殴りで俺を殴り飛ばしたんだろう。

 いくらか頑丈な体とはいえ、さっき受けた衝撃は全くもって許容値を超えている。

 しばらくの間、俺には一切の抵抗ができず。

 

――こいつらが俺を殺すには、十秒とかからない。

 

「さっきのアレ、痛かったぜ?ワープで逃げようとしたのに、余波が身体中斬り刻みやがった――ヒーロー志望が、簡単に人を殺そうとするなよな」

 

 真っ当な言い分だが、それを口にする資格はお前らに無いだろう。

 そんな悪態を吐く余裕すら無い。

 

 見れば、死柄木は体の至る所から出血し、その負傷具合が分かる。黒霧も、靄に包まれている下の実体には、少なからず傷があるんだろう。ただ、脳無だけは、変わらず無傷だ。

 一撃で命を消し飛ばせねば、どんな状態からでも回復できるのがこいつだ。余波で受けた傷など、それこそ瞬きの間に修復したんだろう。

 今度こそ――完全に、手詰まりだ。

 

「お前は俺たちを殺そうとしたんだ――なら当然、お前も殺されるべきだろう?」

 

 死柄木の言葉に反応してか。

 ゆっくりと、脳無の腕が迫る。

 殴り潰そうとするような速度じゃない。ともすれば、優しくも見える慎重な手つき。

 

「安心しろよ。お前を殺したら、俺たちも今回は帰るさ。そろそろ、ヒーローどもが来る頃だしな」

 

 その巨大な手が、体を包み込む。

 ペットボトルでも持つみたいに、簡単に人間の胴体を持ち上げる怪力に、今更ながらにゾッとする。

 殺すと宣言して、この体勢になったという事は、つまり。

 

「――ゆっくりと。できる限り時間をかけて、お前を握りつぶす。自分の体が少しずつ潰れていくのを感じながら、くたばれ」

「――――」

 

 合図に従って、徐々に込められる力。万力すら及ばぬそれが、少しずつ体を圧迫していき――

 

「衛宮くんを、放せぇえええええ!!」

 

 悲痛なまでの叫びが、鼓膜を震わせる。直後――

 

「SMASH――――ッ!!!」

 

 凄まじい衝撃が、この身を粉砕する拳を遮った。

 

・・・・・緑、谷・・・・・?

 

 いつの間に動いたというのか。

 10m以上は離れていた緑谷が、強力にすぎる拳を、脳無へと叩き込んでいた。

 その四肢に、自壊した形跡は無い。

 土壇場でコントロールを習得したのか、自傷も負わず出力も抑えられていた。

 並の人間なら、今ので完全に戦闘不能になっている一撃。だが――

 

「え――?」

「――――」

 

 打ち込まれた脳無は、完全に不動。

 ギョロリ、と目を向けるだけで、何一つ反応も無い。

 確かに、化け物じみた敵だとは分かっていた。だが、調整をしていたとはいえ、あの緑谷の一撃を受け、無傷どころかたたらを踏む事もないなど、どういうカラクリだというのか。

 

「――邪魔するなよ。オールマイトマニア」

「っ・・・・・!?」

 

 驚愕と恐れに身を竦ませる緑谷に、脳無が拳を振りかぶる。

 ほとんどゼロ距離。

 脳無の拳速度であれば、緑谷の速度でも躱せない。

 コンマ数秒後、彼の体は真っ赤に潰れる。

 

・・・・・させ、るかよっ・・・・・!!

 

 脳無の初動そのものは並だ。

 ならば間に合う。

 奴が拳を振り切り、緑谷へと届かせる前にその一撃を遮れ――!

 

・・・・・投影開始<トレース・オン>・・・・・ッ!

