尽きぬ憧憬   作:なんでさ

13 / 19
 前回投稿より二ヶ月近く。皆様はこの頃いかがお過ごしでしょうか。
 季節も夏真っ盛りということで、海水浴やキャンプなどの行楽にお出かけの方もいらっしゃるかもしれません。
 かくいう作者は、ほぼほぼゲームや動画視聴だけが娯楽となっております。ちょうど、fgoも夏イベとしてサバフェス2が開催されており、いつもの水着ガチャに胸踊りますが・・・・・いやぁ、毎度のことながらキツイです。
 周年石合わせてそれなりに引いてますが、星5は当然、星4もなかなかお呼び出来ない。現状、クロと鈴鹿、メリュ子の召喚に成功しましたが、バサトリア及び他妖精騎士はお越し頂けていないです。
 あらかじめ決めている課金限度額にはおよそ到達してるため、残る三騎――バサトリアと水着バゲさえ呼べれば満足なので、実質二騎は最終日9月1日の縁に賭けます。


友になる

 

「――しかしまぁ、とんでもない回復力よね、実際」

「何ですか、藪から棒に」

 

 ブレザーの袖に腕を通しながら、唐突な声に応じる。脈絡も無く投げられたパスは、呆れの色が滲んでいた。

 

「そりゃぁね、リカバリーガールも来てくれてはいたし、その手の“個性”と相性がいいとは聞いてたけどさ――」

 

 ネクタイを締め、歪んでたりしないか窓を見て確認・・・・・うん、身だしなみに乱れはない。

 この二週間と同じ、馴染みきらず制服に着られている自分の姿だ。

 

「あの怪我からたったの二日で登校っていうのは――流石にビックリだわ」

「それこそ、体の慣れですよ」

 

 着替えが整ったところで背後を振り返り、豊かな黒髪を一纏めにしたスーツ姿のミッドナイトと視線を合わせる。

 普段から目にする戦闘装束(コスチューム)とは違った出で立ちというなら、昨日のラフな私服姿も新鮮ではあったが、こっちはこっちで違った見え方というか、会社に一人はいそうなマドンナ的存在みたいだ。

 これが彼女の出勤スタイルで、あの過激でありながら露出は少ない(むしろそれがいかがわしさを増しているが)装束はヒーロー活動時と学校内で着用してるんだろう。俺としては変に目のやり場を気にしなくて済むんで、こういった格好をしてくれる方がありがたい。

 

「慣れって言うけど、風邪やらただの骨折じゃないし、免疫みたいな耐性が付くわけでもないでしょう?」

「まあ確かに、分かりやすくそういうのが出来てるって話ではないですね。ただ、何度も何度も同じこと繰り返してるうちに、体の方が死なないように変わっていったっていうか――要するに、ただの体力勝負です」

 

 そういうものなんだ、と漏らすミッドナイトに、そういうものです、とそっくり返す。

 実際、そのお陰でスクラップ一歩手前から二日間の養生と治癒だけで支障なく登校できるようになってる。怪我の功名というには過去の経験は恣意的なものだったが、ともあれ結果オーライというヤツだ。

 

「でも、本当に良かったの? あれだけの傷だったんだから、もう少し休んでもバチは当たらないわよ」

「むしろ、さっさと動かないと鈍りそうなんで。それに俺は非才の身ですから、遅れは作りたくないんです」

 

 さらなる休暇の申し出は、やんわりとお断りする。

 病院生活なんて育ち盛りの男児からすれば退屈極まる環境だし、四六時中寝っ転がっていてはすぐに体が脆くなる。せっかく正義の味方への一歩を踏み出せたのに、出だしから弱体化なんてしてたらいつまで経っても理想には届かない。

 

「入学したてなんだし、たったの数日でそう大きく取り残されることなんてないと思うけど・・・・・」

「まさか。うちのクラスメイトがどれだけ凄い連中かはこの二週間でよく知ってます。油断してたらすぐに追いつけなくなりますよ」

 

 学業は大して振るわないし、持って生まれた能力っていうなら俺なんか足元にも及ばない連中が何人もいる。彼らに勝れるものなんてごく僅かで、せいぜいがこれまで培ってきた戦闘技術ぐらいのもんだろう。

 胡座をかいてどっしり構えてられるのは、才能も努力も揃えた一握りの一流だけだ。そんな振る舞いが出来るほど、俺は超人染みてない。

 

「それより、こっちこそ無理を言ってすみません。朝イチで退院させてもらった上に、わざわざ車まで・・・・・」

「そんなの気にしないで。元々、あなたが怪我をしたのだって学園側(こっち)の責任だし、もっと学びたいっていう生徒の願いに応えるのは私達教師の役割だもの」

 

 綺麗に笑って、そう言ってくれるミッドナイトには頭が上がらない。

 本来ならもう二、三日は入院して、登校は来週からにした方がいいという提案を、俺の我が儘で二日間の短期入院で済ませてもらったのだ。医者には大分渋い顔されたし、昨日お見舞いに来て頂いた校長はじめ先生方にも説得された。

 それでも、もう体は大丈夫だから、とご納得してもらって、当日はミッドナイトに送ってもらう事と、登校後すぐにリカバリーガールの所に行くことを条件に許して貰えた。その時、ミッドナイトも幾らか援護してくれたのも助かった。

 ここまで良くしてもらって、申し訳ない事この上ない。

 

「――と。あんまりゆっくりしてると始業に間に合わないわね。支度できたなら、そろそろ行きましょうか」

「はい」

 

 鞄を持って、ミッドナイトと共にこの二日間世話になった病室を後にする。

 出た先の廊下では既に何人かの看護師や医師が忙しなく行ったり来たりしてて、毎度の事ながら彼らの多忙さには同情を禁じ得ない。薬より養生なんて言葉があるくらい、日々の摂生は重要なのだ。彼らを忙しくさせた者の一人として、せめて医者の不養生にはならない様に祈る。

 

 ロビーまで来ると、流石に閑散としていた。この時間の受付あたりの仕事は入院患者相手のそれより忙しなくないってのもあるけど、何より受付が始まらなければ診察希望者もいないわけで。日頃人の行き来が絶えない場所でこう物静かだと、妙に落ち着かなくなる。

 

「車回してくるから、しばらく待ってて」

 

 広々とした空間をなんとなしに見渡す俺を置いて、ミッドナイトは地下へと繋がるエレベーターに乗り込んだ。車は地下駐車場に停めてるらしい。

 退院手続きやらは既に済ませてくれているらしく、待っている間は必然的に何もすることが無くなる。とはいえ待ってる間、ぽけーっと突っ立てるのもアレだから出入り口近くのベンチに座って待っているとしよう。

 

 腰を下ろした時、合皮製特有の軋んだ音がいやに耳に付いた。椅子は見たところそう古いものでもなく、生地に罅やら亀裂やらも入っていない・・・・・が、その分シートに張りがあって、それが却って雑音を生んでいる。人の少ないこの空間では余計にそれを大きく感じた。

 

 ・・・・・そういや冷蔵庫の中身に賞味期限ギリギリのやつがあったな。

 

 隣のスペースに鞄を置いたところでこの二日間の入院による悪影響を今更ながらに思い出し、戦闘によるダメージとは関係なく頭が痛くなる。

 施設暮らしの以前までならたとえ数日留守にしようと支障はなかったけど、今は一人暮らしなのだ。不慮の事故に際して代わりに家事その他をやってくれる人などいない。手抜かりの負債は全て、自分で責任を負うのだ。

 

 ・・・・・それなりに上手くやれてるつもりだったけど、こんなところでボロが出るかぁ・・・・・・・・

 

 思わぬ発見だな、などと半ば現実逃避気味に乾き笑い。

 消費期限ではないから期限が来ても問題無く食べられはするが、変にアタってからでは手遅れだし、食材は新鮮なうちに頂くに限る。これからしばらくは“在庫処理”に勤しむことになるだろう。

 無理矢理品数増やして、弁当も普段の二割増で。クラスメイトにお裾分けさせてもらいたいところだが、流石に味が落ち始めてる物を勧めるのは気が引ける。諦めて一人で食い切るしかない。

 

「・・・・・お」

 

 今後の献立に頭を悩ませてる間に、一台のセダンが玄関前で停車しようとしていた。ドアウィンドウ越しにミッドナイトの姿が見えたし、あれが送迎車らしい。

 一々エンジンを再始動させるような手間は取らせない。荷物を持ってさっさと玄関を出る。

 駐車中の車に近づき二度、軽く窓をノック。音に気づいたミッドナイトがそのまま一時停止して、ドアロックが外された。

 

「お待たせ。さ、早く乗って」

「失礼します」

 

 一言断りを入れてから助手席に座り、シートベルトを閉める。鞄は汚れないように膝に乗せた。

 

「ベルトはちゃんと閉めた? じゃあ出すわよ」

 

 そう言ってミッドナイトはウィンカーを下ろし、しっかりと前方後方をチェックした後、緩やかに車を発進させる。流石に公務員というべきか、プロヒーローというべきか。危険性皆無の、ドライバーの鑑の様な運転だ。道に出てからも法定速度厳守で、危険運転なんて言葉からは程遠い。普段の攻め攻めな雰囲気からして、こういうのも刺激強めだったりするのかと少し恐々としてたけど、杞憂だったか。

 

 

 窓の外に視線をやると、街はとっくに活動を始めていて車道は多種多様な車で埋まっている。人の往来も活発で、中には同じ学生服を身に着けた奴も見えた。

 半ば強制されたとはいえ、同じ学生の身分で教師直々の迎えを受けている現状、彼らに対し少しばかり罪悪感を感じる。

 

「あ、そうそう。朝ごはんにおにぎり買ってるから、着く前に食べときなさい」

 

 赤信号で停車中、ミッドナイトからガサリ、とビニール袋を渡される。言われた通り、中身はコンビニでよく見るおにぎり二つとペットボトルのお茶が入っていた。具は鮭と梅干しという、日本人の心とも言うべき黄金の組み合わせだ。

 出立した時間が早かったのもあって、病院ではまだ朝食が提供されてなかった。途中で降ろしてもらって適当に買おうと思っていたんだが、まさか用意してもらってるとは。正直空きっ腹が結構辛かったんで大変ありがたい。

 

「ありがとうございます。お代は払いますから、後でレシート貰えますか」

「そんなに高いものでもないし、良いわよこのくらい」

「いや、でも・・・・・」 

「あなたいま、こっちで一人暮らしでしょ? そんなに余裕ある訳でもないだろうし、甘えられる時は甘えときなさい」

 

 中々、痛い所を突かれた。確かに、たったのおにぎり二つとボトル飲料一本はいえ、コンビニで買えば合わせて四、五百円はする。決して厚くはない財布の中身を思えば、普段はこんなもの買わない。しかも今は家にある食材もいくらか期限間際で、近々冷蔵庫の中身が寂しくなるのは確定だ。

 情けない話だけど、出来れば出費は抑えたいというのが嘘偽りない心境。

 

 ・・・・・仕方ない。

 

「・・・・・すみません。今回はお言葉に甘えさせてもらいます」

「ええ。遠慮しないで」

 

 こればっかりはどうしようもないと諦めて握り飯の包みを開いて中身を頬張る。 

 とはいえ、好意に甘えたまま終わる気は無い。後日、何らかの返礼はするつもりだ。

 

 ・・・・・焼き菓子・・・・・クッキーならまずハズレはないか。

 

 女性への贈り物に何が最適かなんて分からないし、あまり大袈裟なものを贈るのも違うだろう。となればちょっとした菓子あたりがやっぱり妥当か。菓子作りなら施設にいた時から下の子達のためにしょっちゅう作ってたから、そこらの既製品には負けないつもりだ。

 

 ・・・・・そうと決まれば、帰りに早速材料を買いに行くか。

 

 余計に財布が薄くなるが、こっちは生活どうこうの話とは関係なくやる事だし、この二日間付き添ってもらった恩もある。

 

 ・・・・・まあ、付き添いに関しては感謝4、羞恥心6位の割合なんだが。

 

 とかく、色々と良くしてもらったお礼はしないといけないので、出費の事は考えない。

 今は体が資本だからと食事にはそれなりの予算を充ててるが、生きてくだけならそう大層なものはいらないから、その分をお返しに回すとしよう。

 

 そんな事を考えてるうちにおにぎり二つは胃の中に消えていって、車も学園に到着するところだった。

 

「士郎くん。裏手に停めるから、そこから保健室に行ってくれる?」

「分かりました」

 

 正面なんぞに停めたら、登校してる全生徒の注目の的だ。入学したての一年坊と女教師が同じ車で登校なんて、よく考えなくても悪い噂の種になるのは免れない。

 いらぬ騒ぎを起こさぬよう、教師としては当然の配慮ということだろう。

 エンジンが停止したのを確認してシートベルトを外す。

 

「ミッドナイト、送ってもらってありがとうございました」

「どういたしまして。始業までは時間あるから、ちゃんとリカバリーガールのところに行くのよ」

「分かってますよ。――それじゃ、また授業で」

「ええ」  

 

 挨拶をしてから下車し、駐車場に向かってくミッドナイトを見送ってから、こっちも保健室へと足を向ける。少し校舎から離れた場所だから、ちょうどいい腹ごなしにもなるだろう。

 まだ本調子でもないことだし、せいぜい遅れない程度にのんびり行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 敷地外訓練施設でのヴィラン襲撃を受けて、雄英では一日の臨時休校が挟まれた。事の重大さに加え、事件に巻き込まれた生徒達の心的状況も考慮しての措置である。

 

 プロヒーロー育成機関、それも日本トップクラスの雄英が保有する訓練施設への侵入、近年稀に見る組織的犯行、オールマイトの殺害という犯行目的、教員達に重傷者が出た事など。前代未聞の事件はその日の内に各メディアで報道され、既にこの一件は日本全国に知れ渡っていた。

 襲撃から二日経った現在、マスコミ各位は早朝から、事件について生徒達に直接取材しようと雄英正面玄関で張り込んでいる。先日、オールマイトへの取材を狙っていた時もかくやという有様だ。付き纏われる生徒からすればたまったものではないだろう。

 

 一方、事件の渦中にいた1-A生徒達は各々が心の整理を済ませ、一応の落ち着きを取り戻している。臨時休校後も、欠席している者はいなかった。

 

「取材陣、朝っぱらからスゲー人数だったな。この前と同じくらいいたんじゃね?」

「もしかしたらそれ以上かもな。事件が事件なだけに、どこもいち早く取材しよって躍起になってるんだろ」

「アタシなんか玄関潜るまでにめっちゃもみくちゃにされたー」

「テレビでも大々的に取り上げてたし、注目度は凄いよね」 

 

 生徒達の話題のタネは専ら、ヴィラン襲撃による世間の反応具合であり、それについての雑談が大半を占めている。非日常後の煽りを受けた彼らではあるが、そこに不満や憂鬱さを見せる者はいない。流石はヒーローの卵達と言うべきか、大変な事件を経験した後でも彼らの気力は十分に見えた。――ただ、見る者が見れば、その空気に翳りが含まれている事に気付いただろう。

 

「・・・・・ねえ切島。衛宮、無事なんだよね・・・・・?」

 

 瞬間、教室から話し声が消えた。水面に落とされた礫に反応して魚が一斉に散っていく様に、室内はシン、と静まり返る。

 告げたのは耳郎響香だ。重苦しく、微かに震えを帯びた声だった。その様子が、問うた内容を知りたくも聞きたくないという二律背反から来るものであるのは皆が分かっていた。

 それはある意味で1-A生徒大多数の疑問であり、同じく彼らが避けていた話題でもあるからだ。

 

