尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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 読者の皆様方、遅ればせながらあけましておめでとうございます。
 今話で体育祭第一種目は終わらせよう、なんて考えていたのに、また本筋とは関係ない場面を増やして当初の目論見がご破算になってしまいました。
 前回から随分と時間をかけてしまい、なおかつ話も進んでなく申し訳ない。
 ボリュームは減らしたくありませんが、それはそれとして作者としましても、早く体育祭決勝トーナメントとか林間合宿の話を書きたいです。
 なんとか第一、第二種目はサラッと一話で済ませて、できるだけ早く決勝にまで漕ぎ着けられるように努めたいと思います。





開幕は疾走と共に

 

 “個性”という、前時代では考えられもしなかった超常の現象が当たり前になった現代で、人々にとって最も欠かせないものとは、医療の発達だろう。

 おおよそ殆どの人が何らかの特殊な能力を保有し、それを一瞬のうちに行使してしまえるこの超人社会では、ほんの些細な手違いで大きな被害を生んでしまうことがままある。

 少し友人を脅かすつもりで“個性”を使った結果、相手を失明させてしまったり、街中でちょっとした手慰みで“個性”をいじっていたら、制御を誤って大きな事故を起こしてしまったり、それどころか自身の“個性”に振り回されて自滅しかけたりと、そんなことは日常茶飯事だ。

 日々、複雑怪奇な傷病で搬送されてくる患者を救い健康に元の生活へと送り出すために、医療は前時代を遥かに凌ぐ進化を遂げた。

 技術の発展はもとより、医療の現場に“個性”という超常が介在するようになったことも、迅速な治療を実現させる一助となっている。

 それは、プロヒーロー育成機関である雄英でも殊更に当てはまり――

 

「USJでの一件から二週間もしないうちにまたやってくるとはね――あんたも、あの緑谷って子と“同じクチ”かい?」

「一応、緑谷よりは鍛錬を重ねてきたつもりなんですけど……」

「なるほど、あの子以上に重症だね、こりゃ」

 

 雄英高校の医務室にて、二人の人物が向き合っている。

 一人は、当校在学生の衛宮士郎、もう一方は身長110cmそこらの小柄な老巧の女性、この保健室を預かる看護教諭にしてプロヒーローのリカバリーガール。

 前者は患者として、後者は医療者として。

 鍛錬の最中、片腕に傷を負った士郎がその治療の為にここに訪れ、リカバリーガールは手当てを行った。

 治療そのものは一瞬で終わっている。

 雄英が誇る看護教諭である彼女の“個性”は『治癒』。

 対象の治癒力を活性化させ傷の治りを大幅に促進させる能力だ。この“個性”にかかれば、派手な骨折や打撲であろうと、瞬きの間に正常な形へと戻せる。

 

 日々、過酷な訓練に励むヒーロー科生徒達にとって怪我とは切り離せないものであり、そんな彼らが少しでも歩みを止めずに精進できるよう、彼女が少年少女達に治癒を施している。

 リカバリーガールが“雄英の屋台骨”などと呼ばれるのも、そういった働き故だ。

 

「――うん、ちゃんと完治してる。ありがとうございます、リカバリーガール」

 

 治療が終わった後、士郎は自身の腕を解析して傷が治りきった事を確認し、リカバリーガールへ礼を告げた。

 それを受けた彼女は感謝の言葉に笑みを見せるでもなく、どことなく怒りを滲ませた呆れ顔を士郎に向けている。

 

「感謝の気持ちがあるなら、こうも頻繁に傷を作らないで欲しいもんだね」

「……出来る限り、善処します」

「たちの悪い政治屋みたいなこと言ってんじゃないよ、まったく!」

 

 ジト、とした視線に竦められ士郎は居心地悪そうにする。

 少し前に死にかけたところを助けられ、その後も継続的に治癒を受けリカバリーガールに世話になっていたのに、こうして再び手間を掛けさせている手前、士郎は彼女に負い目を感じていた。

 下手な誤魔化しを叱られても、何も言い返せない。

 

「……それで、どうなんだい身体の方は。怠いとか重苦しいとか、そういうのはないかのかい?」

「いえ、特に疲れは感じませんね」

「まあ、そうだろうね」

 

 出かかった小言を飲み込み問いを投げかけたリカバリーガールは、返ってきた返答に、やはりか、という風に息を吐いた。

 彼女の“個性”は、対象者の自然治癒力を極度に高めるものだが、それがあくまで人体に備わった機能の活性化である以上、治癒による肉体の消耗そのものはデフォルトのままだ。

 そのために、治す傷が深刻であればあるほど大きく体力を消費し、それが行き過ぎれば却って怪我人の命を危ぶめる。

 当人の許容値以上の体力を消費して治癒を施してしまえば、その人物の衰弱死は免れない。

 よって、彼女が自身の“個性”を他者に使用するにあたっては、その塩梅が肝要となるのだが――

 

「いまぐらいの傷をあたしの治癒で治したなら、それなりに疲労するもんなんだけど――ほんと、体力と頑丈さだけは無駄に逞しいんだから」

「無駄て」

 

 こと衛宮士郎に関しては、それが当てはまらない。

 他の人間ならしばらく気怠さを覚える程の治癒であっても、彼はケロッとした顔をしている。二週間前、死にかけた彼に”個性“を使用した時も、常人ならまず有り得ないほど早く復帰していた。

 リカバリーガールがこれまで培ってきた経験則が、彼にだけはまるで通用しないのだ。

 いかに治癒の効き目や傷の修復速度に個人差があるとはいえ、これはあまりにも異常だった。

 

「他の子になら、丈夫に産んでくれた親に感謝しなさい、とでも言うところだけど――あんたの場合、その丈夫さがあんたの無茶を助長してるから始末に負えない」

 

 衛宮士郎が自身の“個性”によって死に瀕した経験は、一度や二度では済まない。

 制御の時点で既に命懸けであり、手綱を握れず刃に喰い殺されそうになった回数は両手で数えきれないほどだ。

 それでもなんとか生還し無謀な鍛錬を続けてこれたのは、偏に生まれついての頑丈さと繰り返し生死の境を彷徨ったことで身についた度を越した生命力の高さの賜物だろう。

 しかし、その行き過ぎた忍耐があるからこそ、無茶な蛮行でも彼は平然とやってのける。

 ただ、それは己の死に難さに胡座をかいているというわけではなく――

 

「いっそ、その手の怪我は治癒しないようにしようかとも思ったけど、あんたはそんなこと構やしないだろうし、ほっといたらいつ野垂れ死ぬか分かったもんじゃないからねぇ」

 

 本当に手に負えない、と彼女は呟く。

 もし彼が、自身の死ににくさや他人の助けを当てにして無謀な行動を繰り返しているだけだったなら、彼女が苦心することはなかった。頭をはたいて説教し、同じ事を繰り返せばもう治癒はしないと脅してやればいい。

 ただの向こう見ずなら、それで己を顧みるはずだ。

 

 しかし、衛宮士郎は決して自身の生命力を過信しているわけではない。

 彼は、己は些細な事で呆気なく息絶えるだろうと自覚していて、同時にそれが命そのものに対する彼の認識でもある。

 人は簡単に死ぬ、特別な事も異常な前触れも無く、自分の与り知らないナニカで、死ぬ時はあっさりと命を落とす、と。

 記憶に無いとはいえ、それでも一つの地獄を生き残った彼は、世界という名の現実の無情さを知っている。

 だから、自分が常に生き残れるなどと高を括ってもおらず、治療も断られるというのならそれまでのことだと割り切るだけ。

 故に、彼の無鉄砲さは考えなしの行動などではなく――単に、自身の保身に関心が薄いだけであった。

 

「……ま、今回はただの手違いだって言うし、お小言はこの辺にしておくよ」

 

 そう漏らし、デスクに向かうリカバリーガールに士郎は苦笑する他ない。

 単なる不手際でこうも刺されるのなら、USJの時みたいなことがまたあったら一体どれだけの説教が待ち構えているのか。

 気にはなるが、触らぬ神に祟りなしとも言う。下手に踏み込まない方が得策だろう。

 

「――失礼します、リカバリーガール」

 

 士郎らの会話が途切れた数秒後に、医務室の扉が開かれ一人の男が顔を出した。

 全身真っ黒な装束に、無造作に伸ばされた髪、深く染み込んだ様な隈と充血した目が見たものを萎縮させる草臥れた男性。

 士郎が所属するA組担任、相澤消太だ。

 

「相澤先生? 」

 

 現れた担任の姿に、士郎は首を傾げる。

 何でこんな放課後に彼が保健室を訪れたのか。以前の襲撃で負った傷は既に処置を済ませてあるはずだが……

 

「おや、珍しい客が来たね。普段は治療を受けるように言ってもほとんど顔を出さない癖に。前の傷でも開いたのかい?」

「止してください、至って好調ですよ。今の時点でただでさえ大袈裟な処置だっていうのに、これ以上何かされたら仕事に支障が出ます」

「分かってるよ。この子の様子を見に来たんだろう? 相変わらず冗談の通じない男だ」

 

 真に受けたら冗談じゃ済まなくなるでしょう、と相澤は顔を顰める。

 客観的に見れば重傷者そのものな彼だが、さほど自身の状態を深刻には捉えていないらしい。自身の傷跡を保護する処置も、彼には却って煩わしい。

 彼にとっては傷を押しての仕事より、今以上に包帯を巻かれたりする方が厄介なのだ。

 

「衛宮、腕の方はどうだ?」 

「さっき治癒してもらったんで、傷はすっかり塞がってますよ」

 

 リカバリーガールが作業に戻ったのを確認して、相澤は士郎の様子を窺う。

 本人の言うように、手当を受けた腕には刃が突き出た痕はなく、既に元通りの形になっている。

 この様子なら二度目の治癒は必要ないだろう、と相澤は思い、早々に本題に入る事にした。

 

「緑谷たちが来て、またお前から刃が飛び出したって聞いた時は驚いたよ。なんだってまたいきなりそうなったんだ」

「今のところ、ただ制御に失敗したとしか」

「……俺は、教師としてお前の事情については把握してる。特殊な背景な分、雄英に来るまでのお前の生活や日常での様子なんかも、施設の方に聞かせてもらった」

 

 重苦しい相澤の言葉に、それは初耳だ、と士郎は目を丸くする。

 “個性”について知られているのは当然だが、ここに来るまでの私生活まで調べられているとは思ってもいなかった。

 そこまでいけばプライバシー侵害と言えるだろう。

 もっとも、別に知られて困る事もないので当の士郎はそれ以上気にしない。

 

「これまでお前がしてきた訓練を思えば、お前以上に緻密な制御を出来るやつなんて雄英(ウチ)にはいないだろう」

 

 士郎の内心を他所に、相澤は話を続ける。

 彼の言うように、士郎の制御技術は緻密にすぎる。

 "個性"は身体機能の、延いては肉体の延長にある。筋肉が酷使と疲労によって鍛えられるのと同じように、"個性"もまた使い続ける事で強度を増すという。同時に、力を使い続けた保有者の制御技術もまた向上する。

 その理論で言えば、衛宮士郎の"個性"は既に上限まで習熟されている。極まっている、と言ってもいい。

 幼少の頃から鍛錬を続け、毎日のように刃に全身を侵されるという凄絶な経験を十年近く繰り返してきた彼の"個性"は、常人では比較にもならないほどに鍛えられている。

 創造型と称される同型の"個性"に比べ遥かに膨大な物量を瞬時に産み出せる強度も、常に命懸けとなる力を一部の狂いもなく制御する技術も、とうに尋常の域にない。

 その点において、衛宮士郎を超える人間は相澤の知る限り雄英には存在しない。

 そして、自殺紛いな鍛錬と狂気じみた制御を成せる人間など、この雄英どころか日本中のヒーロー科を探したってそうそう見つかりはしないだろう。

 

「手違いがあれば、それで何もかも終わり――そんな鍛錬を、お前は十年近い時間、繰り返してきた。……だから衛宮、お前に限って制御ミスなんてのは、一番縁遠い事の筈だ」

 

 相澤が生徒から士郎が負傷した経緯を詳しく聞いた時、彼はまずその話そのものを疑った。

 自滅覚悟で士郎自身が“個性”を過剰行使ないし暴走させるならともかく、無意識に制御を誤るなどそれこそ天地がひっくり返ってもありえない。

 彼は、それだけの経験を、山の如く積み重ねてきた。

 故に、“ありえない”、というのならそれは異常だ。

 不具合<エラー>を吐き出すコンピューターの様に、そこには正すべき変調が蟠っている。

 

「“この前”の事もある。何かしら、異変の原因があるんじゃないか?」

 

 彼の肉体が正常な運用が出来ずに異常をきたしているのなら、その不調を齎す元凶がある筈だ。

 ほんの少し前に士郎が異常をきたしている事もあって、後遺症の様な何かが起こっているのではと、相澤はそう判断した。

 そして、相澤が下した結論に士郎は舌を巻いていた。

 

 ……ほんと、よく視てる人だな。

 

