雄英高校のとある一室。
普段、あまり使用されないこの部屋は今、興奮冷めやらぬ教員の話し声で賑わっていた。
「うちの入試は毎年、将来有望な子達が集るけど、今年は最近の中でもかなり優秀じゃないか?」
年に一度の雄英入学試験が終了し、各会場で監督を行なっていた者も集合し終えた。
今は試験中の記録を再生しながら、改めて算出された試験結果に大きく沸いている。
「二位の子は“救助”ポイントが0ptでこの順位・・・・・おまけに撃破ポイントに関しては一位か。個性の運用や立ち回りもさることながら、終盤までペースを落とさなかった。凄まじいタフネスだ」
「少し性格に荒々しさが見られるけど、それに反して動きは繊細かつクレバー。これからかなり伸びそうね」
この入試において、事前の説明で伝えられる撃破<ヴィラン>ポイントの他に、受験生に明かされていない“もう一つの評価基準”。
それが救助<レスキュー>ポイント。
ヒーローを目指す以上、他者への気遣いや思いやりは当然に有して然るべき資質である。
試験中、自らのpt獲得にのみ執心するのではなく、他者への手助けなどの心遣いを見せた者に与えられるのが、この救助ポイントだ。
本試験は撃破ポイントと救助ポイントを合算する構造となっている。
その点において、いま話題となっているこの学生は殊更、目を惹く。
白味がかった金髪と鋭い目つきが特徴的な少年。彼は撃破ポイントにおいて77ptという数値を叩き出し、これのみで二次試験の成績順位で二位に就いた。
自身の掌から爆発を発生させるこの学生は、長くヒーロー志望の生徒を育成してきた彼らから見ても、その将来性に大きな期待を持てる逸材だった。
試験中に見せた性格的な粗暴さや攻撃性は、これからの時間でいくらでも改善・矯正が可能だ。
その点に関しても、周囲に噛み付くような事はあれど、決して傷付けたり喧嘩になる事もない。頭の中では、常に一定の冷静さを保っている事が窺える。
これがこの場に集まる教員達の、この学生――爆豪勝己に対する、おおよその評価だった。
そして、彼とは全く反対の意味で注目されるのが、七位の少年。
「俺としちゃあ七位のやつもかなり気になるぜ!なんせ久しぶりにあのデカいのをぶっ飛ばしちまったんだからな!」
「撃破ポイントが0ptで、救助ポイントは60pt・・・・・二位の学生とはまるで対照的だな」
毎年、試験の後半になると起動する超巨大0ptロボ。
その巨体と破壊力の程から殆どの受験者はこれを避けるし、教員側も一応はそのように推奨している。
しかしごく稀に、これに立ち向かい撃破してしまう者もいる。
その中でも、この少年はさらに強烈。
それまで一切の撃破ポイントを獲得していないにも関わらず、最後の最後でこの巨体を真っ向から殴り飛ばすという快挙を成し遂げたのだ。
そしてその理由が、退避し損ねた女生徒を助けるためという、人間性という観点において実に好感の持てる理由だった。
「緑谷出久か。・・・・・しかし、自らの個性で全身骨折を始めとした大量の負傷とは、まったく個性の制御が出来ていないな」
「まるで個性発現したての幼児だな。この課題を克服しない限り、ヒーローとしてやっていくのは厳しいだろうなぁ」
彼の欠点としては、まさしくコレ。
ほとんどの受験者が即刻、退避を選択するほどの巨大ロボを、拳の一振りで殴り飛ばすほどの力を有していながら、その反動で全身にほぼ致死レベルの大怪我を負ってしまった。
雄英高校が誇る看護教諭、対象の治癒能力を超活性化させる個性を持つ『リカバリ―ガール』による治療が無ければ即死、よくて一生まともに動けない体になっていただろう。
規格外の超パワーと、それに耐えられない未成熟な肉体。
およそ、個性と身体が馴染んでいないととしか考えられないほど、彼はチグハグだった。
だが逆を言えば、それさえ克服してしまえば、非常に強力なヒーローに成り得るという可能性でもある。
いずにせよ、彼が入学する事になれば、この点において重点的に鍛える事になるだろう。
「・・・・・しかしまあ、今年に限って言えば、一位の子がダントツでぶっちぎりだな」
「「「・・・・・・・・・」」」
先ほどまで賑わっていた室内が、打って変わって水を打ったように静まり返る。
その原因となるのは、二次試験における総合成績で一位を獲得した少年。
「撃破ポイントは73pt、救助ポイントに関しても66pt・・・・・合計で139ptとはな」
139pt。
その得点数がいかに桁外れか。
撃破ポイントでこそ、二位の学生には遅れを取っているが、救助ポイントの有無で二位とは62ptの差をつけている。
「我々も毎年こうして受験者の評価をしてそれなりだが、ここまで圧倒的なのは雄英の歴史の中でもごく少数だろう」
「正直、この時点での学生に関しては異常なほどだ。正直、どこから評価していけばいいか・・・・・」
長年、多くの学生を育成してきた彼らをしても、言葉に窮するほどの結果。
試験中の彼の行動に対する評価点も、実に多岐にわたる。
「ミッドナイト先生は現地で見てたんでしょう?貴女から見て彼はどうでした?」
教員の一人が、彼に割り当てられた試験会場の試験監督であるミッドナイトに、意見を求める。