 

「――――ッ!!」

「っ・・・・・!」

 

 緑谷と振るわれた大腕の間に、いま生み出せる限界の大盾を生み出す。

 数は六、厚さ1cmのそれはやはり、完全には止められない。

 一枚ずつ、少しだけ拮抗して破られた。

 

・・・・・けど、防いだ。

 

 残らず盾は破られたが、それでも強度も硬度も相応のものを選出した。

 奴の拳を止めるには至らなかったが、それが緑谷に直撃する未来は回避できた。

 

「――ほんと、筋金入りだな、ヒーロー気取り」

「ぐがっ・・・・・!」

 

 中断されていた粉砕が、一気に再開される。

 全身の至る所が圧迫され、そこかしこが軋んだ。

 

「―――うぶ」

 

 さっき負った傷がさらに開き、喉奥から迫り上がる血液を堪えきれず吹き出した。

 口内に充満する鉄臭さに辟易しそうだ。このまま窒息でもするんじゃないか、なんて呑気な考えが浮かぶ。

 

 右腕は、とっくに壊れている。

 もとから使い物にならなくなっていたそれが、さっき受けた殴打で完全に折れた。

 握り潰すまでもなく、この腕はただのデッドウェイトになっている。

 

「あの盾に回す分の余力があったならもう一度、脳無の腕を落とすぐらいはできただろうに。自分を捨てて得るものが、少しの延命なんて、割に合わないだろ」

 

 呆れたような言動には、しかし何の感情も込められていない。

 ただ淡々と評価しただけで、心底どうでもいいと、その平坦な声が示していた。

 

 ・・・・・薪が足されたみたいに、怒りが戻ってくる。

 こんな、人の死に何の感慨も抱かないような訳の分からない人間に、何で誰かが殺されないといけない。

 人の生き死にってのは、もっと重いモノの筈だ。こんな風に、路端の小石でも蹴るみたいに、無感動にやりとりされていいモノじゃない筈だ。

 目的があったんだろう、譲れないモノがあって襲撃なんて馬鹿な真似、決行したんだろうが。

 だったらせめて、奪うモノに対して眼を向けやがれっ・・・・・!

 

・・・・・そうだ。こんな、意味の分からない連中に・・・・・!

 

 殺されてやらない。殺されてなんかやらない。

 絶対に、俺は生きて、果たさなくちゃならないモノがあるんだから――!

 

「ぁ・・・・・あ、あぁあああああああーーっ!!!」

 

 動く箇所など無い。限界を迎えた体はとっくに、俺の自由にできるものじゃなくなっている。

 ――そんなのは、百も承知だ。

 だが、まだ死んでいない。完全な停止には、いまだに至っていない。

 五体満足で、個性だって僅かながらに使えて――この意思だって、まだやれると叫んでいる。

 ならば戦える。

 俺は、衛宮士郎は、正義の味方を張り続けられる――!

 

 込める力は全霊で。

 動かないモノを無理矢理に駆動させる。壊れたモノ、失ったモノなど後で直せばいい。

 今はただ、目の前の悪意を打倒する事に命を費やし――

 

「――脳無」

 

 しかし、そんな意志などまるで意にも介さず。

 悍ましい手の男は、無情に最後の判決を下し。

 

――鮮血が、宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

――駆け抜けたのは、膨大な力の奔流。

 

 唐突に出現し、瞬く間に周囲に伝播したそれは、何一つ正体の解らない代物だった。

 電力、火力、風力・・・・・いずれにも当てはまらない、全くの未知。

 浴びた者全員が、体の奥底から震え上がるような錯覚を覚えた。冷たいのでも、恐ろしいのでもなく――畏れた。

 震えは温度でも恐怖からでもなく、感動とも取れる畏敬故だった。

 

 USJ内部にいた者は皆少なからず影響を受けた。それこそ、ヒーロー科に留まらずヴィラン達ですら一瞬、その感覚に支配され足を止めた。

 誰もが停止する最中、そこからの復帰が早かったのは――やはり、ヒーロー科の生徒達だった。

 

「耳郎さんっ!」

「分かってる――ッ!!」

 

 八百万百と耳郎響香。

 両者の意思疎通は瞬時に成立し、共に飛ばされた二人は最短最速で行動に出た。

 目の前には、電気を操るヴィラン――そして、人質にされた上鳴電気。

 ヒーローの卵として、この僅かな隙を逃さず、彼女らは救出に動いた。

 