 生徒一人一人の事情を把握し、常日頃の姿を注視していなければこうも見抜けはすまい。

 最もトラブルが多くなるであろう一年生を任されるだけあって、その観察眼は確かなものがある。

 現に、士郎もまた現在自身に起きている異変、その根っこについて心当たりはあったのだ。

 

「まだ断定は出来ないんですけど……多分、”あの剣“を投影した影響で、“弁”が馬鹿になってるんだと思います」

「弁……?」

 

 士郎が原因と語った言葉の表現にいまいち理解できず。相澤は疑問符を浮かべる。

 特殊な性質上、個人の感覚で左右される“個性”の運用を門外漢の人間に説明してもそうすぐには咀嚼できない。

 士郎はこの事を相澤にどう伝えるか、しばし考え込み、ややあって再び口を開いた。

 

「つまり、正体の分からない力を理解しないまま使ったせいで体が混乱してて、そのせいで剣の素を引き出す調整が上手くいってないんじゃないかなって」

「……なるほど。それで弁か」

 

 カラドボルグという、通常の刀剣という枠組みには収まらない剣を投影した事で、それまで認識外だった未知の領域に士郎は手をかけ、今はそこから僅かながらに力を引き出せる状態にある。

 しかし、その領域が正体不明なままであることには変わらず、輪郭すら不明瞭なそれらを完全に掌握するまでには未だに至っていない。

 その不明な要素に体が慣れないまま“個性”を行使した結果、余分な素材まで取り出してしまったのではないか。

 これが、現在起きている異変に対する士郎の見解だ。

 

「だが、あの事件が起きてから今日初めて“個性”を使ったわけじゃないだろう。お前の予想でいけば、この二週間の間に同じ事が起こっていて然るべきじゃないか?」

 

 相澤の疑問にも一理ある。

 もし本当に、士郎の異常の元凶が今語られた通りのものであるなら、事件後に彼が“個性”を行使した時点で同様の現象が起こっている筈だ。

 それが何故、今になってこんな事になっているのか。

 この二週間と今日とで、何が違うのか。

 

「……違いがあるとすれば、“数”だと思います」

「一定の時間内に行なった投影の総数、という事か」

「はい。さっき、八百万との模擬戦で割と派手に投影したんですけど、あれだけの数を揃えたのは事件以来、今日が初めてです」

「…………」

 

 相澤は、士郎の言葉に思考を巡らせる。 

 確かに、総量という観点で見れば、今日まで彼の身に何の問題も起きていなかった事の説明が付く。

 また、異変の仕組みに対する士郎の認識が正しいとして、引き出す素材量の調整に不具合が起きている以上、掛かる負担が大きいほど異常が起こりやすくなるいう考えも理に適っている。

 当人の感覚が大きく影響する士郎の“個性”なら、彼の直感は大枠を捉えていると判断してもいいだろう。

 

「一つ聞くが、その模擬戦でお前は幾つの武具を投影した?」

 

 士郎の仮定を真実とするなら、重要なのは線引きだ。

 異常が起きない範囲と、刃が発生しうる範囲。

 それがどこから切り替わるのか、その境目<ボーダーライン>を突き止める必要がある。

 

「えっと、八百万との勝負で大体二十五手前、その前にも何度か投影してるんで、合計したら三十近く」

「……だとすればラインは二十五……いや、最終的な回数とその前後を考えれば、二十以内が安全圏といったところか……」

 

 返答を受けて、相澤はおおよその目安を付ける。

 士郎が投影を行使出来る現状の限界値を三十度として、投影時における士郎のコンディションや投影する武具ごとの負荷を考慮に入れれば、二十五度より先は危険域とみなしていいだろう。

 そこからさらに警戒域を二十五度以内に設定し、これまでの教師としての経験も踏まえて、今の士郎が問題なく行使できる投影回数は二十度が限度と、相澤は判断した。

 

「……だいぶ、絞りますね」

「明確に不調の原因が分からん以上は“個性”の発動そのものを抑えるしかない。本来なら、しばらくの間は“個性”は使用せず、精密な検査の上で様子を見るべきだが――」

 

 士郎に制限の意図を語る相澤は、途中で言葉を区切った。

 無言になった彼は目を細め何か悩んでいるのか、難しい表情はとあるブロンズ像を思わせる。

 

「衛宮、正直にこたえてくれ。――“個性”を元通り使えるようになるまで、どれくらいかかる?」

 

 五秒ほどの間を空けて、視線を戻した彼は自身の生徒へそう問いかけた。

 眼は鋭く、そして真剣だった。

 誤魔化しも冗談も、言うべきではない気配を感じ取った士郎は、正直な所感を語った。

 

「俺は器用な方じゃないですし、“個性”の制御だって相当な時間をかけましたから、――そうですね、前みたいに戻せるまで少なくとも一ヶ月は必要だと思います」

 

 一ヶ月。

 それが、衛宮士郎の出した答え。

 尋常ならざる“個性”と向き合ってきた彼が算出した猶予期間<モラトリアム>だった。

 

「……一ヶ月、か」

 

 それを長いと捉えるか、短いと捉えるか。

 数年かけて制御をものにし、雄英に来るまでの時間で“個性”を伸ばしてきた彼にとっては、一ヶ月など大した時間ではないのかもしれない。 

 しかし、"時間"。 

 今という時においては、その時間こそが必要で――

 

「――"明後日"には、間に合わんか」

「そうなります」

 

 そう、間に合わない。 

 明後日――つまり、二日後。その日には、大きな行事がある。 

 衰退したオリンピックに代わって日本全国を熱狂させる祭典、雄英生徒の殆どが闘志を燃やしてその到来を待ち望む大舞台。

 

――雄英体育祭。

 

 雄英に所属する者のみが享受出来る特権。自らの力を鍛え試し、またその様を全国のプロヒーローへと誇示する好機。

 ヒーロー志望であれば決して逃す事の出来ない大会が二日後に控えている。

 平時ならともかく、この一大事を直前にした今、一ヶ月という時間はあまりにも長すぎた。

 

「……あまり、こういう事は言いたくないんだがな」

 

 そして、衛宮士郎が異常を抱えている現状、彼を他の生徒と同様に扱う事はできず、

 

「お前の“個性”の性質を鑑みて、問題を解決せずにこのまま体育祭に参加させるのは、教師として容認できん」

 

 当然、この結論になる。

 異常を抱えた衛宮士郎を、何の対策も解決策も無いまま“個性”を酷使する事になるであろう体育祭に出場させることは出来ない。

 下手をすれば、全国放送される中継の只中、全身刃で磔にされた血塗れの姿をステージ上で晒し、全国のお茶の間をスプラッタホラーよろしく恐怖で震撼させる事になる。

 そうなれば、問題は士郎の不調だけにとどまらず、学園にまで悪影響を及ぼしかねない。

 

『生徒の健康管理もままならない雄英の杜撰な管理体制』

 

 そんな文言が翌日の新聞の紙面を飾る光景が目に浮かぶ。

 無論、本当にそうなったとしても単なる言いがかりでしかなく、投影という“個性”の特殊性もあって完全に士郎の自己責任でしかないのだが、新聞記者はじめマスコミ一同は自分達の飯の種を確保する為、事実などお構いなしに面白おかしく騒ぎ立てるだろう。

 一度ついた悪評<レッテル>は容易く払拭する事はできず、しばらくの間は批判の的になること請け合いだ。

 当然、そんなリスクを雄英は勿論のこと士郎自身も認められるはずもなく。

 

「なら、俺は欠場した方がいいですね」

 

 打開策の一つも浮かばない現状、参加した所でまた“個性”が誤作動を起こすのは目に見えている。ならばいっそのこと、初めから出場しなければ問題も騒ぎも起こす事もない。

 

「……早合点するな。お前を出せんと言ったのは、あくまで()()()()何もしなければの話。ウチにいる以上、ヒーロー科生徒は全員参加必須だ」

 

 そんな士郎の諦めを、相澤が呆れ半分に否定する。

 雄英体育祭はその形式上、クラス対抗ではなく学年別生徒総当たりの試合。

 様々な競技で無数の生徒と競い合う経験は、まず他のヒーロー育成機関では得られない体験だ。

 それは彼らが今後、プロを目指していくにあたり大きな糧となる。

 ヴィラン襲撃の憂き目に遭ってなお雄英が中止せず開催に乗り切った体育祭、少々の”体調不良“で降りていいような些細な行事ではない。

 

「第一、体育祭がウチの生徒にとってどういう意味を持ってるのか、お前も知らんわけじゃあるまい」

 

 更に付け加えれば、全国のプロヒーロー達も相棒<サイドキック>こと有能な部下候補を見出すべく、生徒達の奮戦に注目している。

 雄英体育祭とは、ただ熱狂を齎すだけの祭典ではなく、生徒たちの将来にも直結しうる検分の場でもある。 

 この機会を蹴るという事は、未来の可能性を自分の手で摘むに等しい。

 

 雄英体育祭が持つもう一つの意味、それは士郎も過たず理解している。

 彼はその開催を危ぶめることのないようにと、先日起きた事件における事実の一部隠蔽を学園に提案したほどだ。

 そこまでした彼が、いかに不調を抱えているとはいえ体育祭への参加に対し消極的いうのは、些か奇妙だった。

 

「雄英を選んだのは、お前もトップを目指しているからだろう? 年に一度だけのこの機会、そう簡単に手放すな」

「……けど、俺がポカしてからじゃ遅いですよ」

 

 どこか積極さに欠ける士郎に対し、相澤も違和感を覚える。

 教師としての経験上、彼がこれまで見てきた生徒達の中にこの体育祭で気合の入らない者はまず居ない。

 表面上は平静を装っている生徒も、いざ始まれば滾る熱気を裡に納めきれていなかった。

 反応に差はあれど、皆が近づく開催日に意欲を高めていた。

 

 そういった気配が、衛宮士郎からは感じられない。

 異常が起きたことでネガティブになっているのか、それとも気後れしているのか。

 いまさら現出する刃に怯えているわけでもないだろう。

 

「……何にせよ、体育祭にはお前も出場させる。――無論、制限を設けた上でだが」

 

 体育祭のメリットを考えればどの道、病にでも罹らなければ生徒に不参加は許されない。

 士郎の身に起こっている不調程度、誤差の範疇だ。

 しかし同時に、衛宮士郎の体育祭への参加を決定事項とした上で、相澤は注釈を加える。

 

「制限、ですか」

「具体的に言えば、“個性”の使用回数の限定だ」

 

 相澤の考えは、至ってシンプルだ。

 士郎の身に起きる異常が力の多用によって齎されるのなら、そうならない範囲の行使に留めてしまえばいい。

 限度を弁えてさえいれば、自滅する恐れなどないのだ。

 

「俺がさっき言っていた事を覚えてるか?」

「確か、二十回が限度、でしたっけ」

「そうだ。各種目ごとに最大で二十度。それ以上の行使は許されない」

 

 士郎との会話から推察される、現状での安全圏。

 その一線を越えない限り、衛宮士郎は暴発に煩わされる事なく体育祭に注力できる、という目算。

 もっとも、彼への戒めはそれだけではないのだが。

 

「言うまでもないだろうが、不調の原因になったと考えられる“あの剣”の使用も禁じる。これらの制約を破った場合は即失格、退場だ」

 

 ただ参加の目処が立った、というだけでは縛りにはならない。

 約束するだけして、いざ試合が始まってから反故にされてはこの会話の意義が失われる。

 当然、制限を破った場合の代償<ペナルティ>もあって然るべきだ。――とはいえ、それが彼にとって酷な誓約であることには変わりなく、

 

「……お前には、不利な条件を押し付けることになる」

 

 カラドボルグの様な特殊な武器は例外として、衛宮士郎が有する『投影』という“個性”、常識を真っ向から打ち崩す異端の真価は、手数の多さにあると言っていいだろう。

 剣、槍、弓、斧といったオーソドックスなものだけでなく、鞭や鎌、鎖剣に戦鎚の様な癖のある武器までもが士郎の手札であり、彼はそれらを繰りおよそあらゆる距離<レンジ>に対応できる。

 そして、それらの武具は行使者が認識する空間であれば何処にでも展開でき、さらには高速で射出できる。その最大威力は、何の防備も持たない人間が受ければたとえ鈍であったとしても対象の肉体が千切れ飛ぶ程のもの。

 そして、それだけの威力を秘めた攻撃を、当人がその気であれば数十と言わず数百、あるいは千近い数を揃える事も出来る。

 

 対峙する者にとってそれは、たった一人で一つの軍勢に真っ向から挑みかかるようなものだ。

 ただの人間に、数という絶対の戦力に抗うことはできない。たとえ、“個性”という名の超常が跋扈する現代であったとしても、それは普遍の真理だ。

 人間という生き物が“個”としての脆弱性故に集まり寄り添い”群“の力によって文明を築き上げてきた以上、その摂理は覆らない。

 仮令、その摂理に抗い、あまつさえ超克出来るモノがいるのだとすれば――それは、英雄と呼ばれる者達だけだろう。

 この現代において真にその称号で呼ぶに相応しい者など片手で数えるほどしかおらず――当然、現段階で生徒達にその資格を持つ者はいない。

 よって、剣群の斉射が必勝の一手である事実は変わらず、

 

