尽きぬ憧憬   作:なんでさ

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出会う雛たち

 

 四月上旬。

 うららかな春の日差しと桜の花びらが心を暖める生命溢れる季節。

 長い冬を乗り越えてきた無数の花々と木々、そして名も知れぬ雑草達が芽吹き、耐え忍んだ日々を帳消しにする様に全力でその生を謳歌する。

 大小様々な昆虫類も顔を出し始め、各々の繁殖に努める。

 

 自然界においてこの季節は目覚めと発展の時期であろうが、俺たち人間にとっても新たなスタートを切る季節だ。

 学生達は新学期が始まり新たな出会いを迎え、社会人なりたての新入社員の皆様方はそれぞれが希望した将来に向けて、それまで未踏であった世界に足を踏み入れていく。

 かくいう俺も、雄英入試という一世一代の大勝負を乗り切り、見事に雄英への入学を果たした。

 ここから衛宮士郎という人間の理想に近づく為の歩みが始まるのだと、自然と体に力が入る。

 

「――というより、気合い入れすぎたな」

 

 呆れたような独り言に言葉を返す者は居らず、呟きに反応して視線を向ける者すら居ない。

 というか、ぶっちゃけていうと教室に誰一人としていないのである。

 

「七時二十分。流石に早過ぎたか・・・・・」

 

 入学早々に遅刻などするわけにもいかず、その上、起床時間が普段のままで、思いっきり時間が有り余ってしまった。

 しばらく時間でも潰していれば良かったのに、俺自身も妙に意気込んでしまって、つい元気よく登校したのが間違いだった。

 最初こそ改めて見る雄英の規模の大きさや、やたら広い校舎に迷い気味になり、そうして辿り着いた教室の扉のデカさに驚いたりと、全く何も気づいていなかった。

 しばらく席に着いて過ごすも、人が来る気配は未だなく、ここでようやく自分が気を張り過ぎたのだと理解した。

 

「前は学校まで一時間だったからなぁ。まだどうにも癖が抜けん」

 

 施設にいる間は朝食の準備や、日課の“鍛錬”などをしていると、自然と丁度いい時間になっていたが、それももう暫くは無いだろう。

 

「惰性でいつまでも前の生活スタイル引き摺ってるとか、精進が足りてないぞ、全く」

 

 ペチン、と自分の額を叩き、軽く喝を入れる。

 どうあれ新しい生活が始まっているんだから、早くそれに慣れていかなければ。

 生活リズムが崩れて学校生活馴染めません、なんて話は通じないのだ。

 

 なんて考えてみたところで、この静寂な時間が変わる訳でもない。

 せめて誰か一人来るまで“鍛錬”でもして、少しでも時間を潰すのと、自らの研鑽をしよう。

 

「――同調開始<トレース・オン>」

 

 自らの“個性”を始動するキーを口にし、自らの内面深くにまで潜っていく。

 衛宮士郎が扱う個性は、他の大多数のそれと大きく違っている。

 故に、その習熟法も自然、異質なものになっている。

 彼らがそれを周囲の大人達から教わり、徐々に制御・強化していくのに対し、俺のこれは誰一人として指導が出来ない。

 必然的に、個性の訓練は自身の感性と認識、そして完全な独学で行なっている。

 

『投影』と呼ぶこの個性は、自身の精神にある保管場所から、過去に観察・保存した物を複製として現実に出現させる――特に刀剣類の複製に特化している。

 一度見たものなら大抵の物は記録でき、余程複雑な構造のものでもない限り、ほぼ本物と変わらない精度の贋作を生み出せる。

 聞いてる分には便利そうに思えるがその実、相当に扱いづらい。

 

 そもそもの話、俺の個性はあくまで現実に存在しない偽物だから、本来なら簡単に崩れ去ってしまう。

 これを上手く現実に落とし込んで運用するには、保管場所から対象の設計図とそこにある素材を引っ張り出す必要がある。

 その時に頭にイメージする設計図や材質に綻びがあったり、また完璧にイメージしても俺自身の理解そのものが疎かであれば、碌に扱えない、中身も耐久性もないハリボテが出来上がる。

 

 その上で何より問題なのが、この素材を持ってくる、という工程だ。

 どうにもこの保管場所、その素材とやらで満ちているらしく、少し調整を誤ればそれが大量に逆流してくる。

 加えて、刀剣の複製に特化している事から、この素材もその要素を色濃く反映しているようであり、一歩間違えれば溢れ出した刀剣の要素が刃となって俺の体を内側から喰い破ってくる。

 制御の難しい個性はこの世に多々あれど、少し雑念が入っただけで大怪我――最悪死に繋がるようなのは俺ぐらいのものだろう。

 加えて、この投影を行うのにもそれなりのエネルギーがいるらしく、基本的には精神性の個性というだけあって、その精神力、ともいうべきものが消費されていく。

 これが尽きると、意識を保っているのも辛く、身体機能の方にも影響が出てくる。

 

 そういった理由もあって、この力を使いこなす為には、とにかく投影そのものに慣れ親しみ、その際に引き出す量を正確に把握し、何より自己という余分を徹底的に排する必要があった。

 毎日、暇さえあれば無心で投影し、それができない時も脳内でのイメージを欠かさなかった。

 研究者の人達が俺の個性の正体や原理について頭を悩ませている間も、完全に自身の感性だけを頼りに、その根源に手を伸ばした。

 そんな事を十年近く繰り返してきたおかげか、今では調整を誤ることも無くなり、投影の精度も随分上がった。

 

「――投影完了<トレース・オフ>」

 