 先の一件で、生徒側から出た唯一の重傷者。ヴィランによって痛め付けられ、体内から無数の刃に刺し貫かれて、尚も戦い続けた彼らのクラスメイト。

 病院に運ばれた衛宮士郎の安否を、彼らは知らされずにいた。

 

「・・・・・正直、俺も分かんねぇ。でも、先生と病院に運んだ時には、少なくとも息はあった」

「そっか・・・・・」

 

 返答は期待したものではなかった。最悪ではないが、かと言って良好なものでもない。むしろ、一歩手前といったところだろう。

 彼らからすれば、当時の衛宮士郎にとって死は不可避のものに思えた。よしんば生き残ったとしても、二度とまともな生活には戻れないだろうとも。

 その事を知ってしまう事を恐れて、今まで誰一人として彼について触れることが出来ずにいた。

 

「そういう話は多分、八百万の方が詳しいんじゃないか」

「いや、それは・・・・・・・」

 

 切島の言葉に、しかし耳郎は戸惑いを見せた。

 無理もない。衛宮士郎の凄惨な姿に最も取り乱したのは、その八百万なのだから。

 黒霧という、ワープの個性を持つヴィランによって生徒がちりぢりにされた時、彼女らは同じエリアに飛ばされた。だから、傷付いた衛宮士郎に八百万がどれほどのショックを受けていたか、耳郎はその両目で見ている。

 当人にこの話を振って、精神的な傷をぶり返させたくなかったが為に、彼女は切島に問いかけたのだ。

 

「・・・・・私が車内で簡易的な処置をしていた段階で、刃の発生は収まりつつありました。ミッドナイト先生のお話からしても、一命は取り留めるかと」

 

 耳郎の心配を他所に、水を向けられた八百万は存外にハッキリと応答した。

 その表情や声が暗いものである事は一目瞭然であったが、想像していた程、深刻に追い込まれてはいないようだ。それは、生還は間違いないと、そう確信しているからか。

 

「・・・・・ただ、あれだけの傷ですと、体のどこかに障害が残る可能性は否めません」

「そんな・・・・・」

 

 もっともそれは、最低限命だけは保証されているということでしかない。

 ミッドナイトをして、先日の衛宮士郎の様子は未知のものであり、詳しい事情を話せずとも今後どうなるかは断定できないと、彼女は八百万に教えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 これ以上、何かを聞こうとする者はいなかった。耳郎も、彼女らの会話を静かに聞いていた面々も、更なる悪い知らせを耳にしようとは思えなかったのだ。

 

「・・・・・・・・?」

 

 その時、クラスの何人かが廊下からの足音を捉えた。ゆっくりとした足取りだ。どうやらこちらに向かってきているようだが、既にA組は重傷人の一命を除き、全員が登校済み。教員が来るにしてもまだ早い。となれば隣のクラスの人間か。

 そう考えているうちに足音は教室の前まで来て音は止み、扉は一秒とせずガララ、と開けられ――

 

「おはよ」

「――――は?」

 

 入室した人物を見た瞬間、誰かが間の抜けた声を漏らした。言葉と言うには余りに短く、簡潔に過ぎる一語。それは、当人の動揺具合を明示していた。そして、声にこそ出さなかったものの、恐らくは室内のほとんどの生徒は同じ心境にいただろう。

 誰も彼も、己の眼を信じられないでいる。白昼夢でも見ているのか、それとも幻覚にでも陥ったか。そう思ってしまうほど目の前の光景はあり得るはずがない。

 

「ど、どうしたんだよ、みんなしてじっと見て・・・・・・・・俺の顔に何か付いてるか?」

 

 されど、発された声が、ここは紛れもなく(うつつ)だと告げている。

 その赤銅色の髪も、琥珀色の瞳も、歳の割に幼なげな顔も、彼らが目にした通りのものであり、故に――

 

「え、え・・・・・・・・」

「え?」

「「「衛宮ぁぁぁぁ――――ッッ!!?」」」

「うおっ!?」

 

 内臓ごと口から飛ばしてそうな絶叫が、およそクラス全員の口から飛び出した。

 何人もの生徒が立ち上がって彼に詰め寄り、教室といわず廊下を突き抜けフロア全体を揺さぶるような大合唱。後に隣のB組から苦情がよこされる程の凄まじい声量であった。

 対して、そんな爆豪の爆発音も真っ青な叫び声の原因といえば、何故こんなクラス一丸となって、腹の底から力込めてさらには喉潰しそうな声量で自身の名を呼んだのか、何でクラスメイトが自身に詰め寄ってきているのか、これっぽっちも理解できず半歩後退って慄いていた。

 

 ――そう。病院で絶対安生で日常生活すら危ぶまれると思われていた人物が――衛宮士郎が、何事もなかったかの様に五体満足で彼らの前に立っている。

 

「何なんだ、人の顔見るなりいきなり叫んで。みんなしてなんか変だぞ」

「い、い、い、いや、お、おま・・・・・」

「呂律回ってないじゃないか上鳴。・・・・・・まさか、朝っぱらから一杯引っ掛けてきたなんて言うんじゃないだろうな」

「するかそんなこと!未成年だぞ! ・・・・・って、そうじゃなくて、何でいるんだよお前!?」

「平日の朝なんだから、登校して来たに決まってるだろ・・・・・」

 

 テンパった上鳴と士郎とが話すが、会話が全く噛み合ってない。相手の疑問に、何を当たり前のことを、と呆れているのが見て取れた。

 クラスメイトの心境など露と知らず、一体全体何をそんなに慌てふためいているのかと、この推定重傷人は首を傾げている始末。

 見兼ねた者達が、このままでは埒が明かぬと――というか単純に堪えきれず、次々に口を開き始める。

 

「そうじゃなくて、怪我はどうしたって言ってるんだよ!」

「体は!? トゲトゲはもう大丈夫なの!?」

「こんな普通に外出歩いて良いのか!?」

 

 砂藤、葉隠、瀬呂の順で質問がぶつけられる。

 上鳴より幾分冷静さを残す彼らの問いは、ほぼクラス全員の総意であった。

 

「どうしたって言われても、見ての通りとしか言えないんだが・・・・・ほんとにどうしたんだよ」

 

 必死の形相で、それこそ肩でも揺さぶってきそうな勢いのクラスメイトが明瞭な言葉で問いかけているのに、それでも士郎は彼らがこうも混乱している理由が分かっていなかった。

 その、あまりにも平時と変わらない様子に、士郎がとぼけているでもふざけているでもなく、本気で頭を捻っているのだと彼らは理解し――

 

「どうしたもこうしたも、みんなお前のこと心配してたに決まってんだろ――っ!!」

「え・・・・・?」

 

――もはや黙ってられぬと、切島がその答えを叩き付けた。

 

 これ以上ないくらいハッキリと。他の解釈の余地など欠片も残さない。

 彼ら彼女らの正真正銘の本音<メッセージ>。

 ただ相手の無事を願い再会を望む、どこまでも純粋な想いである。

 

「えっと・・・・・そう、なのか・・・・・?」

 

 こうまで言われ、士郎は初めてクラスメイトがこれほど慌ただしくしている理由を把握する。彼らの言葉を反芻し、表情には困惑が浮かぶが、数秒後には至極真剣な眼をしてクラスメイトに向き直った。

 

「その・・・・・色々と迷惑かけて、悪かった」

 

 己の失態で、彼らに要らぬ心労をかけていたと理解した士郎は、自身を囲むクラスメイトに向け、深々と頭を下げる。

 

「いやいやいや! 何でおまえが謝ってんだよ!? 別に何も悪いことしてねーから!」

 

 よもや謝罪されるなどとは夢にも思わなかったのか、皆慌てて頭を上げさせようとする。

 しかし、自身に非があると思った士郎はその体勢を崩さない。こうなった時、彼を動かすのは骨だった。

 どうしたものかと、皆が皆、互いに困った様に顔を見合わせる。

 

「――衛宮さん」

 

 皆があたふたとする中、士郎が登校してからしばし呆然としていた八百万が、力無い足取りで士郎を囲む輪にやって来ていた。

 彼の名を呼びかける語り口は静かなものだ。

 生徒達も、二日前に八百万の取った行動をおおよそ知っていたため、一歩引いて彼女に場所を譲った。

 

「・・・・・八百万」

 

 士郎もまた、今度こそ顔を上げて自らの名を呼ぶ少女を見据える。

 目に見える範囲で、彼女の体に傷らしい傷が見受けられない事に彼は安堵したが、直後に彼女の様子が妙である事に気づいた。

 彼の記憶の中で、八百万百という少女は常に凛としていて、培った知恵に見合った聡明さを持ち、自らの研鑽を誇れる人物だ。故に、彼女の顔はいつも自信に満ちており、どんな時でも堂々としていた。

 ・・・・・その揺るぎなさが、今この瞬間には影すら見えない。

 眉尻は下がっていて、目に力は無い。綺麗で色白の肌は幾らか荒れているように見え、目元には普段存在しない隈が微かに浮かんでいる。よく眠れていないのは明白だった。

 その原因が何なのか、理由は解らずとも認識している。

 

「俺が意識を失った後も色々と世話になったって聞いたよ。俺の独りよがりででおまえに傷を負わせた上に、後始末にまで付き合わせちまった。本当に――」

 

 すまなかった、と。

 改めて彼女に詫びるために、士郎は頭を下げようとして――

 

「・・・・・衛宮さん・・・・・・お身体は、もう大丈夫なのですね・・・・・・?」

「・・・・・え? あ、ああ。もう大丈夫だ。ほとんど快復してる」

 

 彼の動きは、八百万の言葉によって遮られた。

 声に力は込もっていなかったが、質問に対する答え以外は聞きたくはないと、そんな気配があった。だから、士郎もまずは素直に答えた。

 

「・・・・・・本当に? 決して、嘘ではありませんわよね・・・・・・?」

「嘘じゃないって。ほら、見た目通りどこも悪い所はない」 

 

 両手を広げて、傷は治った、と士郎は示す。

 そんな事をしても制服の下にある肉体がどうなっているのか判別できはしないが、少なくともマトモに立って歩いて、人と会話する事は出来ている。折れて不恰好に揺れていた腕も、機能は回復済み。自身の回復具合を示すには、こうするだけで十分だと彼は判断した。

 

「・・・・・・・・・・」

「や、八百万さん・・・・・・?」

 

 ・・・・・ただ、それだけでは不足だと思ったのか、八百万は実際に士郎の体に触れて本当に傷は無いのか無言で確認し始めた。

 唐突な接触に士郎は驚いて身を引こうとしたが、存外に強い力で掴まれ離脱は叶わなかった。いや、逃れようと思えば逃れられるのだが、こうしっかりと力が込められていると振り払うにも手荒になってしまう。それで誤って八百万に傷など負わせられない。

 

「・・・・・・・っ」

 

 そんな理由があるから、士郎は下手に暴れる事もできず、同年代の女生徒に体を触られる羞恥に顔を赤くしながら、大人しく彼女の“触診”が終わるのを待つしかなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・本当に、治ったのですね」

 

 およそ十秒ほどの時間をかけて、八百万は診察を終えた。

 士郎から離れ、彼の言葉が真実であると理解した彼女は一つ息をつき、

 

 

 

――糸が切れた様に、その場に頽れた。

 

 

 

「八百万っ!?」

 

 本当に突然だった。

 活力があったとは言えずとも、直前までは何らの異常も無く立っていた筈だった。

 その彼女は今、地べたにペタン、とへたり込んでいる。俯き気味の表情がどんなものかは、上からではよく見えない。

 

「おいどうした!どこか痛むのか!? それともこの前の傷が開いたか!?」

 

 ほとんど間髪入れず、士郎は八百万のそばへ寄り、膝をついて彼女の様子を見る。

 服の上からでは外傷の有無は判断できず、見える範囲の素肌にも傷らしい傷は無い。加えて、古傷が開いたにしろ別の何かにしろ、それなら血が滲んでいるべきだ。それが見当たらないという事は、外傷ではない。

 体表に何も無いというのなら、内側での問題か。はたまた面倒な病の類か。

 ともかく、士郎は彼女の容体を確かめる為、その身に触れ“解析”しようと手を伸ばし――

 

「・・・・・・・・・・た」

「すまん八百万、良く聞こえなかった、もっかい言ってくれ!」

 

 微かに聞こえた声に、“個性”の行使を中断する。

 か細く発言内容は不明瞭だったが、異変の原因を示すものだったのかもしれない。

 基本的に、彼が扱う“解析”は人体をはじめとした生物とは相性が悪く、他の物体に行うそれに比べて、さらなる時間を要する。無闇矢鱈と調べる事には向かず、一定の方向性を定めて精査する方が効率が良い。

 これが急を要する様な不調であれば、余計な時間はかけていられない。

 そのため、八百万の言葉を士郎は待った。

 

――ただ。これから彼女が告げるだろう言葉を、士郎以外の生徒は、何となく判っていた。

 

「・・・・・・・・・・った。本当に・・・・・・・無事で、良かった・・・・・・」

「え、と・・・・・八百、万・・・・・・・?」

 

 聞こえた。今度こそ、ハッキリとその声を捉えた。しかし、その発言の意図するところが、いまいち理解出来ない。

 てっきり、不調の根源を伝えているものと思っていたが、どうも脈絡が無い。

 言ってる内容からして、特に体調を崩したという事でもなかったのか。

 

「なあ、いったいどうし――」

 

 彼女が何を言いたいのか、その真意を問おうとした士郎の言葉は、不自然に止まった。

 それは、それ以上に無視できぬモノがあったから。

 八百万は今や俯いていた顔を上げて、半ば見上げる形で士郎を見ている。

 

――その両眼に、涙が溢れている。

 

 雫と言える様な粒ではない。川の様に流れ落ちていく、滂沱のそれである。

 後から後からとめどなく湧いてきて、いつまでも一筋の水流を作っている。

 彼女の顔も、お世辞にも綺麗とは言えない。泣き腫らしてくしゃくしゃになった表情は、普段の自信や凛然さの面影も残っていない。

 

――それでも。

  それでも、視線だけは真っ直ぐに、衛宮士郎を見つめていた。

 

「・・・・・あの時、少しでも出来ることがあればと、ミッドナイト先生について行って・・・・・・・刃が消えても血がなかなか止まらなくて・・・・・・・・もしかしたら、以前の様な生活は送れないかもしれないと聞かされて・・・・・・・・あなたの身に何かあればどうしようかと、ずっと不安で・・・・・・・・・・・」

 

 嗚咽まじりの声は飛び飛びで、前後を繋げるにも苦労する。文脈も整然とせず、小説の章題をそのまま繋げたみたいにバラバラ。吃逆で呼吸は苦しげに痞えていて、その度に少女の体は微かに揺れる。

 

「・・・・・・・本当に・・・・・本当に。――あなたが無事で、本当に良かった・・・・・・」

 

――けれど、それは悲嘆によるものではない。

 

 流れる涙も。

 震える声も。

 その源泉は、どちらも同じ。

 

――ただ、他者の無事を歓喜する心故。

 

 良かった、と。

 涙に濡れて、人前に晒すには気恥ずかしさが先立つ顔で――それすら霞む様な笑顔。

 

――いつかの日に、衛宮士郎が見た笑みに似た。

 

「何で、そこまで・・・・・・・」

 

 八百万百という少女の言葉を、その落涙の意味を理解して、それらは己に向けられる感情なのだと士郎は知った。

 彼女は痛いのでも、苦しいのでもなく、純粋に衛宮士郎がこうして戻ってこられた事に安堵し、脱力してしまったのだと。――故にこそ、当惑を隠せない。

 自らの身を憂いていた少女の想いが、どうしてここまで強いモノなのか、と。

 