「つぁ・・・・・っ!」

 

 耳郎の個性、『イヤホン・ジャック』はその性質上、索敵や音響攻撃を可能とするが、プラグそのものの精度と速度、そして強度も高い能力を発揮する。

 硬質なイヤホンプラグの先端は、正確無比に上鳴を掴むヴィランの指を撃ち抜いた。

 ダメージとしては些細なもので、しかし意識外から襲ってきた鋭い痛みにヴィランの手が緩み、上鳴を取り落とす。

 

「いま――ッ!!」

 

 地面に落ちた上鳴の姿を見て、二人は一気に畳み掛ける。

 人質の解放が第一手。次ぐ二手は耳郎の指向性音波攻撃、三手は八百万による捕縛だ。

 大音量の爆音に晒されたヴィランは、碌な抵抗もできず八百万の拘束によって動きを封じられた。網にかかった魚の如く身動きが取れない上、上から極圧の絶縁シートで包まれれば、もはや個性による反抗すらできない。

 

 一連の救出劇に要した時間はおよそ五秒ほど。

 僅かなチャンスを見逃さず、人質にも傷を与えなかった、見事な手際であった。

 

「上鳴っ!怪我してない!?」

「ウェ〜イ・・・・・」

「・・・・・良かった、無事そうだね」

 

 取り返した上鳴に目立った外傷はなく、また目の前で見ていた限り何かされた様子も無かった。

 唯一の異常は変に崩れた表情と、言語機能にすら影響が及んでいるらしい、著しく低下した思考能力だが、それらは彼自身の問題なので現状は全くもってモーマンタイ、万事オッケーである。

 

「ねえ、さっきの変な感覚・・・・・あれ、何だと思う?」

「・・・・・何も情報がありませんし、まだなんとも。ただ――」

 

 彼女達にとっても、ヴィランにとっても、それは今まで感じたこともないような代物であった。

 それが物理的な現象によるものなのか、それとも個性による干渉だったのか。

 しかし八百万は――もっと言えば1-Aの生徒全員が最近、似たような経験をした。

 

「――もしかしたら“アレ”は、衛宮さんの手によるものかもしれません」

「衛宮の・・・・・?」

「ええ。全く同じモノとは言えませんが・・・・・さっきの感覚は、衛宮さんが弓を弾いた時に似ていたように感じました」

 

 個性把握テスト、対人戦闘訓練。

 八百万は二度、衛宮士郎が弓を構えた場面に立ち会っている。

 その時に感じたエネルギーでも精神干渉でもない、ただそう在るというだけで、その場にあるもの全てを支配下に置かれてしまった様な錯覚。

 さっきの感覚は、それと似た“感じ方”だった。

 

「ウチも衛宮が弓引いてるとこにいたけど、さっきのは、それとは全く別物だったように感じるけど・・・・・」

「ええ。単純に“種類”という事なら、耳郎さんの言う通りかと。ですが、実態の無い力場の様な感覚、という意味では、近しいモノがありました」

 

 出処、原因となった存在は、耳郎が言うように同一ではない。それは、おそらく間違いない。

 しかし、プロセスというべきか、フィーリングというべきか。ともかく、そういった点で二つは類似していた。

 

「無論、アレが衛宮さんが原因の現象だとは、まだ断言できません」

「・・・・・ま、いまんところ判断材料が無いからね」

 

 先の感覚が、必ずしも衛宮士郎に起因したものとは限らない。

 彼女らの知る限り、彼以外にそういった事ができそうな人物は、USJ内にいる面子の中にはいない。ただ、ヴィラン側にそんな人間が存在するか否かまでは、彼女達には判断できない。

 

・・・・・ですが、おそらく私の予想に間違いはないはず。

 

 情報は不足し、断定はできないと認めて、その上で八百万は衛宮士郎が原因と考えている。

 根拠となるものは何一つ存在せず、敢えてそういうものを挙げるとすれば、それは直感だ。

 