この場で全会場をモニターし、各生徒の様子を記録しているとはいえ、映像越しでの情報と、生で見る実際の所感とでは大きく異なってくるからだ。
「・・・・・そうね。まず、視野の広さと判断力については、現段階でかなりのモノだと思う」
「現地に到着後、すぐに演習場の様子を観察、貴方の存在に気付いて即座にこちらの意図を理解した、ということでしたな」
事実、カウント無しのロケットスタートにも瞬時に対応し、開始前に得た情報から自身に有利な立ち回りも行った。
その結果、彼は序盤から終盤までほとんどペースを落とさず撃破ポイントを稼いでいる。
「開始直後、剣を生み出してロボを撃破したから近距離型かと思えば、ビルの屋上に登ってその後は弓による遠距離狙撃に終始するスタイルを維持し続けるとは。流石に予想外だった」
「それも驚く点ではあるが、何より凄まじいのは狙撃の命中精度が九割超ということだ。数体仕留め損なったロボ以外、全て確実に破壊・行動不能にしている」
彼の最も得意とする戦闘スタイルが、遠距離からの狙撃であることは間違いないだろう。
終盤までこの方法に固辞し、そのほとんどを確実に命中させる技量からも、彼がいかに優れた射撃量を有しているのかが窺える。
「・・・・・いや、一つ違う」
しかし一人、彼らの考察に異を唱える人物がいた。
「スナイプ、それはどういう意味だ?」
暗がりの中、その特徴的な仮面<マスク>とドレッドヘアーが目につく教員。
雄英高校三年生担任教師、『スナイプ』。
こと射撃においては最高峰の実力を有する彼が、少年の狙撃力について異なる意見を提示する以上、他の者では理解が及ばない理由があるのだろう。
故に、考察を遮られた教員は特に気を害するわけでもなく、素直にその続きを促した。
「彼の命中率についてだ。九割じゃない。試験開始から放った射撃全てが彼の狙い通り――つまり、100%だ」
「・・・・・!」
告げられた所感に、室内がざわめきを見せる。
確かに、少年の狙撃能力は類を見ないほどに高いものがあるが、それでも撃ち漏らしもある。
それでもなお、命中率100%と断言するその理由を皆、測れないでいた。
「しかし、現に何体かのロボは仕留めきれていない。当たりはすれど、狙った通りの結果ではない。これを考えれば、100%は言い過ぎじゃないか」
別の教員が、スナイプの意見に反論する。
放った矢が当たりはしても、それが狙った通りの標的ではなかったのなら、それは確実な命中とは言えないだろう。
これに関して、同じく高い射撃能力を有する彼であれば、妥協するとは思えない。
「その考えが、そもそもの間違いだ。言っただろう、彼が放った矢の全ては、彼の“狙い通り”だと」
「・・・・・まさか仕留めきらずにいることも、全て織り込み済み――?」
独り言のように溢れた驚愕に、スナイプは無言。
その無言が、その考えが正しいのだと是認している。
「・・・・・彼が仕留めきれなかった状況は全て、他の受験者が手こずっていたロボが対象だ。我々はこれを援護とポイント獲得の双方を行なった結果、失敗に終わったのだと考えていたが――」
「初めから、他の競争者を助ける事だけが目的だった、という訳ね。でも、それなら何でわざわざ破壊しきらなかったの?そうすれば、いま言ったみたいに両方こなせたのに・・・・」
スナイプの意見が正しいのだとして、疑問点はそこだ。
純粋に助けるためなら、完全に仕留めてしまった方が確実だし、何より自分にも旨味がある。
まさしく一挙両得、一石二鳥だというのに何故、敢えてそうしなかったのか。
「・・・・・これは、完全に私の推測なんだけど――」
少年の意図を掴めず考え込む教員達に、ミッドナイトが静かに語り出す。
「おそらく、彼らがちゃんとポイントを獲得できるようにしたんだと思う」
「まさか!いくらヒーロー志望とはいえ、公平な競争の場だぞ。そんなところで、わざわざ競争相手を手助けしたっていうのか!?」
示された解答に、多くの教員が動揺を隠せないでいる。
他人の成果を横取りする者はいるだろう。正々堂々とは言えぬが、妨害行為でさえなければ、それも歴とした競争手段の一つだ。
危機に陥った誰かに手を差し伸べる者は幾らでもいるだろう。そもそもそういった人間を育むのが雄英の本質だ。ここにくる以上、学生達は多かれ少なかれそういった善性を抱いている。
だが、死地でも災害現場でもない、ましてや命の危機に関わるような重大な場面でないにも関わらず、平等かつ公正な競争で自らの利益より他者の利益を選択できるなど。
それを一度や二度ではなく、開始から終了までずっと続けるなど、それは間違いなく常軌を逸している。
それはこの雄英の入試においても同様だ。
確かに二次試験の評価基準に救助ポイントが設けられてはいるが、それは人として当たり前の善性を、当たり前のように示せるか、という事を見ての事。
困っている人は助けるべきだ、というヒーローであれば当然に持つべき資質が備わっているか、見極める項目だ。
だからこそ、彼の獲得した救助ポイントは最後の行動も含め、相当に高いものになっている。
だが、もし彼の行動の真意が今話された事と一致するのなら、彼が得られる救助ポイントは、今より更に多くなくてはならない。