「この前、言ったはずだろ? ああいう経験は何も初めてのことじゃないって。刃が暴れただけならそうそう死ぬことはない。こんな風に、おまえが思い悩む必要なんてなかったのに、どうして――」

 

 ――俺なんかを、心配していたんだ、と。

 胸中に湧く疑問。それは同時に、二日前に課された問いにも繋がっている。これらの核は同一のところにあり、その解答も同じモノな筈だ。

 衛宮士郎には、その答えは見つけられなかった。

 二日間の入院生活中、ふとした時に恩人から告げられた言葉が思い返され、その度に考えてはみたのだ。だが最後にはいつも“理由が無い”、という結論に終わる。

 

 そう、理由が無い。必要が無い。

 彼女が傷付いてまで士郎を引き留める理由も、その心が不安定になる程、彼を案じる必要も。

 立ち去る衛宮士郎を見過ごして、事件が終息した後は、さっさと気持ちを切り替えてしまえばよかったのに。

 一体何が、彼女にそこまでさせたというのか。

 

「どうして――?」

 

 問いかけた士郎の言葉を、八百万はそのまま反復した。

 どうして。何故。何を以って。

 彼女の心情や行動を支える理由。それが分からない、と彼は言う。

 

――しかし、その問い。

 

 不可解に思う彼の疑問にこそ、彼女は疑問する。

 何故なら、八百万にとってそれはひどく単純なものでしかない。そして、そんなモノに彼が思い至っていないという事実は、彼女の想像の範疇を超えていた。

 だから、問いに対する返答はごく短く――

 

「あなたが・・・・・衛宮さんが。私にとってかけがえのない――友人だからです」

 

 たった一言。たったの一単語。

 それだけのモノが、衛宮士郎が探していた、彼女の心を示す理由だった。

 

――友人。

 

 世にありふれた、人間であればおおよそは持つことになる、人間関係。

 個と個の絆を表す形。

 彼ら学生にとっては、最も身近な一つの概念。

 

――それを。

  衛宮士郎は、この瞬間まで思い浮かべる事が出来なかった。

 

「友、人――――?」

 

 耳にした言葉を、古ぼけたレコーダーの様に繰り返す。

 ともすればそれは、自らの聴力を疑ったが故の行動だったのかもしれない。聞き間違いではないか、と。そう確かめる様に。

 

「ええ、そうです」

 

 されど。

 捉えた音は、耳にした言葉は、微塵も誤っていないと、見上げる少女は断言する。

 

「あなたはこのクラスの仲間で、同じモノを志す同士で、共に語り合った友人です」

 

 もう一度、理解できる様に、ゆっくりと告げる。

 聞き間違えさせない。思い違いなどさせない。他に解釈する余地など与えない。

 こんな単純な想いを疑った友に、それこそ恨み節をぶつけるかの様に、彼女は言葉を重ねる。

 

「友人だから、あなたを助けたかった。友人だから、あなたの事が心配だった――それは、おかしな事ですか・・・・・?」

「いや・・・・・・」

 

 何処もおかしくはない。何も間違っていない。むしろ自然であると、そう言える。

 親しく付き合う友人という存在なら、その心を砕いても何らの不思議は無い。

 彼女が衛宮士郎を案じていた理由の候補として据えられてもいい筈だ。

 

 

――ならば、何故。

  その答えが、いつまでも顔を出さなかったのか。

 

 

「八百万だけじゃねえぞ。ダチが危ねぇ時、力を貸してやらねえ漢はいねえ!」

「切島・・・・・」

 

 見上げた先には、目も覚める様な赤い髪。

 士郎にとっては入学初日から交流のあったクラスメイトで、USJで死に体になっていた時に駆けつけてくれた一人で、朽ちかけた体を身を挺して運んでくれた恩人。

 彼の行動もまた、八百万と同じ理由によるものだったのだと、そう理解する。

 

「ま、俺みたいに何人かはまだ付き合いも浅くて、友人って言えるほどじゃないかもしれないけどさ。そこの二人だけじゃなく、緑谷や飯田とかとも仲良くしてたじゃん。そいつらの気持ちは察してやれよ」

「瀬呂はこんなん言ってるけど、ウチん中じゃ衛宮はもうとっくに友達だから。入試の時に助けられた恩もあるしさ」

 

 クラスメイトもまた、二人と同じだ。

 皆が皆、それぞれに衛宮士郎を案じ、彼に友誼を感じていた。

 

「・・・・・それともさ。エミヤんにとって、アタシたちは友達じゃなかったりするのかな?」

 

 芦戸が士郎のそばに屈んで、目を合わせて問いかける。

 親しくなっていると。そう思っていたのに、と。

 その表情が悲しげなものである事に気付いて、思わず自分を殴りそうになった。こうまで言ってくれるクラスメイトにこんな顔をさせている己がひどく腹立たしい。だが――

 

「・・・・・みんなを友達だと思ってた・・・・・と言えば嘘になる」

「そう、なんだ・・・・・」

 

 答えを聞き、目に涙を浮かべた芦戸に対して、罪悪感が強まる。士郎とて、本当はこんな風に悲しませたくない。

 しかし、士郎は自らの考えを取り繕いたくはなかった。彼らは包み隠さず各々の心情を吐露している。衛宮士郎という人間に正面から向き合っている。

 であれば、自らも正直に話すのが最低限の道義だろう。それに――

 

「――でもそれは、みんなを軽んじてるとか、どうでもいいって思ってた訳じゃない。――むしろ、逆なんだ」

「それって、どういう・・・・・・」

 

 友人だとは思っていなかった。士郎にとってそれは事実だ。

 彼らとの付き合いは浅く、重ねた時間はごく僅かなものでしかないと。

 故に、友と言えるとは思わず――同時に、その方向性は彼らが思うものとは少し違っている。

 

「みんなにとって俺は、たまたま同じクラスにいるだけのどうでもいい人間なんだって、そう思ってた」

 

 バツが悪そうに頬を掻いて、士郎はそう告げる。

 衛宮士郎という人間が、彼ら彼女らを疎んじているわけでも嫌っているわけでもない。クラスメイトに対する親しみはあり、常に敬意を抱いている。皆が皆、善き人たちであり、そんな彼らと共に競っていく生活に身の引き締まる思いを感じている。

 だが、それはあくまで彼が一方的に抱く好意であり、相手からの親愛を証明するものではない。

 彼は、自身がいかにつまらない人間であるかを自認し、およそ友人として据えるには面白みに欠けることを理解していた。

 クラスメイトにとってそんな自分は、長い一生の中で少しの間、同じ学舎で学ぶだけの関わりの薄い他人でしかないと、そんな風に決めつけていたのだが――

 

「それがまさか、友達扱いしてくれてるなんて――――正直、考えてもみなかった」 

 

 彼にとっては予想外であり、そんな仮定は思考にすら上がっていなかった。ありえない、と。否定に繋がる事すら無かったほど、可能性としては皆無だった。

 真空に突然、水が生まれる様なものだ。

 驚きは心の底からのもので、未だに彼らの言葉に頭が追いつかない。

 

「一緒にいて楽しい人間でもないだろ。何だって、そんな――」

 

 疑問は尽きない。

 理由は見当たらない。

 衛宮士郎という人間をそんな風に想ってくれているのは――それは、どうして――

 

「――色々と思うことはあるけどさ。これだけは、先に言わせて」

 

 涙を拭った芦戸が、衛宮士郎の瞳を見据える。

 どこか恐ろしさを感じさせる黒い眼球が、その中心にある鼈甲色の瞳が、今はとても優しげに微笑んでいて――

 

「アタシも含めて、エミヤんを心配してたクラスのみんなは、エミヤんのことどうでもいい人間だなんて、これっぽっちも思ってないよ」

 

 穏やかな笑みに反して、そう告げる口調は真面目なものだ。 

 普段の、元気よくはしゃいで周りの人間を自然と楽しませる様な、底抜けの明るさではなく。

 告げる言葉の全て、間違いなく真実だと真摯に伝える様な、そんな声だった。

 

「クラスの仲間ってのはもちろんそうだし、エミヤんがいいヤツなんだって事は、この二週間でみんなわかってるもん」

 

 芦戸三奈という少女は、一言で言えばムードメーカーだ。

 天真爛漫で常に明るく振るまって、誰とでも気安くなれる人物。大抵は集団の中心にいて、何人もの人間と友好な関係を築く。そういう生活を送っていれば、自然と知人の人となりは知れる。そうやって相手の事を理解するから、両者の交友も深まる。

 だからこそ、彼女はこのA組中で最もクラスメイトの性格や行動を知っており、それは士郎に対しても同様だ。

 

「入試の時に耳郎を助けた話とか、初日のテストで緑谷の指を手当てしてた事とか。――後、セクハラガードとかもね」

「いや、そこで出す話じゃないだろ!?」

 

 鋭く飛んできたツッコミに数瞬、芦戸は悪戯っぽく笑う。

 連ねた例は全て事実なため、下手人の抗議はスルーされた。

 

「そういうの、されてる側は感謝してるし、きっと喜んでると思う」

「・・・・・俺が勝手にやってるだけで、ありがたがる事じゃないぞ、それ」

 

 衛宮士郎にとってそれらはあくまで勝手な行動でしかなく、わざわざ記憶の隅に留めておくほどのものでもない。

 単に、そうしたい、そうすべきだと思った事をやっただけで、賞賛に能う様なものではなかった。

 

「そんな事ないって。助けられたら普通は嬉しいし、助けてくれた相手に優しくしたいのも、その人と仲良くなりたいのも、みんな一緒だと思う。少なくとも、アタシはそうだよ」

 

 現金って思われるかもしれないけど、と最後に芦戸は付け加えた。

 

 価値観の違いであり、経験の違いから来る相違でもある。

 士郎にとって、他者への献身は自然なものだ。人間が生物の機能として呼吸を行う様に、それは彼の生存に組み込まれている。

 

 対して芦戸は、何人もの人間と関わり、様々な経緯で様々な人物と友人になってきた。その中には、助け助けられを経て結ばれた友情もある。

 誰かの為になる、それは彼女に限らずこの場の全員に当て嵌まるほど、ごく身近な思考だ。しかし、かといってそれらの行動をありふれたものだと思うことはない。

 人と人との助け合い、支え合い、育まれる繋がり。それらの温かみを彼女は大事にしていた。

 

――そして、そういった気質は、彼女だけが持つものではない。

 

「僕も同じだよ、衛宮くん」

 

 掛かる声は芦戸とは反対から。

 芦戸に次ぐ形で、緑谷が士郎のそばに膝をついていた。

 

「初めて会った時にした話、覚えてる? あの時の僕は“個性”もろくに扱えず、結果が出せない事に凄く焦ってたよね」

 

 彼が語るのは、雄英に入学した初日の出来事。彼ら新入生が最初に与えられた洗礼の話。

 そして、衛宮士郎と緑谷出久の出会いの日でもある。

 

「そんな僕に君は話しかけて、競争相手だったのに手助けしてくれた。テストの結果、衛宮くんは僕の力だって言ってくれたけど、あの話を聞いたからきっかけを掴めたんだ」

 

 命すら砕きかねない出力を、指の一本のみで。

 それは、未だ力を御し得ない緑谷を考案した代替案だ。全身にまで自壊を及ぼす“個性”を、一指のみで行使する事により反動を最小限に留める。

 捨て身の策であり、苦渋の決断である事は否めない。それでも、一度の発動で死に直結しうる状態に比べれば、遥かな進歩だった。

 

 それは、彼自身が思索の果てに掴んだ成果であろう。だが同時に、衛宮士郎の言葉が有意なものであった事も間違いなく――或いは、彼らの邂逅が無ければ、その結果はもう少し後に訪れていたのかもしれない。

 

「衛宮くんにとっては、たいした事じゃなかったのかもしれない。けどあの時、君が僕に話しかけて、助けようとしてくれた事がすごく嬉しかった」

 

 緑谷出久にとって、その時の出来事にどの様な意味があるのか、士郎に推し量ることはできない。なにせ、出会ってからというもの、彼らはまともな昔語りをした事もない。

 

 ――けれど、打算も裏も無く、ただ善意のみで彼に関わろうとした士郎の行動は、少なからず緑谷には価値あるものだった。

 

「あの日、君がとても優しくて、強い人なんだって知って――だからって言うのも変だけど、僕はそんな君と――友達になりたいって、そう思ったんだ」

 

 士郎は、自らが行う他者への献身に、何らの特別さも認めていない。

 他者の不幸を認められず、誰かの平穏が崩れ去る事が我慢ならない。気に入らないものを否定し、望んだ形に是正しているだけでしかなく、感謝される謂れも無ければ賞賛される道理もない。それらは徹頭徹尾、彼の中で完結している。そこに、外部からの評価は不要なのだ。

 

 ――だが、たとえそうであったとしても、助けられた人間の気持ちまで変わることはない。

 受け入れるかはともかく、その想いまで否定する権利など彼には無いのだから。

 

「その・・・・・なんだ・・・・・ここまで言われて念押しするのも失礼かと思うんだが・・・・・・・俺なんかが友達で本当にいいのか・・・・・?」

 

 彼らの言葉を聞き、窺うように様子で確認する。

 これといった趣味も無ければ、流行りに敏感という訳でもなく、芦戸の様に周囲を盛り上げる事にも長けていない。普段から仏頂面晒してる様な人間を友として据えるのか。

 士郎は今なお、そこに疑問を抱いている。

 

「――つか衛宮、さっきから気になってたんだけど、ちょっとネガティヴ過ぎじゃね? 何でそんなに疑り深いわけ?」

「・・・・・そう見えるか?」

 

 ふと、しばし静観していた上鳴から、率直に過ぎる疑問が飛んできた。士郎の反応がよほどおかしく映ったのか、他にも何人かが上鳴の言葉に頷いている。

 

 だが確かに、妙と言えばといえば妙な話だ。

 A組生徒達の付き合いはおおよそ二週間になる。その間、彼らは互いを知り、付き合いはその分だけ増えた。

 無論、士郎とてその例に漏れない。雄英で最初に出会った八百万や、テストの際に知り合った緑谷をはじめ、何人かのクラスメイトと親しくなっている。その上で、彼らは士郎を友人として見ていると、そう言っているのだ。

 であれば、二つ返事で頷けばいいだけのこと。何故、くどい程に念を押すのか、彼らはそれが不思議で仕方なかった。

 

「・・・・・・・まあ一応、理由ならある」

 

 その疑問に対する明確な答えは存在する。

 士郎自身がある程度は自覚している事で、これまでの生活に起因するもの。

 クラスメイトの誰をも友人とは捉えず、彼らの親愛に微塵も気付かなかった原因。それは――

 

「・・・・・ちょっとばかし恥ずかしい話なんだが・・・・・実を言うと俺、今まで友達ができたこと無いんだ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 常にちゃらけた上鳴には珍しく、実に抑揚の無い濁点でも付いていそうな低音の声だった。

 

「そ、そうなの、か。それはその、なんていうか・・・・・・・・・・・・すまん」

 

 挙動不審な様であっちこっち忙しなく見回した後、絞り出したかの様に一言。ついでに言えば、念仏を唱えている時にする様な合掌付きだ。

 端的に言って、凄まじく顔色を窺っている。

 

「マジか衛宮・・・・・」

「ちょっと変わったとこあるとは思ってたけど・・・・・」

「所謂、『ぼっち』てやつ・・・・・?」

 