 意識を表層へと浮かび上がらせ、個性行使による成果を見る。

 一方は漆黒の、一方は白亜の、刀身に亀甲模様が浮かび柄の中心に太極図が描かれる、それぞれ同型の二刀一対の双剣――干将・莫耶。

 中国の伝説に登場する夫婦剣と同名のこの中華刀を、俺は何故か好んで使用している。

 刀剣としての美しさを除けば、目立った特徴もない、“斬れ味と頑丈さだけ“が売りの双剣だが、それ故に確かに使い勝手も良く信頼性が高い。

 しかしそういった理由以前に、俺はこれをひどく慣れ親しんだものとして扱っていた。最初こそ、その重みと刃渡りの広さに振り回されたが、振るえば振るうほど手に馴染むのだ。

 まるでそれこそが本来の姿だと言わんばかりに――或いは、本当にそうなのかも知れない。

 

 そもそも、俺が記憶し貯蔵する刀剣を始めとした物が、初めから俺の中にあった物だ。

 どれも見た事も触れた事も無い物ばかりで、それらを記録した覚えなどこれっぽっちもない。

 けど、俺は生まれた時から十年前のあの時に関する記憶が、完全に抜け落ちている。

 となれば、それらはその五年の間に、かつての俺が記録した物なのだろう。

 

 あまりに多くの時間が流れてしまい、もう失った過去に対する拘りも随分薄れてしまった。

 それでも、時折夢で見る光景は忘れられず、今もふとした時に記憶を探ろうとしている。

 

「・・・・・はぁ。落ち着かない状況とはいえ、感傷に浸るなんてらしくもない」

 

 投影した双剣を消し去り、なんとなしに窓の外を眺める。

 そもそもこんな事になってるのも、結局は自分の不注意からくるものだ。

 さっさとこの生活に慣れて、もうこんな醜態は晒さない様に心掛けよう。

 

「・・・・・ん?」

 

 静まり返った空間だからか、些細な物音も妙に耳につく。

 カツカツ、という一定のリズムで刻まれるそれは、廊下から聞こえてくる。

 足音。徐々に近づいてくるそれは、間違いなく足音。

 

「――よし」

 

 気を抜いていた姿勢に、少しばかり力を入れしゃんとする。

 時間も八時手前といったところ。

 そろそろ登校してくる生徒がいてもおかしくはないし、少なくともこの足音の主はこの1-Aに向かっている。

 教師にしろ生徒にしろ、ファーストコンタクトで情けない所は見せられない。

 

 そうして待つこと数秒。

 ガララ、とその成人男性の平均身長の二倍はあろう扉が引かれ、誰かがその姿を見せる。

 

「――あら?」

「や。おはよう」

 

 想定外とでも言うように、目をパチクリさせる生徒に向けて、軽く手を挙げ挨拶する。

 俺が着る学生服の、女子用のそれを身に付けた人物。

 右側の前髪だけお下ろし、残りを後ろに流したヘアスタイルが目につく女子だ。

 

「――ええ、おはようございます。随分早いんですのね。てっきり、私が一番乗りかと思いましたのに」

 

 一秒ほど呆けたのち、気を取り直した彼女が挨拶を返す。

 少しばかり呆れた様な顔をする彼女に、思わず苦笑する。実際、自分としても不本意な事なので何も言い返せない。

 

「ちょっと気合を入れ過ぎたのと、前の生活リズムが抜けきらなくってな。――俺としても我が事ながら参ってる」

「やる気があるのは結構ですけど、習慣に関しては自己管理不足、と言う他ありませんわね」

「はは・・・・・」

 

 情けない話ではあるが、全くもって自律が出来ていないのは事実だ。

 手厳しいお言葉ではあるが、俺自身が同じ考えをしているので甘んじて受ける。

 

「・・・・・いえ、失礼しました。決してあなたを貶そうというわけではありませんの」

「ああいや、全く気にしてないし、俺としても自覚してるから、そうやって指摘してくれるとありがたい」

「ありがたいんですか・・・・・?」

「ああ。なんていうか、改めて喝を入れてもらってるみたいで身が引き締まる」

 

 実際、自覚している欠点を他人に注意されるっていうのは、中々に効くものだ。

 人間誰しも、人にはいいように見られたいものだから、外からの声で改めて自身を改善する、というのはよくある話だと思う。

 まあ俺の場合は人目より、自分で情けないだけだが。

 

「・・・・・人に注意されて有り難がるなんて、おかしな方ですね」

 

 今の会話に可笑しなものでも感じ取ったのか。

 彼女は口元に手を当て、フフ、なんて綺麗に笑う。一瞬ながら、見惚れてしまった自分がいる。

 全くもって今更な話ではあるが、目の前のこの女生徒はかなりの美人さんだ。

 整った顔立ちは当然、その特徴的なヘアースタイルも彼女によく似合っている。

 同年代の女子にしては高めのその身長も、彼女をより美しく際立たせている要因だろう。

 

「・・・・・と。そういやまだ名乗ってなかった。――俺は衛宮士郎。上でも下でも好きな方で呼んでくれ」

 

 赤くなりそうな顔を隠す意味も兼ねて、本来なら一番最初に済ませておくべき儀式を切り出す。

 相手もそこを失念していたと思いだしたのか、笑うのをやめ改めてこちらに向き直ってくれる。

 

「それでは、衛宮さんと。私は八百万百です。ご存知の通り、少々ものをはっきり言ってしまう性格ですが――」

「いや、さっきも言ったけど、全然気にしないし、俺って結構抜けてるからさ。八百万みたいにはっきり言ってくれる奴がいてくれると、俺としても助かる」

「・・・・・ありがとうございます。私もあなたのような方がクラスメイトで、嬉しく思います」

 