――その、衛宮士郎にとって最大の攻撃法の一つが封じられる。

 

 この技が脅威たりうるのは、膨大な物量あってこそのもの。退路を塞いでしまえるほど密度の高い飽和攻撃を可能とする数の暴力こそが肝だ。

 視界を覆う無数の剣の群れは、それだけで絨毯爆撃じみた威容を誇る。こと面制圧という点において、剣群の弾幕はこれ以上無いほどの能力と言っていい。

 だが、投影の総数を大幅に制限される以上、剣弾の射出は少々厄介なだけの戦法になり下がる。

 必殺と呼んでも差し支えない技が禁じられるという事は、彼の勝率を大幅に下げる事を意味していた。 

 

「……できる事ならお前たち生徒には全力で競わせてやりたい。……が、リスクがリスクだけにこちらも慎重にならざるを得ない」

 

 これは、相澤にとっても受け入れがたい話だ。

 生徒それぞれが優勝を目指して互いに全力で競い合うからこそ、雄英体育祭には意義がある。

 欠片の妥協も許さない全身全霊のぶつかり合い、誰しもが一歩も引かない闘争によって、生徒達の肉体と精神は磨き上げられていく。

 手を抜いた緩慢な競争では意味が無い。一切の出し惜しみも加減も無い真剣勝負を経て初めて戦いの経験は生徒達の確かな糧となるのだ。

 

 相澤は、衛宮士郎という少年にもその経験をさせてやりたいと、心の底から思っている。

 ヒーローを目指す以上、身体の負傷など日常茶飯事なのだから、力の過剰行使による自傷程度は本来なら看過して然るべきなのかもしれない。

 現に相澤は、“個性”の行使で命を落としかねないもう一人の生徒――緑谷出久に対して何の制限も与えていない。

 彼が一切の制約も無く参加できると言うなら、目の前の生徒に対しても同様の対応をすべきではないのか。……残念なことに、そうする事ができないのがこの少年の抱える異端だ。

 

 緑谷出久が有する“個性”は、大雑把に解釈すれば任意箇所への身体強化だ。その影響は能力を発動した部位に限定される。

 とどのつまり、彼が抱えるリスクとは許容値を超過することによる反動<バックラッシュ>であり、“個性”を発動した箇所以外に大きな損傷が生まれうことはない。

 衛宮士郎の()()は違う。

 『投影』という“個性”が孕むデメリットの本質は、無制御状態での暴走だ。手綱を離れた力の奔流が、行使者の意思とは関係なく溢れ出し行使者自身の身を滅ぼす。

 そこに明確な規則性や法則は存在しない。

 いつ、どこから、どんな形で刃が現出するのか、何もかも全く分からないまま、自滅は始まる。

 刃は指先から現れ始めるかもしれないし、腹部から顔を出すかもしれない。眼球から突き出てくるのかもしれない。――或いは、四方に伸びていく刃が脳髄を掻き回す、なんて末路が待ち受けているかもしれない。

 

 先刻は、運が良かった。

 刃が出現したのが前腕であり、血管や骨髄を大きく傷つける事もなかったのだから。

 これがもし他の箇所――それこそ、心臓や頸動脈といった人体の急所を断ち斬る様な現れ方であったなら。――結末は、語るべくもない。

 この不透明さこそが、衛宮士郎と緑谷出久を分ける特質であり、相澤消太をこうまで慎重にさせる原因だ。

 ほんの僅かな気の緩みで即死しうる――そんな馬鹿げたリスクを、生徒に負わせられる訳がない。

 

「お前には、気に入らん話だと思う。しかし、お前自身の将来の為にも、どうか納得してくれ」

「気に入らないなんて、まさか、そんな」

 

 告げる相澤の表情は、常と変わらないように見える。

 だが、彼の視線を正面から受ける士郎は、当然のように気付いた。

 納得してくれ、と。そう告げる目の前の担任こそが、自らの下した決定に納得していない。

 これが最善の選択だと、こうすることで生徒の安全は守られるのだと、心の底からそう思い――その上で、他の方法は無いのかと、結論を告げた今も自問している。

 制約を課される生徒と同じくらい――或いは、生徒以上に無念を感じているのかもしれない。

 

「こうなったのは自分の責任ですし、俺は大丈夫ですから」

 

 ……気にしなくて、いいんだけどな。

 

 士郎は担任の煩悶を感じ取り、その律儀さに顔には出さないが内心で苦笑する。

 相澤の頭を悩ませるそれは、元々は士郎自身の不手際と未熟によるものだ。他の誰に責任があるわけでもない。ただ単純に、衛宮士郎の自業自得というだけのこと。

 それなのに、こうしてわざわざ保健室まで士郎の様子を視に来て、今は妙案を思い浮かべられない己を責めている。

 本来なら、彼は呆れこそすれ、士郎に負い目を感じる道理など無いのだ。

 

 ……ほんと、難儀な性分だな。

 

 喉の奥で留まった苦言とは裏腹に、士郎は喜びを感じていた。

 相澤の性分も、余計なモノまで背負い込もうとするのも、全ては彼の生徒を想う心から来るものだ。教え導く者として、彼は前途ある学生達を心の底から大切にしている。

 だから、生徒達に恐れられようと厳しい指導をするし、何かあれば命を張ってでも彼らを守ろうとする。 

 損な生き方だと、そう案じる心はあるけれど。

 それ以上に、そんな人が自身のクラスメイト達を見守ってくれているのだと思うと、嬉しさが込み上げてくる。

 相澤消太という教師が担任としていてくれるなら、彼らの誰もが道を間違えずいつか素晴らしいヒーローになれると、そう信じられるのだ。

 

「体育祭でそう派手に“個性”を使う気はもともとありませんし、何も不利なんかじゃありません。だから、先生が気にする事なんてないですよ」

「………そうか」

 

 苦心する相澤を慮ったが故の言葉ではない。

 気負いなく、本心から問題はないと、そう思っている。

 実際、演習をはじめとする生きた人を相手にする模擬戦で、士郎が自身の力を全力で行使することはまずない。

 彼自身が直接振るう武器は初めから刃が潰され、投影の層写は牽制程度に使うのが精々だ。その上で、射角は相手に直撃する事がないように調整している。

 彼が全霊を尽くして戦う事など、それこそ先の事件において対峙したあの怪物――“改人脳無“の様な危険極まる存在を相手にする時だけだ。

 それ以外では、衛宮士郎の”個性“を全力で行使するのは過剰にすぎる。

 そのため、手を抜けと指示されたところで、それは普段から行っていることなのだから、不満を感じる事など一つもない。

 そもそも、彼自身は二日後の雄英体育祭に対して――

 

「お前が問題無いって言うなら、それでいい。本番じゃ、くれぐれも無理をするな」 

「そのつもりです」

 

 一度、とんでもない無理無謀をおかしているため、すんなりと言う事を聞く士郎に一抹の不安を覚えたが、流石にヴィラン相手でもないイベントごとでそうそう無茶はやらかさんだろう、と相澤はその言を信じた。

 

「時間をとらせて悪かったな。腕の事もある、早く帰って身体を休めろ」

「ええ。それじゃ、相澤先生。失礼します」

 

 相澤へと会釈し、最後にもう一度、リカバリーガールに感謝を告げてから、士郎は保健室を後にする。

 その姿を見送ったあと、相澤は柄にもなく長い溜息を吐いた。

 二日後の体育祭が無事に終わるかを案じているというのもそうだが、それ以上に士郎の原因不明の不調という新たな課題が彼の頭を悩ませている。

 ただでさえ衛宮士郎という生徒は様々な問題を抱えているというのに、その上からさらに不安の種が頭を出してきたのだから、頭痛の一つも覚えるというものだろう。

 無論、彼の気苦労を増やす要因は士郎に限らず、彼の受け持つ今年の一年生は一癖二癖で済まない程に個性豊かな生徒が集まっている。

 そちらもまた、相澤の眉間の皺を深くさせる懸念事項が目白押しで――

 

「――早いとこ矯正しとかないと、早死にするよ、あの子」

 

――すぐ側からかけられた言葉に、心臓を握りつぶされたかのような錯覚を覚えた。

 

 声の主は、相澤を見てはいない。

 彼女は一瞥すらくれず、デスクに向かったまま休まず手を動かしている。

 

「……わかっています」

 

 向けられた小さな背からは、彼女の思考や感情を感じ取ることは出来ない。

 既に全教員に知れ渡り伝達されている衛宮士郎の特異性と危うさ、とうに分かりきった事実を再び口にしたのは何故なのか。

 今回の出来事でより危機感を募らせたのか。聞き耳を立てていた相澤と士郎の会話から何かしら感じ取ったのだろうか。

 偉大な先人は先の一言以上は黙して語らず。彼女がいかな心持ちでいるかを推し量ることは相澤には出来なかった。

 

――それでも、彼女の言葉は確かだ。

 

 彼ら教師に許された時間は少なく、三年間という期限はとっくに意義を失っている。

 昨今の情勢、踏むべき過程、多々ある機会。それら全てを考慮に入れたとき、既に猶予が無い事は明白。

 おそらくはこの一年が分水嶺となるだろう。

 このまま何も出来ず、何も変えられないと言うのなら、結論は一つ。

 

 

――衛宮士郎に、未来<さき>は無い。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 久しぶりに聞こえる固定電話からのコール音に、風呂に向けていた足を止める。

 こっちに越してきてから、他所から電話がかかってくるのも稀になった。携帯式のものを持ってないってのも一因だろう。

 けどそれ以前に、一人暮らしの男子学生、連絡先の交換相手なんてほとんどいない。電話帳の中に、世間話に連絡してくるような知人は皆無だ。

 先日の件で学園から掛かってきたものを除けば、こっちで暮らし始めてから私的な電話がかかってきた事は一度もない。

 そんな、固定電話がほとんど飾りみたいになってる我が家に、しかもこんな夜中に連絡してくるなんて、いったいどこの誰だろうか。

 

「あれ? これって……」

 

 親機の液晶に表示された番号を見て、受話器を取ろうとした手を一瞬止める。

 知らない番号ではない。むしろ、よく見たものだ。

 しかし、なんだってまたこんな時間に……?

 

「もしもし、衛宮ですけど……もしかして、院長ですか?」

『やぁ、士郎くん。元気にしているかい?』

 

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、耳に馴染んだ人物の声。

 ある意味、俺の“実家”ともいえる児童養護施設の院長。

 電話越しに聞いても彼の声は少ししわがれて老いを思わせるのに、しっかりと芯の通った発音は衰えを感じさせない。

 十年前から元気な人だったけど、この様子じゃ当分の間は“ボケ”の心配をしなくてもよさそうだ。

 

『夜遅くに突然すまないね』

「それは構いませんけど、いったいどうしたんです?」

 

 俺が覚えている限り、院長が直接連絡しなくちゃならないような事は何もなかったはずだ。

 USJでの一件も、事件後すぐに俺自身と学園でそれぞれ連絡してるから、いまさら電話してくるはずもない。

 それ以外に学校生活じゃ問題らしい問題も無いし、本当に思い当たる節がないんだが……

 

『大した用事じゃあないんだけど、ちょっとした声掛けでも、と思ってね』

「はあ……」

『ほら、明後日は体育祭だろう? 応援には行けないから、今のうちに言っておきたかったんだ」

 

 どうやら、本当に大した用事ではなかったみたいだ。

 院長も忙しい人だし、施設の子供達を放っておいてこっちに来たりはしないだろう。

 元々、あの人がわざわざ観戦に来るなんて考えていなかった。ただ――

 

「そういうのって、普通は本番の前日とかにするもんじゃないんですか?」

 

 雄英体育祭の開催は明後日。

 本番前の激励というなら、少し気が早いと思うが……

 

『私も、最初はそのつもりだったんだけどね。でも、士郎くんなら本番前は日課の鍛錬も兼ねて瞑想でもしてるだろうし、集中してるところに水を差すのも悪いからね』

「……すみません、わざわざ気を遣ってもらって」

 

 正直、この返しは予想してなかった。

 忙しいとか、その日は早いうちに就寝するからとか、てっきりそういう理由かと思ってたんだ。

 俺の考えやら行動やらがお見通しだっていうのも含めて、あの人には本当に頭が上がらない。

 

『気を遣うってほどの事じゃないさ。――それに、実のところ私も雄英体育祭を楽しみにしていてね。士郎くんには万全の状態で臨んでほしいんだ』

「院長が、ですか……?」

 

 それは、なんとも意外だ。

 だって、これまで院長が雄英体育祭に興味を示した事なんて一度も無い。

 飯時に子供達や職員さんが食卓を囲みながらテレビで体育祭を見ていても、彼だけは関心を持たず、たまに料理の感想を言ったり誰かと談笑するかしていなかった。

 もちろん、録画したものを再生してる時なんかも同じだ。黙々と仕事をしているか、リビングから姿を消しているか。

 普通、音や映像なんかが流れてたら、少しくらいは無意識のうちに目を向けるくらいはしてもいいのに、それすらない。

 