 ボソボソ、ヒソヒソ、と。

 それまでのしおらしい雰囲気は何処へやら、士郎を囲んでいた面子が、割と遠慮無しに話しはじめた。本人を目の前に、言いたい放題である。

 

「盛り上がってるとこ悪いけど、そういう話じゃないから」

 

 言葉が足りなかった、と思いつつ、これ以上風評被害を広げられては敵わない、と士郎は焦って言い繕う。

 

「別に、一人だけ浮いてたとか、周りと話せなかったってわけじゃないんだ。同期の連中とは、それなりに仲良くはしてたぞ」

 

 士郎には、自閉症の気は無い。誰に対しても物怖じせず交流できるし、わざわざ人と距離を取ろうとするほど内気でもない。

 中学の昼休み、クラスメイトが弁当のおかずを集りに来るくらいには、同級生とは気安い関係だった。

 

「でも、さっき言ってたみたいに、決まった人間と特に親しくしたり、放課後に誰かと遊びに行く様な事はなかったな」

 

 このクラスでの生活と大差ない。

 授業やら何やら、必要な話はいくらでもするし、話しかけられれば雑談くらいには興じる。ただ、それ以上深い関係を築く事はなく、彼自身そうしようと思ったことも無かった。

 

「その、友達作ろうって思ったりした事、学校で一回もなかったの?」

「ああ。――生まれてこの方、一度もなかった」

「そんなに・・・・・?」

 

 耳郎の、信じられないものでも見る様な視線に苦笑しながら、士郎は過去を振り返る。

 施設に引き取られた時から理想を掲げて、ソレに近しい存在を目にしてきた。目標の輪郭は明晰で、ナニを積み上げるべきか、幼い時分でもよく理解していた。

 だからこそ、僅かでもソコに近づけるよう、自らに必要なものを取り込み続けた。それこそ、一日の大半を注ぎ込むほどに。

 

 一分一秒も無駄にはせず、真っ当な子供なら例外なく享受する余暇も投げ捨てて、ひたすら鍛錬の繰り返し。衛宮士郎にとって自由な時間とは、その殆どが自己を鍛え上げるためのものだった。

 そんな生活をしていれば、放課後に誰かと遊びに行く様な思考に行き着く筈もない。

 結果として、誰とでも付き合えるその性格に見合わず、一人の友人を得る事も無いまま、彼はこの歳まで生きてきた。

 

「そんな事だから、友人関係ってのがどういうものなのか、世間一般で言われてる事以外、俺にはよく分からないんだ」

 

 過去の事情などおくびにも出さず、自身の消極さの原因を語る。

 実体験というのは、士郎が何より重視するものの一つだ。知識とは実践を経て、情報とは経験を経て糧となる事を、彼はよく知っていた。

 きっと、衛宮士郎を友人として扱うのなら、様々な点で異質なものになるだろう。不慣れ故、妙な事を仕出かすかもしれない。

 友と言うには薄情で、彼らの気持ちも知らずにいて、きっと、これからも迷惑をかける。こんな人間とは、そこそこの付き合いで済ませる方が、彼らにとっては楽でいい。

 自己評価は変わらず、友人という存在には相応しくないと、今でもそう思ってる。

 

 

――でも、もし。

  もし、彼らがそれでも構わないと言うのなら。

 

 

 

 

 

 

 躊躇いが無くなった、と言えば嘘になるだろう。

 衛宮士郎という人間は、友人として相応しくない。

 経験が無いという以上に、友として彼らに何を齎せるか、俺には分からないままだ。

 

「俺は、そんなに立派なやつでもないし、みんなの友人として相応しい人間だとも思わない」

 

 これから口にしようとする言葉を、俺はきっと言うべきじゃない。相応しくないと自分で思うのなら、軽々しく受け入れるのはある種の侮辱というものだろう。

 

――けれど、その上で。

  こんな男を友人だと言ってくれる彼らに、応えたいと思う自分がいる。

 

「――それでも、こんな俺を友達だって、そう言ってくれるのなら――」

 

 色々と言葉を重ねられればいいのだが、なにぶん初めての経験で、気の利いた台詞の一つも浮かんでこない。

 心にある想いを表に出す、そんな単純な事が、今はひどく難しかった。

 

「俺の方から頼むよ」

 

 告げる言葉は簡素に。

 俺から言えることなんて、本当に些細なことしかないけど。――それでも、この気持ちを伝えたいと思う。

 

――だから、これが最初の一歩。

 

 誰かと深く関わることの無かった衛宮士郎が経験する、初めて<ハジマリ>の儀式。

 友情という名の繋がりを結ぶ契約。

 

「――どうか俺を、みんなの友達でいさせてくれ」

 

 今まで、誰とも経験することの無かった、ただそうしたいというだけの、無意味な関係。 

 それをこの瞬間、産まれて初めて、結ぼうとする。

 

「も、もちろんだよ! 衛宮くんと友達になれるなら、僕はすごく嬉しい!」

「アタシらは最初っからそのつもりだってば!」

 

 返答は瞬時に。告げられる内容も先と同様。

 最初から、彼らは各々の気持ちを言葉にしている。それが、一方の認識を知らぬ故のものだったとしても、彼らにとって衛宮士郎は既に友人なのだ。

 

「――――ああ、そうか」

 

 本当に、今更な話だった、と理解する。未知のものと、そう身構えていたのは己だけだった。

 衛宮士郎が何を言おうと、彼らはとっくに自分たちの気持ちを決めている。仮に俺自身が彼らを拒もうとも、そんな事は関係が無いのだろう。それなら――

 

「改めて、よろしく頼む」

 

 ただのクラスメイトから、友人として。

 ここでの生活が特に変わるわけじゃない。関係を表す言葉が違っても彼らとの関わり方はそのまま。これまで通り理想を追って、一日の殆どはその為に費やされる。みんなと過ごす時間はきっと据え置きのままだ。

 けど、それでいいのだろう。

 相手を縛る必要も、縛られる必要もない。ただ、互いを大切だと思え、ありのままの自分を相手に曝け出せるのなら。きっと、それだけで彼らは友人なのだから。そして――

 

「――八百万」

 

 呼びかけに反応して、この雄英で最初に出会った”友人“が、こちらを見つめる。

 泣き腫らして腫れぼったくなった瞼が胸に苦しい。だが、その瞳から目を逸してはならない。

 彼らとの関係を見つめ直したのなら。いま一度、衛宮士郎は彼女に向き合うべきだ。

 

「お前が俺をどう思ってくれてたか、気づけなくてすまなかった」

 

 昔から、よく鈍感だと言われていたが、正しくその通りだと、今になって思い知った。

 まだ少ない時間だけど、何度も一緒に話をしたクラスメイトの心を察してやれないばかりかこんな風に泣かせてしまって、情けないにも程がある。

 ()()()()()()()()()()()()って教えられたのに、まるで実践できてない。

 

 傷付いてまで助けようとしてくれて、俺の無事に涙を流して喜んでくれた少女。

 今更、彼女を傷付けてしまったことを取り繕うことは出来ないけれど。せめて、これ以上、その綺麗な顔を涙に濡らさない様に。

 

「それと、一番最初に言うべき事を忘れてた。――あの時、死にかけてた俺を助けてくれて、ありがとう。こういう手のかかる人間だけど、お前さえ良ければこれからも友達でいてやってくれ」

「――――――」

 

 微かに彼女の体が揺れ、潤んだ瞳が見開かれる。 ひどく驚いたみたいで、一瞬、言葉に詰まっていた。

 

 けれど、それもほんの少しの間のこと。

 耳にした言葉、それこそを求めていたという様、その顔に満面の笑みを浮かべ――

 

「はいっ・・・・・! これからもよろしくお願いします、衛宮さん!」

 

 見惚れるほど綺麗な笑顔で。まるで、そうする事が当然の様に。

 彼女はこんな俺を、友として温かく受け入れてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

「――それはそれとして。エミヤんは色々と、アタシ達に説明すべきだと思うっ!」

「お、おう・・・・・」

 

 麗しき友情の一幕に感動するも束の間、芦戸は唐突にそう力説した。

 ビシ! と士郎を指差し『有耶無耶にはさせないぞ!』と言いたげな顔である。

 USJでの襲撃で、士郎の戦いを一部始終見ていた面々からすれば、疑問が出てくるのは当然と言えた。

 

「そのあたり、ヤオモモも知りたいでしょ!」

「え、ええ。まあ、気にならないと言えば嘘になりますが・・・・・・」

 

 流れる様に水を向けられたのは八百万。

 彼女もまた士郎の”個性“には前々から興味を示していたため、芦戸の言葉は否定出来ない。

 色々と台無しではあるが、ここまでクラスを騒がせた張本人である士郎は皆に対する罪悪感はあるため、あまり大きな声で口答えできなかった。

 

 ・・・・・当然と言えば当然だがなぁ・・・・・

 

 ただ、ここで枷になるのは彼の”個性“が抱える特殊性だ。

 様々な意味で混乱の種になりかねないその能力を大っぴらに口外することは、政府のお偉い方はじめ、色んなところから控える様に頼まれている。

 個人が有する“個性”であることを尊重して話す事そのものは禁じられていないが、極力控えておくに越したことはない。

 今までも人に話す時はボカした内容を伝えてきて、八百万からの質問もそれとなく躱したのだが――

 

 ・・・・・言いたくても、言えないんだよなぁ。

 

 言うべきか否かで言えば、もちろん否である。

 士郎個人の心情としては、迷惑や心配をかけた分、話したいと思う気持ちがある。

 だが、事はそう単純な話ではないのだ。外に漏れれば――それこそ、マスコミにでも知られれば、間違いなく面白おかしく書き立てられること請け合いである。そうなれば、面倒な取材の嵐に晒されるだけでなく、士郎の周囲の人間にも要らぬ影響が及ぶだろうし、世間も騒がしくなる。

 秘密が露見した場合の弊害は、彼自身に留まらないのだ。

 

 A組のメンバーが他人の秘密を暴露する様な厄介な趣味趣向を持ち合わせていない事は明白だが、その程度の条件で話せる秘密なら、そもそも隠したりしない。

 そのため、これまで通り違和感を覚えさせない程度に表面的な話をするのが一番だろう。

 

 ・・・・・ただ、それで納得してくれるか。・・・・・いや、無理だろうな。

 

 問題はそこだ。

 おそらく、これまでやってきた様な誤魔化し方では、間違いなく隠し通せない。

 何せ、彼らにはUSJにおける脳無との戦いを見られている。以前の様な本質を避けただけの説明では、同型の”個性“でなかろうと、すぐに違和感に気づくだろう。

 

 これが他の学校の、他の科の人間であったなら、まだ可能性はあった。

 しかし、ここは雄英。全国から選りすぐりの人間が集められた最高峰の学園。その上、ヒーロー科は特に偏差値が高い。それこそ、超難関進学校に比べても遜色ないほど。

 そんなところに合格した人間が、穴だらけのカバーストーリーに何の疑問も抱かないなどというのは、高慢にすぎる考え方であった。

 

 ・・・・・さて、どうしたもんかな。

 

 言わないのではなく、言いたくないのでもなく、あくまで言えない。

 真正面から挑むには、実に厄介な問題だ。

 うまい落とし所でも見つけられればいいのだが、生憎こういった事柄に対しては士郎の頭の回転はさほどよろしくなかった。

 他人の知恵を借りたい所だが、その時点で相手に事情を話す事になるのでそれは最終手段。何より、今この場における追求を躱せなければ、そんな模索をする余地もなく――

 

「――予鈴なってるぞ。さっさと席着け」

「「「・・・・・・・・っ!!!」」」

 

 ガララ、という扉を引く音とほぼ同時に聞こえた聞き慣れた声に、席を離れていた生徒全員が弾け飛ぶ様に自身の定位置へと戻る。

 一秒とかからぬ動きだしは、迅速という言葉が鈍く思えるほどの俊敏さであった。

 教室に入ってきた人物――相澤消太の厳しさ、恐ろしさを、A組一同はよく理解している。

 非合理を嫌う彼の前で、いつまでも時間を無駄にすることがどういう意味を持つか、この短い学園生活の中で把握していない者はいない。

 あの充血した眼に睨まれながら、初日の爆豪やUSJのチンピラ連中よろしく簀巻きにされるのは非常に心象が悪い。誰も好き好んで同級生から同情の目を向けられたくはないのだ。

 

「おはよう」

 

 改めて教壇に立った相澤の出立ちは普段とは違う。

 最も目につくのは、肩から包帯で吊るしギプスでしっかりと固定された両碗。食事にせよ仕事にせよ、およそ一人で熟すのは不可能だろう。

 歩く姿勢には違和感があり、襲撃時に受けたダメージが抜けきっていないことは明白だ。

 頭部にも包帯が巻かれていたが、そちらは腕部に比べれば些細なもので、気怠げな表情はいつもと変わりなく見える。

 が、いずれにせよ重体という言葉が当て嵌まるのは事実で、出勤するには些か性急すぎる。

 これで復帰するつもりなのかと、何人かの生徒は戦慄を抱くほどだった。

 

「先生! お身体の方はもうよろしいのですか!」

「俺の安否なんぞどうでもいい」

 

 皆を代表して、飯田が相澤の容体に言及するが、当の本人は語る価値なしと、バッサリ切り捨てた。

 

「そんなことより、今日は重大な知らせがある」

「「「・・・・・・・・・・っ!」」」

 

 相澤の言葉に、教室内が今度は別種の緊張を帯びる。

 彼の傷のほどは見ての通りのもので、彼ら学生からすれば無視し難いものだ。しかし、それを差し置いて然るべきという知らせとやらが一体どんなものか、身を固めるのも無理からぬ話だ。

 先日の事件絡みか、さらなるヴィランの襲撃かと、多くの生徒が相澤の次の言葉に身構え、

 

「――雄英体育祭が、迫ってる」

 

 鋭い眼光で、一語一語に重みを持たせる様な声で、相澤はそう宣言した。

 その内容、耳にした言葉の意味を、生徒達は理解し、

 

「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!!」

 

 歓声が廊下にまで響き渡る。本日二度目の大合唱である。

 たかが学校行事に随分なはしゃぎようではあるが、こと今回は話が別だ。

 

――雄英体育祭。

 

 それは、この雄英で執り行われる体育祭であると同時に、現行日本で特に熱狂される一大イベントだ。

 かつて最も栄えたスポーツの祭典といえば、古代ギリシャにおいて神へ捧げる神事として催された競技祭に端を発するオリンピックであった。四年に一度だけ開催されたその大会は、各国から選出された代表選手が集い競い、世界中の市民が湧き立つほどの規模だった。

 しかし、”個性“という超常を殆どの人間が個々に保有する現代では、純然たる身体機能及び技能を競う競技祭は以前ほどの興奮を生むことはなくなり、次第に人々からの求心力は失われていった。

 

 そこで、オリンピックに取って変わる形で台頭したのが、この雄英体育祭だ。

 全国でも最難関のヒーロー育成機関である雄英においては、その学校行事も他とは一線を画すものとなる。

 選手となる生徒達は、全ての競技で個性の使用が許され、その苛烈さは生身でのそれを遥かに凌駕するものだ。殊に、この雄英に集うのは全国でも最高峰となる将来有望なヒーローの卵達。生徒達の応酬は、並のスポーツ観戦では到底味わえない刺激を与えてくれるだろう。

 

 

「ついこの間、ヴィランに襲撃されたばっかなのに、体育祭なんか開いて大丈夫なんですか?」

「人が多く集まるタイミングを狙って、またヴィラン達が侵入してくる危険があるんじゃ・・・・・・」

「生徒に重傷者が出たのに楽観的すぎる――なんて、マスコミに揶揄されたりしませんか?」

 