 論理的思考に拠らぬ、彼女らしからぬ論拠だ。おそらく、衛宮士郎に出会う前の彼であれば、一笑に付したであろう。

 だが彼女は、衛宮士郎の射という、単純な論理では説明できない感覚を体験している。

 非科学的である、という理由だけで自らの思考を狭める事はしなかった。

 

「――とにかく、私たちも下に戻りましょう。現状がどうなっているのか、把握しなければ」

「うん。先生や皆が心配だ。・・・・・それに、上鳴も何とかしないとね」

「ウェ、ウェ〜イ・・・・・」

 

 相変わらず上鳴はアホになったままだが、簡単な応答や、ゆっくりなら移動はできるようだ。最悪、ソリにでも乗っけて滑らせたらいいか、などと耳郎は考えている。

 

「とりあえず、どっかから見回せないか、確認してみよう」

 

 合流するにしても、現状がどうなっているかある程度把握していなければ、無闇に危険に飛び込む事になる。

 彼女達が飛ばされた場所は山岳エリア、その山頂。高度と見通しの良さであれば、USJの設備の中でも一、二を争うスポットだ。

 位置によっては、ドーム全体を見渡せる。

 斥候を行うには、うってつけであった。

 

「あそこからなら、下の様子が見えそうです!」

 

 崖に架かった橋を渡った先は、周囲に視界を遮る小山は無い。

 都合良く、他の場所がどうなっているか、把握出来た。

 

「え―――?」

 

――しかし、だからこそ。

 

 真っ先に身を乗り出し、断崖から全体を見渡した八百万は、他の二人より早くその光景を見る事になった。

 目が留まったのはドーム中心。

 相澤消太が――イレイザーヘッドが、ヴィラン制圧の為に飛び込んだ場所であり、いまや激戦の後を思わせる。

 大量の剣に貫かれ血を流し倒れ伏す手下達、その近くには三人のヴィランと、彼女のクラスメイトがいた。

 緑谷と蛙吹、峰田。そして、彼女が最も親しくしているクラスメイトもいて――

 

「・・・・・・・・なに、あれ」

 

 茫然と呟く声は、生気が薄く感じられた。

 声と一緒に魂まで抜け落ちてしまったような自失。

 普段の彼女であれば、絶対にならないような状態は、一つの光景によって引き起こされた。

 

「えみや、さん・・・・・?」

 

 呼んだ名前は、彼女が入学して初めて知り合ったクラスメイト。

 最初は変わった人だな、と感じたが、言葉を重ねるうち、それ以外の面も見えてきて。

 似た個性である事や、その戦い方に通ずるものと、学ぶ事もあり、議論を重ねた事もあった。

 その彼が、ドームの中心にいる。ヴィラン達の前にいる。

 

――その体が、眼も眩む赤と、鈍く光る銀色で覆われている。

 

 粘ついた赤は流れ出る命の素。硬質な銀は骨肉を断つ凶器。

 こんな遠目でも分かるくらいに――衛宮士郎は、死に体だった。

 

「ぁ・・・・・ああ、ぁああああああああ・・・・・!!!」

 

 少女の絶叫が、山頂より響く。

 悲痛で、嗚咽の混じったそれは震えて。血の気は失せ切って、元から白い肌はより蒼白に。

 目にした惨劇に彼女は、その心を欠いた。

 

 

 

 

 

 

 誰もが、その光景に声を失った。

 その身を擦り潰されそうになる衛宮士郎を救い出そうと、決死の覚悟で動いた緑谷出久や蛙吹梅雨たちも。その惨状を生み出そうとするヴィラン達も。離れた場所から、戦いの行く末を見守るしかなかったヒーロー科の面々も。

 その様子を目にしていた誰もが絶句した。

 

「――――なんだ、それ」

 

 死柄木弔が、理解の及ばぬ現象に、意図せず問いを零す。

 向けられたのは、今まさにその命を掌で転がされ、死の際にいた衛宮士郎。

 その体を拘束され、尋常ならざる怪力でトマトみたいに真っ赤に潰されそうになっていた彼はしかし、今や拘束を脱している。

 