 ……いや、よくよく考えれば、雄英体育祭に限らず“個性”の使用が有りの行事やイベント事に院長が関心を寄せる姿を見た事がない。

 スポーツも祭り事も、“個性”が絡むと途端に興味が削がれるのだろうか。

 その代わりとでもいうように、“超人社会”の隆盛と比例する様に衰退していった昔ながらの身体能力だけで行われる純粋なスポーツは、よく観戦していたと思う。

 昔と違って大きなリーグや協会があるわけでもないのに、一体どこから聞きつけたのか宣伝すらしてないような小さな大会や試合の中継を眺めて楽しそうにしていたのを覚えてる。

 競技にしろ何にしろ、“個性”っていう異能が介在するものを毛嫌いして、生の肉体のみで繰り広げられるぶつかり合いや駆け引きが面白い、という人は今でも一定数いる。

 院長が高齢なのも含めて、彼もまた従来の形式の方が肌に合ってるのかもしれない。

 

「……珍しいですね、院長が雄英体育祭に興味を持つなんて」

 

 だから、そんな院長が今になって“個性”ありきの体育祭を観戦しようとしているのは、とても奇妙に思えた。

 気まぐれにしては、これまでの無関心ぶりが筋金入りすぎだ。

 いっそ、電話口にいる人物が院長ではない別人だと言われる方がまだ納得できる。

 

「いきなり、どうしたんです?」

 

 気がつけばそんな事を言っていた。

 別にそれほど気にする話ではないけど、ほんの少し好奇心が刺激されたらしい。

 どんな心境の変化で、突然そうなったのか。この一ヶ月の間に、何か心変わりする様なナニカがあった、という事なのか。

 

『どうした……といってもねぇ』

「……?」

 

 院長の返しに、内心で首を傾げる。

 曖昧というか、歯切れが悪いというか。心なしか、彼が苦笑しているように聞こえた。

 

『確かに、今まで見た事が一度でもあったかといえば否定せざるを得ないけど……けど、今年に限って言えば話は別だよ』

「学園からは、今年に限って特別な事をするなんて話は聞いてませんけど……」

『いやいや、そうじゃなくて………今年からは、士郎くんが参加するじゃないか。なら、その勇姿を見逃すわけにはいかないだろう?』

「それで、わざわざ……?」

 

 たったそれだけの理由?

 彼は、たったそれだけの事で、それまで避け続けたモノに目を向けようとしているのか。

 

「院長、"個性"絡みの行事はずっと嫌ってたんでしょう? それなら――」

『ううん、特別避けていたってわけじゃないよ。ただ、私が"個性"っていうモノに馴染めなかっただけなんだ。それに、もし本当にそういう理由で避けていたんだとしても、士郎くんが参加するならそんな事は関係ないさ』

 

 馴染めない、という言葉にはいくらか納得できるものがある。

 "個性"が――由来不明の異能が人体に出現するようになってから百年以上経っている現代でも、この現象を受け入れられなかったり、或いは振り回されたりする人は少なくない。中には、生まれ持ったその力のせいで普通の生活を送る事すら難しい人もいる。

 殊更、“個性”を疎まれての暴行や虐待は酷いものだ。

 超常黎明期の混沌を超えてからというものも、国は”個性“による差別を極力無くすように努力してきたらしい。事実、そういった風潮が以前に比べて大きく抑制されている事も事実だ。

 けど、どこに行こうと光の届かない場所は存在する。"個性の優劣"で他人を虐げるやつもいれば、地方の閉鎖的な町村では未だに異形狩りなんて所業が罷り通っている。

 馬鹿げた話で、この超人社会で何を時代錯誤な、と思われるかもしれないが、現に起こっていることだ。

 

 俺も育った環境柄、謂れのない暴力に晒された子供は何人も見てきたし、超常黎明期を経験した院長は、俺なんかよりずっとそういった理不尽を目の当たりにしてきたんだろう。 

 そんな彼が"個性"に対してある種の諦観や忌避感を抱くのは、却って自然な事なのかもしれない。

 この、出所すらわからない力のせいで多くの不幸と嘆きが生まれたのなら――その混沌とした時代を垣間見たのなら、それを受け入れ難いと感じるのは分かる話だ。ただ――

 

「なんで、そこまで拘るんです? 自分で言うのもなんですけど、そんなに面白い試合は見せられませんよ」

 

 結局のところ、"個性"に対する院長の認識と彼が心変わりした理由には関係が無い。

 本当に意図して避けていなかったのだとしても、事実として彼は“個性”と必要以上に関わり合わずに生きてきた。

 俺に、そのスタンスをいまさら変える程の価値は無いだろう。

 

「見ていて楽しいものじゃないでしょうし、無理しなくてもいいですから」

 

 もし彼が、単に院長の責任として児童の行事を見届けようとしているのなら、そこまで気を回してくれなくていいとしか言えない。

 俺も学校行事に保護者が来ないからって拗ねる様なガキじゃないし、不快な思いを抱いてまで通さないといけない筋も無いはずだ。

 

『よしてくれよ、士郎くん。うちに入所してる子供の、せっかくの晴れ舞台を目にできないんて、それこそ拷問だよ』

「そこまで言いますか……」

『言うとも』

 

 院長は、あくまで引き下がらない。

 どうあっても明後日の体育祭は観戦すると決めてしまっているようだ。

 

『それに、君の活躍を楽しみにしているのは何も私やウチの子供たちだけじゃないよ』

「だけじゃないっていうのは……」

『体育祭の日時を知ってすぐ、うちを出た子のなかで、士郎くんと一緒に過ごしてた子達にも連絡したんだ」

「“卒業”した連中にも声かけたんですか!?」

 

 本当に何をしてるんだ、この人は。

 体育祭の観戦も録画も構わないけど、とっくに養護施設を離れた面々にまで宣伝するなんて、流石に度が過ぎてる。

 どうやら、院長の意気込み具合は俺の想像を遥かに超えていたらしい。

 

「駄目ですよ院長。みんなもう新しい生活を始めてるんですから」

 

 これは流石に無視できず、異様な熱に呆れながら苦言をこぼす。

 施設を卒業するという事は、それぞれが全く異なる環境で暮らしていくということ。

 入所期限となる年齢を迎え独り立ちをした者もいれば、良い縁に恵まれて養子に貰われていった子供もいる。それぞれがそれぞれの環境に馴染んでいき、そこに古い日常が入り込む余地は無い。

 なのに、とっくに関係の断ち切れた人間のためにわざわざ時間を割かされては、彼らにとっては煩わしい事この上ないだろう。

 そんな事、院長が分かっていないはずがないのに、なんでこうも無遠慮な事をしたのか。

 

「今日はもう遅いから仕方ないですけど、明日ちゃんと断ってくださいよ」

『や、誤解だよ士郎くん。私は何も、無理強いはしてない。みんな話を聞いて喜んで観戦するって――』

「社交辞令ですよ、それ」

 

 昔世話になった恩人に、そのまま否とは言えないだろう。今どき、そのくらいの事は小学生でも察する。

 院長ももう老練と言って差し支えないけど、変な所で子供っぽくなるのが玉に瑕だ。

 とはいえ、そういった気質のおかげで親しみやすさが生まれてもいるから、そう悪いことではないんだけど、今回はあまりよろしくない。

 いずれにせよ、彼らにいらぬ気を遣わせるべきではない。それに――

 

「第一、俺の映ってるとこなんて誰も見たがらないと思いますよ」

 

 迷惑どうこう以前に、それは彼らにとって不快な事に違いない。

 わざわざ時間を割いて、見たくもないものを見せられては腹に据えかねるだろう。

 そう院長に言うが、彼はいまいちしっくりこないのか、怪訝そうに声を漏らした。

 

『……士郎くんは、どうしてそう思うんだい?』

「どうしてって……だって、彼らにはよく思われてないでしょうから。色々と口うるさく言ったりもしましたし」

 

 俺は家事を率先してやっていた手前、他の入所者に小言を言う事は少なくなかった。

 衣服を脱ぎっぱなしにするな、弁当箱は出したか、ゴミはちゃんと捨てろ、等々。

 間違ったことは言ってないし、意地悪をしようとしたのでもない。……が、日頃繰り返されれば、鬱陶しくも感じる。

 それを、誰が相手だろうが関係なくやってきた。だから多分、年少組にはお節介な年上として、年長組からは生意気で小うるさい年下として俺は認識されていたことだろう。

 

『……知らぬは本人ばかり、か』

「え……?」 

『いや。なんでもないよ』

 

 院長のよく分からない呟きを拾い、反射的に疑問の声が上がっていた。

 直前までの会話に繋がりそうもない言葉だったが、どういう意味だろうか。

 

『とにかく、みんなの事は本当に大丈夫だから。誰も、嫌々観戦しようなんて子はいないよ。士郎くんは気にせず本番に集中してくれ』

「はぁ……」

 

 やけに確信に満ちた院長の断言に、思わず生返事をしてしまう。

 嘘だとは思わないけど、なんでそこまでハッキリと言い切れるのか、かえって不思議だった。……いや、実はそうおかしな事じゃないのかもしれない。

 雄英体育祭自体、多くの人員と資金が動く一大興行。かつてのオリンピックに代わって台頭したそれは、白熱の試合展開で毎年各家庭のお茶の間を賑やかす催しだ。

 それは当然、あの養護施設を卒業して行った面々にも当てはまり――であればこそ、俺が出場してようがしてまいが、彼らの行動には何ら関係のない事なのだろう。

 

 ……まったく、自惚れにも程がある。

 

 自分がいらぬ気を回していた事に気付けたのもあって、羞恥が込み上げてきた。

 この会話が電話越しのもので良かったと、心底思う。今自分がしているだろうみっともない表情を見られずに済むのだから。

 これが面と向かっての話だったなら、恥ずかしさのあまり茹で蛸みたくのぼせていただろう。

 

『……っと。つい話し込んでしまった。遅くにすまない。そろそろ切るよ。明後日の本番まで身体を壊さないようにね』

「はい。院長も体調には気を付けて」

 

 最後に俺を気遣う言葉を告げて院長は電話を切った。

 実のところ、不調という意味ならもう既に体を悪くしているけど、流石にそれを言ってしまうのは憚られた。

 珍しいことに――本当に珍しいことに、院長が雄英体育祭に関心を持っている。それが単なる気紛れなのか、それとも自身の施設で預かる子供の成長を見守ろうとしているからなのか。 

 実際の動機がどうなのかは判然としない。ただ、それでも俺の試合を楽しみにしているというのは確かなんだろう。

 そんな彼に、“個性”に不調をきたしたから体育祭はまともに活躍も出来そうもない、なんて言えるはずがない。

 元々、勝ち進む事にそう意欲を持っていたわけではないが……

 

「……頑張るしかないか」

 

 院長だけでなく、子供達にも期待されているとあれば、半端な試合を見せるわけにはいかない。

 ハンデがありはするけど、対人戦ならそれもあって無い様なものだ。

 後は、俺が如何に上手く立ち回れるかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年と対峙する。

 

 

 

 はためく紅い外套。鷹の如き鋭い眼差し。

 その手は未だ無手であり、何の武器も握られてはいない。しかし、非武装のまま自然体に構えているだけの相手が、ひどく大きな存在に思える。 

 呑まれている、と自覚。緊張した体が強張る。

 このままでは勝負にすらならないと、気圧される心を落ち着かせようとし――

 

「っ……!」

 

 高速で迫る剣弾を前に、そんな余裕は露と消える。

 ほとんど瞬きにしか感じられない銀条。直撃せずともゆうに自身を行動不能に陥らせる攻撃を、盛大な横っ飛びで回避する。

 飛び込んだ勢いで前転し姿勢を整え、追撃は許さないと、既にイメージを固めていた自身の"武器"を創造し少年に向け放つ。

 弓を構えようとしていた相手は瞬時にその行動を破棄し、両手に生み出した黒白の双剣でこちらの攻撃を弾いた。

 その行動に、驚嘆するほかない。

 自身が放った反撃は速度も威力も凄まじい。常人では、回避どころか視認する事も出来ないだろう。

 しかし、相手はそれらの軌道を全て見切っているかのように迫り来る脅威を凌いでいる。二刀の中華刀を繰る様は機械的にすら感じられ、振るわれる刃の軌跡は怖気を覚えるほど正確だ。

 このままでは埒が明かないと、空いた片手に新たな武器を創造し少年へと投擲する。 

 山なりに放ったそれは少年の頭上へと吸い込まれていき――

 

――そこで、少年の姿は崩れて消えた。

 

「…………ふぅ」

 

 長く息を吐き、頭をクリアにする。

 視界には少年の姿は無く、ただ見慣れた自宅の敷地が眼に映るだけだ。

 暗くなりつつある空の色に染まる庭の景色を見つめながら少女――八百万百は、意識を平時のそれへと戻す。

 

「そう上手くは行かない、とは思っていたけど……」

 