 相澤からの告知に盛り上がる生徒がいる反面、体育祭の決行に懐疑的な生徒も居る。

 ヴィランによる襲撃という緊急事態に直面し、実際にその脅威に晒された彼らからすれば、学園の決定は軽率に映った。

 

「お前らの疑問ももっともだが、学園としては敢えて開催することで、こちらの危機管理体制が盤石だと示す――という方針らしい。警備も例年の五倍に強化して、当日はプロヒーローを全国から集めるそうだ」

 

 体育祭をこうまで強行する理由の一つに、プロヒーローを育成する学園である雄英が、取り締まるべき相手であるヴィランの襲撃によって尻込みする姿勢は見せられない、という思惑がある。

 雄英は――延いてはヒーロー社会は堅固であり、決して悪には屈さぬと市民に示すと同時、ヴィラン達への示威も兼ねた対応だ。

 加えて、雄英体育祭は日本でも一、二を争うビッグイベントということもあって、当日は各メディアによる生中継や実況が全国に放送される上、観客として一般人の立ち入りも許可される。

 当然、この日だけで莫大な数の人間と資金が動き、そう容易く中止や延期できる様な規模でもないのだ。

 

「それと、マスコミどうこうって話だがな。衛宮の件は、メディアには出回ってない」

「出回ってないって、もう事件の報道は――いやでも、確かにニュースで生徒に重傷者が出たって話は無かった様な・・・・・」

 

 よくよく記憶を思い返し、相澤の発言が間違っていないと生徒達は気付く。 

 確かに彼の言う通り、先日の事件について記した各情報媒体では、衛宮士郎の名前はこれといって挙がっていない。

 ヒーロー科二十一名の内の一人として、他の生徒と一緒くたにされていた筈だ。

 

「でも、なんでそんなことになってるんですか?」

 

 普通に考えればあり得ない。

 何らかの事件が発生した際、加害者や被害者の氏名が秘されて報道される事はある。だが、被害者そのものの存在が公表されていないのは異常と言う他ない。

 それではまるで、初めからそんな事実は存在していなかったと報せる様なものだ。

 

「衛宮、お前はなんか知ってんのか」

 

 切島が士郎へ振り向く。

 この異質な状況の渦中にいる人間であれば、その真相を知っているかもしれないと思ったからだ。

 

「あー・・・・・そう、だな。まあ要するに――()()()()()()

「・・・・・何だ、それ?」

 

 歯切れ悪く言葉を濁していた士郎だったが、ややあってから片手を掲げ、わざとらしく拳を握り込んだ。ギュッと、押し込む様な動作だ。

 苦笑する士郎の行動がどういう意味を持つのか理解できず、問いかけた切島は再度、疑問符を浮かべる。

 

「・・・・・ちょっと待ってください。それって――()()()()()、という事ですか・・・・・?」

 

 隣の席で士郎の所作を観察していた八百万が、士郎が何を言わんとしているか察し、その表情が見る間に驚愕へと染まっていく。頭に浮かんだ想像を、的外れであってくれと、そう願う様に。

 

「・・・・・・・・・・」

「嘘でしょう・・・・・・・」

 

 八百万の言葉に、士郎は無言。ただ、その顔に浮かぶ曖昧な笑みが、彼女の予想を言外に肯定している。

 認め難い事実、受け入れ難い現実であると、呆然とした呟きが彼女の心象を物語っていた。

 

 

 士郎が行った所作の意味。それはつまるところ――”隠蔽“だ。

 ヴィランによる襲撃に際し、教員二名が重傷を負うもののこれを撃退。訓練中の生徒達も襲われるが全員軽傷で、重大な被害は発生していない。重傷者はあくまで教員のみで、生徒達は全員が無事だった。

 それが事件当時の全てだと全国に流布する。

 それが、最終的に下された雄英の判断だった。

 

「そんな・・・・・そんな事が許されていいのですか!?」

 

 自らの知らぬうちに何が行われたのか。その事実を知った生徒達は誰もが困惑し、懐疑し、義憤を抱いた。殊更、飯田の憤慨ぶりは目を見張る。

 椅子を転がり飛ばす様な勢いで立ち上がり、両の掌を力任せに机に叩きつけていた。吊り上げられた瞳は、相澤を正面から睨みつけている。もっとも、本人にその自覚は無い。ただ、学園の人道に悖る行いに対して激昂する彼の感情が、自然とその様にしているだけだ。

 

「お前の言う通り、本来なら許される事じゃない。だが、この件についてお前らは一つ勘違いしてる」

 

 生徒からの敵視とも言える視線を受け、しかし相澤は僅かたりとも動じることはない。

 至って平静に、飯田の――クラスの怒りを肯定する。

 それは、彼も同じ考えを持ち、しかし立場故に学園の決定には逆らえぬが故か。――否、そうではない。

 仮に相澤がこの件に関して不服を抱いているなら、これほど穏やかでいられるわけがない。表に出さずとも、内に渦巻く怒気が滲み出ている筈だ。

 その気配すらないというのなら、彼はこの対応に一切の不満を抱いておらず――何より、怒りを向ける相手がいなかった。

 

「隠蔽の話を持ちかけたのは、衛宮本人だ」

「なっ―――」

 

 数十秒前、隠蔽という不祥事を知った時の衝撃が霞むほどの動揺がA組生徒達の間に生まれる。

 雄英が真実を隠して公表したという事実だけでも理解し難いのに、隠蔽された側である筈の士郎本人がその首謀者だなどと、とても情報の咀嚼が追いつかない。

 クラスの視線は再度、士郎に集中する。

 

「相澤先生の言ってる事に間違いは無い。死にかけて病院に担ぎ込まれたことは隠してくれって、俺の方から学校に頼んだんだ」

「わ、わけわかんねぇ。そんな事して何の意味があるんだよ・・・・・?」

 

 相澤の発言は事実だと認める士郎に、今度こそ彼らの理解の範疇を越える。

 自身が死に瀕するほどの傷を負い、その事実をわざわざ公表せぬ様にする事にどんな意味があるのか、それを瞬時に察せる者はこの場にいなかった。

 

「意味ならある。俺の事が公になって、その事で学園が責任を追及されたりなんかしたら、それこそ体育祭に支障が出るだろ。下手な波風立てずに済むんなら、そっちの方がいい」

 

 答えは、まさしく生徒が不安視していた事であった。

 仮に今回の一件を受け、学園に何らかの制限や罰則が発生すれば、体育祭の開催も危ぶまれる。

 士郎は、そこを危惧していた。

 

「マジでそんな理由で・・・・・・?」

「そんな理由って言うけどな、アレってプロがスカウト目的で見に来るんだぞ? もし俺の所為でそれがパァになったら、みんなからプロの目に留まる絶好の機会を奪っちまう。そんなのは駄目だ」

 

 至って真面目な表情で、隠蔽を提案した動機を士郎は語る。

 彼の言う通り、雄英体育祭は全国で心待ちにされる祭典というだけでなく、プロのヒーローが将来有望な学生をスカウトする場という側面がある。

 

 現状、プロヒーローという職は、まず既にヒーロー事務所を構えているプロの下に、活動を補佐する職員――相棒<サイドキック>として所属する事から始まり、そこで経験や技能を磨き十分な実力や基盤を得た後、独立し自身の事務所を立ち上げる、という流れが定石(セオリー)となっている。

 

 基本的に、ヒーロー科に在籍する殆どの学生はほぼ無名の状態からサイドキックとして雇ってもらえる事務所を探す事になるが、雄英においてはこの体育祭という行事にプロの方から生徒の検分に訪れてくれる。

 将来の進路が早い段階で決まりうるというだけでなく、この場で大きな活躍を見せつければ、より力のある事務所から目をかけられる可能性があるのだ。

 

 プロを目指す者なら、この雄英体育祭は決して見逃せない、またとない機会(チャンス)。中止になど、絶対にさせてはならない行事である事は語るまでもないだろう。

 

「・・・・・衛宮の言いたい事は分かった・・・・・・・・・・・分かったけど、何だかなぁ〜〜〜〜」

 

 何か上手く飲み込めないものと格闘している様な様子で、上鳴が頭を抱える。

 士郎の真意を理解し、クラスの人間は皆、一応の納得を見せている。しかし、それでもなお受け入れきれない感情もあった。

 確かに雄英体育祭は自身らにとって非常に重要な行事の一つである。だが、果たしてそれは、友人の不幸を闇に葬ってまで行われるべきものなのか、と。

 ヒーローという、良くも悪くも誠実や正義の象徴の様な存在を目指す人間であるが故の葛藤だ。

 

「みんながモヤモヤするのも分かるけど、俺は何とも思ってないからな。そりゃ、普段なら聞屋の飯のタネになるのも吝かじゃないけど、今回に限っては時期が時期だ。俺も好き好んで悪目立ちしたい訳じゃないし、無意味な面倒を避けられるならそれに越した事はないだろ?」

「・・・・・まあ確かに、下手に名前が出たらその分、世間に騒がれる羽目になるかもしれないのか」

「俺としても、そういうのは出来れば避けたい。だから校長に頼み込んで、俺の事は隠してもらったんだ」

 

 何処の国でも、真実の追求のもと活動するマスメディアはその信念の実行に余念が無く、時に取材対象の事情などお構い無しに嗅ぎ回る。

 追ってる彼らと、出回る情報にはしゃぐ無関係な人間には何ら痛手は無いだろうが、探られている人間からすれば厄介極まりない。

 事件の一部を秘匿しようとした士郎の心情には、頷けるところがあるのは確かだった。

 

「――さて。話は逸れたが、衛宮の処遇と体育祭についてはいま話した通りだ」

 

 生徒が一定の落ち着きを取り戻したタイミングを見計らって、相澤は本題に戻る。

 

「いまさら言うまでもないだろうが、当日はトップヒーローも見学に来る。名のあるヒーローに見込まれれば、そのまま将来が拓ける可能性だってあるだろう」

 

 この雄英の門戸を叩いた者の多くが、常に頂点を目指す気概を持つ人間である事を相澤は知っている。

 こうして尻を叩いてやれば、それだけで闘志に火が点くであろう事も。

 

「体育祭は年に一回、卒業まで計三回だけの場だ。ヒーロー志す以上、()()()してる暇なんか無い――その気があるなら、準備は怠るな!!」

 

 そう、余所見をしている暇など無い。

 三年という極めて短い時間で、彼らはプロヒーローに相応しい力を身につけなければならない。それは純粋な戦闘能力に限らず、他のヒーローとの競合に打ち勝つ為の能力も含まれている。

 たとえ後ろ暗い現実があろうと、時にそれを呑み込む事も必要なのだ。特に、本人が気負ってすらいない事柄にいつまでも遠慮するなど、以ての外である。

 そして相澤の目論見通り、殆どの生徒がかけられた発破によって気力を漲らせている。これといった変化が見えないのは()()だけだ。

 

「HRはこれで終わりだ――と言いたいところだが――」

 

 予定されていた連絡事項は既に伝え終えた。この時間での相澤の仕事は完了したと言っていい。

 が、それとは別に――つい数分前に出てきた追加の注意事項があった。

 

「お前らに一つ言っておく。衛宮の“個性”は少々特殊で、無闇に喧伝出来ない事情がある。本人の意思で語られる分には構わんが、お前らから話すように強制するのは認められん」

 

 話しながら、相澤の視線が微妙に芦戸に向けられる。

 どうやら、廊下で生徒達の会話を耳にしていた様だ。担任として士郎の事情を知る彼から、クラスメイトからの追及を振り切りきれない士郎への助け舟だった。

 

「それから衛宮。放課後、俺の所に来るように。――話は以上だ。今度は予鈴までに席に戻っておけよ」

 

 言うだけ言って、相澤は教室を後にする。

 残った生徒達の間には、いくらかどよめきが生まれていた。

 

「“個性”が特殊って、どういう意味だ・・・・・?」

「さあ。あんまり大声で話せないような事みたいだったけど・・・・・」

「本人に聞きたいけど、先生が無理強いはするなって言ってたしなぁ」

 

 ざわざわ、がやがや、と会話が繰り広げられ。

 当然、疑問に対する解答を望む彼らではあるが、相澤からの通告故に騒ぎの元凶から話を聞く事は出来ない。

 士郎も内心、相澤からの思わぬ援護に胸を撫で下ろしつつ、やはり適当に笑って誤魔化している。

 

 

 

――結局のところ。

  授業が始まるまでの間、誰一人として本人に話を切り出すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 昼休みになった。

 朝から色々とドタバタしてたから、病み上がりの身としては割と心身共に堪えてる。普段ならそう簡単にへこたれたりはしないけど、今は身体に栄養が足りてない。昨日まで病院生活だった事もあって丸一日まともな飯を喰ってないせいだ。

 さっきから、身体がカロリーを欲して鳴いてる様な気さえしている。

 登校するときにミッドナイトから渡された握り飯ですら、染み渡る様な美味さを感じた。

 

 完全復活を果たす為にも、今はエネルギーが必要だ。今日弁当は持参してないから、学食でそれなりにガッツリとした物を摂ろう。初のランチラッシュ手製の昼食だし、一人でゆっくりと味わって食事したい。

 四限目終わり、そんな風に計画を立てていた――――立てていたんだがなぁ・・・・・

 

「いやー、運良くこんだけの席空いてて助かったー。食堂はいっつも人いっぱいだし、上手く座れなかったらどうしようかと思ったよ」

「そん時はそん時で、八百万にテーブルとか造ってもらってくっ付ければイケたっしょ」

「いえ、流石にそこまでのスペースは――というより、勝手に席を増やすのはどうかと・・・・・・・」

 

 賑やかに会話するクラスメイトの声に額を押さえる。俺は一人で学食に来るつもりだったのに、気付けば十人近いグループが出来上がっていた。

 どうしてこんな事になったのか。それは、教室を出る直前までに遡る。

 

『――エミヤん、確保』

『確保』

『は?』 

 

 席を立って教室を出て行こうとしてたところ、いつの間にか芦戸と上鳴が背後に回り込んでいて、振り返る間もなく両脇を抱えられていた。ガッチリと固定された上に、行動が意味不明過ぎて抵抗しようという気すら起きなかったのは、今になって致命的だったと少し前の己を叱咤する。

 

 というか、何故にあそこまで流麗な動作で捕縛に移行できた、そもそもどのタイミングで打ち合わせしたんだ。俺の知ってる限り、お前ら二人とも四限目まで一度も話してなかったじゃないか。

 アイコンタクトなのか。以心伝心なのか。揃ってテレパシーに目覚めたとでもいうのか。

 

「衛宮、なに頼むんだ? 病み上がりだろうし、俺が代わりに取って来るぜ」

「・・・・・いや、いいよ。普通に過ごす分には問題ないから。後、注文は決まってない。・・・・・・拉致されたのがいきなりすぎて、そこまで気が回ってなかった」

 

 切島の提案を断り、改めて周りを見回す。

 目に映るのは九人のクラスメイト。八百万、切島、上鳴、耳郎、芦戸、蛙吹、峰田、麗日、飯田。彼らは俺を囲むような形で座り、何を食べるやら午後の講義はやらと、雑談に興じている。

 

 なんで上手い具合に逃げられなかったんだと、随分大所帯になった一団を見て、今更のように後悔が押し寄せてきた。

 第一、最初は芦戸と上鳴の二人だけだった筈だ。それが何をどうしたのか、教室を出る時には飯田と麗日以外は集まってて、その二人も道すがら合流してた。

 ドナドナされゆく俺の後から、気付かぬうちにゾロゾロとクラスメイトが付いてくる異様な様は、しばらく記憶から消せそうにない。

 