「――少なくとも、私が知る“あの子”はそういう人間よ」
それでも、その異質な答えこそが事実だと、ミッドナイトは断言する。
言葉の上では、あくまで私見だと言っている。
しかし彼女の目は、一切の疑いなく、その考えを信じている。
「・・・・・そうだったな。十年前の事件、彼に一番最初に接触し、保護したのは貴女だった」
かつて起きた特異な事件。
新聞でもTVでも、その詳細についてほとんど報じられなかった、ごく一部の関係者しか知らない事実。
ミッドナイトは、その核心とも言うべき場所に最も近い人間の一人であった。
この場にいるものは皆、ヒーローを育成する教員であると同時に、プロのヒーローでもある。
当然、特殊な背景の学生について、一定の情報は与えられている。
しかし、紙の上での情報しか知らない彼らでは、彼女が当時抱いた所見を理解できないのは当然の事。
彼らの多くが、射撃を得意とするスナイプの射手<ガンナー>としての感覚を理解できないのと同じ事だった。
「・・・・・彼の真意については、今は置いておこう。彼の考えにしろミッドナイトの感覚にしろ、本当のところは現状、確かめようがない」
「そう、だな。ひとまず、次の場面について見てみよう」
プロのヒーローらしく、瞬時に自身の思考を切り替え、すべき仕事に取り掛かる。
既に集計結果が出ている以上、ここでの評価は実際の合否に影響しない。
しかし、この試験内で見れた各学生の個性や性格といった情報は、実際に彼らが入学した際に教育を施す指標の一つとなる。
故に、完全に合格の見込みがないものでもなければ、学生一人ひとりをしっかり見定める責任が彼らにはある。
「・・・・・とはいえ、残る評価点は、やはり最後の大型を相手にした時か」
「毎年、挑んでく学生はちらほらいますが、同じ年に二人も倒せる人間が出てくるのは稀ですね」
モニターに表示される巨大ロボと、それから離れる多くの学生、事態に対応しきれない学生――それらとは反対に、自らロボへと疾走する少年。
「迷いも躊躇もなくこれか。既に相当な撃破ポイントを稼いで余裕があったのは事実だが、それで安心して余分な行動をした――っていうわけじゃないんだろうな」
「それはないでしょう。事態を把握してすぐ、自分の意思で危険に立ち向かっていく彼が、そんな打算的な考えで動いているとは思えない」
七位の少年と比較した際、同じ行動・結果でもそのポイントアドバンテージの差で、七位の方がより多くの救助ポイントを与えられている。
実際に起こした行動のインパクトも必死さも、こちらの方が心に訴えるものがあるからだ。
しかし、この対大型仮想ヴィランでの評価において、それが必ずしも七位が一位より優れている、という証左にはならない。
あくまで双方の状況や力量を見た上で、如何により“ヒーロー的”であったかが、与えられたポイントの差を分けているに過ぎない。
「逃げ遅れた学生三人をすぐさま救出した後、間髪入れずに腕を使い物にならないようにして、とどめは動力源を一撃、か」
「見事な手際だと、そう言う他ないわね。大型が現れたと見るやすぐに屋上を降りて向かっていく決断力も目を見張るわ」
「分析力も大したものですよ。三人を助けた後、瞬時に被害を考慮して腕を潰しに行き、無力化する際も無駄な破壊はせず動力源だけを撃ち抜いた。おかげで、二次災害は一切起こっていない」
「ただ、目に見える危機に対し、少しばかり向こう見ずには感じるが」
今上げられた点が、七位との大きな違いだ。
彼が目の前の人の危機に対し無我夢中で立ち向かい、その規格外の力で障害を捩じ伏せたのとは違い、こちらは心を燃やしながらも冷静に、どうすればより少ない被害で助けられるかを思考し、それをラグ無く実行している。
これに際し、自らの能力をどれだけ制御できているか、というのも明確な差異だろう。
自身の力を正確に把握し、それを適切な方法で運用する能力。
プロヒーローを目指す以上、自身の個性をいかに有用に扱うかは彼ら彼女らにとっては急務だ。
これをどれだけ早い段階でこなせるかが、その後の進路に大きく関わってくる。
当然、優秀であればあるほど、より大きな力を持つ“ヒーロー事務所”からの誘いや、志望できる選択肢が多くなる。
入学後も、各人の個性のより高度な制御及び強化は、ヒーロー科では強く求められる事項だ。
その点、一位と二位は他の学生に比べ、既に大きく先を行っている。
「しかし、彼の個性は結局の所、無生物の創造、でいいのでしょうか?」
「少なくとも、試験中の様子ではそう伺える・・・・・いささか、古風な武具に傾いている気がするが」
試験中、この少年が見せた主な武器は三種
試験開始直後の、黒と白の双剣、終盤まで使用した黒塗りの大弓、大型出現時に使用した短剣付きの鎖。
他にも多数の矢に、大型を行動不能に陥らせた三振りの剣。
また、大型の腕部を斬り裂いた二振りは自ら振るうのではなく、空中に創造・固定した後、高速で射出している事から、単なる創造には収まらないようにも感じる。
「それで言うなら、創造系の個性の彼がどうやって大型の動力を正確に見つけられたのかも、私は不思議だわ」
続く形で疑問を呈した教員に、他の者も賛同するように頷く。