 頭を振り思い返すは、直前の行動。

 自身のイメージで実在する人物の姿を仮想し、その空想の相手と戦うという、極めて常識外れな鍛錬。 

 それを彼女はおよそ二時間、何度も繰り返していた。

 物質の原子構造と組成を記憶し自らの脂質で持ってそれらを再現することにより、様々な物を創造するという"個性"を有するが故に、彼女の記憶力とイメージ力は抜きん出ている。

 そのため、先程まで仮想していた友人がかつて語った鍛錬を自身も再現できないかと試していたのだが、

 

「……やっぱり、三手も保たせられない」

 

 その鍛錬は想像を遥かに超えて難度が高く、彼女が明確なイメージを維持できた時間は僅か十秒足らずだった。それ以上はイメージが綻び、仮想相手の姿が消えてしまう。

 二度三度のアクションでこれでは、イメージトレーニングにもならない。

 

「実物を見ていなかったら、一手すらイメージできたか」

 

 百がこの鍛錬について衛宮士郎から聞かされたのはUSJ襲撃事件当日。

 それから何日かして、体育祭への備えという意味も込めて、彼女は一度だけ士郎が実際にその鍛錬を行なっているところを見せてもらった事がある。

 

 その時の光景は今でも忘れられない。

 眼光鋭く正面を見据える友人の姿、巧みに振るわれる二振りの刃、細かく刻まれる足運び。

 傍でその様子を見ていた彼女はその時、もう一人の人間を幻視した。

 衛宮士郎が振るう二振りよりも更に長い刀身を持つ一振りの剣――刀で以って少年と斬り結ぶ何者かを、百は確かに捉えたのだ。 

 その何者かは優れた使い手だったようで、守勢を旨とした堅実な剣技によって少年との攻防は千日手の様相を呈していた。結局、仮想のその立ち合いは決着がつかず、士郎がこんなものでいいか、と百に告げて切り上げられた。

 

――その仮想敵の正体が日本が誇るトップヒーローの一人、ヨロイムシャであった事をこの時の百は知らない。

 

 

「……衛宮さんは、もっと強固なイメージを構築できていたのに」

 

 精度の違いはあまりに明瞭だった。

 たった三手の攻防でイメージが崩壊する百とは違い、士郎のそれは見ているだけの第三者が仮想敵の得物や戦法に至るまで把握でき、あたかもソレが実在しているかのように錯覚してしまうほど真に迫っていた。

 それが意味するところを彼女が理解した時、その心中には戦慄が走った。

 もし士郎が仮想した存在がただ雑多に武器を振り回すだけの人間――それこそ、USJで何人もいたゴロツキ程度の人間であったなら、こうも驚く事は無い。彼女にも、同じ事が出来たはずだ。

 しかし、士郎が実際に想像してみせた人物は、鍛錬と経験に裏打ちされた確かな術理の通う剣筋を感じさせる高位の剣士だった。そんな人物を再現するとなれば、いったいどれほどの情報を頭に叩き込む必要があるのか。

 その者の身長や体重、容姿は当然として、得物とそれを扱う技術、勝利の為に由とする戦法、芯に据える思想、さらには些細な癖や性格、想定外の出来事に対する反応など。

 優れた能力を有する人間を仮想するという事は――ましてやそれを、自身の鍛錬相手として実用に足る水準で再現する事は、もはや一つの生命を創造するに等しい。

 ただでさえ連続した映像をイメージすることすら人間の頭脳では困難だというのに、それ以上の芸当など、物質の構造を原子レベルでイメージする百にすら不可能だ。

 

「付け焼き刃で出来ることではない……分かっては、いたけれど」

 

 以前、士郎は百に対してこう語った――それぞれの得意とする事は、各々がしてきた努力の方向性の違いだ、と。

 おそらく彼は、何度も何度も同じ事を繰り返してきたのだろう。

 仮想する人間の情報を忘れようもないほどに記憶して、そのイメージをぶれさせないように全神経を注ぎ込みながら、存在しない敵との戦闘を行う。

 常人には保ちようがないほどの集中力で、何時間も、何年も、それが当たり前の事になるほど、同じ事を繰り返してきたのだ。

 士郎と同じ事をしてこなかった彼女に、その結果を再現できるはずがない。同じように、百が積み重ねた知識を、士郎も持ち得ない。

 これはただ、それだけの話でしかない。

 

「……ここまでにしましょうか」

 

 現段階では、どうあってもこれ以上の進歩は望めないと百は判断した……いまさら意味のない事だ、とも。

 

「そもそも、これが役に立つかも分からないというのに……」

 

 無意な時間を過ごしている、という自覚はある。

 時間が過ぎるのはあっという間だ。体育祭の開催はもう明日の事で、今のうちに詰め込めるものは全て詰め込まねばならない。

 なのに、本番で直接対決する機会があるかすらもわからないたった一人の人間への対策に、残り僅かな時間を割いている。

 時間の使い方、という観点で見ればこれほど非効率なものもあるまい。

 こんな事をする暇があったなら、その時間を少しでも自身の“個性”を高める知識の習得に費やした方がよほど有意義だっただろう。

 きっと、雄英に来る前の彼女であれば、こんな事はしなかった。……しかし、それなら何故、彼女はこうも非合理な行為に勤しんでいるのか。

 

 近しい“個性”を持つが故の対抗心、というならそうだろう。

 互いに物質の創造を可能とする能力持ち同士、負けてはいられない、という想いは確かにある。

 先の事件に対する負い目、というのも間違いではないだろう。 

 ヴィランとの戦いによって生死の境を彷徨うほどの傷を負った友人の助けになれなかった不甲斐なさ、彼より強くなればあんな惨劇は二度と起こさせずに済む、という使命感もなくはない。

 

 それら複雑な心理が混ざり合った結果、無意味な鍛錬を繰り返すという愚昧な行動に走らせた。……そう考えることはできるだろう。

 しかし、本当の理由はもっと別の所にある様な気がして――

 

「…………やっぱり、もう少しだけ続けましょうか」

 

 かぶりを振って、再びイメージに没頭する。

 燻る煩悶を振り払うように。あるいは、無自覚な疑問に蓋をするように。

 先より深い集中で、外界の一切を気にも留めず、ひたすら少年の影に追い縋る。

 

 

――結局、彼女はそれから二時間ほど鍛錬に打ち込み、結果としてさらに一手イメージの持続を伸ばすことに成功するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月一日、日曜・午前八時半。

 

 多くの市民にとって休養日である週末、雄英高校は異様なほどの賑わいを見せていた。

 正門前にはテレビ局や新聞社をはじめあらゆるメディアの報道陣が大挙して押し寄せ、正門に面する道路を車両が走行する隙間すら残さず占領しながら、入校の許可が降りるのを今か今かと待ちくたびれている。

 校内に目を向ければ、およそ学び舎に似つかわしくない様々な屋台が通路の両側に設営され、各テントでは著名なプロヒーローを模ったお面やいかにもな屋台料理の数々が並ぶ。

 出店があればそこには客となる者も当然おり、老若男女問わず多くの市民がそれぞれの屋台に立ち寄っては料理などを購入する様は、いよいよ以って縁日の如し様相だ。

 空に打ち上がる色とりどりの号砲、これから大きな祭りが開催されるのではないかと、そう思わせるほどの群衆――それが、一高校の体育祭のために集まったなどと、“個性”発現以前の時代の人間には、到底信じられないだろう。

 

 今や日本という国の一大イベントにまでなり、学園敷地内に約十二万人の観客を収容可能な専用のスタジアムまで建設される雄英体育祭。ついに開催日となったこの日、雄英高校には実に様々な種類の人間が訪れている。

 体育祭を観戦しにきた市民に、生徒達の熾烈な競争をカメラに収めようと息巻く報道関係者各位、商機を見逃さず商いに精を出すあきんどたち。

 大別すれば、来訪客の多くはこの三つに分けられる。――が、それらとは別にもう一種、この場へとやってくる者達がいる。

 

「しっかし、ほんと多いですよねぇ。警備の数」 

「ある意味、壮観な光景といえよう。これだけのプロが集まる事など、そうあるものではない」

「そんだけ、雄英も本気だってことだろう」

 

 会場外周で周囲を見まわしながら言葉を交わす一組の男女。

 一人は、緩くウェーブのかかった艶やかなブロンドの長髪が美しい女性。身に纏ったボディスーツはアイボリー、ヴァイオレット、オレンジのトリコロールカラーからなり、全身にフィットしたそれはくっきりとボディラインが浮かび、彼女の豊満な肢体を惜しげもなく曝け出している。

 一人は、上体前部が素肌を大きくさらす独特な形状の装束を纏い、額や手首に施された警告線<トラテープ>の意匠が目を惹く筋骨隆々の大男。

 一人は、全身を濃紺一色のボディスーツで包み素顔を仮面で隠した人物。何より目を惹くのは木材で創り出されたかの如き身体。年輪すら浮かぶその姿は意思を持った樹木が人型を得て動いているかのようだ。

 いずれも一般人とは思えぬ派手な装いの三人であり――その衣装こそが、プロヒーローたる彼らの身分を証明している。

 

「それはそうでしょうけど、それにしたって大袈裟すぎません? 百人どころじゃ利きませんよ」

「会場がこんだけデカいんだ。必要な人手も馬鹿にならんさ」

「加えて、始業早々にヴィランの襲撃を許した上で開催に踏み切るともなればこうもなろう」

 

 例年、雄英は体育祭当日にプロヒーローを警備として雇っている。

 日本においては前時代における五輪<オリンピック>に相当する行事ともなれば全国からの注目度は高く――それ故に、よからぬ輩にも目をつけられやすい。

 安全の確保や諸事への対応の為にも会場及び周辺の警備は必要不可欠である。

 しかし、かつてであればそれらの役回りは民間の警備会社や警察で事足りたが、現代は総人口の八割が“個性”を有する超人社会。誰しもが何の準備も道具も要さず事件を起こせる時代。

 正規の訓練を受けていない民間会社や、そもそも公務に“個性”の使用が禁じられている警官では有事の際に対応できる幅が限られている。

 雄英体育祭という大規模な催しにあって、それでは不十分だ。

 自然、荒事への対処も熟せるプロヒーローに白羽の矢が立つ。“個性”の使用を公的に許された彼らであれば有事の際にも柔軟な対処が可能であり、また市民からの信頼も厚いプロヒーローはまさにうってつけの存在だ。

 雄英体育祭ではプロヒーローが警備に当たる光景は馴染みのものとなり、来校した市民の中にはそんな彼らの姿をカメラに収めることを第二の楽しみとする者もいるほど当たりまえのものになっているが――こと今年に限って、その警備の数は目に見えて増大している。

 先だって雄英が発表している通り襲撃事件を受けての人員増強であり、彼ら三人もその招集を受けた一員だ。

 例年の五倍にまで引き上げられた警備数は、必ずこの体育祭をやりきるという学園の強い意向の表れでもあるが――

 

「……それでも、やっぱり度が過ぎますよ、これは。ここには警備員(わたしたち)だけじゃなく、観客の中にもプロヒーローが大勢いるのに」

 

 女性の言う通り、この警備の数は異常と言えた。

 今日この場に集まったプロヒーローは何も警備依頼を受けたものだけではない。将来の相棒<サイドキック>候補を見定めるべく視察目的で訪れたプロヒーローが何十、何百人といる。

 来校した観客の数割を彼らが占めており、雄英体育祭は警備に当たる者たちも含めて一年のうち最も多くのヒーローが一箇所に集まる日だ。

 会場で事件が起きたとなれば、その全員が即座に対応へと動くだろう。

 そのため、どれほど腕自慢の悪党だろうと、どれほど恐れ知らずな無頼漢だろうと、この日・この場所だけは狙わない。

 何百といるプロヒーロー全員を相手取って正面から打ち破れる人間がいるのであれば話は別だが、そんな不可能を可能に出来るものなど、ただ一人を除いているはずがない。ありえない仮定である以上、この増員そのものが無意味と言えよう。

 

「まあ、雄英としちゃ強気な姿勢で学園の盤石さを顕示したいってのもあるんだろうが……」

 

 大柄の男が応じ、しかし言葉を途切れさせる。

 女性の疑問を理解しその解を示した――その上で、雄英の思惑にはその先があるのだと、知るが故に。

 

「それ以上に、こんだけプロを集めても過剰にはならない――そう思ってるんだろう、雄英は」

「え……?」

 

 男の出した答えは、女性が感じた不可解さそのものを否定するものだった。

 例年の五倍にまで引き上げた人員。観戦に訪れたプロヒーローの数々。過剰防衛としか言いようがない戦力の集中――それでもなお、必要十分でしかないのだと、男は語る。

 

「――これだけのプロをどうにか出来る戦力か策を持つ存在を、雄英は想定していると?」

「多分な」

「……いやいやっ、ありえませんって、そんなの! どんだけヒーローが集まってると思ってるんですか!?」

 

 馬鹿げていると、女性は否定の声を挙げる。

 この場に集ったプロヒーローの誰もが正規の戦闘訓練を経ており、その身に宿した“個性”という名の超常の力は軍が保有する兵器にすら匹敵する。

 その性能や能力の程に個々人で差があり、なおかつ得手不得手がある事を考慮しても、総合した戦力は一国の軍隊と比してなんら見劣りするものではない。

 それら全てと対峙し――あまつさえ、打破できる存在など、この世の何処にいるというのか。

 

「例の襲撃事件で捕えられたヴィランの中に、バケモンみてぇな大男がいたろ」 

「い、いましたけど。それがいったい……」

「そいつ、正面から殴り合いをやったんだとよ――オールマイト相手にな」

「は―――?」

 

 大柄な男が何気なく告げた言葉に一瞬、女性の理解が及ばなかった。

 殴り合いをした。 ――誰と? ―――オールマイトと?