「は―――ぁ、は――――」

 

 彼は至る所に傷を負い、右腕は骨が折れている。

 出血は全身に見られ、下手に動けば失血死しかねないほど。 

 全身血塗れで無事な所など殆どなく――それ以上に、目を離せぬ異常がある。

 

 彼の全身、至る箇所からまるで規則性もなく――無数の”刃“が生えていた。

 

「衛宮、くん・・・・・」

 

 緑谷の声は震えていた。

 彼は、加害者である脳無の次に近い距離で、その光景を見ていた。

 目の前で、クラスメイトの命が握り潰されそうになった、その直前。

 脳無の手が、内からバラバラに斬り裂かれ、同時に鮮血が零れ落ちた。

 

 彼は一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 だって、いきなりヴィランの手が四散したかと思えば、解放された衛宮士郎の体に剣のような物が突き立っていたのだ。

 ヴィランのものかと思われた血の全ては、彼から流れ出していたものだった。

 

 その現象がヴィランによるものとは思えなかった。

 衛宮士郎を圧死させると言っておいて、わざわざ刺殺に切り替える意味も無ければ、この場にそんな攻撃の出来るものはいない。

 何より、如何に再生するとはいえ、味方を傷つけてまで実行する理由がない。

 だからそれは、外部の干渉によって起こった現象ではなく――傷を負った本人に起因するものだった。

 

・・・・・体の中から、刃が・・・・・。

 

 生えている、と。

 緑谷がそう結論づけるのに、時間はかからなかった。

 衛宮士郎に突き立っている刃の全て、その切っ先を外に向けている。外敵が彼に対して行った攻撃なら、その矛先は内側に無くてはならない。

 それが外側に伸びているのなら、出処は必然、衛宮士郎の体内からという事になる。

 問題は、何でそんな現象が起きているのかという事だ。

 

・・・・・衛宮くんの個性は、創造系のはずじゃ・・・・・。

 

 彼の知る限り、衛宮士郎に体内から刃を生やす能力は無い。

 彼が偽っていたとすればそれは当てはまらないが、現に士郎は無数の刀剣などを生み出していた。

 それは間違いなく、彼の個性が齎していた結果の筈だ。

 こんな風に、体の中から刃を生み出すなんて事は――

 

・・・・・まさか、“あの話”は、この事だったのか・・・・・?

 

 入学初日、彼が衛宮士郎から聞いた、個性制御の話。

 当時、彼が語ったそれは、自らの個性を御する為に、命を賭けて臨まねばならないというものだった。

 それを聞いた緑谷は、その自殺まがいの苦行に驚きはしたものの深くは追求せず、ただそんな事を繰り返してきた、衛宮士郎の精神の頑強さに尊敬の念を抱いただけだった。

 だが、かつて彼が語った話の意味が、目の前にある光景を意味するなら。

 彼に向ける念は敬意を通り越し、戦慄になる。

 

・・・・・衛宮くんは、こんなのを訓練として何度も繰り返してきたのか・・・・・?

 

 出現した無数の刃は、彼自身から生まれながら、彼そのものを傷つけている。

 いったいどういう原理か、生えている刃はまるで生きているかのように蠢き、一本で幾つもの傷を作っていた。

 もとから重体だった体が、より丹念に傷つけられていく。

 

 それは衛宮士郎にとって、生きて味わう地獄だ。

 今も意識は落ちず、感覚はむしろ冴えている。

 そんな状態で体の中から切り刻まれるのは、自死を乞いかねないほどの責め苦だろう。

 およそ、人間には受け入れられない苦痛。

 

 それを、ただ苦しげに息を吐くだけで――悲鳴を上げることも、苦痛に呻くことさえない。

 普通なら、ありえない事だ。

 生きながらに、体の内から自らの命がすり減らされていくのを、恐怖せず耐えられる人間など、どこにいるというのか。

 これだけの忍耐はもはや、人間という生物の範疇を逸脱している。

 そもそも、痛みだけでショック死しかねない辛苦なのだ。それを受け続け立っていられるなど、異常と言う他ない。

 いや、それ以前に。

 