優れた狙撃術を身につけている彼が、わざわざ大型に取り付いて何事かを行なっていた様子から、何らかの精査能力も備わっていると見れはする。
しかしそうなると、創造の個性が枷となる。
「創造系と、調査系の複合型・・・・・いや、それにしたって双方とも一方に迎合できるような類には思えない」
「それ以前に、二つの特徴は完全に独立している様に見える。あれで複合してるって言われても、とても納得できない」
原則、個性というのは一人につき一種類であり、どれだけ多岐にわたる応用が可能でも、枠組みとしては単一のものだ。
またほとんどの場合、出現する個性は親からの遺伝だ。
仮に母親は風を操る個性、父親は水を操る個性をそれぞれ有していたとしよう。二人の間に生まれた子供は、高い確率でどちらか一方の特徴を受け継いだ個性が四歳までに発現する。
母親から遺伝すれば風に、父親から遺伝すれば水にまつわる個性が、といった具合だ。
場合によっては、その二つが複合した個性を体得する事もあり得るだろう。
だが、たとえどのような個性が発現しようと、それはどこまでいっても“単独”の能力だ。
仮に両親の個性、双方の特徴を受け継いだとしても、それは二人の個性を混ぜ合わせた一つの個性でしかない。
無論、中には混ざり合わずに発現するような人間もいない訳ではない。
ただそういった者の多くは、肉体が通常の人体から大きく逸脱する“異形型”と、任意の決定で行使される”発動型“或いは”変形型“のどちらかとの抱き合わせであることが多い。
この二通りの組み合わせでは、それぞれが迎合することは難しく、結果として独立した形で出現する。
その場合でも無論、二種の特徴を持つ一つの個性であることには変わりはない。
問題は、発動型の様な任意行使する類の個性の複合型は、ほぼ必ず二つの特徴が混合した形で出現するという点だ。
そうでなくとも、二つの特徴が相互に作用するような性質を備えている。
だから、仮に独立しているように見えても、根本的には根底で繋がっているのだ。
しかし、この少年はまるで二つの個性が、それぞれ独立して存在しているように感じられた。
双方の個性が、一方の個性と結びつかない。
構造を調べる能力も、無機物を創造する性質も、双方がそれぞれで完結している。
一つにはならず、互いが干渉し合うこともない。
これが真実、個性の二つ持ちであるのなら、彼は現行の個性という現象への認識を、真っ向から打ち崩す反証存在となってしまう。
「その点については、彼の個性に関する資料を見てもらえれば分かるかと。少なくとも個性の二つ持ち、という訳ではないのは確実だわ」
「確かにそれは受け取りましたけど・・・・・生徒の入学前にその個性を調べるなんて――」
この資料の存在に違和感を感じた教員が、異を唱えようとしたが、その先は続かなかった。
公正な評価を行うため、既に認知している教員以外、資料にはまだ目を通していなかった。
これまで議論された疑問も、その資料で答えを得られるのか、と誰もが考えた。
その期待自体は裏切られることは無い――だがそれ以上に、より難解な現実を、彼らは叩きつけられることになる。
「―――何ですか、これは」
「言ったでしょう。彼の個性に関する資料だって」
「いや。しかし、これは・・・・・」
資料に目を通し、その内容を咀嚼し、理解するにつれて、皆一様に声を失う。
これまで多くの個性と遭遇し、その運用を何度も目にしてきた彼らが、一人に個性に対して誰もが理解が及ばない。
この場の誰一人として、そこに記されている情報を信じられないでいる。それは――
「――曰く、衛宮士郎の個性は”精神性“の発露である――ほんと、出鱈目な話よね」
それが、彼らが絶句するに至った事実であった。
――”精神性“の発露。
一人につき一つ、という常識以外に、個性にはもう一つの原則がある。
それが、個性は”身体的“特徴である、という事だ。
いかに超常的で常軌を逸した事象であろうと、それはあくまで人間が持つ身体機能の”延長“でしかない。
個性は必ず、当人の肉体から発生する。
だが、この少年は違う。
その発生原因も、発生原理も、発生経路も、何もかもが不明。
どこから物を生み出しているのか、いかにして物を出現させるに至るのか、どのような道筋で物を生成しているのか。
個性の治療を専攻する医者による診断、長らく個性に慣れ親しんできたヒーローを始めとした個性使用資格保有者の意見、そして個性研究を行う科学者による見地。
誰一人として、その正体を掴めなかった。
そして今日に至るまで、何一つ解明されていない、正真正銘の未知。
彼の肉体には、個性を発現させるに至る要素が確かに存在する。
だが、それがどの様に作用して彼が扱う能力と繋がるのか、そのプロセスが一切解明出来ない。
「彼が”色んな意味“で特別なのは、みんなはもうわかっていると思うけど――」
そう前置きして、ミッドナイトは自らが知る限りの情報を伝達する。
十年前、事件に巻き込まれる形でその存在を発見された彼には、記憶も家族も何もかもが無かった。何処から来たのか、何故あの場にいたのか、それどころか、名前以外の存在証明<パーソナル>を悉く失っていた。
当然、その当時に彼が行使していた個性の正体についても、彼は把握していなかった。