 

「嘘でしょう……?」

「信じられんことに、事実らしい」

「だって、そんな……」

 

 信じられない、と隠しきれない動揺――否、恐怖を見せる女性。

 オールマイトと……平和の象徴と殴り合う。――そんな空想<フィクション>に登場するような怪物が他に実在すると?

 あの、拳の一振りで天候すら一時変え、ビルの一つや二つすら片手間に持ち上げる様な剛力を誇る、正真正銘の大英雄を相手に――?

 ありえない。そんな生物いるはずがない。

 彼のヒーローが己が力のみで天変地異を引き起こせるというのなら、彼に拮抗できるモノがいるとすればそれは形を持った厄災に他ならない。

 台風や津波、地震の様な人間では決して抗う事のできない大災害と何ら変わらない。

 そんな、避け得ない滅びそのものとしか表現できない生き物が存在すると、そういうのか。

 

「……確かに信じがたい話ではあるが、仮にそれが事実だとしても、そのヴィランは既に捕えられている。今更、警戒すべきものではないはずだ」

「っ――! そ、そうですよ! 本当にそんな化け物がいたとしても、もう捕まってるなら何も問題ないじゃないですか!」

 

 傍らの樹木の様な人物の言葉に、女性は竦む心を持ち直す。

 そう、いかに強大な悪党だろうと、無力化され拘束されているのなら脅威にならない。

 自由を失い牢に封じられるだけの怪物の、何を恐れる事がある。

 

「……だと、いいんだがな」

 

 恐れる事はない。その筈なのに、何故か男は言い淀む。

 まるで、脅威は未だ鎖には繋がれていないと、そう告げるかのように。

 

「な、なんなんです、まだ何かあるんですか……?」

「……これは、あくまで人からの又聞きだが――」

 

 自身の声が届く範囲に市民がいない事を確認して、男はそう切り出す。

 彼がこれから口にしようとする情報は、一般には報道されず、また確かな情報ではなく――男自身、未だに半信半疑なもの故に。

 

「どうにもそのヴィラン、薬物だのなんだので遺伝子やら何やら色々と弄くり回されてたらしい」

「……人体改造を受けていた、と?」

「人体……と言っていいもんかね。――なんせ、素体には死体が使われてるって話だからな」

「し、死体っ!?」

 

 男の口からいきなり飛び出た単語に、女性が顔を引き攣らせる。

 当然だ。それは、あまりに常軌を逸している。狂っている、と言ってもいい。

 人の尊厳とはその者が生まれた瞬間より認められなくてはならない人を人たらしめる拠り所であり、余人が決して侵してはならない不可侵の根底だ。

 それは死後にあっても変わらず、平常な文明においては何より丁重に扱われなくてはならない。

 非常時であれば、それも難しいのかもしれない。戦時であれば、弔う暇もないのだろう。

 だが、災害も戦争も無く、何の不足もない平和な社会において人の死を蔑ろにする事など――ましてや、それを弄ぶ事など、断じて許される罪<モノ>ではない。

 

 それを――人間が人間に対して決して行ってはいけない所業を、平気でしでかす狂人がいる。

 背筋を伝う怖気、

 実在すべきではない現実、許されざる禁忌の存在に、女性は先までとは違う不愉快さを感じずにはいられなかった。

 

「胸糞の悪い話だが、重要なのはそこじゃなくてな。――問題は、あのヴィランが人為的に造られたモンだって事だ」

「いや、そりゃ本当にそんなものが素になってるなら、誰かがそうしたに決まってるじゃないですか」

「違う。そうではない」

「んぇ……?」

 

 瞬時に返された否定の言葉に、首を捻る。

 特におかしな事を言った覚えはない。むしろ、頓珍漢な事を言っているのはもう一人の方ではないか。

 死体を素材にしたモンスターなんて名前のない怪物<フランケンシュタイン>よろしく人造に決まっているのだから、わざわざ口にするまでもない。

 

「カメラ写りとショービズしか頭に無いからこんな事も解らんのだ」

「……喧嘩売ってます?」

 

 全く嘆かわしい、とでも言いたげな同僚の物言いに、女性も流石にカチンとくる。

 確かに相手の言う事は多少……事実の三割ほどは(あくまで主観)的を射ているが、かといってこうもあからさまに馬鹿にされて笑っているほど温厚なタイプではない。

 事と次第によっては割と本気で叩き潰してやろうかと、そう思いながら相手を睨みつけ、

 

連中(ヴィラン連合)はあの怪物と()()()()を“量産”できるかもしれないと――そう言ってるんだ」

「――――え?」

 

 怒りに猛っていた心が、一瞬で静まり返る。

 冷や水を浴びせられた、どころではない。骨の芯から凍りついていくような、そんな錯覚。

 告げられた言葉を徐々に、しかし確実に理解した彼女は、その顔を青ざめさせる。

 

「そ、それって――」

「ああ、そうだ。今この瞬間にも、オールマイトとやりあえる様なバケモンがワープホールから大量に湧いてくる――そんな可能性も、あるってことだ」

「――――――」

 

 予想していた答えに、女性が絶句する。

 そうだ。その可能性は十分以上にあるのだ。

 脳無と呼ばれた怪物が死体を継ぎ接ぎして造られ、それが人間の手によるものなら――それと全く同様のものを複製できたとしても、なんら不思議ではない。

 

「や、ヤバいじゃないですか!? もし、本当にそんな事になったら」

「超人社会始まって以来の未曾有の大事件――いや、大虐殺が起きるだろうな」

 

 観客と関係者含めて十数万人もの人間が集まるこの場で、捕えられた脳無と同等の戦力が複数投入されれば被害は甚大なものになる。

 いかに多くのヒーローが集まっていようと、それらの大半は碌な知名度も大きな実績もない所謂弱小ヒーローであり、真に力あるものは全体の数パーセントのみ。

 であれば、そのような烏合の衆がいくら集まったところで、オールマイトにも迫る力を誇る怪物が大挙して押し寄せれば、市民を守るどころか抵抗すら叶わないであろう事は想像に難くない。

 スタジアムは、彼らの血と肉片で真っ赤に染め上げられるだろう。

 

――まさに、地獄絵図。

 

「……その情報、出所は信用できるものなのか?」

 

 打ちひしがれる女性とは反面、もう一人の人物は冷静だった。

 先の仮定は、あくまで問題の情報が真実である事が前提。であれば、その信憑性を疑うのは至極当然だった。

 

「そこは問題無い。知り合いの刑事<デカ>から聞いた話だからな。……ただ、そいつ自身はあの事件の担当でもねぇから、そこまで詳しい情報を握ってるってわけじゃないらしい」

「出鱈目<ガセ>の可能性もある、と?」

「いや、話自体は確かだとよ。とはいえ、管轄外のことだからな。いま言った以上のことは、そいつの所にも回ってきてないそうだ」

「……道理で、話が半端なわけだ」

 

 詰まるところ、又聞きの又聞き。

 その刑事も、たまたま知っただけでしかないないのかもしれない。

 世間を賑わす注目の事件だったから気になった、或いは同僚が騒がしかったから、興味本位で問いただしてみた。

 おそらくは、そんな所なのだろう。

 これ以上の正確な情報となれば、あとはもう実際に担当する関係者から聞き出すしかない。

 

「……しかしまあ、こんな事言った俺が言うのもなんだが、そんな事には多分ならんだろう」

 

 直前まで険しい顔つきを見せていた男は、そう言って表情を和らげた。

 先ほどまでとは180度真逆の様子に、女性は困惑する。

 

「で、でも、さっきは襲撃の可能性もあるって言ってたんじゃ……」

「限りなく低いが、ていう但し書き付きだ。そんだけの戦力を実際に整えてるなら、わざわざ体育祭なんぞ狙わず、日本中そこかしこにばら撒いてるだろうよ」

「加えて、先の襲撃の際にプロヒーローとの遭遇を最小限に留めようとしていた以上、あえて雄英体育祭を狙ってくるとは思えん」

「…………からかってたんですかっ!?」

 

 あまりにも冷静な分析に、女性が思わず声を荒げる。

 二人の様子からして、最初から理解していたことは間違いない。にもかかわらずここまでそれを黙っていたとなれば、女性がそう勘繰ってしまうのも無理からぬことだろう。

 

「そんなつもりはねぇが――ただまあ、先輩としてアドバイスしておこうと思ってな」

「アドバイス……?」

 

 訝しげに声を上げる女性に男は、ああ、と一言。

 実際、話を切り出した男自身に同僚を揶揄おうなどと、そんなつもりは一切なく――ただ、咎めねばならないという思いがあっただけだった。

 

「言うまでもないが、俺たちの仕事は常に予想外の出来事で溢れてる、ヴィラン相手にしろ災害相手にしろ、十全な準備の上で臨めるケースなんてまずない」

 

 いつ事件が発生するか分からない。何を原因として起きるか判別できない。現場で何が起きるかなど誰にも予見できない。

 そんな、幾つもの不測の事態に、彼ら彼女らは常に冷静に対処せねばならず。

 プロのヒーローがいちいち想定外に驚き立ち止まってはならない。ましてや――

 

「――ましてや、現場でのほほんと気を抜いて行楽気分なんてのは以っての外だ――例えば、勤務中に屋台でたこ焼きがめたり、とかな」

「んぐぅっ…………!」 

 

 ジト目を向けられた女性が激しく咽せる。今まさに口に放り込んだたこ焼きを喉に詰まらせたらしい。

 涙目になりながら必死で胸を叩く。

 難儀な詰まり方をしたのか割と洒落にならない苦しみ方をしているが、その様子を眺める二人に女性を案じる素振りはない。

 ヒーローを名乗る者としていささか体裁が悪いが、それも致し方なしである。

 この女性、警備依頼を受けて招集に応じたにもかかわらず、会場のパトロール中に屋台で買い食いしようとした挙句、懐が寂しいからと店主を上手いこと乗せて無料<タダ>で商品をせびったのだからタチが悪い。

 仮にその場面を彼女のファンにでも見せれば、一定数は幻滅し彼女のそばから離れていくだろう。

 

「とまあ、そういうこった。常に気を尖らせてろとは言わんが、適度な緊張感は保っておけ」

「えほっ、えほっ…………はぁ。勘弁してくださいよ、ほんと。いきなりすぎますって」

 

 なんとか落ち着いた女性は、それでも喉に残る違和感に眉を顰めながらやっとの思いで言葉を返した。

 第一声に職務怠慢の謝罪でも助言を留意するでもなく、真っ先に抗議の言葉が出てくるあたり彼女の性格が垣間見える。

 自身に非があるこの状況でなおも図太く食ってかかる反骨精神は見事と言えよう。……その精神性がヴィラン相手にのみ向けられていれば、窒息しかける事もなかっただろうが。

 

「……まあ、お前はそういう奴だ。これ以上は突っつかねぇさ。とにかく、“慢心”はするなよ」

「……? 油断するな、じゃなく?」

 

 どこか諦めたように男はぼやいたが、その言い回しに引っ掛かりを覚えたのか、女性はそう問い返していた。

 男はすぐさま神妙な顔つきで頷き、

 

「ああ。こいつはおまえさんだけじゃない、二人ともに言える事だが……あまり、自分達を過大評価せん事だ」

「……待て。こいつは兎も角、我は現場で油断も慢心も持ち込んではいない」

「兎も角って何ですか、兎も角って」

「いいから」

 

 再び噛み付く女性を、大柄な男がさっさと宥める。

 もう一方も事ある毎に煽るものだから、いちいち相手にしていては話が進まない。

 男としては一応、大事な話をしてるつもりなのだ。しっかりと聞いてもらわなくては困る。

 

「……続けるぞ。いま言った慢心ってのはな、何も現場での実働に限った話じゃない。それ以前の話……心構え、とでも言えばいいか」

「つまり、私たちがヒーローらしくないっていうんですか」

「そうじゃない。俺が言ってるのは、もっと根本的なとこの話だ」

 

 らしくないのか、と女性は問うが、男からすればむしろヒーローらしすぎるからこその話だった。

 

「俺たちはヒーローを名乗って多かれ少なかれ市民からも慕われちゃいるがな、かといって俺たちだけでこの国の治安を維持してるってわけじゃない」

「いや、そんなこと言われずとも分かってますけど」

「そうか? その割にはあの怪人ヴィランの話を聞いた時に驚いてたみたいだが」

「それはっ、だって、いきなりあんな話されたら誰だって驚きますよ!」

「それだよ。俺が言ってる慢心てのは」

「はい……?」

 