・・・・・何で、こんな“暴走”が起きてるんだ・・・・・。

 

 衛宮士郎は言っていた。個性の制御は習得した。二度と死にかける事は無いと。

 事実、今日という日まで、彼は自らの個性を完全に使いこなしていた。刃が生まれるどころか、自傷を負った事すらない。

 緑谷とは違う。

 彼は長い時間をかけて、その手綱を握った筈なのだ。

 

 だから、彼が制御に失敗して、この状態に陥る事はありえなくて――

 

・・・・・まさか、わざとなの・・・・・?

 

 真実、彼が自らの個性を過たず扱い切れているのなら。

 目の前の現象が、彼の落ち度でないというのなら。

 この状況は、彼が招いた、彼の意思に他ならない。

 

――何の為に。

 

 決まっている。戦うためだ。

 拘束から脱するだけなら、あそこまで自分を壊す必要はない。 

 彼はまだ、数度の投影を残している。脳無の腕から逃れたいなら、そのなけなしの余力を使えばいい。

 

 その上で、自らを刃に侵したのは、それが現状、戦うのに最も適しているからだ。

 もう、彼の体は碌に動かない。正確に剣を振う事も、弓を引く事も難しい。

 だから、全身に刃を生やして、肉体そのものを武装した。これであれば、投影に力を使う事も、剣を振るう事も必要ない。

 ただ、命という燃料を搾り出し、勢い任せに少しでも腕を振り回せれば、それが武器になる。

 折れた右腕など、揺れて邪魔だからか、肘あたりから指先まで、串を通すように生えた剣で固定されている。

 

――何故、そうまでして戦うのか。

 

 判りきっている。

 護る為だ。

 今この場にいる人間と、立ち去ろうとするヴィランが、未来で傷つけようとする誰か。

 その全てを、迫る悪意から守りきるために、今ここでヴィランを打ち果たそうとしている。

 ただその想いだけで、命ごと蝕む苦しみを、無理矢理に噛み砕いているのだ。

 

 息も絶え絶えで、一秒先には命を落としかねないほど。それでも倒れる事なく、敵を強く睨む。

 その在り様。

 真実、ヒーローと言われるべき姿を、緑谷出久は震えて見る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「は――ぁ、は――――」

 

 息が苦しい。

 全身に酸素が足らなくて、空気を吸い込もうとする度に痛みが走る。あんまり苦しくって、この喉を潰したくなる。

 体を侵す刃は、俺がどんなに押さえつけようとしても、完全には制御できず、どれも遠慮なく見境なしに骨と内臓を刻んでいく。

 今も生き永らえているのは、少しでも刃を制御して、辛うじて致命傷を避けているから。

 かつて何度も経験した苦痛は、未だに慣れる事はない。少しでも気を抜けば、痛みに心が壊されそうだ。

 情けなく涙を流し、失禁しそうになるのを、奥歯を噛み締めてギリギリで堪える。この状況で、余計な水分の消費はできない。

 ほとんど崖に落ちる手前で、なんとか爪を突き立てている様な状態。

 

 ・・・・・それも、長くは保たない。

 とっくに死体同然の体。動ける時間は限られてる。

 おまけに、いつ刃がこの命を散らすか分かったもんじゃない。

 数秒後には、不細工な針山になっていてもおかしくはないんだから。

 だからいっそのこと、ここでオワッテしまえば、それはどんなに楽な事か――

 

・・・・・ふざけてんじゃねえぞ。

 

 弱音を吐く心に、体に刃を食い込ませる痛みで喝を入れる。

 何が、死ねば楽になるだ。

 そんなのは、ただの苦しみからの逃避に過ぎない。

 そんな無様を晒すために、こんな馬鹿な真似をしたわけじゃない。

 