 ファーストコンタクトこそ少し気まずいものになったが、互いに笑って知り合うことができた。

 その後、たまたま席が隣であった彼女と時間が来るまで色々な話をした。

 

「そういえば、衛宮さんはどちらからいらしているんですの」

「地元は、ここから電車で二時間ぐらいで――」

 

 地元はどこなの、とか。

 

「八百万って推薦入学なのか!?」

「ええ。これでも私、筆記も実技も自信がありますのよ」

 

 彼女が推薦組での入学であることに驚いたり。

 

「方向性が異なるとはいえ、そろって創造型の個性とは」

「いや、まったく。変な縁があるもんだ」

 

 個性の話題になり、触り程度しか話していないが、お互いにモノを創る個性であると知ったり。

 

 そんな感じで八百万としばらく談笑していると、扉の開く音がした。

 一旦会話を止め、揃ってそちらに目を向ける。

 

「――む」

「おはよう」

「おはようございます」

 

 教室に入った瞬間、先客である俺たちを見つけた男子生徒に、間髪入れずに挨拶をする。

 なんかデジャブを感じるが、それはそれとして挨拶はきっちりやっておくべきだろう。

 相手もそう感じたのか、こちらに歩み寄った後、ピン、と背筋を伸ばして声を発した。

 

「二人ともおはよう!俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ」

「お、おう。俺は衛宮士郎っていう。呼び方は好きにしてくれ」

「八百万百です。私も好きな様に呼んでください」

 

 なんとも元気の良い挨拶をしてくれた飯田君に少々気圧されながら、こちらも名乗る。

 入室時から曲がらないそのピンとした姿勢や身につけた眼鏡、七三分にした黒髪など、いかにも真面目という印象が先に立つ。

 同学年でもなかなか見ないその高い背も、そのイメージを強くしている。

 

「しかし、衛宮くんも八百万くんも早いな、俺も見習わなくては」

 

 そのイメージ通りというか、自分より先に登校していた俺たちに、しきりに感心した様子で頷いている。

 まあ、八百万についてはその通りだが、俺に限って言えばただのポカなので、そんな風に持ち上げられる事じゃない。

 

「八百万はともかく、俺は普段の習慣が抜け切らなくって、早く来すぎただけだよ。八百万が来るまで自分の不甲斐なさに頭抱えてたぐらいだし」

 

 そのまま流してしまっても良かったが、自分の失敗を良い様に言われるのは、なんとなく居心地が悪い。

 今のうちに誤解は解いておくべきだろう。

 

「なんと、そうだったのか。――いや、それでも普段からそんな風に早起きをしているというのは良いことだと俺は思う!」

「・・・・・そっか」

 

 五指を指先までピン、と伸ばして力説する飯田くんに、もう俺は言葉が無かった。

 ここまで誉めてもらっているのに、無理に否定するのも何だか悪い気がしてくる。

 彼がそれでいいなら、そういうことにしておこう。

 

 それから、飯田くんも交えて再び会話を再開する。

 その中で彼がヒーロー家系の出である事など、色々と教えてもらった。

 そうこうしているうちに、チラホラと他のクラスメイト達も登校してきて、彼らともまた自己紹介していく。

 途中、俺が入試の時に巨大ロボの前から引っ張り上げた女生徒もいて驚いたが、彼女が無事合格出来ていて安心したりと、来た時とは打って変わって中々賑やかな時間だった。

 その後も続々と生徒が登校してきて、凄まじく柄の悪いとてもヒーロー志望に見えない金髪の男子生徒など、個性豊か(というより癖が強すぎる)な面々と顔を合わせていく。

 

 そして、始業近くに最後発と思われる緑髪の男子生徒が来たあたりで、事は起こった。

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」

 

 ほとんど囁き声にしか思えない微かな声だったが、この場にいるのは皆厳しい試練を乗り越えてきたヒーロー志望。

 その僅かな音を皆聞き取り、故にこそ、その言葉に呑み込まれた。

 

・・・・・流石に雄英、浮かれ気分は許さない、か。

 

 ここは将来ヒーローにならんと志す者が集まる場所。

 当然、生半可な意志で居ていい場所でも、付いていけるものでもない。

 先の言葉は、それを言外に指摘したものだった。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 何故か寝袋を抱えて現れた、全身真っ黒に染めた草臥れた様子の男性は、気だるげな声で端的に自己紹介を済ませた。

 担任ということは彼もまたプロのヒーローなんだろうが、あまり記憶に残っていない人物だ。

 これでもヒーロー志望。メディアに露出しているヒーローやヴィランについては、大なり小なり調べている。

 その上で見覚えが無いのだから、おそらく二択。余程マイナーか、メディア露出を嫌っている人物なのだろう。

 雄英ヒーロー科の担任が、メディアにほとんど出たこともない新人ヒーローなんて、それこそあり得ないだろうし。

 

「早速だが、お前ら体操服<コレ>着てグラウンド出ろ。急いでな」

 

 登場からして強烈なインパクトを残した相澤先生は、俺たちが状況に追いつく事を待つ事もなく次なる指示を叩きつけていき、早々に退出していった。

 一分も無い時間だったが、それだけでこの場の学生全員を圧倒していく様は、色々な意味を含むが、それでもやはり只者ではないのだと感じさせる。

 

「・・・・・序盤から荒れるな、これは」

 

 これから何をさせるつもりかは分からないが、少なくとも気を抜いて熟るものでない事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

「個性把握テストぉ!?」

 