当初、体内から無数の刃を現出させていた事から、変形型の様な個性だと考えられていた。
しかし、その時に居合わせた被害者の証言と、その後の調査から、彼の個性の主点はあくまで物を――特に、刀剣の創造をする事にあると判断された。
肉体から刃を生み出していた能力はあくまでその副産物、或いは副作用であることが発覚する。
また、この時点で既に対象の構造を把握する、解析の能力を併せ持っている事も、本人の言から判明した。
だが先述した様に、彼の体にはそれらの特徴を現実に発生させる要素が、致命的に抜け落ちていた。当然ながら、無から有を生み出す術は存在しない。
同じような創造系の個性でも、素材となるのは当人の血液だったり、脂質だったり、とにかく元となる何かがあって、初めて成立する。
対する彼は、創造を行うにあたって、そういった肉体的要素を一切使用していない。当然、大気中の成分や周囲の物体から持ってきている訳でもない。
これは彼の創造の個性の未知性を示すと同時、最初に見られた、刃の群れをも矛盾させる。
何せ、彼の肉体には刃も剣も生み出す要素が無い。周囲からそれを取り込んでもいない。
にも拘らず、彼はその手に、その体内に、在る筈の無いモノを生み出している。
また、彼の創造が特異な点として、生み出される造物は何もない空間からいきなり現れ、挙句にそれらは致命的な損壊を迎えた瞬間、光の粒子となって跡形も無く消滅するという特徴がある。
言うまでもなく、この世のどこにも壊れた瞬間、光となって消え去るような物質は無い。
形を保っている限り、創造物は間違い無く本物同様の物質として構成されている。
個性が身体的な性質である以上、この世に存在しない物質は生み出しようが無い筈なのに、間違い無くそれらは通常の物質で構成されているのに、壊れたその時からこの世のモノではなくなる。
これらが如何に異常な事か、個性というものに深く携わっている者であれば、容易に理解できるだろう。
「・・・・・だから、精神性の個性、だと?」
「というより、それ以外に説明のしようがない、というのが本音ね」
彼の肉体に彼の個性につながる要素が存在しないというのなら、それは彼の精神から来るモノではないか?
最初にそう思いついた学者は、当時の少年が自らの個性について感じる所感から、よくよく口にしていた発言から、この発想に至った。
――設計図が見える、と。
つまり彼の頭、あるいは別の何処かに、刀剣をはじめとした無数の人工物の記録がその設計図ごと記録されており、これを基に彼は現実に武具を出現させている――つまりコピー、贋作だ。
そして、彼の脳の構造が通常人類の範疇に収まることから、記録場所も脳以外である事は明白。
そうでもなければ、実物と寸分違わない物を創造できるほどの強固なイメージを、人間の頭脳で維持し、それを無数に保存出来るはずがない。
脳でなければ何処から――そうして思い至ったのが精神から来る個性、という結論だった。
彼は自らの精神――心の中に、それら無数の設計図を保管する場所を有している。
これを参照する事で、実物と寸分違わない偽物を生み出している。創造に用いる素材も、おそらくここから来ているのではないか、とは研究者の弁だ。
「そう考えると、解析の個性がどうして同居できているのかも納得できる」
「そりゃあ、実物の構造を把握できなけりゃ、贋作なんて造りようがないわな」
互いに独立した二つの個性と思われた能力は、この論を当て嵌めることによって綺麗に一つどころに収まる。
一見、無関係に見えた二つが、根底では確かに結びついていたのだ。
「そして、素材がその精神的な場所から来ている以上、壊れれば消えるという道理も、一応納得できる」
「まさしくこの世に無いモノだからな」
依然にして、その個性が全くの未知の存在であることには変わり無く、その原理やプロセスも不明点が多い。
しかし、研究者の長年の調査により、一定の理解は得られる事になった。
「聞いた話だと、ここまで漕ぎ着けるのに八年はかかったそうよ」
「八年もかよ!?そんじゃ何か、この衛宮士郎ってのは、自分の個性の原理も分からず、誰にも指導されず、ほぼ独学でここまでやってきたと!?」
「そうなるわね」
Unbelievable!!!、とプレゼント・マイクが天を仰ぐ。
そうなるのも無理はなく、他の教員にしても同様の想いだった。
本来、個性の制御とは、幼い頃から先人の教えを受けながら、少しずつその体に覚えさせていくものだ。
当然、知識の無い子供の時分には、勝手もわからず碌に扱えないことも多い。
それを徐々に大人から教わりながら、自身に定着させていくのだ。
そんな、個性を扱うものであれば誰しも通るような道を、衛宮士郎という人間は碌に実態も分からないそれを、誰の手も借りず雄英ヒーロー科入試に通用するレベルにまで磨き上げた。
他者の教えなく、自身が扱う力の正体もわからず、ただ自らの感覚と研鑽を以ってここまでやってきた。
彼が特殊かつ異常である事は、この場の者なら既に誰しも理解しているが、それでも驚愕は抑えられない。
「ついでに言っとくと、この子の個性に関しては完全な部外秘、極秘情報だから。間違っても外には漏らさないようにね」