 男の言い分に女性が目を点にする。

 今の話に、どう慢心という言葉が繋がるのか、皆目見当もつかなかったからだ。

 しかし男にとっては、その疑問、不理解こそがまさに彼らが自信を過大評価しているという、何よりの証左だった。

 

「お前らはさっきの話まるで寝耳に水だったみたいだが、噂自体は俺以外のヒーローも何人かはもう耳に入れてるんだ。仕入れ先はそれぞれだけどな」

「はぁ……」

「……なるほど」

 

 男の言葉に、残る二人は異なる反応を見せる。 

 女性はいまだに得心がいかず、もう一人はなんとなく察しがついていた。

 

「この話を知ってる俺たちと知らなかったお前たち。――いったい、何が違うと思う?」

「横の繋がり……だな?」

「その通りだ」

 

 樹木の様な人物からの答えに、男は満足げに頷く。

 彼らの間にある明確な違い。それはプロヒーローとは異なる他組織との緊密な接点だ。

 

「どれだけ活躍しようが人から持て囃されようが、この国の秩序を維持してんのは俺たちじゃなく、ただ自分の職務を全うしようとする普通の人間だ」

 

 超常黎明期を超えて、現代では多くの場所でプロヒーローは活動している。

 ヴィラン犯罪の取り締まりや街中のパトロール、時には警護依頼や捜索依頼を受けることだってある。

 彼らの実績を疑う余地は欠片も無く――しかし、本当の意味で国家を支えるのは、プロヒーローですらない一人一人の人間の努力であり、そんな普通の人達からなる組織の尽力だ。

 

「警察も、今じゃヴィラン()()()()()、なんて呼ばれちゃいるが、実際は彼らが頑張ってくれてるから日本の治安は守られてる。俺たちはその手伝いをしてるにすぎない」

 

 かつての暗黒時代をただ一人で払拭せしめた真の英雄はともかくとして。

 どの国家であろうと、社会秩序の維持に最も大きく貢献しているのは間違いなく警察組織である。

 交番勤務の警官による地域の安全化に始まり、詐欺被害やサイバー犯罪への対応、行事での警備など。無論、テレビドラマさながらの事件捜査も。

 “個性”などという超常現象が発生した社会に定着しようと、警察組織が担う役割は多岐に渡り、そのいずれも前時代と変わらず欠かせぬものである。

 街中で散見されるようなプロヒーローによるヴィランの捕縛などは、実のところ最も扱いやすい類の案件だ。武力で容易に制圧・解決が可能なのだから楽な話である。

 しかし、真に悪辣な犯罪とは得てして人目につかずひっそりと起こされるもの、わかりやすく人の多い往来で事を起こしてはくれない。

 その様な悪事を未然に防ぎまた解決するにはやはり警察組織の力が必要となり、彼らの地道かつ綿密な捜査があって初めてプロヒーローも自らの職務を果たせるようになるのだ。

 

「浮かれるなってのもあるが、それ以上に他の組織との協力ってのを軽視するなよ。二人ともまだ駆け出しで仕方ない部分はあるがな、早いうちにその手のコネはつくっておけよ。本当にキツイ現場じゃ、そういう連携ができなきゃ市民どころか自分の命すら守れないからな」

 

 彼には現場で他組織と何度も連携し、協働して事件や事故の解決にあたってきたからこそ築かれた人脈があり、時にはそこから有益な情報が流れてくる。

 その有無が、現場に出た彼らの運命を左右する事が多々ある。

 先の噂話がそうだ。知っているのと知らないのでは、できる気構えに大きな差がある。

 事実として、警察とのパイプなど全くと言っていいほど有していない二人は、その話自体全く関知しておらず、女性に至っては半ば休暇気分で警備に臨んでいた。

 もし、先ほど語られた最悪の可能性が実際に起きてしまえば――なんの覚悟もしていなかった者は、碌な抵抗一つできず圧倒的な暴力に擦り潰されるだろう。

 

「何時何時、何が起こるか分からない。――だからこそ、いつでも最善を尽くせるようにしておくんだ、俺たち<ヒーロー>は」

「…………」

「肝に銘じておこう」

 

 男の言葉に、二人は笑うこともはぐらかす事もなかった。

 いかに駆け出しとはいえ、二人ともヒーローとしての精神は確かに培われている。多くの経験を重ねてきた先達の助言を不要と切って捨てるような愚かさは持ち合わせていない。

 両者とも、真剣な面持ちでこれまでの話を反芻している。

 

 ……まったく、柄にもないことをしたな。

 

 そんな後輩の様子に、男は内心で自嘲げに笑う。

 二人より先にこの道へと踏み込んだものとして色々と語りはしたが、先のような説教じみた真似は本来、彼の性に合うものではない。

 加えて、今ここでこんな話をしてみせたところで、それですぐに実践できるものでもない。

 彼が伝えようとした教訓が彼自身の経験に基づくものなら、彼らもまた同じように経験を以って理解していくべきものだ。

 幸にして、彼ら二人とも優れた素質を有している。

 今しがた語った道理など、遠からず自ら理解していただろう。

 だから、本当ならこんな事、わざわざ言う必要も無かったのだ。

 

 ……しかし、聞いちまったもんはしょうがない。

 

 必要は無いと。そう思いながら、それでも似合わない事をする気になったのは何故か。

 そこにはやはり、件の噂も大きく作用している。

 起こりうるリスクを伝え、頼もしい後進が呆気なく命を落としてしまわないように気を引き締めさせようとした、それもある。

 しかし、不似合いな行動を起こさせた本当の理由は、噂そのものへの信憑性ではなく。

 ともすればそれは、噂以上に不確かなモノに拠った懸念だった。

 

――確信がある。

 

 後押しする理論は無い。他者を信用させられるほどの根拠は無い。

 他人からすれば、これはただの杞憂なのかもしれない。――だが、誰に理解されずとも彼の直感が告げている。

 

――そう遠くないうち、大きなナニかが起きる、と。

 

 社会は変わらなく、世界はいつも通りに回り続けている様に見えるが、ヴィラン連合の台頭を皮切りに、何かが歪み始めた……そんな錯覚を覚える。

 それは異常な存在を知ったが為の警鐘なのだろうか。それとも、多くの経験を経てきた彼の嗅覚が嗅ぎ取った変化なのか。

 おそらくはどちらともであり――だから、これは抵抗だ。

 いずれ訪れるかもしれない脅威を振り払う為、若い力を少しでも伸ばそうとする抗い。

 この杞憂が現実に変わる保証はなく。これが本当に必要な事なのかも、未来を見ることのできない彼には判別のしようがない。

 しかし、それでも――

 

「子供が真っ直ぐに夢を追うことのできる社会――それくらいは、残しとかねえとな」

 

 呟きは喧騒に掻き消される。

 歓声に包まれるスタジアムを、強い眼差しで見上げて。

 男は一人、誰に告げるでもなく決意を固める。

 

 

 

――間も無く、雄英体育祭の幕が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ、か」 

 

 時計をみると、二つの針が指す時間は開幕間近を示していた。

 じきに、俺たち生徒の入場も始まるだろう。

 USJ襲撃事件から既に三週間近く。光陰矢の如しとは言うが、あっという間に過ぎ去っていった三週間と違って、開幕を待つこの僅か十数分の待機時間は妙に長く感じられ、どうも焦ったい。

 慣れない状況に柄にもなく緊張しているのか。神経の太さにはそこそこの自信があったつもりだが、まだ精進不足か。

 

 ……にしても、相変わらず気前がいい。

 

 自分も含め、全生徒は体育祭専用スタジアム内の控え室に集められ待機させられてるわけだが、その控え室がいやに広い。

 一クラス二十人かそこらしかいないのに、室内は教室以上の面積を有している。これなら後もう一クラスは余裕で利用できるはずだ。

 正直、こんなにスペースがあったところで持て余すだけなのだが、あのネズミ校長は何を考えてここまでの広さを用意させたのか。

 人間は広い空間より狭い空間の方がリラックス出来るらしいし、本番を前にしたいまこの控え室は却ってストレスを感じさせるものだ。――もっとも、中には緊張感とは無縁そうな様子のやつもいるが。

 

「みんな準備は出来ているか!? もうじき入場だ!」

 

 クラス委員長こと飯田くんが控え室のドアを力強く開き、そう皆に告げた。

 益体もない考えに耽っている間に、いよいよ開始時刻が迫ってきたらしい。

 室内の空気が、いくらか硬くなったのを感じる。本番を直前にし高まった緊張と、これから始まる競走に向け先鋭化する闘志の現れだろう。

 皆一様に、表情が強張っている。

 

「――緑谷」

 

 その中で、周囲の昂りをまるで意に介さず、声を上げる一人の生徒。

 轟焦凍。

 他者に一切の興味を向けない彼はいつも通りの冷めた眼差しで――自分以外の誰かに声かけるという、彼ならざる異常な行動を見せた。

 

「轟くん……、なに?」

 

 呼び止められた緑谷は応じるが、その顔には困惑の色が浮かんでいる。

 これまでほとんど接点を持たなかった相手な上に、クラスメイトとまともに会話をすることもなかった轟だ。何故、声をかけられたのか、緑谷どころか俺を含めたA組の殆どは理解が及ばない。

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」

「えっ? ……う、うん」

 

 動揺する緑谷を他所に、轟は唐突に切り出した。

 あまりにも判りきった、当然の事実。十全に“個性”を使いこなす者と、“個性”に振り回される者の隔絶。

 覆しようも無い力の差。――そんな事を緑谷本人に言って、どうするというのか。

 

「――けどお前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」

「っ……!?」

 

 いきなり告げられた問いは、疑問ではなく断定だ。とうに判断を済ませ、自身の中で確定した結論。

 今のはあくまで確認。事実を確かめるためではなく、何らかの前提として言っておきたかったんだろう。

 

 ……それにしても、まだ腹芸はこなせないか。

 

 以前、うちで話した時より大きな反応は見せなかったけど、表情から図星である事は丸わかりだ。

 緑谷とオールマイトが懇意にしてる事くらい、そこまで隠すものでもないと思うけど、本人はそう思っていないらしい。

 けどそれならそれで、本当に隠しておきたい事なら、冗談の一つでも返せるくらいにはならないと駄目だろう。前とは違って声を上げなかったのは、成長と言えば成長だろうけど。

 

「別に、そこを詮索するつもりはねえが、――お前には、勝つぞ」

 

 内心でそんな事を考えていると、轟は不可解な事を言い出した。

 緑谷とオールマイトの関係に目を付けておきながら、それ自体はどうでもいいのだと。

 それに、突然すぎる宣戦布告――いや、勝利宣言。いったい、緑谷の何をそんなに目の敵にして喧嘩を吹っかけたんだ……?

 

「いきなり喧嘩腰でどうした? 直前にやめろって」

「仲良しごっこじゃねぇんだ。なんだっていいだろ」

 

 険悪な様子を見かねて切島が宥めようとするが、轟はそんな事すら煩わしかったらしい。

 苛立たしげに肩に置かれた切島の手を振り払って、話は済んだとばかりに背を向ける。

 

「止めなくてよろしかったんですか?」

「ん……? そんなに深刻そうでもないし、大丈夫じゃないか」

 

 ふと、近くにいた八百万からそんな事を聞かれる。

 確かに、穏やかな雰囲気ではないし、クラスメイト同士であまり禍根を残すのはどうかと思うが、あれくらい男子は割と日常茶飯事だと思う。

 爆豪なんか、常日頃キレ散らかしてるし。

 

「それにさ。男友達なら殴り合いの一回や二回はしとかないと」

「は……?」

 

 俺の言葉に、八百万はポカン、としている。何を言っているのか分かってなさそうというか、そもそも耳に入ってきた言葉を理解できてなさそうな感じだ。

 ……むぅ、お嬢様の八百万にはちょっと分からない話だったか。

 麗日あたりなら上機嫌に同意を示してくれそうなんだが。あいつ、妙に熱血男児みたいな感性してる時あるし。

 

「……その、なんだ。本気でぶつかり合うことで初めてお互いを理解したりすることもあるからさ」

「はぁ……。なんだか、よくわからない世界ですが、衛宮さんが言うのならきっとそうなんでしょうね」

 

 あっさりと未知の道理を飲み込んでしまう天然お嬢様に、俺は少し心配になる。

 なんか、そのうち他人の悪巧みを真に受けてコロッと騙された挙句、酷い目に遭わされてしまいそうな、そんな予感がする。

 八百万はしっかりしてるし、大丈夫だとは思うが……。

 

「……轟くんがなにを思って、僕に勝つって言ってんのかは分からないけど……」

 

 俺が八百万と間の抜けたやりとりをしてるうちに、緑谷は背を向ける轟に言葉を返していた。

 

「そりゃ、君の方が上だよ。実力なんて、大半の人に敵わないと思う。……客観的に見ても」

 