 告げられた行事に、多くの生徒が重ねて反復した。

 確かに、運動着に着替えてグラウンドに向かうように指示したんだから、何らかの訓練なりを行うものと思っていたが、少々予想外のものだった。

 入学式やガイダンス等もすっ飛ばした常識破りな行程に疑問を呈する女子もいたが・・・・・

 

「ヒーロー科に来た時点で、そんな悠長な行事に出てる暇無いよ」

 

 その言葉だけで、彼女の疑問をバッサリ斬り捨ててしまった。

 少々型破りではあるが、確かに彼の言う通り、誰かを救う為にこの場に来た人間が、ゆっくりと歩いていて良いわけがない。

 その身と心をボロボロにしても、絶えず足を前に進めるのが当然というものだ。

 

「雄英は“自由”な校風が売り文句だが――それは俺たち先生側にも言える事だ」

 

 皆、言葉を失ったり緊張したりと、動揺を隠せないでいる。

 入学初日にこれでは、それも無理もないだろう。

 俺も、今朝みたいにうっかり気を抜いてました、なんて許されない。

 

「――さて。中学の頃からやってるだろうから分かると思うが、これからお前らには個性を最大限用いた上で、体力測定をやってもらう」

 

 体力測定。

 ソフトボール投げや反復横跳び、50m走、握力測定等々。

 およそ日本で暮らす学生ならお馴染みの行事。

 とはいえ、個々人の能力値が大きく異なるこの個性社会においてはその意義が薄れ、一部では、いまだに画一的な平均値を測ろうとする政府のお偉いさん方に、批判の声も上がっている。

 

「丁度いいのは、そうだな――爆豪。個性使ってこのボール投げてみろ」

 

 指名されボールを渡されたのは、始業前から色々と目立っていた金髪の男子生徒――『爆豪勝己』

 

「普通のソフトボール投げと同じだ。円から出なけりゃ何してもいい――ああ、一応備品だから、そのあたりは調整しろ」

 

 言うだけ言って、先生はさっさと観察に入った。

 指示された爆豪はというと、円の中心に立って、何度か腕を伸ばし調子を測る。

 

「んじゃまあ――」

 

 そしてそれが済んだのか、投球姿勢を取り、

 

「――死ねぇッ!!!」

 

 とてもヒーロー志望とは思えない台詞と共に、爆風を伴った見事な投球を見せた。

 見たところ自身の体から爆発を起こす個性といったところか。

 態度も個性も暴力的なものだが――

 

・・・・・ボールを壊す事なく、爆風だけを上手く乗せた。見かけによらずかなり繊細だな。

 

 あそこまで攻撃的かつ破壊力の高い個性だ。今みたいに応用するには、相当に微細なコントロール力が求められる。

 それを苦も無くやってみせるとは、彼の技量の高さが窺えるというものだ。

 

「まず、自分の最大限を知ること。それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」

 

 そういって先生が掲げた端末には、今の投球の記録が表示されていた。

 およそ700m。

 それが第一投で爆豪が叩き出した数値だった。

 一番槍、デモストレーションとしては十分な記録――いや、“十分”過ぎた。

 

「なんかおもしろそー!」

「個性思いっきり使えるなんて、さっすがヒーロー科!」

 

 俺たちがただの学生である以上、大っぴらな個性の使用は原則、禁止されてる。中には、それを抑圧的に感じている奴もいただろう。

 そんな中、初めて個性の使用を認められた上での体力測定。

 高校生活初日という、否応なしに浮き足立ってしまう日であることもあって、彼らがはしゃぎ気味になるのも、仕方ないことなのかもしれない。

 

・・・・・けど、それはちょっと不味いぞ。

 

 ヒーロー科担任である以上、相澤先生が甘い人間でない事は、ここまでの態度で察せられる。

 そんな彼の前で、歴としたヒーロー育成の為の工程を、“おもしろそう”などと感じてしまうのは――

 

「・・・・・面白そう、か」

 

 地を這うかのような、重い声。

 呟きでしかない、ただその一言で分かってしまう。

 彼らの示した姿勢、それが完全に相澤先生の意に反するものだったのだと。

 

「ヒーローを目指すこの三年間、そんな心持ちで過ごす気か?」

 

 この場にいるのがヒーローを志望する優秀な学生でなければ、おそらくその気配だけで側にいる者を萎縮させてしまうような、重い圧だ。

 ここまで言われれば全員、相澤先生が何と言わんとしているのか、もう気付いている。

 皆、気を引き締めるはず――

 

「――よし。これからの測定、トータル成績が最下位のものは“見込み無し”として、除籍処分としよう」

「「「はぁあああ――!?」」」

 

 告げられた決定に、クラスメイト達が今度こそ度肝を抜かれる。

 たかだか体力テストの成績で最下位になっただけで、一年以上積み重ねてきた努力全てを水の泡にされる。

 そんな暴挙、普通に考えればまず通らない。

 だがここは雄英。カリキュラムも特殊なら、その教育方針もまた特異に過ぎる。

 

――そしてここは、“自由”な校風が売り文句。

 

「生徒の如何は俺たちの自由――ようこそ。これが雄英高校“ヒーロー科”だ」

 

 

 

 

 

 

 相澤先生の決定でなし崩し的に始まったヒーロー科への残留を賭けた競争。

 さっきまで浮かれ気味だった生徒も、今では気を引き締めて測定に臨んでいる。

 俺も遅れを取るわけにはいかない。

 個性の性質上、全ての種目に対応できるわけではないが、その分、応用が効く種目は出来る限り大きな記録を出さねば。

 

・・・・・しかし、相澤先生のさっきの言い方は――

 

「先生も初日から大胆な事をしますわね。衛宮さんもそう思いませんか?」

 