「バラしたくてもバラせませんよ、こんなの・・・・・」
「突然変異の個性、で済ますには異質すぎるな。というより、よくまともな生活がしてこれたな」
「実際、最初は揉めたそうよ。ここまで貴重なサンプル、飼い殺して徹底的に研究しない手はないって――ハン、頭でっかちの学者が考えそうなことだわ」
露骨に嫌悪を示すミッドナイトに、学者の言い分も分からないではないが、それでも彼女と同様の反応を教員達は見せる。
確かに、彼の個性について研究を進めれば、個性研究の分野において、大躍進が望めるかもしれない。
或いはそれ以上に、これまでの系統に属さない、完全なる特異点にも繋がりうる存在だろう。
しかし、彼らはどこまでいってもヒーローであり、一人の子供の人生を踏み躙り糧にしようというような言論は、唾棄すべきものなのだ。
「・・・・・正直、話が突拍子もなさ過ぎていささか処理がおっつかないですけど、そろそろ話を戻しましょう。結局、彼の個性はどう定義すれば・・・・・?」
「そういえば、最初はそんな話だったか。あんまりにもびっくり箱すぎて、完全に忘れていた」
今更といえば今更だが、衛宮士郎の個性をどういうモノとして扱うのか。
原理やプロセスはともかくとして、個性は起こす事象から名付け及び定義付けを行う。
こうまで異端であると、単に創造や解析とも呼びづらい。
より適した呼び方は必要だろう。
「ああ、その事ね。それなら彼本人が最初っから決めてたわよ」
水を向けられたミッドナイトは、あっけらかんとそう告げる。
この個性が定着しきった現世に突如として現れた突然変異級の異物。
精神から贋作を生み出し、存在する筈のない現実へと映し出す、その個性の名は――
「――『投影』と言うそうよ」
「イレイザー、ちょっといい?」
「・・・・・まだ何かあるんですか、ミッドナイトさん」
モニタールームでの評価も終え、各々それぞれの仕事に戻り出した時、ミッドナイトは同僚の一人、イレイザーヘッドこと相澤消太を呼び止めた。
ちなみにこの二人、どちらも雄英の出身で、ミッドナイトが一つ上の先輩である。
「アンタってさ、ヒーロー科1-Aの担任でしょ。なら当然、”あの子“が受かったらアンタのとこに回されるでしょ」
「・・・・・まあ、そうなるでしょうね」
「もしそうなった時にさ、あの子のこと、よくしてあげて欲しいのよ」
「・・・・・・・・・・」
相澤は、ミッドナイトの意図を図りかねた。
彼女が教師として、”おおむね“真っ当かつ公平に生徒に接しているのは知っており、事実として生徒からも慕われている。
たまに変な性癖や趣味趣向を表出させなければ、基本的に良い教師なのだ。
それが今、捉えようによっては一人の生徒を贔屓してくれ、と言っているように思われる発言をしている。
無論、彼女に限ってそういう間違いは無いだろうが、ひとまず確認はしておかなければ話も進まない。
「一応聞いときますが、それはどういう意味で?」
「あ―、なんて言えばいいか――そうね、ひとまずよく注意して教育してくれるぐらいでいいわ」
「・・・・・例の件ですか」
「そういうことね」
相澤とてあのモニター室にいた以上、衛宮士郎についての情報は伝えられているし。
そもそも十年前の件は一般的にこそ大きく報道されなかったが、この界隈に関わる人間なら、大抵の連中は噂程度は知っている。
五歳の子供が全身刃で固めて、自傷を負いながら親子を庇って爆弾ヴィランに立ち向かった。
そんな嘘だか本当だか分からないような都市伝説みたいな話は、存外いろんなところに広まっている。知らないのは、およそ関わりのない一般市民だけだ。
当時の彼の行動を鑑みて、彼は容易に自分を捨てて他者を救えてしまえる人間だと分かる。
その在り方を正さぬまま生き続ければ、いずれ破滅は訪れる。
「ヤツがあの頃から、一つも変わっていないと?」
「逆に聞くけど、試験の様子見て変わってると思う?」
「いいえ、全く」
にべもない即答だった。
あまりにも断定的ではあるが、それも仕方のないことではある。
人伝に聞いて、実物を見たのが今日初めての相澤でさえ、ミッドナイトと同様の意見に至れるほど彼の在り方は歪で――それ以上に真っ直ぐだった。
「ヒーローなんてもの目指してる以上、そういうのは多少なりとも必然だけどさ、彼の場合は度を越してる。自分っていう存在が初めからすっぽり抜け落ちちゃっているのよ」
「・・・・・・」
「窮地に陥る誰かを見て、咄嗟に助けたいと思ったりするのはいい。それは真っ当に社会で生きてる人間なら、大抵は持ち合わせてる善性よ」
そしてヒーローは、その咄嗟を実行できる人間の集まりだ。
だが衛宮士郎は――
「あの子の場合、助けなきゃとか、助けたい、って感情で動いてるわけじゃない。ヒーローとしての生き方っていうのでもない。多分あれが、彼にとっての生存原理なのよ」
だから、誰かを助けるために迷いも躊躇もなく走り出せる。
人としての道徳心や、ヒーローのような責務で動いているわけでもない。
自身の能力を把握し、徹底的に無駄を削ぎ落とし、他者の救済にその命を駆動させる。
慣れでも義務故でもないのに、心を猛らせながらも常に冷静に正確な行動に移れるのはそれが理由だ。
初めから価値など認めていないから、容易く当然の様に、自分の存在をベットできる。