 緑谷は、轟の発言を認める。

 自分は力は未熟で、この場に集う殆どの生徒に及ばない。

 最も勝利から程遠い位置にいるのが自分なんだと。

 

「あんなこと仰ってますが……」

 

 それが、八百万には自棄や悲嘆の言葉に聞こえたらしい。

 やはり仲裁した方がいいのではないかと、そんな視線を送ってくる。

 

「言ったろ、そんなに心配することないって。あいつは大丈夫だよ」

 

 小声で、八百万にそう断言する。

 彼女の心配は杞憂でしかない。だって――

 

「――でも。みんな、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ――遅れを取るわけには、いかないんだ」

 

 俯いたまま、拳を握り締めながら、歯を食いしばるように告げる。

 こんなところでは止まれないと、まだ手を伸ばし続けるのだと。

 自分の無力さを思い知って――それでも諦める気はないのだと、不屈の心を掲げるように。

 

「――僕も、本気で勝ち<トリ>に行く」

 

 宣言する緑谷は、もう俯いてはいない。

 真っ直ぐな視線で、自身へ挑戦を叩きつけた相手を射抜く。

 

「な、言っただろ」

「……ええ。そのようですわね」

 

 緑谷のあの表情を見て、それでも庇おうなんて奴はいない。

 実力の低さも、自身の未熟さも関係がない。緑谷出久は、容易く叩き折ることのできない人間だ。

 誰であれ、その芯の強さを見誤りはしない。

 だから、庇い立ても仲裁も不要。

 必要な事があるとすれば、ただ一つ。

 

 

 

――あいつと相対する時、全力を尽くす事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『刮目しろオーディエンス! 群がれマスメディア! 今年もおまえらが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……雄英体育祭が始まディエビバディ……アーユーレディ!??』

 

 プレゼント・マイクの実況と、割れんばかりの大歓声。

 沸き立つ会場の熱気が、入場ゲートのここまで伝わってくる。

 何度かテレビ越しに見ていたあの光景、あの場所に今から自分が立つのだと思うと、なんとも奇妙な気分だ。

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! お前らどうせアレだろ!? こいつらだろ!!? ヴィランの襲撃を受けたにもかかわらず、鋼の精神で乗り越えた。奇跡の新星!!!―― ヒーロー科!! 一年A組だろぉぉ!!?』

 

 プレゼント・マイクの煽りに、観客の熱狂がさらに増す。

 それが、自分もいるクラスへと向けられた期待なんだということは、流行り廃りに疎い俺でも容易に察せられた。

 どうやら、あの事件に対する関心は、思っていた以上に高いのかもしれない。

 この様子だと、やっぱり事件の一部を伏せてもらったのは間違った判断じゃなかったみたいだ。

 

『話題性じゃ劣っちゃいるが、こちらも実力派揃いだ!! ヒーロー科、一年B組!!!』

 

  うちのクラスに続く形でゲートから姿を見せるB組に、ちら、と視線を向ける。

 教室がお隣なだけあって、登下校や移動の時には何度か向こうの生徒とは顔を合わせるが、それもたまのことだからどんな連中かまではほとんど知らない。

 一人だけ、俺が退院した日にカチコミをかましてきた男子生徒の人柄はなんとなく分かるが……

 

 ……一筋縄じゃ、いかなそうだな。

 

 何人かの生徒の様子を見て、なんとなしにそう思う。

 自信に溢れた、或いは場の空気に呑まれない、自分の力を信じきった人間の表情。

 ああいう手合いは手強い。

 プレゼント・マイクの紹介はあまり聞こえのいいものじゃないけど、確かに言葉通りの実力派揃いらしい。

 

『続いて、普通科C、D、E組! サポート科F、G、H組も来たぞー! そして最後は経営科I、J、K組!! 雄英一年、揃い踏みだー!!」

 

 続け様に三つの科のクラスが入場して、いよいよ全選手が集まった。

 広大なスタジアムの中央で、観衆の視線を浴びながら整列する雄英一年生。

 これから先、この場にいる全員が競争相手になる。B組はもとより、他の科の連中も侮れない。ヒーロー科に在籍していないからって、それが彼らに力は無いという証明にはならないのだから。

 

 ……特に、普通科からは睨まれてるからな。

 

 先日、B組生徒がカチコんできた時と同日、それより前に普通科の生徒達がうちのクラス前に集まっていたのを思い出す。

 興味半分、偵察半分、といった様子の集団は、直後に教室から出てきた爆豪に有象無象扱いされてしまったが……あちらにも、やっぱり気骨のある生徒はいたみたいで、一人の生徒が真っ向から宣戦布告していった。

 あの一件で、A組と普通科は当分、仲良くやれそうになくなったのは残念だ。

 現に今も、普通科からの忌々しげな視線が刺さってる。

 

 ……そりゃ、雑魚だの木端<モブ>だの言われちゃ気を悪くするに決まってる。

 

 あいつの唯我独尊ぶりは、爆豪とほとんど関わりのない俺でも目につくくらい日常茶飯事だ。

 人の名前はまともに呼ばないし、口を開けば罵詈雑言の数々。協調性という概念そのものが欠如してるとしか思えない暴君ぶりである。

 学校生活であの気質を多少なりとも矯正しておかないと、プロデビューなんてお上が許しそうにない。……まあ、あれが爆豪らしさでもあるんだけど。

 

 ……と、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。

 

 少しばかり気が重いが、いい加減腹を括るべきだろう。

 どう気を紛らわせようと、時間は無常に過ぎていく。いつまでも引き延ばすことはできない。

 

「選手宣誓!!」

 

 生徒達の前。

 ちょい大きめの朝礼台に立つ女性が一人。

 全身に纏った自身の肉体美をこれでもかと魅せつける極薄のタイツ、身につけたドミノマスクはその美貌を隠すことはなく、射干玉の様な黒い長髪は同性すらも魅了する。

 雄英高校が誇る教員にしてプロヒーローの一人、18禁ヒーローことミッドナイト、その人。

 

 ……よりによってミッドナイトか……。

 

 雄英体育祭は毎年、各学年ごとに教員のヒーローが審判として付く。

 誰が務めるかは何度か見た感じランダムだったけど、今年の一年ステージはどうやらミッドナイトが務めるようだ。

 ……これからすることを思うと、本当に気が重い。しかも命の恩人の前でだから、気恥ずかしさまでプラスアルファである。

 

「選手代表――1-A、衛宮士郎!!」

「――――」

  

 呼び出しに応じ、朝礼代の前へと進む。

 運動会や体育祭といえば、開会前に行われる選手宣誓がお決まりの儀式だが、そういうのってなんとなくクラス委員とか生徒会長みたいなのがやるイメージがあった。 

 なんでまあ、自分には関係も無いから全く関心なんて持ってなかった。

 ところが、この雄英体育祭じゃその役目を果たすのは入試における最優秀成績者――それも、二次試験の評価を重視して選ぶという。 

 だいぶ大味な選び方だと思う。その方法だと筆記の方はどこまで考慮されてるんだとか、二、三年生はどうするんだとか、同じ選定基準なら一度代表に選ばれたら三年間続けることになるのかとか、色々と疑問は尽きない。

 いずれにせよ学園の決定は覆らず、今年は俺にお鉢が回ってきたという事だ。

 

「宣誓!」

 

 こういったことはあんまり得意じゃない。代表の件を教えられたのだって本番三日前で、上手い言葉なんて浮かばなかった。

 壇上に上がって宣言を始めた今からでも誰かに代れるものなら代わりたい。

 けど、選ばれてしまったものはしょうがないし、相澤先生からもぜひ頼むと言われては断るわけにはいかない。

 せめて、赤っ恥をかかないくらいには、しっかりとした宣誓というものをしよう。

 

「我々、生徒一同はスポーツマンシップとヒーロー精神に則り、正々堂々と全力で競い合うことを誓います!!」

 

 ハッキリとした声で、簡素になり過ぎず、かといってしつこ過ぎず。

 洒落た言い回しなんてできないから、中身は至って平凡なよくある文章。これなら、A組が目の敵にされてる現状でも、非難されることはないはずだ。

 ……他クラスどころかクラスメイト(身内)からも物足りなさそうな騒めきが聞こえる気もするが気にしないでおこう。

 こんなところで大ウケ狙っても仕方ない。普通の挨拶で、少しでもA組に対する悪印象を和らげられたならそれでいいのだ。

 

「んー……、もう少しくらい捻りが欲しかったけど、まあいいでしょう。それじゃあ気を取り直して、説明を始めるわ!」  

 

 ……あなたは選手宣誓にいったい何を求めてるんですか。

 

 列に戻って、ミッドナイトの言い分に内心でため息をつく。

 宣誓、誓いなんていうものなんだから、厳かな心持ちで臨むべきだろうに。

 入学初日に自由な校風がウリとは言ってたけど、なんだってこう、雄英の教師は独特なのが集まってるのか。

 

「第一種目はいわゆる予選よ! 毎年、ここで多くのものが脱落<ティアドリンク>! 今年の競技は――これ!!」

 

 俺の呆れなんて知りもせず、ミッドナイトは進行を続ける。

 彼女が自らの装備の一つである鞭を振って合図すると、空中に現れた立体映像<ディスプレイ>にルーレットが表示され、いかにもな効果音と共に激しく回転する。

 しばらく回り続けた後、ようやく姿を現したのは、

 

「……障害物競争、か」

 

 定番と言えば定番。

 大袈裟な演出の割にありふれた競技だが、

 

「計十一クラス、全選手総当たりのレースよ! コースはこのスタジアムの外周四キロ。レース中はコースさえ守れば――何をしても構わないわ!!」

 

 オリンピックに変わる形で台頭したこの雄英体育祭の競技が、単なる障害物競走で終わる筈もなく、ミッドナイトは実に楽しそうに生徒同士の妨害行為を容認した。

 

 ……しかし、()()()()()()()()()、か。

 

 物騒に聞こえる謳い文句だけど、何をしてもいいというのは、果たしてどこまでを許容するものなのか。

 少なくとも傷害行為は認められまい。進路妨害や直接攻撃、コースの封鎖くらいは問題なさそうだが……

 

 ……周りからの干渉にだけ、気をつけてればいいか。

 

 俺自身は特に他の生徒の邪魔立てなんてしようとは思わないし、相澤先生からの条件を考えれば、余分な投影はできない。

 となれば、周りからの妨害にさえ意識を向けていれば、あとはなんとでもなるだろう。

 

「早速始めるわよ! 全員、位置につきまくりなさい!!」

 

 いよいよ、雄英体育が始まる。

 初戦は波乱に満ちるであろう障害物走。

 同じクラスの生徒だけでも、この競技に滅法強い"個性"を持つ奴らがいる。

 加減を言い渡されたこの身、人並み以上の体力と速度しかない衛宮士郎では、苦戦は免れないだろう。

 ――けど、上等。格上との競争、自身より優れた人間との戦いなど、俺にはいつもの事だ。

 この程度、乗り越えられずして正義の味方など目指せない。

 

――故に、持てる全てを以って、この試合に臨もう。

 

「さあ、スタートよ――!!!」

 

 号令は下され、全ての生徒が一斉に走り出す。

 己の夢を叶えるため、自身の願いを果たすため。

 それぞれが、それぞれの想いの下、通過点<ゴール>目指して駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 先月、ac6に触発され、acfaを買ってしまいました。昔のゲームだしなあ、と購入にまで踏み切らずにいたのに、結局誘惑に抗えませんでした。すっごく面白かったので、後悔はしてません。
 やっぱり、ロボゲーはあれくらい無法かつハイスピードで動かせる方が楽しいと思うんですよ。
 それに、フレームにしろ武器にしろデザインと性能が実に豊富で、いろんな機体が組めるのは大きな魅力でした。最新作はパーツ数も少なく、デザインの幅が狭ったのが物足りなかったので、acfaのパーツ数の多さはとてもありがたかった。デザインそのものも、faの方が断然格好いいですし。セミオートロックにはまだ苦労しますが、これがアーマードコアというゲーム本来の醍醐味だと納得しております。ただ、武器ごとのロックの仕様が歪すぎるのは少々頂けないですので、フロム様には是非ともacfaのリメイクなど手掛けてほしいです。



 そういえば、fgoではクリスマスにとんでもないサプライズが投下されましたが、プレイしてる皆様はいかがだったでしょうか。どうも一部特定のファンからは不評というか、大炎上してたみたいですけど、作者は滅茶苦茶喜びましたし、なんならイベントも直前のものより遥かに楽しかったです。いかにも型月らしい、カオスとトンチキが入り混じった懐かしい体験をさせてもらいました。
 しかし、やっぱりfgoだけしかやってない層というのはある程度多いみたいですね。過去作等を履修していなければ、なかなかついていきづらいノリであったことは否めませんが、そもそも型月は同人から始まってその時の性格を残したままですし、fgoもれっきとしたTYPE-MOON作品の一つで、決して独立した特別な作品ではありませんから、奈須さんのあの感性についていけない方は、そもそもTM作品には向いていないと、個人的には思う次第です。
 
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