「・・・・・それで。みんなして俺を引き摺ってきた理由は何なんだ」

 

 カウンターで注文した料理を受け取って席に戻った後、もはや避けられぬと観念し、大人しく目的を聞く。

 

「エミヤん、なんか機嫌悪い?」

「・・・・・あのなぁ。こっちはいきなり拘束されたかと思えば、理由も説明されずに連れてこられたんだぞ。不機嫌とまではいかなくても、戸惑うくらいはするだろ――で。本当にどうしたんだよ」

 

 本当に酷い話だと思う。何処ぞの社会主義国の諜報員でもあるまいに、許可も得ず人を連れ去ろうというのは、あまりに非道ではなかろうか。

 今の心境を語れと言われれば、屠殺場に送られる家畜、或いは孤立無縁で捕えられた地球外生命体の気分そのものだ、と答えざるをえない。

 

「うんまあ、早い話、今朝の話の続きがしたかっただけなんだよね」

「今朝のって・・・・・俺の“個性”の事か?」

「そうそう。ほら、朝は途中で先生も来ちゃったから、最後まで話せなかったじゃん? だから、今度こそ最後まで話して貰おうって」

 

 俺を連行した下手人二人は、悪びれもせずに連行してきた目的を白状した。

 確かに、彼らの疑問には最後まで答えていなかったが、それは元から話すつもりのないことだ。こんな事をされても、こちらの気は変わらない。それ以前に――

 

「HRで相澤先生に釘刺された事、忘れたのか? 事情があるって言ってただろ。話したくても話せないんだ」

 

 芦戸からの追及を躱せず四苦八苦していた俺に届いた、思いもよらぬ援護。

 彼からの忠告を聞き、もう諦めたものと思っていたのだが、どうやら彼らの好奇心はそう簡単には無くならないらしい。

 

「俺たちもそこは分かってるし、強制しようとは思わねえよ? けどさ、せめて質問ぐらいはさせてくれよ」

「話したくない事なら言わなくていいし、無理には聞かないから。ね、お願いっ」

 

 パン、と手を合わせて芦戸はこちらを拝む。神社で神様相手にする様な礼拝に比べれば厳かさに欠けるが、少なくとも巫山戯ているような気配は感じない。

 ただ好奇心を満たしに来たにしては、えらく真剣な様子だ。

 

「他のみんなも同じ理由か?」

 

 芦戸達から視線を切り、他の面々に尋ねる。

 示し合わせた様に俺達と一緒に移動してたからまず間違いないと思うが、一応の確認だ。

 

「おっしゃる通り、私たちもお話をお伺いしたく、こうして同行させて頂きました」 

「・・・・・まあ、そうだろうな」

 

 別の用事だ、とでも言ってくれれば幾分、心が休まったが、現実がそう優しいモノな筈もなく、この場にいる全員が同じ目的で来ている。そうでもなけりゃ、普段からつるんでもない面子がこうも一塊になる事ないだろうし。

 

「でもなぁ、俺の“個性“についてと言われても、概ねはみんなが認識してる通りのもので、これといった情報なんて無いぞ」

 

 ”個性“について知られちゃ拙いのは、あくまでその成り立ちだ。“個性”という現象に対する現行の認識や常識を真っ向から無視する在り方が、騒ぎの元になり得るから秘匿しているだけ。

 実際の扱い方や現実に発現出来る効果に焦点を当てれば、類似例はいくらでもある。

 だから個性について話せと言われても、彼らが知っている以上の事なんて、実はあんまり無い。

 

「上鳴も言ってたけどよ、俺らも深いとこまで突っ込む気はねぇんだ」

「でも、もし衛宮ちゃんが許してくれるなら、一つだけ聞きたいの」

「一つだけ、ね・・・・・」

 

 わざわざ昼休みに集まって知りたい事がただの一つだけというのは、実に豪快な時間の使い方だ。仮に俺が断れば、まるっきり時間の無駄になるし、聞いて楽しい話でもないだろうに。

 その辺を考慮した上で、それでも聞きたいこと、ということか。

 

 ・・・・・どうするかな・・・・・・。

 

 緑谷が絶賛していたカツ丼を突つきながらみんなの要望を検討する。もし彼らが、俺の“個性”について根掘り葉掘り問い質すつもりだったなら思考も挟まず断っていた。

 けど、実際に聞きたいと言っているのはたったの一つ。それならこちらにも考慮の余地がある。

 

 なかなか上手いやり方だ。先生から言われた言葉から込み入った事情があると理解して、俺から話を聞き出すのは難しいとみんな悟った。そこで、引き出す情報を絞る事で自供のハードルを引き下げようとしている。

 それに、深入りするつもりはないとも言ってたから、俺が細部を秘して話しても聞いた内容だけで納得するんだろう。

 

 ・・・・・中身次第、か。

 

「・・・・・とりあえず、何を聞きたいのか言ってくれ。そこを教えてもらわないことには、こっちも判断できない」

 

 丼と一緒に頼んだうどんを啜った後で、その聞きたいこととやらの詳細を尋ねる。

 少々、軽率な判断だとは思うが、話せる内容を限定するなら問題はさほど無い。

 USJの件で余計な心配をかけてしまった負い目もある。俺も、話せる範囲でなら答えてやりたい。

 

「では、皆を代表して、俺から発言させてもらう」

 

 ス、と腕を伸ばして、天を衝くように挙手したのは飯田だった。

 譲られた形とはいえ、彼は我がクラスの学級委員長。進行やまとめ役なら、彼が適任か。

 

「俺たちがこうして集まった理由。それは――USJで君の身に起きた現象を、教えてもらう為だ」

「・・・・・やっぱりか」

 

 真剣な表情で告げられた言葉に、内心でため息をつく。

 内容そのものは半ば予想していたからあまり驚きはない。けど、それはやはり、聞いて欲しくない部分の一つだ。

 

 刃で磔になるあの状態を詳しく説明してしまえば、そこから疑問は連鎖していくだろう。そしていつかは、俺の“個性”の核心に辿り着く。

 それは突飛な発想かもしれないが、過去に一人の研究者は自力でその事実に辿り着いた。彼ら優秀なヒーロー志望が――特に、八百万のような人類というカテゴリでも最高峰の頭脳を持つ人間なら、同じ結論を導き出すかもしれない。

 

 だから、絶対に詳細は話せないし、客観的に考えても話すべきでない事は確実だ。

 第一、なんでみんなはそんな話を聞きたいのか。少なくとも、聞いていて気持ちのいい話ではないし、飯時に選ぶ類の話じゃない。

 

「一応、聞きたいんだが、何でアレを知りたいんだ。使ってる俺が言うのも変だけど、気分の良い話じゃないぞ」

 

 警告の意味合いも兼ねて、彼らがその問いを選んだ理由を聞く。

 ただの好奇心止まりなら、あんな血生臭いリスクは知らない方が良いし、俺もできることなら隠しておきたい。

 理由如何によっては、ここでこの話は終わりだ。

 

「んー、とね。実のところ、アレそのものをそこまで知りたいってわけじゃないんだよね」

「・・・・・何だ、それ。やってる事と矛盾してるぞ」

 

 芦戸の言葉に、思わず首を傾げる。

 俺が何で串刺しになったのか。その原因を知りたかったから、わざわざ俺を拉致してきたんじゃないのか。

 

「なんて言うか、さ。“個性”の秘密が気になるっていうより、どうしてああなっちゃったのかなって、そう思っただけなんだ」

「・・・・・? 同じ事じゃ無いのか?」 

 

 ますます、頭が混乱してきた。

 俺の隠し事を知りたいわけではないと言いながら、あの現象の正体を探ろうとしている。

 いったい全体、みんなは何が言いたいんだ。

 

「あの時のエミヤん、滅茶苦茶ピンチだったじゃん?」

 

 改めて話しはじめた芦戸。その声に、いつもの明るさが無い事に気づいた。

 笑みは浮かんでいるがどこか神妙なもので、それが今朝の芦戸と被って見える。

 

「いきなり体から剣みたいなのが生えて、ボロボロになってさ。エミヤんからしたらアレは不思議な事じゃなかったのかもしれないけど、見てるこっちは何が起きたのか分からないし――正直に言えば、アタシはすごく怖かった」

「怖かった・・・・・?」

 

 半ば独白の様に吐露された心情に、しかしいまいちピンとこない。

 それがどう話に繋がってくるのか、という疑問もあるが、いったい何を恐れたのか、そこが理解できなかった。

 あの時、傍目で見ても彼らに差し迫った脅威は無かったし、生えてきた刃がいきなり飛びかかっていくような事も無かった。ヴィランだってこっちで押さえてたから、彼らが恐怖心を持つような要素は無かった筈だ。

 

「・・・・・もしかして、あの姿が気味悪かったか? なら、不快な思いをさせて悪かった」

 

 思い付く限りであり得そうなのは、それくらいだった。

 全身に刃を生やし、血を滴らせながら動くヒトガタモドキは、確かに気色の悪い存在だろう。

 そこを指摘されているなら、俺に反論の余地は無い。

 

「違う違う、そういう事じゃないって」

「違うのか?」

 

 が、予測はあっさりと否定された。

 違うよ、と言う芦戸の顔には、どこか呆れたような苦笑が浮かんでいる。

 

「やっぱ分かってないかぁ。エミヤん、変なとこで鈍いし。――アタシが言いたいのはね。あの時、エミヤんが死んじゃうんかもしれなくって、それが怖かったてこと」

「俺が死ぬ事が、怖かったのか・・・・・?」

「・・・・・アタシ、これでも結構臆病でさ。ヴィランに襲われて先生が倒された時も不安だったけど、エミヤんがあんなになった時はもっと怖くて、思わず泣いちゃったんだよ?」

 

 気恥ずかしそうに頬を掻く芦戸を前に、やはり疑問が先に来る。

 死にかけの俺に、何を感じて恐ろしくなったのか。あの時の光景を見て、自身にも同じ結果が待っているのではないかと恐れた、なんていう様子でもない。

 ヴィラン相手ならまだしも、俺の死に恐れを抱く要素なんて、いったいどこに――

 

 ・・・・・・あ。

 

 ふと、今朝の出来事を思い出す。

 それは、一日の始まりにするには些か重い会話で。しかし、衛宮士郎にとっては何処か懐かしくも見知らぬ、初めての景色を見せた。

 あの時、登校してきた俺に、彼らは何と言ってくれたのか。

 

「つまり、芦戸が言いたいのは――」

「エミヤんが心配だから、もうあんな姿にさせない様に、エミヤんが何であんな事になったか知りたかったんだ」

「――――」

 

 芦戸から聞かされた答えに、言葉を失う。

 彼女の言葉が予想外だったから――じゃない。偏に、己の無自覚さに呆れたのだ。

 俺は、彼らの友人でいようと、みんなとの関係性を改めたばかりだっていうのに、いまだにその自覚が追いついていない。だから、芦戸が俺の死を恐れた理由をすぐには気付けなかった。

 普通、友人が死に目に遭ったならどう思うかなんて、いちいち考えるまでも無いだろうに。

 

「てゆーかー、今朝も似たような話をしたばっかなんだし、もうちょっと早く気づいてくれても良くない?」

「・・・・・芦戸の言う通り、もっと早く思い付くべきだった。察しの悪いヤツでごめん」

 

 不満そうな顔で批難されるが、全くもって反論のしようもない。

 彼女らは俺の身を案じてくれていたというのに、俺は呑気に昼の献立を考えていた。薄情者と、そう指さされても文句ひとつ言えない。

 

「・・・・・ん。いつまでも気づいてくれなかったのはちょっとショックだったけど、”友達“だから許してあげる。ねー、みんな?」

「別に、許すも何も無いけど・・・・・まあ、そんなに気にすんな」

「そうそう。ウチら、別に衛宮くんを責めるつもりなんて一切無いから!」

「・・・・・そう言ってくれると助かる」

 

 ニシシ、と悪戯っぽく笑う芦戸と、気にしていないと言ってくれるみんな。

 その優しさが、胸に温かかった。

 

「――分かった。あんまり詳しい説明は出来ないけど、あの状態が何だったのか、大まかな仕組みは話すよ」

「おお! ついに決心したの!?」

「元々絶対に話せない話ってわけじゃないし、みんなには心配かけたからな。詫びの印、だなんて言えないけど、最低限の疑問は解消するつもりだ」

 

 それが、彼らに心労をかけた俺が、果たすべき責任だと思うから。

 詳細は伏せたままだし、腑に落ちなくても無理やり呑み込んでもらう事になるけど、事の流れは教えてやれる。

 

「一応、今から話す内容は知りたい奴には教えてもらっても構わない。ただ、話に違和感を感じても、今はそういうモノなんだって納得して欲しい」

 

 説明に移る前に、そう前置いてみんなを見回し、全員が頷いたのを確認してから話を始める。

 

「まず初めに、あの現象の正体だけど――大雑把に言えば、あれは単なる自滅だ」

「自滅っていうと、緑谷くんみたいにか?」

「ああ。雑な見方をすればどっちも同じようなもんだな」

 

 分かりやすく例を出してくれた飯田くんに乗っかる形で肯定する。

 こう言う時、彼のような人物がいると話を進めやすい。

 比較対象として、緑谷は最も身近なサンプルだから、みんなも理解しやすいだろう。

 

「ただ、細部を見た時、俺と緑谷の自傷は少し事情が違ってくる」

「と、言うと?」」

「緑谷の自傷は、100%の出力に対して身体が追いついてないから起きるものらしい。けどそれは、身体さえ適合してしまえば起きる事はない」

 

 緑谷から聞いた話で、それまで”無個性“だった彼がある日を境に超怪力という”個性“を発現させたらしい。

 元からあったものにあの歳まで気付かなかったのか、それとも、本当に突然変異で新たに発生したのか。その辺りの事情は不明だし、俺も実態がどうかなんて興味は無い。

 問題は、その能力が緑谷に全く適合していなかったって事。当たり前だ。それまで存在にすら気付かず、一度として使った事も無いんだから、身体に馴染んでいるはずがない。

 彼の”個性“による肉体の自壊は、単に練度不足が原因だ。

 

「けど、俺は違う。体の強度は関係無くて、許容値や明確な限界も無い。体力の続く限り望めば望むだけ生み出せる。それこそ、一度に千以上の剣を産み出すことだって可能だ」

「千て、めちゃくちゃな数だな」

「ヤオモモ、創造型の“個性”ってそんなにいっぱい作れるの?」

「それぞれの“個性”が持つ性質や、創造する物質の質量によって変わるかと思いますが・・・・・・少なくとも、千単位の刀剣を全く同時に産み出すなんて芸当、通常ではまず不可能です。少なくとも、私に同じことは出来ません」

 

 確かに、他の創造型に比べて、単純な物量という観点で言えば、俺の投影は群を抜いている。素材にしているものと、ソレが来ている場所が、俺と彼らとでは全く違うからだ。

 他が自身の肉体にある要素、或いは周囲の物質から素材を確保しているのに対し、俺は自身の精神という、現実には無い場所から汲み上げている。今の所、その在庫に底は見受けられない。“無限”と、そう錯覚出来るほどに。

 それが、常軌を逸した物量を用意出来る理由。純粋に、扱える素材の量が違うのだ。

 

 そして、生成時間の差は工程の違い故だ。

 彼らは素材を組み合わせ入れ替えて、そうして望みの物を創り出す。けど俺の場合、設計図を想起し、それを展開させた時点でモノは完成している。

 早い話、工場で組み立てるか、3Dプリンターを使うかの違いみたいなものだ。

 