 戦わなければならない。守らなければならない。

 目の前の悪意から、皆と、顔も知らない誰かが傷つけられるのを防がなくてはならない。

 その為に鍛えて、そう在れる様に雄英に来て、その為だけに、今日まで生きてきた。

 誰に強制されたでも、何に強いられたのでもなく。自分の意思で、ここまで来たんだ。

 

・・・・・なら、最後まで戦い抜け。

 

 無様でもいい。報酬も不要。人に石を投げられても構わない。

 どんなにみっともなく恥を晒したとしても、自ら決めた道なら最後まで貫け。

 己にだけは、絶対に負けるな。

 

・・・・・やれる筈だ。

 

 死に体のまま、刃に全身を貫かれて。

 それでも、こいつらと戦えるはずだ。

 打倒できずとも、捉える事や、ここに留まらせる事は出来る筈だ。

 

――それは一度、成し遂げているはずだ。

 

 記憶は無い。

 そういう事をしたのだという、自覚は無い。

 ただ人伝に聞いて、そんな過去があったのだと教えられただけ。

 情報が残っているだけで、俺自身はこれっぽっちも経験を覚えていない。

 それでも、俺は確かにやってのけたのだ。

 

・・・・・お前(オレ)は、(オマエ)だろう。

 

 たとえ記憶が無くても、俺が何一つ覚えていないのだとしても。

 かつての自分が、そういう行動に出たのなら。

 この肉体と心と意志は、同じモノの筈だ。

 

・・・・・だったら少しは、言うこと聞きやがれ――!!

 

 刃で鎧った体で一歩踏み出し、心中の咆哮を言葉に代えて。

 

「――体は■で出来ている」

  

――最後に唱えた韻は、果たして何を意味していたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォ、という風の音。

 破滅を齎す悪は、誰もが吹き飛ばされていた。

 だが、それを為したのは緑谷出久でも、蛙吹梅雨や峰田実でも、ましてや衛宮士郎でもない。

 敵の意識にすら捉われず、その肉体を“殴り飛ばせる“人間など、たった一人しかいない。

 

「――もう大丈夫」

 

 その言葉を、誰もが知っている。日本はおろか、世界中の人間が、”彼“を知っている。

 あらゆる危機に現れて、どんな困難でも薙ぎ倒す男。

 彼が告げるその言葉こそ、人々を安心させる希望の証。

 その顔に、普段とはまるで違う”怒り“の表情を見せ。

 

「――私が来た!!!」

 

 数多の命を守り救いあげてきた平和の象徴、オールマイト。

 瞬く間にヴィランを殴り飛ばし、生徒の安全を確保した彼は、そう力強く宣言する。

 

――ここに、絶対にして不屈の、真なる英雄<ヒーロー>が登場した。

 

 




 どうも、fgoで新年早々、アルターエゴ・ラスプーチン・・・・・の皮を被った99%言峰を召喚したなんでさです。

 7章で出てきたからありえるかな、とは期待してましたが、まあ想像通りというか、想像以上に依代まんまでした。
 アナスタシアでラスプーチン成分抜けてたのは知ってましたが、よりによって本人の意識ほぼ残しで、おまけにアジダハーカというアンリマユ関係の神霊まで入ってて、もうこの世全ての悪絶好調で笑うしかない。

 個人的には、この依代配分は村正の時に持ってきて欲しかった、と少々残念に思うと同時、こっちの願望を別の形で叶えて実現してる感があって、実に言峰っぽい嫌がらせみたいで面白くもあります。

 さて、本作もいよいよUSJ編に突入し、本格的に衛宮士郎の戦いが始まりました。
 交戦開始から既にかなりとばしてるというか、フルスロットル気味ですが、まあ山場としてはここが第一関門というか、こっから先、USJ以上にキツい戦いって、オバホさんとこまで無いのですよね。
 なので、やり過ぎかな、とは思いつつ、調子に乗って相当ぶっ飛ばしております。

 次回ではおそらく、USJでの決着もつくので、そちらもお楽しみにしていただければ。
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