 考え込んでいる間、八百万がいつの間にか近くまで来ていた。

 

「八百万。それは、さっきの話か?」

「ええ。成績最下位は除籍処分・・・・・普通、そんな所業が通るはずもないでしょう」

 

 少し考えれば分かりそうなものですのに、と彼女は続ける。

 確かに、ここが如何に雄英とはいえ、普通に考えれば入学初日に体力測定の結果如何で除籍など、生徒本人はおろか、文科省が許しそうもない。

 当然、ご両親からの苦情も来るだろう。

 そういう事情を考慮すれば、さっきの発言は完全な虚偽で、弛んでいる生徒達に発破をかけるためだった、考えるのが自然。

 八百万の考えは、大体そんなことだった。ただ――

 

「俺も概ね同じ考えだけど、ちょっと俺とは重点が違うかな」

「・・・・・と、言いますと?」

 

 反論した俺に、八百万は気分を害した風もなく、ただ真面目な顔で発言の意味を問うてきた。

 そこまで真剣に聞いてくれるのは、俺の答えに対する興味故か。

 俺は八百万ほど賢くはないので、あまり期待されると気後れするのだが、それはそれとして足りない頭で考えた持論を言ってみる。

 

「俺たち生徒への発破、ていうのは俺も同感。実際、最初に比べて皆あきらかにやる気に満ちてるし」

「ええ、そうですわね」

 

 ここは双方同じ考えだ。

 この点に関して、然して議論する必要はない。

 

「で、問題はここから。先生の発言の、何処に注目するかが、個人的には肝だと思ってる」

「どこに注目するか、ですか・・・・・?」

 

 はて、と不思議そうに首を傾げる八百万に、改めて美人だな、などと雑念を抱きつつ俺は頷く。

 

「さっき、最下位は“見込み無し”として除籍するって、先生は言ってただろ?ってことは、“見込み”があれば最下位でも残すし――」

「“見込み”がなければ成績一位でも落とす、という事ですか。――あり得ない、とは言い切れないのが、悔しいですわね」

 

 俺の持論を吟味し、難しい顔をする八百万。

 実際、雄英のような特定の方向性に特化した養成機関というのは競争が激しく、基準に満たないものは途中で落とされる、というのはよくある話だ。

 別段、雄英に限った話ではない。

 ヒーロー科にしろそれ以外にしろ、望みの無い者をいつまでも在籍させていたら、そいつが将来に向けてやり直すための時間も奪うことになる。

 教育する側も、無駄な時間とリソースを浪費する。お互いに、損しかない悪循環だ。

 

「可能性が無いのなら早い内に諦めさせて、別の道を模索させる。確かに、それが合理的な選択ですわね」

「といっても、あくまで俺の推測だし、そこまで深く考える必要ないと思うぞ」

 

 何度も言うように、これは俺の勝手な推論。

 根拠らしい根拠なんて欠片も無いし、ただの勘繰り過ぎの可能性の方が高いのだ。

 下手に考え込んで、八百万が力んでしまったら、申し訳なくて顔向けできない。

 

「――いえ。真意がどうあれ、私はこの雄英に、何よりヒーローとなるに値する人間なのだと、相澤先生に証明しなくてはなりません」

「――――」

 

 俺の余計な心配を余所に、彼女は力強い瞳で、これからの測定に闘志を燃やしている。

 その意志の強さと、清々しいまでの真っ直ぐさ――それが、とても好ましいものに思えた。

 彼女は自らの相応しさを示そうと意気込んでいる。それは試された事で躍起になっているとかではなく、自分の力を理解した上で、これまでの道程を誇った自信だった。

 

・・・・・ああ、強いな。

 

 出会ってほんの数時間で、彼女のこれまでや性格など、知らない事ばかりだ。

 けど、ただ一つ。これだけは自信を持って言える。

 

「――大丈夫だよ。八百万は、絶対にヒーローになれる人間だ」

「え――?あ、はい。ありがとうございます・・・・・?」

 

 いきなりの台詞に、八百万は戸惑った様な、なんだか頭が追いついてないような反応を見せる。・・・・・少し、発言が急すぎたか。

 それでも、今のは心の底からの本心なので、特に言い繕ったりする気はない。とはいえ、

 

「ま、こんなの俺が言うまでもなないし、八百万は自力でそれを証明するってんだから、余計だったな。偉そうなこと言って悪い」

 

 苦笑を浮かべながら、今の非礼を詫びる。

 彼女は相澤先生に自分の力で見せつけると言っているのだ。

 俺みたいな奴があんな励まし紛いなこと、言う必要もなかった。

 

「・・・・・次、衛宮士郎!」

「はいっ!――それじゃ八百万、お互い頑張ろうな」

「・・・・・・・・ええ」

 

 軽くひと声かけて、八百万と別れる。

 最後、少し元気が無いように見えたが気のせいだろうか。

 彼女の事だから、自己管理に抜かりは無いと思うが一応、後で確認しておいた方がいいだろう。

 

・・・・・今はとりあえず、目の前に集中だ。

 

 先生の言葉を信じようと、俺自身の考えを信じようと、いずれにせよ相応わしくない人間は淘汰される。

 ならば、自他共に認められるほど、十分な結果を出せばいい。

 こんな一歩目程度の所で足踏みしている暇など――衛宮士郎には、許されていないのだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 動悸が収まらない。

 周囲は体力測定を続けているから騒がしい筈なのに、それでも心臓の鼓動が煩くて、耳に痛い。

 こうも心が落ち着かない理由は、分かっている。

 

――八百万は、絶対にヒーローになれる人間だ

 