「でもさ、そんだけの量をリスク無しで扱えるんなら、何であんな風になっちまうんだよ。 そういうのって普通、キャパオーバーになるから起きるもんじゃねーの」

「峰田君の言う通り、緑谷君の様に出力するエネルギー量に左右されないなら、USJの時の様な自滅は起こらないはずだ」

「そりゃ、別の所に原因があるからな」

 

 まあ、汲み上げる素材の量次第で出てくる刃の数も変わってくるから、全くの無関係ってわけでも無いけど、その辺は割愛。

 

「俺がああなる理由だけど、要は手綱を握れてるかどうかの違いなんだ」

「手綱、ですか・・・・・?」

 

 はて、と不思議そうに首を傾げる八百万。

 他の連中はともかく、”創造“という類似点のある能力を有するからこそ、俺の表現にはしっくり来ないんだろう。

 

「ざっくり説明すると、俺の”個性“――投影を扱う為に必要な素材は俺自身の中にあって、その総数はさっきも話した通りかなりの量だ。俺は普段、その素材を必要な分だけ引き出して扱ってるんだが、扱いはそれなりに難しい。もしソレが制御を離れて内側で溢れれば――」

「その超過分が、体に刃として現れる――という事ですか」

 

 先の表現と合わせて瞬時に把握した八百万に頷いてみせる。

 彼女は自身の脂質を利用・変換して物質を生み出している。一度に扱える量は決まってるし、素材そのものが彼女を傷つける事はあり得ない。

 その差異があるから、さっきの表現にもすぐに理解が及ばなかったんだろう。

 

「なんか、分かったような分からないような・・・・・」

「俺たちの”個性“は創造型じゃねーし、いまいちイメージ湧かねぇ」

 

 八百万が一度の説明で理解を示したのに対し、モノを産み出すという行為そのものに馴染みがない面子は、今の話じゃ説明不足だったらしい。

 こればかりは生まれ持ってのものだから、仕方ないだろう。

 

「水道なんかを想像してくれたら分かりやすいと思う。蛇口を適切に捻れば適量の水を流せるけど、何も考えず力任せにしたら、流れ出る水も勢いを増すだろ?」

「あー。それならイメージしやすいかも」

 

 ぽん、と手を叩くという古典的な表現で、麗日はようやく得心がいった、と納得顔を見せる。

 他の連中も、今ので大体は理解してくれたらしい。

 

「という事は、USJでああなったのは、ヴィランとの戦いで”個性“を制御出来なくなったせいかしら?」

 

 人差し指をふにん、と唇に当て、蛙吹さんはあの時の流れを推測する。しかし――

 

「いや。俺が自滅したのにヴィランは関係無いよ。それに、予想外の出来事程度で制御を失敗するほど未熟ではないと思ってる」

「予想外程度って・・・・・普通、それでも十分な理由なんじゃ・・・・・ていうか、さっきああなる原因は”個性“が制御出来なくなったから、て言ってなかった?」

「正確に言えば、()()()()()()()()()()、だな。」

「・・・・・・・・・・・謎かけか?」

 

 上鳴がまた唸ってる。頭から煙が出てるように見えるが、そんなに難しい事だろうか。

 複雑な意味なんて無いし、至極単純な話なんだが。

 

「だからさ。制御出来なくなったんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()

「んん? 自分から手放した? ・・・・・・・ちょっと待って。それって、まさか――」

「わざと、あの姿になったんですか・・・・・?」

「そういう事」

 

 耳郎と八百万は理解してくれたらしい。

 彼女達の言う通り、俺が死にかけたのはあくまで自分の選んだ事。ヴィランのせいでもないし、手抜かりがあったわけでもない。あの時の状況で、戦い抜く為にした選択だ。

 何一つとして、難しい話じゃなく――

 

「き、君はっ! ()がいない間に、なんて危険な真似をやってるんだ!?」

「信じらんねぇ! 自分でヤバくなるって分かってんのに、何であんな事してんの!?」

「ほんと何考えてたのエミヤん!?」

「そ、そんなに叫ばなくっても聞こえるから、落ち着けって」

 

 凄まじい剣幕で詰め寄られた。

 ばん! とテーブルに手をついて身を乗り出してるから、自然と距離が埋められてる。

 特に、両サイドの上鳴と飯田くん。顔が近い、近い。

 

「とにかく。みんな普通に座ってくれ。ほら、周りの視線もあるしさ」

「そ、そうだな。少し軽率だった」

 

 話に没頭して忘れてたのかもしれないけど、ここは学食だ。

 一年から三年まで、ヒーロー科に限らず他の科の生徒も利用してる。人の多さなんて言うまでもないし、あんまりうるさいと視線が集まってくる。

 彼らが何でこうも焦っているのか流石に今度は分かってはいるが、人に聞かせたい話でもないし、出来ればあまり目立ちたくはない。

 

「改めて聞くけどさ、衛宮は何で自分から制御を手放したの。そんな事したらどうなるか、自分で分かってたんでしょ? それなのに、どうして・・・・・・」

 

 立ち上がった面子が座り直したのを確認して、耳郎が話を仕切り直す。

 彼女が言う通り、一見すれば理解不能な行動だろう。

 瀕死になると分かっていながら、自ら制御を放棄するのは、自殺志願者と大差無い。けど――

 

「俺も出来ればしたくなかったさ。けど、あの時はああでもしないと戦えなかったから」

「確かに、衛宮くん結構追い詰められてたけど・・・・・・いや待って、戦う為にあんな事したん!? 生き残るためやなく!?」

「ああ。右腕は完全に使い物にならなくなってたし、武器を扱う余裕も碌に残ってなかったからな。だから全身刃尽くしにして、武装しようとしたんだ」

「マジで無茶苦茶だなぁお前! なんなんだよそのクソ度胸、怖すぎんだろ!? 緑谷でももうちょい躊躇うわっ!!

 

 麗日と峰田がえらく仰天してるが、これに関してはそんなに不思議がる事でもない。

 どの道、ああでもしないと握り潰されてたし、仮に投影で拘束から脱しても後が続かない。無論、ヴィランとの戦いに最適な方法を選んだ結果ではあるが、同時に生き延びるためでもあった。

 命を賭ける覚悟は初めから出来てるけど、俺だって意味も無く死んでやるつもりはない。

 

「まあとにかく、USJで起きた事の正体はこれで概ね話し終わった。これ以上は聞かれたら困るから、質問は無しで頼む。――お前の事だぞ、八百万」

 

 こじんまりとした説明会を締め括って、最後に八百万へ釘を刺しておく。

 もうなんか、いかにも質問したいです、みたいな顔でウズウズしてるの丸わかりだったからな。

 槍玉に挙げられた本人は、はう! なんて呻いて残念そうな顔をしてるが、俺にも事情というものがあるので大人しく諦めてもらおう。

 

「あはは。まあ仕方ないよヤオモモ。いつか話してくれるのを期待して、今回は諦めなー」

「そうそう。もしかしたら、そのうち口滑らしてくれるかもしれないしさ。元気出しなよ」

「出来ればそんな状況には陥りたくないがな・・・・・てか耳郎、お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 気落ちする副委員長を芦戸と耳郎が笑って励ましてるが、二人ともえらい言い草だ。

 自分から話すと決めるならまだしも、間違えてそんな話をするほど、俺はうっかりではない。

 第一、そんな大事なとこで間の抜けたことする奴は、俺みたいな見るからに平々凡々とした人間じゃなく――

 

 ・・・・・・あれ? いま、変な事考えてなかったか?

 

 気付かぬうちに、思考がおかしな方向に向かっていた。

 今の話のどこを取れば、うっかりをやらかす人間の特徴なんて考えに向かうのか。

 自分で思い浮かべておいてなんだが、まるで理解できない。

 

 ・・・・・なんか、背筋が寒くなってきたような・・・・・

 

 本当に唐突に寒気がしてきた。

 季節の変わり目で風邪でも引いたか。或いは、病み上がりの体が調子を崩してるのか。どっちにしろ本調子でないのは間違いない。

 さっきの変な思考も、それが原因だろう。うん、そういう事にしておこう。

 

「まあ何はともあれ、衛宮くんが無事に生還出来て良かった!」

「まったくだ。俺など、事件が終わってからというもの、四六時中君の安否が気になっていたんだぞ」

 

 無事を喜ぶ声を聞いて、改めて己がいかに未熟であるかを思い知る。ヴィランとの戦いをもっと上手く運べていたなら、彼らに無駄な不安を抱かせることもなかった。

 俺の心配などせずに割り切ってくれれば簡単な話なんだが、彼らという人間にそれは無理な頼みというものだろう。ヒーローを志し、人情や道徳を重んじる彼らが、知己の大事に平然としていられるわけがない。

 俺だって、もし知人が死にかけていれば居ても立っても居られなくなるのだから、人の事を言えたもんじゃないしな。

 

「飯田の気持ちも分かるよ。俺なんか、衛宮が今朝いきなり登校してくるまで、ぜってぇ死んでるって思って――」

「上鳴ちゃん。気持ちは分かるけど、縁起でもないこと言わないで」

「あー、蛙吹さん? 心配かけさせた俺が全面的に悪いから、舌で刺突を繰り出すのは勘弁してやってくれ。俺も大して気にしてないから」

 

 割と無神経な発言をする上鳴に、蛙吹さんの鋭い舌撃が突き刺さるが、状況が状況だったから嫌な未来を思い浮かべても仕方がない。

 

「そう言う衛宮ちゃんもよ。あの時、傷ついていくあなたを見て、私とっても辛かったわ。悪いと思うなら、お願いだからもうあんな事はしないで」

 

 舌を仕舞ってくれたのも束の間、今度はこっちに矛先が向けられた。

 よくよく思い出せば、緑谷と一緒に彼女もあの場に居たんだったな。なら、俺が串刺しになった瞬間もそれなりに近い位置から見ていたんだろう。

 そういう言い分――お願いが出てくるのも分かる。

 

――あぁ、でも。

 

「―――悪いけど、それは約束出来ない」

「え・・・・・?」

 

 蛙吹さんの目を見て、拒絶の意思を伝える。

 返答を受けた彼女の表情は、その瞬間に切り取られた様に固まっていた。

 

 今のは、どうしようもないくらい冷淡な発言だったと思う。彼女はただ、衛宮士郎という人間の身を案じてくれていただけなのに、それを俺は一秒とかけず無為にした。

 冷血漢と、そうなじられても仕方ないほど、人情を足蹴にした答えだった。

 

 無論、分かっているのだ。

 自分の所為で彼らの心に傷をつけた事も、その為にみんながどれだけ俺を案じてくれたかも、ちゃんと理解している。

 出来るのなら、俺の手でその瑕疵は埋めるべきだ。埋め合わせの頼み事も大抵は受け入れよう。

 

――それでも、いま告げられた願いにだけは、どうあっても頷けない。

 

「な、何でだよ! 衛宮も、さっきはやりたくてやったわけじゃないって言ってたじゃんか! そこは大人しく頷いとくとこだろ!?」

「そうだよ! どんだけリスクがあるか、衛宮が一番よく知ってるんでしょ! また同じ事があったら、今度は生き残れないかもしれないんだよ!?」

「確かに、そうだな」

 

 身を固めた蛙吹さんに代わって声を荒げたのは峰田と耳郎。

 無謀を咎めた嘆願を跳ね除けた俺に、半ば怒ったような顔で先の発言を取り消す様に迫る。

 ああ。二人の言葉は正しい。

 自死を乞いかねないほどの痛みも。全身が灼けついているのに末端から徐々に熱を失っていく感覚も。世界が暗く染まって深い闇にどこまでも堕ちていくかのような錯覚も。

 どれ一つとして味わいたくはない。避けて通れるものなら、俺はいくらでも手を尽くすだろう。

 

「でもそれは、他にやりようがあれば、の話だ」

 

 方法、選択肢、可能性。

 何だっていい。衛宮士郎に取り得る手段なら、何でも当てはまる。

 それがある内は、俺も身の振り方を選べよう。

 

「けど――」

 

――仮令、そこに分かれ道が無いとすれば。

 

「――あの時と同じような惨劇が目の前で繰り広げられて、そこから誰かを救い出す為にこの身体を差し出さなくちゃならないなら――俺は、迷わずその方法を選ぶ」

 

 静かに。しかしハッキリと、自らの意思を告げる。

 衛宮士郎には、苦しむ人を見過ごす事は出来ない。人々の日常を理不尽な悪意によって壊される事は、この身が引き裂かれるよりなお受け入れ難い苦痛だ。

 その地獄を覆せるというのなら、痛みも死も何ら恐ろしくはない。

 

――しかし、だからこそ。

 

「みんなの心配も分かってる。けどその上で、俺はまたいつか同じ様な事を繰り返す」

 

 それは、確定した未来だ。

 生涯、衛宮士郎がヒーローとして生きていく以上――正義の味方を目指していく以上、避けては通れない道程。

 人の世から争いが消える事はなく、悪意を溜め込んだ人間は呆気なく日常を奪っていく。真の平和はいま以って人智未踏の境地だ。

 それらとの戦いに、容易なものなどありはしない。

 予想はいつだって現実に上回られ、視野を広げるほどに理想との隔絶は埋め難くなっていく。

 

 衛宮士郎の力は、その障害を前にあまりにちっぽけだ。世界という名の壁を穿つには、それこそ世界にも屈さぬ英雄の如き力が求められる。

 そんなもの、ただの人間に持てるものじゃない。

 他の追随を許さぬ才を、一生を通して弛まず磨き上げ、常に己を凌駕する苦難に勝利し、さらには己が運命すら乗り越えた者にしか、その領域には踏み入れない。

 現代において真実、英雄と呼べる者は衛宮士郎が知る限りたった一人だけだ。

 

 当然、そんな地平を見る事は戦う者ですらない衛宮士郎には能わない。――しかし、それでもなお理想を求めるというのなら、分不相応な願いに見合った代価を積み上げる他ない。

 自身の命を担保にし、利用出来る全てを利用し尽くし、その果てに勝利を掴み取る。

 それが衛宮士郎の戦い、成し得る限界であり――故に、末路は決まっている。

 

「だから、俺がまたUSJの時みたいな事になっても、みんなが気にする必要は無い」

 

 彼らの忠告と懇願を聞きながら何一つ顧みず己を変えられない、筋金の入った大馬鹿者。

 そんな男の行く末に気を揉んだところで何になる。

 馬耳東風。忠言も右から左に流れていくのなら、彼らの思いやりも骨折り損でしかない。

 

 ・・・・・だから、無理な頼みと分かっていても、言っておかなければならなかった。

 少しでも、彼らの中で“衛宮士郎”という存在が軽いモノになる様に。その気遣いを、より多くの人に向けてくれる様に。

 生き方を変えられないこの身に、彼らの優しさは過ぎた浪費なのだ。

 だから、衛宮士郎の安否に気を割く必要などないと、頭の良い彼らならきっと理解してくれる筈で――

 

「ふざけないでください!!」

 

 

――だと言うのに。

 

 

――そう容易く頷いてくれるほど、俺の友人は物分かりのいい人間ではないらしい。

 

 

 

 

  

  

――この瞬間、八百万百の心を染めるのは怒りだけだった。

 

 友人の願いを聞き入れず、これからも自身を酷使するつもりでいる少年の請願はとても聞き入れられるものではない。

 彼が最後に放った言い分を耳にした時点で、忍耐という言葉はとっくにその意義を失っている。 

 

 ・・・・・気にする必要は無い、ですって?