そこには恐怖も欲も無く、ただ怒りと使命感があるのみ。
「他人の為にしか生きられない、他人の喜びでしか笑えない。――きっと、そういう子なのよ」
「・・・・・随分、衛宮士郎について知ってるんですね。事件後も交友あったんですか?」
「そういうんじゃないし、私が彼に再会したのは今日が初めてよ」
そういう割には、相当に断定的な物言いだ、と相澤は感じた。
関係としてはたかが一度、事件現場で出会ったヒーローと被害者。
碌に言葉を交わした事もないだろう人物の、それも今日に至るまで一度も出会ってない少年の何を見て、そう考えるのか。
「多分、理屈じゃないのよ。少なくとも、あの時の彼を見ていない人間には分からない感覚だわ」
「・・・・・とりあえず、ヤツが俺のところに来たら、注意深く監視・監督しときます。無茶するようなら、無理矢理にでも縛りあげますよ」
「ええ、そうしてくれるとありがたいわ」
「別に、ありがたがられる事でもないですよ。それが俺の仕事です――何よりそんな生き方をするような奴を、そのままヒーローにするつもりはありませんから」
相澤は、自己を犠牲にした救済というものを嫌っている――より正確に言えば、無謀な自殺行為を、だが。
誰かの為に命を賭けるという在り方は、本来なら唾棄すべきものだが、同時に尊いものでもあると認めている。
それが熟考を重ねた上の最後の決断であったのなら、これを止める事は出来はしない。
しかしただ感情的になり、何の考えもなしに死地に飛び込むのは自殺志願者のそれと何も変わりない。
故に、ヒーロー志望であろうと容易く自分を犠牲にするような生徒は、徹底的に絞り上げる。
それが、雄英高校ヒーロー科1-A担任教師、相澤消太の信条だった。
◆
日付は本日三月五日。
あの強烈な雄英入試から一週間となる本日。
全力を出し切ってほんの僅かに肩の力が抜けた俺こと衛宮士郎は――
「なあ士郎にーちゃん、ドッジボールしようぜ、ドッジ!」
「ダメだってば!お兄ちゃんは今からあたし達とおままごとするんだからー!」
バイタリティ溢れる正反対の児童たちに、引っ張り回されているのだった。
「待て待て、生地が痛むし伸びるから服を引っ張っちゃ駄目だぞ。それから庭でボール遊びは危ないから、やるなら公園に行く時だけだっていつも言ってるだろう」
「えぇー?そんなのつまんねー!」
「わがまま言っていないで早くしゅくだい?でもしてきなさいよ」
「なんだとぉ!?」
「はいはい、喧嘩はそこまで。ドッジボールは今度絶対にやるから、今は我慢してくれ」
とまぁ、こんな感じで同じ施設に入所している年少の相手をするのは年長の役割だったりする。
それは構わないし、危ない事さえしなければ、時間があるなら遊びに付き合うのは問題ない。
ただこの一年、雄英入試に向けて追い込みをかけていた為、碌に遊んでやれなかったので、入試が終わってすぐというもの、学校や幼稚園が長期休暇に入った子供達がとにかく遊べとねだり倒してくるのにはなかなか堪えるものがある。
如何に体力や持久力に自信があるとはいえ、子供の体力はまたそれとは違った方向性で凄まじいのだ。
それに付き合うのに大して苦にはならないが、それはそれとしてその無限とも思える元気さはいったいどこから湧いてくるのか、甚だ疑問である。
・・・・・ま、俺としても良い気分転換になってるからな。
雄英入試が行われてから、もう一週間だ。
そろそろ合否通知も届く頃合い。
普段から図太い方だとは思うが、今ばかりは柄にも無く体に力が入り、無意識に緊張しているのが分かる。けど、子供達と遊んでいる間はそんなこと気にしてられるほどの暇もないから、却って気が紛れる。
子供達も一年分の時間をここで取り返そうという気概なのか、いつにも増して楽しそうなので、俺としても彼らが喜んでくれるなら喜ばしい。
「士郎くん、ちょっといいかい?」
子供達の無尽蔵なスタミナに振り回されていると、院長が顔を出してきた。
俺に用があるらしく、ちょいちょいと手招きしている。
「俺に何か用ですか?」
「ああ。ほらこれ、お待ちかねの合否通知だよ」
「っ・・・・・!」
不意打ち気味に手渡された手紙に、思わず息を呑む。
時間からしてそろそろ来るだろう、とは思っていたが、とうとうやって来たということか。
しかし、子供達と遊んで緊張が抜けていたタイミングだったため、その衝撃は常よりさらに重く響いた。
「年少組の相手はこっちでしておくから、君は行ってきて」
「・・・・・すみません、後はお願いします」
子供達にしばらく席を外すと謝って、急足で自室に向かう。
本来、ここみたいな児童養護施設じゃ個室なんてなく、何人かの児童で相部屋が常だが、近しい年齢の入所者がいないから、俺に割り振られた部屋は実質、俺の個室になっている。
まあ、夜たまに小さい子達が忍び込んでくることもあったりするが・・・・・
「・・・・・・・・」
部屋に入り扉を閉め、手にする手紙を見下ろす。
無地の白い便箋に、雄英のシンボルマークがデザインされた品を感じる真っ赤な蝋封。
右下には、雄英高等学校の文字が確かに記されている。
「――――」
慎重に、強引に破り切って中身を傷つけないよう、ゆっくりと封を切る。