 今日出会ったばかりの、クラスメイトの男子生徒。

 その出会いや、話してみた印象など、とても不思議な人物だと感じている。

 けれど、今のところはそれだけ。

 まだ、お互いによく知らないし、彼はこの雄英で初めて会話した同級生というだけでしかない。

 だというのに、そんな彼から掛けられた言葉に、こうまで心を打たれている。

 

・・・・・褒められたりするのは、別に珍しいことではありませんのに。

 

 自身の優秀さを理解している。

 昔から勉強が出来て、両親もよく自慢の娘だと言ってくれている。

 誰かに頼られたり、誰かの役に立てるのが嬉しくて、幼い頃からずっと、ヒーローになるのだと夢見てきた。

 その為の研鑽は惜しまず、必要なものは何でも吸収してきた。

 そんな風に生きてきたから、両親に留まらず、仲の良い友人も、学校の先生も、誰もが皆、私はヒーローになるのだと信じてくれた。

 だから、そういった期待を向けられるのは、ある意味では慣れている。

 それなのに、今まで何度も聞いてきたそれと全く同種の言葉なのに、彼の言葉だけは、どうしてこんなにも心に響くのか。

 

・・・・・裏が無い、とでも言えばいいのかしら。

 

 人が他者を称賛する時、そこには何かしら必ず理由がある。

 親しい人だから。実績があるから。その人物に取り入りたいから。

 人によって動機は様々だが、私にとってもそれは同じ事。

 両親は、私が娘だから信じてくれる。友人達は、親しいから信じてくれる。先生は、私が結果を残しているから信じてくれる

 それは当然のことで、それを嬉しくないなどとは、微塵も思わない。

 

 だけど、彼は違う。

 彼と私は親族では無く、まだ親しくも無く、これまで私がしてきた事を何一つとして知らない。

 それでも、何も知らずとも。

 ただ、八百万百<ワタシ>が八百万百<ワタシ>であるというだけで、いつか必ずヒーローになるのだと言ってくれた。

 

 根拠のない賞賛なんて、本来なら何一つ響くものではない。

 だというのに、彼の言葉はどこまでも透き通っている様で、まるで清流の様に心に染み渡った。

 

「・・・・・衛宮、士郎さん」

 

 呟くように、彼の名を口にする。

 出会って間もない、初めての学友。どんな人物なのか、まだほとんど何も知らないけれど。

 その力強い瞳が、強く印象に残っていた。

 

「――本当に、不思議な方ですわね」

 

 彼の言葉が何故、誰のそれよりも心動かされたのか。何故、出会って間もない私を彼はそこまで買ってくれているのか。

 分からないことだらけで、答えもそのヒントもまるで掴めそうにない。

 それでも、一つ言えることがある。

 自身の行動としては変わりなくて、彼の有無は関係ないけれど。

 それでも、ああまで言ってくれた彼の信頼を裏切る事だけは、したくなかった。

 

 

 

 

 

 

 先生の指示に従い、スタートラインに立つ。

 第一種目は50m走。

 俺の個性では、普通にやっては役に立たない。

 個性を用いた上で測定を行うのなら、各種目に応じた工夫が求められる。

 

・・・・・基本、ラインを出たりしなければ何でもアリだったな。

 

 50m走とは言うが、必ずしも足を使って完走する必要も無ければ、なんなら走る必要もない。

 ただ最低限のルールに従って、ゴールラインを通過すればいい。

 となれば、やり方はいくらでもある。

 

『位置ニツイテ、ヨーイ――』

「投影<トレース>――」

 

 カウントと同時に、言霊を紡ぐ。

 脳内に設計図を待機させ、自らのイメージを実現させ得るモノを想起する。そして――

 

――パンッ!

 

「開始<オン>ッ!」

 

 合図と同時に個性を行使し、待機させていたモノを投影する。

 生み出したのは入試でも使った鎖付きの短剣――それに少し手を加え、鎖の全長をかなり引き延ばした。

 この50m走は、はみ出たりしなければ基本、何でもアリ。

 

・・・・・だったら、こういうのも問題ないはずだ!

 

 短剣が現出した瞬間、それを前方へと投擲している。

 刃がレーンに埋まったのを確認すると同時、体ごと腕を一気に引く。

 

・・・・・バランスが、きつい、な・・・・・!

 

 走り飛び込む様に前進し、宙に浮いた瞬間、勢いを殺さず利用して推進力とする。

 やってることは、はっきり言って無茶苦茶だ。

 こんな、アクションスターでも真っ青なワイヤーアクション染みた動き、衛宮士郎にはできない。

 けど、直線に限って、あらかじめ決められた距離でなら、辛うじて不可能ではない。

 

・・・・・着地する前に、第二投・・・・・!

 

 不慣れな動作を行いながら、空中でもう一方の短剣を投げ放つ。

 最初より難度は高いが、この程度熟せないのなら話にならない。

 今度はゴールライン少し越えたあたりに打ち込み、着地と同時に再び飛び込み――

 

「うぉ、とっと」

『4秒51』

 

 着地はもつれこけそうになるも、ギリギリで踏みとどまる。

 記録も上々、ぶっつけ本番にしては、曲がりなりにも形にはなっていた。

 既に計測を終えている飯田くんなんかには及ばないが、決して悪くは無い数値だろう。

 

・・・・・さて、次の種目はどうするか。

 