 

 なんだそれは。

 ふざけているにも――馬鹿にしているにも程がある。

 こちらの想いは今朝に語った通りで、その意図を彼は過たず理解した筈だ。共に歩み支え合う存在として在ろうと、そう言ったのではなかったか。

 いったいどこの世界に、友の窮地に無関心でいられる人間がいようか。

 

「既にお伝えしたはずです。私たちは友人としてあなたが大切だから心配するのだと。それとも、ほんの数時間前の事をもうお忘れですか?」

 

 きっ、と彼を睨みながら言葉を紡ぐ。

 視線の強さは、そのまま想いの強さとイコールだ。

 どうでもいい人間だったなら、彼女は初めから衛宮士郎を気にかけてはいない。死を覚悟で彼を引き留めてなどいない。

 

 気にするな、などと。

 そんな言葉に頷ける程、半端な心持ちは持ち合わせていない。

 

「・・・・・勿論、忘れちゃいないさ。自分で言った事を今さら反故にする気はない」

 

 それはそうだろう、と分かりきった返答に内心で頷く。

 もしそんな記憶さえ残っていなかったなら、彼女は士郎の痴呆を疑っていた。

 直近の出来事であるということ以前に、アレだけ正面から思いの丈をぶつけ合った鮮烈な遣り取りを忘れる様な、無機質な人間だとは思っていないからだ。

 

 しかし、だからこそ腹立たしい。

 彼は、クラスメイトたちの想いを理解して。この場の誰一人として、傷つく彼の姿に平然としていられないと分かって。その上で、あの無神経な発言をしたのだ。

 

「覚えているのならどうして、気にする必要はない、などと言うのですか」

 

 彼は自身に向けられる想いを認識し、そして彼女らの語る道理を理解した。友の不幸を見て見ぬ振りは出来ないと、何より彼自身が賛同している。

 その彼が、今更になってその道理を否定する事は筋が通らない。

 いったい何故と、彼女が疑問を抱くのはごく自然と言えた。

 

「・・・・・さっき言った通りだよ。俺は自分の考えを――生き方を曲げられない。謂れもなく傷つけられる誰かを守れるのなら、どんな事だってする」

 

 決死である。

 背後の人々を守り抜く為、彼は全てを賭けねばならない。己の命はもとより、他人の力も、敵の思考をも利用し、あらゆる手を尽くして背後の人々を守り抜く。

 

 ・・・・・或いは、トップヒーローに比する才覚が備わっていれば、また違ったのかもしれない。

 オールマイトのように、独力で以って千の人々を死地から救い出せる様な力を得られるのなら、彼ももっと上手くやれたのだろう。

 だが現実には、彼が天より与えられた才は微々たるもので、特殊な個性はただ扱いが面倒なだけで、戦力としては凡庸止まり。

 それでも彼が自らの“個性”を武器として戦っていく限り、二日前の光景は何度でも繰り返されるだろう。

 

――しかし、だからこそ。

 

「俺はいざとなれば友達の心配も無視して戦う。――そんな奴を気遣っても、みんなの思いやりが無駄になるだけだ」

 

 衛宮士郎がその生き方を続ける限り、痛みと傷は絶えることなく、死の影は常に付き纏う。

 それを厭う事も、避ける事もしないのなら、彼を案じる想いはどこに行けばいいというのか。

 気にも留めず、一瞥するだけで受け止めようともしない。ならばそれはただの徒労で、報われる事のないイタミを積み重ねるだけだ。

 

――それなら、初めから気にしなければ、何も憂う必要はなくて――

 

「―――仰りたい事は、それだけですか」

 

――そんな論理に納得出来ない人間が、ここにいる。

 

 まなじりを強く絞り、八百万百は衛宮士郎を睨め付ける。

 この対話が、決して退いてはならない戦いかのように、隣に座る芦戸が気圧されるほどの気迫で臨んでいる。

 

「衛宮さんが必要だと判断して、リスクを承知であの状態すら利用するというのならそれは構いません。身を挺して人々を守るのはヒーローの務めでしょう」

 

 彼女が抱く怒りの矛先は衛宮士郎の捨て身に対してではない。

 かねてより滅私奉公の精神は尊ばれるものだ。前時代なら実践できる者はごく僅かだったが、このヒーロー飽和時代において自らを犠牲に他者を救う在り方は決して珍しいものではない。

 ヒーローと、ヒーローを目指す者なら誰もが持つ資質で、各々を分けるのはその程度だけだ。

 故に、八百万は彼の傷付く姿に胸の苦しみを覚えても、その選択を否定しようなどとは微塵も思っていない。加えて、

 

「それに、衛宮さんの人生ですもの。あなたの生き方に口出す権利、私にはございません」

 

 衛宮士郎の命は、衛宮士郎だけのもの。その事実は変えようがない。

 人間という生き物はどこまでいっても個によって完結するものだ。その道程でいかに他と関わり交わろうと、人生の終着点、死の瞬間は何者も一人となり、その間際に己の一生を誇れるよう人間は生きている。

 結局は他人でしかない八百万やA組の生徒達が、既に自身の生存理由を定めている彼の生き方に異議を唱えられよう筈もない。

 

「ですが――」

 

 八百万百は衛宮士郎の行動を由とし、その生き方を認めている。咎めるべきはなく、ヒーローを目指す者として正しいモノなのだと。

 彼の選択を尊重し、在り方を否定せず――それでもなお衛宮士郎の言葉を許せない、その理由。

 

「”そんな理由“であなたを心配するなと言うのでしたら―――私は、断固として拒否しますわ」

 

 衛宮士郎は言った。己を気遣う事は無駄でしかないと。

 確かにその通りだろう。意味を成さない行為、結果を生み出さない試みに価値など無い。無碍にすると分かりきっている事なら、わざわざそうする必要は無い。

 ああ、間違いではない。決して、間違いではないだろう。衛宮士郎が語った道理には、ただ一片の誤りは無く。

 

――だが、果たして彼女らはその様な損益で衛宮士郎の身を案じていたのだったか?

 

「私は、何かの義務であなたを引き留めたのでも、心配したのでもありません。ただ、友人として大切だから、そうしたまでです」

 

 たとえ、二週間足らずの付き合いであろうと関係無い。既に八百万の中で衛宮士郎という人間は決して無視できない存在となっている。

 失いたくないから、ただそうしたいから。

 彼女が士郎を案じる理由を支えるのは、たったそれだけの情念だ。

 

「それを、無駄だから止めろ、だなんて――虚仮にするにも程がありましてよ」

 

 冷ややかに――しかし、激情を湛えた声で彼女は告げた。

 衛宮士郎の生き方に文句は言わない、言えない。だが、友人の想いを損得勘定で括れる程度のものだと思われている事だけは、我慢ならなかった。

 

――故に、いま一度その認識を正す。

 

「未だにそんな履き違えをなさっているのでしたら、改めて言って差し上げますわ」

 

 一拍、呼吸を取り込み。

 目を逸らさず、目の前の友人を見据えて。

 

「私は、あなたの友人です。あなたが傷つき苦しんでいるのなら、この手を差し伸べます。過酷な戦いに臨むあなたの無事を願います」

 

 言葉は力強い。

 ただ想いを述べるという以上に。まるで、衛宮士郎という一人の人間に宣誓するかのように、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「たとえ、衛宮さん自身が拒んでも関係ありません。あなたがみなさんの頼みを聞けないのと同じように、私も私のしたいようにいたします。文句は、言わせませんわ」

 

 彼の生き方に意を唱えない代わりに、自らの決定にも口出させない。

 それが、八百万百の出した、衛宮士郎への答えだった。

 同時に――

 

「八百万に色々と言われちまったけど、俺だって同じ気持ちだぜ、衛宮。お前がどうしても無茶するってんなら、今度は俺が一緒に戦ってやる。あんな姿にはぜってぇさせねえ」

 

 ガギン、と硬質化させた拳を打ち鳴らし、切島が八百万に続く。

 今朝の一幕、衛宮士郎を友人だと八百万が言った時と同じように、彼はとうに伝えている想いをもう一度伝えた。

 

「・・・・・まいったな」

 

 彼らの宣言を受け止め、士郎は困った様に呟く。

 甘く視ていたわけではないが、彼らの決意の程を低く見積もっていた。

 

「もしかして、他のみんなも二人と同じ考えだったりするか?」

「当たり前だ。危険な目にあった時、心配するのが友達というものだろう。何より俺は学級委員長だ。クラスのメンバーの危難に黙ってなどいられない」

「そもそもウチらヒーロー志望だよ? 友達の不幸を流すような薄情な生き方は出来ないって」

 

 士郎の問いは間髪入れずに返答された。

 飯田と耳郎が肯定し、他のクラスメイトがそれに倣って頷く。

 全員が全員、彼の頼みを由とはしない。友人の無謀を見過ごせる人間など、ここには一人としていなかった。

 

「・・・・・その様子だと、みんな折れる気は無さそうだ」

 

 つくづく、己の見通しが甘かったと、士郎は実感する。

 少し考えれば分かっていたはずだ。彼ら未来のヒーローが、級友の無鉄砲にただ指を咥えて見ていることなどできるわけがない、と。

 目に見えるモノ――叶うのならば全ての人を救いたいと、そう願って雄英に来た己と同じ志を持つ彼らを相手に、放っておいてくれなんて願いが通ると思っていたのが間違いだった。

 

「――それなら、俺にできる事は一つだけだ」

 

 衛宮士郎の思惑など関係無い。彼らは自身の決意を曲げる事はない。

 この先、彼らの前で同じような目に遭ったなら、本当に全霊を尽くして共に戦おうとするだろう。優しい彼らは、俺のような人間の死に目でも、その心に深い悲しみを抱くのだろう。

 

――それを望まぬと、そう言うのなら。

 

「一層精進して、もうあんな事にはならないよう善処する―――いまは、それで勘弁してくれ」

 

 自分も彼らも引き下がれないと言うのなら、折衷案を見出すしかない。

 彼らが衛宮士郎に無駄な気を割かず、それでいて彼らを煩わせないようにする。その二つを叶えたいのなら、彼自身が誰にも迷惑をかけないほどの成果を出し続ければいい。

 容易な事ではなく、確約出来るほど確かな自信も無いが、その努力はしていく。

 難しい事ではない。いつもやっていた事をこれまで以上に必死で熟す、それだけの事だ。

 

「・・・・・まぁ、それが衛宮さんの“限界”でしょうね」

 

 士郎の言葉を聞き、不承不承といった様子で八百万は嘆息した。

 到底、納得できるものではないが、かといってこれ以上の()()は望めない。落とし所としてはこの辺りが妥当だと彼女も理解している。

 

「ええ。()()それで構いません。衛宮さんがどうしようもない頑固者だと、この数日で私も理解しましたから」

「・・・・・棘を感じる言い方だな」

「当たらずも遠からず。――少なくとも、半分は褒め言葉ですわ」

 

 少し不貞腐れた様子の士郎に、八百万はこともなげに返す。

 頑固者という評価にマイナスの意味を持たせているのは確かだが、同時に彼への尊敬にも近い賞賛が含まれている事も事実だ。

 

「俺に対する八百万の批評は置いとくとして。――とりあえず、みんなもそれでいいか?」

 

 不服ではあるが、斯様な言葉も致し方無しと言わざるを得ないほどの事を仕出かしたのは事実。

 自身への評価は甘んじて受け入れ、級友達ががこの選択に納得してくれるのかを問うた。

 

「無茶してる自覚はあるみたいだし、アタシはそれでいいかな。・・・・・・・ただ、ヤオモモ達みたいにあんまり重いことは言わないけど、エミヤんもほどほどにしときなよ」

「俺も特に言うことねーよ」

「私は、出来れば“次”なんて来ないように願うけどね」

 

 芦戸、上鳴、麗日が順に答えた。

 士郎の言葉にある程度の理解を示し、他クラスメイトも概ね同意している様子だ。

 

――ただ、一人を除いて。

 

「・・・・・・・・・本音を言えば、もう二度とあんな事はして欲しくないって、今でもそう思ってる」

 

 遅れて反応したのは蛙吹梅雨。言葉の節々に幾らかの抵抗が滲んでいる。

 憂いを帯びた瞳は変わらず、いま以って凄惨な未来への恐れは拭えていないようだった。

 

「でも、衛宮ちゃんの考えを否定できないのも、ヒーローが常に命懸けなのも、確かな事よ」

 

 だが、彼女とて理解している。

 自身に衛宮士郎の選択を覆す権利も無ければ、その“資格”も無い事を。

 あの時、死にかけていた少年に手を貸してやれなかった自分に、そんな事は許されない。

 

「――だから。私も同じ様に強くなる。“今度こそ“、一人で戦わせたりなんかしないわ」

 

 奇しくも、それは士郎が提示した決定と同じだった。

 止められないのなら自ら友人を守れるように。己が無力さを思い知った彼女の誓いである。

 

「・・・・・・・・・」

 

 クラスメイトの悔恨と決意に、士郎は口を噤んだ。

 そうしなければ、また同じ事を言いそうだったから。

 彼女が衛宮士郎の身勝手に負い目を感じる必要などこれっぽっちも無いのだと、そう言ってしまいそうになった口をすんでのところで閉ざし、出かかった言葉を飲み下した。

 イタチごっこを何度も繰り返すほど、彼は耄碌していない。――何より、どこまでも勝手を通す己こそ、誰かを否定する権利も資格も持たないのだと、そう自覚している。

 

「――ああ。俺も、出来る限り“善処”するよ」

 

 口から出たのは、そんな曖昧な心持ちを語るものだけだった。

 既に彼女の願いを真っ向から否定している以上、下手に言葉を弄するのも憚られた。それ故、こんな政治家めいた言い回ししかできない。

 だが、それもむべなるかな。彼が自らのユメを追い続ける限り、平穏無事など縁の無い話だ。

 前言通り、衛宮士郎は全てを賭して、これからも戦い続けるだろう。

 衛宮士郎の全ては、多くの人々の為に使い尽くすと。そう、決めてしまっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




 どうも、水着メリュ子のcute&coolにやられてるなんでさです。
 
 元から割と無法だった彼女が、夏の霊器でルーラー化し「私がルールだけど?」を地でいくスタイルで大変可愛く楽しげに振る舞っており、やはり夏の魔力は素晴らしいと痛感しております。バーゲストも今回のイベントでガウェインの名が無くとも、黒犬の呪いを克己し得たと明示されてとても嬉しい。モルガン及びヴァーヴァンシーには魅力を感じていないのですが、双方共に楽しそうにやってたのは良かったな、と思いましたね。


 以下、最新話に関して。


 最新話を端的に表すのなら、“士郎、友達を作る回”なのですが、作者は拙作の執筆にあたり、原作snにおける衛宮士郎と明確な違いを作っており、その一つが本話で明かされる、今まで友達0人、というものです。
 理想への手本と道筋が明確に、身直に、かつ大量に存在していたため、原作の彼よりも私的・人間的な要素が減じ、慎二や一成、その他の友人達のような存在を得ずに成長しています。
 なので、A組のメンバーが正真正銘、彼にとって初めての友人となりました。早い話、感想欄などで何度か明言してる、原作に対して本作士郎が相当に実力を付けている、という話を後押しする要素ですね。

 ちなみに、もう一つ大きな違いは事件後の記憶が一切無い点で、原作では火災後から本編に至るまで、家族とか住んでた場所とかの過去の記憶はちゃんと残ってるんですが、本作ではそれらが一切無くなっております。

 果たして、何でそんな差が生まれてるのか。後々明かされるのを気長にお待ち頂きながら、気が向けばその原因などを想像いただければと思います。
 
 
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