泣いても笑っても、これで最後。
結果がどうあれ、俺は自分の進む先を決めなくてはならない。
合格であれば、そのまま思い描いていた通りの道に。不合格なら、更に遠いヒーローへの道に。
いずれにせよ、否応なく選択は突きつけられる。
「――よし」
覚悟を決め、手紙を開封する。
中身を取り出し、その手の中に収まったのは――
「金属製の円盤?・・・・・投射型の記録端末か。あんなロボット使うだけあってハイテクなんだな、雄英って」
合否通知にわざわざこんな高そうな機材を使うとは、変な所で贅沢というか、浪費してるというか。そもそも、入試で配置されてたロボットも、一体どこから金が出ているのか。
よもや税金ということは無いだろうが、なんだかんだ国立の高校だから、全くあり得ない話ではない。
「というより、見終わったらどうすればいいんだ、これ・・・・・」
よもや普通に捨てるわけにもいくまい。
どう見ても精密機械の塊、おまけに雄英からの合否通知となれば、学園内部の機密事項とかあったりするかもしれない。
合格すれば入学時に返却すればいいけど、不合格ならそうもいかないだろう。
いっそ、バラバラに分解して、各パーツをリサイクルショップにでも売り払おうか。
ちょっとした小金で、子供達に何か買ってやれるかもしれない。
「・・・・・とりあえず、見てみないことには始まらないか」
色々と余計な思考が混じったが、今度こそ意を決し、端末を起動する。
『初めまして、衛宮士郎くん。みんな大好き雄英のマスコット、小型哺乳類の校長先生、根津さ!』
「・・・・・ねずみ?」
空間に映し出される映像の画質と、ホログラフィック技術にも驚いたが、よもや起動してすぐに見るのが二足歩行で衣服を纏うねずみとは、思っても見なかった。
この個性社会、動物の特徴を宿した人間など珍しくもないが、この人はなんか、まさしくねずみそのものって感じで違和感がない。
・・・・・まさか本当にねずみ・・・・・?いや、まさかな。
いくら個性なんてものが日常となった現代でも、本当の動物が人語を発するなんて聞いたことがない。
そもそも人間とねずみとじゃ、喉の造りも違うだろう。
『早速だけど試験の結果発表させてもらうよ。準備はいいかな――?』
「――――」
記録映像の中の校長が、覚悟は出来ているか、と問いかける。
この日まで、性に合わずにソワソワした日々を過ごしてきたが、それも終わりだ。
この瞬間、衛宮士郎が進むべき道が、遂に定められる。
『一次試験、筆記テストは基準値を達成。二次試験、実技テストは――』
「・・・・・・・・」
『撃破ポイント73pt、そして試験時には君達に伝えていない救助ポイント66pt。合計で139pt、総合成績はぶっちぎりの第一位。つまり――』
知らず、全身に熱が生まれる。
耳慣れない評価点も、自分の順位がどうなのかも、気にもならない。
ただ今は、映像の中の記録された言葉、それがこれから告げるだろうそれを先に理解して――
『――試験突破、見事合格さ!』
「――――ッ!」
ようやく伝えられたその結果に、思わず拳に力が入る。
胸中に渦巻く感情は、喜びでも安堵でも無い。
ただ、自らが進むべき道が明確に照らされたのだと、心を燃やして。
『君の事については、我々も事情を把握している。けど、だからといって雄英は君を特別視しないし、同じように軽んじることもない』
そうでなければ意味がない。
全国に数あるヒーロー科、雄英に及ぶ高校もありながら、それでもあえてこの場所を選んだ。
かつての実績や排出したヒーローの存在もあるが、それ以上に。
『だからこそ約束するよ。君が選んだこの場所は、きっと君を最高のヒーローに育て上げて見せると』
前例の無い、過去も持たない個性保有者。
それを徹底的に鍛え抜き、研磨できる環境は雄英こそが相応しいのだと。
小さな体で、しかし決して弱小な存在ではない校長は。
俺の異常性を知りながら、この期待に応えると宣言してくれた。
ならば――
『雄英で君を待っている。これからここが――君のヒーローアカデミアさ!』
――“正義の味方”への道が、今ここに開かれた。
読者の皆様方、どうもなんでさです。
徐々にヒロアカ視聴進める中、お茶子ちゃんとかねじれちゃんとか、よくよく目にする子達をかわいいなーとか感じながら、それはそれとして耳郎響香ちゃんと八百万百ちゃんが個人的にはお気に入りだったりします。
今回のお話では雄英入試での士郎の評価及び彼の能力の異常性、その一端が教師陣に明かされ、説明されるという回でした。
こういうのは要所要所で細かくやっていこうかな、と思ったのですが、指導する側の教師陣は最初に把握しておく必要があるかなと考え、一気に描写させていただきました。(長ったらしくてすみません)
先に補足を入れておくと、士郎が扱う能力は現状、型月の“魔術“ではなく、あくまでヒロアカの“個性”です。相当に特異な存在ではあれど、枠組みとしては間違いなくヒロアカ世界に適応した形となっております。
とはいえ、今のところやってること、やれる事はFate本編士郎と大体同じです。二つの差異がどこで表面化するのか、作者の思惑に乗る感じで見守っていただけたらと思います。
それでは今回はこの辺りで。