 ひとまず第一種目を終え、待機しながらこれからの種目に対して考えを巡らせる。

 いま一度、自分がどの種目であれば力を発揮できるか。

 投影という個性はその特殊性以前に、案外限定的な運用しかできない。

 今の50m走なんかも、必要な道具を個性で用意しただけで、それを実際に運用するのは完全に俺自身の身体技能頼り。

 こういった、あらかじめやる事を決められた画一的な運動というのは、俺の個性にとってはとことん相性が悪い。

 

・・・・・握力測定とか、上体起こしなんかは、どうやっても無理だな。

 

 純粋に、当人の身体能力がそのまま結果に関わってくる種目は、俺の個性では対応しきれない。

 長座体前屈や持久走、反復横跳びも、なんとか自前の身体能力でどうにかするしかない。

 

・・・・・残り二つで、やり切るしかないか。

 

 それらであれば、俺の個性でも応用できる。

 どこまでやれるかは何とも言えないが、少なくとも形にはなるはずだ。

 他の測定は、完全にこれまでの鍛錬の結果次第である。

 

「・・・・・ん?」

 

 自身の個性を利用する術を考え、脳内でそのシミュレーションをしていると、ふと、視線を感じた。

 しかもかなり下の方、それこそ、施設で子供達に見られてた時ぐらいの高さで――

 

「・・・・・・・・」

「えっと・・・・・」

 

 俺の感覚は決して鈍ってはいなかった。

 確かに、視線を感じた先に人はいた。

 身長100cm少しくらいの、高校生にしては異様に背の低い男子生徒。いや、そこのところはどうでもいい。

 問題は、無言で見つめてくる・・・・・というか、睨んでくるその目に篭った、怒りだか憎しみだか分からん感情は何なのか、ということだ。

 

「・・・・・あー、何か気に触るような事でもしたかな?」

 

 できるだけ下手で、穏当に話しかける。

 いったいなんでこんな親の仇でも見るかのような激情を宿した目で睨まれてるのか、これっぽっちも理解できないが、何かしてしまったのなら素直に詫びたい。

 入学初日から学友と敵対状態になるなど、御免被る。

 

「・・・・・・・・・ね」

「え・・・・・?」

 

 微かな呟きを聴き取れず、呆けた声を出す。

 まるっきりなんて言っているか聞こえない・・・・・聞こえないのに、なんか聞きたくないよう気がする。

 しかし、ここに至って目の前の彼はもう止まる気などないのか、今度こそ完全に敵意を宿しながら俺を見上げて、

 

「死ねッ――!!」

「何故!?」

 

 とんでもねー台詞をぶちこまれた。

 

・・・・・完っっ全に初対面だぞ、なんでここまで嫌われてんだ・・・・・?

 

 なんかもう、色々と訳が分からん。

 何があれば、こんな出会って数秒の人間に、ここまで憎悪を抱けるというのか。

 俺は彼に何かした覚えはないし、そこで嫌われるほど、目に付く悪行をやった覚えはないぞ――!

 

「ちょっと待て、一回落ち着こう!いったい俺の何が気に食わないのか、理由ぐらいは教えてくれよ!?」

「何が気に食わないって、そんなの決まってるだろが!?オイラはな――」

 

 冷静さもクソもない、弾け飛ぶ火山のような激情で、彼は勢いのまま吠える。

 理由がまるで見当もつかない、その怨みの源泉はいったい、

 

「――お前みたいな簡単に可愛い女子と仲良くなってくような奴が、一番許せないんだよ――ッッッ!!!」

「・・・・・・・・・・は?」

 

 いや、えーと、んーと・・・・・は?

 

「さっきから見てたんだぞ!?入学初日だっていうのに、もうクラス随一の胸部装甲を誇る八百万に手をつけやがってッ――!」

「何を言ってるんだ、お前は・・・・・・」

 

 その、魂の奥底から湧いてくるような、全霊のシャウト。

 それこそ、血でも滲んでそうな叫びに、本気で頭を抱えたくなる。

 言ってる事は理解できるが、だからこそその言葉の意味が分からず、理解に苦しむ。

 

・・・・・いや、ほんとに、なんでさ・・・・・。

 

 彼が何に憤っているのか、分かるのに判らない。

 そもそも、手を付けるってなんだ、手を付けるって。

 

「あのなぁ、俺は別に八百万に“そういうこと”してないし、最初に教室で会っただけのクラスメイトだぞ。お前が考えてるような事、一切無い。第一、軽薄に女子の体をどうこう言うのは、ヒーロー志望としてアウトだぞ」

「じゃかぁしい!いいかよく聞け、オイラが雄英に来てヒーロー目指してるのはなぁ――女にモテたいからだよッッ!!」

「・・・・・・・・・」

 

 もう、言葉も出ない

 いっそ清々しいまでのクソ野郎っぷりに、ここまで一直線なら、それも一つの生き方か、なんて思ってしまった自分が情けない。

 ヒーローを目指す理由が如何に千差万別とはいえ、ここまで直接的に欲望に繋がってる奴は、ほとんどいないだろう。というかいてくれるな。

 

「・・・・・まぁ、お前が俺どう思ってもいいけどさ。そういうこと、あんまり女子達に直接言うなよ」

「はっ!何を言い出すかと思えば、俺のエロへの欲求が、その程度の言葉で止まるわけないだろう!?どうしてもっていうんなら――」

「――そうか、ならいい」

「え・・・・・?」

 

 ほとばしるパッションのまま叫ぼうとする相手を無視し、そのまま決定を伝える。

 相手はこちらの気配を感じたのか、何やら汗ばんでいるようだ。

 それがある種の本能から来るもモノなのだとしたら――彼の生物としての機能は正常だ。

 

「お前が何しようとお前の勝手だし、お前の考えを無理矢理捻じ曲げるような権利、俺にはない」

 

 だが、それはそれとして。

 

「俺の見える範囲で、お前が女子に対してさっきみたいな言動を――あまつさえ、実行に移したら、俺は容赦なくお前を叩きのめす」

「・・・・・・・・」

 

 目に見えて小刻みに震える彼に、しかして同情心はない。

 社会に生きてる以上、人間誰しもやってはいけないことぐらい、自制して然るべきだ。

 ちょっとやそっとの事なら何も言わないが、実害が出うる彼の言動や行為は看過出来ない。

 必要とあれば、実力行使もやむなしである。

 こちとら施設で思春期真っ盛りな子供達と、毎日の様に向き合ってきたんだ。

 

 

・・・・・先生といい彼といい、入学初日からこれか。

 

 もうなんか色々な意味でドタバタすぎるスタート。

 未だ測定は残っていると言うのに、なんだか別の意味でダウンしそうだった。

 

 

 

 

 

 

 生徒全員が気合を入れ、つつがなく進行される測定に満足しながら、相澤消太は一人の生徒を見据えていた。

 

・・・・・衛宮士郎――今の所、目立った箇所は無いか。

 

 入試終了後、合格者が決定する前に、同僚にして先輩であるミッドナイトからの頼み事。

 十年前の事件で異常なまでの正義感と自己犠牲を見せた少年、衛宮士郎の厳重な監視・監督。

 

 彼が見る限り、現状では目立った問題もなく、測定では自身の個性に適さない種目でも、創意工夫を凝らす事によってそれぞれ悪くない記録を叩き出している。

 入試の際に見せた実力と前情報通り、かなり優秀な生徒だといえるだろう。

 心構えとしても、現段階で相当に強固な精神性を持っている。もっとも、この点に関しては利点であると同時に、相澤にとっての懸念点でもある。

 

 そもそもの話、彼がこんな頼まれごとを引き受けるに至った理由は、まさしくこの精神性が原因だ。

 彼がこの三年間でしっかりと学び、ミッドナイトや相澤が危惧するような生き方をしない様になってくれれば、それがベスト。

 だがそれを果たせないと言うのなら、彼の在り方はそのまま除籍処分の理由ともなり得る。

 

・・・・・他人の為にしか生きられず、他人の喜びでしか笑えない、ね・・・・・。

 

 相澤もプロヒーローとしてやってきて、それなりに長い。

 ヒーロー活動を行なっている以上、ヴィランとの対峙をはじめとして緊急事態には、もう何度も遭遇している。

 それと同時に、他のプロヒーローとも協力して事にあたることはよくあることだった。

 そういう事を続けていくうち、彼も色々な人間に出会った。

 

 ヒーローである以上、皆、誰かの為に身を投げ出せる者ばかりだ。

 同時に、守るべき市民を庇った結果、命を落とす者も・・・・・少なくはなかった。

 そういう事が起きるたびに、遺族や親しい者が涙し、癒えない傷を負っていく。

 そんな光景を見る度に、相澤は何もできなかった無力感や、残された人達の悲しみに打ち震える姿に胸を締め付けられる。

 

 ヒーローは、ヒーローであるが故に、必ず生還しなくてはならない。

 それは、プロヒーローとなる者の誰もが、それまでの道程で教え伝えられている事だ。

 ヒーローは市民の安全を守ると同時、彼ら彼女らの心の平穏を守ることも仕事の一つ。

 ならばこそ、自らの死で人々の心に痛みを残すことなど許されない。

 

「お前がそういう風になれるのか、この三年間できっちり見極めてやる」

 

 眼光は鋭く、衛宮士郎をはじめ生徒一人一人を、相澤は注意深く観察する。

 己が受け持った生徒達。

 彼らがどうか、各々の夢を明るい、未来の中で叶えられる様に。

 

 




 どうも、前回・前々回であの巨大ロボの動力とかってどうなってんの、と悩んでいたなんでさです。
 
 まず最初にヒロアカファンの皆様方に謝りたいことが二つ。
 まず第一に、本来二十人が定員のヒーロー科を、士郎を突っ込んだことで二十一名にしてしまったこと。
 そして、自分、1-Aの席順が五十音順である事を知らず、士郎の席を思いっきり適当に一番端っこにしてしまったことです。
 定員に関してはその後の成績次第で普通科からも編入するとの事だったので、まあさして問題ないかなと。
 席に関しましては、話の流れとか繋ぎやすさとか考慮して、後は個人的に漫画とかで転校生とかが一番後ろの窓際に座ってるイメージだったので、本来いない士郎をそのポジションに収めました。
 もしかしたら違和感感じるかもしれませんが、どうかしょうがねーな、て感じでお見逃しください。
 
 後、初めての邂逅といい、途中の描写といい、なんか八百万にフラグが建ってるような気がしないでもないですが、今のところ恋愛的なフラグは建っておりません。あくまで、士郎にとっては、なぜか好ましく感じる人間で、八百万にとっては強く印象の残る同級生というだけです。

 前回の投稿から今日まで、何だか凄まじい勢いでお気に入り登録が増えていき、何でこんなにいきなり!?などと驚いておりますが、突発的な思いつきから始めた拙作が、こうも皆様に楽しんで頂けて、作者としても嬉しい限りです。

 今回から士郎が本格的に雄英に入学し、1-Aの生徒達と関わっていくことになりますが、既に色々と本来の士郎との差異が出つつ、決して完全な別物ではない、というのがチラホラ出ていますが、本番となるのはまだ先。
 果たしてその差異がどう影響するのか、彼と雄英生達がどう関わっていくのか、今後の展開にどうかご期待ください

 それではまた、次回のお話で。


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